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観仏日々帖

古仏探訪~広島県 尾道市・摩訶衍寺の秘仏・十一面観音像の御開帳  【2019.5.11】


【山陽路、広島県屈指の平安古仏、摩訶衍寺の秘仏・十一面観音像】

尾道・摩訶衍寺の秘仏本尊、十一面観音像をご存知でしょうか?

33年に一度のご開帳の、厳重秘仏として守られています。
平安時代、10~11世紀の制作で、重要文化財に指定されています。

摩訶衍寺・秘仏 十一面観音像(平安・重文)「尾道の文化財」掲載写真

摩訶衍寺・秘仏 十一面観音像(平安・重文)「尾道の文化財」掲載写真
摩訶衍寺・秘仏 十一面観音像(平安・重文)
「尾道の文化財」(1988年刊)掲載写真


像高188㎝、ご覧のとおりの堂々たる一木彫の平安古仏です。

山陽路、広島県の平安古仏のうちでも、指を折って数える中に入る仏像だと思います。

地方仏探訪の先人として知られる丸山尚一氏は、自著の中で、摩訶衍寺・十一面観音像を称賛して、このように語っています。

「こんな地方の山寺に、これだけの木彫仏があるとは、じつは訪れるまで知らなかった。
それだけに、この仏像を見たときの喜びは大きかった。

秘仏のために、普段は拝観できないが、住職の好意でよく調べることができた。
はじめて拝む村人たちがかわるがわる集まってきては、自分たちの土地にこんな立派な仏像があったのかと、口々に驚いては帰っていった。」
(丸山尚一著「生きている仏像たち」1970年 読売新聞社刊)

「尾道で最も興味ある寺は、何といってもこの摩訶衍寺であろう。
摩訶衍寺を訪ね、さらに尾道から奥へ入った甲山の龍華寺と旧法音寺を訪ねたことが、瀬戸内側の中国地方の仏像のイメージを決定づけたといっていいかもしれない。

いまも鮮明な印象をもって浮かんでくる寺であり、仏である。」
(丸山尚一著「旅の仏たち・地方仏紀行④」1987年 毎日新聞社刊)

この文章を読んだだけで、是非とも、この眼で直に拝したい気持ちが高まってしまいます。



【33年に一度開扉の厳重秘仏が、17年ぶりの半開帳】


この33年に一度のご開帳の秘仏、摩訶衍寺・十一面観音像が、ご開帳されることになったのです。

摩訶衍寺・秘仏 十一面観音像の半開帳案内ポスター

4月28日、29日の2日間に限っての御開帳です。
前回のご開帳は、2002年のことであったそうですが、今年(2019年)は、17年ぶりに半開帳されることになりました。

この御開帳情報を知ったのは、半年ほど前のことだったのですが、

「あの摩訶衍寺がご開帳になるのだ。
これは、是非とも、拝さなければ!!」

と、満を持して、尾道まで駆けつけたのでありました。



【50年近く前に訪れ、拝観が叶わなかった「宿願の仏像」】


実は、私にとっては、摩訶衍寺の十一面観音像は、「宿願の仏像」ともいうべき仏像だったのです。
どうして「宿願」なのかというと、その昔、50年近く前(昭和47年・1972)に、この観音像を拝そうと摩訶衍寺を訪ねたのですが、拝することが叶わなかった思い出があるのです。

学生時代の話です。
同好会仲間と5~6人で、山陽路の古仏探訪の旅に出かけました。
丸山尚一氏が訪ねたのと同じ道をたどって、尾道の摩訶衍寺と世羅郡甲山町の龍華寺、旧法音寺(文裁寺)の十一面観音を拝しに出かけたのでした。

世羅郡甲山町 龍華寺・十一面観音像.世羅郡甲山町 (旧法音寺)文裁寺・十一面観音像
摩訶衍寺と共に訪ねた、世羅郡甲山町の(左)龍華寺、(右)旧法音寺(文裁寺)の十一面観音

摩訶衍寺は、尾道市街から北東にバスで20~30分ほど、摩訶衍山の山上にあります。
山裾にあるバス停からは、テクテクと山登りです。
8月の暑い夏の盛り、細い山道を40~50分、汗をかきかき歩いて、たどり着きました。
当時は、車が通れる道は無くて、この山道を歩いて上るしかありませんでした。

やっとこさでお寺に到着、
「さあ、これから十一面観音をご拝観」
と意気込んだのですが、何故か、話が通じていなかったのです。

ご拝観に伺いたい旨の手紙を差し上げて、了解いただいたつもりだったのですが、どういう行き違いだったのでしょうか、その日に伺うことも、うまく伝わっていなかったようです。
「せっかく訪ねてきてもらったのだけれど、ご本尊は、厳重秘仏で拝観することは叶わない。」
というお話です。

何とも、ガックリです。
秘仏・十一面観音は、本堂内陣の立派なお厨子の中に祀られているようです。
お厨子の閉ざされた扉を、じっと恨めし気に眺めながら、持参した「生きている仏像たち」の本に掲載されている写真をみて、

「この中に、あの十一面観音が祀られているのだ。」

と、思いを致すしかありませんでした。

「生きている仏像たち」に掲載されている摩訶衍寺・十一面観音像の写真
「生きている仏像たち」の本に掲載されていた
摩訶衍寺・十一面観音像の写真


お寺の奥様やお婆さんが、
「こんなに暑い中、わざわざ訪ねてきたのに、気の毒に・・・・」
と、気を遣って、大きなスイカを丸ごと切っていただき、ご馳走になりました。
汗だくのなかで食べた、そのスイカの甘くて美味しかったこと、忘れられない思い出です。

そんなわけで、摩訶衍寺の十一面観音像は、私にとっては、

「50年越しの、宿願の仏像」

になっていたのでした。



【摩訶衍山 山裾のグランドから、シャトルバスで摩訶衍寺へ】


今回のご開帳、17年ぶりということで、大勢の参詣者で交通混乱が予想されることから、摩訶衍山山裾の学校跡地にある原田芸術文化交流館のグランドに駐車、そこから、マイクロのシャトルバスに乗ってお寺に向かう段取りとなっていました。

摩訶衍寺へのシャトルバスの出る原田芸術文化交流館グランド
摩訶衍寺へのシャトルバスの出る原田芸術文化交流館グランド

マイクロバスに乗り換えて、10分ちょっと、舗装された山道を登っていくと、もう摩訶衍寺に到着です。

摩訶衍寺に到着したシャトルバス
摩訶衍寺に到着したシャトルバス

摩訶衍寺・山門
摩訶衍寺・山門

随分高い処で、眼下に瀬戸内海を望む、山上です。
「昔、ここまで歩いて上ってきたのだ。」
50年前のことが、懐かしく思い出されます。

摩訶衍寺から望む瀬戸内海の眺望
摩訶衍寺から瀬戸内海を眼下に望む眺望

狭い境内には、大勢の方々が、秘仏御開帳に訪れていました。

摩訶衍寺山門の十一面観音・半開帳の看板

摩訶衍寺ご開帳の受付
摩訶衍寺十一面観音・半開帳の看板と拝観受付

摩訶衍寺・本堂~観音像は、かつてこの堂内厨子に祀られていた
摩訶衍寺・本堂~観音像は、かつてこの堂内厨子に祀られていた



【宿願の対面~すらりと長身、キリリと引き締まったお顔が魅力的な観音像】


目指す、十一面観音像は、収蔵庫の中に祀られています。

ご開帳回向柱と収蔵庫
ご開帳回向柱と十一面観音像が安置される収蔵庫

回向柱に手を掌せ、収蔵庫の中へ、そして宿願のご対面です。
十一面観音像のお姿が、眼に入ります。
有難いことに、お像のすぐそばに近寄って、極々眼近に拝することができました。

すらりと長身、腰高なプロポーションの見事な一木彫像です。
穏やかさを匂わせながらも、キリリと引き締まった顔貌が印象的です。

摩訶衍寺・十一面観音像
キリリと引き締まった顔貌の摩訶衍寺・十一面観音像

魅力的で、惹きつけられるものがあります。
目鼻の彫り口には鋭さもあり、面奥も結構深くて、頭部だけを拝していると、平安前期の空気感のある10世紀ごろの制作かなという感じがします。

プロポーションをみると、腰から下、下半身はしっかりと厚みがしっかりあって、どっしり感がありますが、上半身の胸厚は薄目で、ボリューム感が少ないのが特徴的です。
衣文の彫りも、やや浅くて、形式的な整い方といえるようです。

このあたりをみると、11世紀、平安後期の雰囲気を感じます。



【「11世紀初めころの制作」との専門家の解説】


専門家の解説をみると、このように記されています。

「頗る重量感のある堂々とした姿態になるが、衣文の調整は概して浅い。
胸裏あたりに背刳りがしてある。
平安後期の作。」
(「仏像集成第8巻」浜田宣氏解説 1997年 学生社刊)

