観仏日々帖

古仏探訪~奈良・磯城郡川西町・下永区の地蔵菩薩立像


奈良のかくれ仏のご紹介、「地蔵菩薩シリーズ」のラストは、磯城郡川西町の下永区で管理されている廃白米寺の地蔵菩薩立像です。

今回のご紹介の地蔵菩薩像の中では、「一押し」の素晴らしい仏像です。

下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像

下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像
下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像

いかがでしょうか?
惚れ惚れするような素晴らしい平安古仏の地蔵像だと思います。

これだけの素晴らしい見事な仏像が、訪れる人もあまりない寂しげな収蔵庫にひっそりと祀られているのは、
「本当にもったいない!」
ことだと思います。

この地蔵菩薩像、重要文化財に指定されています。


重要文化財に指定されている仏像でも、あまり知られていない仏像の場合、誰もが知っている一流の仏像と比べると、どこかちょっと見劣りするというか、出来のレベルが今一歩ということが多いように思います。

ひっそりとした小さなお堂や、収蔵庫に祀られている現地を訪ねて、単独でその仏像を、拝した時には、
「素晴らしい、見事な仏像だなー!!」
と、大変感動した仏像でも、

博物館の展覧会などに出陳され、いわゆる一流の仏像たちと肩を並べて展示されると、意外にそれほどでもなくて、

「なあんだ!こんな仏像だったのか!」
「もっと、見事で出来の良い仏像だと思っていたのに、思いのほか見劣りするなー!」

こんな実感がして、がっかりしてしまうことがしばしばあります。

皆さん、この下永区の地蔵菩薩立像の場合は、ご覧になって如何でしょうか?

私は、もしこの像が奈良国立博物館の仏像館に展示され、他の知られた仏像たちと肩を並べていたとしても、十二分に見映えがする立派な仏像だと思います。
奈良博の看板仏像、元興寺・薬師如来立像には、ちょっとかなわないかもしれませんが、そのほかの平安木彫仏には、勝るとも劣らない素晴らしい出来の仏像だと思うのです。

残念ながら、この地蔵菩薩像は、私の記憶では、この地を出て展覧会等に出展されたことがないと思います。
少々、不便な場所にありますが、頑張って出かけて拝するしかありません。


この地蔵菩薩像は、奈良県磯城郡川西町下永にある八幡神社の境内の収蔵庫に祀られています。
大和郡山から南へ5キロほど、近鉄橿原線の結崎駅から歩いて10分ほどのところにあります。
奈良市の近郊とはいうものの、まだまだ、結構鄙びた感じの風景が見られます。
訪ねるには、若干辺鄙な場所といってよいかもしれません。

仏像は、地区の方々で管理されており、拝観するには、川西町の教育委員会にお願いすると、管理されている方に連絡頂き、ご都合が合えば拝観できます。
私は、2007年と今年(2014年)3月と、二度訪れましたが、いずれも快くご了解いただきました。

下永区・八幡神社境内

下永区・八幡神社境内にある収蔵庫
下永区・八幡神社境内にある収蔵庫

この収蔵庫に祀られている仏像たちは、廃白米寺に伝来した仏像だそうです。
白米寺というのは、近くを流れる大和川右岸の高堂八幡神社付近にあったと伝えられます。
白米寺は、近世以前に廃寺になり、仏像は現在地の八幡神社の阿弥陀堂などに移されたのち、昭和43年(1968)に建てられた収蔵庫に祀られています。
今は無住で、地区の方々によって守られています。
白米寺の由緒や歴史については、川西町史などを見てみましたが、よく判りませんでした。

収蔵庫の中には、ご紹介の地蔵菩薩立像のほか、阿弥陀如来坐像と不動明王立像と、併せて三体が安置されています。

阿弥陀如来坐像は、像高144.2cm、檜の寄木造りの大きな像で、重要文化財に指定されている、平安後期の仏像です。

下永区廃白米寺・阿弥陀如来坐像
下永区廃白米寺・阿弥陀如来坐像


不動明王立像は、像高51.5cm、檜の寄木造で、鎌倉時代の制作、奈良県指定文化財に指定されています。

下永区廃白米寺・不動明王立像
下永区廃白米寺・不動明王立像


地蔵菩薩像をじっくり拝してみましょう。

像高161.0cmで、ほぼ等身の仏像です。

下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像
下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像

