観仏日々帖

古仏探訪~京都府相楽郡和束町・薬師寺の薬師如来坐像 【その1】  【2014.6.14】


京都府相楽郡和束町にある、薬師寺の薬師如来坐像をご紹介します。


前回は、大阪府高槻市の廣智寺・多臂観音菩薩立像をご紹介しました。

中国・唐の匂いがプンプンする、異国風、エキゾチックな一木彫像でした。
奈良末・平安初期の、渡来仏工の手になるかと思うほどの、中国の新たな様式の造形です。
まさに、新たな時代、新たな造形感覚の到来の波が押し寄せるのを、感じさせる像でした。

この廣智寺観音像の次には、どんな知られざる仏像をご紹介しようかと考えました。
そうすると、どうしても和束町薬師寺の薬師坐像を採り上げたくなりました。

この薬師像も、9世紀の一木彫像です。
こちらの方は、国の重要文化財に指定されています。
この薬師像は、廣智寺観音像とほぼ同時期の制作とみられているものですが、表現の感覚が全く違う像なのです。

ご覧のとおりです。

和束町薬師寺・薬師如来坐像
和束町薬師寺・薬師如来坐像~正面

奈良時代の乾漆像の造形表現をそのまま引き継いだような仏像です。

廣智寺像と和束薬師寺像は、ともに優れた魅力あふれる仏像ですが、その造形表現は、対極的なコントラストを感じるといってよいかもしれません。

高槻市廣智寺・観音菩薩立像
高槻市廣智寺・観音菩薩立像

和束町薬師寺の薬師如来坐像は、9世紀一木彫の世界では、ちょっと異色の仏像と云えるのでしょう。
京都府の南の端、南山城の地にある、この「かくれ仏」を、これからご紹介していきたいと思います。

和束町薬師寺は、京都府といっても奈良の方に近く、奈良駅の東北15キロぐらいのところにあります。
最寄駅は、JR関西本線・笠置駅です。
海住山寺の東5キロぐらいの処といった方が、判りやすいかもしれません。

私が訪れたのは、もう10年近く前になりますが、相当辺鄙なところで、交通手段が少なく、車で行かないと厳しいところです。
車がやっと一台通れるような狭い坂道を登っていくと、ようやく薬師寺に到着します。
薬師寺のあたりには、美しい茶畑が広がっていました。

和束町薬師寺のあたりから見はるかす美しい茶畑
和束町薬師寺のあたりから見はるかす美しい茶畑

和束町は、お茶の産地として有名で、お茶畑の景観は「茶源郷」と呼ばれています。
私が訪れたとき、薬師寺の近くから眺められたのは、ご覧のような景観です。
見渡すばかり茶畑の風景は、癒しの空間、心洗われる空間に身を置くような気持になりました。

和束薬師寺は、収蔵庫を兼ねた小さなお堂が一つあるだけです。
このお堂に、薬師如来坐像が安置されています。
拝観のお願いのご連絡を差し上げましたら、ご了解いただき、お堂の扉を開けてお待ちいただいておりました。

像高56.4cmの小像です。
ヒノキ材と思われる一木彫の漆箔像です。
膝前まで全て一木で木取りされており、内刳りはありません。

お像の傍まで寄って、眼近に拝することができました。
ビックリしました。
大変出来の良い、素晴らしい仏像です。

和束町薬師寺・薬師如来坐像

和束町薬師寺・薬師如来坐像(日本古寺美術全集掲載写真)
和束町薬師寺・薬師如来坐像(下段は日本古寺美術全集掲載写真)

それも、単に技巧的に出来が良いというのではなく、「雄大」というか「おおらか」というか、「気宇壮大という四文字熟語」が似つかわしい、というような雰囲気を醸し出しています。
50センチ余の小さな像なのに、大きな姿に見えるのです。

「のびやかで、ゆったりと堂々とした」

こんなフレーズがぴったりという、大きな器に感じさせる、造形表現です。

9世紀、平安初期の仏像というと、
「鋭い彫口、森厳で強い精神性の造形」
というフレーズに象徴される仏像を想像してしまいますが、全く違う空気感です。

この仏像を訪ねることにしたのは、和束町に9世紀制作の重要文化財の薬師像が在ることが、何処かの本に出ていたのを見つけたからです。

私にとっては、「9世紀制作」の平安古仏といわれると、これは拝さねばならぬと出かけたのです。
小さな写真を見ただけで訪ねたものですから、さほど大きな期待感も抱いていませんでした。
南山城のはずれの和束町という鄙の地にある仏像なので、少し田舎っぽいような、月並みな像ではないかと、勝手に思っていたのです。

ところが、案に外して、「気宇壮大」「堂々雄大」な造形の仏像に遭遇したのです。
大変優れた技量、造形力を備えた仏工の手によって作られた像に違いありません。
それだけに、和束町までわざわざ出かけてきた甲斐があったと、感動もひとしおで、一層強いインパクトを感じたのです。

穏やかに包み込んでくるようで、すっかり気に入ってしまいました。
気迫勝負で迫ってくるといったようなところは全くないのですが、なにか惹きつけるものを感じる、魅力ある仏像なのです。

