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観仏日々帖

古仏探訪~2017年・今年の観仏を振り返って〈その4〉 8~10月  【2017.12.30】


今年の観仏を振り返って〈その4〉は、8月~10月の3か月です。


【8 月】



8月上旬は、猛暑で熱中症になりそうなのにもかかわらず、奈良、京都、滋賀へと、頑張って2回も出動しました。
年寄りには、ちょっと堪えます。


【堂内修理後の新しい仏像安置の法華堂へ~スッキリと仏像の美しさが映える】


同窓会に合わせて、奈良、京都へ。

しばらくぶりに、東大寺法華堂へ行ってみました。

これまでも、数え切れないぐらい来たお馴染み中のお馴染みですが、実は、新しい仏像安置になってから初めての拝観となりました。
現在の堂内では、不空羂索観音像、金剛力士二像、四天王像の乾漆巨像だけが祀られる姿となっているのです。

修理後新しい仏像安置となった、東大寺・法華堂の堂内
修理後新しい仏像安置となった、東大寺・法華堂の堂内

ご存じのとおり、法華堂は2010年から須弥壇と諸尊の修理が行われ、2013年春に完了しましたが、完了時に全ての仏像がお堂には戻されませんでした。
法華堂に安置されたのは、本尊不空羂索観音像をはじめとした、巨大な脱活乾漆の諸像と北面秘仏の執金剛神像です。
日光月光菩薩像、吉祥弁財天像の塑像などは、東大寺ミュージアムで展示されるようになりました。

これまでの、ちょっとゴチャゴチャ感が無くなって、スッキリした感じです。
脱活乾漆の7像だけが、薄暗い堂内に、堂々とした立ち姿で、すくっと立つ姿は、なかなかの壮観です。
この安置の方が、仏像の素晴らしさがより映えるようで、素晴らしさをより実感できるようになったように思いました。

そうは言うものの、近年の研究成果によると、不空羂索像の八角基壇上に、当初から日光月光像、戒壇堂四天王像、執金剛神像が安置されていたことが明らかになったようですので、現在の、新たな安置の像の姿であった時期は無かったということになります。

それでも、
「この安置の方が、スッキリと美しくて好きだな!」
と感じた私でした。



【「源信展」に葛城・高雄寺の観音像が出展~一度拝したかった平安古仏】


奈良国立博物館で開催の、1000年忌特別展「源信~地獄極楽への扉」に行きました。

奈良博「源信展」ポスター

この源信展で、めざした仏像は、「高雄寺・観音菩薩像」です。

観仏先リスト1(高雄寺)

「一度拝してみたい」と長らく思っていた、10~11世紀頃制作の一木彫像です。
この観音像は、源信の母が高尾寺の観音に起請し、夢中に住持僧から一珠を与えられ、久しからずして懐妊した霊験観音と伝えられる仏像です。

源信展に展示された、葛城市高雄寺の観音菩薩像(平安・重文)
源信展に展示された、葛城市高雄寺の観音菩薩像(平安・重文)

高雄寺は、奈良県葛城市、当麻寺の近くにあるのですが、無住で管理をされているお寺のご都合もあり、普段は拝観が叶わないのです。
十数年越しで、やっと観ることが出来ました。

もっとダイナミックな迫力を感じる像かと予想していましたが、眼近に観ると穏やかさのある平安中期頃の奈良当地の作という感じに納得でした。

源信展では、仏像の出展は少なかったのですが、
「地獄草紙、餓鬼草紙、病草紙、辟邪絵、六道絵」
といった国宝絵巻を直に目にすることが出来たのは、なかなかの眼福でした。



【京博寄託の「新町保存会・地蔵像」、地元里帰り用精密模造制作~京博で並べて展示】


奈良泊の翌日は、京都国立博物館に寄りました。

京博の平常陳列・彫刻は「閻魔と地蔵」という特集展示がされていました。

観仏先リスト2(新町地蔵保存会)

そこに、
「新町地蔵保存会の地蔵菩薩坐像」と、その「3Dプリンタで制作したレプリカ」
が、並んで展示されていました。

北町地蔵保存会・地蔵菩薩像(平安・重文)
北町地蔵保存会・地蔵菩薩像(平安・重文)

この新町地蔵保存会の地蔵菩薩像は、平安前期の見事な優作で、長らく京博に寄託展示されています。
下鴨にあるお堂には、お祀りしていた地蔵様がいなくなってしまい、2014年の重文指定以降は、「年に一度地蔵盆の日の里帰り」も難しくなってしまいました。
そこで、苦肉の策として、国立博物館で3Dプリンタによる精巧な模造をつくって、模造の地蔵様にお堂に戻ってもらうことになったのです。

この話については、 観仏日々帖「京都・新町地蔵保存会の地蔵像、3Dプリンタ・レプリカをお堂にお祀り に詳しく採り上げましたのでご覧ください。

近年の3D技術の精巧さに、今更ながら驚かされるとともに、
「信仰される仏様」と「文化財保護保存」という悩ましき問題の折り合いについて、考えさせられる話でした。



一日置いて、再度、京都滋賀方面に出動しました。

最大の目的は、草津・宝光寺の薬師如来像の33年に一度の御開帳です。


【念願の京八幡市・薬薗寺の薬師像、写経会に参加し拝観実現
~魅力充分のむっちり豊満な吉祥薬師像、初期神像か?】


その前に、京八幡市の薬薗寺の吉祥薬師像を拝することが出来るということで、出かけることにしました。

観仏先リスト3(薬薗寺)

薬薗寺の吉祥薬師像は、神仏習合思想による、数少ない天部形薬師像の作例と云われている仏像です。

薬薗寺・薬師如来像~吉祥薬師(平安・重文)
薬薗寺・薬師如来像~吉祥薬師(平安・重文)

近くの石清水八幡宮の神宮寺に在ったものとか、本堂前に薬師堂があったという伝えが残されているようです。
広隆寺に残る吉祥薬師像と共に、初期の神像の一形態ではないかともみられています。
誠に興味深い像です。

神仏習合の初期神像、薬薗寺などの吉祥薬師像のことについては、
観仏日々帖「京都府精華町・常念寺の菩薩立像 【その2】」 「常念寺(京都精華町)・菩薩像は、薬壺を持っていたのか?
について、採り上げたことがありますので、ご覧いただければと思います。

薬薗寺・吉祥薬師像は、残念ながら普段は拝観できません。
私も、これまでに、何とか拝観させていただけないかとお願いしたことがありましたが、叶いませんでした。
ところが、よくよくお伺いしてみると、毎月8日の日に行われている「写経会」に参加させていただくと、吉祥薬師を拝むこともできるというお話なのです。

今回、ちょうどタイミングよく8日の日に出かけることが可能となったので、薬薗寺にお伺いしました。

京八幡市・薬薗寺の山門
京八幡市・薬薗寺の山門

写経会には、地元の奥様方が何人かお見えになっていました。
私も、苦手な筆を手に執って、たどたどしく般若心経のご写経です。
やっとのことでご写経を終え、拝観をお願いすると、本堂にご案内いただきました。

薬薗寺・本堂
薬薗寺・本堂

吉祥薬師像は、明るい本堂に祀られていて、ゆっくりと拝することが出来ました。

この薬師如来像と呼ばれる天部形薬師像は、カヤかと思われる一木彩色像で、平安前期の制作とされています。
体躯はボリューム感や塊量感というのではなくて、「豊満で、むっちり」という表現が似つかわしい感じです。

衣も、ゆったりと粘りのある造形で大変魅力的。
何とも言えない色気のようなものがあり、惹きつけるものがあります。
ただ、平安初期の厳しさや迫力が薄れて、お顔の表情にも優しさの兆しがみられ、全体表現にも穏やかみが感じられるようです。
9世紀も終わりに近い頃の制作のような感じがしました。


夜は、河原町通三条下ルの割烹「日吉野」。

美味い刺身で、愉しく一杯。



翌9日は、同好の方々と合流、草津市の宝光寺、橘堂の御開帳へ。
ご覧のような観仏先を巡りました。

観仏先リスト4(草津市方面宝光寺他)



【33年に一度の御開帳の秘仏、宝光寺薬師像との対面実現
~ちょっと無気味な、威圧感、霊威感漂い、惹き込まれる】


宝光寺の薬師如来像は、厳重秘仏で33年に一度の御開帳。
平成13年(2001)の中開帳以来、16年ぶりの本尊御開帳ということです。

写真で見ると、なかなか興味深い平安古仏で、御開帳を心待ちにしていたのです。
「このチャンス、逃してはならじ!」
と、駆け付けたのでした。

秘仏薬師像、御開帳となった草津市宝光寺の本堂
秘仏薬師像、御開帳となった草津市宝光寺の本堂

到着すると、町の集落挙げての盛大なご開帳行事という様子で、大勢の地元の人々が集まられている中で、読経、ご挨拶が続きした。
法要終了後は、ごくごく眼近に拝することが出来ました。

