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観仏日々帖

新刊・旧刊案内~我国初の官製日本美術史書「稿本日本帝國美術略史」について〈その1〉 【2020.03.27】



「稿本日本帝國美術略史」

我国の日本美術史叙述の嚆矢となる本です。


明治期、近代において体系的日本美術史が成立した、記念碑的著作物といわれています。
明治34年(1901)に刊行されました。



【我が国初の「日本美術史書」は、なんと、フランス(仏文版)で初出版】


実は、この「稿本日本帝國美術略史」という本は、日本で刊行される前に、なんとフランス(仏文)で出版されているのです。

明治33年(1900)に、 「Histoire de L'Art du Japan」 という書名で刊行されました。

明治33年(1900)にパリで出版された、「Hisoire de L'Art du Japan」
明治33年(1900)にパリで出版された、「Histoire de L'Art du Japan」

日本は、1900年に開催されたパリ万国博覧会に美術工芸品などを出展しますが、その際に西洋列国に日本美術を紹介する美術史本として編纂、出展されました。

まさに国家の意図によって編纂刊行された、我が国初の官製日本美術史本なのです。



【「仏文版」の翌年、日本で刊行されたのが、「稿本日本帝國美術略史」】


この仏文版の邦文版として、翌年、国内で刊行されたのが「稿本日本帝國美術略史」なのでした。

仏文版も邦文版も、当時の超豪華本、大冊としてとして刊行されました。
近代日本の国家の威信をかけた、立派で贅沢な本であったわけです。

この「稿本日本帝國美術略史」に著述された美術史観が、その後長らく、近代における日本美術史の揺るがぬ規範となっていったといわれています。

本書が、近代日本美術史成立の歴史的、記念碑的出版物と評される所以です。



【最近、立て続けに、「本書・初版本、再販本」を、ラッキーにも入手】


最近、「稿本日本帝國美術略史」の、明治34年刊行本と明治41年再版本とを、立て続けに安価に入手することができました。

これまで、大正時代刊行の「縮刷版」は持っていたのですが、チャンスがあれば明治時代刊行の「豪華な当初版」を入手したいと思っていたのです。

思いの外のラッキーな立て続けゲットに、ちょっと嬉しくなって、「稿本日本帝國美術略史」について振り返ってみる記事を掲載させていただくことにしました。



【ずっしり重い、豪華・大冊本の書影、図版をご紹介】


「稿本日本帝國美術略史」の刊行のいきさつやその意義などについては、後で触れさせていただくことにして、まずは最近入手した、「稿本日本帝國美術略史」の初版、再版の書影や掲載図版をご覧いただきたいと思います。


明治34年刊行初版、明治41年刊行再版の書影は、ご覧の通りです。

「稿本日本帝國美術略史」の初版と再版
「稿本日本帝國美術略史」の初版(左)と再版(右)

初版、再版ともに、A3版ぐらい(40㎝弱×27~8㎝)の大きさです。
「奈良六大寺大観」とほぼ同じ大きさの大型版で、厚みはその1.5倍ぐらい。
ずっしり重くて。約5キロの重さがあります。
流石に、国の威信をかけた大冊美術史書といわれるだけの重厚感、デカさで、ページをめくるだけでも大変です。

装丁の文様などは、ほぼ同じですが、初版は絹装、再版はクロス装となっています。
入手したものは共に並製ですが、同時に豪華装丁版も刊行されているようです。



【ごく少部数だけの刊行だった初版本~明治34年(1901)出版】


明治34年(1901)刊行:初版本を見てみると、

本文:274ページ、図版:105葉(コロタイプ印刷写真100葉、木版色刷5葉)
序文:「帝国博物館総長 九鬼隆一」、刊行者:「農商務省」、印刷所:「国華社」

となっています。

明治34年(1901)刊行「稿本日本帝國美術略史」初版本..明治34年(1901)刊行「稿本日本帝國美術略史」初版本

明治34年(1901)刊行「稿本日本帝國美術略史」初版本
明治34年(1901)刊行「稿本日本帝國美術略史」初版本

(本初版本は、国立国会図書館デジタルコレクション「稿本日本帝國美術略史」(1901)で、全ページをカラー映像で、閲覧することができます。)


