観仏日々帖

古仏探訪~三重県松阪市・薬師寺 薬師如来坐像


三重の「知られざる古仏探訪」の第2弾は、
松阪市船江町にある薬師寺・薬師如来坐像をご紹介したいと思います。

松阪薬師寺の薬師如来坐像は、以前から気になっていた仏像でした。
「仏像集成」や「仏像東漸展図録」の写真を眺めていると、「オ-ッ!」と、声を発してしまうような、迫力を感じるのです。

皆さん、この写真のお顔をみて、どのように感じられるでしょうか?

松阪薬師寺 薬師如来坐像(図録掲載写真)
松阪薬師寺 薬師如来坐像(仏像東漸展・図録掲載写真)

森厳で厳しく迫ってくるような鋭さを感じるお顔です。
平安前期特有のオーラを発しているような感じがします。
「これは必見だな!」と、機会があれば拝してみたいと願っていた仏像です。

9~10世紀の制作といわれている平安古仏で、県の重要文化財に指定されています。

どのようにすれば拝観可能なのかと、松阪市の教育委員会に問い合わせた処、薬師寺のご住職は、同じ松阪の朝田寺のご住職が兼務されておられるので、そちらにお尋ねくださいと教えていただきました。
朝田寺はご存じのとおり、平安前期バリバリの地蔵菩薩立像で有名なお寺です。

早速、朝田寺にご連絡して、
「朝田寺と共に薬師寺の仏像も拝ませていただきたいのですが・・・・?」
とお願いしましたら、
「薬師寺の方は、その日に開けるよう管理している方に連絡して段取りしましょう」
と、快くご了解いただきました。

薬師寺には、朝一番で伺いました。
松阪駅から北東に1㎞ほどの町中にあり、住宅街の広い通り沿いにひっそりと佇むといった感じです。

松阪薬師寺 本堂...松阪薬師寺 山門
松阪薬師寺 本堂                       松阪薬師寺 山門

こじんまりした境内で、山門と本堂があるのですが、少々古びて荒れた感じです。
このまま放っておくと、門やお堂が傾いたりしないかなとちょっと心配です。
こうした古寺の維持管理は、文化財の仏像があると云っても、なかなか大変でご苦労も多いのだろうなと察せられます。
当地で管理されている方のお出迎えで、本堂内にご案内頂きました。

薬師寺は、寺伝によると
「聖武天皇の勅願所で、天平2年(730)に行基の開基と伝えられる。」
ということです。


本堂内には、沢山の仏像がにぎやかに祀られています。

松阪薬師寺 本堂内陣
松阪薬師寺 本堂内陣

早速、お目当ての薬師如来坐像を、間近に寄って拝観です。

松阪薬師寺 薬師如来坐像

松阪薬師寺 薬師如来坐像
松阪薬師寺 薬師如来坐像

像高は83㎝と、ちょっと小ぶりな感じです。
間近に拝した第一印象は、「あれっ?」というのが実感でした。
お顔の表情は、それほど厳しくはないのです。
むしろ、穏やかといった方が当たっているのかもしれません。
強烈な迫力や、厳しさのオーラが、ガンガン発せられるのを目の当たりにするのかと期待していたのですが、それほどの緊張感やインパクトを感じなかったのです。

ちょっと期待外れというのが実感です。

全体的にも、「穏やか」というか、「まろやか」というか、整った感じの造形という印象です。
整った造形とは云っても、やはりちょっと地方作といった雰囲気で、中央の第一級の造形レベルには届かないように思えました。
力感も、幾分弱い感じがします。
仏像彫刻としての出来には、ちょっと物足りなさを感じるのです。
国指定重要文化財ではなく、県指定文化財になっているのも、自分なりに納得という印象を受けました。

松阪薬師寺 薬師如来坐像 上半身
松阪薬師寺 薬師如来坐像 上半身

この薬師像、「写真写り」が良いのかもしれません。
撮影の光線の具合でしょうか、冒頭掲載の図録写真では、お顔の表情が森厳で、眼や口の彫口が大変鎬だった表現のように、強調され過ぎて写っているようです。

