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観仏日々帖

古仏探訪~8/9開帳、三重3ヶ寺の秘仏を訪ねて(常福寺、林光寺、勧学寺)  その2:林光寺・勧学寺の千手観音像 【2019.8.31】


【その2】では、鈴鹿市の林光寺と、桑名市の観学寺の千手観音像の秘仏御開帳のご紹介をしたいと思います。


【深夜、数時間限りの御開帳~林光寺・秘仏千手観音】

まずは、林光寺・秘仏千手観音像の御開帳です。

この秘仏を拝するのは、なかなか大変です。
なんと、深夜の数時間だけしかご開帳されないのです。
それも、年に一日、8月9日限りなのです。

林光寺の千手観音像(像高:108.1㎝)は、平安後期の制作で重要文化財に指定されています。

林光寺・千手観音像(平安・重文)~三重県史別編・美術工芸掲載写真
林光寺・千手観音像(平安・重文)~三重県史別編・美術工芸掲載写真

長らく拝してみたいと思っていたのですが、厳重な秘仏で、8/9ピンポイントで深夜に三重の鈴鹿まで出かけなければいけないので、チャンスがありませんでした。

今回、真夏の炎暑に、三重まで出かけることにしたのは、

「この珍しい深夜の秘仏御開帳、一度は、どんなものなのか体験してみたい。」

ということが最大の理由でした。

ご開帳は、8月9日の午後10時30分ごろから、翌10日の午前1時ごろまで行われるということです。
その昔は、8月10日の午前1時からのご開帳であったということですが、ご近所への迷惑、お参りされる方の大変さなどから、近年はこの時間帯になっていつとのことです。

8月10日は、四万六千日(しまんろくせんにち)の観音菩薩の縁日で、この日にお参りすると46000日分参拝したのと同じご利益があるといわれます。
そんなことから、この日のご開帳になったのでしょうが、「深夜のご開帳」となったのは、秘仏本尊の神秘性を増すためなのでしょうか?


【深夜なのに、堂内は多くの参詣の方々でギッシリ】

林光寺は、近鉄名古屋線の支線、鈴鹿線の鈴鹿市駅から歩いて10分ほどの町中にありました。
天平時代、行基開基の伝承があり、現在は真言宗智山派のお寺です。

比較的近い処にあるビジネスホテルに泊まることにして、夕方に、どんな感じになっているのか瀬踏みに、林光寺に行ってみました。
5時過ぎに行ったのですが、ご覧の通り幟旗が立てられているだけで、境内には人影もなく閑散としていました。

林光寺

ご開帳日夕刻の林光寺境内
御開帳日の夕刻の林光寺山門と境内


境内にある林光寺・千手観音像の解説看板
林光寺境内に立つ千手観音像の解説看板


ご開帳時間が来るのを待って、夜半にホテルを出動、11時前に林光寺に到着しました。
沢山の人が、御開帳に来られています。

御開帳、深夜の林光寺本堂前
深夜、ご開帳時の林光寺本堂前

本堂内では、ご住職ほかの読経が始まっており、お堂のなかは30~40人ぐらいの人でぎっしり目一杯です。

御開帳、林光寺本堂内
参詣の方々でぎっしりの本堂内

我々も含めて、お堂の中に入れず、堂外で読経を聴く人も結構いらっしゃいました。
地元の参詣の人々の他に、深夜の御開帳を目指して遠方から訪ねてきた方々も多いようです。
この日は、ツーリズムの観仏ツアーの方々が30人ほど来られていたということなので、通例の年はここまでの参拝者の数ではないのかもしれません。


【一人ひとり御住職により観音様と結縁を済ませ、順にお厨子の前で拝観】

読経は11時半ぐらいまで続きました。
ご住職のお話がしばらくあった後、一人ひとり順番に祭壇の前に進み、、厨子のなかの観音様の手に繋がれた五色の紐を手に執って、ご住職が手にした密教法具の剣を頭に充てていただいて結縁し、観音様に手を掌わせます。

