観仏日々帖

トピックス~「国華」に掲載、秘仏・百済寺十一面観音像の調査論文


「謎の秘仏」と云ってもよいのではないでしょうか?

その「近江・百済寺の十一面観音立像」の調査報告論文が、「国華」最新号(1407号・2013年1月刊)に掲載されました。

百済寺十一面観音像(国華掲載)
百済寺十一面観音像(国華掲載写真)

この号は、「近江の仏像 特輯」で、全て近江の仏像の解説論文です。

国華1407号目次
国華1407号目次

「近江 百済寺の十一面観音について」という標題の論文が、掲載されています。
伊東史郎氏の執筆です。
この論文が、近々、「国華」に掲載されるという話を、同好の方から数か月前に聞いていましたので、興味津々で楽しみにしていました。
早速、図書館で閲覧してきました。

読んでみて、ちょっと驚きました。
伊東史郎氏はこの論文で、百済寺十一面観音像の制作年代について、

「白鳳時代の金銅仏と間に、より親近性がある。」

と述べ、その時代にこのような木彫仏があった可能性に言及しているのです。


ご存じのとおり、滋賀県東近江市にある百済寺は湖東三山の一つに列せられる古刹です。

百済寺山門..百済寺本堂
百済寺山門                       百済寺本堂    .

本尊・十一面観音立像は、55年に一度ご開帳の秘仏で、文字どおり厳重に秘仏が守られてきたことから、十分な調査がされたことがありません。
制作年代についても、平安前期と云われたり、奈良時代と云われたりしていました。
この一木彫が、もし奈良時代以前の制作であるならば、大注目の仏像です。
しかし、厳重秘仏でよく調査もされていないのですから、「謎の仏像」と云っても良い仏像だと思います。


平成15年(2006)9~10月に、湖東三山一斉御開帳があり、西明寺・薬師如来、金剛輪寺・聖観音菩薩と共に、百済寺・御本尊のご開帳がありました。
この時55年ぶりに、百済寺・本尊十一面観音像が、ご開帳されたのです。
私も、勇んで拝観に出かけました。
大変な賑わいで、お堂の中の人ごみの間をぬって、5~6メートル先の厨子に安置された2メートルを超える立像を拝みました。

その時は、やや遠くからでよく見えなかったのですが、

「平安初期一木彫の厳しさ、迫力が感じられないけれども、もっと古いのだろうか?逆に時代が下がるのだろうか?
出来はそれほどよくないようだが、シルエットや衣文などは古様な感じのする仏像だなあ。
いつごろの制作かと云われても、よく判らない。」

というのが、率直な印象でした。

そして、このご開帳を機に、NHKの「にっぽん心の仏像百選」に、この観音さまが採り上げられました。
写真で見ることもなかなか難しかったこの十一面観音像の姿が、TV映像で放映され、この像に注目されている方々は、大いなる関心を持ってご覧になったのではないかと思います。

NHK放映像...NHK放映像
NHK[にっぽん心の仏像]放映の百済寺十一面観音像

さて、伊東氏の調査論文のご紹介に入る前に、
これまでに、この「厳重秘仏について採り上げられ写真掲載された本」について、紹介しておきたいと思います。

近江愛知郡誌掲載写真百済寺・本尊十一面観音の写真図版が掲載された最も早いものは、昭和4年1929刊行の「近江愛知郡誌」に載せられたものです。
右の写真です。
不鮮明な写真で、これでは何とも云えないというようなものだと思います。

本文では、
「推古天皇法興元年聖徳太子の御願により創建され、十一面観音を本尊とし・・・・」
という、明応7年火災再建時の勧進帳序文の寺伝を紹介しているだけですが、掲載写真の下には「藤原時代制作」と記されています。


その後、本尊十一面観音の写真が掲載された本が出たのは、なんと60年後の平成元年(1989)ことでした。

「近江の隠れ佛~えち三十三佛巡禮」(能登川青年会議所編集発行・法蔵館刊)という本です。
この本は、能登川青年会議所のメンバーが、お寺や地元の人々からの聞き書きを中心に、郷土の未指定仏像の報告書として刊行したものです。

