観仏日々帖

古仏探訪~草津、宝光寺・薬師如来像 と 橘堂・観音像の秘仏御開帳 [その1] 【2017.9.16】


その1. 宝光寺・薬師如来像の秘仏御開帳



心待ちにしていた「秘仏~宝光寺・薬師如来像の御開帳」が、この8月にありました。

宝光寺は、滋賀県草津市にある天台宗のお寺です。
御本尊の薬師如来立像は、10世紀頃の制作と云われる平安古仏で、厳重な秘仏として守られています。


【一度は拝したいと、気になっていた、宝光寺・秘仏薬師如来像】


この仏像、一度は拝してみたいものと思いながらも、ずっと未見となっていました。

「仏像集成」(学生社刊)には、ご覧のような写真と共に、次のような解説が付されています。

宝光寺・薬師如来立像(「仏像集成」学生社刊掲載写真)

宝光寺・薬師如来立像(「仏像集成」学生社刊掲載写真)
宝光寺・薬師如来立像(「仏像集成」学生社刊掲載写真)


木造 彩色 166.7cm

木造(カヤ材か、一木造)、彩色。
木心は像のほぼ中央に籠められ、内刳りはない。
頭部は体部に比して大きく造られるが、塊量性を減じ、太い襞に鎬立つ衣文を配し、股間に流す形式も彫は浅くなっている。
10世紀後半期の天台宗における立像薬師の一例と考えられる。
両手先・両足先・持物・台座・光背の一部は後補。

秘仏。  〈重要文化財〉 」


掲載写真を見ると、なかなか興味深い平安古仏です。
以前から、気になっていた仏像なのです。

近江湖南の平安古仏は、随分巡ったのですが、宝光寺・薬師像は33年に一度の厳重秘仏で、これまで拝することが叶わなかったのです。



【このチャンス、逃すまじ!~33年に一度の御開帳に、いざ草津へ】


その宝光寺・薬師如来像が、今年(2017年)8月9日~13日の5日間に限り、御開帳されることになったのです。
今年が、33年に一度の御開帳の年にあたります。
平成13年(2001)に中開帳があったそうなので、16年ぶりの本尊御開帳ということです。

「このチャンス、逃してはならじ!」

と、草津まで出かけることにしました。

宝光寺は、JR草津駅から北東に5キロほど、草津市北大萱町という処にあります。

草津市北大萱町にある宝光寺~御開帳の日

草津市北大萱町にある宝光寺~御開帳の日
草津市北大萱町にある宝光寺~御開帳の日の様子

御開帳初日の8/9、午前11時過ぎに到着したのですが、丁度、御開帳式、法要が行われている最中でした。
それほど大きなお寺ではありませんでしたが、33年に一度の御開帳ということだけあって、北大萱町の集落挙げての盛大なご開帳行事という様子です。
大勢の地元の人々が集まられている中で、読経、ご挨拶が続きます。

御開帳式が執り行われている宝光寺・本堂

御開帳式風景~ご法要が終わった処
御開帳式・法要が執り行われている宝光寺・本堂

御開帳式次第が終わると、いよいよ、ご拝観です。
めざす薬師如来像は、本堂の大きな厨子の中に祀られています。
厳重な秘仏の御本尊ですので、少し離れたところからご拝観になるのかなと思ったら、厨子の前まで近づいて拝してよいということです。

お厨子に祀られた秘仏御本尊の御開帳風景
御開帳された秘仏御本尊を、ご拝観する人々

有難いことに写真もOKいただきました。
薬師像のすぐそばで、眼近にじっくり拝することが出来ました。



【眼近にご拝観~想定外の「威圧感、存在感」に、大きな驚き】


目に映った第一印象は、予想外、想定外のものでした。

宝光寺・薬師如来像
厨子内に祀られる宝光寺・薬師如来像

写真で見た。穏やかなイメージと違います。

「ちょっと無気味とも言ってよいような凄み」
を感じます。
「なんとも言い難い、威圧感、霊感を漂わせている。」
という印象です。

宝光寺・薬師如来像

宝光寺・薬師如来像
不思議な凄み、存在感を感じさせる宝光寺・薬師如来像

写真を見た感じでは、もっと「穏やかで、優しく大人しい」感じの仏像のイメージだったのです。
いわゆる「平安中期の穏やかさ」が、前面に出たような像と予想していたのです。

ところが、何とも言えない凄み、威圧感といった雰囲気を漂わせているのです。
平安前期特有の、厳しく鋭く、塊量感あふれるというのではなく、もう少し大人しくマイルドな表現になっているのですが、独特の存在感を感じさせるものがあります。

