観仏日々帖

古仏探訪~伊豆下田市・法雲寺の秘仏・如意輪観音坐像 拝観記 【2015.4.1】


想定外の興味深い仏像に遭遇しました。

伊豆下田市にある法雲寺の秘仏・如意輪観音坐像です。
60年に一度のご開帳という情報をキャッチし、同好の方々と観仏探訪に出かけたのです。


〈古様で興味深い、秘仏・如意輪観音坐像〉

「ウーン!」と唸ってしまいそうな、興味深い仏像です。
まずは、写真をご覧ください。

法雲寺・秘仏如意輪観音坐像
法雲寺・秘仏如意輪観音坐像

像高77㎝の一木彫で、「無指定」の仏像です。

・平安の前中期まで遡る像なのか? 平安後期~鎌倉まで下がるのか?

・素木の霊木仏なのか? 彩色されていた仏像なのか?

・意図的なデフォルメ、歪みの造形表現なのか? 造形バランスが崩れた、ちょっと出来の良くない地方作なのか?

「どっちなんだろう?」
そんな思いが、頭のなかをぐるぐるとめぐり、錯綜してしまいます。
悩んでしまう、そんな興味深い仏像です。


この仏像のことは、私は全く知りませんでした。

たまたま、60年に一度のご開帳があるという情報を知り、ネットで調べてみると、上原仏教美術館の学芸員、田島整氏のツイッターに、
「3/21、3/22に、60年一度の開帳。
10世紀に遡る古像で、木造の如意輪観音像としては東日本最古級の貴重な仏像。」
と書かれていて、ご覧いただいた仏像写真が掲載されていました。

「一度、拝してみる値打ちがありそうだ。」

そんな気になり、同好の方を誘い、思い切って、伊豆下田まで出かけたのでした。


〈村人総出の行事の秘仏ご開帳法要〉

法雲寺は、伊豆急下田駅から北に向かって車を走らせて20分ぐらい、下田市須原の北の沢の集落近くにありました。
山あいの鄙びた山村の小さな集落です。
小高いところに在る法雲寺は、本堂が村の集会所を兼ねているような建物になっています。

法雲寺・本堂
法雲寺・本堂

到着すると、丁度、ご開帳の法要が執り行われている処で、僧侶の読経の声が聞こえてきました。
お堂を覗くと、多くの村人が、お坊さんを囲んで、一緒にお経を唱えています。
秘仏の如意輪観音坐像は、本堂のど真ん中に運び出され、安置されているのが見えます。
普段は、隣の観音堂に在る厨子のなかに秘されているそうです。

秘仏御開帳法要が執り行われている本堂
秘仏御開帳法要が執り行われている本堂内

御法要が終わるのを待つ間、お堂の外で、村の方々がご用意いただいた、ふるまいのお汁粉、モツ煮汁を薦められました。
美味しくいただき、おかわりまでしてしまいました。

村の方々からふるまわれる汁粉やモツ煮汁
村の方々からふるまわれる汁粉やモツ煮汁

まさに、和気藹々とした、「村人総出の賑やかな記念行事」といった風情のご開帳です。

ただ、ほとんど知られていないといって良い仏像のご開帳なので、近所の人以外で、わざわざこのご開帳を目指して出かけてきた愛好者は、我々を含めて10人ほどだけだったようです。


〈上原仏教美術館・田島整氏の現地解説講座〉

御法要が終わると、上原仏教美術館の学芸員、田島整氏の現地講座がありました。
秘仏・如意輪観音を目の前にして、30分間ほど、本像についての解説をいただきました。

秘仏如意輪観音の前で現地講演する田島整氏
秘仏如意輪観音の前で現地講演する田島整氏

実はこの仏像、2012年に上原仏教美術館で開催された「伊豆の観音像展」に出展されており、田島氏は、その時に本像を調査されているようです。

法雲寺・如意輪観音坐像(伊豆の観音像展図録掲載写真)

法雲寺・如意輪観音坐像(伊豆の観音像展図録掲載写真)...法雲寺・如意輪観音坐像(伊豆の観音像展図録掲載写真)
法雲寺・如意輪観音坐像(伊豆の観音像展図録掲載写真)