両股を隆起させたY字状の衣文で、なかなかのボリューム感です。
いわゆる、「平安初期の仏像のスタイル」といってよい姿をしています。
しかし、平安初期の仏像のような、強烈な迫力、アクの強さ、デフォルメという造形感では迫ってきません。

地蔵菩薩(僧形像)で云えば、弘仁寺・明星菩薩像、橘寺・日羅像、法隆寺(元大御輪寺)・地蔵菩薩像のような、強烈な個性と精神性を表現しているような仏像とは、随分違います。

弘仁寺・明星菩薩立像......橘寺・日羅立像
弘仁寺・明星菩薩立像              橘寺・日羅立像

法隆寺(大御輪寺伝来)・地蔵菩薩立像
法隆寺(大御輪寺伝来)・地蔵菩薩立像

堂々たる一木彫で、分厚い体躯に造られているのですが、ボリューム感よりも、「バランスとプロポーションの良い仏像」という印象を強く受けます。

下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像.....下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像~側面
下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像~バランスの良いプロポーションが印象的

お顔の造形も、眼、鼻、口が顔の真ん中に寄せキリリとした雰囲気です。

下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像~顔部....下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像~顔部
地蔵菩薩立像~造作が真中に寄ったきりりとした顔の表現

そして何と言っても、目を惹くのが、衣文の表現です。
Y字状の衣文が、流れるようにのびやかで美しく刻まれているのが印象的で魅力的です。
流麗でリズム感がある衣文線の妙は、何とも云えません。
惚れ込んでしまいます。

下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像~美しい衣文線
地蔵菩薩立像の流麗な衣文線の表現

全体的な印象を云えば、

「堂々たるボリューム感はあるのだけけれども、バランスの良いプロポーションが魅力的。
実際より上背があるように見える、のびやか、流麗で、凛とした男ぶりの仏像。」

このように感じます。

制作年代のことを考えると、この造形表現は、いわゆる平安前期の厳しい表現の時代を少し過ぎているもかしれません。


専門家の解説はどうでしょうか?

「仏像集成」(学生社刊)の解説には、このように書かれています。

「眼、鼻、口を中央に集めた威厳のある表情と、力強くのびのびした衣文の彫口、ボリューム感あふれる体躯は、この像が9世紀までのぼることを示している。
また、両袖に変化をつけた扱いはごく自然で、作者の巧まざる感覚のあらわれと理解できる。
一木造り。9世紀末の制作と思われる。」(清水真澄氏)


「川西町史(川西町の文化財)」には、このように解説されています。

「樟材を使用して彩色を施すが、現在はほとんどが剥落して素地に近い。
・・・・・
彫眼で、面相は全体的に中央に寄ったように造られており、引き締まった印象を与える。
左足の膝より下の衣紋には翻波式の特徴を示す。
下半身に安定感を持たせた像様とするなど、ともに平安時代中期の作風がうかがえる。」


いずれにせよ、先ほど挙げた平安初期といわれている地蔵像(僧形像)の、次の時代に制作された、洗練された地蔵像なのだと思います。

クスノキ材に彫られているというのは、ちょっと興味深いところです。
お顔の側面のあたりを見ると、クスノキ材特有の、肌理の粗い木肌の感じが見て取れます。

下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像~頭部・クスノキ材の木目がよくわかる
地蔵菩薩頭部~クスノキ材の木肌・木目の様子がよくわかる

これだけのレベルの高い仏像なのに、カヤ材、ヒノキ材ではなく、クスノキ材を用いているのは、何か訳でもあったのでしょうか?


