FC2ブログ

観仏日々帖

古仏探訪~2017年・今年の観仏を振り返って〈その1〉1~3月  【2017.11.26】


早くも、もう師走となってきました。

恒例というわけでもないのですが、「今年の観仏を振り返って」2017年バージョンを振り返ってみたいと思います。

一年の締めくくりに、今年どんな仏像を巡ったかを振り返るという、全く自己満足的な観仏日記です。
面白くもなんともないのですが、我慢してお付き合いいただければと存じます。


【1 月】



正月に飲んで、新年会という名目でまたまた飲んで、毎日飲んだくれているうちに、1月は過ぎてしまいました。


【「112年ぶりの再会、興福寺の梵天・帝釈天」を根津美術館で
~当初と復元修理の差をはっきり実感】


仏像を見に出かけたのは、根津美術館で展示のあった、定慶作、興福寺の梵天・帝釈天像だけでした。
「再会~興福寺の梵天・帝釈天」
と題する特別展示です。

観仏先リスト1(興福寺・根津美術館~梵天帝釈天)

ご存じのとおり、梵天像は興福寺にあるのですが、帝釈天像の方は、現在、根津美術館の所蔵となっています。

共に像内墨書により定慶の作であることが明らかになっています。
(梵天像は建仁2年(1202)作、帝釈天像は建仁元年(1201)作)

帝釈天像は、興福寺が寺維持のための資金を調達するため、明治39年(1906)「破損仏その他の庫一つ」を益田鈍翁に売却したときに、寺を出たものです。
その後、根津嘉一郎の手に渡り、根津美術館の所蔵品になっているのです。
この離れ離れになってしまった梵天、帝釈天像が、その時以来、「112年ぶりに再会する」ことが実現した展示というわけです。

「再会~興福寺の梵天・帝釈天」展ポスター
(左)根津美術館蔵(興福寺伝来)・帝釈天像、(右)根津美術館蔵(興福寺伝来)・帝釈天像~共に定慶作

美術館には、この二像が、見較べることが出来るように並べて展示されていました。
眼近に、じっくり見ることが出来ました。

それぞれの像を、興福寺で、根津美術館で、折々別々にみた時には、違いを感じなかったのですが、こうして並んでいると、
「随分、出来栄えが違うな」
という感じです。

もちろんですが、興福寺蔵の梵天像の方が、出来栄えが良く、勢いや迫力も格段に違うのが判ります。
根津美術館の帝釈天像の方は、興福寺から売却された時、随分と破損しており、頭部、面部、腕手先は欠失していたようです。
明治の売却時の古写真が残されていて、破損の様子が伺えます。

明治39年(1906)興福寺から破損仏等が益田鈍翁に譲与された時の写真 
明治39年(1906)興福寺から破損仏等が益田鈍翁に譲与された時の写真
一番奥の左の仏像が、根津美術館所蔵の帝釈天像
頭部、面部、腕部は欠失しており、現在像は、復元修復されている


この破損、欠失部分を復元修理によって補ったのが、現在の根津美術館・帝釈天像なのです。

復元修理も見事に出来上がっているのですが、鎌倉当初の制作の像と並べてみると、
「こんなにも出来栄えの感じが違うのか!」
と、今更ながらに、妙に感心してしまいました。


同時開催の特別展は、「染付誕生400年」展でした。
染付の個人コレクター・山本正之氏寄贈のコレクション展示です。

「染付誕生400年」展ポスター

大型のものではなく、使える染付皿中心のコレクションでしたが、蒐集家の、一本筋の通った趣味の良い鑑賞眼が伺える展示会でした。



【2 月】



【冬の京都非公開文化財特別公開~妙法院・不動明王像を初拝観】


大阪、京都へ出かけたついでに、恒例の「京の冬の旅・非公開文化財特別公開」で、妙法院の不動明王像が公開されているというので、出かけました。

観仏先リスト2(妙法院)

妙法院は、三十三間堂を所管する門跡寺院です。
三十三間堂は、いつも観光客でごった返していますが、こちらの方は、訪れる人はおらず、ひっそりとしています。

妙法院山門妙法院の「京の冬の旅・非公開文化財特別公開」の看板
妙法院山門と「京の冬の旅・非公開文化財特別公開」の看板

あまり知られていないと思うのですが、此処に、平安前期の不動明王像が祀られているのです。

妙法院・不動明王像(平安前期・重要文化財)
妙法院・不動明王像(平安前期・重要文化財)

写真で見ると、しっかりした肉付きの像で、カッと見開いた眼など顔貌に迫力を感じます。
像高:133㎝、平安前期の制作で、重要文化財に指定されています。

この像を、拝された方は、そう多くはいらっしゃらないのではないでしょうか?

「数少ない初期天台仏像の一例として、なかんずく現存最古の天台系不動彫像としての意義は動かない。」
(注記:東寺)講堂像よりも御影堂像の方に親近性の見出せた妙法院像は、制作時期もあまりそこ(注記:貞観9年・867)から隔たらない頃が求められよう。」
(伊東史郎氏「妙法院護摩堂不動明王像について」平安時代彫刻史の研究所収)

という興味深い、平安前期彫像です。

不動明王像は、江戸時代の二童子脇侍と共に、護摩堂に祀られていました。
どんな不動像なのだろうと、期待に胸膨らませて出かけたのですが、護摩堂前の廊下からの拝観で、かなり遠くてその姿をはっきり拝することが叶いませんでした。
双眼鏡を動員して目を凝らしましたが、なかなか克明には見えず、ちょっと残念という処です。

