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観仏日々帖

古仏探訪~2018年・今年の観仏を振り返って 〈その4〉 11~12月  【2019.1.20】


年越しになった「今年の観仏を振り返って」も、〈その4〉の最終回となりました。


【11月】



【品川区内最古の仏像の特別公開へ~海蔵寺・菩薩坐像】



観仏先リスト~海蔵寺


品川区内最古の仏像とみられる、南品川 海蔵寺・菩薩坐像が特別公開されるという情報を知って、出かけてみました。

毎秋恒例の東京都品川区「文化財一般公開」で、初公開されるということです。
平安中期頃の制作とみられる古仏なのだそうです。

11月3日、一日限りの特別公開でした。
海蔵寺というお寺も、菩薩坐像も、全く知りませんでした。
本年9月に品川区と清泉女子大学の包括連携協定により、同大教授・山本勉氏と同学生の手で、本像の調査が実施され、その成果を踏まえて一般公開となったものということです。

品川区・海蔵寺
品川区・海蔵寺

結構、多くの人が特別公開を観に来られていていました。
山本勉氏もおられて、拝観用にお堂の前に安置された菩薩像の傍らで、拝観者の質問に答えるなどの説明をされていました。

海蔵寺・菩薩像
海蔵寺・菩薩像

なかなか美しい仏像でした。
とりわけ、しっかり整ったお顔の造形が魅力的です。

海蔵寺・菩薩像
海蔵寺・菩薩像

膝前が後補のようで、残念なところです。
カヤ材の一木彫で内刳りも無く、古様なのですが、穏やかな表現、衣文の彫りの浅さなどから11世紀前半頃の制作とみられるということです。
昭和の初めに信者から寄進されたということで、伝来は全く不明だそうです。

無指定の仏像ですが、なかなか出来の良い、魅力的な平安古仏に出会うことが出来ました。



【行快作の釈迦如来像の迫力、魅力を実感~東博「大報恩寺展」】


東京国立博物館で開催された「京都 大報恩寺~快慶・定慶のみほとけ」展に行きました。

大報恩寺に伝わる仏像が、全て勢ぞろいで出展されています。

「京都 大報恩寺~快慶・定慶のみほとけ」展チラシ

快慶、定慶作の十大弟子像、六観音像などは、大報恩寺の宝物館でいつでも眼近に観ることが出来るのですが、特別展では、これらの像を360度ビューで、また光背を取り外した六観音像の背面が観ることが出来るのが、大きな見処でした。

この展覧会で、私の一番の注目は、本堂安置の釈迦如来像が出展されたことでした。
行快の代表作として知られていますが、秘仏として祀られ、年に数回、8月、12月、1月の数日しか開扉されません。
本堂厨子の中に祀られていますが、開扉の際も、本堂外陣の離れたところからの拝観で、堂内も暗めで、細かいところまでは、よく拝することが出来ないのです。

展覧会場で眼近に観た、行快作・釈迦如来像は、期待に違わずなかなかの迫力がありました。
行快は快慶の一番弟子と云われていますが、快慶作品とはちょっと違う、ダイナミックで生々しいパワーを、しっかりと感じます。
近年、行快作品が続々発見され、話題になることが多くなりましたが、もうちょっと注目され、優れた造形が知られてもよいように思いました。

展覧会図録は、2300円と展示仏像の規模からすると高価だったのですが、なかなかの充実した内容で満足できるものでした。
掲載写真が大変クリアーで美しく、クローズアップ写真はとりわけ鮮明で、六観音像に穿たれた「錐点の痕」まではっきり見えます。
解説論考も読みごたえがあり、旧安置状況古写真や解体修理時写真も掲載され、この値段も納得です。



岡山方面へ半日観仏。

観仏先リスト~岡山観仏



【岡山 大賀島寺の秘仏本尊の御開帳へ~「今年の観仏NO1」の惚れ惚れする優作】


岡山まで、大賀島寺の秘仏本尊・千手観音立像のご開帳に出かけました。

大賀島寺は、瀬戸内市の大雄山山頂にあります。
ご本尊は、33年に一度限りの厳重秘仏で、11月17・18日の二日に限り、開帳されました。

ご開帳日の大賀島寺境内
ご開帳日の大賀島寺境内

大賀島寺・千手観音像~秘仏御開帳の看板
大賀島寺・千手観音像~秘仏御開帳の看板

大賀島寺・千手観音像は、2002~3年頃に新発見となった仏像で、2011年に一気に重要文化財に指定された優作です。

「今年一番の観仏は、何処の仏像だったか?」

と聞かれると、躊躇なく、
「何といっても、大賀島寺・千手観音像の秘仏御開帳が、文句なしの一番!!」
と答えるでしょう。

7年半ぶりの再会でしたが、やはり素晴らしい出来に惚れ惚れする、魅力満点の平安初期一木彫像でした。

大賀島寺の秘仏拝観記は、この観仏日々帖 「岡山県 瀬戸内市・大賀島寺の秘仏・千手観音像御開帳」 に、詳しく記させていただきましたので、そちらをご覧いただきたいと思います。

