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観仏日々帖

新刊旧刊案内~「九州仏像史入門~大宰府を中心に」 井形進著 【2019.3.1】


こんな本が出版されました。


「九州仏像史入門~大宰府を中心に」 井形進著 
2019年1月 海鳥社刊 【224P】 2200円


九州仏像史入門



【魅力的書名に、中身も確認せずAMAZONで購入】


AMAZONで仏像関係書をみていたら、新刊で出版されているのに気が付きました。

「九州仏像史入門」という、なかなか魅力的な題名です。
本の中身を確認してから、購入するかどうか決めたいなと思ったのですが、九州の出版社の本で、書店には並んでいません。

AMAZONの本の内容紹介には、

「奈良や京都、鎌倉とは異なる魅力をもつ古物の宝庫・九州。
ここでは大陸からの影響、都からの影響、そして在地の伝統が混ざり合い、個性豊かな仏像たちが誕生してきた。
主に仏教伝来から鎌倉時代にかけて、その歴史を優しく、詳しく解説する。」

とありました。

期待外れの内容だったらガッカリだなと思いながらも、「九州仏像史入門」という本の題名に惹かれて、AMAZONの「今すぐ買う」を、クリックしてしまいました。



【やさしい語り口ながら、読み応え十分の興味深い本】


到着した本を、早速、サラッと一読してみたのですが、なかなか興味深い本でした。

九州仏像史入門

やさしい語り口で書かれているのですが、読み応えのある内容です。
失礼な言い方ですが、「この定価を出して買う値打ちは充分」で、九州の仏像に関心のある方は、是非とも手元に置いておきたい本です。

目次をご覧ください。

九州仏像史入門目次2九州仏像史入門目次1

九州仏像史入門目次4九州仏像史入門目次3

九州仏像史入門目次5

以上のような項立てになっています。


著者の井形進氏は、現在、九州歴史資料館学芸員の任にある、仏教美術の研究者です。

本書の「後記」によると、この本は、著者が講師を務める朝日カルチャーセンター福岡における講座のためのテキストを書籍化したものだそうです。
「大宰府周辺の古仏」「九州の仏像の諸相」というテーマの講座ということで、執筆動機についてこのようにコメントされています。

「あらためて気づかされたのですが、九州の仏像に関しては、研究者が増え、研究の蓄積も進んでも進んでおりながら、全体像を見渡せる書物は多くなくて、そして入門書的なものとなると、適当なものが見当たらない状況でした。

それならば自分で書いてみるかと、非力を省みずに蛮勇をふるって書いたのが、『大宰府周辺の古仏』です。」



【近年、関心の高まる九州の仏像~展覧会も続々開催】


確かに、近年、「九州の仏像」にスポットライトを当てた、大規模な展覧会も、開催されるようになり、注目度はどんどん上がってきているようです。

2006年  「空海と九州のみほとけ展」  福岡市博物館開催
2014年  「九州仏展」  福岡市博物館開催
2014年  「福岡の神仏の世界展」  九州歴史資料館開催
2018年  「浄土九州展」  福岡市博物館開催


空海と九州のみほとけ展九州仏展

福岡の神仏の世界展浄土九州展
九州の仏像にスポットをあてた展覧会ポスター

といった、九州の仏像をテーマにした充実した展覧会が、続々開催されたのは記憶に新しい処です。
きっと、展覧会などに関わる研究者の方々の、九州の仏像に対する調査研究、展覧会開催への取り組みは、並大抵のものではないのだろうと思われます。

そのおかげで、我々のような仏像愛好者の九州の仏像への関心も、随分と高まって、「九州仏」といった、新しい言葉にも、少し耳慣れてきたような気がします。



【これまで見当たらなかった、九州の仏像史を俯瞰した嬉しい本】


一方で、本書の後記に書かれているように、九州(とりわけ筑紫中心エリア)の仏像全体について、美術史的に解説した書物が、なかなか見当たらなかったのも事実です。

「○○の文化財」「○○の仏像」といった個別作品解説的な本はあったのですが、九州という地域の仏像について総合的に俯瞰して、その特性などについてわかりやすく論じた仏像史的な本は、無かったように思います。