「本像はヒノキ材の一木造、彫眼の素木像で、・・・・・背面腰部に内割を施し、長方形の蓋板を当てる。
上半身に比べて腰以下に厚みがあり、また腰高に形制されているが、いかにも素材の制約を受けた体幹部の肉付けをみせている。
面長な面相いっぱいに眼鼻立ちを刻んでいるが、ひかえめな彫り口をみせているし、体部の肉取り、条帛、衣文様の彫りも形式的に整美され、初期一木彫像のもつ質量感からは遠ざかっている。
作期は十一世紀初頭頃と考えて大過なかろう。」
(「国宝重要文化財・仏教美術~中国2」1980年 奈良国立博物館刊)

以上のように、11世紀に入ったころの一木彫像ということのようです。

すらりとのびやかな長身、腰高のプロポーションが印象的です。
そして、キリリと締まった凛とした顔貌には、強く惹きつけられるものがあります。
地方作の匂いを漂わせる平安古仏ですが、こうした地方仏の中でも、見事な仏像であると実感しました。

「宿願の仏像」に、ようやく出会え、やってきた甲斐がありました。



【「日本の秘仏ベスト10」にラインアップされている、摩訶衍寺・十一面観音像】


受付で、ご開帳記念の「お札」や「名刺大の観音像のお写真」などを頂きました。

頂戴したお写真には、
「33年待ってでも見たい 日本の秘仏ベスト10」
と書かれていました。

お寺で頂戴した秘仏十一面観音像のお写真
お寺で頂戴した秘仏十一面観音像のお写真

「日本の秘仏ベスト10」というのは、どういう仏像のことなどだろうと、NETで調べてみた処、
雑誌「和楽」2015年9月号に

「死ぬまでに見たい! ニッポンの秘仏ベスト10」

と題する、特集が組まれているのを見つけました

その第7番目に「33年待ってでも見たい 摩訶衍寺の十一面観音像」がラインアップされていました。

因みに、この特集で選ばれた
「死ぬまでに見たい! ニッポンの秘仏ベスト10」
は、以下のとおりでした。

「死ぬまでに見たい! ニッポンの秘仏ベスト10」(「和楽」特集)
「死ぬまでに見たい! ニッポンの秘仏ベスト10」一覧(「和楽」2015年9月号特集)

ラインアップをみると、「秘仏」と呼ぶには、比較的簡単に拝することが出来たり、展覧会に出展された仏像もありますので、これを「ニッポンの秘仏ベスト10」と呼んでいいのかな?という感じもしてしまいます。

私は、宿願の摩訶衍寺・十一面観音像の拝観を果たすことができましたので、この

「死ぬまでに見たい! ニッポンの秘仏ベスト10」

を、もう全部拝したことになりました。

“死ぬまでに見たい!” を、これでもう全部見てしまったということは・・・・??」

と、何とも妙な気分になってしまいました。



【大注目の大変古様な一木彫像~並んで祀られる千手観音像】


収蔵庫には、秘仏・十一面観音像の隣に、腕の欠失した千手観音像が安置されていました。

摩訶衍寺・千手観音像(「尾道の文化財」掲載写真)
摩訶衍寺・千手観音像(平安・重要美術品)
「尾道の文化財」(1988年刊)掲載写真


像高104㎝、ご覧のような、千手観音像です。

一目見ただけで、大変古様な平安の一木彫像であることがわかります。
蓮肉まで一材から彫出されており、千手腕部の遺された部分も体躯と一材彫出のようです。

摩訶衍寺・千手観音像(蓮實重康博士旧蔵美術史資料データベース写真).摩訶衍寺・千手観音像(蓮實重康博士旧蔵美術史資料データベース写真)
摩訶衍寺・千手観音像の脚部、上半身写真
(蓮實重康博士旧蔵美術史資料データベース掲載写真)


地方的な匂いがプンプンする仏像ですが、十一面観音像よりも制作年代が一段と古い像であることは間違いありません。
戦前には、重要美術品の指定を受けていました。

丸山尚一氏も、この千手観音像に強く惹かれるものを感じたようで、このように語っています。

「一木彫りの千手像も、豊かさをもった魅力のある彫像である。
・・・・・・
側面から見たとき、その太い首から頭にかけての強靭な肉付けが、白熊の首筋を連想させた。
この強靭な肉付けこそ、作者がこの彫像に託した強い作意の表われなのであろう。
実は改めてこの寺を訪ねることになったのも、この小柄だが強さを全身にみなぎらせた千手像の魅力に触れたかったためであった。」
(丸山尚一著「旅の仏たち・地方仏紀行④」1987年 毎日新聞社刊)


この千手観音像、採り上げた本や資料を見かけたこともなく、ほとんど知られていないといってよい平安古仏だと思います。
10世紀以前に遡る制作のように感じます。
造形表現も制作技法も大変古様な地方作の一木彫像として、もっともっと注目を浴びてよい、興味深い古像だと思いました。



摩訶衍寺の秘仏・十一面観音像のご開帳。

50年越しの「宿願の仏像」に出会うことができ、満足感一杯でお寺を後にしました。



新刊旧刊案内~「ミズノ先生の仏像のみかた」 水野敬三郎著  【2019.3.28】


仏像愛好者には、大変愉しい本が出版されました。


「ミズノ先生の仏像のみかた」 水野敬三郎著
2019年2月 講談社刊 【246P】 1800円


ミズノ先生の仏像のみかた

本の帯のキャッチコピーには、

「世界一確かな眼を持つ先生が語る  世界一確かな仏像講義」

と、あります。
水野敬三郎氏
水野敬三郎氏



著者、水野敬三郎氏は、ご存知の通り、仏教彫刻史研究の権威、泰斗といえる仁です。

現在、87歳ですが、東京芸術大学名誉教授、半蔵門ミュージアム館長を務められています。

「奈良六大寺大観」「平等院大観」「醍醐寺大観」などの執筆の他、現在発刊継続中の「日本彫刻史基礎資料集成・鎌倉時代造像銘記編」の編集責任者でもあります。



【彫刻史研究の大御所が、「仏像のみかた」をやさしく対話する本】


その仏教彫刻史研究界の大御所である水野敬三郎氏が、若いインタビュアーの質問に答えるという会話形式で、「仏像のみかた」が語られる本になっています。

冒頭、「はじめに」に、本書が出来たいきさつについて、このように綴られていました。

「数年前、知り合いを通じて紹介された編集者から、仏像のみかたについて話を聞きたい、できたらそんな本を作りたいという要望がありました。
歳は30代後半という彼女は、以前から京都や奈良の古寺めぐりが好きで、特に最近になって仏像についてもっと知りたくなったとのことでした。

そこで、ときどきお会いして質問に答えるかたちで仏像のみかたについて話をするようになり、その対話の積み重ねがこのような本になったわけです。
教室で講義するような堅苦しい感じではなく、お茶やときにはお酒を飲みながら気軽に話しましたが、時には脱線しそうになったり、少し専門的なところもあったりします。
・・・・・・
とにかく最初から最後まで通して読んでいただければ、仏像のみかたにもいろいろあることがわかり、こんな角度からみるのもおもしろいかなと思っていただけると思います。」

そのとおりで、大変優しい語り口で、愉しく読むことが出来ました。



【初心者向けの仏像入門書のような目次構成】


目次は、ご覧のようになっています。

ミズノ先生の仏像のみかた・目次2ミズノ先生の仏像のみかた・目次1

目次を眺めていると、仏像好きになった初心者向けの入門書的なガイダンス本のように思えます。

ところが、おっと どっこい!

