観仏日々帖

古仏探訪~回想の地方仏探訪⑤ 「広島 古保利薬師堂」  【2018.5.26】


今回は、古保利薬師堂の諸仏を拝した思い出を、綴ってみたと思います。

古保利薬師堂・薬師如来像
広島 古保利薬師堂・薬師如来像

古保利薬師堂・千手観音像
広島 古保利薬師堂・千手観音像

古保利薬師堂・吉祥天像
広島 古保利薬師堂・吉祥天像

古保利薬師堂・四天王像~増長天像
広島 古保利薬師堂・四天王像~増長天像


【西日本各地の探訪で、最も心惹かれた地方仏~古保利薬師堂の諸仏】


これまで、東北みちのくの地方仏探訪旅行、東博「平安彫刻展」の思い出をご紹介しました。
その後は、「地方仏探訪行脚の魅力」にハマってしまったというか、各地の地方仏探訪に出かけました。

卒業までの1年半ぐらいの間に、
「山陰路、鳥取島根方面」 「四国路、徳島香川方面」 「山陽路、岡山広島方面」 「九州路、大分臼杵方面」
などに、せっせと出かけたのでした。

魅力あふれる地方仏、惹き付けられる地方仏に、たくさん出会いました。
50年近く経った今でも、訪ねたいくつもの地方仏のことが、心に蘇ってきます。

ここで、その一つ一つをご紹介していると、キリがありませんので、これらの地方仏探訪旅行の中で、

「最も印象深く、心惹かれた地方仏」

を、一つだけご紹介しておきたいと思います。

一つだけに絞ってということとなると、
なんといっても、古保利薬師堂の諸仏ということになろうかと思います。



【山陽路随一の平安前期一木彫の優作が、数多く遺される古保利薬師堂】


古保利薬師堂というのは、地方仏にちょっとご関心がある方なら、よくご存じなのではないでしょうか。

素晴らしい平安古仏群が残されていることで、山陽方面の地方仏行脚では、必見度ナンバーワンといってもよいところかと思います。

古保利薬師堂は、広島県山県郡北広島町という処にあります。

古保利薬師堂の現在の風景
古保利薬師堂の現在の風景

堂内には、数多くの古仏が残されており、そのうちの12体は、重要文化財に指定されています。
重文指定の薬師如来像、千手観音像をはじめとした諸像は、9~10世紀制作の一木彫像です。
山陽路の地方仏の中では、ひときわ観る者を惹き付ける魅力あふれる像として、また、瀬戸内、山陽路の豊かで明るい風土を象徴するような像として、知られています。



【広島北部の片田舎にある古保利薬師堂~広島駅からバスで2時間】


初めて古保利薬師堂を訪れたのは、昭和47年(1972)の夏のことでした。

同好会のメンバーと山陽路、岡山広島方面の地方仏探訪旅行に出かけた時のことです。
岡山の余慶寺、広島世羅町の龍華寺、文裁寺、尾道の摩訶衍寺などを巡った後に訪ねました。

古保利薬師堂は、広島市内から40キロほど北に行ったところにあります。
当時は千代田町と呼ばれていた処で、かなり辺鄙な片田舎、広島県も北部の山間の盆地です。
50年ほど前の当時、千代田町に行くには、広島駅から島根県の浜田に通っているバスに乗っていくしかありません。
2時間余りもガタゴトの田舎のバスに揺られて、やっとこさで到着です。
「八重」という名前のバス停で降りたように覚えています。



【無住のお堂の収蔵庫に、平安古仏が林立~ネズミが飛び出てビックリ】


バスを降りて、10分ほど歩いた小高い森の中に、古保利薬師堂はありました。

参道の石段を上って粗末な仁王門をくぐると、お堂が見えてきます。
役場の教育委員会の方が、お待ちいただいていました。
古保利薬師堂は、無住のお寺で、地域の方と役場で管理されているのです。

昭和30年代の古保利薬師堂・仁王門の写真

昭和30年代の古保利薬師堂・本堂の写真
昭和30年代の古保利薬師堂・仁王門、本堂
私が訪れた昭和47年も、写真のような感じでした


お堂は、こぢんまりとしていて、古ぼけた感じです。
木造の畳敷きの外陣・礼堂の後ろ側に、諸仏を安置する収蔵庫が接続するような形となっていました。
普段は訪れる人もないのでしょうか、堂内は、ほこりだらけです。
収蔵庫が開かれて、中へ入ったとたんに、ネズミが2~3匹、眼の前を横切って走って逃げました。
女性のメンバーは、「キャー!」と声をあげ、拝観の前に、ビックリのひと騒動です。

