観仏日々帖

古仏探訪~2015年・今年の観仏を振り返って〈その1〉  【2015.11.28】


平成27年(2015年)も、そろそろひと月余りとなってきました。

今年も、飽きもせずというのか、他にすることもなく、観仏探訪に精を出してしまいました。
もう60代半ば、この年になると、未体験ゾーンにチャレンジするのに臆病になってくるようで、ついついホームグラウンドの観仏探訪の世界に、どっぷり漬かってしまいます。

昨年に引き続き、今年の観仏先を総まくりで振り返ってみたいと思います。

他人が訪れた一年間の観仏シリーズをダラダラと掲載されても、面白くもなんともないと思いますが、一年の締めくくりということで、我慢してお付き合いいただければ有り難き限りです。


[1月]


【大磯・六所神社の神像に、初詣で】

観仏リスト1

今年は、正月三が日に、早くも観仏に出動です。

1月3日、初詣がてらに神奈川大磯町の六所神社の御神像特別公開に、妻と出かけてみました。
六所神社の男女神像は、近年その存在が明らかになった神像で、年に一回、1月3日限りで、特別公開されます。

初詣の参詣客でにぎわう六所神社本殿
初詣の参詣客でにぎわう六所神社本殿

初詣の人々でにぎわう社殿の脇、小さな宝物殿に目立たぬ感じで、祀られていました。
六所神社・御神像特別公開のポスター

年に一日限りの特別公開だというのに、ほとんど注目されずという感じです。
なんだか可哀想になってしまいました。
両像共、70センチ前後の像高で、平安後期らしいバランスの良い造形です。

神像のイメージに似合わぬ男女神像です。
男神像は「憂愁に満ちた青年」というか、「眉根を寄せて苦悩煩悶する」といっても良いような表情をしているのです。
女神像も「憂鬱そうに苦悩する」表情をしています。
こんな神像表現の領域があるのでしょうか?
造立時、どのような制作背景があったのでしょう?

どのような思いを込めて造られたのか、
「憂愁に満ち、苦悩煩悶する神像」
そんな不思議な世界の神像に、出会った気分になりました。

六所神社・男神像六所神社・女神像
六所神社・男女神像

瞑想苦悩するご神像に、本年の我が家の平穏と健勝を、心を込めてお祈りしました。

観仏日々帖に「六所神社・御神像の初詣探訪記」を掲載しています。



【圧巻の三大薬師像に見とれた東博「みちのくの仏像」展】

観仏リスト2

東京国立博物館で開催された「みちのくの仏像」展に出かけました。
みちのくの仏像展ポスター

主な展示仏像はご覧の通りで、勝常寺、黒石寺、双林寺の東北三大薬師像が一堂に展示されました。
見どころあるみちのくの平安古仏が勢ぞろいで、充実の特別展でした。
皆さんも、お出かけになったことと思います。
私は、2回も出かけてしまいました。

本館一階の大階段裏の展示室が会場でしたが、このくらいの規模の仏像展示が、じっくりと鑑賞するには、程良いものだと思います。
平成館を使った大規模展だと、数が多すぎて目移りしてしまい、なかなか心に残りません。

勝常寺、黒石寺、双林寺の薬師像を、ぐるりと見渡せば全部眼前に観ることができるのは、初めてです。
本当に圧巻でした。
何といっても、最大の収穫は、この三薬師像を、真横、側面からじっくり観ることができたことです。
新たな驚き、発見がありました。


やはり、勝常寺薬師像は迫力満点、国宝に指定されたことだけの事のことはあると納得です。
出来の良さといい、重厚さといい、群を抜いて輝いています。
「ウーン!」と声をあげて唸ってしまったのは、側面に回って観た体奥の分厚さです。
この分厚さは、並大抵のものではありません。

勝常寺・薬師如来坐像勝常寺・薬師如来坐像
勝常寺・薬師如来坐像

それも、膝前までケヤキの一木割矧ぎというのですから、想像を超えた巨木を用いたに違いありません。
お寺では、本堂の厨子内に安置された姿で拝しますので、この異様な分厚さが実感されません。
中央の平安初期仏と云えども、これだけの異常ともいえる分厚い体奥の像は、あまり無いのではないでしょうか?
この分厚さが、勝常寺像の内から発散するエネルギーを感じさせるのでしょう。