その時の知見なども踏まえての、大変丁寧でわかりやすい説明で、皆、聴き入っていました。

田島氏の解説を、ご紹介したいと思います。
そのエッセンスは、次のようなものです。
自己流解釈なので、違っているかもしれませんが、ご容赦ください。

・本像は、両脚、腕などは別材矧ぎであるが、頭体部は一木で内刳りも施さないという、古風な造像法をとっている。
材は、針葉樹材で、カヤであろうと思われる。

・左足の同心円状の衣の襞、襞の先端が三角形に尖って鎬立つ表現も、古様な特徴点である。

・如意輪観音像は時代が下ると、首を傾ける像が多いが、本像は首を真っ直ぐに伸ばしており、これもまた古様である。

目鼻や眉、頭髪、髭が墨描きされている法雲寺・如意輪観音像
目鼻や眉、頭髪、髭が墨描きされている
法雲寺・如意輪観音像
・本像は、調査した処、彩色の痕跡がなく、白木の素木像であったと思われ、唇に朱を、目鼻や眉、頭髪だけ墨描きして仕上げている。
現在の彩色の痕は、150年ぐらい前の修理時に塗られた色。
墨描きは江戸時代に修理された際に描き直されたもので、尊容を損ねてしまっているものの、口髭の加筆以外の部分は、当初からこのような墨書き仕上げであったものと思われる。

・素地のままで、目鼻や頭髪のみ墨描きする仏像には、檀像風像、鉈彫り像があり、鉈彫り像を造る背景には、霊木信仰があると考えられる。
本像も霊木信仰を背景に造像された可能性がある。

・本像の制作年代は、これまで古様な作風を留める、平安後期、12世紀頃の制作とみられていた。

・しかしながら、以上の点を総合すると、制作年代は10世紀に遡る可能性があると考えられる。

・これほど古い時代の如意輪観音像の造像例は、静岡県内では知られておらず、東日本でも最古級とみられる。

以上のとおりです。

要約すると、
素木、カヤ材と思われる一木彫の如意輪観音像で、内刳りのない造像法、古様な衣文表現・彫りの鋭さや、首を真っ直ぐに伸ばす姿勢などを総合すると、10世紀に遡る可能性ある平安古仏と考えられる
というご説明でした。

田島整氏の本像の解説については、伊豆新聞に連載された、
伊豆の仏像を巡る(54)
「下田市北の沢・法雲寺 如意輪観音坐像」(上原仏教美術館主任学芸員・田島整)
が、ネット上に掲載されていますので、ご覧いただければと思います。


〈悩んでしまう制作年代の印象~平安前中期?・後期末期?〉

さて、田島氏の解説の後、如意輪観音像にじっくりと近寄って、眼近に拝することが出来ました。

後世の加筆に惑わされているのかもしれませんが、顔部の様子や、胸から上の造形を見ていると、少し時代が下がるのかなと感じてしまいます。
また、全体の造形バランスも、結構崩れたアンバランス感があります。
地方の在地の仏師によって彫られた、ちょっと出来がよくない像なのかなというのも実感です。

ちょっとアンバランスな造形の上半身..地方作風の雰囲気の顔部
ちょっとアンバランスな造形感、地方作風の雰囲気がある如意輪観音像

平安前期彫刻特有の、パワーや迫力を感じるというのではありません。
古様ですが、もう少し、落ち着いた、穏やか感があるようです。

「平安後期、末期の、在地作の地方仏ということでもいいのかな??」

こんな気持ちになってきます。

ところが、腰から下の下半身に目を移すと、そんな感じは一変してしまいます。
オゥ!と声をあげてしまいそうになります。
惹きつけるものがあります。

鋭い彫り口で、張りボリューム感ある脚部
鋭い彫り口で、張りボリューム感ある脚部

両脚のボリューム感はたっぷりで、張りもしっかりあります。
腰から両脚にかけての造形を見ると、木の塊からグリグリと彫出したような、塊量感があるのです。
衣文の彫り口も、鋭く抉ったシャープなもので、平安前期の厳しさを感じさせるものがあります。

そう思って、上半身の条帛あたりの衣文の彫り口を見ると、それほど深く彫り込まない浅めの衣文ですが、しっかり鎬を立て、硬質感あるシャープな表現になっています。

硬質感あるシャープな表現の条帛衣文
硬質感あるシャープな表現の条帛衣文

「これは、古様でパワフル、惹きつけるものがある造形だ。
10世紀の制作ということで、OKじゃないんだろうか?」

こんなふうな、魅力を感じてしまいました。


同好の方々と、感想を交わし合うと、

「結構、古様だよね。」
「そうはいっても、この造形は、時代が下るのじゃないだろうか?」
「いやいや、脚部、膝の衣文の鋭い彫口は、どう見ても10世紀のものじゃないの?」
「背中の肉付けが、なかなかの魅力的で、古様なのでは」
「左脚部を矧ぎ付けてあるヤトイホゾが、表面部にあるけれども、素木像なら表面にこんなホゾをつけることはないのでは? きっと、彩色仕上げだったのに違いない。」

