仏像の修理修復をテーマにした本が、2冊、立て続けに出版されました。
それぞれ、全くタイプが違う本なのですが、ご紹介させていただきます。
「仏像さんを師とせよ~仏像修理の現場から」 八坂寿史著
2020年11月 淡交社刊 1870円 【231P】
「東京藝大 仏さま研究室」 樹原アンミツ著
2020年10月 集英社文庫刊 748円 【336P】
【美術院国宝修理所・工房長の書下ろし~「仏像さんを師とせよ」】
まずは、
「仏像さんを師とせよ~仏像修理の現場から」
についてです。著者の八坂寿史氏は、京都の美術院国宝修理所の工房長の任にある方です。
ご存じの通り、美術院国宝修理所は、主に国宝、重要文化財級の仏像や絵画、美術工芸品の修理修復を行っている処です。
正式には公益財団法人「美術院」と云い、明治期に岡倉天心が創設した美術院において、美術工芸品の模造、修理修復を担う部門として発祥し、現在に至っています。
国宝、重文級の仏像の修理修復は、全て美術院国宝修理所が担っているのではないかと思います。
「美術院の仏像修理の歴史」については、以前に、日々是古仏愛好HPの「明治の仏像模造と修理【修理編】」でご紹介したことがありますので、ご関心がおありの方はご覧ください。
八坂寿史氏は、1955年生まれ。
1980年に美術院入所以来、40年にわたって仏像修理に従事してきた現場の技術者で、東大寺南大門仁王像、東寺講堂諸仏、唐招提寺千手観音像など近年の美術院を代表する仏像修理に携わり、現在工房長としてご活躍中です。
【国宝・重文仏像修理現場の技術者・仏師ならではの、興味深い話が盛り沢山】
本の帯には、
「仏像修理のスペシャリスト集団、美術院工房長の奮闘記」
「多くの国宝、重要文化財の仏像を修理してきた筆者が40年にわたり書き綴った仏像修理秘話」
というリード文がつけられています。
目次をご覧ください。
早速、一読したのですが、リード文どおりの内容で、仏像修理の現場に長く携わってきた技術者・仏師ならではの、興味津々の話が豊富に語られています。
愉しく、面白く、読むことができました。
【一番興味深かったのは、修理技法や道具、工具の話】
私が、一番興味深かったのは、有名仏像の修理物語よりも、
「様々な材料と修理の方法」や「現場で使う道具」
などについてふれた話でした。「修理仏像を解体するときの釘や鎹を抜く工具の話、矧ぎ目を接着している漆や膠の話、彫刻刀や砥石などの道具の話」
などは、普通の仏像彫刻の本には全く書いていない話で、まさに現場で修理にあたっている著者のような人からでないと聴くことができない、面白い話です。
【仏像造像技法の展開と「刃物と砥石」との関わり合いの話は、興味津々】
なかでも、一番興味深かったのは「砥石」の話でした。
彫刻刀など刃物の切れ味にとって、砥石の果たす役割の重要性が、いかに大きなものであるかを知りました。
仏像の造像技法の展開と「刃物と砥石」との関わり合いについて、著者自身の見方、考え方ということで、こんなことが述べられていました。
造像技法が、白鳳奈良時代から平安時代にかけて、塑像・乾漆像から一木彫像へ展開していく理由についてです。
「当時(註:白鳳奈良時代)、鋼はあっても良い砥石はまだ無く、木を彫るのは難しかったようです。
しかし楠(くすのき)で彫られたお像がいくつかおられることから、刃物が荒砥ぎの状態でも結構彫ることができる木だったのでしょう。」
「当時(註:奈良時代)、刃物はビンビンに砥げないので、きれいな木彫像は彫れません。
漆で造ろうにも材料は高価でした。
そこで、新たに生み出された技法で「木心乾漆像」というお像がつくられるようになります。」
「9世紀頃、京都市右京区鳴滝で世界に誇れる仕上げ砥石「本山砥石」が発見されました。
日本の仏師たちはこぞってこの砥石を使い始めたようで、木彫像は爆発的に広がりました。
一本の大木からお像を彫り出すことも可能となり、そのお像を「一木彫」といいます。
その反面、土由来のお像の造像はピタリと止まってしまいます。」
「刃物と砥石の発達」が、仏像の造像技法の展開、木彫像の隆盛に大きくかかわっているという話です。
白鳳、奈良時代の塑像、乾漆像から奈良末、平安時代の一木彫像へ展開した理由については、これまでも様々な要因が論じられています。
「刃物と砥石」の観点からだけでこれを語るのは、ちょっと無理があるように感じますが、
「彫刻技法の展開と、道具の発展と、素材用材との関係」
を、刃物などの道具、工具の発達との関係で捉えた見方には、誠に興味深いものがあります。自ら鑿を執って仏像を彫る人ならではのコメントではないかと思います。
私は、かねがね、仏像彫刻技法の展開、木彫像の用材樹種の選択といった問題が、刃物など工具の発達展開といった現場工人の技術的問題と大きくかかわっているのではないかと思っているのですが、著者の「刃物と砥石」の話も、このような観点から誠に興味津々でした。
