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観仏日々帖

古仏探訪~2020年・今年の観仏を振り返って 〈その3〉 10~12月 【2020.12.31】


9月はいくつか展覧会に足を運びましたが、仏像がらみには縁がありませんでした。


【10 月】



【神奈川歴博の「相模川流域のみほとけ展」へ
~派手さは無いが中身の濃い仏像展】

神奈川県立歴史博物館で開催された、特別展「相模川流域のみほとけ」に行きました。

221振り返り③:「相模川流域のみほとけ展」チラシ221振り返り③:「相模川流域のみほとけ展」チラシ

相模川は、相模の国(川崎市・横浜市を除く神奈川県)のほぼ中央を流れ、その流域には奈良時代から仏教文化が栄えました。
この相模川流域に所在する仏像彫刻を一堂に集めた展覧会です。
神奈川の仏像展というと、どうしても鎌倉を中心としたものというイメージになりますが、相模国、相模川というエリアにスポットを当てた仏像展というのは、ちょっとマイナーながらも、誠に興味深いものがありました。

長年にわたる神奈川県内の仏像調査の成果が、結実したことによる今回の展覧会開催ということだそうです。
平安後期から鎌倉~南北朝期の仏像が中心に数十体の仏像が展示されていました。
秘仏として普段は拝観できない仏像が、いくつも出展されていたようです。

開催にこぎつけるまでの関係者の方のご苦労は、大変なものであったことと思います。
私は、2度ほど観に行きましたが、コロナ禍もあり、観覧者の数はちょっと寂しいものがありました。

人気の展覧会には、大勢の人が詰めかけ話題になったりするのですが、こうした展覧会は、なかなか大盛況という風になるのは難しいようです。

もっともっと注目されて欲しいと思うのですが・・・・・・


〈一番の注目像は、龍峰寺の千手観音像
~鎌倉の模古作か、奈良末の古像か?〉

展覧会での私の一番の注目像は、海老名市 龍峰寺の千手観音像でした。
展覧会場に入ると、いの一番にドーンと一体だけ、スポットライトを浴びて展示されていました。

221振り返り③:龍峰寺・千手観音像(重文)~「相模川流域のみほとけ展」図録掲載写真
龍峰寺・千手観音像(重文)~「相模川流域のみほとけ展」図録掲載写真

像高:192㎝の堂々たる木彫像で、重要文化財に指定されています。
大注目は、制作年代のキャプションに 「奈良時代~鎌倉時代」 と記されていることです。

もし、奈良時代の制作ということならば、
「関東に現存する木彫像の中で最古の像」
ということになるのです。

仏像の姿は、「鎌倉時代の典型」と「奈良様の造形表現」が、何故だか同居している不思議な像なのです。

・千手は、仏手を頭上に上げる、清水寺式千手観音像
・お顔の造形は、玉眼で鎌倉彫刻そのもの
・体躯のプロポーション、脚部の衣文は、奈良様を思わせる古様な造形表現

というものです。

本像は、従来は「鎌倉時代に、古様に倣って制作された像」とされてきたようなのですが、この展覧会では、「当初の制作は、奈良時代に遡る可能性」を示唆し、鎌倉時代以降に補修され、現在の姿になったものではないかという見方が示されていました。

眼近にじっくりと観ることができましたが、下半身のプロポーション、衣文表現は、奈良様を伝える広隆寺・不空羂索観音像を想起させるものがあり、
「鎌倉時代の模古的表現という雰囲気は、感じられないなあ!」
というのが、私の個人的な感想でした。


〈奈良末~平安初期像なら「関東最古の木彫像」に!〉


これからも制作年代の見方の議論が続くのかもしれませんが、奈良時代末に遡り得る像だということになれば「関東最古の木彫像」として注目を浴び、語られていくことになるのかもしれません。

本像についての詳しい話は、
観仏日々帖「龍峰寺・千手観音像 「相模川流域のみほとけ展」一番の注目像」
で、ご紹介させていただきましたので、そちらをご覧いただければと思います。

いずれにせよ、展覧会への出展仏像に中では、他を圧して際立って眼を惹いた優作像でした。
堂々たる造形は魅力十分、制作年代議論も相まって、興味津々の古像でありました。