林光寺本堂内~正面のお厨子の中に千手観音像が祀られる
林光寺本堂内~正面のお厨子の中に千手観音像が祀られる

お参りの皆さん全員この結縁を済ませたところで、いよいよ秘仏・千手観音像のご拝観です。
観音像は、お堂の正面奥の立派な厨子の中に祀られています。
参拝の方は、順番に厨子の真ん前まで進んで、ごく近くで拝することができました。
ただ、厨子のなかは、結構薄暗く、また金網が張られているので、ちょっと目を凝らしてお姿を拝するという処です。
決してぼんやりという訳ではないのですが、はっきりクリアーに姿を拝するというまではいかないという感じです。


【藤原風の穏やかで優美な千手観音像のお姿】

眼前の、千手観音像のお姿は、いかにも藤原風の穏やかで美しい造形です。

「三重県史・別編~美術工芸」(2014刊)には、

「満月のような丸い顔は穏やかな表情を見せ、衣文は薄く整えられるなど、全体に優雅な都の作風がうかがえる。
制作年代は平安時代後期、十二世紀に入ると思われる。
三重県内におけるこの時期の千手観音像の優品である。」

と解説されています。
まさにその通りで、「藤原風優美」という言葉が良くあてはまる仏像という印象を受けました。

ゆっくりじっくり拝したかったのですが、厨子の前で拝する順番を待つ長い行列が堂内に出来ていて、厨子前に進んでも、ほんのわずかの時間だけしか拝することができません。
頑張って、数十分かけて2度並んで拝しましたが、観音像の造形表現をしっかり拝するという訳にはいかず、イメージを心に焼き付けるという拝観となりました。

そうこうしているうちに、もう12時半を過ぎてしまいました。
若干後ろ髪をひかれますが、そろそろ引き上げです。

「深夜の、ほんの数時間限りのご開帳」

なかなか他では経験しえない秘仏御開帳を、体感することができました。


【8/9~10、二日限りの御開帳~勧学寺・秘仏千手観音】

翌10日は、桑名市の勧学寺の千手観音像のご開帳に行きました。
勧学寺の千手観音像は、年に一度、8月9日、10日の二日間の御開帳です。

千手観音像は、像高:163.9㎝の一木彫、平安時代の制作で、県指定文化財に指定されています。

勧学寺は、桑名駅の南西、車で5分ばかりの桑名市矢田という小高い丘の上にあります。
この場所は、戦国時代、矢田氏の居城であった矢田城跡の一画なのだそうです。
本尊の千手観音像は、近隣で廃寺となった海善寺の旧仏であったと伝えられます。


【参詣の方が誰もみえず、ゆっくりじっくりとご拝観】

午後の炎暑真っ盛りの時間に訪ねました。

勧学寺・本堂

勧学寺・参道
勧学寺・本堂と参道階段

ご開帳の千手観音像は、本堂に祀られています。
年に一度のご開帳日なのですが、参詣に訪れる人が誰も見えず、ひっそりとしていました。
きっと昨日のご開帳初日に、皆さん参詣されたのでしょう。
本堂に上がると、堂内では地元の奥様方と思われる方2~3人が、拝観の受付をされていました。

勧学寺本堂内
勧学寺本堂内

千手観音像は、奥のお厨子の中に祀られています。
お厨子の真ん前で、眼近にじっくりと拝することができました。

勧学寺本堂内厨子に安置された千手観音像
勧学寺本堂内厨子に安置される千手観音像


【堂々たるお姿の千手観音像~ちょっと鄙びた感じの造形に親近感】

なかなか堂々たるお姿で、力強さを感じさせます。

勧学寺・千手観音像(平安・県指定)
勧学寺・千手観音像(平安・県指定)

造形表現を見ていると、平安後期、11世紀ごろの作のように思えるのですが、いわゆる藤原風の繊細さは全く感じません。
穏やかな表現のなかにも、いかにも地方作という野趣や野太さを漂わせています。

勧学寺・千手観音像(平安・県指定)

勧学寺・千手観音像(平安・県指定)
勧学寺・千手観音像(平安・県指定)

彫技の冴えというのではなく、ちょっとずんぐりとした重たさを感じさせるところが、なんとも親近感を感じさせます。
そこが、この像の魅力と云えるのでしょう。
材もクスノキということですから、当地の在地仏師の手になるものなのかもしれません。