また、飛鳥時代木彫像の用材樹種がクスノキである事由についての、一つの有力な考え方にもなるように感じた次第です。
美術書にはあまりふれられることのない、仏像修理の現場の話を、気楽に愉しく読むことができる一書としてお薦めです。
【クスっと笑えてグっとくる青春ストーリー~「東京藝大 仏さま研究室」】
二番目は、
「東京藝大 仏さま研究室」
についてです。AMAZONには、このような紹介文が載っています。
「2浪、3浪は当たり前、時には10浪以上の学生も・・・・
パンダと桜で賑わう上野公園に隣接する東京藝術大学。
通っている学生も教授も少し変わった人ばかり。
そんな東京藝大で、仏像の保存について研究する通称「仏さま研究室」の修了課題は、なかなか過酷で学生泣かせだ。
様々な思いを抱え、真心を込めながらも、「模刻」に悪戦苦闘する学生たちを描く、クスっと笑えてグっとくる青春ストーリー。」
紹介文で判るように、この本は、仏像の修理修復について書かれた本でもなんでもなくて、「東京藝大 仏さま研究室」を舞台にした、青春ストーリー小説のようです。
【小説のモデルは「東京藝大 保存修復彫刻研究室」
~地味な世界が、小説モデルの表舞台に】
実はこの本、まだ読んではいないのですが、舞台のモデルが「東京藝大 仏さま研究室」となっていたので、採り上げてみることにしました。
「東京藝大 仏さま研究室」というのは、正確には、
「東京藝術大学 大学院美術研究科 文化財保存学専攻 保存修復彫刻研究室」
のことです。
仏像の保存修復や模造などを通じて、日本の古典彫刻の学術的理論と実技の両方がわかる人材を育成するという研究室です。
「仏像の保存修復や模造研究」といった世界は、そもそもあまり知られていない地味な分野です。
東京藝大でも、絵画、音楽、建築といったトレンディーで「華のある世界」と違って、こっちの方は、言い方は良くないのですが、なかなか陽のあたらない日陰的な存在のような感じがします。
そんな「仏さま研究室」にスポットライトが当てられ、集英社文庫の青春小説の舞台に採り上げられたというのですから、私にとってはかなりのビックリでした。
どんな青春ストーリーが描かれているのでしょうか?
読んでみるのが愉しみです。
【近年、研究室活動の話題が、マスコミでいくつも採り上げに!】
さて、舞台となっている「東京藝術大学 保存修復彫刻研究室」
どんな活動をしているのか、ご存じでしょうか?
近年は、結構、マスコミに取り上げられたりしているのです。
・奈良県のマスコットキャラクター「せんとくん」の制作者、籔内佐斗司氏は、この「保存修復彫刻研究室の主任教授」です。
・2018年、会津磐梯町の慧日寺跡に、草創期(9世紀初)の本尊薬師如来像の巨像が復元制作され、話題を呼びましたが、本像の復元制作も、この研究室によるものです。
(この話は、観仏日々帖「会津・慧日寺跡に、草創当初の薬師如来復元像を安置」で紹介させていただきました。)
・今年(2020年)には、「天平時代が令和に蘇る!東大寺法華堂執金剛神像 完全復元プロジェクト」というクラウドファンディングが募られ、目標額を大幅に上回る17百万円余の寄附が集まりました。
新聞紙上でも度々採り上げられましたが、この復元制作プロジェクトも、本研究室によって推進されているものです。
こうした活動をはじめとした「東京藝術大学 保存修復彫刻研究室」の活動、研究成果についてご関心のある方は、 【本研究室のHP】 を、是非、ご覧になってください。
【実に興味深く、勉強になる「研究室HP」のコンテンツ】
このHPについては、よくご存じの方が多いのではないかと思いますが、実に興味深く、勉強になるウエッブサイトです。
本研究室の制作発表展、研究成果発表など、いろいろな活動が豊富に掲載されています。
コンテンツを読んでいると、若き研究室メンバーたちが古典彫刻の技法習熟、研究へ取り組む熱き情熱が、直に伝わってくるような感じがします。
なかでも、私が興味関心があるのは、 「Online Lecture」 「O.B Introduction」 のページです。
「Online Lecture」には、仏像の製作技法や工程についての、様々な研究成果のエッセンスが掲載されています。
「O.B Introduction」には、仏像の修理修復に携わってきた著名な研究家の、「来し方の思い出や貴重な経験談」などがインタビュー形式で掲載されています。
山崎隆之氏、松永忠興氏(元美術院国宝修理所)、小野寺久幸氏(元美術院国宝修理所長)、本間紀夫氏などのO.B Introductionは、大変興味深く読むことができました。
「東京藝術大学 保存修復彫刻研究室」のHPを、まだご覧になっておられない方は、是非一度、ジックリご覧になってみることをお薦めします。
いずれにせよ、日頃はあまり目立たない「東京藝術大学 保存修復彫刻研究室」が、文庫本の青春小説になり表舞台へ出てきたことが、ちょっと嬉しくなって、ご紹介させていただいた次第です。