近江の隠れ佛掲載写真そういういきさつであったからでしょうか、厳重秘仏の本尊・十一面観音像の開扉撮影が許されたようで、側面上半身写真が掲載されています。
右の写真です。
本書には、斉藤望氏が、「近江愛知の仏たち」という解説を執筆、百済寺十一面観音像についても言及されています。

詳しく調べてみないとわからないが、としながらも、

「奈良時代の制作とも受け取れるところが見られる」

と記されています。

同じく斉藤望氏執筆の「湖東の仏たち」(「仏像を旅する~東海道線」至文堂1990年刊)にも、同じ写真が掲載されていますが、ここでは
「立ち木仏として造られ、ノミ跡を残す霊木化現の仏像である」
旨の記述だけで、制作年代には言及されていません。

もうひとつだけ、本像の写真が掲載された本があります。
「東近江市史・愛東の歴史 第1巻・資料編」で、平成15年御開帳後の平成20年(2008)の刊行です。
ご覧のような正面、頭部、下半身の写真が掲載されています。

東近江市史掲載写真
東近江市史・愛東の歴史~掲載写真

解説は榊拓敏氏で、


「頭部を前方に突き出す点や、両手の大半を含んで頭頂から蓮肉部までを一材から彫出する点、さらには裙の衣文の特徴から、本像の制作年代は奈良時代後期から平安時代前期頃を想定するのが妥当であろう」

と、述べられています。

これまで、百済寺の本尊・十一面観音について言及したものは、多分これだけしかないのではないかと思います。

針葉樹で造られた大型一木彫像といえば、普通は平安時代の仏像という処ですが、いずれも奈良時代に遡る制作である可能性を示唆しています。
無指定で修理の多い仏像ながら、興味津々の謎の仏像だと思うのですが、如何でしょうか?


前置きは、ここまでにして、伊東史郎氏の調査論文をご紹介したいと思います。

この調査は。東京文化財研究所の津田徹英氏を研究代表とする「出光文化福祉財団助成金」により行われ、像底や内刳り内の調査などかなり詳細に実施されたようです。

論文では、形状、構造、保存状態、修理状況などについて、詳細に述べられています。
その内容についてふれていくと、膨大なものになってしまいそうなので、詳しい内容は「国華」を読んでいただくことにして、ここでは伊東氏の制作年代などについての見解だけを、ご紹介したいと思います。

伊東氏は、造立時期の判断材料として、本像の「白鳳時代の小金銅仏との類似性」を多く指摘されています。

例えば、次のような点が、指摘されています。


・天冠台両側と臂釧外側に置かれた八瓣花に近い花文は、法隆寺献納宝物菩薩像(168号・179号)、兵庫・一乗寺観音菩薩像にみられること。

天冠台....臂釧
百済寺十一面観音・天冠台                  臂釧       .

顔面部....献納宝物168号像
百済寺十一面観音・顔面部             献納宝物168号像      .

・顔貌は、小さい目、短い鼻梁、小さく厚い唇などにより、童子を思わせる。
このような特徴は、木彫像では大阪孝恩寺の弥勒仏像・薬師如来像、小金銅仏では法隆寺献納宝物153号如来像、168号菩薩像に比較的よく似ている。

・耳の内側が枝分かれした植物文のようであるが、このような耳は、飛鳥時代以来木彫像には例がないが、小金銅仏ではよくある。
大分・長谷寺観音菩薩像、柞原八幡宮如来像、一乗寺観音菩薩像のものに非常に似ている。

側面耳部......大分長谷寺観音像
百済寺十一面観音・側面耳部             大分長谷寺観音像     .