大賀島寺・千手観音像
大賀島寺・千手観音像

お厨子の真ん前で、眼近に拝することが出来ました。

千手を大きく広げた姿に、
「凛として、雄渾な、立ち姿」
「鋭く、流麗、緻密な彫技」
こんな形容詞が、思い浮かんできました。

第一級レベルの、バリバリの平安初期彫像です。

「やっぱり、思い切って、この御開帳に出かけてきて、本当に良かった。」

そんな気持ちに浸った、大賀島寺・十一面観音像との再会でした。


岡山まで出かけてきたので、餘慶寺(よけいじ)と安住院を訪ねました。



【吉備地方を代表する堂々たる如来坐像~餘慶寺の薬師如来像】


餘慶寺の薬師如来像は、吉備地方を代表する見事な平安古仏です。

春秋の一定期間しか公開されないのですが、特別にお願いして拝観させていただきました。
立派な堂塔伽藍の大きなお寺で、薬師像は、薬師堂の後ろに接続された収蔵庫に祀られています。

餘慶寺 境内
餘慶寺 境内

像高1.8メートル、堂々たる一木彫の薬師坐像です
一見して圧倒されるような、重量感、重厚感を感じます。

上下の目蓋をうねらせ、ぎゅっと引き締まった口元で、森厳な顔貌です。
迫力もボリューム感も十分で、平安前期像の雰囲気を漂わせています。

この薬師像を、かつて岡山県立博物館に出展されたときに観たときに、大変驚いたことがあります、
お堂での拝観は収蔵庫の入口、真正面からしか拝することが出来ないのですが、博物館での展示では、横に回って、側面から観ることが出来たのです。
これだけの堂々たる重厚感の像ですので、面奥、体奥が深いというか、すごく分厚いボリュームがあるのだろうと思ったら、意外や意外、存外薄めというか、厚みがないのです。
そんな目で観ると、衣文の彫りも、平面的な感じがします。

正面から見たボリューム感、迫力と、側面から見た感じがミスマッチなのです。

私は、この薬師像を彫った仏師は、
「画像を観て、それを手本にして彫ったのではないだろうか?」
などと、想像してしまいました。

「備前上寺山~歴史と文化財」図録(2006刊)の解説にも、

「雄渾で力強い立体表現を基本としながら、平面的な装飾性への志向がうかがわれる本像の作風は、醍醐寺薬師堂旧在の薬師三尊像(913年)や、法隆寺上堂の釈迦三尊像(923〜931年頃)など、十世紀前半の彫刻に共通するものといえ、そこに時代的な特徴をみてとることができる。」(松田誠一郎氏執筆)

と書かれていましたが、餘慶寺・薬師如来像の側面のミスマッチ感は、この解説以上の驚きでした。

いずれにせよ、この薬師像は、吉備地方を代表する、見事な堂々たる優作です。
十年余ぶりの嬉しい再会でした。



【発散する“気”を感じる安住院・聖観音像~9世紀の鉈彫りか?】


もう一つ、岡山市内の安住院を訪ねて、伝聖観音像を拝しました。

安住院
安住院

安住院・十一面観音は、20年ほど前、浅井和春氏により新たに紹介され、注目を浴びた仏像です。
(「岡山・安住院蔵の伝聖観音菩薩立像に関する一考察」(浅井和春)仏教芸術240号1998.09)
9世紀前半に遡る平安前期彫像とみられ、しかも鉈彫り像のようなノミ目を残した一木彫像なのです。

安住院・伝聖観音像安住院・伝聖観音像
安住院・伝聖観音像

はじめて拝したのは、もう10年以上前になりますが、発散する強い“気”のようなものに、息を飲んだ記憶があります。
像高1メートルほど、蓮肉まで一木の内刳りのない一木彫像です。
整ったとか美しいとかいう形容とは縁遠く、むしろ土俗的な畏怖感、霊気のようなものを感じさせます。
すごいインパクトです。

もう一つ、きわめて興味深いのは、体躯の各所にノミ痕がたくさん残されていることです。
顔面、胸、足先などには、くっきり鮮明にノミ目が刻まれています。
いわゆる「鉈彫り像」と云ってもおかしくありません。

東国特有の像といわれた鉈彫り像も、近年は、畿内以西でも鉈目のある仏像が見出されているようですが、安住院の伝聖観音像が9世紀前半に遡る像だとすれば、極めて初期の鉈彫り像(鉈目を有する像)で、なおかつ西国、吉備に残る作例ということになります。
極めて重要な位置付けの仏像と云うことになるのだろうと思います。

再会した聖観音像は、やはり強い“気”を発散させていました。
抉るような衣文の彫り口にも、籠められた気迫が宿っているような気がしました。
アクの強い像なのですが、強く惹きつけられ、心に刻みつけられる古仏です。


大賀島寺・秘仏十一面観音ご開帳、余慶寺・薬師如来像、安住院・伝聖観音像と、大変充実したこの日の岡山観仏となりました。


観仏の後は、岡山駅そばのイタリアンバル「POLPO II」で、同好の方々とこぢんまりと飲りました。
軽くのつもりが、素晴らしき観仏の余韻もあって、ワインを飲みすぎてしまいました。