宝光寺・薬師如来像(平安・重文)
宝光寺・薬師如来像(平安・重文)

もっと穏やかさを感じるのかと思っていたら、意外や意外。
ちょっと無気味な、威圧感、霊威感を漂わせた仏像でした。

宝光寺・薬師如来像(平安・重文)

宝光寺・薬師如来像(平安・重文)
宝光寺・薬師如来像(平安・重文)

天台薬師の系譜にある薬師像なのですが、独特で不思議な存在感を漂わせた雰囲気は、大変魅力的で惹きこむものがあります。
10世紀に入ってからの制作なのでしょうが、想定外の発散する圧力、迫力に押されてしまうような惹きつけるものを強く感じる仏像でした。
本当に、わざわざ、ご開帳に駆けつけた甲斐がありました。

また、本堂隣の観音堂に祀られた観音像には、ビックリさせられました。

宝光寺観音堂に祀られる観音像(平安・無指定)

宝光寺観音堂に祀られる観音像(平安・無指定)
宝光寺観音堂に祀られる観音像(平安・無指定)

無指定なのですが、堂々たる平安一木彫の観音像なのです。
バランスのとれた確かな造形力、力強さがこめられた正統的作品という感じで、すっかり気に入ってしまいました。

こんな平安古仏が、しられることなく無指定で祀られているのですから、
「近江の仏像は本当に奥深い。」
と、今更ながらに思いました。


【「端正で美しいお顔」を拝し、さわやかな気分に~橘堂・三面千手観音像】


この後は、宝光寺のすぐ近く、同時期に開帳の、橘堂・三面千手観音像の拝観に向かいました。

この橘堂は、宝光寺と同時に建立されたとの伝えがあり、宝光寺御開帳に合わせての開帳となっているのです。
公園の広場のような場所に、ポツリと建てられた小堂があり、そこが橘堂です。

三面千手観音御開帳の行われた橘堂
三面千手観音御開帳の行われた橘堂

橘堂の三面六臂観音像は、10~11世紀頃の、お顔の大変美しい観音様です。

橘堂・三面千手観音像(平安・市指定)

橘堂・三面千手観音像(平安・市指定)
橘堂・三面千手観音像(平安・市指定)

「端正」という言葉が、そのままあてはまるようなお顔の造形で、見惚れてしまいます。
優美だけれども、キリリとしっかり締まったお顔です。

この観音像のお顔のクローズアップが、1998年秋に、滋賀県立近代美術館で開催された「近江路の観音さま展」のポスター、図録表紙に採り上げられ、知られざる像が一躍有名になりました。

この観音像は、お願いすると拝することが出来ますので、この日で3度目のご拝観となりました。
いつ拝しても、「端正で美しいお顔」に、大変さわやかな気持ちになる、お気に入りの観音像です。


宝光寺の薬師像と、橘堂・三面千手観音像の御開帳については、観仏記を
観仏日々帖「草津、宝光寺・薬師如来像と橘堂・観音像の秘仏御開帳、 [その1]  [その2]」
でご紹介しましたので、ご覧ください。



【「神秘的な妖しさ」漂う、当地屈指の平安古仏~常教寺・聖観音像】


折角、草津まで出かけましたので、その足で下寺町にある常教寺を訪ねました。

常教寺には、素晴らしい9世紀の聖観音像が祀られているのです。
常教寺・聖観音像は、その見事さに比べて、意外に知られていないのではないかと思います。

古い思い出話ですが、私が、この像のことを知ったのは、45年以上前、昭和45年(1970)のことです。

至文堂刊の「日本の美術 NO44 貞観彫刻」(倉田文作著)の裏表紙にカラー刷りで掲載されていたのです。
本文解説は、ほとんど無いに等しかったのですが、何故だか裏表紙に写真が使われていたのです。
ちょっと妖しく神秘的な姿が眼を惹きました。

以来、私の気になる仏像になって、もう4度も常教寺さんを訪れてしまいました。
お寺の飛び地の、ポツリとした観音堂に祀られています。

草津市・常教寺の観音堂
草津市・常教寺の観音堂

像高1メートル足らず、見るからに平安前期の、大変出来の良い観音像です。

至文堂「日本の彫刻・貞観彫刻」の裏表紙に掲載された常教寺・聖観音像写真
至文堂「日本の彫刻・貞観彫刻」の裏表紙に掲載された
常教寺・聖観音像写真


切れ長で見開いた眼、高くて大ぶりな鼻、朱の入った厚い唇が、印象的です。

ちょっとインド風の妖艶さといったような「神秘的な妖しさ」を漂わせていて、グッグッと惹き込まれてしまいます。

高梨純次氏は、
「制作は9世紀に遡ると考えられ、当該地屈指の古像として貴重である。
また、下半身に残る白土地の朱や緑青も当初のものであり、保存状態も健全である。」
(「滋賀の美 佛 湖南・湖西」京都新聞社1987刊)
と述べて、称賛されています。

今回も、眼近にその素晴らしさを堪能することが出来ました。
是非とも一度は拝したい、優作です。




【9 月】



【年に一日限りの博物館からの里帰り~横浜市・保木薬師堂の薬師像】


9月は、横浜市青葉区の保木薬師堂の、年に一度の「薬師如来像の里帰り」を観に行ってきました。

観仏先リスト5(保木薬師堂)

この薬師如来像は、胎内銘記から、承久3年(1221)に造立されたことが明らかな鎌倉前期の仏像です。
県の文化財に指定されており、普段は、神奈川県立歴史博物館に寄託されているのですが、年1度、9月12日に里帰りし、保木薬師堂にお祀りされるのです。

保木薬師堂は我が家からさほど遠くないところに在るので、一度「里帰りの様子」を観てみようと、出かけたのでした。
保木薬師堂は、ごく普通の郊外の住宅街の一角に、取り残されたようにお堂があります。

横浜市・保木薬師堂
横浜市・保木薬師堂

朝、お堂でお待ちしていると、博物館の方が梱包した薬師像を運んできて、お堂に運び込み、丁寧に梱包が解かれた後に、お厨子のなかに納められました。

年に一度の里帰りで、博物館の人の手で厨子に納められる保木薬師堂・薬師如来像
年に一度の里帰りで、博物館の人の手で厨子に納められる保木薬師堂・薬師如来像

造形も衣文も大変きれいに整って、バランスの良い仏像です。

保木薬師堂・薬師如来像(鎌倉・県指定)

保木薬師堂・薬師如来像(鎌倉・県指定)
保木薬師堂・薬師如来像(鎌倉・県指定)

眼の部分が細く抜け玉眼が失われるなど、お顔には相当に手が入っている感じです。

このあたりは、都会のサラリーマンの住宅地で、このような古い薬師堂が残されているだけでも珍しく思ったのですが、古くからの地元の方々が多く集われて、お薬師様への信仰が未だ息づいているのが伺われました。



【法隆寺金堂壁画に囲まれる釈迦三尊像の姿を、クローン文化財で疑似体験
~意義深い東京藝大美術館の「素心伝心~クローン文化財失われた刻の再生」展】


東京藝術大学美術館で開催された特別展「素心伝心~クローン文化財失われた刻の再生」展に行きました。

東京藝大美術館「クローン文化財展」ポスター

この展覧会は、「クローン文化財」のみで構成されるという、大変ユニークな展覧会です。
「クローン文化財」とは、東京芸術大学が取り組んでる文化財の超精密複製です。

展覧会では、
法隆寺釈迦三尊像、焼損した法隆寺金堂壁画12面、高句麗古墳群江西大墓四神図をはじめ、敦煌莫高窟第57窟、新疆ウイグル自治区キジル石窟第212窟等々シルクロードに遺された諸壁画
などの復元、再現されたものが展示されていました。

法隆寺の金堂壁画に囲まれて、釈迦三尊像のクローン文化財が展示される光景は、なかなかの壮観でした。

法隆寺金堂壁画に囲まれた釈迦三尊像(共にクローン文化財)

クローン文化財の法隆寺・釈迦三尊像
法隆寺金堂壁画に囲まれた釈迦三尊像(共にクローン文化財)

法隆寺釈迦三尊のクローン制作のプロセスを記録した映像も放映されており、大型の金銅仏の仏像の鋳造の実際を知ることが出来る興味深いものでした。

「文化財の保存と公開」という難しい課題を考えるうえでも、大変意義深い展覧会であったのではないでしょうか。




【10 月】



【長浜市の観音像を、折々、美しい照明で観る
~「びわ湖長浜KANNONHOUSE」出展の観音諸仏】


上野の「びわ湖長浜KANNONHOUSE」に寄りました。

ご存じのとおり、ここには、長浜市の観音像が折々展示されています。
今年になってからは、展示替えが4回あり、都度立ち寄って、鑑賞しました。
展示されていた仏像はご覧のとおりです。