実は、この千手観音像、私自身は、2008年に奈良国立博物館の「西国三十三ヶ所展」に出展された時に観ているはずなのですが、まったく記憶の片隅にも残っていませんでした。
「相模川流域のみほとけ」展では、スポットが当てられこれだけ目立つ仏像でも、展覧会のテーマや展示のされ方によっては、意外と埋もれてしまうのかもしれません。

展覧会などで、どの仏像に眼を惹かれ関心を持つかというのは、そんなものなのかもしれませんが、自分自身の「仏像をしっかり見る眼」がまだまだその程度だということを、痛感した次第です。



【大津市歴博開催の「聖衆来迎寺と盛安寺展」へ】


10月末近く、一泊で京都に出かけました。
コロナ感染もちょっと落ち着き気味ということなので、思い切って出かけてみました。

大津市歴史博物館で開催された「聖衆来迎寺と盛安寺展」に行きました。

221振り返り③:「聖衆来迎寺と盛安寺展」チラシ221振り返り③:「聖衆来迎寺と盛安寺展」チラシ

開館30周年記念企画展ということで、聖衆来迎寺と盛安寺の仏像、寺宝が一挙総出、勢揃いで展示される特別展です。
聖衆来迎寺の宝物が一堂に展覧会展示されるのは、私が確認した限りでは、1984年に琵琶湖文化館で開催された「特別展 聖衆来迎寺」以来、30数年ぶりのことではないかと思います。

また、盛安寺・十一面観音像は、正月と春秋の限られた日には拝観可能ですが、普段は公開されていません。

221振り返り③:盛安寺
盛安寺

聖衆来迎寺の諸仏像は拝観できるのは、年に一度、8月16日の宝物虫干しの日、一日限りとなっています。

221振り返り③:聖衆来迎寺
聖衆来迎寺

これぞ、必見の展覧会と出かけたのでした。

仏像は、全部で二十数躯が出展されていました。

国の重文指定となっている仏像の出展は、次の通りです。

221振り返り③:「聖衆来迎寺と盛安寺展」出展・重文仏像リスト


〈やはり目を惹く盛安寺の十一面観音像
~井上靖、白洲正子にも語られた湖国の観音さま〉

展示仏像のなかで、一番目を惹いたのは、やはり盛安寺の十一面観音像でした。

221振り返り③:盛安寺・十一面観音像(平安・重文)
盛安寺・十一面観音像(平安・重文)

10世紀末頃制作の善水寺諸像の造形と近似したところがあり、一層穏やかさを加えていることから11世紀初頃の制作かと云われています。
また、「四臂」の十一面観音という、あまり見かけない尊容となっています。
私は、図像のことは疎くてよく判らないのですが、四臂の十一面観音というのは、不空訳の経典に説かれているそうですが、極めて珍しいものなのだそうです。

湖国の観音像の中で、この十一面観音像がお気に入りだという方が、何人もいらっしゃるのではないかと思います。

221振り返り③:盛安寺・十一面観音像(平安・重文)
盛安寺・十一面観音像(平安・重文)

丸顔で、ふくよかな女らしさを感じさせる造形です。
穏やかさの中に、僅かに妖しさを秘めたような気品を感じさせるところが、人気の秘密なのでしょうか。
井上靖の「星と祭」や白洲正子の「十一面観音巡礼」にも、美しい観音像として登場します。
この本を読んで、盛安寺を訪れた方もいらっしゃることと思います。

展覧会場では、この観音像だけ単独で展示され、その周りには人だかりが出来ていました。


〈思いの外のシャープな刻線、キリリとした造形
~ふくよかな女性的、ロマンチックイメージを少し見直し〉

私も、10年ぶりぐらいの久しぶりの対面でしたが、眼近に観ることができました。
この十一面観音像、「女らしい優しさ」とか、「穏やかなふくよかさ」というように形容され、私も、そのような印象を持っていました。
率直に云うと、少し締りに欠ける緩みがある造形のように感じていたのです。

