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観仏日々帖

古仏探訪~2020年・今年の観仏を振り返って 〈その2〉 7~8月 【2020.12.23】


4月上旬から5月の下旬まで緊急事態宣言の発令となり、ひたすら自粛の毎日でした。

「不要不急の外出は控えるよう!!」と厳しい呼びかけがなされましたが、「全ての行動が不要不急」という私などは、ひたすらステイホームの日々となってしまいました。

博物館、美術館も臨時の休館となり、観仏どころか展覧会すらなくなってしまいました。
結局、4~6月は、どこへも出かけませんでした。



【7 月】



【恐る恐る出かけた京都で、ちょっとリフレッシュ】


7月に入って、ステイホームに我慢できなくなって、恐る恐る妻と一泊で京都へ出かけました。

「蜜」になりそうなところを極力避けて、高麗美術館の「麗しき青磁・鮮やかなる青花展」と細見美術館の「飄々表具~杉本博司展」の二つだけ観に行って帰ってきました。

220振り返り②:麗しき青磁・鮮やかなる青花展・高麗美術館

220振り返り②:飄々表具展・細見美術館

ちょっと美味いものも、愉しんできました。

観仏全くなしの京都でしたが、ひたすら自粛の閉塞感から、一息開放され、大いにリフレッシュできました。



【「妙法院・不動明王像」と「日本美術の記録と評価展」を観に、東博へ】


東京国立博物館に出かけました。
NETで時間指定予約を取ってからという手順です。

目当ては、平常陳列に出展されている「妙法院の不動明王像」と、特集陳列「日本美術の記録と評価」です。


〈普段非公開の「妙法院・不動明王像」が、平常陳列に出展
~現存最古の天台系不動彫像(平安前期)

220振り返り②:妙法院・不動明王像

京都・妙法院の不動明王像が、東博の平常陳列に展示されたのには、ちょっと驚きました。

平安前期の制作、「現存最古の天台系不動彫像」とされる注目像で、重要文化財に指定されています。
まさか、博物館に出展されるとは思いもしませんでした。

220振り返り②:妙法院・不動明王像
妙法院・不動明王像(平安前期・重文)

この不動明王像が祀られる妙法院は、三十三間堂を塔頭に持つ天台宗の門跡寺院です。

220振り返り②:妙法院・山門
妙法院・山門~京都市東山区

不動明王像は、護摩堂に江戸時代の二童子脇侍と共に本尊として祀られているのですが、普段は非公開で拝観することができません。


〈妙法院では近くで拝せなかった不動像~東博では眼近にじっくりと〉


一度は是非拝してみたいものと思っていた処、2017年の「京の冬の旅・非公開文化財特別公開」で公開されました。
このチャンスに実見と意気込んで出かけたのですが、護摩堂前の廊下からの拝観で、かなり遠くてその姿をはっきり拝することが叶いませんでした。
双眼鏡を動員して目を凝らしましたが、なかなか克明には見えず、残念至極だったのです。

それが、東博で展示されるというのですから、見逃すわけにはいきません。
東博展示に至った訳とか、これからも東博に寄託されるのかは、全く判らないのですが、平常展、本館11室(彫刻)に展示されていて、今度は、眼近にじっくりと観ることができました。


〈むっちりとした肉付けに力感を感じさせる~平安前期の不動像〉


思った以上に、堂々たる充実感を感じる造形の姿でした。

220振り返り②:妙法院・不動明王像
妙法院・不動明王像

ふっくらした肉付きの像で、カッと見開いた眼など顔貌に迫力を感じます。

220振り返り②:妙法院・不動明王像
妙法院・不動明王像

キャプションによると、カヤ材の一木彫で、内刳り無しということです。

妙法院で遠望したときには、迫力よりは穏やかさの方が勝っている印象がして、
「本当に、9世紀の制作? もう少し下るように見えるけれど・・・・」
という感じがしたのです。

眼近にすると、パワフルという訳ではないのですが、むっちり感あるしっかりした肉付けには力感があって、9世紀の後半という見方に、なるほどと思いました。
ただ、衣文の彫りがペタリと扁平で、9世紀にしては抑揚と弾力感が乏しいような感じが気になったところですが・・・・・

220振り返り②:妙法院・不動明王像
妙法院・不動明王像~体躯の衣文


〈9世紀の初期天台系不動像として紹介注目され、1999年に重文指定に〉


この不動明王像が注目されるようになったのは、1998年に、伊東史朗氏が「妙法院護摩堂不動明王像について」(仏教芸術236号)という調査研究論考を発表してからでではないかと思います。

