観仏日々帖

古仏探訪~京都府精華町・常念寺の菩薩立像 【その1】  【2014.7.4】


前回は、南山城の和束町薬師寺・薬師如来坐像をご紹介しました。

南山城の仏像を採り上げたついで、というのも如何かと思うのですが、この地に遺る「かくれた仏像」をご紹介したいと思います。

先般、京都国立博物館で「南山城の古寺巡礼展」が開催されました。
禅定寺の十一面観音立像、寿宝寺の千手観音立像など数多くの仏像が出展されましたが、
「この展覧会なら、是非とも出展して欲しかった」
と思う、南山城の魅力ある仏像がいくつかありました。

和束町薬師寺像もその一つで、その姿を見られなかったのは残念でした。

出展されなかった仏像で、私が大変魅力を感じている仏像を、ここで1~2ご紹介しておきたいと思います。


精華町・祝園にある常念寺の菩薩立像をご紹介します。

写真をご覧ください。

常念寺・菩薩立像

常念寺・菩薩立像~顔部
常念寺・菩薩立像

一目見ただけで、平安前期の一木彫の優れた像であるのは、一目瞭然だと思います。

この仏像は、素晴らしい像ですので、もう拝されたことのある方も多いのかと思います。
その割に、意外と知られていないのは、展覧会などに出展されることが無いからではないかと思います。
私の記憶では、この菩薩像が、博物館などに展示されたことは、一度も無いように思います。

今更ご紹介ということでもないのかもしれませんが、私の大変お気に入りの仏像ですし、また神仏習合に由来する像として興味深い像でもあり、採り上げてみたいと思います。


この像の祀られる、常念寺は、京都市精華町大字祝園という処にあります。
「祝園」は「ほうぞの」と読みます。

常念寺・門前
常念寺・門前

京都の南部、あと3キロも南に行けば奈良県、奈良駅までも5~6キロという場所です。
最寄駅は、JR・祝園、近鉄・新祝園駅で、駅から東へ歩いて7~8分の古い集落の一角にあります。
もう少し東へ歩くと、すぐそこに木津川が流れています。

この菩薩像は、常念寺の境内に在る、薬師堂という小さなお堂に祀られています。

常念寺・薬師堂
常念寺・薬師堂

常念寺のご本尊は、阿弥陀如来像(江戸時代)で、この菩薩像は客仏です。

事前にご連絡を入れて、拝観のお願いをすると、ご都合がつけばいつでも拝することができます。
私も、三度ほどお伺いしましたが、いずれも快く拝観のご了解をいただきました。
薬師堂の扉を開いて、なかへ入れていただき、菩薩像を間近に拝することができます。

この像は概要は、解説書などによると、次の通りです。

「像高:170.5㎝、ケヤキ材、一木造。
木心を体部右前に籠め、両手首まで共木で彫出する。
背面の上半身、下半身の各内刳りを入れ、背板を当てる。」
(仏像集成・解説)

昭和24年(1949)に旧国宝に指定され、現在、重要文化財となっています。


この像を初めて拝したのは10年ほど前のことです。
その姿を見たとき、
「オゥー!!」
と、思わず声を上げてしまいそうになりました。

常念寺・菩薩立像
常念寺・菩薩立像

堂々たる立派なお姿に、見惚れてしまいました。
見事な出来です。
当代一流のレベルの高い作品です。

平安前期の一木彫ですが、強烈な厳しさとか、激しいオーラを発散しているというのではありません。
衣文の彫口などを観ても、深く鋭く抉ったようなものではなく、やや浅めの粘りのある彫口です。
しかし、大変腕の立つ丁見事な彫技によるものであることは、間違いありません。
ある意味、丁寧な彫りで整った感じがするとも言えそうです。

平安初期特有の気迫勝負、迫力勝負の仏像という感じはしないのですが、ハイレベルな造形力で静かに迫ってくる像という感じです。


菩薩像の正面に立って、そのお姿をじっくり拝してみました。

堂々としているのです。
菩薩形の像なのですが「凛とした男の強さ」を感じるのです。
「堂々と雄々しい」とか、「雄渾なる精神」といったような修飾語が当たっているように思えます。