今回、正面から側面からぐるりとじっくりと眺めてみると、意外に、キリリとクッキリした造形表現であることに気付いたような気がします。
側面、斜めから見ると、結構シャープな刻線で、キリッと締まった感があり、下半身の衣文の造形表現にも力強いものを感じます。

221振り返り③:盛安寺・十一面観音像(平安・重文)221振り返り③:盛安寺・十一面観音像(平安・重文)

221振り返り③:盛安寺・十一面観音像(平安・重文)
思いの外にキリリとした造形に感じた盛安寺・十一面観音像
脚部の衣文表現もシャープな刻線で力強い


これまで、盛安寺・十一面観音像は、造形の出来よりもロマンチックなイメージ先行という感じで、それほどでもという印象であったのですが、今回の展示で、大いに見直したというのが本音の処でした。


〈嬉しかったのは、盛安寺・十一面観音像の写真撮影OK〉


嬉しかったのは、この盛安寺・十一面観音像に限り、写真撮影OKであったことです。

昨年の大津歴博「大津南部の仏像」展でも、九品寺の聖観音像が写真撮影OKとなっていました。
最近、他の仏像展でも写真撮影OKとするケースが、ちらほらみられるようになっています。

出展仏像の撮影OKというのは、鑑賞環境の問題、信仰上の問題、所蔵寺社の意向・許可の問題など、なかなか難しい面が多々あるように思いますが、こうした動きが広まっていくのは、仏像愛好者にとっては、大変嬉しいことです。


〈展覧会の大目玉は、聖衆来迎寺「国宝・六道絵」全15幅の出展
~36年ぶりの全幅出展〉

今回の特別展での、最大の目玉は、聖衆来迎寺の「国宝・六道絵」全15幅がすべて出展されたことでしょう。

聖衆来迎寺と云えば「国宝・六道絵」といわれるほどで、鎌倉時代の制作で地獄絵の最高傑作とされています。
六道絵のなかで唯一、国宝に指定されているものです。

この六道絵、普段は、京博、東博等の博物館、美術館に別けて保管されているため、全幅15幅、そろって展示されるのは、1984年、琵琶湖文化館開催の「聖衆来迎寺展」以来、36年ぶりということです。


〈言葉を失うほどの、鬼気迫る圧巻の六道絵
~克明な解説キャプションに、時を忘れ魅入られる〉

佛教絵画の世界のことはよく判らないのですが、眼近にすると、本当に圧巻でした。
おぞましく恐ろしい、鬼気迫る地獄のありさまが生々しく描かれ、言葉を失って立ち尽くしてしまいそうです。

有難いことに、15幅各幅に描かれている場面の克明な解説キャプションが、展示各幅ごとにつけられており、解説キャプションと簡略イラストをまとめた「六道絵の世界」という立派な小冊子が無料で配布されていました。

221振り返り③:聖衆来迎寺「国宝・六道絵」解説冊子

221振り返り③:聖衆来迎寺「国宝・六道絵」解説冊子内容

221振り返り③:聖衆来迎寺「国宝・六道絵」解説冊子内容
聖衆来迎寺「国宝・六道絵」 解説小冊子「六道絵の世界」
各幅ごとの簡略イラストと克明な解説が付されている


小冊子を片手に、一幅一幅、魅入られたように眺めていると、随分な時間が経ってしまい、腰が痛くなってしまいました。


「聖衆来迎寺と盛安寺展」に行ったついでに、すぐそばの三井寺園城寺に久しぶりに立ち寄って、ブラブラと境内を散策しながら帰路につきました。

221振り返り③:三井寺園城寺
三井寺園城寺



【京都東山 三寺の仏像を訪ねる~悲田院、戒光寺、双林寺】


翌日は、京都東山区にある3つのお寺の仏像を拝しました。

悲田院・阿弥陀如来像、戒光寺・釈迦如来像、双林寺・薬師如来像です。

221振り返り③:京都東山三寺観仏リスト


〈快慶作の悲田院・宝冠阿弥陀坐像~2009年に快慶作の墨書発見〉


悲田院・阿弥陀如来像は、秋の「京都非公開文化財特別公開」で特別公開されていました。

近年、快慶作に間違いないことが確認された像です。
かねてから快慶とのかかわりが示唆されていたのですが、2009年に京都国立博物館と大津市歴史博物館が中心となり実施したファイバースコープ胎内撮影調査によって、像内頭部前面に「アンアミタ仏」の墨書が見いだされたことによって、快慶無位時代の作であることが確認されたのです。

