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観仏日々帖

古仏探訪~回想の地方仏探訪① 「はじめに」  【2018.4.1】


【心惹かれる地方仏の世界】


「地 方 仏」

この言葉には、何とも言えない不思議な魅力を感じさせる響きがあります。

奈良や京都の一流の仏像に比べると、洗練されているとはいいがたく、素朴で粗野で土の臭いを感じさせるような仏像が多いのですが、その分、中央の美しい仏像にはない独特の魅力、引力のようなものがあるのです。
とりわけ、地方の平安古仏は、一度その魅力にふれてしまうと、逃れ難くなってしまいます。
クセになるというか、地方仏巡りの虜になってしまった方も、結構いらっしゃるのではないでしょうか?

最近では、東博で「みちのくの仏像展」が開催されるなど、地方仏の優品を博物館で目にすることができる機会も、ずいぶん多くなったようです。

でも、「地方仏」の魅力は、祀られているお堂まで出かけて拝さないと、語ることができないような気がします。
博物館などに出品されていると、それほどの出来でもなく、そのまま通り過ぎてしまう地方仏でも、やっとたどり着いた田舎の寂れたお堂で、土地の人々に愛され守られているなかで拝すると、魂がこもり輝いて見えてくるのです。
ちょっと出来が良くない素朴で粗野な造形も、むしろそれが土地の風土に息づいて、心惹き付けられます。
歩く程に、長き石段を登る程に、ようやくたどりついたお堂で拝する仏像との出会いは、それだけで、感動を呼び覚まします。

これが、地方佛の本当の魅力なのかも知れません。



「そういえば、その昔、地方仏巡りに随分出かけたなー!」

「あの頃の地方仏巡りが、今の仏像愛好の原点になっているのだろう。」

そんな思い出が、よみがえってきました。

そこで、今更なのですが、昔の地方仏探訪の回想を、少しだけ綴ってみようかなという気持ちになりました。

私が奈良や京都の仏像ではなくて、いわゆる「地方仏」を初めて拝したのは、学生時代の頃で、もう50年近く前になります。
その頃の、昔話や、思い出話を綴ってみたところで、そんな話は

「唯々、年寄りのノスダルジーで、自己満足以外の何物でもない」

と、言われてしまいそうです。
その通りで、こんな話、皆さんには何の参考にもならないのですが、

「年寄りの、一仏像愛好者の、地方仏遍歴の思い出話」

として、少しだけお付き合い願えればと思います。



【初めて出会った地方仏の本~「生きている仏像たち」】


私が、初めて地方仏巡りに出かけたのは東北地方、みちのくの仏像探訪でした。
昭和46年(1971)の夏のことです。

「みちのくの仏像探訪に出かけてみたい」

そんな気持ちになったきっかけになったのは、 「生きている仏像たち~日本彫刻風土論~」 という本でした。
この本が、大学帰りの最寄りの本屋の書棚に並んでいるのを見つけたのは、昭和46年の春頃のことです。

「生きている仏像たち~日本彫刻風土論~」 丸山尚一著 (S45) 読売新聞社刊


「生きている仏像たち」丸山尚一著

「どんな本なのだろうか?」

と、手に取って、ページをめくってみました。

目次を見ると、

「北上川流域の古代彫刻、信濃の古寺の仏たち、琵琶湖周辺の平安仏、瀬戸内域の木彫群、出雲様式と山陰の仏像」

こんなフレーズが並んでいました。

「生きている仏像たち」の【目次】
「生きている仏像たち」の【目次】

地方の仏像だけについて書かれた本というのは、始めてみました。
「定価、850円」
当時の貧乏学生にとっては、結構高価で、どうしようかと何日か逡巡したのですが、思い切って購ったのでした。

本の冒頭は、このような文章から始まります。

丸山尚一氏
丸山尚一氏
「日本の仏像彫刻といえば、人はかならずといっていいほど、まず、奈良や京都の寺々を思い浮かべるだろう。
・・・・・・・・
ぼくの学生時代の古寺巡礼も、奈良、京都の寺が中心であった。
そして、ぼくの頭のなかの日本彫刻史も、奈良、京都の寺院建築と、その空間を埋める中央様式のすぐれた仏像たちによって形づくられていたことはいうまでもない。
・・・・・・・・
どの国の造形美術を考えるうえにもそうであろうが、その土地に根をおろし、その土壌に育った寺々や彫像たちが、時代様式の流れとはべつに、その土地らしい造形と雰囲気とをかもし出しことは確かであろう。
・・・・・・・・・
農耕民族は土を耕し種をまく。・・・・・・・
土は無限にものを生み、育ててきた。
その土を、ぼくは踏みたいと思った。
そして、その土地で育った仏像たちを見たいと思った。」

丸山尚一氏が、地方の仏たちを巡りを始めた動機を、このように語っていました。


私も、仏像が好きで、古寺探訪の同好会に入ったりして、仏像鑑賞に熱が入っているところでした。
関西在住でしたので、奈良、京都にはいつでも行けるので、気が向けばしょっちゅう仏像を観に出かけていました。
有名どころの仏像は、おおよそ観たように思っていましたが、地方の仏像は、全くの未体験ゾーンです。
奈良、京都以外では、福井小浜の仏像を観に出かけたことがあるというぐらいでした。