様々な意見が飛び交います。


この如意輪観音像、注目する視点や、観る位置、角度で、随分違って見えるようです。

ある角度から見ると、大変古様で、意図的なデフォルメ、力感ある造形で、鋭い彫口の仏像に見えるのです。
10世紀に遡る、迫力ある平安古仏そのもので、惹き付けられてしまいます。
そのように見える角度から撮った、魅力ある写真をピックアップしてみました。

古様、迫力ある造形が強調される写真(法雲寺・如意輪観音像).古様、迫力ある造形が強調される写真(法雲寺・如意輪観音像)

古様で迫力ある造形が強調された写真(法雲寺・如意輪観音像)
古様で迫力ある造形の印象が強調された角度からの撮影写真
10世紀に遡る古像の印象を受ける


如何でしょうか?

また、ある角度から見ると、一見古様だけれども、形式化が進んだ力感の少ない造形で、造形バランスも崩れがちな、ちょっと出来の良くない仏像に見えます。
そのような眼で見ると、地方の在地作の平安後期、末期の制作のように見えてきます。

10世紀の平安古仏?    平安後期の古様風地方仏?
皆さんは、どちらの方のイメージを、強く感じられたでしょうか?

私の印象は、難しすぎてよく判らず、悩んでしまうけれども、
「心情的には、10世紀に遡る平安古仏であってほしい」
というのが、率直な気持ちです。


〈時代が下がっても古様を留める「地方作の一典型」という考え方〉

ただ一方で、
「平安後期の地方作には、このような古様を残す作品が、一つの典型としてあるのではないか。」
そうした見方も、
地方作といわれる仏像をみるときの、重要な視点だと思います。

本像についての、過去の解説をみると、

「平安時代後期には、このような古様で簡素な造法・作風を示す仏像が見られるが、本像もその系列に属する一作である。」
(「伊豆地方仏像調査報告書1・伊豆の仏像 南部編」1992年上原仏教美術館刊・山根明氏解説)

と記されており、そうした見方が示されています。

「このような視点、見方が大切」、ということで思い出すのは、同じ関東、埼玉県入間郡越生町の如意輪観音堂の如意輪観音像です。

この像は、一見したところ大変古様で、平安前中期の造形感あふれた像だと、誰もが思ってしまう平安古仏です。

如意輪観音堂・如意輪観音像..如意輪観音堂・如意輪観音像

如意輪観音堂・如意輪観音像
如意輪観音堂・如意輪観音像

巾広い面相や太造りの体躯、下唇を突き出すような鎬立った口唇、小鼻の張った太い鼻梁などは、迫力があり、平安時代前期風の古様を示しています。
衣文線も、シンプルですがシャープな線で鎬立ったものがあります。
カヤ材の一木彫で、前後に割り矧ぎ内刳りがされていますが、彩色しない素木像で、眉や眼、髪や口髭を墨書し、唇に朱を差しています。

この像の特徴を連ねていると、下田法雲寺の如意輪観音像の特徴をほとんどそのまま重ねて綴っているような気になってきます。
写真をご覧になっても、造形、像容に共通点が見られるように感じられることと思います。

ところが、この如意輪観音堂・如意輪観音像には、像内墨書銘が残されており、応保2年(1162年)に制作されたことが明らかになっています。
もう間もなく鎌倉時代という平安末期の制作ということになります。

都・中央では、鎌倉時代の萌芽が、はっきり見られる像がつくられていた時代、都から遠く離れた関東の在地では、このような平安前中期を思わせる古様な仏像が造られていたということです。


〈平安前中期仏像が遺される伊豆南部地方〉

こんな造像例をみると、気持ちが平安後期末期に傾いて来るのですが、この伊豆地方南部というのは、平安前中期とみられる仏像が、しっかりと遺されている地でもあるのです。

河津町・南禅寺に遺された古仏群は、その代表選手として知られています。
南禅寺の薬師如来坐像や天部像は、9~10世紀の制作といわれ、魅力あふれる平安古仏です。

河津町南禅寺・薬師如来坐像
河津町南禅寺・薬師如来坐像

河津町南禅寺・天部像
河津町南禅寺・天部像

また、京都国立博物館に展示されている、西住寺の宝誌和尚立像は、南禅寺のすぐ傍の庭冷山に安置されていた仏像で、江戸時代、貞享4年(1687)に西住寺に移したと、西住寺縁起に記されている仏像です。
この像は、11世紀の制作といわれますが、霊威を顕わす優れた彫像です。

西住寺・宝誌和尚像(京博展示)..西住寺・宝誌和尚像(京博展示)
西住寺・宝誌和尚像(京博展示)