2017年に奈良博で開催された「快慶展」に出展されていましたが、一度、お寺で拝したいと思って出かけました。

悲田院は泉涌寺の塔頭で、小径を入った目立たない場所位にひっそりありました。

221振り返り③:悲田院
悲田院

快慶作・阿弥陀像は、本尊阿弥陀如来立像厨子の脇側に、客仏として安置されていました。
高い髻を結い、宝冠を戴き、袈裟を通肩にまとって坐す、所謂、宝冠阿弥陀像です。
泉涌寺の開山、俊芿(しゅんじょう・1166~1227)の臨終仏と伝えられる像だそうです。

221振り返り③:悲田院 快慶作・阿弥陀如来像
悲田院 快慶作・阿弥陀如来像
お寺のパンフレット


少し離れた処からの拝観で、単眼鏡で目を凝らして拝するという処でしたが、快慶らしい感じがよく伝わってきました。


〈宋風の生々しさが漂う戒光寺の巨像、釈迦如来立像〉


悲田院から歩いて数分の戒光寺に寄りました。

221振り返り③:戒光寺
戒光寺

こちらも「京都非公開文化財特別公開」とされていて、巨像の釈迦如来像を拝してきました。
戒光寺の釈迦如来像は、普段、いつでも拝観可能であったはずなのですが、どういう訳か「非公開文化財特別公開」ということになっていました。

像高5.4mという巨像で、鎌倉時代の制作、重要文化財に指定されています。

221振り返り③:戒光寺・釈迦如来像(鎌倉・重文)
戒光寺・釈迦如来像(鎌倉・重文)

一見しただけで、著しい宋風の造形であることが、はっきりわかる像です。
切れ長の眼、長い爪、複雑に波打つ衣文など、宋風の“生々しさ”がプンプンと匂ってきます。
この造形感覚は、現代日本人の美の感性には、ちょっとそぐわないような気がします。
鎌倉時代の重文仏像ながらも、わたしも「どうか?」と問われると「ウーン!」と唸ってしまうというのが、率直な感想という処でしょうか。

この日は、2件の「京都非公開文化財特別公開」に行ったのですが、「特別拝観料:1000円」の設定は、ちょっと高すぎるのでは思いました。
妻と二人で、二ヶ寺で4000円です。
運営諸費用を勘案するとやむを得ない設定なのかもしれませんが、文化事業としてもう少し配慮があれば有難い処です
シブチンでセコイような話で、申し訳ありません。


〈平安前期の知られざる優作、双林寺・薬師如来坐像
~円山公園傍にひっそりとある双林寺〉

円山公園の南側にある、双林寺の薬師如来像を拝しに行きました。

双林寺には、平安前期の見事な薬師如来像が祀られているのです。

221振り返り③:双林寺・薬師如来像(平安前期・重文)
双林寺・薬師如来像(平安前期・重文)

この薬師像、洛中のど真ん中と云って良いところにある、知られざる優作像です。
平安前期、9世紀のカヤ材の一木彫像で、重要文化財に指定されています。
小さな像なのですが、一目拝しただけで大いなる存在感を発散し、ちょっと無気味な微笑みの神秘的呪力漂う、心惹かれる像なのです。

双林寺は、祇園から歩いて数分という場所にあるのですが、観光の人が訪ねるということはほとんどなく、丸山公園の裏手にひっそりと静かに佇んでいます。

221振り返り③:双林寺
双林寺

私は、大のお気に入り仏像で、十数年前までは、何度か拝しに訪ねたのですが、その後、お寺さんの方で非公開とされるようになり、拝観が叶わなくなっていました。

近年、また拝観ができるようになったという話を聞いて、訪ねたという訳です。
お訪ねすると、拝観料が設定してあり、薬師如来像に再会することができました。
昔は、厨子のすぐそばに近寄って眼近に拝することができたのですが、現在は外陣からの拝観で、ちょっと遠めに拝することになっていましたが、薬師如来像の迫力と魅力は、充分に伝わってきました。