そして、制作年代の推定については、次のように述べられています。

「本像の造形は、同じ一木彫像でありながら、鑑真渡来を契機に始まり平安時代前期に盛行するそれに比べ、さまざまな点で異質で、むしろここに述べたように、自鳳時代の金銅佛との間により親近性がある」

「白毫相や三道相のないことを含めて、その特徴が初期一木彫像の通念からはずれるところが多く、むしろ自鳳時代金銅佛に通じる要素が少なくない。
鑑真渡来より前の限られた木彫像遺品に本像に類似するものがないので、早急な結論はつつしむべきとして、奈良から離れているという地方性に配慮しつつも、いくつかの共通鮎からして、その時代相を反映していることを考えてよいのではないだろうか」

側面.......背面
百済寺十一面観音・側面             背面                       .

また、後頭部及び體背部から内刳りを入れ、體部の内刳りは共木彫出の蓮肉部下に抜けていること(背板で蓋)などにも着目した総合結論として、

「百済寺十一面観音像は、その技法構造が一見古式の一木造として、特段変わったところがなさそうだが、除去部分の多い木取りや蓮肉下に抜ける内割りなどは特異といえ、またその細部造形が初期一木彫像と同列に扱えない要素の多いことは上述のとおりである。

これに匹敵する木彫像を現状で指摘することが難しいので、断定するには至らないけれど、化佛・装身具の文様・顔貌・耳などの表現につき自鳳時代の金銅佛との間にある平行現象に著目したというのが本稿の趣旨であつた。」

「その時代、このような木彫像のあつたことを證するには、別の角度からの検證も必要であろう。
非破壊という條件はあるものの、もし修理などに際して試料が得られれば、放射性炭素年代測定などを始めとする科學的な調査が可能になり、そこで得られる概略の時代把握が様式史的理解を補うのに役立つのではないかと思う。」

このような結語で結ばれています。

明快ではないものの、白鳳~奈良時代制作の可能性を示唆されているように読み取れます。

白鳳までを視野に入れるとすると、この像が、飛鳥白鳳の木彫用材であるクスノキ材ではなく、針葉樹材でつくられていることがちょっと気になります。
2つのサンプルの調査によると、1つがヒノキ材ともう1つがカヤ材であるとのことです。(根幹部と蓋板が別の樹種かも知れないとのこと)


いずれにせよ、この百済寺・十一面観音像は、従来の一木彫というものの常識から脱して、新たにいろいろなことを考えさせてくれそうな、「謎の秘仏」というように思います。

ご参考までに、この十一面観音像の法量を掲載しておきます。

百済寺十一面観音・法量
百済寺十一面観音・法量(国華掲載~単位:cm)


この仏像のことに思いを巡らせていると、奈良時代以前の制作に遡る可能性が強く云われている、二つの寺の仏像のことを思い出しました。

吉野の世尊寺・十一面観音像と、大阪の孝恩寺の仏像群です。
ともに、興味深い開基伝承を持つお寺です。

世尊寺は比蘇寺・現光寺・栗天奉寺とも称し、『日本書紀』に記される放光樟像を安置した吉野寺に起源をもつとされる寺です。
この十一面観音像が、その放光樟像だという伝承もありますが、丸みのある衣文には乾漆像に通じる捻塑的表現が認められるなど、奈良時代の制作といわれる像です。

世尊寺....世尊寺十一面観音像
世尊寺            世尊寺十一面観音像     .

孝恩寺は、行基開基と伝えられる寺で、木積という地にあり、木積観音とも呼ばれています。

孝恩寺河内の地に生まれた行基にとって、造寺造仏などに大量に必要とした木材の集積地であったのが、この木積の地であったと云われています。

大変「アクの強い、クセのある」異様な空気感をもった仏像群です。

一般的には平安前期と云われていますが、奈良時代の制作ではないかという見方をしている人も結構いる仏像群です。


孝恩寺像...孝恩寺像
孝恩寺 弥勒菩薩坐像           跋難陀龍王立像         .


