観仏日々帖

トピックス~鑑真和上坐像の御身代わり模像の制作を巡る話【その1】


現在、「美術院」で制作中の鑑真和上坐像の模像がおおむね完成し、奈良時代当時の鮮やかな彩色がほどこされた姿が、公開されました。

彩色された鑑真和上坐像の模造
彩色された鑑真和上坐像の模像

今月上旬、新聞各紙は、一斉にこの記事を報道しました。
ご覧になられた方も、沢山いらっしゃることと思います。

例えば、毎日新聞(4/5付、大阪朝刊)はこのように伝えています。

鑑真和上模像:制作時の姿 鮮やか配色、今だけ再現


唐招提寺(奈良市)の国宝・鑑真和上坐像(8世紀)の模像「お身代わり像」が4日、財団法人美術院(京都市下京区)で報道陣に公開された。
本物が制作された当時の表情やけさ、朱色の下衣を鮮やかに再現。
今後、経年変化を反映させて仕上げ、6月から同寺で一般公開する。

本物の坐像は1833年の火災で頭頂部や膝部分が破損し、補修したもので、例年6月に公開している。
今年が鑑真の没後1250年に当たるのに合わせて、同寺が常時公開できる模像の制作を依頼し、美術院が10年から取り組んだ。
実体顕微鏡で顔料の粒子を調査し、けさの部分は赤、青、緑などの鮮やかな配色を忠実に再現した。更に火災前の状態にまで色を近づける。

美術院の高田明技師は
「本物は顔や肌の色、着衣までもが写実的に彩られている。実際に鑑真和上の肌などを見ながら彩色したのではないか」
と話している。


日経新聞は、[唐招提寺長老のこのようなコメント]を掲載しました。


鑑真和上像を観る石田長老
石田智圓(ちえん)長老は

「1250年若返られた。まるで湯上がりのよう」

と見慣れた国宝像との違いを語った。

(右の写真は、鑑真和上像模像を観る石田長老です。)

鑑真像を、このように鮮やかな原色で観ることができるのは、このタイミングだけで、この後6月までに経年変化の古色付をし、現在の鑑真和上像の色合いに近づけた後に、唐招提寺で公開されることとなるということです。

国宝・鑑真和上坐像...鑑真和上坐像の模造
国宝・鑑真和上坐像              鑑真和上坐像の模造

この鑑真和上坐像は、鑑真没後1250年の今年完成をめざして、唐招提寺が10年前から「財団法人美術院」に制作を依頼したもので、ようやく完成にこぎつけました。

「模造の制作に、何故10年もかかるのだろう。
最新の科学技術をもってすれば、そんなにかからないのではないか?」

と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

たしかに、合成樹脂などを使って、寸分たがわぬように模造するのなら、制作にそんなに長期間かからないのでしょう。
鑑真像の模像制作にあたっている「美術院」は、ご存じのとおり、国宝・重文級の美術工芸品の修理修復を行っている処です。
また、修理修復だけではなく、修復技術の研究、技術者の養成などのために、模像の制作も行っています。

「美術院」で模造を制作する場合は、単に原品の形を真似るというのではなく、制作当時の材料、顔料などをもちいて、構造や制作技術まで復元して造られていきます。
原品に用いられた、制作技術についての綿密な調査研究を行い、その過程で知り得た各時代の特徴的な技法を、文化財修理に生かしていくことを、目的としているそうです。

凸版印刷による鑑真像デジタル計測そんなふうにして、模像制作が行われますから、模造対象となる原品、今回なら脱活乾漆造り鑑真和上像の構造や原材料、顔料をはじめ制作技術の調査研究に、大変な時間がかけられることになります。
模像制作の予算は、読売新聞記事(4/5)によれば、3000万円だそうです。
(右の写真は、鑑真像の凸版印刷によるデジタル計測の状況です。)

こうした模像制作の過程で、当時の技術や、用いられていた材料についての、新たなる発見、知見が得られることも、多くあるようです。


鑑真和上坐像の模像の過程においても、いろいろ新たなことが判ってきました。
まだ、調査報告・研究報告のようなものは出されていませんが、これまでの新聞記事を見てみると、興味深い報道がされています。


少し長くなりますが、ご紹介すると、次のようなものです。

奈良新聞 2012年2月8日付けの記事抜粋です。

【鑑真和上坐像】伝承通り弟子制作か - 美術院調査で仏師の痕跡なく


制作が続く鑑真和上坐像の模造天平彫刻の傑作とされる唐招提寺(奈良市五条町)の国宝・鑑真和上坐像が、伝承通り弟子によって制作された可能性の高いことが、美術院の調査で分かった。専門仏師の関わった痕跡がなく、細部を指で整えたことで柔らかな雰囲気が出ているという。