もう一つ、びっくりしたのは、双林寺薬師像の胸の厚さ、肩太りの造形です。
双林寺の薬師像は、衣文の彫りは浅く、顔貌が穏やかな感じがしますので、10世紀以降の制作であろうと思っておりました。
解説書にもそのように書かれているものが、多かったと思います。

双林寺・薬師如来坐像双林寺・薬師如来坐像
双林寺・薬師如来坐像

ところが、真横に回って側面から観ると、その胸の張りの分厚さ、逞しさに見惚れてしまいます。
肩太りの肉付きも、並々ならぬものがあります。
展覧会図録を見ると「9世紀の制作」と解説されていました。
「双林寺像が9世紀を考える見方が、有力になってきたのか!」
と、ちょっとびっくりしましたが、この体躯を眼前にすると、そんな気になってきます。

もう一度薬師像の姿をじっくり眺めてみました。
9世紀とするには、顔貌が穏やかで頭部が不釣り合いに小さいのと、衣文の彫りが浅くて整然としているのが、やはり気になってしまいます。
首から下の造形感からすると、もう少し頭部が大きく迫力ある造型であって良い気がします。
ひょっとしたら、首から上の頭部を後に全体的に削り、彫り直して、小さめの頭、穏やかな顔になってしまったということもあり得るのでしょうか?
よく判らなくなってしまいました。


一番、気になったのは、黒石寺薬師像です。
黒石寺像は、勝常寺、双林寺像の分厚い体躯に比べると、びっくりするほどに体奥が薄っぺらいのです。
3躯の薬師像を並べて側面から観てみると、黒石寺像の面奥・体奥が、あまりに貧相で重厚感不足です。

黒石寺・薬師如来坐像黒石寺・薬師如来坐像
黒石寺・薬師如来坐像

この像の体奥が薄い話は、前から判っていたはずなのですが、こうして眼前に見比べてみると、今更ながらのその差の激しさに、驚いてしまったというのが本音のところです。
正直、パワー不足という印象です。
黒石寺薬師像の面奥・体奥の薄さについての話は、観仏日々帖「岩手・黒石寺の薬師如来像の発見」でふれていますので、ご覧ください。

黒石寺・薬師如来像
魁偉な威相の黒石寺薬師像の顔貌
今から45年ほど前の学生時代、黒石寺で薬師像を拝し、荒々しき螺髪、目尻の強烈に吊りあがった厳しい眼、その魁偉な異貌を眼の前にしたときの、強烈なインパクトは、今もこの眼に焼きつき忘れられません。
それ以来、「私のこころの仏像」になっていたのです。

ところが、あらためて「みちのく三大薬師像」を一堂にて拝してみて、このイメージもちょっと揺らいでしまいました。
黒石寺のあの魁偉な威相が、迫力不足で、平板な表現のような感じが、心の隅によぎるような気持ちに襲われました。
この違和感、ギャップ感、このとき限りのつかの間のものなのでしょうか?
これからも続くのでしょうか?


秋田・小沼神社の聖観音立像に再会できたのも、嬉しいことでした。
ただ、大仙市豊岡の小沼神社を訪れて拝した時の、あの感動はよみがえってはきません。
この仏像は、人里離れた山中にある社殿で拝さないと、その良さを味わうことは難しいようです。

小沼神社・聖観音立像..小沼のほとりに佇む小沼神社社殿
小沼神社・聖観音立像と小沼のほとりに佇む小沼神社社殿

欝蒼とした杉林に囲まれ、緑深く染められた小沼のほとりの社殿という、霊境空間で拝してこそ、「心洗われ揺さぶられる仏像」なのだと、実感しました。

小沼神社の探訪は、観仏日々帖「「秋田県大仙市 小沼神社・観音菩薩像【その1】【その2】」でご紹介しています。



[2月]