眼近には拝せませんでしたが、その雰囲気だけはしっかりと受け止めて、妙法院を後にしました。



【ひっそり地味だったが、興味深かった「仏像修理の現場」展
~美術院国宝修理所のわざを実感】

京都産業大学ギャラリーで開かれていた
「仏像修理の現場~美術院国宝修理所・伝統のわざと新しいわざ」展
にも寄りました。

「仏像修理の現場~美術院国宝修理所・伝統のわざと新しいわざ」展ポスター
下京区壬生寺の南にある京都産業大学むすびわざ館という処で、ひっそりと開催されていました。
訪れる人もほとんどいないようで、「ひっそりと」という言葉が似つかわしいといった、こじんまりした展覧会で、観覧者は私達(妻と二人)だけでした。

美術院での仏像修理に用いる槍鉋、釿(ちょうな)、鑿などの修理道具や、東大寺南大門仁王像の修理時に制作された頭部や手部の樹脂型などの展示と共に、仏像修理の工程や有様の映像放映がされていました。

私には、面白かったのですが、ちょっとマイナーな内容の展示会で、なかなか参観者は見込めないのかなとの同情心がわいてきたのが本音の処です。
でも、こうした地味な展示会開催の努力が、これからも続けられて欲しいものです。



【これぞ神品!故宮・汝窯水仙盆~東洋陶磁美術館展示の6つの汝窯水仙盆に感激】


実は、今回の関西行は、大阪市立東洋陶磁美術館で開催された「汝窯・水仙盆展」を観るのが目的で、出かけたのでした。
後のは、付けたりとも言って良いものです。

「台北 國立故宮博物院~北宋汝窯青磁水仙盆」展ポスター
正式な展覧会名は
「特別展:台北 國立故宮博物院~北宋汝窯青磁水仙盆」
というものです。

なんと、「汝窯青磁の水仙盆の名品が、大阪に集結」するのです。

といっても、ご関心のない方は、
「何をわけのわからないことを云っているのだ!」
という感じでしょうが、
汝窯というのは北宋時代「雨過天晴」と呼ばれた透き通った青色の青磁で、現存する汝窯青磁は、世界中で90点ほどといわれる稀少なものです。
そのなかでも、台北故宮所蔵の青磁無紋水仙盆は、汝窯の最高傑作とされ「神品至宝」といわれているのですが、これが展示されるのです。

汝窯の水仙盆がたった6個だけ展示されるだけ、という展覧会なのですが、

「このチャンス、絶対に見逃すわけにはいかない」

と勢い込んで出かけたのでありました。

果たして、「故宮の青磁無紋水仙盆」は、人類史上最高のやきものと云われるのも納得の、まさに「神品至宝」でした。

「神品至宝」といわれる台北故宮所蔵・汝窯青磁無紋水仙盆
「神品至宝」といわれる台北故宮所蔵・汝窯青磁無紋水仙盆

東洋陶磁美術館所蔵(旧安宅コレクション)・汝窯水仙盆
東洋陶磁美術館所蔵(旧安宅コレクション)・汝窯水仙盆

東洋陶磁美術館にいつも展示されている安宅コレクションの「汝窯青磁水仙盆」も、これだけを観ていると、いつもその素晴らしさに見惚れてしまうのですが、「神品至宝の水仙盆」と並ぶと、はるかに見劣りして影が薄いというのが実感でした。

汝窯水仙盆の名品に、

「感動!また感動!」

で、このために大阪まで出かけてきた甲斐があったというものです。


この日の夜は、京都、御幸町押小路の和食処「仁和加(にわか)」という店に行きました。

京都・御幸町押小路の和食処「仁和加」
京都・御幸町押小路の和食処「仁和加」

京都市役所の西のひっそりした通りにあって、あたりをブラリ散歩していると、ちょっと目についたので、ふらりと初めて入ってみました。
カウンター6席しかない小さなお店で、1年ほど前の開店ということでしたが、なかなか落ち着いた良いお店でした。
余り凝った処がない素材重視の料理でしたが、器共々、それなりに満足です。
値段もリーズナブル。

翌日の昼は、いつもの定番、木屋町の「レストランおがわ」。



【3 月】



【天平会の伊豆観仏旅行に合流参加】


関西の仏像愛好の会「天平会」の伊豆方面観仏旅行に参加させていただきました。
関西から貸し切りバスに乗って、総勢30名以上での、一泊二日の伊豆観仏旅行です。
関東在住組の数人は、JR函南駅でピックアップしてもらいました。

観仏先リスト3(伊豆観仏旅行)

ご覧のような、伊豆を代表する見どころある仏像を巡りました。

いずれも、何度も訪れたことのあるお寺と仏像ですが、天平会の講師・杉崎貴文先生の愉しく興味深いご説明を聞きながらの観仏で、新たな気づきの多かったよき観仏旅行となりました。



【モダンなギャラリー風の「かんなみ仏の里美術館」で、実慶作・阿弥陀三尊をじっくり鑑賞
~桑原薬師堂にひっそり祀られていた頃も懐かしい】

「かんなみ仏の里美術館」は、桑原薬師堂に遺された諸仏の保存と鑑賞を目的に、5年前、2012に開館した美術館です。

「かんなみ仏の里美術館」
=「かんなみ仏の里美術館」

モダンな建物の美術館には、桑原薬師堂の旧仏の実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財)をはじめとする諸仏が、展示されています。

桑原薬師堂~実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財)

桑原薬師堂~実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財).桑原薬師堂~実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財)
桑原薬師堂~実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財)

この阿弥陀三尊像、昭和59年(1984)、仏像調査の時に両脇侍体内から「実慶」の墨書銘が発見され、俄然、注目を浴びた像です。
同じ年には、伊豆修善寺の大日如来像の胎内から実慶作墨書銘(承元四年・1210)が発見され、「実慶」がこの伊豆の地で活躍していたことが明らかになったのです。
ご存じのとおり、実慶は、運慶願経にその名前が記される慶派の仏師です。