菩薩形の像では、聖林寺の十一面観音にも結構「男」を感じるのですが、この常念寺の菩薩像にも「男」を感じてしまいます。

とりわけ魅力的なのは、お顔の造形です。
連眉で鼻筋の通った目鼻立ちは、キリリと引き締まった緊張感を感じさせます。

常念寺・菩薩立像~キリリと引き締まった面貌
常念寺・菩薩立像~キリリと引き締まった緊張感あふれる面貌

鋭く反転した唇の表現は、驚くほどシャープで、強い意志力を秘めているようです。
「静かなる厳しさ」「凛々しさ」を際立たせて、魅力的です。

常念寺・菩薩立像~鋭く反転した唇の表現
常念寺・菩薩立像~凛々しさを際立たせる鋭く反転した唇の表現

私は、この菩薩像が大変好きになってしまいました。

「凛として、静かなる雄渾さ」

を感じさせる見事な造形に、思わず惹き込まれてしまいます。

そして、その後、飽きもせずに三度も拝しに訪れてしまいました。


この菩薩像の造形について、専門家はこのように解説されています。

中野玄三氏の解説です。
常念寺・菩薩立像~臂釧
常念寺・菩薩立像~彫り出された臂釧

「両眉を連ねる連眉といわれる形、部厚く突き出た唇、瞑想的な細い目など、表情は重々しく神秘的で、
右足を少し浮かし、腰を左にひねって立つ姿は堂々としており、
両膝の前に複雑に交叉する天衣を彫り出している点にも特色がある。」
(「木津川流域の薬師悔過とその仏像」国華1348号2008年)

伊東史朗氏は、

「いかり肩で堂々と立つ姿は雄偉であり、体に密着しながら細かに揺れる着衣には粘りある刀法を感じさせる。

高い宝冠、連なる眉、小さめの臂釧、W字状に絡む天衣などの形式も極めて古様である。
類品の少ない特異な像で、平安時代初期を降らない優品といえる。」
(日本古寺美術全集15~平等院と南山城の古寺~解説1980年)

と述べ、貞観元年(859)頃の制作年代を想定されています。

常念寺・菩薩立像~身体に密着した粘りある衣文表現
常念寺・菩薩立像~身体に密着した粘りある衣文表現
W字状に絡む天衣表現は珍しく、茨城楽法寺・雨引観音像、
山形宝積院・十一面観音像に類例があります



一方、岩佐光晴氏は、

「観心寺の観音菩薩立像と同様に高い円筒形の宝冠を戴く姿に表されるが、翻波をまじえた衣文の彫りは浅く整えられ、制作時期は観心寺像よりも遅れ、10世紀の初め頃と考えられる。」
(至文堂刊・日本の美術457巻「平安時代前期の彫刻」2004年)

と述べ、少々制作時期を下げて考えられているようです。

いずれにせよ、平安前半期の大変古様な表現の像です。
堂々として雄偉、雄渾な空気感が漂う優作であることには間違いありません。


ついでながら、用材については、私が調べた文献では皆「ケヤキ」材と書かれていました。
唯一、井上正一氏は「像は八世紀の造立と思われ、唐栴檀による代用檀像」とされています。
ケヤキと唐栴檀とどう違うのか、私には良く判りません。
近づいて木肌を見ると、堅木の広葉樹材であることは、間違いありません。


ところで、この菩薩像は、お顔が「連眉」で表わされているのが、特徴といえます。

連眉というのは、左右の眉が真ん中で連なっていることを云います。
日本の仏像には、連眉の表現の像はあまり見られません。
常念寺・菩薩像は、この連眉の表現が、キリリと締まった印象を与え、凛としたお顔になっているのだと思います。

常念寺・菩薩立像~連眉表現の顔

常念寺・菩薩立像~連眉表現の顔
常念寺・菩薩立像~連眉表現の面相


連眉の仏像について、ちょっと見てみたいと思います。

連眉の表現というのは、インドや中央アジアの民族に見られる顔の相で、インドではごく普通にみられるようです。
最も有名なのは、アジャンタ石窟・第1窟の蓮華手菩薩像壁画でしょう。

アジャンタ石窟第1窟・蓮華手菩薩像壁画(5~6世紀)...マトゥラー石仏釈迦像(グプタ朝時代・5世紀)
アジャンタ石窟・蓮華手菩薩(5~6世紀)      マトゥラー釈迦像(グプタ朝時代・5世紀)

この連眉表現が、遠く日本まで伝わってきたのです。


我が国の仏像で、「連眉の仏像」には、他にどのような像があるのでしょうか?
結構、少ないようです。

安藤佳香氏によれば、連眉表現の作例として、次のような像が挙げられています。
このほかにも作例があるのかどうかは、私には良く判りません。

連眉表現の仏像の作例

これら連眉表現の仏像の写真をご覧ください。

法隆寺・銅像観音立像(白鳳時代)
法隆寺・銅像観音立像(白鳳時代)