明治34年(1901)刊行「稿本日本帝國美術略史」初版本・タイトルページ
初版本・タイトルページ

明治34年(1901)刊行「稿本日本帝國美術略史」初版本・本文
初版本・本文

明治34年(1901)刊行「稿本日本帝國美術略史」初版本・奥付
初版本・奥付

刊行が「農商務省」となっているのは、パリ万国博覧会への出展が殖産興業所管の農商務省であったからで、実際の編集執筆は宮内省、帝国博物館が所管しています。

この初版本が何部発刊されたかはよく判らないのですが、ごく少部数であったようで、

「(邦文版は仏文版よりも)かなり少なかったと推定され、それは東京美術学校にも所蔵されなかったほどの部数であったことから伺えるように思われる。」
(「稿本日本帝国美術略史」の成立と位相(森仁史)近代画説第10号明治美術学会誌2001.12)

という程で、相当の貴重書であったと思われます。



【復刻・再版本は明治41年(1908)刊行~定価は、今の物価で20万円以上の豪華高額本】


次に、明治41年(1908)刊行:再版本を見てみたいと思います。

明治41年(1908)刊行「稿本日本帝國美術略史」再版本..明治41年(1908)刊行「稿本日本帝國美術略史」再版本

明治41年(1908)刊行「稿本日本帝國美術略史」再版本
明治41年(1908)刊行「稿本日本帝國美術略史」再版本


本文:328ページ、図版:144葉(コロタイプ印刷写真109葉、網判印刷写真30葉、木版色刷5葉)
初版時の序文に加え、「九鬼隆一」「福地復一」が再版の序を記しています。
刊行奥付をみると「東京帝室博物館御蔵版」と記され、発行所:「日本美術社」、木版色刷:「国華社」、発売所:「隆文館」

となっています。

明治41年(1908)刊行「稿本日本帝國美術略史」再版本・タイトルページ
再版本・タイトルページ

明治41年(1908)刊行「稿本日本帝國美術略史」再版本・奥付
再版本・奥付

再版本が発刊されたのは、初版があまりに少部数であったことから、一般にほとんど行き渡らなかったため、「日本美術社」が再版出版販売を計画。
何とか出版にこぎつけたものの、資金不足などにより「隆文館」に発刊、販売を委ねたことによるものだそうです。

再版本の「凡例」には、このように記されています。

「明治34年に農商務省にて此稿本を印刷に附せしも、其の部数僅少にて、之を配布せし人員も少数に止まりたりき。
日本美術社今回之を世に公にせん為め、東京帝室博物館の許可を得て複製せるものなり。」

この再版本が何部刊行されたか、価格がいくらだったのか、はっきりしないのですが、部数は250部程度、価格は廉価版で30円であったという話もあるようです。

明治41年頃の30円というのは、極めて高価だったと思われます。
当時の大卒初任給が丁度30円であったということで、最近の大卒初任給が20万円強ですから、廉価版でも安くとも「定価20万円以上」だったということになります。
驚くほどの高価さで、一般人の手の届くものではない超豪華高額本であったことがわかります。

再版本は、初版に比べ、ページ数が50数ページ増え、図版も40葉ほど増えています。
これは、再版に際して、「建築の部」を「絵画、彫刻、工芸の部」から独立させ、伊東忠太がが新たに書き下ろしたものに替わったことによるものです。



【あまりの精緻、美麗さに目を奪われる、多色刷木版の図版~5葉収録】


次に、「稿本日本帝國美術略史」に収録されている図版を見ていきたいと思います。

5葉の多色刷木版図版が収録されています。
大変に、精緻、美麗な原色木版画で、その素晴らしさに目を奪われてしまいます。

その全葉をご覧ください。

「稿本日本帝國美術略史」多色木版画~奈良国立博物館蔵・十一面観音画像(国宝・平安時代)

「稿本日本帝國美術略史」多色木版画~奈良国立博物館蔵・十一面観音画像(国宝・平安時代)

「稿本日本帝國美術略史」多色木版画~奈良国立博物館蔵・十一面観音画像(国宝・平安時代)
多色木版画~奈良国立博物館蔵・十一面観音画像(国宝・平安時代)
本書には、「伯爵 井上馨蔵」大和国某寺にありしもの、と記されています
木版画とは思えない精緻、美麗さがお判り頂けると思います



「稿本日本帝國美術略史」多色木版画~東京国立博物館蔵・普賢菩薩画像(国宝・平安時代)

「稿本日本帝國美術略史」多色木版画~東京国立博物館蔵・普賢菩薩画像(国宝・平安時代)
多色木版画~東京国立博物館蔵・地蔵菩薩画像(鎌倉時代)
本書には、「帝国博物館蔵」奈良の某古刹にありしもの、と記されています