観仏先リスト6(長浜びわ湖KANNONHOUSE展示仏像)

長浜市川並地蔵堂・聖観音像(平安後期・無指定).長浜市南郷町・聖観音像(平安後期・市指定)
(左)川並地蔵堂・聖観音像(平安後期・無指定)、(右)南郷町・聖観音像(平安後期・市指定)

長浜市集福寺・聖観音像(平安後期・無指定).長浜市宝厳寺・聖観音像(平安後期・無指定)
(左)集福寺・聖観音像、(右)宝厳寺・聖観音像(共に平安後期・無指定)

「KANNONHOUSE」に展示される仏像は、長浜市に在る市指定文化財クラスの観音像なのですが、静かで、効果的な照明のなかで展示されており、折々、愉しく観ることが出来ます。
また、写真撮影も自由なのが、嬉しい処です。
もし、まだ行かれたことのない方は、是非寄ってみてください。



【今年最大の仏像展覧会イベント、東博「運慶展」、60万人来場、
~今更ながらに「運慶」の名前の威力を実感】


10月には、今年最大の仏像展覧会のイベントが、東京国立博物館で開催されました。
特別展「運慶展」です。

運慶展ポスター
「全国に31体あるとされる運慶作品のうち、22体が出揃う」

という、大運慶展でした。

流石、仏師「運慶」の名前の威力は、大変なものでした。
連日、長蛇の行列で、会期中(9/26~11/26)に60万人以上の来場者という入場者数記録を打ち立てました。
今年の展覧会入場者ベスト3は、
NO1:ミュシャ展(65.7万人)、NO2:京博国宝展(62.4万人)、NO3運慶展(60.0万人)
だったということです。
奈良博の「快慶展」入場者数が約12万人であったということですから、東京開催ということがあったとしても、「運慶」という名前がどれほどに世に知られているかということを、思い知らされました。
皆さんも、大変な会場混雑の中で、運慶作品を鑑賞されたことと思います。

かくいう私も、結局、3回も行ってしまいました。

出展された仏像は、皆さんご存知の通りです。

運慶展展示仏像チラシ

運慶展出展仏像チラシ
運慶展出展仏像チラシ

ここでご紹介するのは、今更ながらになりますので、止めておきます。

一堂に会した運慶作品の数々を眼近に観ていると、やっぱり運慶は、「仏師」というよりは

「偉大なる彫刻家! 卓越した芸術家! 希有なる個人作家!」

なのだなーと、つくづく感じた次第です。

展覧会の仏像の展示「キャプション」に、「運慶作」と書かれていなかった運慶作品であろうとみられる仏像は、次の4件でした。

東大寺・重源上人像、光得寺・大日如来像、眞如苑・大日如来像、興福寺南円堂・四天王像

これらの作品は、現在「ほぼ運慶作品とみられている」ということだと思うのですが、これからの調査研究の進展で、「完全な運慶作品」と確定されるのでしょうか?
それとも、ビックリのどんでん返しがあるのでしょうか?


以上、8~10月の観仏を振り返りました。


とうとう押し詰まって、今年中に、「今年の観仏」を全部振り返ることは出来ませんでした。

残りは、年明け、新年ということで、何卒ご容赦ください。

皆さん、良いお年をお迎えください。


古仏探訪~2017年・今年の観仏を振り返って〈その3〉 5~7月 【2017.12.23】 


ここからは、5月から7月までの三か月間の観仏をご紹介します。


【5 月】



5月はゴールデンウィークなど行楽の季節。
何処へ行っても混んでいるので、観仏旅行などは控えて自粛です。

ちょっと気になる展覧会への出動にとどめて、
埼玉県立近代美術館の「川原慶賀の植物図譜展」、そごう美術館の「ルドゥーテのバラ図譜展」、早稲田大学会津八一記念博物館の「長崎版画展」、東京藝大美術館の「雪村展」
などなどに出かけました。

川原慶賀展ルドゥーテのバラ図譜展

長崎版画展雪村展

ちょっと、「図譜尽くし」といった処です。



【西大寺の仏像・仏画、総出動の西大寺展
~眼を惹いたのは白毫寺の諸像と円証寺旧蔵・伝文殊像】


仏像を見たのは、三井記念美術館で開催された「西大寺展」だけでした。

西大寺展

西大寺展では、
「西大寺の仏像と云えば・・・・・」
という著名諸像、仏画などが勢ぞろいでした。

塔本四仏像(奈良・重文)、善春作興正菩薩叡尊像(鎌倉・国宝)、善円作愛染明王像(鎌倉・重文)
をはじめとした有名処仏像から、
国宝の十二天画像、金銅透彫舎利容器
などなどに、多くの観覧者の人だかりが出来ていました。


それはそれとして、私のちょっと注目したのは、奈良高畑の白毫寺の著名仏が出展されていたことです。

観仏先リスト1「西大寺展」

そういえば白毫寺も、西大寺と同じ真言律宗の寺院なのでした。
あの迫力十二分の、太山王坐像、司命・司録踏下坐像があたりを睥睨して、ドーンと展示されていました。

白毫寺・大山王坐像(鎌倉・重文)~康円作・正元元年(1259)
白毫寺・大山王坐像(鎌倉・重文)~康円作・正元元年(1259)

白毫寺には、見どころある迫力十分の仏像が多く祀られているのですが、その割には、ちょっと外れた場所にあるせいなのか、訪れる人も少ないようです。

私が、白毫寺で最も魅力を感じる仏像は、平安前期の伝文殊菩薩像(重文)です。

ところが、三井記念美術館には展示されず、巡回のあべのハルカス美術館での展示だけとなっていたのは、誠に残念でした。

ただ、この伝文殊菩薩像に似たタイプの圓証寺旧蔵の普賢菩薩像(9~10C・重文)に出会うことが出来たのは嬉しいことでした。

文化庁(円証寺旧蔵)・普賢菩薩像(平安10C ・重文)
文化庁(円証寺旧蔵)・普賢菩薩像(平安10C ・重文)

白毫寺・伝文殊像の堂々たるパワーの造形には及びませんが、同じ空気感で、クッキリとちょっと無気味さのある目鼻立ち、ボリュームある体躯は迫力十分、惹きつけるものを感じさせる像です。

この普賢菩薩像、生駒に移転した圓証寺(元奈良市内)に祀られていたのですが、今は文化庁所蔵になっています。
平成26年度(2014)に、文殊菩薩像(平安後期・重文)と共に、文化庁に売却されました。
文化庁の購入額は、なんと約4億5千万円でした。



【6 月】



【2泊3日で、秋田観仏旅行へ】


6月には、同好の方々と、秋田観仏旅行に出かけました。

秋田県に観仏を目的に出かけられた方は、あまりいらっしゃらないのではないでしょうか?
秋田は、「仏像彫刻の不作の地」と云っても過言ではないようなところで、国の重要文化財に指定されている仏像は、たった1躯しかありません。
秋田市全良寺の金銅・阿弥陀如来像だけなのです。
とはいっても、重文にはなってはいないのですが、興味深い仏像が結構残されているのです。

2泊3日で、ご覧のような観仏先を巡りました。

観仏先リスト2「秋田観仏旅行」



【一番の旅行目的は、小沼神社の再訪】


まず最初に訪れたのは、大仙市にある小沼神社です。
今回の秋田観仏旅行は、

「小沼神社を、もう一度訪れるのが目的」

と云っても過言ではありません。

「心洗われる」「心揺さぶられる」

小沼のほとりにポツリと佇む小沼神社の景観を観て、久方ぶりにこのような気持ちが込み上げてきたのは、4年前、2013年の夏のことでした。

霊境空間のような小沼と小沼神社(2013年訪問時撮影)
霊境空間のような小沼神社の光景(2013年訪問時撮影)

鬱蒼とした森の中、突然眼前に開けた空間が出現し、そこには緑色の小沼が水をたたえているのです。
そして、沼の向こう側には、小さな社殿がひとつ、ポツリと静かに佇んでいます。
「神仙境、幽玄境」という言葉が、そのまま当てはまりそうな霊境空間そのものでした。

この小沼神社の社殿で、七夕の日、2体の平安古仏の観音像を拝し、心揺さぶられる感動に襲われた話は、
観仏日々帖 「古仏探訪~秋田県大仙市 小沼神社・観音菩薩像〈その1〉〈その2〉
で、紹介させていただきました。

小沼神社社殿に祀られる観音菩薩二像(2013年撮影)
小沼神社社殿に祀られる観音菩薩二像(2013年撮影)