気を取り直して、収蔵庫を見渡すと、堂内には、所狭しと沢山の古仏が、林立するように立ち並んでいました。
まさに、壮観です。
本尊の薬師如来像は、内陣中央の、お厨子の中に祀られています。
左右の壇上には、日光月光菩薩像、千手観音像、吉祥天像、四天王像などが並んでいます。

古保利薬師堂・薬師如来像~昭和47年(1972)撮影写真
古保利薬師堂・薬師如来像~昭和47年(1972)に撮影した写真

古保利薬師堂 旧収蔵庫内の安置仏像~昭和47年(1972)撮影写真

古保利薬師堂 旧収蔵庫内の安置仏像~昭和47年(1972)撮影写真
古保利薬師堂 旧収蔵庫内の安置仏像~昭和47年(1972)撮影写真


「これは、すごい!」

そのまま立ち尽くすほどに、圧倒されてしまいました。
正真正銘の、平安前期の一木彫像です。
一つ一つの仏像に眼を移すと、それぞれに個性を主張した造形表現で、魅力十分。
惹き込まれて、しばらく、見入ってしまいました。



【「明るくのびやか」心豊かな気持ちになる諸仏の雰囲気~平安前期の厳しい表現イメージと大違い】


とりわけ印象的だったのは、これらの諸仏がかもし出す雰囲気です。

「明るい、のびやか、おおらか」

こんなキーワードがぴったりする古仏たちです。

平安前期の一木彫像というと、
「厳しい、緊張感、鋭い、迫力」
こんなキーワードで語られるようなイメージを持ってしまいます。
気迫あふれる森厳さ、緊張感ある鋭い彫り口、重厚感などが、大きな魅力となっているように思います。

ところが、古保利薬師堂の仏像たちの前に立つと、そんな緊張感ある平安前期仏に気合を入れて対するという感じが全くしません。
平安前期の一木彫らしく、ボリューム感にあふれた造形なのですが、おおらかで伸びやかに表現された造形なのです。
何しろ、明るいのです。

「眺めていると、温かく心豊かな気持ちになってくる。」

率直に、そう感じました。

ひときわ目を惹くのは、薬師如来像、千手観音像、四天王像です。



【ボリューム満点、包み込むような逞しさの薬師像~魅力は「貞観の手、指」】


薬師如来像は、ものすごいボリューム感です。
丸々とはち切れんばかりの顔、厚みのある肩、胸、腹、高い膝などは、「豊かな量感」そのものです。

古保利薬師堂・薬師如来像古保利薬師堂・薬師如来像
豊かな量感が頼もしい 古保利薬師堂・薬師如来像

平安前期の魁量感そのものの一木彫像なのですが、「厳しさとか迫力」というのではなくて、「包み込まれるような、頼もしさ」を感じ、自然と心豊かな気持ちになってきます。

そして、なんといっても惹き込まれるのは、グッと突き出した太い腕、分厚い手のひら、太い指です。

古保利薬師堂・薬師像の魅力あふれる手~昭和47年(1972)撮影写真古保利薬師堂・薬師像の魅力あふれる手~昭和47年(1972)撮影写真
古保利薬師堂・薬師像の魅力あふれる手~昭和47年(1972)探訪時に撮影

「逞しく、頼もしく、力強く」

こんな修飾語がぴたりとあてはまるようです。

「凄い、貞観の手だ、貞観の指だ!」

と、すっかりその手の魅力の虜になってしまいました。


ちょっと付けたりの話ですが、「その魅力の虜になった手」は、実は、昭和の後補で新造あったことを、20年程後に知りました。
研究者や評論家も、この手の魅力を語っていましたので、本当にビックリです。

後補新造のいきさつなどについては、以前に、
でご紹介したことがありますので、そちらをご覧ください。

ただ、古保利の薬師像の新造の手は、後補であっても素晴らしいもので、この仏像の魅力を、減衰させるどころか、魅力を一層引き出し、惹きつけるものとなっているのは、間違いありません。



【翼を広げ、大空にはばたくような千手観音像】


千手観音像は、破損した千手の腕と手の造形が魅力的です。

古保利薬師堂・千手観音像
古保利薬師堂・千手観音像

なんと脇手まで体躯と共木で一材から彫り出されているのです。
腕と体躯を共木で刻みだした千手観音像というのは、ほかには見当たらないそうです。

眺めていると、

「のびやかに、翼を広げて大空にはばたいている。」

ように見えてきました。

古保利薬師堂・千手観音像
翼を広げはばたくような 古保利薬師堂・千手観音像



【明るく開放的、ユーモラスな忿怒の四天王像】


四天王像は、その表情に惹き付けられます。

古保利薬師堂・四天王像~増長天像.古保利薬師堂・四天王像~多門天像

古保利薬師堂・四天王像~増長天像 顔部
明るく開放的な 古保利薬師堂・四天王像
上段~増長天像(左)・多聞天像(右) 下段~増長天像 顔部


個性的で、怒りをむき出しにした面相なのですが、どこかユーモラスなのです。
それも、厳しさとか、暗さとかが全くありません。
あくまでも明るく、開放的でおおらかな表情に造られています。