そうした総合的視点での考え方は、ご紹介した展覧会の図録に掲載された解説論考、例えば
「北部九州の平安一木彫刻」(「空海と九州のみほとけ展」図録所載)、
「九州における古代木彫像の成立」(「九州仏展」図録所載) ~共に末吉武史氏執筆
といったもので、少しふれることが出来たのではと思います。

ただ、これらの解説は、難しいテーマの話が、短い文章にコンパクトに凝縮されているので、判りやすさ親しみやすさといった面では、ちょっとなじみにくかったような気もします。

そんな意味では、ご紹介の 新刊「九州仏像史入門~大宰府を中心に」 は、カルチャー講座内容がベースになっているだけあって、大宰府を中心にした九州の平安期までの古代仏像の歴史とその特性について、わかりやい語り口で、丁寧に書かれており、我々、アマチュアの仏像愛好者にとっては、大変有難い本といって良いものです。

目次をご覧になってもわかると思いますが、中央の仏像史の流れ、「奈良時代天平仏、檀像彫刻、平安前後期の仏像」といったポイントを追いながら、これと対比した九州仏像史の流れと特性、注目すべき問題などが、興味深く語られています。

いわゆる「九州仏」というものを知り、その特性と問題点をわかりやすく知るには、格好の書となっています。



【とりわけ興味深かった、九州の平安前中期彫刻の二つの流れの話】


詳しい内容については本書を読んでいただくとして、私が、とりわけ興味深く感じたのは、次のような話です。

「大宰府を中心とした平安前中期彫刻の、大きな二つの流れ」

とでもいうべき、見方の話です。

著者、井形氏は、大宰府を中心とした平安前中期彫刻の流れを、

・浮嶽神社・如来形立像をはじめとした、大宰府ゆかりの公的性格が強い工房の諸像
・長谷寺・十一面観音立像をはじめとした、在地的で神祇信仰的な影響が強い諸像

の、二つに分けてみることが出来ると述べています。

井形氏によると、

大宰府周辺の平安前中期彫刻をたどっていくと、まず最澄が、遣唐使渡航の際に竈門山寺に造像したという檀像薬師の面影を残す平安初期彫像としては、若杉霊峰会・千手観音像、谷川寺・薬師如来像が想定されるが、その後の平安前中期彫像を俯瞰すると、前記のような「二つの仏像制作集団の存在」が想定される。

ということです。

若杉霊峰会・千手観音像...谷川寺・薬師如来像
(左)若杉霊峰会・千手観音像、(右)谷川寺・薬師如来像

ここで、二つの流れについて、どのように論じられているのかを判りやすくふれていこうとすると、話が長くなってキリがありませんので、それは本を読んでいただくとして、論旨について、誤解を恐れずに、思い切って大胆に、ピンポイントのみをまとめた一表を作ってみました。

大宰府周辺の平安前中期彫刻の二つの流れ

勝手な自己流解釈の要約ですので、間違っていることが結構あろうか思います。
この表のまとめでは、何が云いたいのかよくわからないと思いますが、何卒、お赦しください。

浮嶽神社・如来形立像.浮嶽神社・如来形立像(左袖のV字状衣文)..観世音寺・阿弥陀如来像
(左)浮嶽神社・如来形立像・左袖のV字状衣文、(右)観世音寺・阿弥陀如来像

長谷寺・十一面観音像..八所宮・十一面観音像
(左)長谷寺・十一面観音像、(右)八所宮・十一面観音像



【九州仏特有の「腰帛」表現は、大陸からの直接取り込みか?】


私が、興味深かったのは、大宰府周辺の平安前期彫刻に、二つの仏師集団の存在を想定されていることでした。
ひとつは主要寺社の中枢的な公的仏師集団、もう一つは、在地的で神祇信仰とかかわる仏師集団とでもいうのでしょうか。