4年前の
「心洗われた感動」
を忘れることが出来ず、再訪を期した小沼神社。

もう一度、訪れることが叶いました。



【クマが出るかと心配しつつ、小沼まで山登り】


小沼神社は、小高い山の上にあります。
前回は、山の裏道を小型トラックに載せていただいて、小沼の近くまで行きました。

今回は、登り口の麓の鳥居の処から、山道を歩いて小沼まで登ることとしました。

小沼神社への登り口、麓の鳥居
小沼神社への登り口、麓の鳥居

細い山道を歩いて、30分ほど登ります。
山登りには、小沼神社の女性宮司さんが、わざわざ一緒にお付き合いいただき、道案内をいただきました。
「路なき道」とまではいいませんが、鬱蒼とした森の中の急な上り坂です。

小沼神社への山道
小沼神社への山道

大仙市と云えば「熊が出現、襲われる」という新聞記事が出たばかりです。
宮司さんに、
「熊、出るんですか??」
伺うと、
「確かに熊はいますよ。出るかも!」
と、冗談交じりに脅されて、恐る恐るの山登りでした。



【鬱蒼とした森から、突然開ける視界~心洗われる小沼の霊境空間】


杉林の森におおわれた細道を登りきると、突然、前方の視界が大きく開けます。

鬱蒼とした森を登りきると、突然視界が開け小沼の景観が現われる
鬱蒼とした森を登りきると、突然視界が開け小沼の景観が現われる

小沼です。

「美しく澄みわたった青空、緑濃い水をたたえた小沼、沼のほとりにひっそり佇む社殿」

心洗われる霊境空間との再会です。

霊境空間そのものの小沼神社の景観~青空と小沼と社殿
霊境空間そのものの小沼神社の景観~青空と小沼と社殿

麓から歩いて鬱蒼とした森を登って分け入ると、そこに秘められた幽玄境がある。
そんな表現が似つかわしい光景です。

「もう一度、訪ねてきて本当によかった。」

率直な感想でした。

小沼神社の仏像についての話は、前回訪問時の観仏日々帖 「紹介記事」「続報記事」 をご覧いただくことにしたいと思います。

小沼神社・聖観音像、十一面観音像
小沼神社・聖観音像、十一面観音像

小沼と小沼神社は、地元の方々の手で大切に守られているようです。
普段は無住なのですが、今回の訪問で、わざわざ、ご案内と仏像御開帳の労を御取りいただいた、総代さん、宮司さんに心より感謝しつつ、下山しました。

また、このブログでご紹介はしたものの、あの小沼の神秘的な風景は、

「あまり人に知られることなく、訪れる人もなく、いついつまでも、あのままの姿で、残っていてほしい」

というのが、偽らざる気持ちです。

いつの日か、是非、再々訪してみたいものです。



【のどかで静か~角館武家屋敷町をブラリ散策】


小沼神社探訪の後は、角館の武家屋敷町をブラリ散策。

のどかな角館武家屋敷町
のどかな角館武家屋敷町

角館出身の日本画家、平福穂庵、百穂父子に由来する平福記念美術館、青柳家武家屋敷などを覗きました。

平福記念美術館
平福記念美術館

角館武家屋敷・青柳家
角館武家屋敷・青柳家

このあたりは、サクラの花の時期は大変な賑わいでラッシュアワー状態ということらしいですが、この日は、観光、散策の人もチラホラ。
静かでのどかな角館の武家屋敷町を愉しむことが出来ました。


夜は、皆で、角館の町の居酒屋「しぶや」で一杯。
角館~居酒屋「しぶや」
角館~居酒屋「しぶや」

4年前の小沼神社探訪の時に、「地の人しか行かない美味い店」を教えてもらって一人で飲んだ店。
今回も美味かった。
なんといっても、当地で採れた各種の山菜料理が抜群の美味で絶品。
比内地鶏肉団子鍋もこれまた美味で、全員お酒がオーバーラン。
超飲み過ぎの夜となりました。



【秋田県唯一の国宝を祀る水神社~線刻千手観音鏡像】


翌朝は、秋田県唯一の国宝を蔵する水神社(スイジンジャ)へ。

唯一の国宝というのは、線刻千手観音等鏡像という青銅鏡。
平安後期の制作です。
江戸時代(延宝5年・1677)に、用水路の掘削中に偶々発見され、これをお祀りするために建立されたのが水神社だということです。

水神社

水神社
水神社

水神社は、国宝を蔵しているとは思えない、簡素な本殿の小ぢんまりした神社です。
本物の国宝・青銅鏡は、年に一日の御開帳の日にしか拝することは出来ませんが、レプリカが大仙市の市民会館に展示されているので、そちらの方を見に寄りました。

水神社・線刻千手観音等鏡像(平安後期・国宝)のレプリカ~中仙市民会館ドンパル水神社・線刻千手観音等鏡像(平安後期・国宝)のレプリカ~中仙市民会館ドンパル
水神社・線刻千手観音等鏡像(平安後期・国宝)のレプリカ~中仙市民会館ドンパル

レプリカと謂えども、なかなか立派なものです。
銅鏡の世界のことはよく判りませんが、願主の刻銘が残され、鏡鑑研究上、極めて貴重な作品だということです。


折角、角館方面に来たので、「新潮社記念文学館」にもちょっと寄りました。

角館~「新潮社記念文学館」
角館~「新潮社記念文学館」

新潮社を創設した佐藤義亮は、此処、角館の出身なのです。
ちょうど新潮社に残された、作家の写真展が開催されていました。
我々、中高年には、本当に懐かしい有名作家の素顔の表情を愉しむことが出来ました。

新潮社記念文学館企画展「新潮社写真部のネガ庫から」
新潮社記念文学館企画展「新潮社写真部のネガ庫から」



【秋田県唯一の重文仏像、全良寺・阿弥陀如来金銅仏像~秋田市内を観仏探訪】


午後には、秋田市内までロングドライブ。

市内の二つの仏像を拝しました。
貞和5年(1349)の墨書銘が遺された泉福院・大日如来坐像と県内唯一の重要文化財仏像、全良寺の金銅・阿弥陀如来坐像です。

秋田市・泉福院
秋田市・泉福院

泉福院・大日如来像(南北朝・県指定)
泉福院・大日如来像(南北朝・県指定)~貞和5年(1349)在銘

県内唯一の重要文化財、全良寺の阿弥陀如来像は、平安後期の作としては全国に例のない120㎝以上もある大型の金銅仏像です。

秋田市・全良寺本堂
秋田市・全良寺本堂

全良寺・銅造阿弥陀如来像(平安~鎌倉・重文)
全良寺・銅造阿弥陀如来像(平安~鎌倉・重文)

残念ながら膝前部と背部が大きく破損欠損していますが、城下を流れる雄物川から引き上げられた仏像であるからとの伝承もあるようです。
ご住職のお話によると、体部が肌荒れしてアバタだらけのように見えるのは、拝する人々がお賽銭を投げて拝んだために、お賽銭があたった無数の傷跡がアバタのように見えるようになったということでした。
流石に重要文化財。
破損はあるものの、平安後期の金銅仏としては、大変堂々として美しく、存在感を感じる仏様でした。

通例、一般の拝観は受けられていないようなのですが、特別に拝ませていただいた甲斐がある立派な仏像でした。



【第二の旅行目的は、藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」を観ること
~スケールの大きさにオッたまげる】


今回の、秋田旅行のもう一つの目的は、観仏ではなくて、藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」を見ることでした。

ご存じのとおり「秋田の行事」は、当地の大コレクター平野政吉の招聘に応じた藤田嗣治が、秋田に赴き制作した秋田の年中行事を描いた巨大壁画です。
秋田県立美術館に所蔵展示されています。

秋田県立美術館
秋田県立美術館

作品が大きすぎて、東京の展覧会に出展するというのはまず無理でしょうから、秋田まで出かけて観に行くしかないのです。

壁画が完成したのは昭和12年(1937)のことでした。
この平野政吉の藤田嗣治のコレクション展示をベースにしたのが秋田県立美術館です。
ちょうど「平野政吉の夢~壁画80年 コレクション公開50年」という特別展が開催されており、このタイミングに合わせて秋田旅行を計画したのでした。

壁画「秋田の行事」は、本当に巨大です。
なんとタテ3.65m、ヨコ20.5mもあるのです。

県立美術館に展示される大壁画「秋田の行事」
県立美術館に展示される大壁画「秋田の行事」

藤田は、入念な準備の上でしょうが、なんとたったの15日間、174時間でこの大壁画を一気に書き上げたそうです。
やはり、大変な迫力でした。
今更ながらに、スケールの大きさに、オッたまげてしまいます。
絵が巨大すぎるからか、造形描写がちょっと平板で硬いような気もしましたが、藤田のこれだけの大作を眼前に出来て、本当に眼福でした。