ご住職と、以前に何度も伺った時の昔話などを交わさせていただきました。
ご住職のお話では、所謂、観光寺院化はされたくない様子で、常時拝観可能としていることも微妙なお心持のようです。
15年ほど前、一度だけ展覧会に出展されたことがあるのですが、その後は出展要請も断られているということでした。
静かに信仰とともにお守りしたいというお気持ちのようです。

是非、また拝しに訪ねたいものです。



【11 月】



【秦野市宝蓮寺大日堂・五智如来像の御開帳へ】


神奈川県秦野市 宝蓮寺大日堂の五智如来像の御開帳に行きました。

221振り返り③:秦野市 宝蓮寺大日堂

宝蓮寺大日堂・五智如来像は、毎年11月1~3日に御開帳、特別公開されています。
平安時代の大型の五智如来像だということなので、一度、機会があったら拝してみたいと思っていたのです。
我が家から、車で1時間程で行ける処でしたので、コロナ禍下でありましたが出かけてみることにしました。

宝蓮寺大日堂は、丹沢山系の南側の山裾にあたる蓑毛という集落にありました。
結構、山間の集落という感じの処です。

221振り返り③:秦野市 宝蓮寺大日堂
秦野市 宝蓮寺大日堂

御開帳は、地元の「はだの大日堂保存会」の手で行われていました。

221振り返り③:秦野市 宝蓮寺大日堂
宝蓮寺大日堂

五智如来像は、大日堂に五躯、横に一列に並んでいます。

221振り返り③:秦野市 宝蓮寺大日堂・五智如来像(平安後期)
宝蓮寺大日堂・五智如来像(平安後期)

結構な大型像で、お堂の幅一杯に祀られていました。
重量感のある堂々たる像なのですが、決して出来が良いとか上手いとう造形ではありません。
所謂地方作の仏像という風で、衣文の彫りも省略気味、少々荒っぽい造りという感じでしょうか。
平安後期の制作ということですが、藤原風の穏やかさというよりは、素朴な存在感を感じさせるものがありました。

平安時代の五智如来像が五躯一具が揃っている例は大変少なく、そうした意味から重要な作例とされているそうです。



【海老名市の龍峰寺と相模国分寺・国分尼寺址へ
~神奈川歴博出展の龍峰寺・千手観音に俄然興味が沸き訪ねる】

この日出かけてきたもう一つの目的は、海老名市の龍峰寺を訪ねてみることでした。

神奈川歴博で開催中の「相模川流域のみほとけ」に、奈良時代末の制作の可能性があるという龍峰寺・千手観音像が出展されていたことは、先にふれたとおりです。
この大注目の清水寺式千手観音像に俄然興味が沸いてきて、龍峰寺を訪ねてみたくなったのです。