古保利薬師堂・四天王像~広目天像~昭和47年(1972)撮影写真古保利薬師堂・四天王像~持国天像~昭和47年(1972)撮影写真
古保利薬師堂・四天王像~(左)広目天像・(右)持国天像~昭和47年(1972)撮影写真



【瀬戸内の風土と共にある、明るい仏像たち~「仏像彫刻風土論」】


こんな、古保利薬師堂の諸仏を眼前にしていると、

「これが、明るくのびやかな瀬戸内の風土とともに生きる仏像なのか。」

そんな思いに、強く駆られました。

地方仏探訪の時には必ずカバンに入れている本、「生きている仏像たち」と「日本古寺巡礼」には、こんなふうに書かれていました。

「山陽から四国にかけての木彫群を見て歩いたときに、東北の渋い仏像ばかり見慣れてきた眼には、この木彫たちが、いかにも瀬戸内的な明るさをもっているように映じて、驚いた。
それはヨーロッパの、いわゆる地中海的な明るさとでもいえるような明るい造形に、ぼくには思えたのだ。

会津 勝常寺・薬師如来像(9C・国宝)
会津 勝常寺・薬師如来像(9C・国宝)
広島からかなり山側に入った古保利薬師堂の、薬師如来、吉祥天、千手観音などのすぐれた木彫像を見たときの感動は、いまでも忘れられないが、この木彫たちが、あのマイヨールの豊潤な彫刻を、ふと頭に描かせたのだから不思議である。」
(丸山尚一著「生きている仏像たち」読売新聞社・1970刊)


「山陽と山陰を結ぶ交通路に置かれたこの薬師堂は、北陸と東北をつなぐ会津盆地の勝常寺と地理的にもよく似ている。
だがその仏像の表情に大きな違いのあることも見のがせない。
勝常寺像のいかにも暗く沈んだ表情に対して、この薬師像はどこまでも明快である。
こんなところににも東北と山陽という風土の影響がまざまざと知られるのである。」
(「日本古寺巡礼・下」社会思想社教養文庫・1965刊)


この文章を読んで、
「本当に、その通りだ!」
と、思いました。

東北の地方仏探訪から始まって、各地の地方仏を巡ってきました。
そして、古保利薬師堂の仏像を目の前にして、

「仏像の造形表現は、その土地の気候風土や、人々の心を、ものの見事に映しとったものになっているんだ。」

と、つくづくと実感したのでした。



【いくつも思い浮かぶ、風土と共にある地方仏~造形への風土の影響を実感】


「土地の風土と共にある仏像」

ということに思いを巡らせると、こんな地方仏のことが頭に浮かんできました。


東北岩手、黒石寺の薬師如来像や四天王像は、厳しく魁偉な異貌の仏像ですが、いかにも

「みちのくの、雪深く厳しい気候風土や、蝦夷と立ち向かう辺境の厳しさ」

を、そのまま形に表現したような強烈なインパクトのある仏像です。

岩手 黒石寺・薬師如来像(9C・重文)岩手 黒石寺・薬師如来像(9C・重文)
岩手 黒石寺・薬師如来像(9C・重文)


佐渡国分寺の薬師如来像は、ドッシリとかズングリという言葉が似合う、鈍重といってもよいような、分厚い造り仏像です。
佐渡や越後の、素朴で粘り強く辛抱強いといった気風や、日本海の鉛色で荒れた海といった気候をそのまま顕しているようです。

佐渡 国分寺・薬師如来像(9C・重文)
佐渡 国分寺・薬師如来像(9C・重文)


山陰島根の仏谷寺や万福寺の諸仏を見ても、古保利薬師堂の諸仏を山陽、瀬戸内の「陽の仏像」だとすれば、やはり地味さや重さを感じる「陰の仏像」というように思えます。

島根 仏谷寺・薬師如来像(9~10C・重文)島根 萬福寺・四天王像(9~10C・重文)
(左)島根 仏谷寺・薬師如来像・(右)島根 萬福寺・四天王像(共に9~10C・重文)


