観仏日々帖

古仏探訪~三重伊勢市・太江寺 千手観音坐像


今回も、三重の仏像のご紹介です。
伊勢市二見町にある太江寺(たいこうじ)の千手観音坐像です。

重要文化財に指定されていますが、余り知られていない仏像だと思います。
私も、今回訪ねるまでは、全くその存在を知りませんでした。

この三重観仏旅行で伊勢市に泊まることになったので、近くに観るべき仏像はないだろうかと調べて見ましたら、

「太江寺の千手観音坐像」

という仏像があるのを知りました。
私の好きな平安古仏ではなく、鎌倉時代の仏像なのですが、重要文化財の仏像でもあり、是非一度拝してみたいものと訪れることにしたのでした。

太江寺は、夫婦岩で有名な二見浦(ふたみがうら)からほど近いところに在ります。

二見浦・夫婦岩
二見浦・夫婦岩


20130727taikouji2.jpg二見浦にも寄ってみましたが、土産物屋、屋台の食べ物屋も立ち並んで、相変わらず大勢の観光客で賑わっていました。
二見浦は、小学校の修学旅行で、夫婦岩の近くにあった「二見館」という旅館に泊まって以来、来たことがありませんでした。
50年余ぶりの再訪ということになります。
夜、枕投げをしてふざけたり、夫婦岩のご来光を拝んだような記憶が突然よみがえってきて、大変なつかしく思い出されました。


太江寺は、夫婦岩への入り口から2~300メートルぐらいの間近の小高い丘に在るのですが、本当にひっそりしていて、誰も人影を見ることは出来ませんでした。
二見浦に来た人たちも、この太江寺によることはないようです。

仁王門から階段を上ってしばらくすると、本堂が見えてきます。
本堂は、ちょっとさびれて荒れたようで、ひっそりと建っているという感じです。

太江寺・仁王門
太江寺・仁王門

太江寺・本堂
太江寺・本堂

やぶ蚊の攻撃に悩まされている処に、ご住職が見えられました。
お堂の中に入れていただくと、早速読経が始まりました。

実は、この太江寺の御本尊・十一面観音像は、秘仏になっており、普段は拝することができません。
ご拝観のお願いの連絡を入れた時には、奥様かと思われる女性が電話口で、
「御本尊は、秘仏になっているので拝観は出来ないのですけれども、お厨子の側面の扉を開いて、横の方から覗いて拝んでいただくのでよろしければ・・・・」
というお話をいただき、伺いました。

きっと正面からのご拝観は無理なのだろうなと思っていましたら、読経が済むと、ご住職がお厨子の正面の扉を開けてくださいました。

「普段は、ご開帳しないのですが、わざわざ遠くから来られたので拝んでいただくことにしました」

という、有難いお話です。
薄暗い堂内に、厨子の中だけが明るい照明に照らし出されて、千手観音像が浮き出るように見えてきました。
間近に寄って拝することが出来ました。

開扉された太江寺・十一面観音坐像
開扉された太江寺・十一面観音坐像

像高150.3㎝、鎌倉時代の千手観音坐像です。

如何でしょうか?

想像していたよりも、圧倒的に立派で、結構迫力を感じるのにびっくりしました。
カヤ材の素地で、いわゆる檀像風の仏像です。
素地に黄色の檀色着彩がほどこされているようです。

太江寺・十一面観音坐像側面
太江寺・十一面観音坐像側面

寄木造ということですが、何処で寄せてあるのか素地なのによく判りません。
大変、精緻に仕上げられています。
つるつるとしたほどに滑らかに仕上げられていますが、彫技の冴えには鋭いものを感じます。
膝の衣文の仕上げや、顔貌の仕上げを見ていると、仏工のノミの技の冴えを誇るかのようです。
そして、彫技を誇るだけの像というよりは、全体のバランスも良くとれてなかなか出来の良い像と感じました。
「良く上手にできている」だけではなくて、結構、存在感も感じるのです。

太江寺・十一面観音坐像顔部.....太江寺・十一面観音坐像顔部
太江寺・十一面観音坐像顔部


ほの暗いお堂の中で、厨子の中が照明で照らし出されて浮き上がるように目に映る、というシチュエーションの効果にかなり影響されているのかもしれません?
どうしても、感動的な印象を受けてしまいます。

ほの暗い本堂に照らし出される太江寺・十一面観音坐像
ほの暗い本堂なか、厨子の中に照らし出される太江寺・十一面観音坐像

その辺を加味しても

「鎌倉の仏像としては、なかなか出来の良い立派な彫像」

だと思いました。


さて、この仏像のことは、どのように解説されているのでしょうか?

この像への関心が出てきましたので、戻ってから調べてやろうと思って、図書館で解説資料を探してみましたが、意外にも、ほとんどないのです。
「伊勢市史・文化財編」(2007年刊)、「伊勢の文化財」(1981年刊)
のどちらにも、写真も解説文も全く掲載されていません。
大正5年(1916)5月に旧国宝(現重要文化財)に指定されている仏像で、伊勢市で重要文化財指定を受けている仏像は6件しかないのに、採り上げられていないのです。
どうしてなのか、不思議なことです。
きちんと調査されたことがないからなのでしょうか?


「仏像集成・近畿編」(1997年刊)に、写真・解説が載っているのを見つけました。

解説全文を紹介しますと、次のとおりです。

太江寺・十一面観音坐像正面

「この千手観音坐像は、二見浦の興玉神(おきたましん)と関係があると云われている。
寄木造の素地像で頭髪、眉、目、唇のみに彩色を施す檀像風の仏像である。
繊細に美しく整えられており、彫刻としての存在感よりも工芸的な美しさをもつ。

肉身の表現はやや無機的になり、人形のような印象を受けるが、鎌倉時代も降ったころによく見受けられる作風である。
ただこの仏師は、工芸的な技量が卓越しているために、鎌倉時代後半のやや泥臭い印象がないのであろう。」


「工芸的な美しさ」とか「人形のような印象」
というフレーズで表現され、彫刻としての存在感が薄いように解説されています。

太江寺・十一面観音坐像側面
直に拝した感覚からいうと、
「工芸的な美しさで、人形のような印象・・・」
と言ってあげるのは、ちょっと可愛そうで、

「鎌倉の後半期とすれば、なかなか出来が良くて、仏像としての存在感も感じる」

と云ってあげたい気になります。


中央の仏像に照らし合わせると、どれに似ているかといわれると、難しくてよく判りませんが、それなりの腕のある中央仏師の作ではないだろうかという気がしました。



さて、この太江寺は、寺伝によれば、

天平年間(729年 - 749年)奈良の大仏勧進のため諸国を行脚していた行基が、天照大神のお告げを受けて、二見浦で興玉神を参拝したところ、金色の千手観音を感得した。
その姿を刻んで祀るため開創したのが当寺で、鎮守社として興玉社も境内に祀った。

と、伝えられています。

また、現本尊の造立については、

文治年間(1185年 - 1190年)伊勢神宮の神主である荒木田成長が、当寺の衰退をみて現本尊の千手観音坐像を寄進し、諸堂を再建、再び隆盛を極めた。
頭部に興玉神のご神体の観音像が納められている。

と云われています。

この伝えをそのまま信じれば、現本尊・十一面観音坐像は、鎌倉初期の仏像ということになりますが、私にはよく判りません。



「伊勢の片隅で、想定外の出来のいい立派な仏像に、出会うことができた。」

これが、私の素直な感想です。

皆さんも、一度、太江寺を訪れて、直に拝してみてはいかがでしょうか。
愛好する「平安古仏」ではないのですが、是非、お薦めしたい仏像です。

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