この年、初めての関西往きです。
寒さにもめげず、播磨方面の古仏を探訪し、翌日には天平会主催の孝恩寺・道明寺探訪に参加してきました。


【念願の川西市・栄根寺の薬師如来像に初対面】

観仏リスト3

「阪神・淡路大震災20年~災害と歴史遺産」展ポスター
姫路市の兵庫県歴史博物館で「阪神・淡路大震災20年~災害と歴史遺産」展という企画展が開催されました。
仏像の展覧会でも何でもないのですが、なんとこの展覧会に、兵庫県川西市の栄根寺・薬師如来坐像が出展されたのです。
阪神大震災で、栄根寺のお堂が完全に倒壊し、跡地が「栄根寺廃寺遺跡公園」として整備されたことなどから、この企画展に出展されたのです。

実は、この栄根寺薬師像、一度は拝観してみたい念願の仏像だったのです。

私は、井上正氏が古密教関係古仏として採り上げている仏像に、大変関心があり、訪ねまわっています。
井上氏の言う奈良時代の制作にさかのぼらせる説には、ちょっと賛同できないのですが、そこで紹介される「烈しい霊威表現の仏像」、「尋常ならざる精神性を発する表現の仏像」が発散する不思議なオーラ、迫力に、強く惹かれる魅力を感じているからです。
井上氏の連載シリーズ
「古仏巡歴」「古密教彫像巡歴」「古仏への視点」(共に「日本美術工芸」に連載、2作は「古仏」「続古仏」と題し単行本化~法蔵館刊)
に掲載されている仏像を、何とか全部この眼で観てやろうと、励んでいます。

そこで採り上げられているのが、栄根寺・薬師如来像なのでした。

栄根寺・薬師如来坐像
栄根寺・薬師如来坐像

ところが、阪神大震災でのお堂倒壊以来、川西市文化財資料館の収蔵庫で保管されるようになりました。
以来、めったに公開されることがありません。
久方ぶりに出展されるという情報を知って、
「これは、なんとしてでもこのチャンスを逃すわけにはいかない」
と、姫路まで駆けつけたのでした。

博物館で、待望のご対面です。
もっと、強烈なオーラの発散を期待したのですが、実は、ややガッカリという感じでした。

井上正氏の「古仏巡歴」(単行本署名:古仏)には、
「本像の不可思議な精神をのぞかせる相貌、一種の熱気を宿す剛直な体型」
「このお像を拝した時の第一印象として、高雄神護寺の本尊薬師如来立像を思い浮かべる人は多いであろう。・・・・・同じ精神世界を感じさせるのである。」
と記されています。

博物館のガラス越しだからでしょうか?
井上正氏の語るような、不可思議な精神、熱気というのが、あまり伝わってこないのです。
正直、ちょっと拍子抜けという感じになってしまいました。
どちらかといえば、古様な地方作の、やや硬い感じの造形いう印象です。
確かに、不気味そうな空気感を漂わせ、粗豪な野趣を感じさせるのですが、強烈な迫力ある造形のようには、感じられませんでした。
むしろ、地方的な野太さとか、泥臭い粗野さの方が勝っているように、私には思えてしまいました。
古様な像ですが、10~11世紀の地方的要素のある平安仏なのかなと感じました。


これでまた、井上正ワールドの古密教仏像の実見を、一つクリアーです。
井上氏が、3作の連作の中で紹介している古密教像は、95件ほどあります。
これまで頑張って観て回ってきて、私の未見仏像は、あとちょうど10件になりました。
なかなか拝観が難しい仏像が、多く残ってしまっていますが、何とか身体の動くうちに、オールクリアーを達成したいものです。



