観仏日々帖

古仏探訪~京田辺市・来迎寺の聖観音坐像  【2014.8.31】


南山城シリーズの続きということで、京田辺市の松井里ケ市にある来迎寺・聖観音坐像をご紹介したいと思います。


「京田辺の来迎寺? 聞いたことないなあ・・・・・」

と、皆さん、首を傾げられるのではないでしょうか。

来迎寺の聖観音坐像を拝したことがある方は、あまりいらっしゃらないのではないかと思います。
平安時代の仏像ですが、全くの無指定で、市指定文化財にもなっていません。

この像の存在を知ったのは、最近刊行された「京田辺市の仏像」という本に掲載されていたからです。
平成19年(2007)に刊行された、調査報告書です。

「京田辺市の仏像~京田辺市美術工芸品調査報告書~」
京田辺市教育委員会・2007年刊

「京田辺市の仏像」京田辺市教育委員会刊


ページをめくっていると、魅力のありそうな平安古仏の写真が、眼に留まりました。
「京田辺市の仏像」に掲載されている写真をご覧ください。

来迎寺・聖観音坐像(「京田辺市の仏像」掲載写真)
来迎寺・聖観音坐像(「京田辺市の仏像」掲載写真)

一目見ただけで、結構古い仏像だと感じられると思います。
だいぶ、後の手が入っているような感じですが、どう見ても、平安前期の雰囲気プンプンの仏像です。

「これは、一度訪ねねばなるまい!」

そのように思っていました。

昨年(2013)、機会があり、ようやく京田辺市の古仏探訪にでかけました。
来迎寺の観音像も含めて、あまり知られていない平安古仏をいくつか拝しましたが、やはり、この来迎寺像が最も印象的で出色、という実感でありました。

そこで、この「知られざる平安古仏」として、ご紹介しておこうと思った次第です。


来迎寺は、京田辺市・松井里ケ市という処に在ります。
京田辺市の北の方で、城陽駅の西5キロぐらいの処です。
京八幡とか宇治に近く、南山城というより京都の南といった方がよいような場所です。

聖観音像のご拝観お願いのご連絡をすると、快くご了解をいただきました。

同好の方々と車で訪ねましたが、古い家が並ぶ村落の道を往くと、その奥の方に来迎寺がありました。
小ぢんまりはしていますが、山門もご本堂も荒れた様子もなく、地元の人々にしっかり守られているお寺のようです。

来迎寺・山門
来迎寺・山門

お寺へ向かう途中で、地元の年配の方に道を尋ねました。

すると、
「観音さんを見に来る人がいるというのは、あんたたちの事なのか。
私も、その観音さんを拝んだことが無いので、この機会に見ようとおもって、来迎寺に寄ろうと思っていたところだ。」
ということで、ご一緒に来迎寺に向かいました。

来迎寺の檀家(総代?)の方のようで、我々が拝観に来るというのを、お寺からお聞きになり、それなら一緒に拝観と思われたようなのです。

目当ての聖観音坐像は、主要な檀家の方でも、良く知らないという仏像のようです。
というのも、この観音像、本堂に祀られているのではなく、その隣の少々古びた建物の一角に祀られていました。
檀家の方々も、普段そちらの方のことはよくご存じなかったようです。

来迎寺・本堂横の聖観音像が祀られている建物
来迎寺・本堂横の聖観音像が祀られている建物

来迎寺は、永禄8(1565)年、道誉上人により開山されたと伝えられているお寺です。
本堂の方には、後日調べてみると、鎌倉中期の阿弥陀如来像(無指定)がご本尊として、祀られているようです。
伺ったときは、そのことを知らず、ご本尊を拝さずに帰ってしまいました。

来迎寺・本堂.来迎寺・本尊阿弥陀三尊像
来迎寺・本堂と本尊阿弥陀三尊像

聖観音像の方は、客仏ということなのかもしれません。

さて、めざす聖観音坐像のご拝観です。
本堂横の建物に上げていただくと、聖観音像がたくさんの千手観音小仏像とともに祀られていました。
お寺のご本尊ではないので、きっちり荘厳してお祀りするというわけにも行かないようで、簡単な拝坐を設けて、地味に祀られていました。

来迎寺・聖観音坐像
来迎寺・聖観音坐像

観音像を拝しに来る人は、本当にめったにないようです。

「よくこの観音様のことを知られましたね。どうして、判ったのですか?」

と、不思議そうに尋ねられてしまいました。

「『京田辺市の仏像』という本に掲載されていて、素晴らしい仏さんのように思ったので、伺ったのですよ」

とお話しすると、

「変わった人たちもいるものだ。」

というような顔色で、少々あきれたような感じでもありました。


観音像の前にかけられていた錦帳・垂れ幕も外してくださり、眼近にじっくりと拝することが出来ました。

来迎寺・聖観音坐像
来迎寺・聖観音坐像

像高93.2㎝、灰色の上塗りが全面に施されています。

予想に違わぬ存在感です。

やはり、間違いなく平安前期の雰囲気です。
ただ、森厳とかオーラとかという言葉で表現されるような、霊威的な迫力というのと、ちょっと違います。
「存在感」という言葉が、一番あたっているように思います。
「どっしりした存在感」とでもいうのでしょうか?