イタリアンバル「POLPO II」
イタリアンバル「POLPO II」



【新発見の木心乾漆像を観に奈良博へ~愛媛 如法寺・毘沙門天像】


岡山観仏の翌日は、奈良へ寄りました。

奈良国立博物館「なら仏像館」に展示されている、如法寺・毘沙門天像を観るためです。

観仏先リスト~如法寺

今年(2018)、新発見となった、奈良時代・8世紀の木心乾漆像です。
奈良時代の木心乾漆像は全国で30件ほどしかなく、そのほとんどが、東寺の都、奈良県内に遺されています。
それが、愛媛県大洲市にある如法寺というお寺で見つかったのです。
ビックリの大発見でした。

この毘沙門天像の発見については、観仏日々帖 「奈良時代の乾漆造・毘沙門天像が新発見(愛媛大洲市・如法寺)」 で、ご紹介した通りです。
夏頃から奈良博に展示されているということで、早く観に行かなければ、と思っていたのですが、11月になって、やっと出かけることが出来ました。

目指す「毘沙門天像」は、なら仏像館・第4室に、ひっそりと展示されていました。

如法寺・毘沙門天像
如法寺・毘沙門天像
像高28センチという小さな像ですが、なかなかの出来の良さにビックリしました。
太造りで、短躯肥満というか、ズングリムックリで逞しいという造形ですが、小像とは思えない躍動感を感じます。
なかなか魅力的な像です。
8世紀の第三四半期頃の制作かとみられているようですが、単に、木心乾漆技法の像が見つかったというのではなくて、良質な奈良時代後期の乾漆作品の新発見だと納得しました。

本像の新発見が、プレス発表されたのは10月だったのですが、その後、MUSEUM676号(2018.10)に、 資料紹介「愛媛・如法寺 木心乾漆毘沙門天立像」(執筆:岩田茂樹氏) という解説論考が掲載されました。
X線、CTスキャン画像なども掲載され、詳しい調査結果や研究分析などが述べられています。

しっかりと奈良時代の木心乾漆作例として認められたということなのかと思うのですが、近いうちに、重要文化財に新指定されることになるのでしょうか?


奈良博に行ったついでに、落慶なった興福寺・中金堂にも寄ってきました。

落慶した興福寺・新中金堂
落慶した興福寺・新中金堂

こちらは大変な賑わいで、行列にしばらく並んで、やっと堂内に入ることが出来ました。
堂内には、南円堂から移された、北円堂原所在、運慶作とされる四天王像などが安置されていました。


この日の午後は、久々に「天平会」に参加。
京都山科・安祥寺と大津歴博「神仏のかたち展」を訪れました。



【奈良時代に遡る天平風の大型一木彫像と再会~安祥寺・十一面観音像】


観仏先リスト~安祥寺

安祥寺では、十一面観音像に再会しました。

安祥寺
安祥寺

2年半前、この観音像を初めて拝して、堂々たる美しいプロポーションに見惚れてしまった記憶が鮮明に蘇ってきました。

安祥寺・十一面観音像
安祥寺・十一面観音像

近年、「奈良時代に遡る大型一木彫像」として、注目を浴びている仏像です。
伸びやかで均整のとれた腰高プロポーションには、目を奪われます。
胸の張り、ウエストのくびれ、腰回りのふくらみなどは、天平彫刻の造形感覚を思わせるものを強く感じます。

この安祥寺の十一面観音像については、以前、観仏日々帖 「山科区御陵平林町・安祥寺の十一面観音像~京のかくれ仏探訪⑧」 で紹介させていただきましたので、ご覧いただければと思います。

所謂平安初期の迫力、ボリュームある一木彫像とは感覚の違った、
「奈良時代に遡る、天平風の一木彫像の世界」
に思いを馳せることが出来ました。



【充実の仏像展~大津歴博「神仏のかたち」展】


安祥寺の後は、三井寺近くの大津市歴史博物館に移動して、「神仏のかたち~湖都大津の仏像と神像」展を鑑賞しました。

博物館学芸員の寺島典人氏の展覧会解説ご講演を聴かせていただいたあと、ゆっくりと展示仏像を鑑賞しました。
湖都大津十社寺・湖信会設立60周年記念の展覧会ということで、湖信会10社寺の仏像を中心として、50躯近くの仏像が出展されていて、充実した仏像展でした。

私にとっては、半分以上が初見の仏像で、興味深く観ることが出来ました。
目に付いた仏像を、ひとつふたつだけ。

円福院の釈迦如来像が、特別展示されていました。
この展覧会で、一番惹き付けられた仏像です。

鎌倉時代の仏像ですが、肉身の造形に張りと弾力感があり、一際精彩を放っているように感じました。
像内に、建久7年(1197)安阿弥陀仏(快慶)によって造立されたという墨書があるそうですが、後世の筆で、快慶の真作とは考えない見方が主流だそうです。
快慶作かどうかとは関係なく、造形レベルの高い秀作だと感じました。
この円福院・釈迦像、手控えをみると、10年前、2008年開催の「石山寺と湖南の仏像」展で観ているはずなのですが、全く覚えていませんでした。
人の眼というものは、折々に、何に反応し、惹きつけられるのか、判らないものだと思った次第です。


西教寺の薬師如来像。

斜めの方から観ると、
「胸から上の肉身の造形、頬の張りなどが、願成就院の阿弥陀如来像の雰囲気と似たものがある。」
そんな感じがするのに気づきました。

展覧会図録解説をみてみると、
「顔は丸く張りがあり、体躯も肉付きがよくはつらつとしています。
これは鎌倉時代初期に運慶工房が造立した諸像にみられる作風です。」
と書かれていました。