古保利薬師堂の諸仏と似た
「明るさ、おおらかさ、のびやかさ」
を感じたのは、伊豆の河津にある南禅寺の諸仏です。
薬師如来像は、豊かな塊量感・どっしりした重量感を持つ平安前期の一木彫像ですが、ほのぼのとした温かみある微笑みをたたえたのびやかな仏像です。

伊豆河津 南禅寺・薬師如来像(9~10C・県指定)
伊豆河津 南禅寺・薬師如来像(9~10C・県指定)

二天像の憤怒の表情は、古保利の四天王像のユーモラスで開放的な造形と通じるものがあります。
南禅寺の仏像も、黒潮洗う伊豆半島という、明るく温暖な風土の中で生まれてきた仏像だなという感じがするのです。

伊豆河津 南禅寺・天部形像(9~10C・県指定)
伊豆河津 南禅寺・天部形像(9~10C・県指定)


そして、古保利薬師堂の仏像は、山陽、瀬戸内の風土を象徴するような、

「明るくのびやかな魅力、豊かで頼もしい魅力、人々の豊穣の喜びの息吹がそのまま吹き込まれたような魅力」

を発散しているようです。



【「仏像彫刻風土論」に強い共感を覚えた、古保利薬師堂諸仏との出会い】


こんなことを思い浮かべていると、

「仏像の造形表現とその土地の風土というのは大変密接な関係にあるのだ。」
「それが、地方仏の魅力なのだ。」

と、今更ながらに納得したのでした。

古保利薬師堂の仏像との出会いは、そんな「仏像彫刻風土論」について、思いを強く馳せる出会いとなったのでした。
「生きている仏像」「風土と共に生きる仏像」といった言葉が、心の中を駆け巡ったのでした。



【古保利薬師堂再訪~境内は見違えるよう、諸仏は変わらぬ魅力を発散】


そんな感動の出会いから40年近くが経ちました。
平成21年(2009)に、古保利薬師堂を再訪しました。

車で出かけましたが、今では、中国縦貫道ができて、千代田インターから5~6分で到着です。
昔、2時間もバスに乗って、やっと到着したのがウソのようです。
便利になったものです。

お寺の境内も、すっかり整備され、見違えるようになっていました。
仁王門も新しく建て替えられ、昔、古ぼけた薬師堂があったところに、新しい立派なコンクリート造りの収蔵庫が建てられていました。

現在の古保利薬師堂・仁王門

現在の古保利薬師堂・収蔵庫
現在の古保利薬師堂・仁王門と収蔵庫

明るくきれいな収蔵庫の中には、諸仏が整然と祀られています。
昔、古く薄暗い収蔵庫で、ネズミが出てビックリだったなんて、嘘のようです。

古保利薬師堂・収蔵庫の諸仏安置状況

古保利薬師堂・収蔵庫に安置される諸仏
現在の古保利薬師堂・収蔵庫に安置される諸仏

全てが様変わりになっていましたが、仏像たちは、初めて出会ったときの感動と変わることのない魅力を発散していました。
やはり、山陽路随一の優作です。
本当に久しぶりの出会いとなりましたが、明るくのびやかで豊かな造形の魅力に、惹き込まれてしまいました。

薬師如来像の「逞しく分厚い手」も、今度は、後補新造とわかったうえで観ましたが、

「やっぱり、この薬師像の魅力は、この手のすばらしさに尽きる。」

と、思ったのでした。



【今では、「ちょっと無理かな?」と思うようになった「仏像風土論」~懐かしき思い出】


そして、学生時代に古保利薬師堂の仏像を観たとき、すっかり「仏像彫刻風土論」にハマってしまったことが、懐かしく思い出されました。

それから、随分な数の地方仏を観てきました。
この齢になった今では、あの頃とは違って、

「仏像の造形表現とその土地の気候風土とを結びつけようという仏像風土論には、ちょっと無理があるかな。」

そんなふうに、考えるようになりました。

それはそれとして、若き日、仏像風土論に思いを巡らせた古保利薬師探訪は、忘れがたく懐かしき思い出です。


コメント

今晩は

ご訪問ありがとうございます。
大元帥明王像ご開帳のページをご覧なられたのでしょうか。
現在日本には4体の大元帥明王の立像があるようですが、
うち1体はこちらにあり、ページのようなご開帳をしております。
ご開帳当日は松尾芭蕉も拝観した狩野探幽作の画像の
大元帥明王像もご開帳されます。
時間がありましたら、どうぞお参りください。

  • 2018/06/03(日) 20:42:01 |
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  • イングリシュガーデン #-
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