伊東氏は、
・数少ない初期天台系一例で、就中、現存最古の天台系不動明王彫像としての意義は大きい。
・貞観9年(867)頃の東寺御影堂・不動明王像の作風に近く、そこから隔たらない頃(9世紀)の制作とみられる。
・来歴を検討すると、比叡山、無動寺本尊像の模刻像ではないかと推測される。
と、論じました。

こうした評価を踏まえてのことだと思いますが、翌1999年に重要文化財に指定されています。

1999年の重文指定時の解説(月刊文化財・新指定文化財解説)では、
「9世紀後半ごろと位置付けられよう」
と書かれていたのですが、

今回の展示キャプションには、
「平安時代・10世紀」
と、表示されていました。

本像の製作年代をどう見るかというのは、難しいところがあるようです。
いずれにせよ、注目の不動明王像を、前面から側面からと、ほぼグルリと一周して眼近にしっかりと観ることができたのは、大変嬉しいことでした。


〈嬉しかったのは、写真撮影OKとなっていたこと〉


もう一つ、嬉しくなったのは、なんと本像が「写真撮影OK」であったのです。

東博等の所蔵ではなく、寺社所蔵で撮影可というのは珍しいことです。
それも、妙法院護摩堂の本尊で、普段は拝観不可の像ですから、ビックリでしたが、有り難くしっかり何枚も撮影させていただきました。

220振り返り②:妙法院・不動明王像
妙法院・不動明王像~側面



〈隣室の特集陳列「日本美術の記録と評価~調査ノートにみる美術史研究のあゆみ」へ〉


彫刻室の隣りの第14室で展示されていた、特集陳列「日本美術の記録と評価~調査ノートにみる美術史研究のあゆみ」を見に行きました。

220振り返り②:日本美術の記録と評価展・東博

私の関心の深いテーマの展示です。
明治~昭和前期の美術史研究者の調査ノートやスケッチなどが展示されていました。
今泉雄作、平子鐸嶺、田中一松、土居次義の各氏の調査資料です。

開催趣旨には、
「この特集では、美術作品がどのように調査研究され、美術史研究が形作られてきたのかを、研究者の調査ノートと実際の作品によってご紹介します。」
と、記されています。

地味な展観で、興味のある人は少ないのではないかと思いますが、愉しく、興味深く、観覧することができました。


〈私の一番の注目は、平子鐸嶺の調査スケッチ~巧みな描写力に感心〉


私の一番の注目は、平子鐸嶺の調査ノート、スケッチでした。

平子鐸嶺は、日本美術史研究の草創期、明治30~40年代に活躍した仏教美術史研究学者です。
若くして、数多くの鋭い論考を矢継ぎ早に発表しました。
なかでも、いわゆる「干支一運説」と云われる法隆寺非再建論を展開したことで著名です。
明治44年、35歳の若さで惜しくも早世しました。
没後、研究論考集「仏教藝術の研究」(1914年・金港堂刊)が発刊されています。

平子鐸嶺自筆の、「法隆寺釈迦如来像調査ノート・スケッチ」「勧修寺伝来奈良博蔵・刺繡釈迦如来説法図調査ノート・スケッチ」が出展されていました。

220振り返り②:平子鐸嶺自筆「法隆寺釈迦如来像調査ノート・スケッチ」

220振り返り②:平子鐸嶺自筆「勧修寺伝来奈良博蔵・刺繡釈迦如来説法図調査ノート・スケッチ」
平子鐸嶺自筆調査ノート・スケッチ
(上)法隆寺釈迦如来像、(下)勧修寺伝来奈良博蔵・刺繡釈迦如来説法図


写真撮影などままならぬ当時、研究には手描きのスケッチが必要不可欠だったのでしょう。
スケッチの描写力が、あまりに「巧み」なのには感心しました。



【「びわ湖長浜KANNON HOUSE」へ~渡岸寺・十一面観音像(県指定)が展示中】


東博に行った後は、「びわ湖長浜KANNON HOUSE」へ寄りました。

渡岸寺の十一面観音像(県指定)が展示されていました。

220振り返り②:渡岸寺・十一面観音像(平安後期・県指定)
渡岸寺・十一面観音像(平安後期・県指定)

像高:39.3㎝の檀像風の小像で、美麗な像です。
カヤ材とみられる目の詰まった堅材と用いた素地像で、精緻な彫りに截金が施されています。

220振り返り②:渡岸寺・十一面観音像(平安後期・県指定)220振り返り②:渡岸寺・十一面観音像(平安後期・県指定)
渡岸寺・十一面観音像(平安後期・県指定)