なるほど!と納得です。


満月寺の聖観音像は、一度、拝したいと思っていたのですが、やっとその姿を観ることが出来ました。
堅田の浮御堂、満月寺には2度ほど訪れたことがあるのですが、聖観音像は秘仏で、拝することが出来なかったものです。



【わかりやすさで嬉しい「画像吹き出し解説」の展覧会図録】


今回の「神仏のかたち~湖都大津の仏像と神像」展で、一番うれしかったことは、展覧会図録です。

展覧会図録の解説が、 「画像吹き出し解説スタイル」 になっていたのです。

「画像吹き出し解説」という呼称は、私が勝手につけた名前なのですが、仏像写真のそれぞれのパーツに、線引きで吹き出しがあり、コンパクト解説が付されているスタイルのことです。
私は、かねてから、こんなスタイルの仏像解説本や図録の出現を心待ちにしていたのです。

今回の展覧会図録は、ご覧のような解説レイアウト、スタイルになっていたのです。

神仏のかたち展図録の「画像吹き出しスタイル解説」

神仏のかたち展図録の「画像吹き出しスタイル解説」
神仏のかたち展・図録の「画像吹き出しスタイル解説」

専門家ではない一般の仏像愛好者が、それぞれの仏像の特色、着目ポイントを、一目瞭然で即座に理解するには、これほどに判りやすいスタイルは無いと思うのです。
かつて観仏日々帖、
「嬉しい、一目瞭然の「図版吹出し解説」 芸術新潮・運慶特集(2017/10月号)」
で、
「画像吹き出し解説スタイル」が(私の記憶では)初めて採用されているのをみて、
「わが意を得たり!」
と思った話を綴りましたが、

今回の展覧会図録の「図版吹出し解説」は、押さえどころのポイントをついた、判りやすい解説になっていて、嬉しくなってしまいました。

こんな解説図録がもっと増えてくれたらと思った次第です。



【12月】



寒くなってきて、近場対応でゴロゴロしていたのですが、あまり出不精になって身体が鈍ってしまってはいけないと思い、急に思い立って、天平会月例会に参加することにして、京都に一泊二日で出かけました。



【2017年新指定重文となった来迎阿弥陀三尊を拝しに、京都・蘆山寺へ】



観仏先リスト~蘆山寺

上京区北之辺町にある蘆山寺を訪れました。

紫式部が源氏物語を執筆したと伝えられる邸宅址に建つお寺として知られ、境内には、源氏庭と名付けられた庭や、紫式部の歌碑があります。

蘆山寺
蘆山寺

蘆山寺の本尊・阿弥陀三尊像は、2017年に重要文化財に指定されたのですが、未だに拝したことがなかったので、拝観に出かけてみたのです。
脇侍が跪坐の来迎の阿弥陀三尊像で、鎌倉初期の作とされています。

阿弥陀三尊像は本堂に安置されていましたが、外陣からの拝観で、やや距離があって堂内が薄暗いために、その姿をくっきりと拝することは出来ませんでした。
双眼鏡で目を凝らしましたが、藤末鎌初の風をたたえる、穏やかな阿弥陀来迎像でした。


この日の夜は、行きつけの木屋町御池のレストラン「おがわ」。
一人ご飯&ワインではありましたが、いつもながらの美味に、満足至極。



翌日は、天平会月例会へ参加。
探訪先は、洛西の地福寺と福田寺。

観仏先リスト~地福寺・福田寺

共に、10年余前に訪れたことがあり、どうしようかと思ったのですが、思い切って参加することにしたのでした。
地福寺本尊の阿弥陀如来像、福田寺の釈迦如来像、地蔵菩薩像、ともに大変マイナーな知られざる古仏と云って良いかもしれません。



【8世紀に遡る霊木化現仏?~地福寺・阿弥陀如来像】


地福寺は、西京区大枝中山町にある浄土宗のお寺です。

地福寺
地福寺

本尊・阿弥陀如来像は、井上正氏が日本美術工芸誌連載「古仏巡歴」で採り上げ、行基菩薩御作の伝承に注目し、8~9世紀制作の霊木化現仏の一例としている古仏です。

阿弥陀像は本堂の立派な祭壇に祀られていました。

地福寺・阿弥陀如来像
地福寺・阿弥陀如来像

全体として力感を感じる造形ですが、とりわけ目を惹くのは、頭部と面相です。
いわゆる阿弥陀の慈悲相というのとは違って、顔の真ん中、中心一点にパワーが凝縮するような意志力を秘めたような面貌なのです。
刻み付けの螺髪、反り返る大きな耳とともに、偉丈夫の相を感じさせます。

井上正氏は、刻み付け螺髪が後頭部で消えていること、背面の造形が省略され上腕背部にノミ跡がのこされていることなどから、霊木化現の造形としてとらえ、また迫力ある造形などから8世紀に遡る制作の可能性に言及しました。
井上氏の見方の最大の問題点は、通肩で定印を結んでいることで、両界曼荼羅に由来する通肩、定印の阿弥陀像が作られる時期としては、早すぎることとされています。
京都市指定文化財としての解説は、9~10世紀ごろの制作とされています。