そして、在地的集団には、霊木信仰などのほかに、宗像神社、志賀海神社といった海の神との関わり合いが考えられる。
近年、九州特有の造形表現として注目されている「腰帛」(ようはく)という衣の表現も、当地の工房が、新たに大陸から直接的に取り込んだ服制である可能性があるということです。
(「腰帛」というのは、天衣とは異なって、膝前下半身で完結しているU字状の飾り帯のことを言います)

長谷寺・十一面観音像の腰帛
長谷寺・十一面観音像の腰帛(腰から膝にかけてのU字状飾り帯)

私は、これまで、九州の仏像を観てきて、このような二つの区分けというのは、考えたこともありませんでした。
本書のような、見方、考え方には、異論もあるようで、二つのグループに、何処まで、特徴的な差異を明確に認めることが出来るのかは、よくわからないのですが、興味津々の視点での整理で、惹き込まれるように読んでしまいました。


今般発刊の「九州仏像史入門」は、「九州仏」と呼ばれる仏像の特徴、歴史を知り、考えてみるには、格好の一書だと思います。
しっかりと深みある話を、研究書とは違って、やさしく判りやすく読むことが出来るのが、何よりです。



【地方仏には、大陸・半島からの直接影響造形はあるのか?
~都、中央からの文化伝播ではない造形】

最後に、「九州仏」というと、大陸や半島からの直接影響による造形とか表現というのがあるのだろうかということが、頭に浮かんできます。

ご紹介の「九州仏像史入門」では、「腰帛」について、
「新たに直接的に大陸から取り込んだ服制である可能性」
についてふれ、

中国に実例作品があることを指摘して、
「九州北部には造像にあたり、大陸の作を直接参照しうる環境があったのではないかと考えています。」
と述べられていました。

地方の仏像の造形を考えるとき、一般的には、
「奈良・京都という中央から文化的伝播という流れの方向性」
のなかで考えてしまいます。

どうしても、中央の仏像を頭の中において、どのような影響がみられるか、中央との時間差、時代差をどう見るべきかということしか、考えていないような気がします。

「九州仏」についても、同じ視点で見てしまっているのも事実です。



【大陸的空気感が気になる、2つの地方仏
~愛媛・庄部落と鳥取・東高尾観音寺の仏像】


そうした中で、稀に、奈良、京都の仏像の影響下の仏像とは考えにくい造形感覚の仏像に出会うことがあります。
私が気になっているのは、愛媛県松山市、庄部落薬師堂の菩薩立像(奈良末~平安前期)と、鳥取県東伯郡北栄町、東高尾観音寺の千手観音立像(平安前期)です。

愛媛庄部落薬師堂・菩薩立像鳥取東高尾観音寺・千手観音像
大陸的空気感を感じさせる二つの地方仏
(左)愛媛庄部落薬師堂・菩薩立像、(右)鳥取東高尾観音寺・千手観音像


いずれの像も、奈良、京都の中央仏の流れにあるような造形感覚とは、かなり違うものを感じます。
中央に、これらの像の元になるような仏像のイメージがわいてこないのです。

「大陸的な空気感」

情緒的な言葉なのですが、一番フィットした表現のように思います。

庄部落は大陸的スケールの茫洋さ、観音寺は大陸的のびやかさ、おおらかさという感覚がします。
それぞれフィーリングは違うのですが、プロポーションも顔つきも、全体の雰囲気も、中央から伝播した造形表現とは、私には、思えないのです。
魅力的な仏像だけに、気になってしまいます。

愛媛も、鳥取も、九州と同じですが、大陸、半島から都への文化の流入ルートの途中にあって、都では採り入れられなかった造形フィーリングの仏像が、これらの地に遺されたような気がしています。

みなさんは、どのように感じられているでしょうか?


九州の仏像を考えるときも、そのような視点も入れて見ていくことに、ちょっと興味深さを感じています。


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