平安時代も末期、藤原の優雅な雰囲気をたたえながらも、小さく整えられた目鼻立ちや鋭い彫り口で、檀像風のキリリと締まった印象を感じます。
なかなかの佳作なのです。


〈お寺では国宝観音像に隠れて目立たないが、なかなかの佳作像〉


渡岸寺の十一面観音像といえば、言わずと知れた国宝観音像を思い浮かべます。
お寺のお堂(収蔵庫)を訪ねると、見事な国宝十一面観音像の方ばかりに目が行ってしまい、その隣に祀られている大日如来像(平安後期・重文)や、この十一面観音像の方は、誰も気にも留めないというというようなことではないかと思います。

こうして、単体でスポットライトを浴びて展示されると、今更ながらに、なかなかの「佳作」だという意を強くしました。
もしこのお像が、渡岸寺ではなくて、湖北のどこかのお寺のお堂にポツリと祀られていたならば、きっと「湖北の麗しの像」として人気を博するようになっていたのではないでしょうか。


〈「KANNON HOUSE」は、10月末で閉館に~致し方なきも誠に残念〉


この「びわ湖長浜KANNON HOUSE」、10月末に閉館となってしまいました。

220振り返り②:びわ湖長浜KANNON HOUSE
びわ湖長浜KANNON HOUSE

「びわ湖長浜KANNON HOUSE」は、2016年3月に長浜市独自の歴史や文化を広く発信するため、“東京にある、長浜の観音堂”をコンセプトに新設開館したものです。
2~3か月に一度、交替で湖北長浜の観音像が、出張安置されてきました。
これまで4年半で、約20体の観音像が順番に展示され、7万人を超える来館者があったそうです。
今般、所期の役割を果たしたとして、閉館することになったということです。

「びわ湖長浜KANNON HOUSE」の閉館は、こうした館を運営維持していくことの難しさを考えれば、致し方なきことなのかと思いますが、大変残念なことで、名残惜しいばかりです。


上野公園に隣接したところにありましたので、私も、東博へ行くとついでに「KANNON HOUSE」に寄ることがルーティーンのようになっていました。
これまで出展された約20体全部は観ることができておりませんが、そのほとんどは観たのではないかと思います。

小さな展示室ではありましたが、訪れる人の数も少なくて、いつも落ち着いてゆっくりとくつろぎながら観音像を拝することかでき、こころ和むものがありました。


〈これまで展示の観音像の写真を、いくつがご紹介〉


嬉しかったのは、出展観音像の写真撮影がOKであったことです。
いろんな角度から写真が撮れ、たまに保存写真を見て愉しんでいます。

これまで出展された諸像の中で、気に入った観音像の写真を、いくつかここでご紹介していきたいと思います。

220振り返り②:集福寺・聖観音像(長浜市)220振り返り②:集福寺・聖観音像(長浜市)
集福寺・聖観音像(長浜市)

220振り返り②:北門前観音講・聖観音像(長浜市)220振り返り②:北門前観音講・聖観音像(長浜市)
北門前観音講・聖観音像(長浜市)

220振り返り②:川並地蔵堂・聖観音像(長浜市)220振り返り②:川並地蔵堂・聖観音像(長浜市)
川並地蔵堂・聖観音像(長浜市)

220振り返り②:常楽寺・聖観音像(長浜市)220振り返り②:常楽寺・聖観音像(長浜市)
常楽寺・聖観音像(長浜市)




【8 月】



【延期開催となった「永野太造写真展」を観に、半蔵門ミュージアムへ】


2月末から6月下旬まで、コロナ禍で臨時休館していた半蔵門ミュージアムへ行きました。
開催延期になっていた特集展示「大和路の仏にであう~奈良に生きた写真家・永野太造と仏像写真」を観に行きました。

220振り返り②:大和路の仏にであう~奈良に生きた写真家・永野太造と仏像写真展・半蔵門ミュージアム220振り返り②:大和路の仏にであう~奈良に生きた写真家・永野太造と仏像写真展・半蔵門ミュージアム

3月に、JCII フォトサロン開催の「永野太造写真展 仏像~永野鹿鳴荘ガラス乾板より」と同時開催される予定だったものです。

NETでの時間予約で出かけましたが、私の観覧中に見かけた人は3~4人という、ひっそりというのも度を越えた閑散ぶりでした。
永野太造撮影写真約30点の他、永野撮影写真による「奈良大和路ポスター」などが展示されていました。

ガラーンとした展示室で、自粛で行けない奈良の古寺を訪ねたような気持ちになって、仏像写真を愉しんできました。


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