読み進むうちに、一瞬でも、そんな侮った気持ちになったことを、ちょっと反省してしまいました。



【実は、豊かな識見に裏打ちされた、深イイ話があちこちに
~やさしい語り口ながら読み応え十分】

会話形式のやさしい語り口なのですが、長年の研究蓄積、深い見識に裏打ちされた、興味深い話、深イイ話が、あちこちにちりばめられています。

入門書のようですが、むしろある程度のレベルの仏像愛好者が、相槌を打ちながら、ちょっとした気づきを感じながら、気楽に読むのが最もフィットしているような気がする本です。

中身については、買って読んでいただくしかないのですが、ほんの一節を一二ご紹介すると、
こんな感じです。

《耳のかたち》

「平安後期の耳には特色があります。
定朝の平等院阿弥陀如来の耳が典型的ですが、・・・・全体が立体的ではなく非常に平たい。
・・・・・・・
それが鎌倉になると、もっと立体的になってきます。
深く彫って、上脚と下脚の出が大きく、それで立体的になってくる。

そしてまた、つくり手の個人的な差が大きく出てきます。
康慶の耳は、わりあいわかりやすい特徴があります。
耳の前側の部分が前に出てくるんですよ。
耳輪の前の端がぐ~っと巻いて、下脚の曲線も強く巻くのです。

運慶もそこから出発しています。
興福寺の木造仏頭は、2007年に運慶の作と確定しました。
ただ、この仏頭の耳は運慶でもわりあい変わった耳なのです。
それでかつて私は、この仏頭は運慶じゃないと言っていたのですが、しくじってしまいました(笑)。」


ミズノ先生の仏像のみかた・内容1
「ミズノ先生の仏像のみかた」該当ページ

《木彫~カヤと檀像》

「この頃の木彫像には、木寄せにも特徴があるものです。
そこに檀像の影響をみることができます。

例として神護寺の薬師如来があげられます。
突き出した腕のところを、ふつうだったら、腕と同じ方向に木目が通った材を使います。
ところがこの像は縦の材木を使って、体と木目を揃えているのです。

もう一つ例をあげれば、新薬師寺の薬師も神護寺の薬師と同じく縦の材を使って腕の木目を体の木目と揃えています。
・・・・・
ところがこの像の場合は、丸太を10個ぐらいに割った縦材のブロックを寄せてつくっているのです。
神護寺の薬師も新薬師寺の薬師も、できるだけ縦の材を使って、木目の方向を揃えようとしている。
・・・・・・・
この頃は檀像の意識が強くて、こういう木寄せをして一材つくったようにすることで、檀像風にみせようとしたということですね。」


ミズノ先生の仏像のみかた・内容2
「ミズノ先生の仏像のみかた」該当ページ

やさしい語り口ながらも、読み応え十分なところが、判っていただけたのではないかと思います。

気楽に読める本ですが、是非、一読をお薦めします。



【出版記念のカルチャー講座も開催】


本書の出版を記念して、朝日カルチャーセンター横浜で、水野氏による

「私の仏像のみかた~仏像を横から拝むと」

と題する単発講座が、3月2日に開催されました。

出かけてみたら、満席の盛況で、驚かされてしまいました。

本書にとりあげられている「仏像の体型、目のかたち、耳のかたちの変遷」についてのお話でしたが、愉しく聴かせていただきました。

ついでに、「著者サイン本」まで、ゲットしてしまいました。

ミズノ先生の仏像のみかた・著者署名
ゲットした著者サイン本



【旧刊の好著「仏像のひみつ」(山本勉著)のランクアップバージョン】


そういえば「仏像のみかた」の入門書的な本で、随分、人気が出て売れた本がありました。

「仏像のひみつ」「続仏像のひみつ」山本勉著 朝日出版 2006・2008年刊


仏像のひみつ

この本も、学問的知識に裏打ちされた仏像のみかたを、初心者でもよくわかるように平易な語り口と図解で語ったものです。
結構、話題を呼んで、仏像入門書ではベストセラー的になった好著だったと思います。
本書の著者、山本勉氏の師匠格となる人が、水野敬三郎氏です。

「ミズノ先生の仏像のみかた」 は、この「仏像のひみつ」の視点、構成をふまえつつ、もう1ランク、2ランク中身の濃い話、深い話がやさしく語られた本といってよいと思います。



【ミズノ先生著の必読仏像解説書を、もう1冊ご紹介
~ジュニア新書とは思えない中身の濃さ】

ついでに、水野敬三郎氏の判りやすい仏像解説書を、1冊ご紹介しておきたいと思います。

「奈良・京都の古寺めぐり―仏像の見かた」水野敬三郎著  岩波ジュニア新書 1985年刊 【242P】 860円


奈良・京都の古寺めぐり

この本も、仏像のみかたの入門解説書として執筆されたものです。

奈良京都の著名で美術史上重要な仏像が、時代を追って1体ずつ採り上げられています。
法隆寺釈迦三尊像から始まって興福寺北円堂の諸像まで、15件が解説されています。

この本
「ジュニア新書と、あなどるなかれ!」
という、中身の濃いい内容です。

「ジュニア新書」は、中高校生向けの新書のはずですが、
「これを中高生が読んで、よくわかる、愉しく読めるというのは、到底無理」
というレベルの内容です。

一方で、大変平易な語り口で、深く中身の濃い解説がされていますので、仏像愛好者が仏像彫刻史をわかりやすく学ぶという意味では、これほどの格好の書は無いように思っています。
時代を代表する仏像の造形の特色、技法、美術史的意義などがコンパクトかつ丁寧に語られています。

私は、仏像好きになって相当の年数がたってから、この「ジュニア新書」を読み返したときに、書かれた内容の濃さ、重みが判ってきたような気がしています。

もし、読まれたことがなければ、お薦めの一書です。


新刊旧刊案内~「九州仏像史入門~大宰府を中心に」 井形進著 【2019.3.1】


こんな本が出版されました。


「九州仏像史入門~大宰府を中心に」 井形進著 
2019年1月 海鳥社刊 【224P】 2200円


九州仏像史入門



【魅力的書名に、中身も確認せずAMAZONで購入】


AMAZONで仏像関係書をみていたら、新刊で出版されているのに気が付きました。

「九州仏像史入門」という、なかなか魅力的な題名です。
本の中身を確認してから、購入するかどうか決めたいなと思ったのですが、九州の出版社の本で、書店には並んでいません。

AMAZONの本の内容紹介には、

「奈良や京都、鎌倉とは異なる魅力をもつ古物の宝庫・九州。
ここでは大陸からの影響、都からの影響、そして在地の伝統が混ざり合い、個性豊かな仏像たちが誕生してきた。
主に仏教伝来から鎌倉時代にかけて、その歴史を優しく、詳しく解説する。」

とありました。

期待外れの内容だったらガッカリだなと思いながらも、「九州仏像史入門」という本の題名に惹かれて、AMAZONの「今すぐ買う」を、クリックしてしまいました。



【やさしい語り口ながら、読み応え十分の興味深い本】


到着した本を、早速、サラッと一読してみたのですが、なかなか興味深い本でした。

九州仏像史入門

やさしい語り口で書かれているのですが、読み応えのある内容です。
失礼な言い方ですが、「この定価を出して買う値打ちは充分」で、九州の仏像に関心のある方は、是非とも手元に置いておきたい本です。

目次をご覧ください。

九州仏像史入門目次2九州仏像史入門目次1

九州仏像史入門目次4九州仏像史入門目次3

九州仏像史入門目次5

以上のような項立てになっています。


著者の井形進氏は、現在、九州歴史資料館学芸員の任にある、仏教美術の研究者です。

本書の「後記」によると、この本は、著者が講師を務める朝日カルチャーセンター福岡における講座のためのテキストを書籍化したものだそうです。
「大宰府周辺の古仏」「九州の仏像の諸相」というテーマの講座ということで、執筆動機についてこのようにコメントされています。

「あらためて気づかされたのですが、九州の仏像に関しては、研究者が増え、研究の蓄積も進んでも進んでおりながら、全体像を見渡せる書物は多くなくて、そして入門書的なものとなると、適当なものが見当たらない状況でした。

それならば自分で書いてみるかと、非力を省みずに蛮勇をふるって書いたのが、『大宰府周辺の古仏』です。」



【近年、関心の高まる九州の仏像~展覧会も続々開催】


確かに、近年、「九州の仏像」にスポットライトを当てた、大規模な展覧会も、開催されるようになり、注目度はどんどん上がってきているようです。

2006年  「空海と九州のみほとけ展」  福岡市博物館開催
2014年  「九州仏展」  福岡市博物館開催
2014年  「福岡の神仏の世界展」  九州歴史資料館開催
2018年  「浄土九州展」  福岡市博物館開催


空海と九州のみほとけ展九州仏展

福岡の神仏の世界展浄土九州展
九州の仏像にスポットをあてた展覧会ポスター

といった、九州の仏像をテーマにした充実した展覧会が、続々開催されたのは記憶に新しい処です。
きっと、展覧会などに関わる研究者の方々の、九州の仏像に対する調査研究、展覧会開催への取り組みは、並大抵のものではないのだろうと思われます。

そのおかげで、我々のような仏像愛好者の九州の仏像への関心も、随分と高まって、「九州仏」といった、新しい言葉にも、少し耳慣れてきたような気がします。



【これまで見当たらなかった、九州の仏像史を俯瞰した嬉しい本】


一方で、本書の後記に書かれているように、九州(とりわけ筑紫中心エリア)の仏像全体について、美術史的に解説した書物が、なかなか見当たらなかったのも事実です。

「○○の文化財」「○○の仏像」といった個別作品解説的な本はあったのですが、九州という地域の仏像について総合的に俯瞰して、その特性などについてわかりやすく論じた仏像史的な本は、無かったように思います。

そうした総合的視点での考え方は、ご紹介した展覧会の図録に掲載された解説論考、例えば
「北部九州の平安一木彫刻」(「空海と九州のみほとけ展」図録所載)、
「九州における古代木彫像の成立」(「九州仏展」図録所載) ~共に末吉武史氏執筆
といったもので、少しふれることが出来たのではと思います。