勝尾寺・薬師三尊像中尊(平安前期)
勝尾寺・薬師三尊像中尊(平安前期)

護国寺(紀三井寺)・千手観音立像(平安前期)
護国寺(紀三井寺)・千手観音立像(平安前期)

長谷寺・十一面観音立像(平安前期)
長谷寺・十一面観音立像(平安前期)

二上観音堂・十一面観音立像(平安前期)
二上観音堂・十一面観音立像(平安前期)

慈尊院・弥勒仏坐像(寛平4年・892)
慈尊院・弥勒仏坐像(寛平4年・892)

奈良国立博物館・如意輪観音坐像(9~10世紀)
奈良国立博物館・如意輪観音坐像(9~10世紀)

温泉寺・十一面観音立像(平安中期)
温泉寺・十一面観音立像(平安中期)

長源寺・薬師如来立像(平安中期)
長源寺・薬師如来立像(平安中期)

こうしてみると、連眉の像は、作例は多くないものの、その造形表現は、結構バラエティーに富んでいるようです。

総じていえば、連眉表現は、

「エキゾチックでキリリと締まりのある顔の表現」

といえそうですが、いずれの像も、単なるインド風のエキゾチックな顔の表現というのではないようです。

勝尾寺・薬師三尊像や、護国院・十一面観音像などは、「厳しく恐ろしい威相」を表わしています。

一方、慈尊院・弥勒坐像、二上観音堂・十一面観音像などは「インド風のエキゾチックさ」が強調されているようです。

また、長谷寺・十一面観音像や奈良博・如意輪観音像などは、エキゾチックさを漂わせながらも、連眉の表現が、「目鼻の筋の通った締りのある面貌表現」を際立たせているように思います・
常念寺の菩薩像も、こちらのタイプのように感じます。

連眉表現の作例が、どのような意図や系譜の中で造られたのかは、なかなか一律に律しきれないように感じます。

勝尾寺・薬師三尊像~中尊・薬種如来像
勝尾寺・薬師三尊像~中尊・薬種如来像
安藤佳香氏は、勝尾寺・薬師三尊像や、護国院・十一面観音像などの、エキゾチックとかけ離れた、恐ろしげな「威相の連眉表現」は、

「連眉形式がその本来の意味を離れ、
インド・西域における「常相」から、
極東においては異国人の相として「異相」となり、
さらに「威相」へと進む価値の転化が認められ、
拝する者にあたかも眉根を寄せた忿怒相のように感じさせる効果をもたらしている。」
(「勝尾寺薬師三尊像考」仏教芸術163号1985年)

と、述べられています。

連眉表現の仏像を取り上げ、その明確な特性や系譜を知ることができるかと思いましたが、
「何やらどっちもつかずで、はっきりしない」
という感じになってしまいました。

ただ、
「我が国の連眉表現の仏像の作例を、ひと通り見て比較してみる」

といった意味はあったのではないかと思います。
ご容赦ください。


常念寺・菩薩立像の話に戻りたいと思います。

「凛と雄渾な、堂々たる菩薩像」

それだけでも、平安前期の一木彫の優作として、素晴らしき魅力あふれる必見仏像だと思うのですが、
この菩薩像、もう一つ大変興味津々の、珍しい彫像として知られています。

それは、この菩薩像の、来歴に関わる話です。
冒頭に、
「常念寺の客仏として祀られている」
と記しましたが、この菩薩像が常念寺に移されてきたのは、明治11年(1878)のことです。

ご想像のとおり、神仏分離、廃仏毀釈の嵐の中の出来事です。
近くの祝園神社の神宮寺であった薬師寺から、縁のあった常念寺に移されて預かることになったということだそうです。

薬師堂に安置された常念寺・菩薩立像
薬師堂に安置された常念寺・菩薩立像

「そもそもこの菩薩形像、どういう尊名の菩薩像なのだろうか?」

「神社でどのような像として造られ、どのように祀られていたのだろうか?」

そんな疑問が、思い浮かんできます。

専門家によると、この像は、

「神仏習合思想の中で、珍しい彫像として注目される像」

だということです。

興味深いものを感じます。


そのあたりの、「神仏習合と常念寺菩薩立像」についての話は、【その2】で見ていきたいと思います。

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