私には、制作年代の難しいことはよくわかりませんが、10世紀ぐらいの制作だとしても、おかしくないのではないかという気がしました。

いずれにせよ、ちょっと不思議なパワーのある、気になる阿弥陀像でした。



【不可思議な違和感、存在感が気になる古仏~福田寺・釈迦如来像】


もう一つ、南区久世殿城町にある福田寺を訪ねました。
JR向日町駅から歩いて10分ほど、住宅と小さな工場が混在したような町のなかにあります。

福田寺
福田寺

福田寺の古仏については、観仏日々帖 「南区久世殿城町・福田寺の地蔵菩薩像、釈迦如来像~京のかくれ仏探訪⑦」 でご紹介させていただきましたので、そちらをご覧いただければと思います。

ここでは、いろいろ言及するのは止めておきますが、今回探訪の主眼は、本堂に祀られる釈迦如来像、地蔵菩薩像です。
地蔵菩薩像の方は、平安期の制作の古様な技法の一木彫像のようなのですが、最も興味深いのは、釈迦如来像の方です。

「何とも不可思議な違和感」

を感じさせる像なのです。

福田寺・釈迦如来像福田寺・釈迦如来像
福田寺・釈迦如来像

釈迦如来像は、蓮肉まで一木という古様な技法ながらも、粗略という言葉がマッチする一木彫像です。
仏像の姿を用材から彫り出したというよりは、四角い用材を仏像の形に彫り整えた風で、ぶつけるように切り付けたような衣文の線が刻まれています。
とても京洛のプロの手練れた仏師の手になる像とは思えません。
一方で、彫る者の、魂をぶつけるような気迫、気合を感ぜずにはいられません。

この釈迦像、ひょっとしたら、損傷した平安初期頃の一木彫像に倣って、後世に、強い信仰心と気迫を込め模されて彫られた像なのかもしれないという想像もしてしまいました。

いずれにせよ、大変興味深く不可思議な釈迦如来像です。


観仏後は、天平会恒例の忘年飲み会に参加。
気持ちよく酔っぱらって、遅い新幹線に乗って、我が家へと向かいました。



年越しも随分すぎて、やっとこさ、2018年の観仏のご紹介を終えることが出来ました。
ダラダラと綴った自己満足的な観仏記に、辛抱してお付き合いいただき、有難うございました。


今年も、ブログ「観仏日々帖」、改称させていただいたHP「日々是古仏愛好」に、気ままな仏像記事を書き連ねていきたいと思っております。

よろしくお付き合いいただけますよう、お願いいたします。


古仏探訪~2018年・今年の観仏を振り返って 〈その3〉 10月  【2019.1.12】


「今年の観仏を振り返って」も、年を越してしまいました。

〈その3〉では、10月、一か月の観仏探訪を振り返りたいと思います。


【10月】



【粒ぞろいの佳品が集められた仏像展
~三井記念美術館「仏像の姿~微笑む・飾る・踊る」展】

三井記念美術館で開催された「仏像の姿~微笑む・飾る・踊る」展に行ってきました。

三井記念美術館「仏像の姿~微笑む・飾る・踊る」展ポスター

この仏像展、超目玉の国宝仏像が出展されるというような大型の展覧会ではなかったのですが、見どころの多い心に残る展覧会でした。

「仏師がアーティストになる瞬間」というサブタイトルが付いていて、仏像の「顔」、「装飾」、「動きとポーズ」の三点に注目して仏像を観ていこうとという企画展です。
展示仏像のキャプションにも、注目すべき動作や、装飾などの「一言タイトル」がつけられていて、いつもと違う眼で愉しく鑑賞出来ました。

それにも増して興味深かったのは、展示仏像のラインアップです。

普段はなかなか展示されることのないような、個人蔵の仏像や、あまり知られていない仏像が数多く展示されていました。
全部で、42件の出展でしたが、重要文化財が16件、県市指定文化財が3件で、残り24件は無指定です。

展示されていた仏像は、無指定のものでも出来の良い見どころあるものばかりで、

「大変クォリティの高い、粒ぞろいの仏像が集められた展覧会」

と云って良いものでした。

久々に、充実した質の高い仏像展覧会を見ることが出来たという満足感がありました。


〈とりわけ注目の、臨川寺・菩薩像、奈良博・伽藍神像などなど〉


個別の展示仏像にふれているとキリがありませんので、私にとって、とりわけ注目であったものを一つ二つだけピックアップしてみたいと思います。

岐阜県・臨川寺の菩薩像(2躯)は、一度見て観たいと思っていたのですが、やっと実見することが出来ました。

臨川寺・菩薩像(重文・平安前期)
臨川寺・菩薩像(重文・平安前期)

9世紀中ごろ、平安前期の制作に遡る像で、大阪四天王寺・阿弥陀三尊と共に、浄土群像の平安初期に遡る遺品として貴重なものとされています。
2010年に、国の重要文化財に指定されました。
重厚感のなかにも、ふっくらとした肉付きの、魅力ある像でした。


奈良博蔵の伽藍神像の、手を大きく振って疾駆する躍動的な姿勢の造形の見事さに、目を奪われました。

奈良博・伽藍神像
奈良博・伽藍神像(鎌倉)