【播磨の古仏探訪~大覚寺・毘沙門像の出来の良さに目をみはる】

兵庫県歴史博物館の栄根寺・薬師如来像を目指して、姫路まで突進してきたついでに、播磨の古仏をいくつか、同好の方々と探訪しました。

観仏リスト4

ご覧の通りです。

魁量感ある、堂々たる10世紀作の書写山円教寺講堂・釈迦三尊像や、鎌倉後期の典型的なスタイルの斑鳩寺・日光月光菩薩立像などを訪ねました。

円教寺講堂・釈迦三尊像
円教寺講堂・釈迦三尊像

斑鳩寺・日光月光菩薩立像.....斑鳩寺・日光月光菩薩立像
斑鳩寺・日光月光菩薩立像

想定外の出会いは、姫路市網干区にある大覚寺・毘沙門天像でした。

この毘沙門像、市指定文化財ということなので、さほど期待はしていませんでした。
若いご住職に本堂にご案内いただきました。
この毘沙門像を拝したいと訪れる愛好家はめったにないようで、関東からやってきたとお話しすると、少々あきれ顔でびっくりされてしまいました。

大覚寺本堂
大覚寺本堂

毘沙門天像は、お堂の左奥脇の壇上に、ひっそりと祀られていました。
像高61.7㎝の小像です。

大覚寺・毘沙門天立像
大覚寺・毘沙門天立像

眼近に拝してみて、びっくりしました。
すらりとした立ち姿、活き活きした動勢で、見事なバランスに処理されています。
甲冑や衣の造形、彫り口も巧みで、肉付けもなかなかのリアル感です。
顔貌もはつらつとしたものがあり、良い眼をしています。

大覚寺・毘沙門天立像.大覚寺・毘沙門天立像
大覚寺・毘沙門天立像

後世のものでしょうか?
像の表面の上塗りが厚くコーティングされているようで、鑑賞を少し妨げているのが残念です。
それでも、腕の良い慶派仏師の作品であることは、私にでも見て取れます。

兵庫県歴史博物館の神戸佳文氏は、このように解説しています。
高知雪蹊寺・毘沙門天立像(湛慶作)
雪蹊寺・毘沙門天立像(湛慶作)

「表情は端正で気迫に富み、高知雪蹊寺の湛慶作毘沙門天像に似ている。
体部は均整がとれ、しかも動静があり見事な作風を示している。
これらの点や、技法から、鎌倉中期以前の慶派仏師による造立と思われる。」
(ふるさとのみほとけ~播磨の仏像展図録・1991兵庫県立歴史博物館刊解説)

なるほど、解説の通りの毘沙門像。
市指定ではもったいないというのが、正直な実感です。
思いのほかの、素晴らしい毘沙門天像に出会うことが出来、大変うれしい播磨古仏探訪となりました。


観仏を終えた後は、大阪まで戻り、梅田の土佐料理「司」で、探訪の疲れを癒しました。
同好の方々との仏像談議が酒の肴で、土佐の銘酒「酔鯨」の銚子の本数が、度過ぎてしまったのは、いうまでもありません。



【強烈個性の孝恩寺仏像群に圧倒され、道成寺の三本尊に思いを致した、天平会バスツァー】

播磨古仏探訪の翌日は、「天平会」主催の、「孝恩寺・勝楽寺・道成寺の仏像」バスツァーに参加しました。
天平会は、70年以上も続いている、超老舗の仏像愛好・研究会です。
毎月、探訪例会が開催されているのですが、横浜からは年に1~2回参加するのがやっとというところです。
今回は、孝恩寺、道成寺という私の関心高い仏像探訪ということで、参加させていただきました。

観仏リスト5

総勢40人以上、大型バスをチャーターしての探訪旅行です。
同行講師は、HP「観仏三昧」で皆さんご存知の、和歌山県立博物館の大河内智之氏です。


まずは、貝塚市木積にある孝恩寺です。
アクが強いというか、強烈な個性というか、一度拝したらこの眼に焼き付いて、決して忘れることのできない孝恩寺仏像群。
約10年ぶりの再会です。

孝恩寺・本堂
孝恩寺・本堂

ご住職のご講話を拝聴した後、収蔵庫に立ち並ぶ20躯程の異形仏を拝しました。

初対面の時、その迫力に「ガツン!」というインパクトを感じても、もう一度訪れてみると、それほどに強く迫ってくるものを感じなくて、ちょっとガッカリということがよくあります。
ところが、この孝恩寺の仏像は、何度拝しても、こちらに訴えてくるパワーというか、オーラのようなものが、まったく変わることがありません。
「強い精神性が込められた仏像」とか「霊威力を発する仏像」とかよく言われますが、孝恩寺の古仏は、そうした意味での「本物」の仏像だというように感じます。