ただ、これらの解説は、難しいテーマの話が、短い文章にコンパクトに凝縮されているので、判りやすさ親しみやすさといった面では、ちょっとなじみにくかったような気もします。

そんな意味では、ご紹介の 新刊「九州仏像史入門~大宰府を中心に」 は、カルチャー講座内容がベースになっているだけあって、大宰府を中心にした九州の平安期までの古代仏像の歴史とその特性について、わかりやい語り口で、丁寧に書かれており、我々、アマチュアの仏像愛好者にとっては、大変有難い本といって良いものです。

目次をご覧になってもわかると思いますが、中央の仏像史の流れ、「奈良時代天平仏、檀像彫刻、平安前後期の仏像」といったポイントを追いながら、これと対比した九州仏像史の流れと特性、注目すべき問題などが、興味深く語られています。

いわゆる「九州仏」というものを知り、その特性と問題点をわかりやすく知るには、格好の書となっています。



【とりわけ興味深かった、九州の平安前中期彫刻の二つの流れの話】


詳しい内容については本書を読んでいただくとして、私が、とりわけ興味深く感じたのは、次のような話です。

「大宰府を中心とした平安前中期彫刻の、大きな二つの流れ」

とでもいうべき、見方の話です。

著者、井形氏は、大宰府を中心とした平安前中期彫刻の流れを、

・浮嶽神社・如来形立像をはじめとした、大宰府ゆかりの公的性格が強い工房の諸像
・長谷寺・十一面観音立像をはじめとした、在地的で神祇信仰的な影響が強い諸像

の、二つに分けてみることが出来ると述べています。

井形氏によると、

大宰府周辺の平安前中期彫刻をたどっていくと、まず最澄が、遣唐使渡航の際に竈門山寺に造像したという檀像薬師の面影を残す平安初期彫像としては、若杉霊峰会・千手観音像、谷川寺・薬師如来像が想定されるが、その後の平安前中期彫像を俯瞰すると、前記のような「二つの仏像制作集団の存在」が想定される。

ということです。

若杉霊峰会・千手観音像...谷川寺・薬師如来像
(左)若杉霊峰会・千手観音像、(右)谷川寺・薬師如来像

ここで、二つの流れについて、どのように論じられているのかを判りやすくふれていこうとすると、話が長くなってキリがありませんので、それは本を読んでいただくとして、論旨について、誤解を恐れずに、思い切って大胆に、ピンポイントのみをまとめた一表を作ってみました。

大宰府周辺の平安前中期彫刻の二つの流れ

勝手な自己流解釈の要約ですので、間違っていることが結構あろうか思います。
この表のまとめでは、何が云いたいのかよくわからないと思いますが、何卒、お赦しください。

浮嶽神社・如来形立像.浮嶽神社・如来形立像(左袖のV字状衣文)..観世音寺・阿弥陀如来像
(左)浮嶽神社・如来形立像・左袖のV字状衣文、(右)観世音寺・阿弥陀如来像

長谷寺・十一面観音像..八所宮・十一面観音像
(左)長谷寺・十一面観音像、(右)八所宮・十一面観音像



【九州仏特有の「腰帛」表現は、大陸からの直接取り込みか?】


私が、興味深かったのは、大宰府周辺の平安前期彫刻に、二つの仏師集団の存在を想定されていることでした。
ひとつは主要寺社の中枢的な公的仏師集団、もう一つは、在地的で神祇信仰とかかわる仏師集団とでもいうのでしょうか。

そして、在地的集団には、霊木信仰などのほかに、宗像神社、志賀海神社といった海の神との関わり合いが考えられる。
近年、九州特有の造形表現として注目されている「腰帛」(ようはく)という衣の表現も、当地の工房が、新たに大陸から直接的に取り込んだ服制である可能性があるということです。
(「腰帛」というのは、天衣とは異なって、膝前下半身で完結しているU字状の飾り帯のことを言います)

長谷寺・十一面観音像の腰帛
長谷寺・十一面観音像の腰帛(腰から膝にかけてのU字状飾り帯)

私は、これまで、九州の仏像を観てきて、このような二つの区分けというのは、考えたこともありませんでした。
本書のような、見方、考え方には、異論もあるようで、二つのグループに、何処まで、特徴的な差異を明確に認めることが出来るのかは、よくわからないのですが、興味津々の視点での整理で、惹き込まれるように読んでしまいました。


今般発刊の「九州仏像史入門」は、「九州仏」と呼ばれる仏像の特徴、歴史を知り、考えてみるには、格好の一書だと思います。
しっかりと深みある話を、研究書とは違って、やさしく判りやすく読むことが出来るのが、何よりです。



【地方仏には、大陸・半島からの直接影響造形はあるのか?
~都、中央からの文化伝播ではない造形】

最後に、「九州仏」というと、大陸や半島からの直接影響による造形とか表現というのがあるのだろうかということが、頭に浮かんできます。

ご紹介の「九州仏像史入門」では、「腰帛」について、
「新たに直接的に大陸から取り込んだ服制である可能性」
についてふれ、

中国に実例作品があることを指摘して、
「九州北部には造像にあたり、大陸の作を直接参照しうる環境があったのではないかと考えています。」
と述べられていました。

地方の仏像の造形を考えるとき、一般的には、
「奈良・京都という中央から文化的伝播という流れの方向性」
のなかで考えてしまいます。

どうしても、中央の仏像を頭の中において、どのような影響がみられるか、中央との時間差、時代差をどう見るべきかということしか、考えていないような気がします。

「九州仏」についても、同じ視点で見てしまっているのも事実です。



【大陸的空気感が気になる、2つの地方仏
~愛媛・庄部落と鳥取・東高尾観音寺の仏像】


そうした中で、稀に、奈良、京都の仏像の影響下の仏像とは考えにくい造形感覚の仏像に出会うことがあります。
私が気になっているのは、愛媛県松山市、庄部落薬師堂の菩薩立像(奈良末~平安前期)と、鳥取県東伯郡北栄町、東高尾観音寺の千手観音立像(平安前期)です。

愛媛庄部落薬師堂・菩薩立像鳥取東高尾観音寺・千手観音像
大陸的空気感を感じさせる二つの地方仏
(左)愛媛庄部落薬師堂・菩薩立像、(右)鳥取東高尾観音寺・千手観音像


いずれの像も、奈良、京都の中央仏の流れにあるような造形感覚とは、かなり違うものを感じます。
中央に、これらの像の元になるような仏像のイメージがわいてこないのです。

「大陸的な空気感」

情緒的な言葉なのですが、一番フィットした表現のように思います。

庄部落は大陸的スケールの茫洋さ、観音寺は大陸的のびやかさ、おおらかさという感覚がします。
それぞれフィーリングは違うのですが、プロポーションも顔つきも、全体の雰囲気も、中央から伝播した造形表現とは、私には、思えないのです。
魅力的な仏像だけに、気になってしまいます。

愛媛も、鳥取も、九州と同じですが、大陸、半島から都への文化の流入ルートの途中にあって、都では採り入れられなかった造形フィーリングの仏像が、これらの地に遺されたような気がしています。

みなさんは、どのように感じられているでしょうか?


九州の仏像を考えるときも、そのような視点も入れて見ていくことに、ちょっと興味深さを感じています。


トピックス~各地でみられる、盗難対策「お身代わり仏像」安置の動き  【2019.2.23】


無住のお寺などに祀られる古仏像の盗難防止対策として、3Dプリンターなどで制作された「お身代わり仏像」を安置する動きが増えてきているというお話です。


【近年、各地で頻発する、仏像盗難被害】


近年、各地に伝わる仏像などの盗難被害が相次いでいます。

折々、新聞報道もされていますので、ご関心のある方はお気づきのことと思います。
地方の過疎地の無住のお寺に祀られる仏像などが狙われて、盗難に遭うことが多いようです。

特に、文化財指定されていない古仏などは、なかなかしっかりした防犯管理設備を施すことも難しく、ターゲットにされがちのようです。



【文化庁も、 「ストップ!盗難文化財」 の特設サイトを開設】


重要文化財や地方自治体指定の文化財でも、盗難に遭い行方不明になっているものも結構あり、文化庁でも、本年2月、 【STOP!盗難文化財】 というキャッチフレーズで、