今では、美しいライティングでギャラリーのような展示室に並ぶ仏像たちですが、桑原薬師堂の古ぼけたお堂に、ひっそりと祀られていたお姿が、懐かしく思い出されます。

地元の人々に管理されている桑原薬師堂の古いお堂
地元の人々に管理されている桑原薬師堂の古いお堂

桑原薬師堂に祀られていた頃の実慶作・阿弥陀三尊像
桑原薬師堂に祀られていた頃の実慶作・阿弥陀三尊像

当時は、無住のお堂と仏像が、地元の人々の手で大切に守られ、まさに村落と共に生きる仏様でした。
あのままでは、管理保存していくことも難しく、また「かんなみ仏の里美術館」が開館されて、沢山の人が訪れるようになり、これが一番良かったのでしょうが、ちょっと寂しい思いもよぎりました。



【もう何回訪ねただろうか? 願成就院~国宝指定後は初めて】


願成就院には、もう何回訪れたでしょうか?
多分、二けた回数になっていると思います。

「秋の東博の運慶展には出展されるのだろうか?」

そんなことを考えながら、拝しました。
結局、毘沙門像だけが、運慶展展示となりました。

二年前、2015年に国宝指定されてからは、初めての訪問です。
これまでのように、諸仏のすぐ真ん前まで近寄って拝することが出来なくなってしまったのは、ちょっと残念でした。



【二天像の、おおらかでパワフルなパンチ力がたまらない~南禅寺「河津平安の仏像展示館」】


河津の南禅寺の仏像は、地方仏、平安古仏好きには、見逃すことが出来ない魅力十分の興味深い仏像群です。
破損仏も入れると二十数体の古仏がひとまとまりになり残されているのです。

南禅寺に遺された二十数体の古仏群の展示風景
南禅寺に遺された二十数体の古仏群の展示風景

なかなかの壮観で、圧倒されてしまいます。
薬師如来像は、9~10世紀の制作とみられ、伊豆最古の仏像と云われているものです。

南禅寺・薬師如来像(平安前期・県指定文化財)
南禅寺・薬師如来像(平安前期・県指定文化財)

なかでも、私が大好きなのは、大きな二天像です。

南禅寺・二天像(県指定文化財)
南禅寺・二天像(県指定文化財)

ご覧の通り、ガツーンとパワフルで、ちょっと諧謔で、なんとも心惹かれる魅力を感じます。
おおらかで伸びやかで、パンチ力充分、何ともたまらないものがあります。
この二天像を見ると、いつも広島・古保利薬師堂の四天王像のインパクトのある顔を思い出してしまいます。

この南禅寺も、無住の古いお堂に祀られた古仏を、地元の人の手で守って来られたのですが、かつて盗難事件などもあり、お堂の隣地に「伊豆ならんだの里~河津平安の仏像展示館」が二年前、2015年に建てられ、仏像はそこに展示されています。

「伊豆ならんだの里~河津平安の仏像展示館」
「伊豆ならんだの里~河津平安の仏像展示館」

こちらもまた、古ぼけたお堂に、所狭しと仏像が置かれていたころのことが、懐かしく思い出されます。

古仏群が祀られていた南禅寺の古い本堂
古仏群が祀られていた南禅寺の古い本堂

ところで、現在、京都国立博物館に寄託展示されている、西住寺・宝志和尚像(平安・重文)は、もともと南禅寺のあるこの地に伝えられ、江戸時代、貞享4年(1687)に西住寺に移された仏像だというのは、ご存じでしょうか?

南禅寺のある地から江戸時代に移された西住寺・宝志和尚像(平安・重文)
南禅寺のある地から江戸時代に移された西住寺・宝志和尚像(平安・重文)

意外に知られていないのではないかと思います。
この伊豆南部、河津近辺というのは、このような古像がのこされる興味深い地です。


観仏旅行は伊東泊。
天平会の皆さんと、伊豆の活きの良い魚でしこたま飲んでしまいました。
二次会までしっかりと行って、遅くのホテルご帰還となりました。



【新聞・地域版情報で知った横浜・西方寺の十一面観音像修理完成記念・特別ご開帳へ】


横浜市港北区新羽町の西方寺の十一面観音像が特別開帳されるというので、出かけてみました。

観仏先リスト4(横浜西方寺)

平安後期の仏像ということです。
この仏像の存在は全く知らなかったのですが、新聞の横浜地域版に、修理完成記念で特別ご開帳され、修理監修した萩原哉氏(武蔵野美術大学講師)の講演会も開かれるというという記事が載っていました。
我が家から、車で数十分で行けるので、出かけることにしたのです。

特別開帳、講演会には思いのほか多くの人が来られていたので、ビックリしてしまいました。
近年は、私同様シニア世代が増え、こうした郷土の文化財、郷土史への関心が、高まっているようです。

横浜市港北区~西方寺・観音堂
横浜市港北区~西方寺・観音堂

十一面観音像(像高:106㎝)は、穏やかな表情、控えめな肉どり、浅く整えられた衣文といった、いかにも平安後期、12世紀頃の観音像でした。

横浜市港北区~西方寺・十一面観音像
横浜市港北区~西方寺・十一面観音像

江戸時代の彩色、金箔を落として古色仕上げにし、面目を一新したそうです。
本像は無指定でしたが、11月に、横浜市指定文化財に指定されることとなりました。



【東博・平常陳列で、興味深い二つの仏像に遭遇】


東京国立博物館の仏像の平常陳列で、ちょっと興味深い仏像に二つ遭遇しました。

観仏リスト⑤(東博)

一つは、東博蔵の帝釈天像です。
キャプションには「10世紀の内刳り無しの一木彫像」とありました。

東京国立博物館蔵・帝釈天像

東京国立博物館蔵・帝釈天像
東京国立博物館蔵・帝釈天像

なかなかの迫力ある平安古仏で、両股を隆起させたY字状の衣文の鋭さ、ボリューム感は魅力的です。
ちょっと無気味で厳しさが漂う顔貌も、これまた惹かれるものがあります。
以前にも、見ている像なのかもしれませんが、この日一番の眼を惹いた古仏でした。