読み始めののっけから、ググっと引っ張り込まれました。

全国各地の
「土地の風土とともに生きる平安古仏たち」
の話が、気持ちを込めて熱っぽく語られていました。

そして、読み進むほどに、地方仏の魅力に惹き込まれ、一気に読破してしまいました。
いわゆる中央の仏像しか観たことのない私には、実に「新鮮な感動」だったような気がします。

丸山氏はこの本で、自らの地方仏行脚の始まりについて、このように語っていました。

「土の臭いの、最も強いと思われる東北地方を、まず選んだ。
辺鄙な山寺を好んで歩いた。
かつて、中央の寺々を歩いたときとは全然違った感激を、ぼくは東北の仏像に見たのである。
岩手の黒石寺の薬師如来であり、成島毘沙門堂の兜跋毘沙門天、吉祥天像である。
それ以来、ぼくは仏像につかれたように東北の寺々を歩き廻った。
北上川の流域を何度も歩いた。
・・・・・・
そして、多くの人々と語り、その地方の仏像たちを見ているうちに、いかにも東北人の気質に合った数々の仏像たちに出会っていることに気づいてきたのである。」


「生きている仏像たち」掲載写真~岩手 黒石寺・薬師如来像
「生きている仏像たち」掲載写真~岩手 黒石寺・薬師如来像

「生きている仏像たち」掲載写真~岩手 成島毘沙門堂・毘沙門天像
「生きている仏像たち」掲載写真~岩手 成島毘沙門堂・毘沙門天像

この本を読んでみて、

「地方佛の魅力に直接ふれてみたい、風土と共に生きる仏像に、出会ってみたい。」
「丸山尚一氏がたどった地方佛探訪の道程を、ぼくもまた、たどってみたい。」

と、素直に思いました。



【地方仏探訪のはじまりは「みちのくの仏像」から~そして各地の地方仏巡りへ】


「東北、みちのくの地方仏探訪に出かけてみよう!!」

そんな話が、同好会の仏像愛好メンバーのなかで盛り上がって、10人ほどで出かけることにしたのは、昭和46年(1971) 夏休みのことでした。

福島会津の勝常寺から始まって、北は岩手の天台寺まで、1週間以上かけてみちのくの地方仏を巡りました。

「ヒマは山ほどあるけれども、金はない」
という、学生の貧乏旅行です。
汽車に乗り、バスに乗り継ぎ、そのあとは自分の足で歩いて、やっとのことで目指す仏像に出会うことができるという旅でした。

出会った仏像たちは、奈良、京都の美しい仏像にはない、独特のパワーやインパクトで、我々を惹き付けるものでした。
まさに、
「その地で育った、土の臭いのする地方仏」
というのでしょうか。

「新鮮な感動、感激」の連続でした。

「テクテク歩いて、やっとのことでたどり着いた田舎の村落のお堂で、その土地に息づく見知らぬ地方仏と出会う。」

そんな、シチュエーションが感動を増幅したのかもしれません。

私たちは、これをきっかけに「地方仏探訪行脚の魅力」にハマってしまいました。
その後、卒業までの1年半ぐらいの間に、

「山陰路、鳥取島根方面」 「四国路、徳島香川方面」 「山陽路、岡山広島方面」 「九州路、大分臼杵方面」

と、地方仏探訪に、せっせと出かけました。

「生きている仏像たち」の本の目次を追うように巡ったのでした。
貧乏旅行でしたが、何日かけてもOKのヒマのある学生であったからこそできたのではないかと思います。
廻れば廻るほど、益々、地方仏の世界に惹き込まれていったのではないでしょうか。
よく飽きもせず、凝りもせず、出かけたものだと、思い出されます。



【頼りは3冊の本~これしかなかった地方仏探訪ガイドの本】


50年ほど前の当時は、

「どこの地方仏に出かけようか?」
「どんな魅力ある地方仏があるのだろうか?」

を知ろうとしても、地方仏探訪ガイドとなるような本は、ほとんどありませんでした。

ご紹介した「生きている仏像たち~日本彫刻風土論~」のほかには、「日本古寺巡礼」(上・下)と「続 日本の彫刻 東北―九州」の2冊だけといってよかったと思います。
共に、「生きている仏像たち」の5年ほど前に出た本です。

「日本古寺巡礼」(上・下)佐藤昭夫・永井信一・水野敬三郎共著(S40)社会思想社教養文庫 

 「日本古寺巡礼」(上・下)


「続 日本の彫刻 東北―九州」久野健著・田枝幹宏写真(S40)美術出版社刊

続「日本の彫刻 東北~九州」


年配の仏像好きの方なら、この本のことを懐かしく覚えている方も、結構いらっしゃるかもしれません。

この3冊が、当時の我々にとって、地方佛探訪旅行を計画する時の、「三種の神器」のようなものでした。

「さあ、今度は○○地方の仏像を観に行こうか」

となると、この3冊を首っ引きで、探訪する古寺古佛をピックアップして、掲載写真を見ながら、

「この仏像はどうしても観たい、ここは出来れば行こう」

と旅のプランを立てたものです。
振り返れば、地方佛の不思議な魅力を教えてくれ、さまざまな地方佛との出会いに誘ってくれた、「忘れ難き3冊の本」となったのでした。



そんな風にして始まった、私の地方仏探訪遍歴ですが、その中から「心に残る地方仏」の回想を、これからいくつかご紹介させていただきたいと思います。

いまどき、何の役にも立たない年寄りのノスタルジー話ですが、ちょっとだけお付き合いください。


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