調べてみると、このような解説がありました。

「品質は樟材、一木造、素地、彫眼、体部は髻より両足ホゾまで含めて一木彫成にし、背板はヒノキ材上下2 段に矧付、内刳をしている。
両肩及び脇手は凡てヒノキ材。
尊像は北勢随一の秘仏とし知られていたが、保存状態が悪く、虫食い、鼠害を甚だしく被むり、腐食亡失もその極に達していたので、昭和39 年京都国立博物館内美術院国宝修理所に於いて、解体修理し、その復元を見るに至った。」
(桑名市教育委員会文化財HP)

「下半身に翻波式衣文や旋転文を刻むなど、部分的に古様をとどめている。
しかし、表情や衣文の彫りは比較的穏やかで、制作は平安時代後期(11世紀)になるものと考えられる」
(三重県史・別編~美術工芸2014.3刊)

勧学寺・千手観音像~古様な衣文がのこされる脚部
勧学寺・千手観音像~古様な衣文がのこされる脚部

確かに、頭体幹部が足ホゾまで一木彫成で、翻波式衣文や旋転文がみられるなど、古様がみられますが、古様をとどめた平安後期の地方作の典型の像といってよいのだろうと感じました。


【不思議な造形スタイル~頭部と体部の中心線の大きなズレ、歪み】

この千手観音像を眼近に拝して、一番眼を惹いたのは、頭部の中心線と体部の中心線が著しく歪んでズレていることです。
頭とお顔が、明らかに向かって右にずれています。

頭部と体部にズレ歪みがみられる千手観音像~「仏像東漸展」図録掲載写真
頭部と体部にズレ歪みがみられる千手観音像~「仏像東漸展」図録掲載写真

どうみても、
「制作途上で、想定外に偶々歪んでズレてしまった。」
とか、
「材の歪みや反りがあったので、それに合わせて造形した。」
というようには思えません。

私には、
「明らかに、意図的に歪めてズレを作って造形している。」
ようにしか見えません。

どうして、このように頭部を歪めて造形したのでしょうか?

井上正氏なら、きっと、
「霊木から彫り出した、意図的な歪みの造形の霊威表現」
という解説をされるのではと想像してしまいます。

直観的には、私はこの歪みは霊威表現という風な印象はしないのですが、それでは、なぜこのように歪めて造形したのかという理由も想像がつきません。

不思議な造形スタイルの千手観音像との出会いとなりました。


今回は、8月9日に年に一度だけ開帳される、三体の三重の千手観音像をご紹介しました。

正真正銘、酷暑の中の古寺巡りとなり、半熱中症気味?のなかでのしんどい三重観仏探訪でしたが、思い切って出かけてみた甲斐がありました。

それぞれに、心に残る、忘れがたき秘仏御開帳でありました。


古仏探訪~8/9開帳、三重3ヶ寺の秘仏を訪ねて(常福寺、林光寺、勧学寺) その1:常福寺・千手観音像 【2019.8.17】


【8/9に、年に一度だけご開帳の、三重の3ヶ寺の秘仏】

8月9日にご開帳されるという、三重県内の秘仏ご開帳に出かけてきました。

同好の方数人と巡りましたが、「熱中症から身を守ってください!」という言葉が、まさに実感の炎暑、酷暑のなかでの観仏探訪となりました。


訪ねた秘仏は、ご覧の3ヶ寺で、いずれも8/9にご開帳される千手観音像です。

津市白山町の「常福寺」の秘仏・千手観音立像

鈴鹿市の「林光寺」の秘仏・千手観音立像

桑名市の「勧学寺」の秘仏・千手観音立像(8/9・10両日ご開帳)


あまり知られていない仏像ばかりだと思いますが、ご紹介していきたいと思います。


【平安前期の優作、常福寺・千手観音像のご開帳】

まずは、津市白山町にある常福寺の秘仏、千手観音像です。

常福寺・千手観音像
常福寺・千手観音像(平安前期・重文)
「三重の美術風土を探る展」図録(1986年)掲載写真


これだけの優作が、あまり知られていないのが不思議に思います。

像高60㎝弱の小像なのですが、圧倒的な迫力、存在感を感じさせる、平安前期の優作像です。
もうちょっと、仏教美術史の本などで紹介されてもよいのではないかと思っています。
9年前、2010年に一度訪れたことがあるのですが、その素晴らしい造形に見惚れたことが忘れられず、また再訪したのでした。