それにしても、この薬師如来像は、ちょっと不思議な仏像です。

この像を拝した瞬間、

「あれ? この薬師像は乾漆造りの仏像なのかしらん?」

と思ったのです。

平安初期の仏像特有の鎬だった鋭い衣文の彫口などは、どこにも見当たりません。

和束町薬師寺・薬師如来像の衣文の造形~乾漆による造形そのもののよう~

和束町薬師寺・薬師如来像の衣文の造形~乾漆による造形そのもののよう~
和束町薬師像の衣文の造形~乾漆による造形そのもののよう

衣文の造形の、弾力的な盛り上がり、ふっくらと柔らかな様は、天平時代の木心乾漆像の衣の造形そのものです。

胸から腹にかけての肉身の表現をご覧ください。

和束町薬師寺・薬師如来像の胸、腹の柔らかな肉身表現
和束町薬師像の胸、腹のムッチリと柔らかな肉身表現

おだやかで豊満な肉身の盛り上がりが印象的です。
乳部の下、腹には深いくびれの線をしっかり入れ、内側から膨らんだような柔軟な、ムッチリとした表現が強調されています。
肉厚に木屎漆のモデリングで盛り上げたようにしか見えません。

しかしながら、この薬師像、木屎漆のモデリングなどは、どこにも施されていません。
純然たる木彫像なのです。
あたかも、乾漆像のような表現を、木彫で彫りあげ、漆箔像に仕上げているのです。

「なるほど、天平時代の乾漆造りの仏像に倣って、木彫で乾漆像の造形表現をした仏像なのか!」

そのように思いました。

奈良後期の木心乾漆像~聖林寺・十一面観音像 奈良後期の木心乾漆像~観音寺・十一面観音像
奈良後期の木心乾漆像~聖林寺・十一面観音像(左)と観音寺・十一面観音像(右)

そして、もう一度、じっくり薬師像を拝すると、また不思議なことに気づきました。
天平時代の乾漆造りの仏像のスタイルをまねて作られた像にしては、全体のシルエット、姿かたちが、天平仏のシルエットではないのです。

和束町薬師寺・薬師如来像側面~平安前期彫刻のシルエット、量感がうかがえる
和束町薬師像側面~平安前期彫刻のシルエット、量感がうかがえる

肥満体というほどまでではないのですが、量感豊かというか、ボリューム感があるのです。
天平仏に見られるような、締まるところはしっかり引き締まった、理想的肉体表現、写実表現という感じは見られません。
量感を強調した、大きな塊りのような表現で、重厚感を感じさせます。

このシルエット、ボリューム感は、平安前期の木彫特有のものです。

この和束町の薬師如来像は、

・衣文の表現、肉身の表現は、木彫なのに奈良時代の乾漆像そのもの

・全体のシルエット、造形は、平安初期彫刻の塊量的ボリューム感そのもの

という仏像といえそうです。

「奈良時代の伝統的表現と、平安初期の革新的表現が、一つの仏像に同居しているという不思議な仏像だな」

という感じを強く持ちました。

大変出来の良い仏像ですので、優れた仏工の手によるものでしょう。

「どうして二律背反する、伝統と革新が同居したような仏像が造られたのだろうか?」

「奈良に近い地では、このような仏像が平安時代に入っても造られるということが、在ったのだろうか?」

そんな思いを、少しばかり抱いたのです。

こんな、天平の乾漆像の表現に倣ったような木彫像は、他にあったでしょうか?

私には、広隆寺の不空羂索観音立像のことが、すぐに頭に思い浮かびました。
この仏像は、純粋木彫像でありながら、天平の乾漆像のような造形表現が特徴的にみられる像です。

広隆寺・不空羂索観音像~奈良時代の乾漆像表現に倣った木彫像

広隆寺・不空羂索観音像脚部衣文~乾漆像の表現そのもの
広隆寺・不空羂索観音像~奈良時代の乾漆像表現に倣った木彫像
脚部の衣文は乾漆像の表現そのもの


ご覧のとおり、衣文の柔らかで弾力的な表現は、木彫像なのに、乾漆像の表現そのものです。
文献から、弘仁2年(818)の広隆寺炎上を免れた古像と考えられ、8世紀の制作ともいわれています。
肉身も締りと弾力性があり、全体のシルエットも天平彫刻の古典的写実に倣った表現です。

和束町薬師像の体躯が、平安初期の塊量性、ボリューム感が顕著にみられるのとは、大きく違っています。

広隆寺不空羂索観音は、奈良時代の正統的な乾漆像の伝統を、そのまましっかり引き継いだ、数少ない木彫像なのだと思います。
和束町の薬師寺像は、奈良時代の伝統表現と平安初期の革新表現が、何故か同居しているというところが、不思議に思う処です。

そんな疑問はさておき、大変良き仏像に出会うことができました。
わざわざ鄙びた処まで足を伸ばした甲斐があった。
そんな満足感を一杯に、美しい茶畑が一面に広がる、南山城和束町の地を後にしたのでした。

茶源郷と呼ばれる和束町の風景
茶源郷と呼ばれる和束町の風景

今から、10年近く前のことでしたが、心に残る古仏探訪となりました。


【その2】では、それから10年、和束町薬師寺の薬師坐像を拝した思い出が、よみがえってきた話をさせていただきたいと思います。

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  • 2014/06/15(日) 09:20:01 |
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