もう一つは、東京都荒川区の養福寺・二天像です。

東京荒川区~養福寺・二天像(右方像)東京荒川区~養福寺・二天像(左方像)
東京荒川区~養福寺・二天像

この二天像は、数年前に平安時代の作であることが、新たに判明した仏像です。
荒川区の養福寺の仁王門裏面に祀られていましたが、ずっと近世に古仏を模倣した像だと思われていたそうです。
平成22年(2010)、像が一部破損したため、山本勉氏を招いて調査を実施した処、11~12世紀の古仏像であることが判明したのでした。
4~5メートルはあろうかという巨大な二天像ですが、一木彫像(内刳り有)です。
平成23年(2011)に、区指定文化財に指定され、その後、修理修復が行われました。

東京荒川区~養福寺・二天像(右方像)

東京荒川区~養福寺・二天像(左方像)
東京荒川区~養福寺・二天像
(上)右方像、(下)左方像


如何にも地方作という、素朴で野趣にあふれた像です。
正直な処、体躯のバランスもあまりよくなく、造形表現も甘くて、田舎っぽいという感じがします。
しかし、その純朴な拙さが、得も言われぬ味と力感の魅力にもなっています。

養福寺は江戸時代に創建されたお寺で、この像の来歴は全く不明のようです。
当時の江戸の寺院では、地方から古い仏像を迎えて安置するということも行われていたようで、この二天像も、もとはほかの地方にあったのかもしれません。


トピックス~「夢石庵とは何者か?」  細見美術館で開催中の「末法展」 【2017.11.13】


一風変わった、謎の展覧会に行ってきました。

京都の細見美術館で、開催されている 
「末法~失われた夢石庵コレクションを求めて~」
と題する展覧会です。

10月17日(火)~12/24(日)の期間で、開催中です。

「末法~失われた夢石庵コレクションを求めて~」展ポスター

どんな展覧会なのだろうと、半信半疑だったのですが、見終わった後は、穏やかな満足感と爽快感のある、大変よい展覧会でした。
このような気分で、展覧会を後にするのは、久しぶりです。

この展覧会、どうしても観てみたいという気はなかったのですが、丁度、京都国立博物館の「国宝展」に泊りがけで出かけたものですから、ほんのついでに寄ってみたのでした。



【知られざるコレクター「夢石庵コレクション」を蒐めた展覧会~夢石庵とは何者か?】


「失われた夢石庵コレクションを求めて」という展覧会名に惹かれた、というのが本音の処です。

展覧会の企画趣旨は、このようなものになっていました。

「釈迦の死後1500年(一説には2000年)を経て始まるといわれる「末法」の世。
平安の貴族たちは、永承7年(1052)に末法の世に入るという予言を信じ、極楽浄土への往生を願って、数々の経典や仏像を伝え残してきました。

本展は、そんな時代精神の中から生み出された美術作品を愛し、蒐集した、知られざるコレクター夢石庵の全貌を初めて紹介します。

「夢石庵」の名はわずかな人の間にしか知られていませんが、彼は抜群の鑑識眼と内外の人脈を通じ、戦後60年代までに驚くほど質の高い美術作品を精力的に蒐集、一大コレクションを築きました。
既に夢石庵はこの世の人ではなく、没後にコレクションは散逸してしまいましたが、戦後70余年を経た今、その関係者や彼に敬意を捧げる有識者が集まり、夢石庵の美意識とその世界観を再現すべく、今回の展覧会を企画しました。

散逸したかつての夢石庵コレクションのなかから、白眉といえる平安時代の仏教美術を中心に、仏像・仏画・書籍・陶磁・染織・近世絵画に至るまで、幅広い作品をご紹介します。」


夢石庵コレクションは、今回初公開だという話です。

「夢石庵??  そんな名前聞いたことないなー」
「誰の号のことなんだろう?」

近現代の仏教美術の有名なコレクターの名前は、一応知っているつもりでしたが、これまで耳にしたこののない名前・号です。
NETで検索してみましたが、そんな人の名は出てきません。
「益々、謎!」という処です。



【末法展の実行委員は、橋本麻里氏、杉本博司氏など~何か「仕掛け」がありそう】


この謎めいた展覧会、企画実行委員は、橋本麻里氏(実行委員長)、伊藤郁太郎氏、杉本博司氏、細見良行氏(細見美術館館長)です。
顔ぶれを見ると、美術界で今が旬とも云える面々です。

どうも、何やら「仕掛け」があるみたいです。

「夢石庵という名のコレクター、いったい何者なのだろうか??」

そんな気持ちで、美術館の会場に入りました。
展示は、こんなテーマとなっていました。

第一章   美の獄につながれて

第二章   過去・現在・未来~集合する末法のビジョン

第三章   金峯山を照らす、五十六億七千万年後の望月


展示作品の詳細は、細見美術館HP出品リストをご覧いただくとして、仏教美術愛好の個人コレクションに似つかわしい作品が並んでいます。

展示作品は、全て「個人蔵」となっています。

仏像,仏画、密教法具、神像、懸け仏、鏡像、装飾経といった仏教美術品の他に、屏風、掛物といった花鳥風景絵画も展示されていました。
等伯、応挙、抱一、江漢といった作品です。

こうして展示作品の名前だけ並べていくと、
きれいごとで言うと「幅広い作品展示」、
率直に云うと、「個人コレクターの愛蔵品を、何もかも、ごった煮で展示」
という展覧会のように思われてしまうかもしれません。