龍峰寺は、海老名駅の北東の小高い丘、桜の名所という清水寺公園のはずれにありました。
思っていた以上に立派なお寺でした。

221振り返り③:海老名市 龍峰寺
海老名市 龍峰寺

千手観音像は、観音堂に祀られてきました。

221振り返り③:海老名市 龍峰寺・観音堂
龍峰寺・観音堂

観音堂の立派な厨子に秘仏として祀られていたそうで、厨子の前には、前立の千手観音像(室町時代)が祀られています。

221振り返り③:海老名市 龍峰寺・観音堂内
お前立観音像が祀られる龍峰寺・観音堂内

この観音堂(江戸時代)は、鎌倉時代、源頼朝が創建したと伝えられる清水寺の本堂であったもので、千手観音像は清水寺の本尊であったということです。

御本尊は、現在観音堂裏の収蔵庫に安置されており、年に2回、元日と3月17日に開帳されるということです。

221振り返り③:龍峰寺・千手観音像が安置される収蔵庫
龍峰寺・千手観音像が安置される収蔵庫


そのあと相模国分寺、国分尼寺址に寄ってみました。
龍峰寺から、そう遠くないところにあるのです。

国分尼寺は、ひっそりとした寺址でしたが、相模国分寺の方は、伽藍址全域が整備され広い史跡公園になっていました。
往時、壮大であったろう伽藍が偲ばれるものでした。

221振り返り③:相模国分尼寺址
相模国分尼寺址

221振り返り③:相模国分寺址

221振り返り③:保存整備されている相模国分寺跡
保存整備されている相模国分寺跡

221振り返り③:相模国分寺・伽藍復元模型~隣設の海老名市温故館に展示
相模国分寺・伽藍復元模型~隣設の海老名市温故館に展示


国分寺跡の傍に歴史資料館「海老名市温故館」があり、「海老名の観音さま」という企画展が開かれていました。

221振り返り③:「海老名の観音さま展」チラシ

海老名市域に伝わる観音さまを写真パネルで紹介するものでしたが、龍峰寺・千手観音像が大きく採り上げられ、実寸大の大きな写真パネルや観音像の修理報告書などの資料が展示されていました。

秋深まるなか、龍峰寺や国分寺跡などを散策していると、
「あの千手観音像は、奈良末~平安頃の相模国分寺・尼寺ゆかりの像で、鎌倉時代に清水寺の本尊に迎えられ、その時に清水寺式の仏手と、玉眼の面部に改修され、今に伝えられたのではないのだろうか?」
という思いがよぎってきました。



【東京オペラシティーで開催の「石元泰博写真展」へ
~目当ては東寺・国宝「伝真言院両界曼荼羅図」の超細密撮影写真展示】

新宿の東京オペラシティー・アートギャラリーで開催された、生誕100年「石元泰博写真展~伝統と現代」を観に行きました。

221振り返り③:「石元泰博写真展」チラシ

石元泰博は、アメリカ生まれで都市風景や建築物の写真で著名な現代写真家ですが、仏像写真の作品もいくつかのこしています。
「日本の美・国東紀行」(現代日本写真全集2・集英社1978刊)や、「湖国の十一面観音」(岩波書店1982刊)といった写真集は、ご存じの方もいらっしゃることと思います。

私の目当ては、石元泰博が撮影した東寺・両界曼荼羅写真が展示されることでした。
東寺の国宝「伝真言院両界曼荼羅図」は、、日本最古の彩色両界曼荼羅図で、平安時代の制作、昭和9年(1934)に発見されたものです。

石元はこの両界曼荼羅図の超細密写真撮影に挑戦し、約180×150cmの大作を、4×5判と6×6判のカメラを使って、約2週間で5000カットを撮影し、緻密な細部、マチエールを写し出しました。
接写レンズにより、原寸を超えて更に奥まで踏み込んで拡大し、面相筆で描かれた細い線も超えて、千年以上昔に用いられた絵具の粒子までを写しだしてしまったと云われています。

広い2室一杯に、両界曼荼羅図の極彩色の精密カット写真が118点、展示されていました。
圧倒的な迫力の異次元空間となっていました。

221振り返り③:石元泰博撮影「国宝 東寺・伝真言院両界曼荼羅図」

振り返り③:石元泰博撮影「国宝 東寺・伝真言院両界曼荼羅図」
会場に展示された石元泰博撮影「国宝 東寺・伝真言院両界曼荼羅図」

撮影写真のあまりに鮮やかな彩色と細密さには、度肝を抜かれてしまいました。
曼荼羅の妖しく目くるめく世界に、身を置いたような気分になってしまいました。



「今年の観仏を振り返って」は、これでおしまいです。

振り返ると、「ほんのこれだけ?」と寂しくなるばかりの観仏探訪、仏像展鑑賞でした。

自粛、自粛の一年間を、只々耐えてきたと云うのが実感です。
そんな今年も、もう大晦日になってしまいました。
感染拡大中という状況下、新しき年も、まだまだ我慢の日々は続いていきそうです。

「観仏日々帖」に、観仏探訪記のご紹介をすることも儘ならず、なかなか気の利いた記事を掲載することも難しいかもしれませんが、来年も、よろしくお付き合いいただければと思います。

自由気ままに観仏探訪に出かけられる日が、一日も早く来ることを念じつつ・・・・・

来年こそは、良き年になりますよう!!


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