観仏日々帖

新刊・旧刊案内~井上正著「続・古仏 古密教彫像巡歴」 【その1】

ちょっと一般向けの本ではないかも知れませんが、私にとっては、待望の本が刊行されました。

「続・古仏 古密教彫像巡歴」 井上正著

2012年12月 法蔵館刊 【242P】 9500円


「古密教彫像巡歴」


「続・古仏」とあるように、以前に出版された「古仏」という本の続編です。

「古仏」という本は、1986年(昭和61年)に発刊された本です。

「古仏」.
「古仏~彫像のイコノロジー」法蔵館刊【230P】7800円

それから、なんと26年も経ってから「続編」が出版されたことになります。

実は、
「古密教彫像巡歴」内容「古仏」も「続・古仏」も、もう廃刊になってしまった「日本美術工芸」という美術雑誌に、井上正氏が連載をしていた仏像論考を収録したものです。

どんな仏像が採り上げられているのでしょうか?

井上正氏の所論をご存じのかたは、容易にご想像がつくと思いますが、ちょっとご紹介しておきたいと思います。


こんな仏像が、採り上げられています。

兵庫・満願寺薬師如来坐像......京都・安楽寺僧形坐像
兵庫・満願寺 薬師如来坐像              京都・安楽寺 僧形坐像


京都・勝光寺聖観音立像........滋賀・来迎寺聖観音立像
京都・勝光寺 聖観音立像              滋賀・来迎寺 聖観音立像


兵庫・中山寺十一面観音立像......兵庫・西谷観音堂十一面観音立像
兵庫・中山寺 十一面観音立像             兵庫・西谷観音堂 十一面観音立像


「なんだ、これは!」「変な仏像!」

奈良・京都の有名寺院の美しい仏像を、普段ご覧になっている方々にとってみれば、異様な感じがされるかもしれません。
あるいは、グロテスクといった印象をもたれるかもしれません。

大変アクが強く異形な造形で、奇怪な表情であったり、強烈な肥満体であったりして「歪んだ造形」といった仏像ばかりです。
しかし、これらの仏像は、不思議なオーラのようなものを発しています。
「気迫勝負の仏像」と云っても良い感じで、造形の出来の良さを度外視したかのようですが、強烈なインパクトを感じます。

この本で採り上げられている仏像たちは、一般には平安前期~中期の仏像とか、平安期の地方仏と考えられている木彫仏です。
しかし、著者の井上氏は、その多くが「実は、奈良時代以前の木彫仏」だと考えている仏像たちです。


まずは、採り上げられている仏像のリストを、ご紹介したいと思います。

1986年刊の「古仏~彫像のイコノロジー」に採り上げられたのは、次のような木彫仏です。

古仏巡歴リスト
「古仏」所載の古密教彫像一覧リスト


今回発刊の「続・古仏~古密教仏巡歴」に採り上げられているのは、このような木彫仏です。

古密教彫像巡歴リスト
「古密教彫像巡歴」所載の彫像一覧リスト

皆さん、ここに上げられて仏像たち、どれぐらい拝されたことがあるでしょうか?
写真で見たことがあたりして、頭に浮かんでこられるのは、どのぐらいあるでしょうか?

「初めて聞いた仏像ばかりだ」とか、「そんな仏像あったっけ」いったものが、軒並み並んでいるという感じではないでしょうか。
これらの「ほとんどは知っている」とか、「観たことがある」という方は、そうはいらっしゃらないのではないかと思います。

もしいらっしゃったら、相当のマニアというか、仏像オタクと云えるでしょう。
「井上正氏の採り上げた仏像の世界」に、よほど強い関心のある方でないと、このような仏像を、わざわざ面倒な拝観のお願いをしてまで、辺鄙な場所へ出かける方はおられないと思います。

私は、近年「井上正ワールドの仏像大好き」になって、一生懸命、全部見てやろうと廻っています。
頑張って観て廻っていますが、まだ、これらのうち未拝観の仏像が7躯も残っています。
それでも、採り上げられている67件の内、60件を観て廻ったことになりますので、相当オタクの仲間に入ってしまうのかもしれません。


ところで、皆さん、井上正氏の所論、主張は、良くご存じのこととおもいます。

今更「井上説の紹介」でもないのかもしれませんが、そのエッセンスにだけふれておきたいと思います。
思いきって、簡略に割切ってご紹介しますので、正確ではないかも知れませんがお許しください。