藤田嗣治画「秋田の行事」の部分
藤田嗣治画「秋田の行事」の部分



【第三の旅行目的は、秋田の居酒屋の名店「酒盃」で一杯
~期待違わぬ美味なる料理とお酒】


この日の夜は、秋田の居酒屋の名店「酒盃」です。

秋田の居酒屋の名店「酒盃」
秋田の居酒屋の名店「酒盃」
あの全国居酒屋探訪・評論家の太田和彦さんが、一押し推薦しているお店です。
ちょっと郊外にあるので、タクシーに乗って向かいましたが、運転手さんに、
「酒盃さん、翌予約がとれましたねー。まず無理というので有名なんですよ・・・」
云われました。

実は、秋田旅行の第三の目的は、この「酒盃」で一杯飲ることでした。
「絶対予約ゲット!」と、一か月前の予約受付開始時間にきっちり狙いを定めてTELして、個室予約をゲットしたのでした。

「酒盃」という灯りと暖簾がかかっただけの、シンプルな店構えです。
期待に違わぬ、なかなかの料理、美味なるお酒で、二日連続の飲み過ぎオーバーランとなってしまいました。



【秋田県最古の仏像、正伝寺・小金銅仏観音像~年に1日の御開帳と記念講演会】


翌日は、県南の横手、湯沢方面へ。

横手市の郊外にある正伝寺の小金銅仏の拝観です。

東北に遺されている古代小金銅仏は十数躯しかなく、秋田県では3躯を数えるのみです。
なかでも、正伝寺の小金銅仏は奈良時代の制作とみられ、秋田県最古の仏像です。

実は、この小金銅仏は秘仏で年に一日だけご開帳となるのです。
そして、この日、6月15日が、そのご開帳日なのです。

事前に拝観のお願いのご連絡を差し上げた処、ご住職から、

「年に一日の御開帳日だけしか、拝観はお断りしているのですよ。
ちょうど、6月15日が御開帳日で、今年は、秘仏御開帳法要に合わせて『観音像の解説講演会』を開催するので、是非、この日にいらっしゃってください。」

と、ご親切なご案内をいただきました。
というわけで、この日に照準を合わせて、正伝寺の御開帳法要に出動したというわけです。

横手市・正傳寺山門
横手市・正傳寺山門

正伝寺に到着すると、まさに御開帳法要の真っただ中。
お参りの方はさほど多くないのかと思ったら、100人近くにもなるでしょうか、数多くの檀徒の方々がご法要にお参りされており、ビックリです。

小金銅仏観音像が祀られる正傳寺本堂内
小金銅仏観音像が祀られる正傳寺本堂内

ご法要の後は、「正伝寺秘仏観音像と長谷信仰」と題する講演会を聴かせていただきました。
講師は、東北歴史博物館主任研究員の政次浩氏です。
像考23.1㎝という小さな金銅仏像で、華やかな装身具で、わずかに腰を捻った姿が美しい像です。

正伝寺・小金銅仏観音像(奈良・県指定)
正伝寺・小金銅仏観音像(奈良・県指定)

本堂の壇上にお祀りされており、なかなか克明には拝せなかったのですが、講演会で詳細な拡大写真を沢山見ることが出来、専門的解説も聞くこともできて、充実した観仏となりました。

おまけに、講演会後、檀徒の皆さんとご一緒に、昼食弁当までごちそうになってしまいました。
ご配意いただいた、ご住職に、感謝感謝です。



【秋田県随一の巨像、土沢神社・十一面観音像~とにかくデカい】


秋田観仏旅行の最後は、湯沢の巨大仏像、土沢神社の十一面観音像です。

東北の仏像を観ていると気づくのは、神社にお祀りされている仏像と、巨大な木彫像が、結構目につくことではないでしょうか。
東北の古代巨木彫像と云えば、岩手・成島毘沙門堂の毘沙門像、福島・大蔵寺の千手観音像、山形・松尾山観音堂の観音・弥勒菩薩像などが思い浮かびます。
土沢神社の観音像もビックリの巨像で、像高は、なんと4m60㎝もあるのです。
そして、神社にお祀りされています。

十一面観音巨像が祀られる土沢神社社殿内
十一面観音巨像が祀られる土沢神社社殿内

「神社に巨像」というパターンは、東北の仏像造像が、在地のカミへの信仰とホトケとが一体融合して、土俗的な巨木信仰などと結びついたということなのかも知れません。



【堂々たる開放的おおらかさが魅力の巨像】


この土沢神社の巨大観音像の観仏も、4年ぶりの再訪となりました。
その時の、驚きと感動が忘れられずに、今回もまた訪れたというわけです。

この観音像、5メートル近い巨像なのに、何故だか威圧感を感じさせないのです。

土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)
土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)

「堂々たる立ち姿」という感じがしますが、こんなに太く大きいのに、重厚感とか圧迫感を感じさせません。
宗教的な暗さとか重たさというようなものを、全く感じさせないのです。
むしろ、「おおらかで和やか」という印象です。
開放的な明るさ、拡がりのようなものを強く感じさせるのです。
巨大な体躯をもった、おおらかな青年のような魅力で、仰ぎ拝する人を惹き付ける魅力をもった仏像です。

土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)

土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)
土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)

造形的に優れているとは言い難く、大きく破損、焼損した跡が痛々しい仏像ですが、そんな何とも言えない魅力を感じてしまいます。

前回(2017.6)訪問時の観仏記を 「観仏日々帖~、「秋田県湯沢市 談山神社、土沢神社の観音像 にてご紹介していますので、ご覧いただければと思います。



【仏像の修復、社殿の改修もままならないという「厳しい現実」に、心痛む】


それにしても、この巨大な観音像、修復もいかにも応急的で保存状態も決して良くないという有様です。
お祀りされている社殿の方も、こじんまりして、ちょっと失礼ながら、みすぼらしく傷んでいます。

土沢神社社殿~少々みすぼらしい
土沢神社社殿~少々みすぼらしい

ちょっと心配な感じです。

わざわざ社殿を開いていただいた総代の方に、仏像や社殿の修復は出来ないものかとお伺いすると、

「このあたりの集落は、いわゆる過疎地で若い人も少なくて、気持ちはあっても、とてもとてもお金のかかる改修や修復などに手が回らないのですよ。
このまま、おいておくしか仕方がないのかなという処です。
この前も、ある大学から調査に来るというので、ちょっと期待したら、調査テーマが『限界集落についてのヒヤリング調査』だという話だったのですよ。」

と、冗談交じりに話されていました。

「文化財の保存」という命題に対する、「厳しい現実」に、何とも云えぬ悩ましさを感じさせられてしまいました。

総代さんから、

「よくぞこんなところまで、二度も来てくださいました。
前回来られた時も良く覚えていますが、それからも、まずめったに来られる人はありません。」

という言葉に送られながら、土沢神社を後にしました。

巨大観音像との再会の喜びと、地域で守っていく悩ましき現実という気持ちがないまぜになって、ちょっと「嬉し哀しの観仏」となりました。

秋田観仏旅行は、これでおしまい。
湯沢市にある秋田の老舗酒蔵、両関酒造へ立ち寄って、帰りの新幹線でのお酒をしこたま仕入れて、秋田新幹線内で飲んだくれながらの帰京となりました。

湯沢市・両関酒造本社
湯沢市・両関酒造本社




【7 月】



【ちょっとなじみの薄い、タイの仏像を観松~「タイ~仏の国の輝き」展】


7月は観仏は一休み。

仏像以外の展覧会には色々出かけましたが、観仏ということでは、東京国立博物館で開催された特別展「タイ~仏の国の輝き」へ出かけたくらいであったでしょうか。

「タイ~仏の国の輝き展」(東京国立博物館)
「タイ~仏の国の輝き展」(東京国立博物館)

タイの仏像は、ちょっとなじみが薄くてよく判りません。
6~7世紀から近代にいたるまでの数多くの仏像が出展されていました。
私が一番迫力を感じたのはこの仏像。

仏陀立像(ドヴァ―ラヴァティ時代・7~8C)
仏陀立像(ドヴァ―ラヴァティ時代・7~8C)

一番美麗で出来がよさそうに見えたのはこの仏像でした。

観音菩薩立像(シュリーヴィジャヤ様式・8~9C)
観音菩薩立像(シュリーヴィジャヤ様式・8~9C)



【東博・平常陳列で目についた仏像~丹波・長楽寺伝来、文化庁所蔵の三像】


この日の東博の平常陳列の彫刻で、ちょっと目についたのは、文化庁所蔵の阿弥陀如来坐像と二天像でした。

観仏先リスト3「東博展示・阿弥陀二天像」
観仏先リスト3「東博展示・阿弥陀二天像」

平安後期の阿弥陀、天部像にしては、ボリューム感が豊かで堂々としています。

文化庁所蔵・阿弥陀如来像(平安後期・重文)丹波長楽寺伝来
文化庁所蔵・二天像(平安後期・無指定)丹波長楽寺伝来
文化庁所蔵・阿弥陀如来像(平安後期・重文)、二天像(平安後期・無指定)丹波長楽寺伝来