歪みの造形とか、鋭い彫口といった、インパクトで迫るというのではありません。
オーソドックスは造形のようなのですが、その場にいると、ちょっとすくめられるような「存在感」を漂わせる像なのです。

来迎寺・聖観音坐像~上半身
来迎寺・聖観音坐像~上半身

「堂々たる重厚感」を感じます。
正面から見てもボリューム感充分なのですが、横にまわって側面から見ると、胸の凄い厚み、頭部の面奥の深さなどは、並大抵ではありません。

来迎寺・聖観音坐像~上半身.来迎寺・聖観音坐像~側面
来迎寺・聖観音坐像~側面

だからといって、唯々分厚いだけで、造形が崩れているというのではなく、しっかりと締まりある良く出来たモデリングで、なかなかの造形力です。
重厚感を通り越して、鈍重感を感じないわけではないのですが、これが後世の厚塗りで像容が損じているからではないかなと思います。

胸のあたりから下の方、下半身にかけては急に力が抜けてしまう感じです。
「アレッ!!どうしたんだろう?」
と思いますが、腹部から膝前の前面は新材による後補だからのようです。

何といっても、インパクトがあるのは、「お顔」です。

大ぶりな造作で、太い鼻梁線、分厚くめくれたような唇が、特に印象的です。
下膨れの頬も目を惹きます。
「エキゾチックで、静謐なお顔」という感じです。
「沈鬱感」といっても良いのかもしれません。

来迎寺・聖観音坐像~顔部

来迎寺・聖観音坐像~顔部
来迎寺・聖観音坐像~顔部


「太い鼻梁、分厚い唇、エキゾチックな風貌、沈鬱感」

こんなキーワードを並べていると、近江の二つの観音像のことを思い出してしまいました。

滋賀県野洲市に在る「来迎寺・聖観音立像」と、長浜市に在る「来現寺・聖観音立像」です。

野洲市・来迎寺・聖観音立像..野洲市・来迎寺・聖観音像~顔部
野洲市・来迎寺・聖観音立像

長浜市・来現寺・聖観音立像..長浜市・来現寺・聖観音立像~顔部
長浜市・来現寺・聖観音立像

この2躯の観音像のお顔と、来迎寺・聖観音像のお顔とは、似ているとは云えないののですが、どこか通ずるフィーリングを感じてしまいます。
これらの像と共通する系譜などがあるのかどうか、全くわかりませんが、つい思い出してしまいました。

滋賀、来迎寺像、来現寺像ともに、

「南都の寺院と関係があった像ではないか?奈良時代の仏像に通じる表現が多い。」
(「特別展仏像・一木にこめられた祈り」解説)

とも言われています。
そのあたりに何やら同じくするものがあるのかもしれません。

もう一つ思い出したのが、亀岡市・甘露寺の聖観音坐像です。
これまたちょっと雰囲気は違いますが、ボリューム感があり下膨れの面貌には、相通じるフィーリングを感じます。

亀岡市・甘露寺・聖観音坐像

来迎寺・聖観音坐像~顔部
亀岡市・甘露寺・聖観音坐像

甘露寺像も、
橘寺・伝日羅像~顔部
橘寺・伝日羅像~顔部

「その相好は、奈良橘寺の日羅像とよく似た眉や唇に特徴がある。
また上半身の表現や衣文の掛け方は高山寺薬師像(天平末期)とも共通している。」
(新修亀岡市史「仏教美術の伝播」所載・中野玄三氏解説)

とされ、奈良の仏像に通じる表現が指摘されています。

(甘露寺聖観音像については、この「観仏日々帖・2012.7.19付」でご紹介しています。ご参照ください。)

いずれにせよ、大変見どころのある、惹きつけるもののある古仏だと思います。
残念なことに、下半身を中心にかなりの後世の修復があり、また全体に、過剰とも思えるような後世の厚塗りが一皮かぶせられているようで、折角の像容も鈍いものになってしまっています。
それでも、出来の良さや、平安前期の存在感、重厚感をしっかりと感じることが出来る、立派な古仏です。