当地には、平安前期から優れた仏教文化がしっかりと伝わっていたことは明らかです。
そんな土地柄からすれば、南禅寺からさほど遠くない処にある法雲寺・如意輪観音像が、10世紀に制作されていても、おかしくもなんともないというとこかと思います。


繰り返しになってしまいますが、10世紀の平安古仏なのか、平安後期・末期の古様を留める像なのか、結局の処、難しく悩んでしまうのです。

いずれにせよ、この古像が、無指定というのは、「どうしてなのかな?」と思います。
せめて、市か県の文化財指定がされていてしかるべき像ではないでしょうか。


〈思いのほかの大満足となった観仏探訪〉

法雲寺・如意輪観音像の制作年代をめぐる話が長くなってしまいました。

秘仏ご開帳拝観記に戻りたいと思います。

じっくりと、如意輪観音像を眼近に拝し、観仏を堪能しました。
最後に、普段観音像が秘されているという、 観音堂へ寄ってみました。

法雲寺・観音堂
法雲寺・観音堂

観音堂の中央には、秘仏が祀られている厨子が据えられています。
この厨子は、幕末の下田で活動した絵師、仏師であった、松本雲松の制作によるものだそうです。

秘仏如意輪観音像が祀られる厨子(松本雲松作)
秘仏如意輪観音像が祀られる厨子(松本雲松作)

如意輪観音像の顔部の墨描きの加筆、描き直しは、この松本雲松の手による可能性が高いとの、田島氏のお話でした。

堂内には、馬を描いた絵馬がたくさん奉納されています。
この如意輪観音像、近世には、馬頭観音像とされて信仰されており、それ故に馬に因むような捧げ物がおさめられていたということです。

観音堂に奉納された馬の絵馬の数々
観音堂に奉納された馬の絵馬の数々


あまり期待もせず、60年に一度の秘仏開帳ということで、他に所用もなかったので出かけてみた、法雲寺・如意輪観音坐像でした。

ところが、思いのほかの興味深い平安古仏に出会うことが出来ました。
思い切って、訪ねてみてよかったという満足感一杯の観仏探訪となりました。

「10世紀の平安古仏であってほしいな」

という、個人的な願望を心に抱きながら、村人で賑わう法雲寺を後にしました。

コメント

法雲寺 如意輪観音坐像

法雲寺・如意輪観音坐像を含む「伊豆横道三十三観音霊場ご開帳」には伺えませんでしたが、この坐像は、上原仏教美術館「伊豆の観音像」(2011年)で拝見しました。
この展覧会では、善光庵・十一面観音立像など素晴らしい仏像やレア仏も出展されておりました。
南禅寺の仏像など、伊豆の仏像はなかなか独特の方々が多く、興味深いですね。

Re: 法雲寺 如意輪観音坐像

Takaタカ様

ご覧いただき、有難うございます
法雲寺・如意輪観音坐像は、本当に興味深い仏像ですね
もっと、紹介されたらと思うのですが・・・・・
伊豆の南部は、南禅寺をはじめ、関東・東海エリアでは、平安仏の宝庫ですね
当地が、平安の昔から、如何に海運の要地であったかが偲ばれます。
近年、上原仏教美術館では、興味深い伊豆の仏像展が着々と開催されています
今度は、どんな仏像展が開かれるのか、愉しみです

管理人

  • 2015/04/03(金) 16:49:31 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

はじめまして

管理人様はじめまして!
この日、法雲寺で参拝&田島先生の講演を聴いた「東北イーグルス!」です。

如意輪観音が信仰の変化によって馬頭観音となった経緯はとても興味深く、なおかつ田島先生の説明もすごくわかりやすかったですね!

この日は徒歩で河津方面に下って3ヶ寺の御開帳にも立ち寄ることができました。

善光寺をはじめ秘仏御開帳が今春もいくつかあるので訪ねるのを楽しみにしています!

  • 2015/04/06(月) 09:05:24 |
  • URL |
  • 東北イーグルス! #-
  • [ 編集 ]

Re: はじめまして

東北イーグルス!様

ご覧いただき有難うございます
法雲寺、御開帳・臨地講座、ご一緒だったのですね。

法雲寺・如意輪観音像は、なかなかに興味深い仏像で、下田まで、わざわざ出かけて拝することができて、本当によかったという思いです。
われわれも、あの日は、南禅寺、地福院へ寄って、伊豆の仏像を愉しみました。

管理人

  • 2015/04/08(水) 08:18:05 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kanagawabunkaken.blog.fc2.com/tb.php/76-46370623
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)