「盗難を含む所在不明に関する情報提供について~取り戻そう!みんなの文化財~」

文化庁・STOP盗難文化財バナー

という特設サイトを文化庁HPに開設し、所在不明文化財の行方を突き止め取り戻そうという取り組みも進められています。

この文化庁の取り組みについては、日々是古仏愛好HP・盗難文化財ページ(2019.2.9)でご紹介した通りです。



【盗難被害対策として「お身代わり仏像」安置の動き~新聞報道も】


こうした中、盗難被害対策として「お身代わり仏像」仏像を制作し、これをお堂などにお祀りし、本物は博物館などに寄託するという動きが、各地でみられているようです。

こんな新聞記事が、目にとまりました。

「身代わり仏像」無人寺、本物は博物館に 盗難防ぐ~自治体・文化庁対策に注力

という見出しです。

2019年2月13日付の日本経済新聞朝刊のご覧のような記事です。

「お身代わり仏像」日経新聞記事2019.2.13

記事のエッセンスを自己流に要約すると、次のような内容になっていました。

近年、無人寺の仏像が盗難に遭う被害が相次いであり、なかにはインターネットオークションに出品されているのが見つかったというケースもあった。

過疎化が進み、地域などでは住民の管理に限界がある中、本物を博物館に預けてレプリカを安置するといった対策をとる動きがみられるほか、文化庁、自治体も盗難文化財対策に乗り出している。

和歌山県立博物館では、2012年から、地域で管理が難しい寺院の仏像を博物館で保管し、「お身代わり仏像」としてレプリカを安置する活動を進めている。
地元の工業高校などの協力を得て、3Dプリンターで樹脂製の仏像を作り、すでに県内12の寺院に25体を奉納した。

文化庁でも、盗難等による所在不明文化財についての「公開捜査サイト」を開設するほか、各自治体ベースでの文化財の所在確認等も進められている。
管理者不在の寺院の防犯対策は、地域に任せるだけではなく、国が関与していく必要が求められる。

このような記事が新聞に大きく出るというのは、何とも哀しい、情けない、嘆かわしい世の中になったと思います。
地域の人々の信仰の対象として大切に祀られている仏様を狙って、盗んで売り払うなどというのは、不届き千万そのものです。

そのように憤ってみても、現実には、仏像をお守りしている地域の人々にとっては、本当に切実な問題であることもよくわかります。



【地方の古仏探訪に出かけると、肌で感じる仏像をお守りする大変さ、難しさ】


私も、全国各地の田舎の村落にある無住のお寺の古仏を、随分訪ねて回りましたが、盗難に遭う危険と管理の大変さは、実感として肌で感じるものがあります。

無人のお堂や、地域の集会所のような処に古仏が祀られ、カギはかけられているものの、日常的に点検することもままならないという処が、沢山ありました。
普段は、訪れる人もめったにないという状況です。

管理をされている地域の方と、

「盗難に遭わないかと心配ですね」

という話題を交わすこともありますが、

「この仏様は、村落の人々が大切にお祀りしているのですが、管理していくのもなかなか大変なのですよ。
収蔵庫を造ったり、しっかりした防犯対策設備をするには、大変なお金がかかるので、なかなかできません。
仏様を修理するお金さえも、なかなか無くって・・・・・」

というお話を聞くことも、間々ありました。

重要文化財にでも指定されていると、補助金もそれなりに交付されるのですが、市町村指定や無指定の古仏は、地域の大切な「ほとけさま」として守られてはいるものの、管理費用などの経済的問題は、如何ともしがたいことのようです。



【「信仰の対象と盗難対策」という悩ましさの一解決策
~3Dプリンターでの「お身代わり仏像」安置】

こうした状況のなかで、近年、3Dプリンターで仏像のレプリカを制作し、このレプリカ仏像を「お身代わり仏像」として、無住のお堂などに安置し、本物の古仏は博物館等で保管管理するという動きが結構見られるようになってきました。

「地域の人々の信仰の対象としてお祀りすること」と、「文化財としての仏像の盗難防止対策」

という誠に悩ましい問題を解決する、一つの方策ということです。

本物と寸分違わぬような模造を制作するというのは、以前には、相当の費用が必要であったのですが、3Dプリンターによる制作技術が開発されて、圧倒的な低コストで、本物と見紛うような精巧なレプリカを制作できるようになりました。
そうしたことで、このような「お身代わり仏像」をお祀りすることが、広く可能になってきたものだと思われます。



【和歌山県博では地元校と連携、「お身代わり仏像」の制作安置による盗難防止対策を推進】


ご紹介した新聞記事にもあるように、こうした「お身代わり仏像」の制作安置による盗難防止対策を積極的に推進しているのが、和歌山県です。

和歌山県では、無住のお寺に祀られる古仏像の盗難被害が近年頻発しているこのから、和歌山県立博物館が主導して諸々の取り組みが進められています。

これまでも企画展として
「文化財受難の時代~いかに守るか」(2013年3月)、「防ごう!文化財の盗難被害」(2016年6月)、 「和歌山の文化財を守る」(2018年9月)
などが開催されました。

2012年からは、博物館と和歌山工業高校・和歌山大学と連携して、3Dプリンターで樹脂製の仏像を作り、彩色、古色づけをしたレプリカの「お身代わり仏像」を制作して、無人のお堂に安置し、本物は博物館で管理する取り組みが進められています。
すでに県内12のお寺に25体の「お身代わり仏像」が安置されたということです。

昨年9月に博物館で開催された、企画展「和歌山の文化財を守る」では、十数体の「お身代わり仏像」と「本物の仏像」が並んで展示され、こうした盗難対策への取り組みの紹介と、仏像盗難防止への啓発が行われました。

和歌山県博「和歌山の文化財を守る」チラシ1和歌山県博「和歌山の文化財を守る」チラシ2
和歌山県博・企画展「和歌山の文化財を守る」チラシ



【各地でもみられる、注目仏像の「お身代わり仏像」の制作】


和歌山での取り組みだけではなくて、盗難防止対策としての「お身代わり仏像」制作は、各地でもみられるようです。

近年、大きな注目を浴びた仏像で、文化財指定などを機にレプリカを制作し安置することになったという記事をいくつか目にしたことがあります。


この1~2年で、特に目に付いたものを、3つご紹介したいと思います。


〈京都市・八瀬妙傳寺の金銅半跏思惟像~2017年1月〉


2017年1月、京都市左京区、八瀬妙傳寺の金銅半跏思惟像のレプリカが、盗難対策として制作されました。

八瀬妙傳寺・金銅半跏思惟像
八瀬妙傳寺・金銅半跏思惟像

八瀬妙傳寺の金銅半跏思惟像は、従来、江戸時代の制作とみられていましたが、科学的調査などの結果、7世紀の古代朝鮮仏である可能性が極めて強まったということで、ホットニュースになった小金銅仏です。
2017年1月には、NHKニュースのほか、新聞各紙で大きく採り上げられ、大注目となった仏像です。

この新発見の話題は、観仏日々帖「模古作とされていた京都妙傳寺の小金銅仏、実は古代朝鮮仏と判明?」で、紹介させていただきました。

お寺では、盗難対策として3Dプリンターによる複製を制作し、お祀りされているようです。
実物は、博物館で保管されているのではないかと思われます。
NET上に「京都 八瀬妙伝寺の仏像を3Dスキャン・3Dプリンターを活用し複製を作りました」という記事が掲載されており、レプリカが作成されたことを知りました。


〈京都市・新町地蔵保存会の地蔵菩薩坐像~2017年6月〉


2017年6月、京都市左京区、新町地蔵保存会の地蔵菩薩坐像の3Dプリンターによるレプリカが制作され、地元の地蔵堂に祀られることになりました。

新町地蔵保存会・地蔵菩薩坐像
新町地蔵保存会・地蔵菩薩坐像

新町地蔵保存会・地蔵菩薩坐像は、平安前期、9世紀の制作で、重要文化財に指定されています。
平安前期一木彫像の地蔵菩薩像の古例として、大変貴重な仏像です。

1999年に発見され、2002年市指定文化財となり、2014年に国の重要文化財に指定されました。
町の小さなお堂に祀られており、2002年の市文化財指定を機に、火災、盗難対策の観点から京都国立博物館で保管されることになりました。

毎年8月の地蔵盆の2日間だけ地元の地蔵堂に戻して里帰りし、地元の人々がお参りしていましたが、2014年の国の重要文化財指定以降は、年に一度の里帰りも難しくなり、苦肉の策として、3Dプリンターによる模像をお祀りして、代替することになったということです。

新町地蔵保存会・地蔵菩薩像が祀られていた小さなお堂
新町地蔵保存会・地蔵菩薩像が祀られていた小さなお堂

この話は、観仏日々帖「京都・新町地蔵保存会の地蔵像、3Dプリンタ・レプリカをお堂にお祀り」で、ご紹介したことがありますので、ご覧ください。


〈仙台市・十八夜観世音堂の観音菩薩像~2019年1月〉


2019年1月、仙台市、十八夜観世音堂・観音菩薩像のレプリカが制作され、お堂に祀られることになりました。

十八夜観世音堂・観音菩薩像...新しく制作された十八夜観世音堂・観音菩薩像レプリカ
(左)十八夜観世音堂・観音菩薩像、(右)制作されたレプリカ

十八夜観世音堂・観音菩薩像は、奈良時代末期~平安初期の制作とみられ、東北地方最古の木彫像として、注目を浴びている仏像です。
2007年に発見確認され、2011年に市有形文化財、2016年には県有形文化財に指定されました。