キャプションを見ると、
「京都府船井郡京丹波町・長楽寺伝来で、久安3年(1147)の造立銘があり、地方仏師の作とみられる」
と書かれていました。

これまでにも東博に展示されていたことがあるのかもしれませんが、気が付きませんでした。

文化庁所蔵・二天像の1躯(平安後期・無指定)丹波長楽寺伝来
文化庁所蔵・二天像の1躯(平安後期・無指定)
丹波長楽寺伝来
いつ頃文化庁の所蔵になったのだろうかと当たってみると、文化庁HP掲載の「平成24年度(2012)購入文化財の一覧」に、二天像の方が掲載されていました。
購入金額は、1億5750万円となっていました。

解説には、次のようなコメントがありました。

「阿吽一対の神将形像で,久安3年(1147)の造立銘を有する阿弥陀如来坐像(国有〈文化庁保管〉,重要文化財)に随侍する像として小泉策太郎(三申)が所蔵していた。

阿吽像それぞれの背面に記された宝永2年(1705)の修理銘により丹波国船井郡大久保村(現在の京都府船井郡京丹波町上大久保)長楽寺に伝来したことがわかる。
阿弥陀如来像とは衣文の彫り口や特徴的な耳の彫法などが一致し,当初よりの一具とみてよい。」

旧蔵者の小泉策太郎というのは九州新聞社長や国会議員を務めた人物ですが、古美術コレクターとしても知られています。
よみうりランドにある観音像、五島美術館所蔵の鶴岡八幡宮伝来・愛染明王像といった優品も小泉策太郎旧蔵で、なかなかの名品仏像を所蔵していたようです。


古仏探訪~2017年・今年の観仏を振り返って〈その2〉 4月  【2017.12.10】


4月は、1~3月にあまり観仏に出かけなかった反動というわけではないのですが、結構精力的に観仏探訪に巡りました。

〈その2〉では、4~6月の観仏探訪のご紹介のつもりでしたが、4月のご紹介量が随分多くなってしまいましたので、今回は4月、単月分のみの観仏を振り返ることにさせていただきます。

ダラダラと長く、締りのないご紹介になりましたが、何卒ご辛抱を!


【4月】



【津市 光善寺・薬師如来の御開帳めざして、三重まで日帰り】


4月のトッパナは、三重県津市の光善寺薬師像の御開帳を目指して、日帰り観仏に出かけました。

観仏リスト①(津市光善寺他)

光善寺の薬師如来像は、かねてから一度は是非とも拝したいと念じていた平安古仏です。
毎年、4月の第一土曜にのみ御開帳となり、その他の時には拝することが出来ません。
津市の片田舎にあり、ちょいと不便で、ついつい行きそびれていたのです。

今年は4月1日、土曜日の御開帳ということで、意を決して、日帰りで出かけることにしたのでした。



【わざわざ出かけた甲斐のあった見事な仏像~期待以上の光善寺・薬師像】


薬師像は、期待どおり、いや期待以上の、素晴らしい出来の魅力的な一木彫像でした。

津市 光善寺・薬師如来像

津市 光善寺・薬師如来像
津市 光善寺・薬師如来像

一言でいうと、
「どっしりとボリューム感たっぷり、バランス感とまとまりの良いハイレベルの像」
というのが、この像の印象です。
「10世紀の半ば頃までの制作かな?」
という感じがしました。

この光善寺・薬師如来像の観仏記は、
「古仏探訪~三重県津市・光善寺の薬師三尊像の御開帳」
に詳しくご紹介しましたので、ご覧ください。

光善寺の薬師如来像となっていますが、実際には、お寺ではなくて地区の人々によって管理されており、小高い坂の上にある収蔵庫の中に、大切に守られていました。

光善寺・薬師如来像が祀られる収蔵庫
光善寺・薬師如来像が祀られる収蔵庫

ひっそりとした御開帳でしたが、お世話をされている村落の方々の温もりが、そのまま伝わってくるようなほのぼのしたものでした。
思い切って三重まで日帰り観仏に来た甲斐のある、魅力ある見事な仏像に出会うことが出来ました。



【ついでに、津市の大長寺、勝久寺の重文仏像を訪ねる】


折角、津市まで出かけましたので、市内にある、未見の二つのお寺、大長寺と勝久寺の仏像を訪ねました。

河辺町の大長寺には、
藤末鎌初頃かと思われる、地蔵菩薩の踏み下げ像が、無住のお堂に地区管理で祀られていました。

津市 大長寺・本堂
津市 大長寺・本堂

津市 大長寺・地蔵菩薩像が祀られる堂内

津市 大長寺・地蔵菩薩像
津市 大長寺・本堂内と地蔵菩薩像


一身田上津部田の勝久寺では、
平安後期の阿弥陀如来像、聖観音像、地蔵菩薩像を拝しました。

津市 勝久寺・本堂
津市 勝久寺・本堂

いずれの仏像も、いかにも藤原の終わりごろといった優しく穏やかな雰囲気の満ち満ちた古仏でした。

どちらのお寺でも、
「この仏像のことを、どうして知ったのか? 何故、わざわざ訪ねてきたのか?」
と尋ねられました。

重要文化財の仏像ですが、観仏探訪に訪れる人は、あまりいないようです。


ついでに、ちょっと時間があったので、津市内の石水博物館を覗いてきました。

石水博物館
石水博物館

石水博物館というのは、当地の豪商・川喜田家16代、百五銀行の頭取であったとともに数寄者、陶芸家でもあった川喜田半泥子の作品を、元私邸の地に展示する博物館でです。
「川喜田半泥子の遊び心」という企画展が催されていました。

石水博物館「川喜田半泥子の遊び心」ポスター

半泥子の作陶は、奔放な雅趣があり、確かな美の感性を感じさせて、私は結構好きなのです。
有名な伊賀水差「欲袋」も展示されており、眼福となりました。

川喜田半泥子作 伊賀水差「欲袋」
川喜田半泥子作~伊賀水差「欲袋」"



中旬には、大阪市立美術館開催の「木×仏像展」、奈良国立博物館開催の「快慶展」を観るべく関西まで2泊3日で出かけました。


【充実の大阪市美「木×仏像展」~未見、注目の仏像が目白押し】


初日は、大阪市立美術館開催「木×仏像展」。

「仏像の素材のなかの『木』に注目し、木彫像の樹種や、木材の用いられ方などをテーマに、樹木と仏像との関わり、霊験性などについて考え、深い理解を目指す」

という展覧会で、私が、もっとも関心の強いテーマの特別展です。

大阪市立美術館「木×仏像展」ポスター

これぞ絶対必見と、勢い込んで出かけたのでありました。

飛鳥から江戸時代移にいたるまでの木彫仏、約70体が展示されていました。
唐招提寺・伝獅子吼像、東大寺・試みの大仏像といった有名処も展示されていましたが、、普段は、余り眼にすることのないなかなかの興味深い木彫像ぞろいでした。
期待通りの充実した展覧会でした。
大阪府の古仏像が数多く出展され、じっくり観ることが出来たのも大きな収穫でした。

此処で、いちいちご紹介する余裕はありませんが、特に私の眼を惹いたのは、ご覧のような仏像でした。

観仏リスト②(木×仏像展)



【圧倒的な存在感で来場者の眼を惹き付ける、宮古区・薬師如来像】


宮古区薬師堂の薬師如来像は、圧倒的な存在感で、会場の人々の眼を惹き付けていました。

奈良様の雰囲気を留め、乾漆造の造形表現を思わせますが、はち切れんばかりのボリューム感、重量感は、迫力満点で平安前期一木彫像そのものです。
内刳りは全くなく、カヤかと思われる良質の緻密な針葉樹材で造られています。
ものすごく重たいそうです。

これだけの、見事な一木彫像なのですが、現実には、ほとんど知られていないのではないかと思います。
この薬師像は、天理市田原本町宮古区という集落にあり、みすぼらしいと云ってもよい集会所兼用の薬師堂に祀られています。

薬師像が祀られる宮古区・集会所兼用の薬師堂
薬師像が祀られる宮古区・集会所兼用の薬師堂

はじめて、宮古の集落を訪ねて、地区の方にご案内いただいた時、その迫力、存在感に驚いて、

「どうして、こんなに凄い仏像が、集会所の片隅のようなところに祀られているのだろう!」

と、本当にビックリするとともに、

「こんなところに祀られていて、防犯など大丈夫なのだろうか?」

ちょっと心配になりました。

宮古区薬師堂・薬師如来像

宮古区薬師堂・薬師如来像
堂内に祀られる宮古区薬師堂・薬師如来像

図録解説によると、
「今も篤い信仰心で本像を守り続ける地域の人々の理解と協力を得て、このたび展覧会への初出陳がかなった。」
そうです。

もっともっと、知られるべき仏像だと思います。



【大阪府の注目古仏が数多く展示~めったにない機会】


大阪府の仏像というのは、展覧会に展示される機会も少なく、意外に知られていないのですが、今回の展覧会には、注目の大阪府内の平安古仏が数多く展示されていました。
めったにない機会であったのではと思います。
なかでも、私の眼を惹いたのは、次のような像でしょうか。