「稿本日本帝國美術略史」多色木版画~東京国立博物館蔵・地蔵菩薩画像(鎌倉時代)
多色木版画~東京国立博物館蔵・地蔵菩薩画像(鎌倉時代)
本書には、「帝国博物館蔵」巨勢家の筆、と記されています



「稿本日本帝國美術略史」多色木版画~三の丸尚蔵館蔵・春日権現験記絵(鎌倉時代)
多色木版画~三の丸尚蔵館蔵・春日権現験記絵(鎌倉時代)
本書には、「御物」高階隆兼の筆、と記されています
明治8・11年に鷹司家から皇室に献上されたものです



「稿本日本帝國美術略史」多色木版画~MOA美術館蔵・小野小町草紙洗図(江戸時代)
多色木版画~MOA美術館蔵・小野小町草紙洗図(江戸時代)
本書には、「東京 谷森眞男蔵」尾形光琳筆、と記されています



この多色木版、何色何度刷りなのかは、よく判らないのですが、精緻で凝りに凝ったもののように思われます。
本画かと見紛うような、驚くべき精巧さと微妙な色合い表現です。
「素晴らしい多色木版画」の一言です。
この美麗な木版画像を眺めているだけで、本書を手に入れた値打ちがあったような気持ちになってしまいます。



【写真図版は、美しく味わい深いコロタイプ印刷~今や失われた印刷技術】


次に、写真図版をご覧いただきます。

小川一眞
小川一眞
モノクロームの写真図版は、写真師・小川一眞の撮影によるものです。
今見ても美しい、コロタイプ印刷によるものです。

コロタイプ印刷というのは、明治~昭和初期の高級美術写真印刷によく用いられた印刷技法で、連続階調といわれる柔らかで深みのある質感が表現できることが特長です。
この「コロタイプ写真製版印刷」の実用化の道を開いたのが、アメリカ洋行帰りの写真師・小川一眞であったのです。(明治16年渡米、翌年帰国)

現代では、コロタイプ印刷というのは行われなくなってしまい、世界で唯一この技法を守っているのが京都の「便利堂」であるといわれています。
ソフトで味わいのある美しい写真印刷なのですが、如何せん、手間ヒマとコストがかかりすぎて、今や商業的に成り立たないのです。

「稿本日本帝國美術略史」では、実用化されたばかりの味わいあるコロタイプ印刷写真を、たっぷりと愉しむことができます。


その数葉を、ご覧いただきたいと思います。


「稿本日本帝國美術略史」コロタイプ写真~法隆寺夢殿・救世観音像

「稿本日本帝國美術略史」コロタイプ写真~法隆寺夢殿・救世観音像
法隆寺夢殿・救世観音像
明治17年、フェノロサ、岡倉天心によって初めて開扉された救世観音像です



「稿本日本帝國美術略史」コロタイプ写真~東大寺戒壇堂・多聞天像
東大寺戒壇堂・多聞天像


「稿本日本帝國美術略史」コロタイプ写真~法華寺・十一面観音像
法華寺・十一面観音像
コロタイプの柔らかで美しい味わいの特長がよく出ています



「稿本日本帝國美術略史」コロタイプ写真~東大寺法華堂・日光菩薩像
東大寺法華堂・日光菩薩像
本書では、伝良弁僧正作梵天像と記されています
現代の仏像美術写真かと見紛うような、魅力的写真です



「稿本日本帝國美術略史」コロタイプ写真~興福寺・華原磬
興福寺・華原磬


「稿本日本帝國美術略史」コロタイプ写真~東寺御影堂・不動明王像
東寺御影堂・不動明王像
絶対秘仏である御影堂・不動明王が当時調査写真撮影のために開扉されていたことがわかる貴重な写真です
不動像の後方両脇に写っているのは、昭和32年に発見、確認された、八幡三神像ではないかと思われます



「稿本日本帝國美術略史」コロタイプ写真~秋篠寺・伎芸天像
秋篠寺・伎芸天像


如何でしょうか?