常福寺は、津の駅から西に約30キロ、車で小一時間の、白山町八対野という処にあります。
地元では「別所の観音堂」と呼ばれていて、昭和になってからの建築ながら本堂、観音堂などがあるのですが、現在では、地区の管理として守られています。


【今年は、60年に一度の「特別ご開帳」~9年ぶりの再訪】

常福寺の千手観音像は、毎年8月9日の一日に限って、ご開帳となります。

今年のご開帳は、60年に一度の「特別御開帳」の年にあたるということです。
前回訪ねさせていただいたご縁で、地区の管理の方から「特別御開帳」のご連絡を同行の方に頂戴し、それではと、再訪させていただくことになったわけです。

常福寺・本堂
常福寺・本堂

常福寺・観音堂
常福寺・観音堂

本堂には、地区の方々が、60年ぶりの特別開帳の行事に大勢寄り合っておられました。

千手観音像は、本堂奥の小高い処にある収蔵庫に安置されています。

常福寺・千手観音像安置収蔵庫
千手観音像が祀られる常福寺・収蔵庫

地元の方の他には、特別開帳に訪れられている方もさほど多くはなく、じっくりと拝させていただくことができました。

常福寺・千手観音像
御開帳された収蔵庫に祀られる千手観音像


【小像なのに、雄大なスケール感と迫力で霊威感を発散】

一目で、堂々たる存在感を感じます。
こんなに小さな像なのに、雄大なスケールの大きさ、力強さに充ち満ちているのです。

常福寺・千手観音像
常福寺・千手観音像(平安前期・重文)
「はくさんの仏像~白山町仏像調査報告書」2003年刊掲載写真


アップの写真で見ると、等身ぐらいはある大きな像ではないかと見まがうほどです。
上半身の力強い肉付け、下半身のダイナミックな翻波式衣文は惹き付けるものがあります。
誰がみても、平安前期の優作であることは間違いありません。

像高:55.6㎝、ヒノキ材の一木彫で、内刳りなどは一切なく、漆箔仕上げ。
千手を表す42手は別材製ですが、ほとんどが当初のものです。
美術院の新納忠之介、明珍恒夫等の古社寺調査によって、大正5年(1916)、(旧)国宝に指定され、戦後文化財保護法改正により、重要文化財に指定されています。

この千手観音像を拝して、強く惹きつけられるのは、全体のシルエットです。
むっちり太造りの合掌手、脇手は、空間に大きく広く円弧を描き、その漲る強い力が上半身に求心、統一されていくようです。
小さめの頭部と体躯のバランスもなかなか絶妙で、千手を広げた全体のシルエットに、力強く雄大なスケール感を醸し出しています。
そして、ちょっと怪奇な霊威感を発散させています。


【いわゆる平安前期の小像檀像とは、ちょっと違うタイプの千手観音像】

この千手観音像は、平安初期、9世紀の制作とみられる像ですが、この時期の小像の多くの作例のタイプとは、ちょっと違うようです。

9世紀の50~60㎝の小像は、いわゆる檀像風、カヤ材の素木、木地仕上げの像が大変多いのですが、この像は漆箔仕上げでヒノキ材ということです。
また、多くの檀像風像は、総じて、厳しく鎬立った衣文など、鋭くシャープな彫り口を強調した表現で、頭部が大きい子供のようなプロポーションの像となっています。

これに対して、常福寺像は、鋭さ厳しさよりも、むっちりした肉身の弾力的張りを強調した表現で、プロポーションも頭部が小さめで大人風です。

いわゆる平安初期檀像の系譜とはちょっと違う系譜の像なのかもしれません。

「三重県史・別編~美術工芸」の本像の解説には、このように述べられています。

「像高60㎝足らずの小像ながら、非常に迫力ある造形を示し、いかにも平安初期彫刻らしい力強さに満ちている。
・・・・・
詳しい制作年代は不明であるが、造形的な特徴からみて9世紀と考えられる。

千手観音には、唐招提寺像や、大阪府葛井寺像(両像とも奈良時代の作)のように、文字通り千手をあらわす形式と、本像のように42手をあらわす形式とがある。
42手形式の遺品には、平安中期から後期にかけての像は多いが、本像のように平安前期に遡る像は少なく、奈良時代の雑密系彫刻の系譜に連なる古様な表現になる作品として、本像は重要な像である。」
(「三重県史・別編~美術工芸」三重県編2014.3刊~毛利伊知郎氏解説)