鎌倉時代後期の制作なのですが、軽快かつダイナミックな造形の巧さに感嘆しました。
この像は、奈良博で何度も観ているはずなのですが、小さな像で、あまり気にしたことは無かったのです。


昨年秋に細見美術館の「末法~失われた夢石庵コレクションを求めて~」展で観て、お気に入りになった、個人蔵・弥勒菩薩像(興福寺子院伝来・井上馨旧蔵)、個人蔵・天部像(香川 道隆寺伝来・旧パワーズコレクション)にも、再開することが出来ました。



〈興味深かった模刻作品と研究成果の展示〉


これらの仏像展示のほかに、東京藝大文化財保存学(彫刻)の方々が制作した、模刻作品・修復作品が、1室を使って展示されていました。
宝菩提院・菩薩像、唐招提寺講堂・薬師像、雪蹊寺・毘沙門天像などの迫真の模刻がいくつも展示され、制作過程での研究成果の要旨も掲出されていました。

宝菩提院・菩薩像~模刻雪蹊寺・毘沙門天像~模刻
(左)宝菩提院・菩薩像、(右)雪蹊寺・毘沙門天像~共に模刻


また、模刻制作にあたった研究者の方の連続講座も開催されました。
次の講座に出かけてみましたが、制作プランや技法についての知見や発見の解説など、普段はなかなか聴けない話が多々あり、興味深いものでした。

「仏像の姿」展~関連講座



【一泊二日で、和歌山観仏旅行へ~有田川、海南市方面】


和歌山方面に、同好の方々と、1泊2日の地方仏探訪旅行に出かけました。

春の三重観仏に続いての、今年2度目の地方仏観仏旅行です。
和歌山方面は、15年近く前に、主だったところを随分巡ったことがあり、今回は、その時訪ねることが出来なかった、古仏探訪が中心となりました。

ご覧のような古仏を巡りました。

和歌山観仏旅行・探訪先


〈惹き込まれるオーラ、スケールの大きさを感じる小像~法音寺・伝釈迦如来像〉


有田川中流域にある法音寺を訪ねました。
茅葺屋根の美しい小堂(重文・室町)が目に入ってきます。

茅葺屋根が趣ある法音寺・本堂
茅葺屋根が趣ある法音寺・本堂

こちらは、二度目の訪問です。
注目仏像は、平安前~中期の制作とみられる、伝釈迦如来像(県指定)と十一面観音像(重文)です。
なかでも、強く心惹かれるのは、伝釈迦如来像です。
一見、ずんぐりした木魁のように感じますが、よく観ると、その堂々たる造形に見惚れてしまいます。

法音寺・伝釈迦如来像(県文・平安前中期)
法音寺・伝釈迦如来像(県文・平安前中期)

肩の張り、胸の厚み、膝の張りには並々ならぬものがあり、尋常ではないボリューム感に圧倒されるものがあります。
たった67㎝の小像ですが、スケールの大きさを感じるのです。
ちょっとインド風とでもいえるような神秘的で不気味な表情、見据えるような細い眼には、惹き込まれるものがあります。

法音寺・伝釈迦如来像(県文・平安前中期)
法音寺・伝釈迦如来像(県文・平安前中期)

私の心に残る、お気に入りの仏像です。

この伝釈迦如来像の存在を知ったのは、井上正氏が「古仏への視点」と題する日本美術工芸連載シリーズに採り上げられていたからでした。(日本美術工芸653号・1993.02)
井上氏は、行基ゆかりの霊木化現仏の一例として、8世紀ごろの制作の可能性に言及して言います。

それはそれとして、なかなかのオーラを発する注目像です。


〈有田川町の平安古仏を訪ねる~吉祥寺、歓喜寺の諸仏〉


そのあと、吉祥寺、歓喜寺と回りました。

吉祥寺には、平安後期の薬師如来像をはじめとして、沢山の仏像が遺されています。
重文が7体、県指定1体、町指定1体などです。
これらの仏像の多くは、廃寺となった近くの岩倉神社の別当寺・東福寺の仏像であったそうです。
収蔵庫に安置された仏像は、ちょっと地方色を感じるものの、いかにも藤原時代という穏やかで気品のある仏像ぞろいでした。

吉祥寺・収蔵庫

吉祥寺収蔵庫内に安置された諸仏
吉祥寺・収蔵庫と庫内に安置された諸仏

吉祥寺・薬師如来像(重文・平安後期)
吉祥寺・薬師如来像(重文・平安後期)

歓喜寺(かんぎじ)には、膝前まで一木の平安前中期の地蔵菩薩像が祀られています。
10世紀の制作とみられるようです。
意志的な強い表情の顔貌が印象的です。
衣文の彫りもダイナミックな感じで、パワフルな魅力を感じました。

歓喜寺歓喜寺・地蔵菩薩像(重文・平安前中期)~お寺パンフレット掲載写真
歓喜寺・地蔵菩薩像(重文・平安前中期)~お寺パンフレット掲載写真


〈奈良時代作の可能性が云われる厳重秘仏~満福寺の十一面観音像〉


この日の最後は、今回の和歌山観仏探訪の一番の目的であった、満福寺です。

満福寺・本堂
満福寺・本堂

満福寺には、奈良時代の制作に遡る可能性があるといわれる十一面観音像が祀られているのです。
満福寺は、海草郡紀美野町神野市場という処にあります。
紀ノ川の支流の貴志川流域にあり、高野山への街道となっていたようです。