そして、近江・百済寺は、聖徳太子の開基と伝えられています。

本尊・十一面観音は、法興元世に聖徳太子自ら瑞香木を刻んだ立ち木仏という伝承で、「植木観音」とも呼ばれています。
この近江八幡市から東近江市にかけての地には、聖徳太子開基伝承を持つ寺々が密集しています。
百済寺をはじめ、長命寺、願成就寺、石馬寺、西明寺、石塔寺などです。

このあたりは古くは法隆寺の所領であった地で、田中日佐夫氏は自著「近江古寺風土記」で、「聖徳太子のテリトリー」と名付けています。

聖徳太子のテリトリー
東近江の聖徳太子開基伝承の寺々(聖徳太子のテリトリー)

こうした開基伝承と、古代における重要拠点であった地に伝わる仏像に思いを巡らせると、「これらの仏像の不可思議さ」に想像を逞しくしてしまいそうです。

・百済寺の本尊・十一面観音像は、いつごろ造られた仏像なのだろうか?

・奈良時代以前に遡ることができる木彫像の世界とは、どのような世界なのだろうか?

こんなことに、ますます興味・関心が深まっていってしまいます。

コメント

百済寺のご本尊については、何年か前に奈良時代作という新聞記事が出ていて、
へぇ~と思ったのですが、続報がなくほとんど忘れてしまっていました。
まだ調査中だったのですね。
しかも白鳳時代に遡る可能性もあるとは。

ポイントは金銅仏との比較でしょうか。
百済寺のご本尊は大きな像ということも手伝って、小さな金銅仏との比較なんて思ってもみませんでした。
専門家の方はさすが目の付け所が違うなと思いました。

孝恩寺の仏像については、井上正さんの説が貴サイトでも何度か取り上げられていますが、
奈良時代作を支持する方が結構いらっしゃるんですね。

  • 2013/02/19(火) 20:40:08 |
  • URL |
  • トラ #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

百済寺十一面観音像

楽しく読ませていただいています。
百済寺十一面観音像の解説は
『湖東地方の文化財(滋賀県)ー文化財集中地区特別総合調査報告 第12集ー』昭和50年4月 文化庁
にも解説が掲載されていますが、残念ながら写真はありません。
執筆者はわかりませんが、西川杏太郎、田辺三郎助、田中義恭、鷲塚泰光のいずれかと思われます。
解説によると、厨子の正面扉が小さく、詳細な調査ができなかったとことわった上で、その構造は一木造で、後頭部、上半身、下半身の三ヶ所にわけて背面から内刳があり、それぞれ蓋板を当てている。頭上面のすべては後補、像の前半部は大巾に削りなおされ、当木も随所に見られる。造立年代は平安期としています。

Re: トラ様~コメント有難うございます

> いつも、見ていただき、有難うございます。
>
> この像の制作年代については、本当に難しそうですね。
> 私などには、実の処、よく判らないというのが本音です。
>
> ただ、近年、平安初期木彫以前の木彫像について、いろいろな見方や考え方が示されてきているのは、大変興味深く思っています。
>
> 現在、龍谷大学ミュージアムで「多田寺展」が開催されていますが、その図録解説でも、若狭歴史民俗資料館の芝田寿朗氏が、
> 「まず8世紀初めに何らかの前代の原型を元に木造十一面観音像が多田に於いて作られ、次いで木造観音像が造立され、その後本尊木造薬師如来立像が造立されたものと考えられる」
> 「多田寺薬師如来像は8世紀末頃の造立とするのが妥当」
> と、書かれています。
>
> 奈良時代木彫についての、これからの議論が、たのしみです。
>
> 今後とも、ご教示よろしくお願いいたします。

  • 2013/02/20(水) 18:37:34 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

Re: 百済寺・コメント有難うございます

加東春秋様

「観仏日々帖」ご覧いただき有難うございます。

『湖東地方の文化財(滋賀県)ー文化財集中地区特別総合調査報告 第12集ー』にも、百済寺十一面観音の調査報告が掲載されているのは、存じませんでした。
貴重な情報、有難うございます。
いつもながらの奥深い知識と情報ストック、流石と敬服致しております。