県指定文化財指定時に、日々是古仏愛好HP・特選情報「仙台市・十八夜観世音堂の東北最古?菩薩像が、県指定文化財に」(2016.2.6)で、この仏像についてご紹介していますのでご覧ください。

2008年から、仙台市博物館で保管されていますが、地元住民には菩薩像が本堂にないことを寂しがる声があり、観世音堂の保存会が県や博物館と相談し、3D技術を活用してレプリカが作成されることになりました。
今年5月から十八夜観世音堂にレプリカが祀られるということです。

十八夜観世音堂(仙台市太白区)
十八夜観世音堂(仙台市太白区)

河北新報オンラインニュースに「東北最古の木彫像を3D再現し安置 仙台・十八夜観世音堂「観音菩薩像」5月本堂へ」という記事が掲載されています。

最近目についた、3Dプリンターによる「お身代わり仏像」制作の話を、ご紹介しました。


古い昔から、地域の人々の厚い信仰のおかげで、長年にわたって守られてきた仏様を、
「貴重な文化財だから、盗難対策としてそのままお祀りしておくわけにもいかないから。」
という理由で、博物館に移して保管管理せざるを得ないと云われても、何とも割り切れない気持ちになってしまうことと思います。

また、
「レプリカを安置するので、日頃は、その仏様を拝んでください。」
と云われても、レプリカはあくまでもレプリカです。

長年お守りしてきた仏像とは違うもので、拝する人々にとって見れば、これまで通りに気持ちを籠めてお参りするというのも、なかなか難しい処もあろうかと思います。

しかし、古仏像の盗難が頻発する現状と、対応策のコストなどを考えると、3Dプリンターによる「お身代わり仏像」の制作安置というのは、

「仏教美術の貴重な文化財としての仏像」と「信仰の対象として祀られる仏様」

という悩ましい問題に、何とか折り合いをつける方法としては、現実的な対応と云えるのでしょう

また、地方の古仏探訪を愛好するものにとってみれば、鄙びた田舎にあるお堂を訪ねて、地域の人に守られる古仏を拝するのは、博物館で同じ仏像を観るのとは全く違う、心うつ感動、感激を味わうものです。

そうした、土地々々に根差し守られてきた古仏が、レプリカにとって代わるというのは、何とも残念な気持ちにもなってしまいますが、大切な文化財を守っていくためには、こうしていくしかないのだろうと思います。

きっと、「お身代わり仏像」という方法がベストという訳ではないのでしょうが、大きなコストをかけずに、上手に対応していく一つのやり方として、これからますます増えていくことと思います。


古仏探訪~2018年・今年の観仏を振り返って 〈その4〉 11~12月  【2019.1.20】


年越しになった「今年の観仏を振り返って」も、〈その4〉の最終回となりました。


【11月】



【品川区内最古の仏像の特別公開へ~海蔵寺・菩薩坐像】



観仏先リスト~海蔵寺


品川区内最古の仏像とみられる、南品川 海蔵寺・菩薩坐像が特別公開されるという情報を知って、出かけてみました。

毎秋恒例の東京都品川区「文化財一般公開」で、初公開されるということです。
平安中期頃の制作とみられる古仏なのだそうです。

11月3日、一日限りの特別公開でした。
海蔵寺というお寺も、菩薩坐像も、全く知りませんでした。
本年9月に品川区と清泉女子大学の包括連携協定により、同大教授・山本勉氏と同学生の手で、本像の調査が実施され、その成果を踏まえて一般公開となったものということです。

品川区・海蔵寺
品川区・海蔵寺

結構、多くの人が特別公開を観に来られていていました。
山本勉氏もおられて、拝観用にお堂の前に安置された菩薩像の傍らで、拝観者の質問に答えるなどの説明をされていました。

海蔵寺・菩薩像
海蔵寺・菩薩像

なかなか美しい仏像でした。
とりわけ、しっかり整ったお顔の造形が魅力的です。

海蔵寺・菩薩像
海蔵寺・菩薩像

膝前が後補のようで、残念なところです。
カヤ材の一木彫で内刳りも無く、古様なのですが、穏やかな表現、衣文の彫りの浅さなどから11世紀前半頃の制作とみられるということです。
昭和の初めに信者から寄進されたということで、伝来は全く不明だそうです。

無指定の仏像ですが、なかなか出来の良い、魅力的な平安古仏に出会うことが出来ました。



【行快作の釈迦如来像の迫力、魅力を実感~東博「大報恩寺展」】


東京国立博物館で開催された「京都 大報恩寺~快慶・定慶のみほとけ」展に行きました。

大報恩寺に伝わる仏像が、全て勢ぞろいで出展されています。

「京都 大報恩寺~快慶・定慶のみほとけ」展チラシ

快慶、定慶作の十大弟子像、六観音像などは、大報恩寺の宝物館でいつでも眼近に観ることが出来るのですが、特別展では、これらの像を360度ビューで、また光背を取り外した六観音像の背面が観ることが出来るのが、大きな見処でした。

この展覧会で、私の一番の注目は、本堂安置の釈迦如来像が出展されたことでした。
行快の代表作として知られていますが、秘仏として祀られ、年に数回、8月、12月、1月の数日しか開扉されません。
本堂厨子の中に祀られていますが、開扉の際も、本堂外陣の離れたところからの拝観で、堂内も暗めで、細かいところまでは、よく拝することが出来ないのです。

大報恩寺・行快作釈迦如来像
大報恩寺・行快作釈迦如来像

展覧会場で眼近に観た、行快作・釈迦如来像は、期待に違わずなかなかの迫力がありました。
行快は快慶の一番弟子と云われていますが、快慶作品とはちょっと違う、ダイナミックで生々しいパワーを、しっかりと感じます。
近年、行快作品が続々発見され、話題になることが多くなりましたが、もうちょっと注目され、優れた造形が知られてもよいように思いました。

展覧会図録は、2300円と展示仏像の規模からすると高価だったのですが、なかなかの充実した内容で満足できるものでした。
掲載写真が大変クリアーで美しく、クローズアップ写真はとりわけ鮮明で、六観音像に穿たれた「錐点の痕」まではっきり見えます。
解説論考も読みごたえがあり、旧安置状況古写真や解体修理時写真も掲載され、この値段も納得です。



岡山方面へ半日観仏。

観仏先リスト~岡山観仏



【岡山 大賀島寺の秘仏本尊の御開帳へ~「今年の観仏NO1」の惚れ惚れする優作】


岡山まで、大賀島寺の秘仏本尊・千手観音立像のご開帳に出かけました。

大賀島寺は、瀬戸内市の大雄山山頂にあります。
ご本尊は、33年に一度限りの厳重秘仏で、11月17・18日の二日に限り、開帳されました。

ご開帳日の大賀島寺境内
ご開帳日の大賀島寺境内

大賀島寺・千手観音像~秘仏御開帳の看板
大賀島寺・千手観音像~秘仏御開帳の看板

大賀島寺・千手観音像は、2002~3年頃に新発見となった仏像で、2011年に一気に重要文化財に指定された優作です。

「今年一番の観仏は、何処の仏像だったか?」

と聞かれると、躊躇なく、
「何といっても、大賀島寺・千手観音像の秘仏御開帳が、文句なしの一番!!」
と答えるでしょう。

7年半ぶりの再会でしたが、やはり素晴らしい出来に惚れ惚れする、魅力満点の平安初期一木彫像でした。

大賀島寺の秘仏拝観記は、この観仏日々帖 「岡山県 瀬戸内市・大賀島寺の秘仏・千手観音像御開帳」 に、詳しく記させていただきましたので、そちらをご覧いただきたいと思います。

大賀島寺・千手観音像
大賀島寺・千手観音像

お厨子の真ん前で、眼近に拝することが出来ました。

千手を大きく広げた姿に、
「凛として、雄渾な、立ち姿」
「鋭く、流麗、緻密な彫技」
こんな形容詞が、思い浮かんできました。

第一級レベルの、バリバリの平安初期彫像です。

「やっぱり、思い切って、この御開帳に出かけてきて、本当に良かった。」

そんな気持ちに浸った、大賀島寺・十一面観音像との再会でした。


岡山まで出かけてきたので、餘慶寺(よけいじ)と安住院を訪ねました。



【吉備地方を代表する堂々たる如来坐像~餘慶寺の薬師如来像】


餘慶寺の薬師如来像は、吉備地方を代表する見事な平安古仏です。

春秋の一定期間しか公開されないのですが、特別にお願いして拝観させていただきました。
立派な堂塔伽藍の大きなお寺で、薬師像は、薬師堂の後ろに接続された収蔵庫に祀られています。