この十一面観音像も、井上正氏が「古仏への視点」(日本美術工芸656号・1993.05)で、奇相の観音像として、採り上げていることで知った仏像です。
永らく一度は拝したいと念じていたのですが、厳重な秘仏として祀られているということで、その機会がありませんでした。
その観音像を、お寺様の特別なご配意で、今般に限って開扉いただけるということになり、和歌山迄駆け付けたという訳です。


開扉されたお厨子のなかの十一面観音像は、不思議なオーラを発する仏像でした。
一木彫像ですが、厳しい迫力とか、鋭さというものではなくて、むしろ温和な風を感じさせます。
しかし、そこから発する雰囲気には、得も言われぬ霊気というか古様の風を漂わせているのです。
これまで味わったことのない不思議な感覚に浸ってしまいました。
うまく表現できないのですが、なにか、ただものではない存在感に心揺さぶられるものを感じました。

深く心に残る古像を、拝することが出来ました。

厳重秘仏を開扉いただいたご住職のご配意に、心より感謝しつつ、満福寺を後にしました。

満福寺の十一面観音像の制作年代や位置づけについては、無指定の仏像だけに、論じられたものは多くないのですが、長野県松代清水寺の観音像との作風の類似が指摘され、制作は10世紀(紀ノ川流域の仏像展図録解説)、平安前期~中期(紀伊路の仏像~至文堂刊日本の美術225号)と云われていたようです。

満福寺・十一面観音像(奈良~平安)~「中世の村をあるく~紀美野町の歴史と文化」展図録掲載写真
満福寺・十一面観音像
(奈良~平安)
中世の村をあるく展図録掲載写真
こうした中、満福寺ご住職にご教示いただいたのですが、和歌山県博の大河内智之氏は、本像の調査結果を踏まえ、奈良時代彫刻である可能性に言及されています。

2011年和歌山県博開催の「中世の村をあるく~紀美野町の歴史と文化展」図録解説に、「満福寺十一面観音像~奈良時代彫刻の可能性」と題する一項を設け、

「本像のような個性的な木彫像の造像年代については比較作例が少ないことから判断が難しいが、ここまでの検討により奈良時代、八世紀後半から、降っても九世紀初め、平安時代初期には造像された可能性を提示したい。」

と述べられています。
井上正氏に続いて、本観音像が奈良時代に遡る可能性にふれられたものです。

難しいことは私にはわかりませんが、満福寺・十一面観音像は、それだけ従来の年代観だけでは捉え切れない、不思議な古風を持つ、実に興味深い古像だということなのだと思いました。



初日の観仏を終えて、夜は、和歌山駅前の居酒屋「多田屋」で、愉しく飲りました。
和歌山の有名店で、多田酒店直営の居酒屋で、大賑わいです。
何といっても、気さくで、こんな値段でOK?というほどに「安い!」

和歌山傍~居酒屋「多田屋」
和歌山駅傍~居酒屋「多田屋」"



〈ずっしりとした重みの、頼もしい地方仏~東光寺・薬師如来像〉


二日目のスタートは、海南市下津町の東光寺です。

東光寺・本堂
東光寺・本堂

東光寺の薬師如来像も、井上正氏が「古仏への視点」(日本美術工芸652号・1993.01)に採り上げている仏像です。

井上氏は、
「天平時代の前半期あたりに位置させておきたいと思う。」
と述べているのです。

薬師如来像は、客仏として本堂の脇壇に祀られていました。

東光寺本堂脇壇に祀られる薬師如来像他の諸仏
東光寺本堂脇壇に祀られる薬師如来像他の諸仏

木塊的なボリューム感を強く感じる一木彫像です。
ブロック的な重量感と云ってもよいのかもしれません。

東光寺・薬師如来像(県文・平安)東光寺・薬師如来像(県文・平安)
東光寺・薬師如来像(県文・平安)

後世の修理、補修箇所が相応にあるようですが、「素朴、古拙な造形」という風があてはまる仏像です。
「いかにも地方仏」という言葉で片付けられてしまいそうですが、シンプルな魁量感に、しっかりとした存在感を感じる頼もしさのある仏像です。
一般の解説書には、平安後期の地方仏とされているようですが、その発散する魅力には、捨てがたいものを感じます。
いずれにせよ、一木彫の重みをずっしり感じさせる、頼もしい地方仏でした。

薬師像の脇の日光、月光菩薩として祀られる天部形像も、たいへん古様で、迫力ある造形に惹きつけられるものがありました。

東光寺・天部形像(県文・平安)東光寺・天部形像(県文・平安)
東光寺・薬師像の両脇侍~天部形像(県文・平安)


〈未見はあと3件のみとなった、井上正氏採り上げ「古密教彫像」〉


今回の和歌山観仏旅行で、井上正氏が「古密教彫像」として採り上げた仏像を、3つ拝することが出来ました。
法音寺・伝釈迦如来像は二度目の拝観ですが、満福寺・十一面観音像、東光寺・薬師如来像は、今回、初めて拝することが出来たものです。