脱活乾漆(だっかつかんしつ)と呼ばれる張り子の像で、漆に浸した麻布を原形の粘土像に張り、木屎(こくそ)と呼ばれるペースト状の素材で細部を造形する。粘土像は取り壊す。
「お身代わり」の制作を進める美術院が調べたところ、木屎をへらで造形した痕跡など、熟練仏師の『仕事』がまったく確認されなかった。
粘土像に麻布を張った段階で細部まで造形されており、木屎は布目が見えるほど薄い部分もあったという。へらを使わず、指で薄く塗り延ばすことで線の柔らかさを表現していた。

美術院国宝修理所の木下成通・研究部長は
「専門の工人に注文したのではなく、伝承通り鑑真和上の姿を懸命に写し取ろうしたのだろう。奈良時代の他の乾漆像と異なり、造形テクニックを度外視したすごさがある」
と感嘆する。

「お身代わり」の外形を調整する美術院の職員
制作が続く鑑真和上坐像の模造

木屎はヒノキなどの粉に漆を混ぜるのが普通だが、「お身代わり」には独特の粘りがあるニレの木屎を使用する。

石田智圓長老は
「弟子たちの芸術的才能に鑑真和上を思う心が加わり、素晴らしいお像ができたのでしょう」
と話した。
お身代わりを見る石田長老



毎日新聞 2012年10月27日の記事抜粋です

唐招提寺:鑑真さんお化粧してた? 坐像の表面に油塗布


日本最古の肖像彫刻として知られる唐招提寺の国宝・鑑真(がんじん)和上坐像(8世紀、脱活乾漆造)の表面に油が付着していることが、財団法人美術院の調査で分かった。

油は顔料を乾きやすくし、色に深みを持たせる効果があるため、彩色の際に混ぜたか、上から塗ったとみられる。
仏像に油を塗る技法は国内に例がなく、唐から渡来した弟子たちが像を制作したとの伝承を裏付ける発見と言えそうだ。

美術院などによると、顔料の上から油を塗る技法は「密陀絵(みつだえ)」と呼ばれ、正倉院宝物の伎楽面(ぎがくめん)など天平時代の工芸品にみられるが、国内の仏像で確認されたのは初めて。「荏油(えのあぶら)」と呼ばれるシソ科の植物、エゴマの油とみられる。

美術院の木下成通研究部長は
「当時の中国では仏像の彩色に油を使用した例はあるが、国内では初めてで驚いている。油には色を落ち着かせる効果があり、制作者の〈立派な像にしたい〉という思いが伝わってくる」
としている。


これらの新聞報道のポイントを整理すると、このように云えるのでしょうか?

①脱活乾漆像は、漆を浸した麻布貼り合わせの原形に、ペースト状の木屎漆を盛り上げて細部を造形する。

脱活乾漆像の内側麻布部(薬師寺蔵・菩薩面部断片)....脱活乾漆像の木屎漆整形部(大阪市立美術館蔵・天部袖残欠)
脱活乾漆像の内側麻布部(薬師寺・菩薩面部断片)  木屎漆整形部(大阪市立美術館・天部袖残欠)

②鑑真和上像は、木屎をへらで造形せず、手の指で形を整えている。
天平期の脱活乾漆像は、すべてへらで造形しており、鑑真像だけが例外である。

③粘土像に麻布を張った段階で細部まで造形されており、木屎漆の層が大変薄い。
(天平期の脱活乾漆像は、麻布貼り合わせ段階では〈衣文などの〉細部造形はせず、木屎漆の盛り上げで造形されるのが通例。)

④彩色の上から、油を塗布している。
仏像に油を塗る技法は、中国にはあるが、我が国には例がない。

⑤以上のことから、鑑真和上像は、国内の専門の仏工等による制作ではなく。唐渡来の弟子たちの手により、当時の通例技法と異なる手法で制作された可能性が考えられる。

大変興味深く、関心深まる新発見事実だと思います。

「鑑真和上の制作技法は、当時の常識的技法とは違っている。」
「弟子たちの手で制作した可能性があるのではないか?」

という話は、「日本最古の肖像彫刻」である、鑑真和上坐像の制作経緯の伝承や、何故このような肖像がつくられたのかという問題に、いろいろな愉しい想像をめぐらせてくれそうです。

この続き【その2】では、
これに関連しそうな、鑑真和上坐像についての伝承や、これまで議論されてきたことのエッセンスを少々つまみ食いして、考えてみたいと思います。


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