収蔵庫に入って、ぐるりと立ち並ぶ古佛たちを眺めると、なんだか異様な気分におそわれます。
「アクが強い」というか「濃いい」というか、何ともいえぬ妖しさや土着的呪力のようなものが迫ってくるのです。
弥勒菩薩坐像、跋難陀龍王立像と呼ばれる像の、クセのある顔の表情、抉りこんだ彫り口などは、他では見たことのない強烈な個性を主張しています。

孝恩寺・弥勒菩薩坐像.孝恩寺・跋難陀龍王立像
孝恩寺・弥勒菩薩坐像(左)    跋難陀龍王立像(右)

「腹にこたえるというか、ズシリとくる。
発散してくる〈気〉に押されてしまう」
孝恩寺にやってくると、いつも思う素直な感想です。

一般には、平安前期の地方的作風の一木彫と言われているように思います。
近年は、奈良時代の制作にさかのぼる可能性があるのではないかという考えの方も、何人かいらっしゃるようです。
この貝塚・木積の地は、河内の地に生まれた行基にとって、造寺造仏などに必要とした木材の集積地、すなわち兵站基地であったに違いありません。
奈良時代の後期、行基ゆかりの地で、こんな異形仏が造立されていたのではないか、そんな夢想イメージも、現実味を帯びてくるような気もしてくるのです。

「奈良時代か?平安時代か?」という話はさておいても、孝恩寺の仏像は、ミステリアスな世界に惹きこまれるような、不可思議な仏像たちだという思いを今更ながらに強くして、孝恩寺を後にしました。


次に訪れた勝楽寺の仏像のことは、まったく知りませんでした。
有田川に近い有田郡湯浅町別所という処にありました。
当地は、平安後期以降、有田川下流域中心に大きな勢力を有した武士団・湯浅党の中心拠点であったそうです。

勝楽寺・本堂
勝楽寺・本堂

お堂に伝来する諸像は、その威勢を十二分に偲ばせる、堂々たる仏像でした。
阿弥陀、地蔵坐像は、2メートルをはるかに超える巨像で、しかも造形の出来も優れたものです。

勝楽寺・阿弥陀如来坐像.勝楽寺・地蔵菩薩坐像
勝楽寺・阿弥陀如来坐像(左)        地蔵菩薩坐像(右)

「こんなに見事な仏像の存在を全く知らなかったのは、ちょっと恥ずかしい。」

眼前の仏像を見上げながら、そんな気持ちになりました。

土産に買った湯浅町特産の「金山寺味噌」。
我が家に戻って、試してみると、これがまた美味かった。



最後は、娘道成寺で名高い道成寺です。
久しぶりの道成寺です。

道成寺・伽藍
道成寺・伽藍

伊東史郎氏著「道成寺の仏たちと『縁起絵巻』」
伊東史郎著・道成寺の仏たちと『縁起絵巻』
今回の訪問は、昨年(2014.9)に発刊された、伊東史郎氏の著書「道成寺の仏たちと『縁起絵巻』」を、興味深く読ませていただいた後でしたので、新たなる関心、期待を覚えての道成寺諸仏の拝観です。
楽しみにしていたのです。

伊東史郎氏著の「道成寺の仏たちと『縁起絵巻』」の内容については、観仏日々帖~新刊旧刊案内で、紹介させていただきましたのでご覧ください。


道成寺には、その歴史の変遷の中で造立された、3つの本尊・千手観音像が残されています。
伊東氏はその造立時期を、次の表のように考えられています。

道成寺の三本尊・千手観音像

この日は、本堂の根本本尊も公開されており、宝仏殿の国宝・千手観音像とともに、拝することが出来ました。
根本本尊は、昭和62年(1987)に北向き本尊の体内から発見された、バラバラに破損した断片から復元修理された像です。