金銀鍍透彫光背(鎌倉)個人蔵
金銀鍍透彫光背(鎌倉)個人蔵


随身坐像(平安)個人蔵
随身坐像(平安)個人蔵


四季柳図屏風・長谷川等伯(桃山)個人蔵
四季柳図屏風・長谷川等伯(桃山)個人蔵



【一本、筋の通った美意識の、心安らぐコレクションに、満足感】


ところがそんなことは、全くありませんでした。
個人コレクションに似つかわしい作品ばかりなのですが、一本、きっぱりと筋が通ったものになっています。

「末法」という精神、世界観を投影するコレクション展示という意味において・・・・

磨かれた美の感性、審美眼で選ばれた、クオリティの高い蒐集品という意味において・・・・・

華美、絢爛ではなく、また侘びサビでもなく、落ち着いた心安らぐ美の世界という意味において・・・・・・

そんな、モノサシで、筋の通ったコレクション展示という印象を強く持ちました。

国宝や重要文化財に指定されるような、超一流、第一級の大作、優作という世界ではなくて、まさに小品、残欠と呼ばれるような作品が多いのですが、そこには、選ぶものの眼の効いた美の感性、鑑識眼を感じさせる、キラリと光る粒ぞろいといったものが揃っています。

丁度、同時期に開催中の、京博「国宝展」の圧倒的な凄さの展示作品とは、ある意味、対極にあるといえるのですが、こちらの美意識にも、強く惹かれるものを感じます。

「心安らぐ、落ち着いた美」

のなかに、身を置くことが出来、久々に良き展覧会を観たという気持ちになりました。

「こんな作品が部屋にさりげなく置かれ、それを愛でながら生活する世界」

叶わぬ夢ですが、ちょいとあこがれてしまいます。

細見美術館というのは、このような展覧会に相応しいしつらえの、落ち着いた美術館です。
私が行った日も、会場には人がちらほらという程度で、静かに心行くまでゆっくり鑑賞することが出来ました。

細見美術館
細見美術館

「国宝展」の、待ち時間〇時間、押すな押すなの混雑の会場では、この満足感は味わえるものではありません。



【目についた展示仏像を、一二ご紹介】


展示作品の中で、目についた仏像を、一二ご紹介しておきます。


十一面観音立像(平安)個人蔵
十一面観音立像(平安)個人蔵

この十一面観音像は、1メートルちょっと、法隆寺伝来とされていて、洋画家・鳥海青児氏の旧蔵品だそうです。
平安中期頃の一木彫像のようですが、奈良風とか、白鳳の童子形の匂いを漂わせるのは、法隆寺伝来の由縁でしょうか。


天部立像(平安前期)個人蔵
天部立像(平安前期)個人蔵

この天部像は、平安前期の佳品で、香川県の道隆寺(多度津町)旧蔵の1体だそうです。
第二次大戦後、アメリカのパワーズコレクションに入って、近年里帰りしたそうです。
小品ながら、道成寺の毘沙門天像をちょっと思い出します。


弥勒菩薩立像(鎌倉)個人蔵
弥勒菩薩立像(鎌倉)~個人蔵

この弥勒菩薩像は、素晴らしい出来の鎌倉時代の優品です。
興福寺の一子院にあったもので、明治末年に寺を出て、その後、明治の大コレクター、井上馨の旧蔵となっていたそうです。
本体もさることながら、宝珠形の銅製円光も、美しく素晴らしいものです。



【「夢石庵」とは、何者か?~種明かし】


さて、
「夢石庵とは、何者か?」 
ですが、

それは、会場の出口の処に置かれた、「種明かしのパンフレット」をもらって読むと、明らかになります。

「種明かしのパンフレット」
「種明かしのパンフレット」
パンフレットには、

「会期終了まで、皆様の胸の内におさめておいて下さい。」

と書かれていますので、種明かしをしてしまうのは、よろしくないのでしょうが、ほんのさわりだけをご紹介させていただきます。

このような出だしの文章で始まります。

架空のコレクターとしての夢石庵

夢石庵というコレクターをめぐる夢は、ここで醒める。

「末法/Apocal ypse~失われた夢石庵コレクションを求めて~ 」は、

通常の展覧会ではなく、アートプロジェクトとして企画されました。

末法展実行委員の企画による、バーチャルコレクションなのでした。

実行員会による、本展覧会の企画主旨にこめられた想いは、このパンフレットに熱く語られています。
皆さん、展覧会にお出かけになって、じっくりお読みいただければと思います。




【思い出す、大倉集古館で開催の「拈華微笑展」(2000年)~ロンドンギャラリー主宰】


この展覧会の出展作品については、ロンドンギャラリーが尽力、協力されているそうです。
ロンドンギャラリーといえば、ご存じのとおり、超一流の仏教美術を中心とした古美術商です。

ロンドンギャラリーという名を聞くと、思い出されるのが、2000年11月に大倉集古館で開催された 「拈華微笑」 (ねんげみしょう) という展覧会です。

個人蔵の仏像、仏教美術作品を集めた展覧会で、ロンドンギャラリーの主宰により開催されました。
素晴らしく充実した、仏教美術の個人コレクションの展覧会でした。
個人蔵の珠玉の仏像などが、よくぞこれだけ集められ展示されたものだと、今も忘れることが出来ません。

「拈華微笑」展図録(2000年11月・大倉集古館開催)

「拈華微笑」展図録(2000年11月・大倉集古館開催)
「拈華微笑」展図録(2000年11月・大倉集古館開催)

