観仏日々帖

新指定文化財展見てきました~弥勒寺・弥勒仏坐像と高成寺・千手観音立像~

5月1日、東京国立博物館で開催中の「新指定文化財展」に行ってきました。

新指定の国宝重要文化財、48件のうち47件が展示されています。
私の注目仏像は、重文指定へのスピード出世の、弥勒寺(大和高田市)・弥勒仏坐像と高成寺(小浜市)・千手観音立像です。
他にも注目仏像がいろいろ出陳されていますが、平安前中期の古仏をこよなく愛する私は、この2躯をじっくり観るために、朝一番で出かけました。

弥勒寺・弥勒仏像は、本館一階の彫刻展示室での展示でした。

弥勒寺弥勒坐像・本堂安置半丈六(147.3㎝)の大型坐像で、その堂々たる体躯を目の当たりにすることが出来ました。
「この仏像が、重要文化財指定」という話を聞いたとき「やっぱりね!やったね!」と納得したというのが、正直な感想でした。

大和高田の弥勒寺本堂で、この仏像を初めて観たのは、昨年(2011)8月のことです。
近畿文化会主催の「奈良県中南部の仏像を巡る」に参加し、その存在を初めて知ったのです。
訪れると、本堂は、今にも崩れてしまいそうに一寸傾いており、そんなみすぼらしいお堂には不似合いの、立派な仏像が安置されていました。

「オー、これは、掘り出し物の、仏像ではないか!なかなか良いねー!」
「どっしり、ムッチリ、太造り、ちょっとずんぐり」
「両胸の張りが、弾力あるゴムまりのよう。顔(頭部)も、丸いまりのよう。」
はじめて見た時の、第一印象でした。
像容や造形は、写真でご覧のとおりですが、
平安前期彫刻の厳しい迫力とかパワーとかを感じさせる仏像というわけではなく、
「ゆったり、どっしりとした安定感、重厚感」で惹き込む仏像です。
堂々としていて「観ていて心落ち着く仏像」という感じがします。
特に、胸から腹にかけてのムッチリとした肉身表現が魅力的で、印象に残ります。
どう見ても、平安中期ごろの大変立派な仏像です。

弥勒寺弥勒坐像・正面弥勒寺弥勒坐像 頭部

文化庁の指定解説では、
「10~11世紀の奈良地方造像の典型的特色を示し、造東大寺所所属工人の系譜を引く工房の手になると思われる。」
と解説されています。

ところがこの仏像、これまで平安古仏として認められていなかったようで、平成21年(2009)の奈良県教育委員会による調査で、見出されたのだということです。
それから一気に、重要文化財へのスピード出世です。
どうして、こんな立派な仏像が、今まで埋もれていたのでしょうか?
これだけ大きな仏像ですから、その存在が知られていなかったというのではないでしょうが、寺の縁起に引っ張られたのか、後世の上塗りのためか、近世の像と思われていたようです。

今回の重文指定を報道した、奈良新聞の記事では、このように紹介されています。

「大和田高田市土庫の弥勒寺の本尊、弥勒仏坐像(平安時代)が国の重要文化財に指定されることが決まった。同寺の本堂は全体が傾き、壁に大きな亀裂が走るなど老朽化。地震による倒壊も懸念されていた。今秋には修理が終わる予定で、地元にとって二重の朗報となった。
 寺伝によると、弥勒寺は天文7(1538)年に当麻一族の祈願寺として創建された。本尊は平安仏で、同寺創建までの所在は分かっていない。

弥勒寺本堂無住寺として荒れ果てていたが、平成21年に現住職の伊藤教純さん(69)が入って再興に着手、本堂が見えないほどに茂っていた雑草を刈り取り、つり鐘も鳴るようにした。
 だが、多額の費用が必要となる本堂の修理は手が付けられず、本尊の弥勒仏坐像も床の傷みで傾いていたという。
 弥勒仏坐像が県の文化財に指定されたことで道が開け、本堂の修理にも県補助が受けられることになった。
 昨年9月には本尊が奈良国立博物館に“一時避難”。骨格だけを残す半解体修理が始まった。傷みの激しい部材や瓦を交換してよみがえらせる。
 本尊は高さ147センチの「半丈六」で、平安時代の大型彫像として貴重という。平成26年には寺に戻る予定だ。
 伊藤住職は「隠れ寺のような場所だが、歴代住職や地元の人々によって守られてきた。本尊が重要文化財として世に出ることができてうれしい」と話している。


特筆すべきことは、この仏像が、檜材ではなく、サクラ材と思われる広葉樹で作られていることと、半丈六の大型坐像であるにもかかわらず、膝前まで一木から彫り出されていることです。
考えられないほどの、よほどの桜の巨木から彫り出されたのでしょう。
中にウロがあるようですので、何か所縁のある霊木から彫り出された像であろうということです。

大岡寺 薬師如来像滋賀・甲賀市の大岡寺の薬師如来像が、霊木と思われる材を使って、膝前の造形が窮屈になりながらも、全体を無理に一木から彫り出しているのを思い出しました。