長円寺(大阪府羽曳野市)の十一面観音像は、ずんぐり小太りの体躯が可愛い、檀像風一木彫です。

孝恩寺(貝塚市木積)からは、仏像群中、虚空蔵菩薩像が出展されていましたが、その異貌、発散する霊威感あるオーラは、周囲を圧するものがありました。

三津寺(大阪市南区)の古仏像群は、近年注目され、2015年に市指定文化財となりましたが、その中の最優作、地蔵菩薩像が出展されていました。
きりりと鼻筋が通った凛とした姿が印象的で、惹かれるものがあります。
10世紀の制作とみられるそうですが、なかなか出来の良い興味深い一木彫像でした。

三津寺(大阪市南区)・地蔵菩薩像
三津寺(大阪市南区)・地蔵菩薩像

こうして、注目像をご紹介していくとキリがありませんので、このくらいにしておきたいと思います。



【河内長野・河合寺の二天像の見事さにビックリ!
~どうしてあまり採り上げられなくなったのでしょうか?】


最後に、一つだけ、私が想定外にビックリした、「河合寺の持国天・多門天像」をご紹介します。

河合寺は、河内長野市にあるお寺です。
「河合寺の持国天・多門天像」と云われても、全く知らないという方のほうが、多いのではないでしょうか?
私も、同様でした。
重要文化財に指定されているのですが、「仏像集成・全8巻」(学生社刊・1989~)にも、この仏像は、掲載もされていないのです。

私が、この二天像の存在を知ったのは、明治43年に刊行された「特別保護建造物及国宝帖」に、藤原時代の代表作例として掲載されていたからです。

明治43年刊行「特別保護建造物及国宝帖」に掲載されている河合寺・多門天像の写真
明治43年刊行「特別保護建造物及国宝帖」に掲載されている河合寺・多門天像の写真

「特別保護建造物及国宝帖」という本は、ロンドンで開催された「日英博覧会」に出品するために、明治末年に編纂された、官製日本美術史の大著です。
この本には藤原時代(平安後期)の仏像が25件掲載されていますが、そのうちの1件が「河合寺の多門天像」なのです。
明治末年頃には、平安後期の代表作例としてわざわざ採り上げるほどの仏像であったらしいのです。
明治32年(1899)には、早くも旧国宝の指定を受けています。

ところが、近年は、採り上げられることなど無い、知られざる天部像となっていると思います。

「現代の眼で見ると大した作品でもない像が、明治期には、未だ見る眼が未熟で代表作例とみられていたのかな?」

そんな想像をしつつ、一度は自分の眼で、確かめてみたいと思っていたのでした。

この河合寺の持国天・多門天像が出展されていたのです。

河合寺(河内長野市)・多門天像
河合寺(河内長野市)・多門天像

眼前に観てみて、ちょっとビックリです。
大変、立派な像なのです。
平安後期の四天王像としては、体躯の動きや衣の翻りに躍動感があり、造形力には秀でたものを感じます。
鎧の毘沙門亀甲の文様の彫りなども緻密で力強いものです。

河合寺・多門天像背部の見事な毘沙門亀甲文様
河合寺・多門天像、背部の見事な毘沙門亀甲文様"


「これは、一目も二目も置くべき、なかなかの秀作だ!」

と、目を瞠りました。

図録の解説には、このように述べられています。

「同寺に伝来した仏像の中でもひときわ都ぶりを示す作で、現存作例の少ない平安時代後期の神将形天部像にあって、京都・浄瑠璃寺の国宝四天王像とならぶ名作である。
・・・・・・・・
なお、多間天像は、昭和26年(1951)秋、講和会議と平和条約調印を記念して米国サンフランシスコ市のデ・ヤング記念美術館で開催された『講和記念桑港(サンフランシスコ)日本古美術展覧会』に、日本を代表する彫刻作品のひとつとして出品されている。
同展は文化財保護委員会(現在の文化庁)主催による日本古美術の海外展の嚆矢であった。」

「なるほど!」   と、納得しました。

これだけの評価の仏像が、昔は著名で、近年ではあまり取り上げられることもなく、知られていないというのは不思議なことです。
これまで、ずーと抱いていた疑問、

「明治の『特別保護建造物及国宝帖』に、この像が、どうして藤原時代の代表作例として掲載されているのか?」

が、ちょっと解消した気分でした。


新たな発見、新たな驚きで、満足感一杯の「木×仏像展」でした。
後ろ髪をひかれつつ、大阪市立美術館を後にしました。


この日は、大阪なんばの「日本工芸館」に寄って、小石原焼、子鹿田焼などの民芸を観て、その後は、昔の職場の多くの仲間と飲み会。
騒いで飲んだくれて、ホテルでバタンキュー。

日本工芸館
日本工芸館



【やっと拝観が叶った、念願の堺市 太平寺・地蔵像】


翌日、訪れたのは、堺市の太平寺です。

観仏リスト③(太平寺)

太平寺には、不思議な平安古仏の地蔵像、阿弥陀三尊像があるのです。



【芸術新潮・特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」に、採り上げ~「ものを言う衣文」で】


大阪堺市の太平寺・地蔵菩薩像と云われて、ピンとくる方は、異端、異形の仏像に相当にマニアックな方でしょう。
この仏像、芸術新潮1991年1月号の特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」に採り上げられていたのを覚えていらっしゃるでしょうか?

「こんな仏像もあったのか!」

と銘打って、異様なオーラを発散するような異形仏が、いくつも紹介されました。
そのなかで

「ものを言う衣文」

と題して紹介されているのが、堺市・太平寺の地蔵菩薩像です。

芸術新潮・特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」掲載の太平寺・地蔵菩薩像の迫力ある写真
芸術新潮・特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」掲載の
太平寺・地蔵菩薩像の迫力ある写真


写真で見ると、強烈なオーラを発散しているようで、まさに興味津々です。

この芸術新潮特集号は、井上正氏が異形仏、霊木化現仏であると考える仏像を、謎の仏像として梅原猛氏とのコラボで採り上げたものです。

是非とも一度拝したいものと、何年も前から、何度か太平寺さんに拝観御依頼のご連絡を試みたのですが、なかなかご連絡が取れず、またご都合、ご事情が許さなかったりして、拝観が叶わなかったのです。
その太平寺さんに、やっとのことで拝観のご了解をいただけたのでした。

当日は同好の方をお誘いして、3人で出かけました。

太平寺のある住所は、「堺市西区太平寺」ということで、かつて、このお寺が地域の中心であったことが伺われるのですが、今では、ひっそりとこじんまりしたお堂だけが残されたお寺でした。

堺市 太平寺・本堂
堺市 太平寺・本堂

めざす地蔵菩薩像は、薄暗いお堂の隅に祀られていました。

諸仏が祀られる大平寺の本堂内
諸仏が祀られる大平寺の本堂内

芸術新潮には、
「全身をびっしりと抽象的な衣文で覆われている。
これもまた、肉体を覆うというよりも、仏の精神を感じさせる衣文であろう。
特に、背面の、水の流れのようにうねる線が美しい」
と書かれています。

まさにそのとおりで、衣文は、比較的浅い彫りで規則的な線で表されつつ「うねくる」という感じです。

大平寺(堺市)・地蔵菩薩像

大平寺(堺市)・地蔵菩薩像

大平寺(堺市)・地蔵菩薩像
大平寺(堺市)・地蔵菩薩像

ただ、もっともっと強烈な霊気というか、発散するオーラを感じるのかと想像していた処、それほどまでのインパクトを感じはしませんでした。

「厳しい表現ではあるものの、ちょっと定型的になって大人しい。」

というのが率直な印象でした。
井上正氏は、8世紀の制作に遡るのではと述べられていますが、私の素人目には、やや形式的な表現の感じで、

「ウーン! 10世紀以降の制作じゃないのかしらん?」

そんな気がしてしまいました。



【これまた古様な注目古仏では?~本尊・阿弥陀三尊像】


むしろ古様さに注目したのは、御本尊の阿弥陀三尊像でした。

大平寺(堺市)・阿弥陀三尊像
大平寺(堺市)・阿弥陀三尊像

こちらの方が、地蔵像よりもかなり古い感じです。
中尊・阿弥陀像は、「眼のない仏像」です。
井上氏流には、「霊木化現の一様相」という仏像で、興味深い彫像です。

大平寺・阿弥陀如来像顔部~眼の無い仏像
大平寺・阿弥陀如来像顔部~眼の無い仏像


眼を惹くのは、左脇侍(向かって右)です。

大平寺・阿弥陀如来像左脇侍(向かって右)菩薩像
大平寺・阿弥陀如来像左脇侍(向かって右)菩薩像

奈良様の雰囲気を色濃く残していて、中尊よりもいっそう古い制作のようです。



【井上正氏著作・採上げの異形仏72件~完全観仏踏破に挑戦中、あと一息】


ご存じのとおり、井上正氏は、行基ゆかりの古密教仏、霊木化現仏であると考える諸仏について、その著作
「古佛~彫像のイコノロジー」「続古佛~古密教仏巡歴」 (共に法蔵館刊)
にラインアップされています。