私は、長らく
「井上正一氏が、自著作で採り上げている“古密教彫像”といわれる古仏」
を、訪ねて回っています。

井上氏は、
「古仏~彫像のイコノロジー」「古密教彫像巡歴」「古仏への視点」
の3つのシリーズに、全部で96件の仏像を採り上げています。

今回、2件の新たな拝観を果たすことが出来て、未だ拝していない仏像は、あと3件となりました。

残す未見は、
福井 二上観音堂・十一面観音像、愛知 高田寺・薬師如来像、新潟 宝伝寺・十一面観音像
です。

あともう一息。
何とか元気なうちに、全てを拝して完全制覇したいものと念じています。


〈見事な出来の地蔵菩薩石仏像に見惚れる~地蔵峰寺〉


地蔵峰寺の地蔵菩薩像は、見惚れるばかりの見事な出来栄えの立派な石仏でした。

地蔵峰寺は峠の地蔵と呼ばれ、海南市より藤白峠を越える熊野古道沿いにあります。
藤代王子より熊野古道を登った峠のお寺です。
ちょっと怖いような急な上り坂の細道を、喘ぎあえぎ車のエンジンをふかしていくと、峠に小さな集落があり、そこに地蔵峰寺がありました。

地蔵峰寺・本堂
地蔵峰寺・本堂

真四角の本堂のなかに祀られた地蔵像を目にして、あまりの見事さに驚いてしまいました。
総高3m余、像高1.5mという、大きな石仏です。

地蔵峰寺・地蔵菩薩像(重文・鎌倉)地蔵峰寺・地蔵菩薩像(重文・鎌倉)

地蔵峰寺・地蔵菩薩像(重文・鎌倉)
地蔵峰寺・地蔵菩薩像(重文・鎌倉)

砂岩に彫られているとのことですが、見事で鮮やかな彫技といったらよいのか、素晴らしい出来栄えの丸彫り石仏像です。
背後に銘記があり、鎌倉時代末期の1323年に、勧進僧心静(しんじょう)が、伊派の石大工である行経につくらせたとわかります。

地蔵峰寺・地蔵菩薩像光背裏面に刻された銘文
地蔵峰寺・地蔵菩薩像光背裏面に刻された銘記

これだけ見事な石仏像を観るのは初めてと云ってもよいほどです。
鎌倉時代の石仏というのは、あまり関心のない領域で、よくわからないのですが、素晴らしき彫技の冴えに見とれて、惚れ惚れとしてしまいました。


〈平安前期の余風たたえる野趣ある古仏~正覚寺・十一面観音像〉


最後に訪れた正覚寺の十一面観音像も、地方的な野趣のある古様な平安仏でした。

クスノキの芯持ち材から彫出した一木彫像だそうです。
10~11世紀の制作とみられているようですが、平安前期一木彫像の余風をたたえた古像でした。

正覚寺・十一面観音像(町指定・平安中期)
正覚寺・十一面観音像(町指定・平安中期)


【今年スタートした琵琶湖疏水船に乗船~もう一度乗りたい最高のクルーズ】


和歌山観仏旅行を終えて、もう一泊、京都で泊まりました。

今年(2018年)から、新たにスタートした「琵琶湖疏水船」に乗るためです。

琵琶湖疏水というのは琵琶湖の水を京都に引くための大事業として、明治時代前半期に完成した人工水路です。
琵琶湖の三井寺入口から山科を経て、京都蹴上のインクラインの処に至ります。
蹴上からは、ミステリーサスペンス番組でおなじみの南禅寺傍・水路閣を経て、銀閣寺に向かう哲学の道沿いの疎水に連なっているのは、ご存じのとおりです。

南禅寺傍の琵琶湖疏水・水路閣
南禅寺傍の琵琶湖疏水・水路閣

琵琶湖疏水船と琵琶湖疏水の歴史などについては、「琵琶湖疏水船HP」をご覧ください。

この琵琶湖疏水に観光船が運航することになったのです。
これは、何としても乗ってみたいと、乗船予約を取ったのでした。
秋は、10~11月、2ヶ月限定の運行で、予約開始日当日中にほぼ全部の便が完売してしまいました。
やっとのことで、この日の予約をゲットしたのでした。

妻と二人で、三井寺入口から蹴上迄、ほぼ1時間の舟旅を愉しみました。
12名で満席という小さな疎水船で往くのですが、緑に包まれた水面を、ゆっくり進むクルーズは、最高でした。

琵琶湖疏水船

琵琶湖疏水・三井寺側入口

琵琶湖疏水・山科近辺
琵琶湖疏水船と運行風景

素晴らしい景観を愉しみ乍ら、明治の昔に、この疏水建設の大事業を成し遂げた、京都府知事・北垣国道と主任技師・田邉朔郎に思いを致しました。
「来年春は、逆コースで疏水船にもう一度乗ってみたい。」
との思いを強くしたのでした。


お昼は、最近人気といわれる、フレンチの「シュテファン・パンテル」
京都御所の南、丸太町通そばの京町屋風のレストランです。

シュテファン・パンテル

シュテファン・パンテル
シュテファン・パンテル

オーナーシェフのシュテファン・パンテルさんの料理の説明を聞きながらのランチでした。
結構、手間のかかった料理の品々で、ゆっくり愉しませてもらいました。



〈その3〉はここまでということで、11~12月は〈その4〉で振り返りたいと思います。