井上氏は、古代の木彫仏について、二つの観点からの問題に着目しました。

一つは、平安時代の制作とされている一木彫像の中には、通常の尊像には見ることにできない不可思議な精神風景をのぞかせるものが、多数見受けられることです。

神護寺薬師立像などが、その代表格と云えます。

神護寺薬師如来立像.....神護寺薬師如来立像顔部
神護寺薬師如来立像

井上氏は、この造形表現を、「烈しい霊威表現」とか、「尋常ならざる精神性を発する表現」と評しています。
また、
「これらの一群の尊像は長い間、筆者にとって不可知の領域であり、それだけに一層魅力を増す聖域のようであった。」
と回想されています。

これら異形の仏像達をどのように捉えるのか、考えるのかという問題です。

平安期一木彫像の、一つのタイプ、バリエーションと考えるのか?
歪んだり、ボリューム感があるのを、地方的な粗野さと考えるのか?
もっと別の、宗教的背景や要素があると考えるのか?

ということかと思います。


もう一つの観点は、日本彫刻史のなかでの「木彫仏の編年」についての問題です。

日本の木彫仏は、飛鳥白鳳時代を除いて考えると、一木彫は8~10世紀、寄木造はほぼ11世紀以降とされ、
「強い精神性をもった一木彫像は、奈良末平安初期になって発生したもの」
と考えられています。

この編年への、根本的な疑問でした。
井上氏は、奈良時代の木彫仏の作例と云われるものが、ほとんどと云って良いほど残されていないことに疑問を感じ、従来の一木彫の編年の考え方に大いなる疑問を呈したのです。
それは、
「精神性が強く量感豊かな彫りの深い作例、即ち神護寺薬師如来立像、新薬師寺薬師如来坐像などをトップに置き、優しい情感、浅い奥行きによる量感の減衰、そして浅い彫り口など、藤原様式の特色が加わる度合いに応じて、九・十世紀のどこかへ置いて考えるという図式」
を、
年代判定の基本的なメジャーにするという固定観念への疑問でした。

井上氏は、一木彫像の制作年代などを考えるうえでは、ひとつの時代の美意識、造形感覚を一律に均して論じるのではなく、同じ時代にいろいろな違った美意識、造形感覚が共存、併進していた可能性を考慮、検討すべきだ考えたのです。
奈良時代においても、乾漆や塑像で造られた写実的理想表現の天平仏とは別の、全く感覚の違う造形表現の世界が、同時に展開していたのではないかという問題意識です。
単に造形表現の変化だけではなく、仏像の制作背景、宗教的精神などを、総合的な見地から検討して、制作年代を考えるべきと主張したのです。

そして、検討すべき観点として、次のような諸要素を挙げています。
「彫塑にみる呉道玄様、民族思想の参入、怨霊仏、檀像と模擬檀像、檀色、霊木化現仏、感得像」
などといった要素です。


こうした、二つの問題意識から導き出された一つの仮説は、次のようなものでした。

従来の「乾漆・塑像中心の天平彫刻の時代から、大転換が起こり平安初期木彫が発生する」という定説は、再検討の余地がある。
即ち
「一木彫の本格的成立は9世紀であり、その流れが10世紀に及んだ」
という考え方だけに固定するのではなくて、
行基、泰澄、良弁などの建立になる民間布教系の寺院で造立・安置された本尊は、7世紀後半から8世紀にかけ請来された、古密教尊像系の彫刻などをベースにした木彫仏、即ち一木彫の薬師像か観音像だったのではないだろうか。

奈良時代創建伝承を持つ寺院の本尊には、創建当初の一木彫が今も伝えられているものもあると考えるべきである。
これら古密教系の一木彫像は、強い「霊威表現」をもって造形されているのが、共通の要素、特色である。

このような、これまでの常識をひっくり返した、主張でした。

井上氏のこの主張によると、こうした古仏のある寺の開基伝承などを踏まえて、一気に制作年が遡ることになりなす。
井上説の一部を例示すると、次のようになります。

井上説による古密教像制作年代
井上説による古密教彫像の推定制作年代(例)

誠に大胆で、新たな切り口の魅力を感じさせる説ではあります。
素人の私には、この説の当否などを論じることは到底かないませんが、ちょっと大胆すぎて、
「本当にそうなのかしらん?」
と、首をかしげてしまうのも本音の処であります。