当時の展覧会図録のページを繰ってみると、今回の「末法展」に出展されている作品が、いくつかあり、「拈華微笑」展のことも、懐かしく思い出させてくれました。



ちょっとついでに出かけた末法展、思いもかけず静かに心満たされた、良き仏教美術の展覧会を観ることが出来ました。

皆さんにも、是非、細見美術館「末法~失われた夢石庵コレクションを求めて~」をご覧いただきたいと思い、紹介させていただきました。

12月24日(日)まで、やっています。




【余談の、付けたり~個人蔵の興福寺十大弟子の復元修復像の話】


全くの付けたりの、余談ですが、

大倉集古館の「拈華微笑」展には、興福寺の国宝・乾漆十大弟子像のうち、民間に流出した一体が展示されていました。

ご存じのとおり、興福寺十大弟子像は、現在、6体が興福寺にあり、残りの4体は破損残欠や心木だけなのですが、明治年間に売却されるなど流出しています。

「拈華微笑」展に出展された像は、破損し断片となっているものを、美術院の菅原大三郎氏が、大正11年(1922)に復元修復したもので、個人蔵になっています。

この像が、数年前に、クリスティーズのオークションに出されて、アメリカのコレクターの手に渡ったということです。
落札額は、6000万円程度であったという話です。


末法展には何の関係もないのですが、一寸つながり話として、ご紹介しました。


新刊旧刊案内~嬉しい、一目瞭然の「図版吹出し解説」 芸術新潮・運慶特集(2017/10月号)  【2017.11.5】


この秋、
「どこもかしこも、運慶で持ち切り!」
といった有様です。

東博・運慶展の盛況ぶりはもとより、テレビも運慶番組を連発、本や雑誌も「運慶の・・・」という特集本が数え切れないほどです。
ここまでヒートアップするのかと、あきれてしまいますが、今更ながらに「運慶の威力」を思い知らされたような気がします。

書店の新刊棚には、「運慶本」と「運慶特集雑誌」が、これでもかという程に沢山並んでいて、どれもこれも大同小異という感じです。



【こんなスタイルの仏像解説本を待っていた~芸術新潮・運慶特集】


その運慶本のなかで、

「オーッ! こんな仏像解説を、待っていたのだ!」
「こんなスタイルの仏像解説本があると、嬉しいのだけれど!」

そう、前から思っていた本を見つけたのでした。

それは、
 「芸術新潮 2017年10月号 ~特集・オールアバウト運慶~」
です。

芸術新潮・オールアバウト運慶~2017年10月号


私が、「こんなのを待っていた、これは嬉しい」と思ったのは、ここで論ぜられている運慶についての解説の内容云々ではなくて、
「仏像解説のレイアウト」
なのです。

掲載された仏像写真のそれぞれのパーツに、線引きで吹き出しがあり、コンパクト解説が付されているのです。
円成寺・大日如来像の写真&解説を、ご覧になってみてください。

芸術新潮・掲載の円成寺・大日如来像の「図版吹き出し解説」
芸術新潮・掲載の円成寺・大日如来像の 「図版吹き出し解説」


【特徴、着目ポイントが一目瞭然の「図版吹き出し解説」】


如何でしょうか?

新スタイルです。

これまでの仏像の解説本は、仏像写真と解説文が、「写真は写真」「解説文は解説文」と、それぞれ別々に掲載されていたと思います。
この芸術新潮・特集では、仏像写真そのものの各部や衣文などの注目パーツに、直接線引きを施して、吹き出し的にポイント解説が書かれているのです。
「運慶作品カルテ」と題されており、監修:瀬谷貴之氏、文:高山れおな氏(新潮社)ということです。

私は、 「画像吹き出し解説スタイル」  と名付けてみました。

このスタイルの仏像解説本は、ご紹介の「芸術新潮・運慶特集」が本当に初めてなのかどうか、判りません。
私は、これまで見たことがある本・雑誌では、出会ったことがありませんでした。

美しい仏像写真を鑑賞するという意味では、吹き出し線が各所にあると、目障りになるのかと思います。
しかし、その仏像の特色、着目ポイントを、一目瞭然で即座に理解するには、これほどに判りやすいスタイルは無いと思うのです。


それでは、芸術新潮の円成寺・大日如来像写真には、どのような「画像吹き出し解説」が付されているのでしょうか。
その解説文を、一通りご紹介します。


【頭頂部】
冠から上端がとびだす程の高々とした髻は平安初期の作例に倣うものだが、正面を花形に束ねるのは僧の仏画の影響か。

【天冠台部】
冠は後補だが天冠台(てんかんだい)は当初のもの。
通常は木から彫り出すが、金属製としたのは新機軸。

【眼部】
玉眼は目に水晶をはめることで現実感を出す技法で、鎌倉時代に一般化する。
この像は玉眼を使用したもっとも早い例の一つ。

【条帛部】
上半身をタスキ状にめぐる条帛(じょうはく)は、本体と別材で作って貼り付けている。
こんな面倒な方法をとった理由については28~29頁のコラム参照。

【腕部】
胸の前で左手をこぶしに握り人差し指をたて、それを右手で握るのが智拳印(ちけんいん)
金剛界大日のしるしである。
胎蔵界大日はお腹の前で掌をかさねる定印(じょういん)を結ぶ。

【膝前部】
下半身をおおう裳(も)と腰布に刻まれた衣文は、当時の主流だった定朝様の非常に浅く、様式化した衣文にくらべ、より自然な印象。
ただ、後の願成就院や浄楽寺の像にくらべれば、まだおとなしめ。

【台座部】
台座のうちいちばん上の蓮華部(れんげぶ)は当初のもの。
大正10年(1921)の修理に際し、その天板の裏から墨書銘が発見された。
これが近代的な運慶研究の出発点になった。

【台座下部】
台座の敷茄子(しきなす)から下框(したがまち)にかけては、美術院による補作。

【光背部】
光背の周辺部は失われたが、円盤状の頭光(ずこう)と身光(しんこう)は当初のもの。



このような感じです。
写真の当該部分に、このようなワンポイント解説が吹き出していますので、本当に、「一目瞭然」、判りやすいのです。
文章の説明を読んで、その当該部分の写真をみつけて確認しなくても、一目で頭にスーッと入ってくるのです。



