観仏日々帖

古仏探訪~奈良市・大安寺町地蔵堂の地蔵菩薩立像


奈良の「地蔵菩薩シリーズ」の続きです。

奈良市・大安寺4丁目にある地蔵堂の地蔵菩薩立像をご紹介します。

大安寺町地蔵堂・地蔵菩薩立像

大安寺町地蔵堂・地蔵菩薩立像
大安寺町地蔵堂・地蔵菩薩立像

写真をご覧いただいて、どのように思われたでしょうか?
像高160.5cm、一木彫の地蔵菩薩像です。
昭和60年(1985)に、奈良市指定文化財になっています。

第一印象は、

「なかなか古様ではあるけれども、なんとなくしっくりこない」

こんな感じがするような気がします。

「どうしてかな?」

と、もう一度拝してみると、
体躯の彫り・造形と、お顔の彫り・表情がミスマッチなのです。
お顔が、後世に彫りなおされているようです。
それで、ちょっとしっくりこない印象を受けてしまうのだと思います。

そんな第一印象の地蔵菩薩像ですが、じっくり拝すると、なかなか堂々たる体躯の見事な造形であることに気が付きます。
「これは、なかなかの仏像だ」
と、感じました。

大変見どころのある、興味深い仏像だと思います。


この仏像の存在を知ったのは、清水俊明氏著の「大和のかくれ仏」に紹介されていたからです。
「法華寺町の地蔵菩薩」のところでご紹介した本です。

一見の価値のある平安古仏であることに間違いないようなので、

「これは、ぜひとも訪ねるべし!」

と、思ったのです。

いずれに、拝観のお願いをしたらよいのか判りませんでしたので、奈良市の教育委員会にご連絡し、文化財担当の方に伺いました。
この大安寺町の地蔵像は、地蔵堂に祀られていて、地元の地区の人々が管理されているとのことで、管理の当番の方のご連絡先を教えていただきました。
当番の方にご連絡して、拝観のお願いを申し上げた処、快くご了解をいただき、日時のお約束をして地蔵堂を訪ねました。


3年前の真夏の暑い日のことであったと思います。

大安寺町の地蔵堂は、JR奈良駅の真南1キロほどの市内にあります。
有名な大安寺のすぐ近くで、大安寺の北、700mほどのところです。

大安寺町地蔵堂
大安寺町地蔵堂

地蔵堂は、狭い道路には面しているのですが、「お堂」と呼ぶにはちょっと似つかわしくないような、ごく普通の小さな建物でした。
気が付かずに、ちょっと探してしまいました。
伺うと、地元の管理の方がお待ちいただき、わざわざ中の掃除までしてお迎えいただきました。
地蔵菩薩像は、床の間のようなところに、数体の仏様とともに祀られています。

大安寺町地蔵堂に安置された地蔵菩薩他の仏像
大安寺町地蔵堂に安置された地蔵菩薩他の仏像

早速、じっくりと拝観です。
最初に拝した印象は、冒頭に記したとおり、ちょっとしっくりこないものがありました。

大安寺町地蔵堂・地蔵菩薩立像

大安寺町地蔵堂・地蔵菩薩立像
大安寺町地蔵堂・地蔵菩薩立像~上半身・顔部

大変やさしく、整ったお顔立ちで、平安古仏にしては穏やかに過ぎ、力なく弱々しい感じさえします。
どうしても、このお顔の印象に引っ張られてしまって、体躯の造形の方に眼がいかなくなってしまうのです。
やはり仏様は、「顔が命」なのかもしれません。

このお顔は、どう見ても後世の削り直しと思われます。
そこで、お顔はちょっと置いておいて、首から下の姿に集中して、じっくりと拝してみました。

地蔵堂・地蔵菩薩立像の体部
地蔵菩薩立像の首から下の体部


地蔵堂・地蔵菩薩像~脚部
地蔵堂・地蔵菩薩像~脚部

そうしてみると、
なかなかの力感のある、堂々たる造形です。

いわゆる平安初期彫刻にみられる、鋭い彫口や、鎬立ちは見られず、迫力を前面に押し出すような造形ではありません。
ボリューム感はあるのですが、塊量的なインパクトを感じるというのではなく、ゆったりとして穏やかで、肉付き豊かな安定感を感じさせます。

穏やかな造形表現というと、平安中期以降の藤原風の仏像というように考えてしまいがちですが、この地蔵菩薩像の造形は、平安中期以降に一般的にみられる「穏やかな表現」とは、ちょっと違います。

むしろ、奈良時代の古典様式といわれる表現の系譜の延長線上にあるように思えるのです。
両股を隆起させた脚部の張りのある造形、Y字状の衣文などは、なかなか見事な出来で、ちょっと見とれてしまいます。

新時代の平安初期彫刻風といわれる、強烈な精神的迫力の発散や、鋭くエッジのたった彫口とは、一線を画して、奈良様の伝統を守り受け継いだ造形のように見受けました。
胸周りや脚部のふっくらと穏やかな肉付けは誠に巧みで、魅力的、惹き込まれるものがあります。

奈良様の伝統を受け継いだ木彫像としては、京都太秦・広隆寺の不空羂索観音立像がよく知られていますが、あのムッチリ豊満で張りのある肉付けを、少しばかり思い起こさせるものがあります。

広隆寺・不空羂索観音立像

広隆寺・不空羂索観音立像
広隆寺・不空羂索観音立像

結構、古い時期の制作なのか?
時代はそれなりに下るのだけれども、奈良の地で奈良様の伝統を受け継いだ造形なのか?
私にはちょっとわかりませんが、なかなか見どころのある魅力的な仏像という印象を強く受けました。

大変不謹慎な話ですが、この地蔵菩薩像、唐招提寺の首のないトルソーの仏像のように、首から下だけにして、削り直しなど補修部分を無くして拝すると、もっともっと魅力を感じるのかもしれないと思ってしまいました。

唐招提寺講堂(新宝蔵)・如来形立像~トルソー...地蔵堂・地蔵菩薩像~体部
唐招提寺講堂(新宝蔵)・如来形立像~トルソー       地蔵堂・地蔵菩薩像~体部

さて、この地蔵菩薩像、専門家はどのように評しているでしょうか?