餘慶寺 境内
餘慶寺 境内

像高1.8メートル、堂々たる一木彫の薬師坐像です
一見して圧倒されるような、重量感、重厚感を感じます。

餘慶寺・薬師如来像
餘慶寺・薬師如来像

上下の目蓋をうねらせ、ぎゅっと引き締まった口元で、森厳な顔貌です。
迫力もボリューム感も十分で、平安前期像の雰囲気を漂わせています。

この薬師像を、かつて岡山県立博物館に出展されたときに観たときに、大変驚いたことがあります、
お堂での拝観は収蔵庫の入口、真正面からしか拝することが出来ないのですが、博物館での展示では、横に回って、側面から観ることが出来たのです。
これだけの堂々たる重厚感の像ですので、面奥、体奥が深いというか、すごく分厚いボリュームがあるのだろうと思ったら、意外や意外、存外薄めというか、厚みがないのです。
そんな目で観ると、衣文の彫りも、平面的な感じがします。

正面から見たボリューム感、迫力と、側面から見た感じがミスマッチなのです。

私は、この薬師像を彫った仏師は、
「画像を観て、それを手本にして彫ったのではないだろうか?」
などと、想像してしまいました。

「備前上寺山~歴史と文化財」図録(2006刊)の解説にも、

「雄渾で力強い立体表現を基本としながら、平面的な装飾性への志向がうかがわれる本像の作風は、醍醐寺薬師堂旧在の薬師三尊像(913年)や、法隆寺上堂の釈迦三尊像(923〜931年頃)など、十世紀前半の彫刻に共通するものといえ、そこに時代的な特徴をみてとることができる。」(松田誠一郎氏執筆)

と書かれていましたが、餘慶寺・薬師如来像の側面のミスマッチ感は、この解説以上の驚きでした。

いずれにせよ、この薬師像は、吉備地方を代表する、見事な堂々たる優作です。
十年余ぶりの嬉しい再会でした。



【発散する“気”を感じる安住院・聖観音像~9世紀の鉈彫りか?】


もう一つ、岡山市内の安住院を訪ねて、伝聖観音像を拝しました。

安住院
安住院

安住院・十一面観音は、20年ほど前、浅井和春氏により新たに紹介され、注目を浴びた仏像です。
(「岡山・安住院蔵の伝聖観音菩薩立像に関する一考察」(浅井和春)仏教芸術240号1998.09)
9世紀前半に遡る平安前期彫像とみられ、しかも鉈彫り像のようなノミ目を残した一木彫像なのです。

安住院・伝聖観音像安住院・伝聖観音像
安住院・伝聖観音像

はじめて拝したのは、もう10年以上前になりますが、発散する強い“気”のようなものに、息を飲んだ記憶があります。
像高1メートルほど、蓮肉まで一木の内刳りのない一木彫像です。
整ったとか美しいとかいう形容とは縁遠く、むしろ土俗的な畏怖感、霊気のようなものを感じさせます。
すごいインパクトです。

もう一つ、きわめて興味深いのは、体躯の各所にノミ痕がたくさん残されていることです。
顔面、胸、足先などには、くっきり鮮明にノミ目が刻まれています。
いわゆる「鉈彫り像」と云ってもおかしくありません。

東国特有の像といわれた鉈彫り像も、近年は、畿内以西でも鉈目のある仏像が見出されているようですが、安住院の伝聖観音像が9世紀前半に遡る像だとすれば、極めて初期の鉈彫り像(鉈目を有する像)で、なおかつ西国、吉備に残る作例ということになります。
極めて重要な位置付けの仏像と云うことになるのだろうと思います。

再会した聖観音像は、やはり強い“気”を発散させていました。
抉るような衣文の彫り口にも、籠められた気迫が宿っているような気がしました。
アクの強い像なのですが、強く惹きつけられ、心に刻みつけられる古仏です。


大賀島寺・秘仏十一面観音ご開帳、余慶寺・薬師如来像、安住院・伝聖観音像と、大変充実したこの日の岡山観仏となりました。


観仏の後は、岡山駅そばのイタリアンバル「POLPO II」で、同好の方々とこぢんまりと飲りました。
軽くのつもりが、素晴らしき観仏の余韻もあって、ワインを飲みすぎてしまいました。

イタリアンバル「POLPO II」
イタリアンバル「POLPO II」



【新発見の木心乾漆像を観に奈良博へ~愛媛 如法寺・毘沙門天像】


岡山観仏の翌日は、奈良へ寄りました。

奈良国立博物館「なら仏像館」に展示されている、如法寺・毘沙門天像を観るためです。

観仏先リスト~如法寺

今年(2018)、新発見となった、奈良時代・8世紀の木心乾漆像です。
奈良時代の木心乾漆像は全国で30件ほどしかなく、そのほとんどが、東寺の都、奈良県内に遺されています。
それが、愛媛県大洲市にある如法寺というお寺で見つかったのです。
ビックリの大発見でした。

この毘沙門天像の発見については、観仏日々帖 「奈良時代の乾漆造・毘沙門天像が新発見(愛媛大洲市・如法寺)」 で、ご紹介した通りです。
夏頃から奈良博に展示されているということで、早く観に行かなければ、と思っていたのですが、11月になって、やっと出かけることが出来ました。

目指す「毘沙門天像」は、なら仏像館・第4室に、ひっそりと展示されていました。

如法寺・毘沙門天像
如法寺・毘沙門天像
像高28センチという小さな像ですが、なかなかの出来の良さにビックリしました。
太造りで、短躯肥満というか、ズングリムックリで逞しいという造形ですが、小像とは思えない躍動感を感じます。
なかなか魅力的な像です。
8世紀の第三四半期頃の制作かとみられているようですが、単に、木心乾漆技法の像が見つかったというのではなくて、良質な奈良時代後期の乾漆作品の新発見だと納得しました。

本像の新発見が、プレス発表されたのは10月だったのですが、その後、MUSEUM676号(2018.10)に、 資料紹介「愛媛・如法寺 木心乾漆毘沙門天立像」(執筆:岩田茂樹氏) という解説論考が掲載されました。
X線、CTスキャン画像なども掲載され、詳しい調査結果や研究分析などが述べられています。

しっかりと奈良時代の木心乾漆作例として認められたということなのかと思うのですが、近いうちに、重要文化財に新指定されることになるのでしょうか?


奈良博に行ったついでに、落慶なった興福寺・中金堂にも寄ってきました。

落慶した興福寺・新中金堂
落慶した興福寺・新中金堂

こちらは大変な賑わいで、行列にしばらく並んで、やっと堂内に入ることが出来ました。
堂内には、南円堂から移された、北円堂原所在、運慶作とされる四天王像などが安置されていました。


この日の午後は、久々に「天平会」に参加。
京都山科・安祥寺と大津歴博「神仏のかたち展」を訪れました。



【奈良時代に遡る天平風の大型一木彫像と再会~安祥寺・十一面観音像】


観仏先リスト~安祥寺

安祥寺では、十一面観音像に再会しました。

安祥寺
安祥寺

2年半前、この観音像を初めて拝して、堂々たる美しいプロポーションに見惚れてしまった記憶が鮮明に蘇ってきました。

安祥寺・十一面観音像
安祥寺・十一面観音像

近年、「奈良時代に遡る大型一木彫像」として、注目を浴びている仏像です。
伸びやかで均整のとれた腰高プロポーションには、目を奪われます。
胸の張り、ウエストのくびれ、腰回りのふくらみなどは、天平彫刻の造形感覚を思わせるものを強く感じます。

この安祥寺の十一面観音像については、以前、観仏日々帖 「山科区御陵平林町・安祥寺の十一面観音像~京のかくれ仏探訪⑧」 で紹介させていただきましたので、ご覧いただければと思います。

所謂平安初期の迫力、ボリュームある一木彫像とは感覚の違った、
「奈良時代に遡る、天平風の一木彫像の世界」
に思いを馳せることが出来ました。



【充実の仏像展~大津歴博「神仏のかたち」展】


安祥寺の後は、三井寺近くの大津市歴史博物館に移動して、「神仏のかたち~湖都大津の仏像と神像」展を鑑賞しました。

博物館学芸員の寺島典人氏の展覧会解説ご講演を聴かせていただいたあと、ゆっくりと展示仏像を鑑賞しました。
湖都大津十社寺・湖信会設立60周年記念の展覧会ということで、湖信会10社寺の仏像を中心として、50躯近くの仏像が出展されていて、充実した仏像展でした。