仏像の姿や形、構造などを、文字、文章で、きっちり表現、説明するというのは、なかなか厄介なことのように思えます。

その例を、いくつか見てみたいと思います。


【資料的、学術的に完璧な記述の「日本彫刻史基礎資料集成」~無味乾燥で、難しい】


一番、資料的、学術的な説明文というと、なんといっても 「日本彫刻史基礎資料集成」(中央公論美術出版社刊) ということになるでしょう。

この本では、このような項目立てで、順に表記されています。


【銘 記】

【形 状】

【法 量】

【品質構造】

【伝来】

【保存状態】


「日本彫刻史基礎資料集成・第4巻」の円成寺・大日如来像の解説
「日本彫刻史基礎資料集成・第4巻」の円成寺・大日如来像の解説

まさに、基礎資料ですから、事実が淡々と記されているだけです。

これ以上の精密な表記はないのでしょうが、読む側にとっては無味乾燥そのものと云えるものです。
相当に、表現に慣れないと、どのような形状や構造を説明しているのか、皆目判らないというのが本音の処です。



【つい面倒で読み飛ばしてしまう、論文の造形・構造の記述~文字だけの記述は、判りにくい】


論文などの、仏像の姿かたち、造形や構造について述べた文章も、なかなか判りにくいのではないでしょうか。
私などは、そこの処は、とっつきにくくて、ついつい読み飛ばしてしまいます。

例えば、円成寺大日如来について、山本勉氏が書かれた論文、

「円成寺大日如来像の再検討」 (山本勉 )国華1130号 1990.1

では、このあたりの処が、どのように記述されているでしょうか?

形状については、

本像は像高98.2㎝、髪際高76.8㎝の等身大で、智拳印を結び、右脚を外にして結跏趺坐する金剛界大日如来像である。
いわゆる高髻を結び、頭髪はすべて毛筋彫りとする。
鬢髪一條が耳をわたる。
もと各耳後ろをとおって肩上にいたる垂髪をあらわしていた(今右肩部分のみ残る)
白毫相をあらわす(水晶嵌入、大正修理時の新補)
天冠台を付け、その上に宝冠を戴く(いずれも銅版製鍍金、宝冠は近世の新補)
條帛をかけ、折返しつきの裙をつけ、腰布を腹前で結ぶ。
銅版製鍍金の胸飾り・臂釧・腕釧をつける(胸飾りから瓔珞を垂らす)
光背は、頭光、身光、光脚からなる二重円光で、いま周縁部を失っている。
台座は六重の蓮華座であるが、敷茄子以下の部分は大正修理時の新補である


構造については、

本像はヒノキ材の寄木造で、玉眼を嵌入する。
頭・体の根幹部は正中線で左右二材(幅左方22.2㎝、右方23.6㎝、奥各26.5㎝)を矧ぎ寄せて彫成する。
左右二材とも内刳りをほどこしたうえで、三道のやや下方で割首する。
両脚部は横木一材製(奥24.0㎝)で内刳りし、両腰脇部に各一材(内刳り)、裳先を矧ぐ(亡先)
両腕は肩・上膊半ば(臂釧の取り付け位置)、臂、手首で矧ぐ。
髷は別材製で丸枘(大正修理時の新補)を雇枘として挿しこむ(大正修理時の図解によると頭頂のそれを受ける部位に薄板一枚をはさむようである)
後頭部下方に矧ぎ目をはさんで左右各一の矧ぎ木(大正修理時の新補)がある。
像表面は、頭髪部をのぞいて布貼り錆漆下地をほどこしたうえ漆箔しあげとする。
頭髪部は木地に群青彩とし、元結い紐は朱彩とする。
・・・・・・・・・・

このように記述されています。

ウーンと唸ってしまいます。

確かに、凝縮して精密に記述すれば、このようになるのだと思います。
論文の記述としては、絶対に必要なことなのでしょう。

ところが、恥ずかしながら私には、この記述の文章をすらすらと読んで、仏像の姿かたちやその構造、後補部などが、手に取るように浮かんでこないのです。

研究者の人は、このような記述が、苦も無くすらすら出来て、読んだだけで写真映像のように、仏像の姿かたちが、頭に浮かんでくるのかもしれません。

しかし、私などには、チンプンカンプンとまではいいませんが、慣れていないせいか難解表現で、写真を横に置いて一つ一つチェックしてみて、やっとこさ記述内容が、何とか判るという処です。
そんなわけで、仏像の姿かたち、構造の詳細記述の部分は、とっつきにくくて、面倒臭くて、ろくすっぽ読みもせずに、読み飛ばすのが常というふうになってしまっています。



【啓蒙書でも、造形・構造のコンパクトで平易な記述は、なかなか大変】


これは、研究論文の話でしたが、一般向けの啓蒙本でも、仏像の姿かたちや構造などを、誰にもわかりやすく平易に記述するのは、なかなか骨のようです。

昔、平成の最初の頃、ベストセラーになったこの本、

「魅惑の仏像」全28巻 毎日新聞社刊

の、円成寺・大日如来像の巻(第28巻・1996刊)の記述を見てみたいと思います。

「魅惑の仏像・第28巻~大日如来」毎日新聞社1996年刊

西川杏太郎氏の解説記述です。

「しかし円成寺の大日如来像は(注:藤原風の仏像とは)だいぶ違います。
頭髪は毛筋を細かく刻み出し、頭上の髻も膨らみを持たせて高く豊かに結い上げていますし、肉厚く引きしまった体の肉付けにも、またゆったりと組んだ両膝に自然に流れるように刻む衣のひだにも、大変個性があります。
・・・・・・・
上体は両肩や背中に肉を厚くつけ、腰できりりと引きしめ、智拳印を結ぶ両腕のかまえ方も、空間をゆったりと抱きかかえるようにまとめ、全体として安定感のある力強さが示されています。」