この本に採り上げられている諸仏は、お世辞にも出来が良いとは言えないのですが、アクが強く異様なオーラで迫ってくる、強烈なインパクトの一木彫像ばかりなのです。
井上氏は、これらの仏像のほとんどが奈良時代の制作に遡ると主張されています。
私は、決してそうは思わないのですが、極めて、心惹かれる興味津々の仏像ぞろいなのです。

これまでも何度かご紹介しましたが、私は、この2冊の本に採り上げられている異形仏、全ての像の観仏踏破に。チャレンジ中です。
2冊の本には、72件の古仏が採り上げられていますが、太平寺・地蔵像もその一つです。
今回、太平寺。地蔵像を拝し得て、ついに「あと2件」に迫りました。

残りは、
愛知・高田寺の薬師如来像、福井・二上観音堂の十一面観音像
です。
共に、普段は拝し得ない秘仏で、御開帳タイミング狙いしかありません。

いつ、チャレンジ成就することやら・・・・・・???



この日の午後は、京都へ移動。



【想定外の興味深い仏像に、沢山出会った京博の仏像展示
~高山寺、神護寺の薬師如来坐像に、久々のご対面】


京都国立博物館で「海北友松展」。

京都国立博物館「海北友松展」ポスター

特別展主催者の意気込みの凄さが、直に伝わってくるような、充実した展覧会でした。
描かれた「線の強さ、厳しさ」に凄みを感じましたし、圧倒的な気迫や静かな緊張感を感じさせるものがありました。

「海北友松展」を目当てに出かけたので、仏像については全く頭になかったのですが、特別展の隅で、小さくなっている「平常陳列の仏像」をのぞいてみると、

「これまた、ビックリ!」

私にとっては、興味深い仏像が、想定外に沢山並んでいたのでした。
ご覧のとおりです。

観仏リスト④(京博仏像展示)

一番の注目仏像だったのは、二つの木心乾漆像でした。
高山寺と神護寺の薬師如来坐像です。

本当に、久しぶりに見ることが出来ました。
2躯共、京博に寄託されており、たまには展示されてるはずなのですが、私には永らくのご無沙汰で、嬉しくなってしまいました。
共に天平末~平安初の木心乾漆像なのですが、意外に広くは、知られていないのではないかと思います。
とりわけ、神護寺の薬師如来坐像は、アク、クセの強い個性的な表現の迫力に、惹かれるものがあります。

観仏日々帖、
「トピックス~想定外の興味深い仏像に沢山出会った京博の仏像展示」
にて、紹介させていただいておりますのでご覧ください。


この後は、祇園の「何必館」へ寄り道。
ブレッソンの写真展を観て、一息。

何必館「ブレッソン展」ポスター
何必館「ブレッソン展」ポスター

夜は、知人と落ち合って河原町通三条下ルの割烹「日吉野」で一杯。

河原町通三条下ル・割烹「日吉野」
河原町通三条下ル・割烹「日吉野」

「日吉野」は、京都の地元の人しか行かない美味なる店という話を聞いて、今回初めて体験。
年配の親父さんが仕切る、気さくなカウンターのお店。
刺身の活きの良さが飛び切りでビックリ!
お薦めの鯛とサヨリの刺身が絶品でした。
決して安くはありませんでしたが、地元の人で満席、賑わっていました。



翌日は、奈良へ。
目指すは、奈良国立博物館の「快慶展」です。



【興福寺「天平乾漆群像展」で、疑似体験~天平 西金堂・釈迦集会像】


その前に、興福寺仮講堂で、特別公開されていた「天平乾漆群像展」に行きました。

興福寺仮講堂「天平乾漆群像展」安置風景
興福寺仮講堂「天平乾漆群像展」安置風景

この特別公開は、江戸時代に焼失した興福寺・西金堂に祀られていた諸仏像を、仮講堂の一堂に集めて、焼失前の安置を再現する形にして展示するというものです。
阿修羅像をはじめとする八部衆、十大弟子像、華原磬の他、鎌倉期の天燈鬼、龍燈鬼、金剛力士像などなどが展示されていました。

天平当初の釈迦集会像の姿を再現するということでしたが、西金堂の向かって一番左奥に安置されていた筈の阿修羅像は、やはりスター中のスター、一番前方のど真ん中に安置されていました。



【空前絶後、圧巻の奈良博「快慶展」
~これだけの快慶作品を一堂に観るのはもう無理か?】


奈良博の快慶展は、午前と午後、2回観に行きました。

京都国立博物館「快慶展」ポスター

この日は、天平会の例会が、奈良文化会館で杉崎貴文先生の「快慶講演会」を聞いてから展覧会へという「快慶展鑑賞」企画で、これに乗っかることにしました。
午前は、まず快慶展を一人で観て、講演会で勉強してから、もう一度復習に、天平会の皆さんと快慶展に出かけました。
通算で、4時間以上「快慶展」を観ていたこととなり、少々お疲れモードになってしました。

快慶展出展仏像についてのご紹介は、今更ながらなので、省略させていただきます。

それにしても、圧倒的な規模の「快慶展」でした。
空前絶後と云っても良いのではないでしょうか。
これだけの快慶作品が一堂に集められた展覧会というのは、これまでもありませんでしたし、これからも当分の間は望みえないのではと思いました。

実の処、私は、快慶の仏像は少々苦手で、快慶を代表すると云われる三尺阿弥陀像などは、
「どれを観ても、皆、同じ。」
ように見えてしまいます。

衣の形式などなどで、制作時期を見分けることが出来るようですが・・・・・
なかなか、強く惹かれるというまでは行きません、。

そうはいってもという処で、私が、この展覧会で観るのが初めてで、素晴らしい像だと感じた快慶仏は、

遣迎院・阿弥陀如来立像、八葉蓮華寺・阿弥陀如来立像、キンベル美術館・釈迦如来立像、
光林寺・阿弥陀如来立像、西方寺・阿弥陀如来立像

などでした。

なかでも、遣迎院・阿弥陀如来立像、キンベル美術館・釈迦如来立像は、如何にも快慶らしい造形もさることながら、細密美麗な截金文様には驚かされました。

遣迎院・阿弥陀如来像~「快慶展」ポスター
遣迎院・阿弥陀如来像~「快慶展」ポスター

キンベル美術館蔵・釈迦如来像~「快慶展」ポスター
キンベル美術館蔵・釈迦如来像~「快慶展」ポスター



【劇的発見物語の新薬師寺「香薬師像の右手」を眼近に~奈良博・仏像館展示】


この日、なら仏像館の方には、長らく行方不明になっており、昨年(2016)、発見が報じられた、新薬師寺・香薬師像の右手が、展示されていました。

発見された香薬師像の右手先
発見された香薬師像の右手先

昭和18年(1942)の香薬師像盗難の時、共に失われたと思われていた右手先が、昨年(2016)、劇的に発見され新薬師寺に返還された話はご存じのことと思います。
その「香薬師像の右手」が、展示されていたのです。
ほんの小さな手先でしたが、失われた香薬師像の姿を思い起こさせるような、白鳳の手先でした。

新薬師寺・香薬師像
新薬師寺・香薬師像

香薬師像の右手が発見に至ったいきさつ、ドキュメントについては、
「観仏日々帖:新刊案内~「香薬師像の右手~失われたみほとけの行方」貴田正子著
を、ご覧ください。



【恒例の東博「新指定 国宝・重要文化財展」へ
~新国宝の法華寺・維摩居士像がパネル展示は誠に残念!】


4月の最終週は、毎年恒例で東京国立博物館で開催される「新指定 国宝・重要文化財展」です。

観仏リスト⑤(新指定国宝重文展)

平成29年度の国宝・重要文化財、仏像の新指定の目玉は、新たに国宝に指定された、
深大寺・釈迦如来倚像(白鳳)、金剛寺・大日、不動、降三世三尊像(平安~鎌倉)、
法華寺・維摩居士像(奈良)
でしょう。

このうち、東博展示となったのは、深大寺・釈迦如来倚像だけであったのは、ちょっと残念でした。

法華寺・維摩居士像が出展されなかったのは、誠に残念。

法華寺では、本堂入り口の傍の格子戸のなかに目立たず祀られており、はっきりと拝することが出来ません。
今回の展示で、眼近に観ることが出来るのではないかと期待していたのですが、出展が叶わず、パネル展示となってしまいました。


以上が、4月、一か月の観仏探訪のご紹介でした。