これらの仏像写真は、明治21年(1888)、政府により実施された、「近畿地方古社寺宝物調査」に写真師として同行した、小川一眞が撮影したものです。
絶対秘仏の法隆寺夢殿・救世観音像や、東寺御影堂・不動明王像といった貴重で珍しい写真も収録されています。
連続階調の柔らかで味のあるコロタイプ写真印刷の美しさがお判りいただけると思います。


明治34年、41年刊行の「稿本日本帝國美術略史」(初版・再版)の書影、収録図版などをご覧に入れました。



【その後、何種類も刊行されていった普及、廉価版~大正半ばまで7種の諸版刊行】


この国家の威信をかけたような、超豪華本の官製日本美術史本「稿本日本帝國美術略史」ですが、その後も、大正時代まで版型などを変えて、いくつもの版が刊行されました。
出版部数も少なく、高価過ぎ、入手が難しかったので、その後廉価版の類が刊行されていったのだと思います。

この記念碑的美術史本「稿本日本帝國美術略史」が、明治34年の初版以降、どのような版がどのような形で刊行されていったのかを徹底トレースした論考があります。

永井洋之氏の 「『稿本日本帝国美術略史』の諸版について」(元興寺文化財研究84号2004) という論考です。
この論考を参考に、どのような版がその後刊行されていったのかを、一覧表にまとめてみました。


ご覧の通りです。

「稿本日本帝国美術略史」の諸版一覧

明治33年(1900)の仏文版刊行から、大正5年(1916)までの15年間にわたって、7種類の版が刊行されていったことになります。

本文は、再版時に「建築の部」を書下ろし独立させたほかは、一言一句も変わっていないのですが、「国家が規範として定めた日本美術史」という重みは、きっと大変なもので、版が重ねられて行ったのでしょう。
それだけ権威のある日本美術史書であったということなのだと思います。



【手元にある大正5年の廉価縮刷版~それでも定価は2万5千円程?(今の物価)】


私の手元には、大正5年(1916)刊行の「第二縮刷版」があります。
この縮刷版は菊版(21.8×15.2㎝)ですので、かさ張り感はほとんどありません。

大正5年(1916)刊行「稿本日本帝国美術略史」第二縮刷版..大正5年(1916)刊行「稿本日本帝国美術略史」第二縮刷版

大正5年(1916)刊行「稿本日本帝国美術略史」第二縮刷版
大正5年(1916)刊行「稿本日本帝国美術略史」第二縮刷版

(第二縮刷本は、国立国会図書館デジタルコレクション「稿本日本帝國美術略史」(1916)で、全ページをカラー映像で、閲覧することができます。)


大正5年(1916)刊行「稿本日本帝国美術略史」第二縮刷版・タイトルページ
第二縮刷版・タイトルページ

大正5年(1916)刊行「稿本日本帝国美術略史」第二縮刷版・奥付
第二縮刷版・奥付

「第二縮刷版」の「縮刷本凡例」には、このように書かれています。

「然るに曩(さき)に縮刷版印行したるものも尚其の積量及価額等の点より、頒布の範囲広からざるしを以て、今回一般希望者殊に学校及び学生等の便宜を図りて、これを縮刷することとせり。」

奥付の価格は4円80銭となっています。
当時と最近の大卒初任給で換算してみると、「定価2万5千円程度」のイメージです。
「学校、学生等の便宜を図った」という割には高価で、当時、本の値段というものが随分高かったことが想像できます。

「第二縮刷版」の掲載写真は、コロタイプではなく網版ですので、正直随分見劣りがします。

「稿本日本帝国美術略史」第二縮刷版・網版写真~東大寺戒壇堂・多聞天像「稿本日本帝国美術略史」第二縮刷版・網版写真~東大寺法華堂・日光菩薩像
第二縮刷版・網版写真~(左)東大寺戒壇堂・多聞天像、(右)東大寺法華堂・日光菩薩像

多色木版図版は、一葉だけで、何故か「小野小町草紙洗図」が収録されています。

「稿本日本帝国美術略史」第二縮刷版・多色木版~小野小町草紙洗図
第二縮刷版・多色木版~小野小町草紙洗図

初版本の精緻美麗さに比べると、随分見劣りする粗い木版画です。
どうして「小野小町草紙洗図」だけをカラーにしたのかは、よくわかりません。
ちょっと不思議です。


明治時代の超豪華本「稿本日本帝國美術略史」の初版、再版を立て続けに手に入れ、ちょっと嬉しくなって、その中身や、その後版を重ねた諸版について、紹介させていただきました。


〈その2〉では、「稿本日本帝國美術略史」刊行に至るいきさつや、我が国初の官製日本美術史書の成立の意味、意義などについて、振り返ってみたいと思います。


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