「この大日如来像は檜の寄木造で、眼には玉眼(レンズ状にみがいた水晶の眼を内側から嵌め、これに瞳を描いてあらわす技法)をはめています。

「魅惑の仏像」円成寺・大日如来像の解説掲載の構造図
「魅惑の仏像」円成寺・大日如来像の解説掲載の構造図

図に示したように鼻筋を通る正中線を境にして、頭部から胴までを左右二つ各材(A・B)を矧ぎ合わせ、両膝には横一材(C)を寄せるという寄木造の技法で造られています。
そして頭頂の髻(D)、両腕(肩、上腕、ひじ、手首で接合)、それに両腰脇(E・F)などに別材を寄せる典型的なものです。
像の内部は、きれいにくりぬいて空洞にし、また制作の途中で頸筋にノミを入れて頭と胴を割り離し、像の細かい部分の彫刻を済ませてから再び頭と胴を接合する「割り首」(S)の技術も用いています。
・・・・・・・・・
台座は、蓮肉と蓮弁は古いのですが、これ以外の部分はすべて大正時代の修理の時に奈良美術院(美術院国宝修理所)によって後補され、六重蓮華座に仕立てられているのです。
光背は二つの円相をつないだ二重円光で、これは像と同時の制作です。
いまその外周につけられた周像はすべて失われています。」

読んで見られて如何でしょうか?

先の研究論文の記述に較べると、格段に平易で判りやすく、私にでもイメージがわいてくる感じはします。
ただ姿、形の各部分を、わかりやすく記述するというのは、なかなか難しそうです。
きちっと書くと、文章が長くなってしまうからか、かなり省略というか簡単に記されています。

構造の方も、文章でこれを平易に説明するというのは、なかなか骨が折れることが伺えます。
構造略図が掲載されているので、これを横目に見ながら読むと、なるほどと、よく判ります。


ご紹介したような、これまでに書かれた論文や書籍の、
「仏像の姿かたちの記述、構造、後補部分の記述、造形の特徴の記述」
などを、読んでいると、

気を入れて読んでやろうと思う時は、写真図版といちいち照らし合わせながら、ちゃんと理解するように頑張ってみるのですが、普段は、ついつい適当に読み飛ばしてしまいがちになっています。



【仏像写真図版に吹き出し解説を入れると、一目瞭然?~かねがね、思っていたこと】


「仏像写真図版の当該部分に、直接、解説記述を吹き出しのように入れてくれると、素人には本当に判りやすいんだがなー・・・・・」
「図版吹き出し解説スタイルの本があれば、一目瞭然で、本当嬉しいな!」
「図版吹き出し解説をいったん見てから、その後でしっかりした文章解説を読めれば、最高なんだけれども・・・」

そんなことを、かねがね、心の中で考えていたのです。

そんなことは、
「ちょっとマニアックな愛好者の我儘なのか?」
と思っていた処、

新刊の「芸術新潮・運慶特集」で、そのようなスタイルが一部採用されているのを見つけたというわけです。

「これは嬉しい、一目瞭然 !!」
「我が意を得たり !!」

と喜んでしまいました。

「芸術新潮・運慶特集」では、ご紹介の、円成寺・大日如来像だけではなくて、主なる運慶作品について、このスタイルの「図版吹き出し解説」が掲載されています。

一二、ご紹介すると、ご覧のような感じです。

芸術新潮・掲載の願成就院・阿弥陀如来像の「図版吹き出し解説」
芸術新潮・掲載の願成就院・阿弥陀如来像の「図版吹き出し解説」

芸術新潮・掲載の光得寺・大日如来像の「図版吹き出し解説」
芸術新潮・掲載の光得寺・大日如来像の「図版吹き出し解説」

このような「図版吹き出し解説」スタイルの本が、もっともっと増えていってくれると、嬉しいなと思います。

芸術新潮の「図版吹き出し解説」は、ちょっと簡単すぎて物足りない感もあります。
「吹き出し解説」をもっと詳しくするとか、側面、背面写真も入れて「図版吹き出し解説」を付けるとかいう本が出現すれば、仏像の姿かたち、造形の特徴、構造、後補部分などが、より詳細に一目瞭然でになって、嬉しいなと思う処です。


ずっと前から、こんなスタイルの仏像解説があったら良いなと思っていた「図版吹出し解説」スタイル本を発見して、ちょっと嬉しくなって、紹介させていただきました。



【ついでにご紹介~とても便利な、仏像持物などのイラスト吹き出し解説本】


ついでにご紹介ですが、

「仏像図解新書」 石井亜矢子著・岩崎隼画 小学館新書 2010年刊

という本も、なかなか役立つ本です。

「仏像図解新書」 小学館新書 2010年刊

仏像の諸尊格、即ち、如来・菩薩・明王・天部の、それぞれの尊像別に、持物や着衣、飾り物、印相などなどの名称と一言解説を、 「イラスト図吹き出し解説」 したものです。

釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来、千手観音、不空羂索観音、如意輪観音・・・・・・
といった尊像別に、いわゆる「儀軌」に定められた、印相や持物、着衣等の名称が「イラスト図吹き出し」で記されています。

80余の尊像について、イラストが載せられていますが、そのうちのいくつかをご覧ください。

「仏像図解新書」掲載の十一面観音のイラスト吹き出し解説
「仏像図解新書」掲載の十一面観音のイラスト吹き出し解説

「仏像図解新書」掲載の如意輪観音のイラスト吹き出し解説
如意輪観音のイラスト吹き出し解説


それぞれの尊像の「印相や持物の名称」がまさに一目瞭然で、大変便利です。

先程来ふれてきた、論文などに記述された、仏像の姿かたちの表現を理解するためのアンチョコに格好な新書で、お薦めです。