きっと、きちっと修理修復をして、一皮むいて当初の像容の再現を試みれば、もっともっと見どころのある、優れた仏像になることと思います。


ところで、この仏像の解説をみてみたいと思います。
「京田辺市の仏像」には、どのように述べられているでしょうか?
ポイントのみ、ご紹介します。

「若々しく健康的な面貌は、奈良時代の彫刻作風を思わせる。
・・・・・・・・
針葉樹材の一木造り。
頭体部を、木心が腹部を通る一材から彫出する。
像底から11.3㎝の高さまでの内刳りは後補で、本来は完全な一木造りだったのだろう。
・・・・・・・・・・
体部前面は、腹部から地付まで後補材が差し入れられているので、条帛が腹部で幅広になる表現は、実は後世のものである。
・・・・・・・・・・・
このように後補が多く、表面に厚塗りもあるので、観察に注意を要するが、当初部分は極めて古様である。

鼻梁の太く口唇の厚い面相部は、唐招提寺大日如来像や地福寺十一面観音像など、奈良地方の平安前期(9世紀)彫刻に近く、太々として重量感ある体躯をも考慮に入れると、同じころの制作とみられよう。

今は風化や表面の厚塗りのため一見茫洋とした感じになっているが、・・・・・・
詳しく見ると逞しい体幹と繊細な細部が調和しており、古調な中にも品位のある作風が伺える。」

来迎寺・聖観音坐像~顔部側面

来迎寺・聖観音坐像~正面..来迎寺・聖観音坐像~背面
来迎寺・聖観音坐像(京田辺市の仏像所載写真)

地福寺・十一面観音立像~顔部
地福寺・十一面観音立像~顔部

唐招提寺・大日如来坐像~顔部
唐招提寺・大日如来坐像~顔部

解説は、伊東史朗氏の執筆です。

「若々しく健康的な面貌は、・・・」

という風貌の表現ですが、

私が、このお顔に感じた印象、
「エキゾチックで、静謐なお顔、沈鬱感。」
というのとは、ちょっと違いました。


「奈良時代の彫刻作風を思わせる」

との解説は、「そのとおりだ」と感じます。
奈良彫刻の伝統の系譜に在る、優れた造形であることは、間違いありません。

解説の主旨は、

「後世の修復に、大いに邪魔されてしまっているけれども、奈良地方の彫刻の系譜に在る極めて古様で、品位ある優れた造形の仏像」

とというもので、無指定の仏像にしては、格別の高い評価のコメントがされています。

私も、全く同感で、

「もしこの仏像が、当初の姿をそのままとどめた仏像であったならば、素晴らしい仏像として、大変高く評価され、知られるようになったに違いない。」

と思った次第です。

修復部分が多くて、ちょっと一般受けしない仏像かも知れません。
仏像の数をたくさん見ている愛好家の方には、この像の見どころある処、出来の良さを、十分感じていただけたのでないでしょうか?


訪れる人もないであろう、ひっそりと片隅に祀られた無指定の平安仏です。
少しだけでも、世間のスポットライトを当ててあげたい気持ちになりました。

ご住職とお話しする中で、

「この観音様は、平安前期の、優れた仏像のように拝させていただきました。
このようなお姿での祀られ方では、もったいない感じで、修理修復されると、見違えるようなすばらしいお姿になられるのではないでしょうか?」

と申し上げましたら、

「そのようには思うのですが、修理修復には、大変費用が掛かりますし、うちの寺ではなかなかそのようなお金をかけることも難しいですし・・・・・・・」

とおっしゃっておられました。
残念ではありますが、「これもまた現実」ということなのでしょう。


見どころ多い、知られざる仏像に出会うことが出来、満足感いっぱいの観仏となりました。
お寺の皆様、檀家の方には、大変親切にして頂きました。
感謝の念を抱きつつ、来迎寺を後にしました。


コメント

隠れ名作発見ですね。

更新を毎度楽しみにしております。
前回の春光寺の回にも書き込もうと思ったのですが、これまた嬉しい新発見の作品で、思わず書き込みます。
耳のほつれ毛の巻き方や、唇のめくれ上がるような感じ、全くもって9世紀の仕口ですね。なかなか素晴らしいです!
こんなのが民間で売ってないかなあ、と(不謹慎ながら)。
現状の黒い彩色は胡粉地の上に塗っていて、厚めの胡粉地の膠が切れて剥落しかかっているので、竹箆とぬるま湯で簡単に落ちますね。両肩先、膝前が後補、胸から腹にかけての前面が腐ったかで削り、新材を当てて彫りなおしているのがいかにも残念ですが。修理は江戸時代の前半ぐらい、南都の仏師の手と思います。
最低限の修理をするとすれば、二の腕が短すぎるので、そこを取り換えるのと、黒い彩色を取り除けばけっこう見違えると思います。指定品になれなくても、
良いもの、というのををどんどん紹介してください。

