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観仏日々帖

古仏探訪~回想の地方仏探訪② 「福島 会津・勝常寺」  【2018.4.14】


【はじめての地方仏探訪旅行~東北、みちのくへ】


「生きている仏像たち」の本に触発されて、地方仏探訪に初めて出かけたのは、東北、みちのくの地方仏巡りでした。

そして、最初に訪れたお寺、皮切りのお寺が、会津の勝常寺でした。
昭和46年(1971)の夏、今から50年近くも前のことです。
古寺探訪の同好会のメンバー10人ほどで、出かけたのでした。

この、いの一番に訪れた勝常寺での薬師如来像のご拝観は、私にとっては、本当に、

「忘れがたき地方仏拝観体験」

となりました。

会津 勝常寺・本堂
会津 勝常寺・本堂

勝常寺・薬師如来坐像(平安前期・国宝)
勝常寺・薬師如来坐像(平安前期・国宝)


その思い出話を、ご紹介します。

東北、みちのくの仏像探訪旅行では、次のような古寺古仏を訪ねました。

・福島県では、会津・勝常寺、宇内薬師、
・山形県では、山形市・吉祥院、
・宮城県では、栗原市築館・双林寺、
・岩手県では、平泉・中尊寺、毛越寺、水沢・黒石寺、江刺・藤里毘沙門堂、北上・立花毘沙門堂、花巻東和町・成島毘沙門堂、二戸・天台寺

といった処です。
今では、東北の仏像探訪の定番となっているような処ばかりです。


何しろ、学生の貧乏旅行ですから、汽車と路線バスを乗り継いで、あとはテクテク徒歩という旅行です。
一日に2ヶ寺ぐらいを訪ねるのが精一杯、これらの古寺を、一週間以上かけて巡りました。

当時は、これらの仏像の観に訪ねてくる人など、めったになかったころの話です。

どこのお寺を訪ねても、

「こんなところまで仏像を観に来るなんて、物好きな人もいるものだ。」
「関西の遠方から、よくぞ、こんな東北の辺鄙な田舎までやってきたねえ。」
「ゆっくり、好きなだけ仏像を観て、済んだら教えてもらえれば。」

といった、歓迎ムードで、ノビノビ自由に拝観させていただきました。



【夜行列車で福島・会津へ~第一番目に訪ねたのが勝常寺】


ところが、会津の勝常寺の場合は、そうではなかったのです。
初めての地方仏探訪で、第一番目に目指したお寺でした。

関西から東京までは新幹線で行ったのか在来線で行ったのかもう覚えていませんが、上野からは夜行列車に乗って、福島会津に向かいました。
夜行の急行は、座席も硬くて、誰もがほとんど一睡もできずに朝を迎えました。

会津若松の駅で降りて、バスに乗り、最寄りのバス停から20分ほど歩いて、勝常寺に到着したような記憶があります。

勝常寺は、「福島県河沼郡湯川村勝常」という処にあります。
会津若松駅の北東10キロぐらいのところです。

ご存知の通り、勝常寺には、本尊の薬師三尊像をはじめ、10躯以上の平安前期の見事な古仏像が遺されています。

勝常寺・薬師如来像

勝常寺・薬師如来像~脇侍勝常寺・薬師如来像~脇侍
勝常寺・薬師三尊像(平安前期・国宝)

勝常寺・四天王像~増長天像(平安前期・重文)
勝常寺・四天王像~増長天像(平安前期・重文)

勝常寺・十一面観音像(平安前期・重文)
勝常寺・十一面観音像(平安前期・重文)

薬師如来像は、奈良風の名残を残しながら、堂々たるボリューム感と迫力で、まさしく平安初期の魅力を存分に発散させている名像です。
大同2年(807)に、会津に恵日寺を建立した南都仏教の名僧、徳一ゆかりの仏像ではないかともいわれ、地方仏というのには相応しくないような、素晴らしい傑作です。
平成8年(1996年)、東北地方の仏像では初めて国宝に指定されました。