私は、現実の薬師如来像を拝する前に、図録写真から感じた第一印象、即ち「森厳な表現の像」という先入観に強く引っ張られ過ぎていたようです。

気持ちを入れ替えて、もう一度虚心に、薬師如来像を拝してみました。

お顔の表現は、9世紀の制作とされる奈良・大和郡山市の矢田寺北僧房の虚空蔵菩薩像(奈良国立博物館寄託中)のお顔に似た雰囲気です。

松阪薬師寺 薬師如来坐像 頭部....矢田寺 虚空蔵菩薩像
.    松阪薬師寺 薬師如来坐像 頭部        奈良県大和郡山市 矢田寺北僧房 虚空蔵菩薩像


しかし全体の雰囲気は、北僧房・虚空蔵菩薩像のような締まったキリリとした感じではありません。
むしろ、「ムッチリとした肉付きと粘りのある衣文」という表現です。
三道や胸のふくらみの表現は、ムチッとした肉付け感が良く出ています。
松阪薬師寺 薬師如来坐像 左肩衣文
注目したのは、左肩から上腕にかけての衣文の表現です。
粘りのある衣文表現が、大変魅力的なのです。
見事に彫りあげられています。
写真でご覧になるとよく判ると思うのですが、鎬を立てた鋭い稜線ではなく、彫り込むというより盛り上げるという感じの表現です。
粘りと躍動感を感じます。


森厳な仏像という先入観を捨て去って拝すると、
ムッチリとした肉づけ表現と、粘りある衣文表現が魅力の、なかなか整った造形の仏像とだと思いました。
地方作的な要素も持っており、第一級の出来の作品とは言えませんが、注目すべき仏像といえると思いました。

この像の造形と制作年代は、どのように考えられているのでしょうか?

この像は、像高83㎝、体幹部の大半を一木から彫り出し、膝前や右前膊を矧ぎ寄せています。
後頭部と背中の二か所に小さく内刳りがされています。

「仏像東漸展」図録解説には、このように書かれています。


「量感への嗜好の強い像であるが、その一方で大衣の右肩から胸にかけての折り返し部には軽やかなうねりをもたせるなど、鈍重に陥らない工夫がみられる。
ただし、粘りのある重厚な線で構成されている衣文は、決して鋭いものではなく、全体として重厚さへの志向が強い。
したがって、その制作時期は9世紀後半あたりと考えられる。」

一方、「仏像集成」の解説は、このようです。

「どっしりとした重厚な体躯は古様であるが、表情はやや穏やかに感じられ、10世紀頃の作と思われる。」


この薬師像は、9世紀の作か10世紀の作かは別にして、「量感」「粘りのある重厚な線」「重厚な体躯」という言葉で表現されています。
「鎬立った」とか「シャープな」といった表現がされていません。

そんなことを考えているうちに、面白く興味深いことが書かれた本を見つけ出しました。
「三重・松阪市仏像調査報告書」という冊子です。
和光大学・日本彫刻史ゼミナールによって、1987年に発刊されています。

松阪薬師寺・薬師如来坐像についての、こんなコメントを見つけました。

この薬師像に、奈良風の系譜を受け継いだ造形表現が見受けられるとの指摘です。
三重の平安古仏には、こうした造形表現が間々みられることに着目されています。


三重・松阪市仏像調査報告書
「左腕から脇にかけての衣文線や、腹前のそれは、慈恩寺の阿弥陀如来立像に少し似ていて、これを乾漆を用いず、木彫によって表現しようとしたように見える。」

「薬師寺薬師如来坐像のボリュームはあるが整った肉付けや、線の柔らかさからくる、一見穏やかとも見えるムードは、この地方独特の表現としてとらえられる。
慈恩寺阿弥陀如来像の所であげた、元興寺の薬師如来立像、和束薬師寺の薬師如来坐像のような像の見せる整った様子に共通性を見いだせるのではないだろうか。」

「三重県の像が、必ずしもこのような系譜の上に置かれるということではないが、純粋木彫と乾漆系木彫といった色分けの中で、像の位置づけを再考する必要があるだろう。
三重県が奈良県の宇陀郡や京都南山城地方と隣り合っていること、・・・・・を思うと奈良との交流があったことが想像される。」

このような共通性がみられる三重の仏像の例として、朝田寺・地蔵菩薩立像、普賢寺・普賢菩薩坐像が挙げられています。
小野原光子氏の「三重県の古代文化風土記」という論考です。
なかなか興味深いコメントです。