話は戻りますが、この地蔵像の魅力は、

「Y字状の流れるような衣文」

の造形の素晴らしさだと思います。
結構、ほれぼれと見とれてしまいます。

下永区廃白米寺・地蔵菩薩立像~美しい衣文線
地蔵菩薩像のY字状の衣文線

このような、「シンメトリカルなY字状衣文が美しい」地蔵菩薩像と云えば、他にはどのような像があったでしょうか?
ちょっと思い浮かぶ、平安古仏を挙げてみました。

・法隆寺(大御輪寺旧仏)・地蔵菩薩像(9世紀頃)
・原良三郎氏旧蔵・地蔵菩薩像(9世紀頃)
・中村区安産寺(室生寺旧仏)・地蔵菩薩像(9世紀)貞観9年・867年頃か
・観心寺・地蔵菩薩像(9世紀)貞観11年・869年頃か
・法輪寺・地蔵菩薩像(9世紀~10世紀頃)
・永昌寺・地蔵菩薩像(10世紀頃)

制作年代にはいろいろ議論があろうかと思いますが、古そうな順から並べてみると、こんな感じです。
なお、永昌寺は滋賀県甲賀市水口町にあるお寺です。

法隆寺(大御輪寺伝来)・地蔵菩薩立像....法隆寺(大御輪寺伝来)・地蔵菩薩立像
法隆寺(大御輪寺伝来)・地蔵菩薩立像

原良三郎氏旧蔵・地蔵菩薩立像....原良三郎氏旧蔵・地蔵菩薩立像
原良三郎氏旧蔵・地蔵菩薩立像

中村区安産寺(室生寺旧仏)・地蔵菩薩立像.......中村区安産寺(室生寺旧仏)・地蔵菩薩立像
中村区安産寺(室生寺旧仏)・地蔵菩薩立像

観心寺・地蔵菩薩立像....法輪寺・地蔵菩薩立像
観心寺・地蔵菩薩立像            法輪寺・地蔵菩薩立像

永昌寺・地蔵菩薩立像....永昌寺・地蔵菩薩立像
永昌寺・地蔵菩薩立像

いずれも、平安の前半期特有の、両股を隆起させたY字状の衣文が大変美しい地蔵菩薩像です。
それぞれに、魅力あふれる仏像ばかりです。

皆さん、下永区・廃白米寺の地蔵菩薩立像は、いずれの地蔵菩薩に似通っているように感じられるでしょうか?
これらの像と比べて、いつごろの制作だと見られるでしょうか?

いずれにせよ、ここに挙げた地蔵菩薩像は、国宝か重文の、一流の優れた仏像ばかりですが、廃白米寺の地蔵菩薩立像も、これらの一流の仏像に、十分肩を並べることができるといってもよい出来の良い仏像だと思います。


やはり、

「この地蔵菩薩像は、奈良のかくれ仏の中でも、出色の魅力ある仏像に違いない」

そのような思いを新たにして、ご対応いただいた管理の方に感謝しつつ、八幡神社境内の収蔵庫を後にしました。


なお、この下永区の地蔵菩薩像については、神奈川仏教文化研究所HPの「貞観の息吹」第24話で、高見徹氏が紹介されていますので、併せてご覧ください。


コメント

比較的知られていない名作の特集、楽しみにしております。

関東で並木の木というとほとんどがケヤキで、関西でうわっている木というと、案外樟が多いと聞きました。畿内での初期の木彫はあんがい身近な木を使っただけ、ということなのかもしれませんね。

ちなみに以前申したかもしれませんが、
原家の地蔵立像は10年ほど前には瀬津雅陶堂の有になっていたんで、ミホとか岡田あたりが買っていなければまだ
雅陶堂にあるかと思います。

  • 2014/04/06(日) 20:36:02 |
  • URL |
  • 修理屋 #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

修理屋 様

いつも、深い造詣のコメント、ありがとうございます。
大変勉強になっております。

用材のことですが、おっしゃるように存外、「身近な適材を使っただけ」というのが正解なのかもしれませんね。
奈良の中部ではサクラが多いようですし、三重の南にいくとクスノキが多いように思います。
平安時代になると、鑿の切れ味も出てきて、どのような材にも彫刻するのが容易になってきたのでしょうか?
カヤやヒノキ以外の材を使っていたり、節のある材を使っていたりすると、「霊木」に結び付けがちのように思いますが、あまり無理に考えないほうがよいのかもしれません。

元原家の地蔵立像は、どこかに納まったのでしょうか?気になるところです。
実物は見たことがないのですが、間違いなく平安前期彫刻の名品だと思います。
是非、展覧会等で、実物を見てみたいものです

  • 2014/04/08(火) 21:16:04 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

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