その
「東北随一の傑作仏像、勝常寺の薬師如来像を観ることができる。」
と、
期待に胸を膨らませて、早朝の勝常寺までの道を歩んだのでした。

一面田んぼが広がる田園風景の中の、集落の杉木立の中に勝常寺のお堂はありました。

勝常寺のある会津盆地の田園風景
勝常寺のある会津盆地の田園風景

お住いの方の玄関の前に立つと、丁度、NHKの連続テレビドラマのテーマソングが流れるのが聞こえてきました。
朝早く8時ごろに伺ったのだと思います。

昭和46年に訪れた時の勝常寺・本堂
昭和46年に訪れた時の勝常寺・本堂



【想定外の緊張感でコチコチに固まった、ご本尊薬師像の拝観】


少しばかり寝ぼけ眼で、ご拝観お願いの声をかけて、お待ちしていました。

しばらくして現れた年配のご住職は、
「若造たちが、何をしに来たのか。」
という感じの、厳しい表情です。
ちょっと怖い感じなのです。

事前に手紙で、拝観のご了解を得てはいたのですが、
「何か気に障ることでもしたのだろうか?」
とドギマギしてしまいました。

想定外の緊張感が走り、一瞬にして目が覚めました。
そして、私たちは、コチンコチンに固まってしまいました。

なんとなく、お気楽ムードで、Tシャツジーンズのラフスタイルの我々を見て、ご住職の眼には、チャラチャラした若者達が、遊び半分のディスカバージャパン気分でやって来たように、映ったのかもしれません。

なんといっても、全く経験のない、初めての、地方の古寺の仏像拝観です。
これまでは、決められた拝観料を払えば自由に拝観できる、奈良京都のお寺しか訪ねたことがなかったものですから、突然カウンターパンチを食らったようなものでした。

とにもかくにも、薬師如来像が祀られる、本堂にあげていただきました。

一同正座してドギマギしていると、ご住職からの第一声は、
「あなた達は、ここへ来るのに、どんな本を読んできたのかね。」
でした。
検事に、取り調べの詰問をされているような気分です。

もうひたすら恐れ入って、
「あのう・・・東北地方の仏像についてかかれた本とか・・・・
ええーと、あのその、久野健とか、佐藤昭夫という人が書かれた論文などを、読んできましたが・・・・・・」
と、蚊の鳴くような声で、答えました。

「なるほど・・・・オーソドックスですね。」

と、厳しき表情が緩んで、その場の雰囲気が、かなり和みました。
やっとのことで、チャラチャラと物見遊山でやってきたのではないということだけは、わかっていただいたようです。

それから読経が始まり、お厨子の扉が開かれ、几帳が上げられて、薬師如来像を拝観させていただくことができました。
しかし、なんとなく、立ち上がって仏像を観たり、動き回ったりするのが、許される雰囲気ではなく、その場に正座したまま、拝観しました。

恐る恐る
「写真を撮らせて頂いてよろしいでしょうか?」
と訊ねると

「早く撮りなさい」

と、叱られているように言われ、
写真担当のM君は、三脚を立てるのも緊張でおぼつかなく、震える手でシャッターを切ったのでした。

昭和46年に訪れた時撮影した、勝常寺・薬師如来像の写真

昭和46年に訪れた時に撮影した、勝常寺・薬師如来像の写真

昭和46年に訪れた時に撮影した、勝常寺・薬師如来像の写真
昭和46年に訪れた時撮影した、勝常寺・薬師如来像の写真
緊張の中で撮影したせいか、ちょっとピンボケの写真になっています


それでも、眼前の薬師如来は、キリリと締まった顔で、どっしりとした威圧感と迫力を、厨子の中から伝えて来ました。
引き締まった小作りの口元と、大粒の螺髪が印象的で、頼り甲斐ある秘めたる力を感じさせます。
なんといっても「みちのく第一の傑作」といわれるほどの優作仏像であるというのは、私たちにも感じることができました。

本尊の薬師如来像を拝した後は、隣のコンクリート造りの収蔵庫に祀られた仏像を拝させていただきました。
本尊の両脇侍の日光月光菩薩像をはじめ、四天王像、聖観音像、十一面観音像、地蔵菩薩像など十数躯の平安前期の古仏が安置されています。