「古仏」「続・古仏」の本を読んでみていただければ、それぞれの仏像ごとに、詳しく実証して語られているので、井上氏のこうした考え方の根拠となるものについて、よく理解できることと思います。
研究論文と云うよりは、アマチュアにもわかりやすい文章で、丁寧に、思いを込めて語られているので、馴染みやすく、面白く読めることと思います。


井上氏が、この考え方、「古密教彫像説」と云うべきものを世に発表したのは、昭和50年代半ば(1980年頃)のことでした。
今から、30年以上も前のことです。
その後も、現在に至るまで、この考え方を論文、出版物などで、主張しつづけられてきています。

しかし、この井上説は、仏教美術史の研究者の世界では、決して支持されているとは云えないようです。
井上氏の、木彫仏の編年に全面賛成を表した論文や本は、私は見かけたことがありません。

ただ、近年は、井上氏の注目する「霊威表現」「霊木化現仏」といったような考え方が、平安前期の一木彫像を考えるうえで、着々と注目されてくるようになってきているのではないかと思います。

「霊木化現仏」という考え方は、井上氏が、神仏習合の造形の有様として、強く主張しているものです。

その考え方は、神霊の依り代であった霊木に、新たに仏が依り憑き、姿かたちをもたない霊的存在である神に替わって、仏の姿が顕現するというものです。
霊木から仏が出現する途上の有様を形にしたものが「霊木化現仏」です。
背面の彫りや後頭部の螺髪を省略した表現や、眼の形を彫らない表現、ノミ目をのこす鉈彫り像などは、霊木化現の有様をあらわした造形だというものです。


「井上ワールドの仏像大好き」と、先に書きました。
しかし一方で、私は、井上説の云う「これらの仏像の多くは奈良時代の制作に遡る」という考え方に、賛同しているわけではありません。
素人ながら、平安時代で良いのではないかと感じています。

ただ、これらの仏像たちに、得も言われぬ魅力を感じるのです。
デモーニッシュなエネルギーを発散させているようです。
「異形な仏像、奇怪な顔貌の仏像、歪んだ仏像」とでも云って良いと思いますが、惹き込まれていくようなオーラを強く感じるのです。


井上氏はこれらの仏像を、「烈しい霊威表現」の仏像、「尋常ならざる精神性を発する表現」の仏像と呼んでいます。

この「霊威表現」を構成する要素として、井上氏は、6つの要素を挙げています。

「歪みの造型」「威相」「異常な量感の強調」「部分の強調と比例整斉の否定」「尋常でない衣文表現」「化現表現」
です。

そして、
「正統な流れに対して、これとは性格をやや異にし、時には明らかに反正統とも云える表現手法により、別の造型世界を作り出そうとする動きがあった。
霊威表現とでも名付けるべきものがそれである。」
と述べています。


そういわれると、何やらゾクゾクしたものを感じてきます。

私は、神護寺薬師像や楊柳寺の観音像、孝恩寺の仏像などなどを拝していると、「強烈な磁気で吸い寄せられてしまう」ようになります。

気迫勝負と云って良いような「発散するオーラ」に理屈抜きの迫力を感じてしまいます。

兵庫・楊柳寺十一面観音立像........兵庫・楊柳寺楊柳観音立像
兵庫・楊柳寺 十一面観音立像             兵庫・楊柳寺 楊柳観音立像


大阪・孝恩寺跋難陀竜王立像.....古密教15十一面観音立像
大阪・孝恩寺 跋難陀竜王立像             大阪・孝恩寺 十一面観音立像

そして最近は、この手の仏像を観て廻れば廻るほどに、その不思議な魅力に憑りつかれ気味で、益々惹き込まれてしまっているというわけです。



この続きの【その2】では、
私の「井上ワールド」との出会いや、井上説とその仏像をやさしく知ることが出来る単行本、雑誌などを、ご紹介していきたいと思います。


コメント

「続・古物」は本屋でちょっと見て、9500円という値段と本の大きさに購入は見送りました(^^;
※マニアックな本ほど需要がないので高いそうです。

何かよく分からない像はとりあえず平安時代としておけばいいというのは、安易ではありますが、
逆に言えば、それだけ平安仏が幅広く、奥深いということでしょうね。

>採り上げられている67件の内、60件を観て廻ったことになりますので
すごい!ここまで熱心な方はなかなかいらっしゃらないと思います。

  • 2013/04/07(日) 10:47:23 |
  • URL |
  • トラ #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