「湖南地方の文化財」と「湖北地方の文化財」は、持っていたのですが、「湖東地方の文化財」はもっておりませんで、確認もしませんでした。

いずれにせよ、なかなか難しい像だという感じがします。
今後とも、何かとご教示いただきますよう、よろしくお願いいたします。

  • 2013/02/20(水) 21:44:28 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

>多田寺の十一面観音
これまで奈良時代末~平安初期と言われていたので、8世紀初めの造立となると、一気に50年以上、ヘタすると100年近く遡るわけですね。
確かに、胸や腕の装飾物がいかにも古めかしい感じがします。
多田寺展、行ってみようか思案中です。

ところで、紹介の「国宝大神社展」に、御調八幡宮(地元なのです)の八幡神像が出展されますが、なかなか拝むことができない貴重な像です(ご神像だから当然といえば当然ですが…)。
京博に貸していた重文の行道面を返還する変わりに、神像を調査させて欲しいという、言わば取引のようなことをしたという逸話があります。
対の女神像と天部立像も珍しい像で、出展されるかわかりませんが、
是非ともご覧になって下さいね。

  • 2013/02/23(土) 17:07:09 |
  • URL |
  • トラ #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

Re: 御調八幡宮の神像

御調八幡宮の八幡神像は、今回展示が初公開だそうで、大変楽しみにしています。
御調八幡宮の神像は、平成19年に奈良博で開催された「神仏集合展」に初めて出展され、その魅力に惹きつけられたのを鮮烈に覚えています。
2体の女神像が出ましたが、大きく干割れが入った方の神像の迫力は尋常のものではなく、こんなすごい像が広島に隠れていたのかと、びっくりしました。
多分9世紀前半から半ばと云われているようで、今知られている神像彫刻では、最古のものと云ってもよいのかもしれませんね。
それ故に、今回の八幡神像も、どれほどの迫力かと期待が盛り上がっています。
面白い逸話情報、有難うございます。
広島のご出身とは知りませんでした。
是非是非、大神社展には、東博までお出かけください。

  • 2013/02/24(日) 21:01:33 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

湖東三山の秘仏公開

昨日、百済寺の秘仏、十一面観音を湖東三山の特別公開で拝見いたしました。
印象としては白鳳時代の特徴が感じられました。
秘仏としては50年に一度の公開とのことで、「国華」の写真以上の美しさに、感動いたしました。
信長の百済寺焼き討ちのときは、僧侶が大事に抱えて持出して、うまく隠したそうです。
本堂への途中にある遠望台からは、比叡山が見えます。比叡山の焼き討ちが先でしたから、いずれはと恐れたと思います。

Re: 湖東三山の秘仏公開

KAIKEN様

百済寺・秘仏十一面観音を拝されたコメント、有難うございます。
私は、6年前に開帳されたときに訪れ拝しましたが、今回は、なかなか予定が立たず滋賀まで出かけることはできそうにありません。
今回も、きっと大勢の参詣者で混み合っていたことと思います。
十一面観音の制作年代についての問題は、これからもいろいろな意見が出されそうで、興味深い処です。

今後とも、よろしくお願いいたします。

管理人

  • 2014/05/04(日) 15:38:45 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

私も湖東三山を回ってきました。
百済寺の十一面観音像は、平安時代以降の仏像とは似ず、
不思議な印象の像でした。
特に、正面の様子が平面的で立体感に乏しく、彫刻としては異質なように思います。
記事にある通り、金銅仏をそのまま大きくしたような印象を受けました。
制作年代は本当に謎だと思います(^^;)

  • 2014/05/12(月) 00:43:39 |
  • URL |
  • とら #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

当尾わらい仏

 「にっぽん心の仏像」の当尾わらい仏は、私がスケッチのエピソードを提供させていただき、番組にも出演いたしました。
 本年2月には、私が描いた挿絵本『おしゃかさま物語』(佼成出版社)も発刊予定です。寺院拝観とともに読まれると、とても良いと思います。よろしくお願い申し上げます。
  日本画家・絵本画家 後藤 仁

  • 2016/01/19(火) 18:36:07 |
  • URL |
  • 後藤 仁(GOTO JIN) #X.Av9vec
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kanagawabunkaken.blog.fc2.com/tb.php/19-b69eef84
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)