鶴林寺、楊柳寺の播磨古仏探訪のついでに、姫路市夢前町(ゆめさきちょう)にある、蓮華寺十一面観音坐像の観仏に訪れてみました。
私は、この仏像については全く知らなかったのですが、
この「観仏日々帖」に亀岡市・甘露寺の十一面観音坐像を採り上げた時、
ブログを見ていただいた同好の方から、甘露寺像の兄弟のような十一面観音坐像が播磨にある、というご教示いただきました。
教えていただいた仏像が、この蓮華寺十一面観音坐像です。
1991年に兵庫県歴史博物館の「ふるさとのみほとけー播磨の仏像展」に出展されたことがあるとのことでした。
図録に掲載された写真は、次のようなものです。
この写真を見た時には、パワーはありそうだけれども、後世の補彩が拙劣で、わざわざこれをめざして出かけるほどの仏像のようには、正直な処、感じられませんでした。

蓮華寺は、姫路駅から真北に10キロぐらいの鄙びた山村に在ります。
蓮華寺は、本尊は地蔵菩薩で、また夢前七福神の一つとして恵比寿様をお祀りしているようです。
お訪ねすると、かなりの高齢のご住職がいらっしゃり、お堂にご案内頂きました。
めざす十一面観音坐像は、内陣の右側の厨子に脇仏としてお祀りされていました。
早速、ご拝観。
想定外に、パワフルで迫力のある像です。
ボリューム感たっぷりで、なかなか堂々たる姿は、図録写真で見たイメージと全く違いました。
図録写真と、実際の写真を比べてみて、如何でしょうか?
地方的な雰囲気のする仏像です。
しかし、その迫力ある造型は、時代は下るかもしれませんが平安前期の余韻をしっかりとどめています。
粗野で、野太い造形で、何やら土臭いエネルギー・パワーを発散しているように感じます。
造形の巧みさよりも、発散するエネルギー勝負といった感じの仏像です。
「ふるさとのみほとけー播磨の仏像展」図録の解説には、このように記されています。
「像高:122.5㎝、一木造 彩色
体部は内刳りのない一木造りで両脚部は別に一材を寄せ、さらに左腰部には三角材をあてている。・・・・・
相好は森厳で、面部は張りがあり、体部は厚く、膝は幅が大きく厚みがあるなど全体に量感豊かに表され、また胸飾を刻出するなど古様を示している。
しかし、衣文の彫りがやや穏やかになることなどから平安中期(10世紀)の造立と考えられる。」
「彩色は衣部にベンガラ、肉身部に黒漆がほどこされているがやはり後補である。
また、眼と唇(紅)の彩色も同様であるが、この像の重厚は雰囲気を大きく損なわせているのが惜しまれる。」
眼前のお像は、古色で仕上げられ、後世の彩色の跡は、すっかり無くなっています。
図録写真で見た仏像とは、全く別の仏像のような雰囲気です。

お像の前には、修復時に書かれた木札が立てられていました。
修復は、桜庭裕介氏の手によるようです。
桜庭氏は、仏像修復などを手掛けられていると共に、早稲田大学文学学術院講師でもあり研究者としても知られている方です。
この時の修理報告写真が遺されており、ご住職に見せていただきました。
修理前と修理後写真が並べられていると共に、いろいろな角度からの撮影写真もありました。
この像が古様で、地方仏特有の肥満したボリューム感たっぷりの像であることがよく判ります。
もう一度、よく観音像を拝してみました。
彫りは粗野で荒くて、お世辞にも洗練された彫像という雰囲気はないのですが、一方で、野性味、野趣を強く感じさせるパワーを発散しています。
兄弟分のようと教えていただいた、亀岡・甘露寺の十一面観音坐像の方は、この像と比べると、かなり都風の優れた彫技を感じる像のような気がします。
蓮華寺像が野性的エネルギーを感じるとすれば、甘露寺像はパワフルだが上品という感じがします。
しかし私は、野太い、土臭いエネルギーを発散させている、この蓮華寺・観音坐像に結構魅力を感じます。
土の匂いがする地方仏がもつ霊威というか、惹きつけるオーラのようなものを強く感じるのです。
兵庫県歴史博物館の神戸佳文氏は、図録所載の「播磨の仏像について」という解説文の中で、
「蓮華寺十一面観音坐像は、但馬の但東町・西谷観音堂の十一面観音立像(152.1㎝)に似た作風を示している」
と書かれています。
この西谷観音堂の十一面観音像。
これまた、
私も、この観音像を拝した時、なんとも異様な土臭いエネルギーでたたきつけられそうな不思議な感覚になった記憶があります。
たしかに、西谷観音堂像と蓮華寺像は、造形感覚の根っこで「同根」の仏像だという風に思います。
西谷観音堂像の方が、古様で迫力も一枚上のようにおもいますが、顔の雰囲気や、鈍く太造りな衣文線、胸飾を刻出している処などは、同類のように思えます。
西谷観音堂の十一面観音像は、井上正氏が、古密教彫像巡歴(日本美術工芸611号)で採り上げている仏像です。
井上氏は、
毎度ご紹介する井上説ですが、本像を行基の活躍年代にあたる8世紀前半の制作と想定されています。
正直に言って、あまり大きな期待もせずに訪れた、蓮華寺十一面観音坐像でしたが、実際のお姿を拝して、独特の野趣あふれる迫力、オーラのようなものに接することができ、この像の魅力を発見することが出来ました。
そして、異様で土臭い霊威を感じさせてくれた西谷観音堂十一面観音像をも、思い起こさせてくれることになりました。
蓮華寺まで、わざわざ足を伸ばしてみて、本当に良かったと思った次第です。
ご住職から、観音様の修復についてのお話も聞かせていただきました。
ご高齢のご住職は、多額の費用は掛かったものの、ご自身の代の時に十一面観音様の修復をすることができたことに、大変満足されているご様子でした。
「修理報告書」を大事に保管して、
そんな満足感で、蓮華寺を後にしました。