  • 2014/09/03(水) 19:23:09 |
  • URL |
  • 修理屋 #-
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このコメントは管理人のみ閲覧できます

  • 2014/09/12(金) 11:40:42 |
  • |
  • #
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Re: 隠れ名作発見ですね。

修理屋様

いつも、興味深いコメント、有難うございます。
修理屋様も、9世紀とみられましたか。
「嬉しい新発見の作品」などとおっしゃっていただくと、お恥ずかしき限りです。
後補のところの状況、手法などお教えいただき、大変勉強になります。
是非、修理修復を施して、当初の像に近づけた姿を、見てみたいものですね。

見どころ、見ごたえのある仏像、どれほどご紹介できるやら・・・・・??
という処ですが、よろしくお願いします。

一寸、留守をしておりましたので、返信遅れまして恐縮です。

管理人

  • 2014/09/12(金) 14:55:37 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

Re: はじめまして

Y様

「観仏日々帖」ご覧いただき、有難うございます。

こちらのコメント欄に、ご連絡いただいて、もちろん結構ですが、
以下のメールアドレスで、送信可能かと存じます

bunkaken@hotmail.co.jp

よろしくお願いいたします


神奈川仏教文化研究所 管理人

  • 2014/09/12(金) 15:04:51 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

制作年代不明の仏像

私も大変素晴らしい仏像だと思います。
第一印象では、慶瑞寺の菩薩坐像に似てると感じたのですが、よくよく見ると印相が同じなだけで、雰囲気は違いますね。
慶瑞寺の菩薩坐像はスマートで垢抜けた感じですが、こちらは重厚です。

秘仏開帳情報の神積寺の薬師如来像は、藤原時代と室町時代の両説があるのは面白いです。異なる時代の要素が混じっている場合は、大抵後の時代の制作だそうですが果たして。写真でしか見たことはありませんが、私もよく分かりません。

あと、「九州仏」展の出品リストを見て、西巌殿寺の十一面観音像の「時代」が「不詳」になっているのが目に止まりました。
展示会に出品される仏像で、しかも文化財指定になっているにも関わらず不詳というのは、大変珍しいのではないでしょうか。
どんな像なのかすごく気になります…。

  • 2014/10/04(土) 15:41:48 |
  • URL |
  • とら #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

Re: 制作年代不明の仏像

とら様

コメントいただき有難うございます。

確かに、来迎寺・聖観音像と慶瑞寺・菩薩坐像は、形姿は似ているようですね。
おっしゃるように、雰囲気はずいぶん違うようです。
慶瑞寺像は、きりりと締まった造形で、彫口も鋭くエッジが立っているという印象がありました。
来迎寺像は、堂々たる重量感、安定感という言葉が似つかわしいように思えます。
慶瑞寺・菩薩坐像も、大変興味深く出来の良い像で、一度この観仏日々帖でも、ご紹介してみたいと思っております。


神積寺・薬師如来像は、写真ではなかなか判断が難しそうですね。
肩口から腹部にかけての衣文の処理を見ると、南北朝~室町っぽい感じもしますが、後補されている可能性ももあるでしょうから・・・・・????という感じですね。

西巌殿寺の十一面観音像(前立)、出品リストを確認してみると、たしかに「不詳」と書かれておりました。
「熊本の美と心~文化財写真集」1984・熊本日々出版社刊という本に、写真と解説が載っていました。
解説によると
「樟の一木造で肉身に金泥が塗られる。鼻が小さく、唇の中央が反っている。室町時代の作と思われるが、模古作の可能性もある。」
と書かれていました。
写真で見ても、摸古っぽいような感じがしないでもありませんでした。

同時出品の本尊・十一面観音像:平安末期、毘沙門天像:平安末期、不動明王像:鎌倉時代という解説でした。
九州仏展目録では、十一面観音像:平安後期、毘沙門天像:南北朝時代カ?、不動明王像:江戸時代カ?、となっていますね。
因みに、ウィキぺディアでは、十一面観音立像:平安時代作、前立十一面観音立像・不動明王立像・毘沙門天立像:ともに鎌倉時代作、とありました。

西巌殿寺像諸像の、時代判定は、なかなか難しそうですね!
これまで、しっかりとした調査研究がされていないからなのでしょうか??
九州仏展は、出かける予定ですので、しっかり観てきたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。


神奈川仏教文化研究所・管理人




  • 2014/10/05(日) 08:56:46 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

Re: 制作年代不明の仏像

十一面観音像(前立)は、樟の一木造という構造からすると平安時代のようですが、判定が難しいのですね。
その辺りにもぜひ注目して観てきて下さい!

  • 2014/10/06(月) 07:42:11 |
  • URL |
  • とら #VBkRmpN2
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