トラ様へ

たしかに、9500円は高くてちょっと引いてしまいますね。
因みに、「古仏」「続古仏」掲載仏像で、私の未見の仏像は、
大阪・大平寺地蔵菩薩、兵庫・栄根寺薬師如来、福井・二上観音堂十一面観音、京都・縁城寺千手観音、愛知・高田寺薬師如来、滋賀・保福寺釈迦如来、愛媛・大宝寺阿弥陀釈迦
の7件です。
なかなか、拝観に漕ぎ付けるのが、ひと苦労の仏像が多いのですが、何とかいずれは拝することが出来ればと思っています
やはり、結構オタクの世界なのかもしれませんね

  • 2013/04/09(火) 21:22:33 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

新装版 「古佛」

今回、興味深く拝読しました。長らく品切れになっていた「古仏」が新装版として発刊されるようです(5月中旬)。2冊同時に買うのは厳しいですが、今年中には揃えたいと思っています。ご紹介ありがとうございました。

  • 2013/04/11(木) 10:07:55 |
  • URL |
  • もぐじ #jLPUDwMM
  • [ 編集 ]

結構というか、思いっきりオタクな世界だと思います(笑)

残り7件…。秘仏もあるようですが、ここまで来たなら是非コンプリートして下さい!
私は大宝寺の仏様は拝観しました。
秘仏ではないですが、行くまでが大変だって話ですね…。

ちなみに、私も気になっている妙な仏像が2体ばかりありまして。
1体は、滋賀・金剛輪寺の本尊・聖観音立像です。
円空作かと思えるほど荒々しい仕上げの像です。霊木化現の表現にしても、ノミを止めるのがいかにも早いなあということで、どんな事情でこのような状態なのか気になります。
もう一体は、西国札所二十五番の播州清水寺の本尊・十一面観音立像です。
写真パネルでしか拝したことがなく、こう言うのもなんですが、上手な作ではありせん。雰囲気は満願寺の薬師如来に近いでしょうか。
おそらく専門仏師が彫ったものではないと思われますが、どんな人が彫ったのか、制作事情が気になります。

「古佛」の方も新装されるみたいなので、「続・古佛」とあわせて買ってみようかなあ(新装の方も9500円かな…)。

  • 2013/04/11(木) 20:22:10 |
  • URL |
  • トラ #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

私も、金剛輪寺の聖観音像は、2006年の御開帳の折に拝しました。
たしかに、丸ノミの跡がざっくり大胆に遺されていて、意図した鉈彫りよりも未完成像なのか?という感じも致しました。
ただ、顔貌は大変穏やかで優しげで、霊威を感じるというふうではなかったような気がします。

播州清水寺の十一面観音像は、全くその存在を知りませんでした。
早速ネットで検索して、写真を見つけましたが、たしかに「なんとも不可思議な仏像」ですね。
平安古仏のような感じですが、なんともよく判りません。
30年に一度のご開帳、次は平成29年だそうです。
その折には、訪ねてみても良いかなと思った次第です。

  • 2013/04/15(月) 09:48:53 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

金剛輪寺にしろ播州清水寺にしろ、
このような奇妙な仏像が大寺の本尊として祀られているというのが興味深いです。

開帳の際は是非いらして下さい。
西国札所とは言え、公共交通機関ですと、
バスが1日数本しかないおそろしく便が悪い場所ですが…。

  • 2013/04/15(月) 21:11:07 |
  • URL |
  • トラ #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

金剛輪寺

湖東三山の一斉開帳が来年にあります。平成26年4月4日~6月1日です。是非とも金剛輪寺の聖観音像をこのような視点に立って拝観したいと思います。

  • 2013/04/16(火) 12:56:48 |
  • URL |
  • もぐじ #jLPUDwMM
  • [ 編集 ]

Re: 金剛輪寺

もくじ様

コメント・情報有難うございます。
「古仏」新装版再刊情報、湖東三山開帳情報、共に全く知りませんでした。
貴重な情報、有難うございます。
再刊情報は、早速取り込ませていただきました。

「湖東三山・一斉ご開帳」情報は、驚きました。
2006年9~10月に一斉開帳がありましたが、「住職一代限り」ということで、もう数十年間はダメだろうと思っておりました。
<天台祖師先徳鑚仰大法会慶讃>湖東三山スマートIC開通交通安全祈願で、ご開帳ということらしいですね。
どうしてこんなに直ぐに?と思いますが、嬉しいことで、又もう一度出かけようかと思っています。

これからも、よろしくお願いします。

  • 2013/04/21(日) 07:41:52 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kanagawabunkaken.blog.fc2.com/tb.php/22-7c942f34
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)