私にとっては、半分以上が初見の仏像で、興味深く観ることが出来ました。
目に付いた仏像を、ひとつふたつだけ。

円福院の釈迦如来像が、特別展示されていました。
この展覧会で、一番惹き付けられた仏像です。

円福院・釈迦如来像
円福院・釈迦如来像

鎌倉時代の仏像ですが、肉身の造形に張りと弾力感があり、一際精彩を放っているように感じました。
像内に、建久7年(1197)安阿弥陀仏(快慶)によって造立されたという墨書があるそうですが、後世の筆で、快慶の真作とは考えない見方が主流だそうです。
快慶作かどうかとは関係なく、造形レベルの高い秀作だと感じました。
この円福院・釈迦像、手控えをみると、10年前、2008年開催の「石山寺と湖南の仏像」展で観ているはずなのですが、全く覚えていませんでした。
人の眼というものは、折々に、何に反応し、惹きつけられるのか、判らないものだと思った次第です。


西教寺の薬師如来像。

斜めの方から観ると、
「胸から上の肉身の造形、頬の張りなどが、願成就院の阿弥陀如来像の雰囲気と似たものがある。」
そんな感じがするのに気づきました。

西教寺の薬師如来像
西教寺の薬師如来像

展覧会図録解説をみてみると、
「顔は丸く張りがあり、体躯も肉付きがよくはつらつとしています。
これは鎌倉時代初期に運慶工房が造立した諸像にみられる作風です。」
と書かれていました。

なるほど!と納得です。


満月寺の聖観音像は、一度、拝したいと思っていたのですが、やっとその姿を観ることが出来ました。
堅田の浮御堂、満月寺には2度ほど訪れたことがあるのですが、聖観音像は秘仏で、拝することが出来なかったものです。



【わかりやすさで嬉しい「画像吹き出し解説」の展覧会図録】


今回の「神仏のかたち~湖都大津の仏像と神像」展で、一番うれしかったことは、展覧会図録です。

展覧会図録の解説が、 「画像吹き出し解説スタイル」 になっていたのです。

「画像吹き出し解説」という呼称は、私が勝手につけた名前なのですが、仏像写真のそれぞれのパーツに、線引きで吹き出しがあり、コンパクト解説が付されているスタイルのことです。
私は、かねてから、こんなスタイルの仏像解説本や図録の出現を心待ちにしていたのです。

今回の展覧会図録は、ご覧のような解説レイアウト、スタイルになっていたのです。

神仏のかたち展図録の「画像吹き出しスタイル解説」

神仏のかたち展図録の「画像吹き出しスタイル解説」
神仏のかたち展・図録の「画像吹き出しスタイル解説」

専門家ではない一般の仏像愛好者が、それぞれの仏像の特色、着目ポイントを、一目瞭然で即座に理解するには、これほどに判りやすいスタイルは無いと思うのです。
かつて観仏日々帖、
「嬉しい、一目瞭然の「図版吹出し解説」 芸術新潮・運慶特集(2017/10月号)」
で、
「画像吹き出し解説スタイル」が(私の記憶では)初めて採用されているのをみて、
「わが意を得たり!」
と思った話を綴りましたが、

今回の展覧会図録の「図版吹出し解説」は、押さえどころのポイントをついた、判りやすい解説になっていて、嬉しくなってしまいました。

こんな解説図録がもっと増えてくれたらと思った次第です。



【12月】



寒くなってきて、近場対応でゴロゴロしていたのですが、あまり出不精になって身体が鈍ってしまってはいけないと思い、急に思い立って、天平会月例会に参加することにして、京都に一泊二日で出かけました。



【2017年新指定重文となった来迎阿弥陀三尊を拝しに、京都・蘆山寺へ】



観仏先リスト~蘆山寺

上京区北之辺町にある蘆山寺を訪れました。

紫式部が源氏物語を執筆したと伝えられる邸宅址に建つお寺として知られ、境内には、源氏庭と名付けられた庭や、紫式部の歌碑があります。

蘆山寺
蘆山寺

蘆山寺の本尊・阿弥陀三尊像は、2017年に重要文化財に指定されたのですが、未だに拝したことがなかったので、拝観に出かけてみたのです。
脇侍が跪坐の来迎の阿弥陀三尊像で、鎌倉初期の作とされています。

蘆山寺・阿弥陀三尊像
蘆山寺・阿弥陀三尊像

阿弥陀三尊像は本堂に安置されていましたが、外陣からの拝観で、やや距離があって堂内が薄暗いために、その姿をくっきりと拝することは出来ませんでした。
双眼鏡で目を凝らしましたが、藤末鎌初の風をたたえる、穏やかな阿弥陀来迎像でした。


この日の夜は、行きつけの木屋町御池のレストラン「おがわ」。
一人ご飯&ワインではありましたが、いつもながらの美味に、満足至極。



翌日は、天平会月例会へ参加。
探訪先は、洛西の地福寺と福田寺。

観仏先リスト~地福寺・福田寺

共に、10年余前に訪れたことがあり、どうしようかと思ったのですが、思い切って参加することにしたのでした。
地福寺本尊の阿弥陀如来像、福田寺の釈迦如来像、地蔵菩薩像、ともに大変マイナーな知られざる古仏と云って良いかもしれません。



【8世紀に遡る霊木化現仏?~地福寺・阿弥陀如来像】


地福寺は、西京区大枝中山町にある浄土宗のお寺です。

地福寺
地福寺

本尊・阿弥陀如来像は、井上正氏が日本美術工芸誌連載「古仏巡歴」で採り上げ、行基菩薩御作の伝承に注目し、8~9世紀制作の霊木化現仏の一例としている古仏です。

阿弥陀像は本堂の立派な祭壇に祀られていました。

地福寺・阿弥陀如来像
地福寺・阿弥陀如来像

全体として力感を感じる造形ですが、とりわけ目を惹くのは、頭部と面相です。
いわゆる阿弥陀の慈悲相というのとは違って、顔の真ん中、中心一点にパワーが凝縮するような意志力を秘めたような面貌なのです。
刻み付けの螺髪、反り返る大きな耳とともに、偉丈夫の相を感じさせます。

井上正氏は、刻み付け螺髪が後頭部で消えていること、背面の造形が省略され上腕背部にノミ跡がのこされていることなどから、霊木化現の造形としてとらえ、また迫力ある造形などから8世紀に遡る制作の可能性に言及しました。
井上氏の見方の最大の問題点は、通肩で定印を結んでいることで、両界曼荼羅に由来する通肩、定印の阿弥陀像が作られる時期としては、早すぎることとされています。
京都市指定文化財としての解説は、9~10世紀ごろの制作とされています。

私には、制作年代の難しいことはよくわかりませんが、10世紀ぐらいの制作だとしても、おかしくないのではないかという気がしました。

いずれにせよ、ちょっと不思議なパワーのある、気になる阿弥陀像でした。



【不可思議な違和感、存在感が気になる古仏~福田寺・釈迦如来像】


もう一つ、南区久世殿城町にある福田寺を訪ねました。
JR向日町駅から歩いて10分ほど、住宅と小さな工場が混在したような町のなかにあります。

福田寺
福田寺

福田寺の古仏については、観仏日々帖 「南区久世殿城町・福田寺の地蔵菩薩像、釈迦如来像~京のかくれ仏探訪⑦」 でご紹介させていただきましたので、そちらをご覧いただければと思います。

ここでは、いろいろ言及するのは止めておきますが、今回探訪の主眼は、本堂に祀られる釈迦如来像、地蔵菩薩像です。
地蔵菩薩像の方は、平安期の制作の古様な技法の一木彫像のようなのですが、最も興味深いのは、釈迦如来像の方です。

「何とも不可思議な違和感」

を感じさせる像なのです。

福田寺・釈迦如来像福田寺・釈迦如来像
福田寺・釈迦如来像

釈迦如来像は、蓮肉まで一木という古様な技法ながらも、粗略という言葉がマッチする一木彫像です。
仏像の姿を用材から彫り出したというよりは、四角い用材を仏像の形に彫り整えた風で、ぶつけるように切り付けたような衣文の線が刻まれています。
とても京洛のプロの手練れた仏師の手になる像とは思えません。
一方で、彫る者の、魂をぶつけるような気迫、気合を感ぜずにはいられません。

この釈迦像、ひょっとしたら、損傷した平安初期頃の一木彫像に倣って、後世に、強い信仰心と気迫を込め模されて彫られた像なのかもしれないという想像もしてしまいました。

いずれにせよ、大変興味深く不可思議な釈迦如来像です。


観仏後は、天平会恒例の忘年飲み会に参加。
気持ちよく酔っぱらって、遅い新幹線に乗って、我が家へと向かいました。



年越しも随分すぎて、やっとこさ、2018年の観仏のご紹介を終えることが出来ました。
ダラダラと綴った自己満足的な観仏記に、辛抱してお付き合いいただき、有難うございました。


今年も、ブログ「観仏日々帖」、改称させていただいたHP「日々是古仏愛好」に、気ままな仏像記事を書き連ねていきたいと思っております。

よろしくお付き合いいただけますよう、お願いいたします。


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