道成寺根本本尊・千手観音立像
道成寺根本本尊・千手観音立像

クスノキ材の木彫乾漆併用像です。
奈良時代、8世紀前半の木彫像の遺例とされる像は無いように思いますが、その姿を偲ばせる像と云ってよいのかもしれません。
白鳳風のおだやかな像容に復元されていますが、本当はどのような姿だったのでしょうか?
本堂のほの暗いお堂の内陣に、浮かび上がるようにライティングされて祀られていました。

道成寺本堂に安置されている根本本尊・千手観音立像
道成寺本堂に安置されている根本本尊・千手観音立像

そのお姿は、白鳳時代からの歴史を有する道成寺のご本尊として似つかわしい、そのように感じさせるような落ち着いた雰囲気を漂わせていました。

国宝・千手観音三尊像は、明るい収蔵庫、宝仏殿に祀られています。

道成寺宝仏殿・千手観音立像.道成寺宝仏殿・千手観音立像
道成寺宝仏殿・千手観音立像

さすが国宝、文句なしの国宝とでもいうべき、見事な仏像です。
何度拝しても、見惚れてしまいます。
奈良京都の都中央でも、これだけの堂々たる充実した造形の巨像は、そうあるものではありません。
月並みな言葉ですが、正直、感動してしまいます。

宝仏殿内には、所狭しと言ってよいほどに、20躯近い仏像が林立しています。
多くは平安前期を見られる、迫力ある古仏ばかりで、圧倒されてしまいます。
これだけの第一級レベルの巨像が、この日高川の海近くという地に造立されたということは、当地の勢力が大変大きなものであったことを物語っているのでしょう。

良き仏像を拝した満足感に浸った道成寺拝観でした。
大河内先生の解説も、懇切で判り易く、また熱のこもったもので、大変勉強になりました。
参道では、名物「釣鐘饅頭」を売り込み、呼び込む声がにぎやかに飛び交うなか、道成寺を後にしました。

釣鐘饅頭を勧める店が並ぶ道成寺参道
釣鐘饅頭を勧める店が並ぶ道成寺参道


天平会バスツァーを終え、その日の夜は、京都で別行動の妻と合流。

翌日、京都の朝食は、寺町通竹屋町下の「進々堂」のモーニングメニュー、ランチは木屋町御池上ルの「レストラン・おがわ」。
我が家のお気に入りの、定番お食事処になっています。
何回来ても、美味しく落ち着けるお店です。

寺町通竹屋町下「進々堂」...木屋町御池上ル「レストラン・おがわ」
寺町通竹屋町下「進々堂」       木屋町御池上ル「レストラン・おがわ」

本当に久しぶりに、大徳寺の大仙院の名庭を観て、帰京しました。



[3月]

二つの仏像の展覧会に出かけました。

一つは、根津美術館で開催された「救いとやすらぎのほとけ~菩薩」展を観ました。
根津美術館所蔵の仏教美術コレクションから仏像、仏画、約40件が展示されていました。
飛鳥から江戸時代までの所蔵仏像の出展でした。
こじんまりした落ち着いた展覧会でした。

菩薩展ポスター


もう一つは、東京国立博物館で開催された「コルカタ・インド博物館所蔵~インドの仏・仏教美術の源流」展です。
インドの仏展ポスター
「博物館所蔵の仏教美術名品、約90点が来日、インド美術発生の歴史をたどる展覧会」
ということです。
超一級品ばかりという展示ではなかったのでしょうが、インド古代仏像を愉しむことが出来ました。
表慶館での開催でしたが、結構大勢の人出で混雑していたのにはビックリです。

私は、3年前の2012年、インドの仏像、仏跡探訪旅行に出かけました。
エレファンタ島、アジャンタ、エローラ、オーランガバード、サンチー、ウダヤギリなどを訪れました。
展覧会での展示仏像を見ていると、インド旅行のことが懐かしく思い出されました。



【伊豆下田の法雲寺・秘仏御開帳~思いがけずの見処ある平安古仏に遭遇】

3月21日に、静岡県下田市北の沢・法雲寺(下田市須原973-1)の秘仏本尊・如意輪観音坐像が60年に一度のご開帳との情報をキャッチ。
10世紀に遡る可能性のある平安古仏という話で、「これは行かねばならない」と、同好の方々と、伊豆下田まで出かけました。