ここで名前が挙がった仏像の写真は、ご覧のとおりです。

三重県松阪市 朝田寺 地蔵菩薩立像.....三重県松阪市 朝田寺 地蔵菩薩立像
三重県松阪市 朝田寺 地蔵菩薩立像


三重県多気郡多気町 普賢寺 普賢菩薩坐像....三重県多気郡多気町 普賢寺 普賢菩薩坐像 頭部
三重県多気郡多気町 普賢寺 普賢菩薩坐像


奈良市 元興寺 薬師如来立像....奈良市 元興寺 薬師如来立像
奈良市 元興寺 薬師如来立像


三重県亀山市 慈恩寺 阿弥陀如来立像....三重県亀山市 慈恩寺 阿弥陀如来立像
三重県亀山市 慈恩寺 阿弥陀如来立像


京都府相楽郡和束町 薬師寺 薬師如来坐像....京都府相楽郡和束町 薬師寺 薬師如来坐像
京都府相楽郡和束町 薬師寺 薬師如来坐像

元興寺薬師宇如来像は純粋木彫ですが、慈恩寺阿弥陀像は木心乾漆像、和束薬師寺薬師像は木彫漆箔です。
それぞれの像の衣文の造形表現に、特に注目してみていただければと思います。

この論考を読んで、私は「なるほど!」と、結構納得しました。
たしかに、この薬師像は純粋木彫ですが、乾漆系の造形表現を感じます。
また、平安彫刻のなかでも、伝統的奈良様の表現の系譜にあるように思います。

三重県、即ち伊賀の国、伊勢の国は、奈良からの街道続きにあります。
平安初期彫刻の典型である森厳シャープな彫刻表現よりも、伝統的奈良様を受け継いだ平安彫刻の系譜にある仏像も多くあったのではないかというのも、大変納得的に思えるのです。

そういわれてみれば、松阪薬師寺像の衣文表現は、元興寺像、南山城の和束薬師寺像などの表現の延長線上にあるように思えます。


こんな仏像があったことも思い出しました。
元興寺薬師如来立像に大変似通った平安前期木彫といわれる、相楽郡南山城村の春光寺の薬師如来立像のことです。

京都府相楽郡南山城村 春光寺 薬師如来立像..........京都府相楽郡南山城村 春光寺 薬師如来立像
京都府相楽郡南山城村 春光寺 薬師如来立像

この木彫も、伝統的奈良様を受け継いだ木彫像といわれています。
和束薬師寺や春光寺は、奈良から伊賀、伊勢に抜ける街道の、ちょうど通過点に在るのです。

平安前期あたりと思われる純粋木彫像の制作年代については、森厳な表現、シャープな彫口だと年代を挙げ、穏やかで整った表現だと年代を下げて考えるというのが、一般的かと思います。
松阪薬師寺・薬師如来坐像をいつ頃の制作と考えるかというのは、私には難しすぎてよく判りませんが、
ここで観てきたような奈良様の系譜といったこと考えると、いろいろな面から多面的に考えていかなければならないなと、今更ながらに思いました。


松坂薬師寺の古仏探訪は、わざわざと観仏に訪ねてきた甲斐があった、大きな収穫でした。

この薬師像の、写真の印象と違う実物の持つ魅力と特徴を、新たに発見できたことや、
奈良様の伝統の系譜にある木彫像と三重という地との関係について、いろいろなことに思いを巡らせること

ができからです


やはり、

「写真で見ているだけではダメで、現地を訪れ眼で観て肌で感じないと」

と、今更ながらに思った古仏探訪でした。

コメント

これはまた良い薬師様ですね。
やはり三重の仏像も侮れません。

奈良仏師の伝統を引き継いでいるという点が興味深いです。
確かに、上品というか節度を守った造形という感じがします。

最近は、穏やかだからとか、地方だからといった理由で、安易に制作年代を下げないようになってきている感じがします。

  • 2013/06/28(金) 21:14:38 |
  • URL |
  • とら #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

とら様

おっしゃる通り、三重の仏像にはなかなか興味深いものが多いように思います
近江の仏像は、折々注目されていますが、三重はちょっと日陰なのかもしれませんね

  • 2013/06/30(日) 16:27:18 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

はじめまして。
この夏、朝田寺のお地蔵さまをお参りしたいと考えていて、松阪のお寺を調べていたらこちらにたどり着きました!

三重のお寺はまだあまり訪問していないので、とても勉強になりました。ありがとうございます。今すぐにでも三重に行きたくなりました・・・

  • 2013/07/15(月) 00:23:36 |
  • URL |
  • momococks #8.DDWrbI
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

momococks さま

「観仏日々帖」、神奈川仏教文化研究所HP、ご覧いただき有難うございます。
観仏探訪などのお役に立てば、幸いです。
三重の仏像は、もう少しだけ、ご紹介してみようかと思っています

この夏の三重の古仏探訪、良き旅になりますよう・・・・

これからもよろしくお願いします

神奈川仏教文化研究所 管理人


  • 2013/07/18(木) 19:11:36 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

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