勝常寺の収蔵庫内の日光月光菩薩像~昭和46年撮影

勝常寺・十一面観音像~昭和46年撮影
昭和46年撮影の勝常寺収蔵庫内の写真
(上)日光月光菩薩像、(下)十一面観音像


こちらの収蔵庫の拝観の方は、空気もだいぶ和んできて、ご本尊よりはゆっくり観ることができました。



【決して忘れ得ぬ地方仏初体験となった、勝常寺のご拝観】


そんなピリッとした空気感の中で、とにもかくにも、勝常寺の拝観を終えたのでした。

ご住職とお別れした後は、緊張の糸がほどけて、ホーッとして、ちょっと大げさに言うとヘナヘナとよろけそうな気分になったのでした。
あとから振り返ると、ご住職は、きっちりとした対応をされただけで、特別に厳しくということでもなかったのでしょうが、ちょっとお気楽気分であった我々の方が、面食らってしまったということなのかもしれません。

「地方の古佛を拝観するというのは、こんなにもシンドイ、緊張する事なのだろうか?
こんな調子が続くのだったら、参ってしまって、これから持たないかも?」

「あの時、何の本も読まずに、フラッと来ましたって答えたら、開帳してもらえなかったかも?」

私たちは、こんな言葉を交わしながら、ため息交じりに、帰りのバスが来るのを待っていたのでした。

「地方の古寺を訪ねて、仏像を拝観するというのは、こんなに気疲れするものなのだろうか?
これから先が思いやられる。」

という気分の、初体験の地方仏探訪のスタートになったのでした。



【三十余年後の勝常寺再訪~今度はゆったり、じっくり、ご拝観】


それから、三十余年経ち、平成14年(2002)に、勝常寺を再訪しました。

平成14年、再訪したときの勝常寺本堂
平成14年、再訪したときの勝常寺本堂

中年の奥様に、拝観のご案内をいただきました。
大変気さくな方で、話も弾みました。

「30年以上前の昔、学生の時にお伺いしたときは、ご年配のご住職で、結構怖かったのですよ。
読んできた本を聞かれたりして、随分緊張して拝観させていただきました。」

と思い出話をすると、

「私は、こちらに嫁いできたのですが、その時、会われた住職は義父ですね。
きっと、そうだったのでしょうねえ、なかなか、厳しい方でしたから。
想像がつくような気がしますよ。
いまは、バスで団体さんが見えますし、ふらりと来られた方にも、ご本尊の拝観は頂いてるんですよ。」

と、おっしゃっていました。

そして、今回は、ゆったりとした和やかな気分で、じっくりといろんな角度から薬師如来像を拝観することができ、その素晴らしさを、今更ながらに実感することができたのでした。


50年近く前の、初めての地方仏探訪で、第一番目に訪れた「勝常寺」。

今でも、地方仏探訪の話になると、この時の緊張感あふれた観仏のことが回想されます。

「地方探訪初体験、懐かしく忘れ得ぬ、会津勝常寺の思い出」

でした。


コメント

故郷福島県には、国宝建造物が白水の阿弥陀堂だけということは認識していましたが、国宝の仏像は迂闊にも認識から欠落していました。というか、勝常寺なる寺院の存在すら知りませんでした。(^_^;)
価値ある仏像があったんですねえ。最初の訪問時には、会津の頑固おやじが住職をされていたのでしたか。世間を良く知らない学生さんには、怖かったかもしれませんねえ。悪気はないと思うのですが、…。
それでも、以降の旅に気合が入ったかもしれませんね。

Re: タイトルなし

AzTak様

ご覧いただき、ありがとうございます
会津・勝常寺の薬師如来像(平安前期)は、東北地方の仏像で「唯一の国宝」に指定されています。
国宝の名に違わぬ、素晴らしき仏像で、何度見ても惚れ惚れしてしまいます。
是非、一度、機会を見つけて、お訪ねください。

当時、ご案内いただいたご住職は、歴史考古に学識の深い方で知られ、「勝常寺誌」という御著作もある方のようです。
決して「頑固おやじ」ということではなくて、伺ったこちらのほうが、お気楽気分で、全く心構えができていなかったということなのだと思います。
~その時は、本文でご紹介したようなことであったのですが・・・・・・・~

それもまあ、今にしてみれば、なつかしき思い出です。

管理人


  • 2018/04/17(火) 10:33:28 |
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