観仏リスト6

観仏先はご覧のとおりです。

なんといっても目指すは、法雲寺の秘仏・如意輪観音坐像の御開帳です。
60年に一度の御開帳ということです。
当日は、上原仏教美術館の学芸員・田島整氏の現地解説もあるということで、結構拝観に訪れる人が多いのかと思ったのですが、遠方からやってきたのは我々の他に10人以内ぐらいという処でありました。

集会所兼用の法雲寺のお堂
集会所兼用の法雲寺のお堂

「無指定」の仏像でもありますし、そんなところということなのでしょう。
地元の村落の皆さんは集会所兼用のお堂でお坊さんと一緒にお経を唱えられています。
お汁粉、モツ煮汁のふるまいもあって、和気藹々とした「村人総出の賑やかな記念行事」といった風情のご開帳でした。

秘仏・如意輪観音像については、田島氏の解説によれば、
「これまで古様な作風を留める、平安後期の制作とみられていたが、調査の結果、10世紀に遡る可能性があると考えられる。
これほど古い時代の如意輪観音像の造像例は、静岡県内では知られておらず、東日本でも最古級とみられる。」
というお話でした。

法雲寺・如意輪観音坐像の解説をする田島整氏
法雲寺・如意輪観音坐像の解説をする田島整氏

このあたりの観仏探訪記については、観仏日々帖「古仏探訪~伊豆下田市・法雲寺の秘仏・如意輪観音坐像 拝観記」に記していますので、ご覧ください。

ほんの眼近に近寄って、じっくりと拝することが出来ました。
如意輪観音像は、見るからに地方作ですが、なかなかの見所ある平安古仏です。

法雲寺・如意輪観音坐像

法雲寺・如意輪観音坐像
法雲寺・如意輪観音坐像

全体の造形は、結構アンバランスなところがあり、地方の在地仏師の手になる仏像でしょう。
しかし、腰から下の造形は、ボリューム感はたっぷりで、衣文の彫り口も、鋭く抉ったシャープ、平安前期の厳しさを感じさせるものがあるのです。

「これは、古様でパワフル、惹きつけるものがある造形だ。
10世紀の制作ということで、OKじゃないんだろうか?」

ちょっと依怙贔屓に過ぎるかもしれませんが、そのような気持ちになってしまいました。

わざわざ出かけて来た甲斐がありました。

「伊豆の田舎の村落に、10世紀までさかのぼりそうな平安古仏発見!」

我々が発見したわけでも何でもないのですが、そんな気分になりました。


満ち足りた気分で、帰路は下田から「踊り子号」に乗車。
しっかり買い込んだおつまみとお酒で、愉しく車内で酒盛り。
「10世紀でいいと思うか?」「結構、時代が下がるんじゃないの?」「でもあのグリグリとした彫り口は魅力的」
などなどと、酒も入ってやかましく盛り上がり、他の乗客の方には迷惑だったのかもしれません。
ちょっと反省。


「今年の観仏を振り返って」【その1】は、1月~3月までの観仏探訪先のご紹介でした。
まだ3か月分、このままでは、いつ終わることやら・・・・・


次回【その2】は、4月からです。


コメント

今年も

勢力的な観仏をされているようですね。

六所神社の苦悩する神像の表情は写真でも見入ってしまいます。
仏像では、十二神将で困ったような顔の像を見ますが、どういう意図のものなのかよく分かりません。六所神社の神像ほど深刻で人間的な表情ではないので、意味的にはまったく別物なのでしょうね。

「みちのくの仏像」展は私も行きました。東北まではなかなか行けない私にとっては、非常にありがたい展示でした。
黒石寺の薬師如来は、「鋭い眼差しですが、人々を包み込む優しさがあります」と紹介されていましたが、見よう(と言うよりは、見る人の心持ち次第)によっては優しいお姿にも映るのでしょうかね。

  • 2015/11/29(日) 23:26:30 |
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