弥勒寺像も、膝前の造形が扁平で、結跏趺坐の足裏も不自然な表現になっているのが、随分気になります。
上半身のムッチリとしたボリューム感と比べて、膝前は扁平で躍動感不足がありありという感じです。
やはり、無理に窮屈に、一材から彫り出した為なのではないかと思われます。



弥勒寺 弥勒坐像脚部


この像が造られた、10~11世紀になっても、巨木の霊木から、仏像全体を丸々彫り出すことへの「こだわり」が強くあったのであろうか?
そこまでこだわらせたものは、なんであったのであろうか?
そんな思いが、またふつふつと、こみあげてきたのでありました。

弥勒寺・弥勒坐像は、最近、拝した平安古仏の中でも、再見、三見の値打ちのある魅力ある像だと、私は思っております。
東博でまた観ることができたことは、大きな喜びでありました。



次は、高成寺(小浜市)の千手観音像です。

二階のガラス張りの処に展示されていました。
正面からはしっかり鑑賞できるのですが、側面からじっくり観られないのが、残念な処です。

高成寺 千手観音像
文化庁の解説によると、
「等身の千手観音像で、針葉樹の一木造りになる。太造りの躰型や衣文に刻まれる翻波式衣文などに平安初期(9世紀半ば~後半)の特色を示す。若狭姫神社伝来と伝え、神仏習合にかかわる造像である可能性がある。
平安初期作例の中で、優れた作行を示す像の一つとして評価される。」
と、解説されています。

私には必見の、平安初期の仏像です。


私はこの仏像の存在を、今回の重文指定まで、全く知りませんでした。
「高成寺・千手観音像、9世紀作で重文指定」ときいて、本当にびっくりです。

高成寺高成寺の場所を調べてみると、小浜市青井というところで、JR小浜駅から西北に徒歩15分くらいの場所です。
何度も小浜を訪れているのに、この仏像のことを知らなかったとは・・・・・・・・
早速、「若狭小浜の文化財」や「福井県史~若狭の仏像~」という本を書架から取り出してみましたが、全く掲載されておりません。

良く調べてみると、平成21年(2009)に、初めて県指定文化財に指定されていました。
どのようないきさつで平安初期の重要古仏として見出されるようになったのでしょうか?
興味津々です。
これまた、あっという間に重要文化財というスピード出世です。


まずは、高成寺・千手観音像と初めてのご対面、じっくりと鑑賞。
181㎝の等身大像。

正面から見た第一印象は、「見るからに平安初期彫刻」という、ダイナミックなパワーや、迫力をさほど感じない、おとなしい感じを受けました。
正面写真をご覧になって、皆さんどう感じられるでしょうか?
「どうしてだろうか?」とゆっくり観てみると、後補や彫り直し部分が多いために、そちらが目くらましのようになり、少々弱い感じに見えるようです。
高成寺 千手観音像 上半身
私の見た感じは、お顔が少しだけ彫り直してあり藤原風のやわらかな表情になっている気がします。
脇手の多臂手と宝鉢を持つ正面手が線の細い後補、合掌手の腕先も後補らしくやわらかな線になっているようです。足先も後補らしい。
首から下、裳裾までの体躯の部分に。当初の造形が良く残っているようです。
この像をしっかり見極めるには、根幹材の部分に絞って、観ていくことが必要なようだ。

そんな眼でじっくり目を凝らしてみると、「なかなかの平安前期古仏」の姿が、くっきりと浮き上がってきました。
肩・胸から腹回りの肉付きは厚く、ムッチリという言葉がフィットするし、腰回りのボリューム感は流石という感じがします。
衣文の彫りも、抉るような鋭さ・厳しさまではいかないが、彫口には鎬立ったものがあります。
正面から観るよりも、斜めの方、ボリューム感が良く見える処から観ると、平安前期古仏ということに十二分に納得が行く仏像でした

高成寺 千手観音像 脚部



この仏像は、江戸時代の『若狭郡県志』によると、若狭姫神社(遠敷明神)本地仏千手観音であった可能性があるそうです。
若狭姫神社は、 若狭国一之宮で上社(若狭彦神社)と下社(若狭姫神社)に別れ、両社を合わせて若狭彦神社と称しているそうです。
若狭姫神社は、養老5年(721年)に、上社より分祀して創建されたと伝えられています。
東大寺二月堂のお水取りに際して、若狭から二月堂に水を送る、有名な「お水送り神事」は、元は当社の神宮寺であった若狭神宮寺が主体となって行われています。

若狭姫神社遠敷神社 お水送り

全体から受ける印象は、平安初期の特性をみせながらも、衣文の彫口や肉身の造形にややマイルドな感じもするので、少し時代が下がるのかもという気もしました。
しかし、この千手観音像が、若狭姫神社の神仏習合像であったとすれば、平安初期(9世紀)まで遡る像である蓋然性は、高まることになるのだろうし、「お水送り」というロマンチックな伝承なども付加されて、その魅力度がランクアップしたような気がしてきました。

他にも、観るべき重文新指定仏像が、数々立ち並んでいましたが、
今日は、ターゲットの2躯のスピード出世平安古仏をゆっくり、じっくり鑑賞でき、私なりの満足感に浸りながら、東博を後にしました。

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  • 2012/05/14(月) 02:14:12 |
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