清水俊明氏は、このように記しています。

「地蔵像は像高2mの立像で、材は榧(カヤ)材だろうと思われ、一木造。

残念なことに、頭部を江戸時代に削り直し、右手は肩の付け根から指先まで、左手は肘より補修し、裾の部分と両足も同じく江戸時代の候補をほどこして、胴体部のみが当初の姿を残しているといった現状である。
頭部は初めから比丘形であって、荒れていたので削り直したと思われ、せめて面相だけでも当初のままであればと思わせる。
・・・・・・・・
その豊満な肉づけもすばらしく、肩から腹部に垂れた衲衣の折り返し重ねの表現に特色を見せ、腹部から両膝の部分に分かれるY字形の衣文の表現は、平安前期仏像にみる特色。
しかし衣文の表現に、大きな波と波の間に小さな小波をはさむ、いわゆる翻波式という平安前期仏の衣褶の表現は見られず、翻波式萌芽期の仏像とみてよいのではなかろうか。

このような衲衣衣文の様式は、大安寺の仏像につながるものであり、大安寺町に古くから祀られてきたと伝えるところから、大安寺の旧仏とも考えられる。」
(創元社刊・大和のかくれ仏)


奈良市教育委員会発刊の「奈良市の仏像」には、このような解説が載せられています。

「木心を中央に籠めて、内刳りも施さず、左手前膊より先、右腕(以上後補)を矧ぎつけるのみで、略主要部を檜の一木から調整している。
・・・・・・
如何にも一木像らしく奥行きを十分にあらわし、胸や腹の抑揚あるふくらみを見せ、殊に大腿部の量感が著しく、安定した姿に象形されている。
衣文は深く刻んでいるが、一木像特有の力強さはやや薄れ、一種粘りと柔らかみが表現されているところが個性的である。

9世紀半ばから後半にかけての造像であろう。
なお、この像の表情がやや穏やかに感じられるのは、後世に一部彫り直しが行われているためであろう。」

地蔵堂・地蔵菩薩像(「奈良市の仏像」掲載写真)
地蔵堂・地蔵菩薩像(「奈良市の仏像」掲載写真)......地蔵堂・地蔵菩薩像(「奈良市の仏像」掲載写真)
地蔵堂・地蔵菩薩像(「奈良市の仏像」掲載写真)

「内刳りなしの一木彫」といわれると相当古いようにも思いますが、「力強さが薄れて柔らかみが表現されている」といわれると、時代が下がるようにも見られます。

翻波式萌芽期の仏像とみるのか、9世紀半ばから後半とみるのか、はたまたもっと時代が下って10世紀に入っていてもおかしくないと見るのか、難しいところのように思えます。
私は、9世紀後半~10世紀あたりの、奈良古様の伝統的表現をしっかり受け継いだ出来の良い仏像、という風な感じがしましたが・・・・・・よくわかりません??


この地蔵菩薩像、もともと何処のお寺にあったものなのでしょうか?

清水俊明氏は、
「大安寺の旧仏とも考えられる。」
と書かれておりました。

大安寺
大安寺
地元の方に頂いた資料によりますと、この地蔵堂は、正しくは「多聞院地蔵堂」と云い、現在は近所の融福寺の管理になっているとのことです。
お堂の創建時期は不明ですが、多聞院という名称から、大安寺の別院であった可能性があるそうです。

室町時代末期に大安寺が火災に遭った時に、5体の仏像と4体の四天王がこの地蔵堂や護摩堂に移安されていたとの伝えがあります。
これらの仏像が、今も大安寺にある木彫諸像だと云われているそうです。

地蔵堂は、江戸時代には立派な堂があったようなのですが、現在は昭和30年ごろ建てられた2間5間の質素なお堂があるだけになっています。

あくまで、言い伝えとはいうものの、大安寺火災時には諸仏が移されていたという伝えや、この地蔵堂が大安寺のすぐ近くにあるという立地などを考えると、地蔵菩薩像はもともと大安寺の旧仏であったと考えるのは、妥当な見方なのだろうと思えます。
これだけ立派な出来の地蔵像ですから、大安寺の仏像であったとみてもおかしくもなんともないでしょう。

地蔵堂前の地蔵菩薩像解説掲示板
地蔵堂前の地蔵菩薩像解説掲示板

現在の大安寺の木彫群といわれる諸像と、この地蔵像では、造形の雰囲気はずいぶん違いますが、きっと大安寺のお堂に祀られていたのだろうなと思いを馳せた次第です。

大安寺・楊柳観音立像
大安寺・楊柳観音立像

大安寺・千手観音立像
大安寺・千手観音立像

地蔵堂像は、おとなしい感じの地蔵菩薩像ですが、私は、その肉付きの表現のむちっとした豊かさや、穏やかな安定感に、結構惹かれるものがあり、気に入ってしまいました。

翌年、またこの地蔵像を拝しに、地蔵堂を再度訪ねてみました。

出会い頭のインパクトは薄いのですが、重ねて拝すれば拝するほど、じんわりじんわりとその造形の魅力が伝わってきます。

そんな、良き地蔵菩薩像だと思っています。


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  • 2014/03/29(土) 13:58:27 |
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