【大注目は、霊気漂う「風動表現」~法華寺・十一面観音像と同タイプ】

もう一つ、この千手観音像の大注目は、いわゆる「風動表現」です。
「風動表現」とは、仏像の着衣などが、前方からの風に吹かれて翻っているようにたなびき、神秘的な空気感に包まれている表現のことをいいます。

この「風動表現」の作例として、最も有名な像は、法華寺・十一面観音像です。

法華寺像は、膝下の着衣の裾が大きく後ろにたなびくほか、両側の天衣は翻転、曲折し、垂髪までもが前からの風を受けています。

風動表現の法華寺・十一面観音像の衣
衣が後方にたなびき翻る「風動表現」の法華寺・十一面観音像

霊風を受けるという「霊威表現」であることは、明らかです。
この「風動表現」が、はっきりと明らかな作例としては、丹波、金剛心院の如来立像が知られていますが、常福寺・千手観音像も、間違いなく「風動表現」がなされています。

金剛心院・如来像..衣が後方にたなびく金剛心院・如来像
「風動表現」の金剛心院・如来像(平安前期・重文)

常福寺像をみると、両サイドの衣の裾を、大きく後方に広がるようにたなびかせています。
前方から吹く霊風を受けているのです。
身体を弓なりにそらせ、前傾姿勢になっているのも、法華寺・十一面観音像によく似ています。
この表現が、千手観音像の迫力を増しているように思えます。

風動表現で弓なり姿勢、たなびく衣の常福寺・千手観音像
弓なり姿勢、後方にたなびく衣の「風動表現」の常福寺・千手観音像

これだけはっきりと衣を後方にたなびかせる「風動表現」の像は、法華寺像、金剛心院像、常福寺像ぐらいしか思いつきません。

井上正氏は、この「風動表現」を、盛唐期、画聖と呼ばれた呉道玄の様風の発するとして、「呉道玄様」と位置付けました。
呉道玄の「風動表現」は、「気韻生動」といわれる見えざる「気」を心に感じさせる表現として考案され、生動感を付与することによって、尋常でない「気」の内在を表そうとしたのだというものです。

「呉道玄様」かどうかはともかくとして、この「風動表現」が、霊気、霊風を感じさせ、仏像の神秘的霊威感を醸し出すことになっているのは間違いないことだと思います。

常福寺・千手観音像も「風動表現」が、怪しく雄大な存在感、迫力を発散させる源になっているのではないでしょうか。


雄大な力強さ、迫力を発散する「風動表現」の霊気漂う、常福寺の千手観音像。

繰り返しになりますが、小像ながら、平安前期のなかなかの優作です。
もう一度訪れてみた甲斐のある、嬉しい再会となりました。
拝観のご配意をいただいた、地区の皆様に感謝しつつ、常福寺を後にしました。


【耳寄り情報~常福寺・千手観音像が、秋の特別展に出展(30年ぶり?)】

お寺で、耳よりな話をお聞きしました。

常福寺・千手観音像は、年に一日限りご開帳の秘仏として守られているのですが、なんとこの秋に、博物館に出展されるということです。
津市の三重県立博物館で、10月5日(土)~12月1日(日)に開催される 「三重の仏像~白鳳仏から円空まで~」 という特別展です。
三重県内の見どころある仏像が勢ぞろいする必見の展覧会のようです。

2019年10月開催「三重の仏像展」

常福寺・千手観音像は、展覧会に出展されることはめったになくて、私の知っている限りでは、30年以上前、1986年に、三重県立美術館で開催された「三重の美術風土を探る展」に出展されて以来の、博物館出展ではないかと思います。

この時の展覧会の図録の表紙写真は「常福寺・千手観音像」でした。

「三重の美術風土を探る展」図録~常福寺・千手観音像が表紙写真
「三重の美術風土を探る展」図録~常福寺・千手観音像が表紙写真を飾る

これだけでも、この像が三重県の優作であることをお判りいただけると思います。

是非、この小像ながら「雄大で、霊威感、迫力溢れる、9世紀の優作」に出会いに、この秋、博物館に出かけられることをお薦めします。



次回は、林光寺と勧学寺の秘仏・十一面観音像のご開帳について、ご紹介いたします。