頭部、顔貌は、随分大振りに造られていて、それだけで圧力感があります。

宝光寺・薬師如来像

宝光寺・薬師如来像~顔部
眼力、圧力感を感じさせる顔貌

お顔を見ると、まずもって「眼力」を感じます。
目尻の方まで、大きな目の見開きがしっかり続いているのが、「眼力」の根源かも知れません。

唇を分厚く突き出して、下顎のくくりをクッキリ彫り出しています。
唇、顎の感じは、神護寺の薬師如来像のタイプにちょっと似ています。

宝光寺・薬師如来像~顔部神護寺・薬師如来像~顔部
宝光寺・薬師如来像(左)と神護寺・薬師如来像(右)の顔部~唇と顎の造形のタイプが似ている

こうした顔貌の雰囲気が、独特の凄み、存在感を漂わせる表現になっているようです。

そして、肩から胸にかけての上半身は、ボリューム感があって、ダイナミックな抑揚を感じさせます。。

宝光寺・薬師如来像~体部

宝光寺・薬師如来像~体部
ダイナミックな抑揚、ボリューム感がある宝光寺・薬師如来像~体部


【下半身の穏やかであっさりした表現に、少し拍子抜け
~上半身の迫力とは、ミスマッチ】


このように書き綴ると、平安前期の仏像そのもののような文章表現になってしまうのですが、下半身に目を移すと、造形感覚が随分違うのに気付きます。

腰から下、足下までの下半身の造形は、衣文も浅く、抑揚も少なくて、拍子抜けしたように、大人しくあっさりしたものになっています。
上半身の調子とはかなり違って、下半身だけ見ると、穏やかな藤原風の雰囲気といってもおかしくありません。

宝光寺・薬師如来像~脚部
穏やかであっさりした調子の宝光寺・薬師如来像~脚部



【制作年代は、10世紀初頭、10世紀末?~別れる専門家の解説】


このあたりの薬師像の造形を、専門家はどのように解説しているでしょうか。
厳重な秘仏とされているからか、解説されている本が少なかったのですが、このように述べられています。


「草津市史」の宇野茂樹氏の解説です。

宝光寺・薬師如来像
宝光寺・薬師如来像
「この像は秘仏で33年に一度の秘仏となっている。
像高166センチメートル、一木彫成の立像薬師である。
顔の表情は深厳さを漂わせ、両肩を大衣でおおう通肩の柄衣(僧衣)の衣摺には、翻波がみられる。
造像期はおよそ9世紀最末期から10世紀初頭ごろと考えられる。
・・・・・・・・
最澄の造立した比叡山の根本薬師堂の薬師如来が立像であったことから、天台宗寺院には立像薬師が多くみられる。
この宝光寺の薬師如来が立像であることは、この薬師如来が造像されたときは、すでに宝光寺は天台宗の勢力下におかれていたと考えることも無理ではない。」
(「草津市史・第1巻~平安の美術」執筆・宇野茂樹、1981刊)


井上一稔氏の解説です。

「宝光寺は奈良時代に建立されたと伝えられ、境内付近からはこの時代の軒丸瓦を出土している。
本像は縁起によると、最初の堂が火災にあった後、最澄が造立した像であると伝えられる。
もちろんこの縁起を信ずるわけにはいかないが、最澄に関連した天台系の薬師であることは、その容姿から伺うことが出来る。
それは、本像が天台系の薬師である蓮台寺像や、善水寺像と似る像であるからである。

ヒノキの一材から彫成し内刳りを施さず、両手両足先を矧ぐのみで、古様なつくりをしている。
しかし、衣文線などに省略と形式化がみられるところから、10世紀後半の作と考えられる。
体部には当初の彩色を残し、光背の身光及び光脚部は当初と考えられることも貴重である。」
(「滋賀の美 佛 湖南・湖西」京都新聞社1987刊)


蓮台寺・薬師如来像善水寺・薬師如来像
(左)蓮台寺・薬師如来像、(右)善水寺・薬師如来像

制作年代については、
平安前期の森厳さ、威圧感の雰囲気を残す造形をみて、10世紀初頭の制作とする見方、
塊量性が減じて、衣文の形式化、省略化がみられる点をとらえて10世紀後半の制作という見方、
とがあるようです。

難しいことは判りませんが、たしかに、下半身の浅く抑揚のない衣文、あっさりした造形をみると、10世紀後半というのは、判るような気がします。



【駆けつけた甲斐があった、宝光寺・薬師御開帳
~惹き込まれる存在感の平安古仏に大満足】


ただ、薬師像の独特で不思議な存在感を漂わせた雰囲気は、大変魅力的で惹きこむものがあります。

天台薬師の系譜にある像であるからでしょうか?
なるほどと思わせる、凄みある霊威感を発散しているようです。
今は、古色になっていますが、もともとは朱衣金体であったのでしょうか?

宝光寺・薬師如来像
宝光寺・薬師如来像

わざわざ、ご開帳に駆けつけた甲斐がありました。
想定外に、迫力と存在感のある仏像に出会うことが出来ました。
そして、心にしっかり残る仏像となりました。


【ノーマークの観音堂・聖観音像に遭遇、その素晴らしさに、ビックリ!】


満足感に浸って、宝光寺を後にしようかと思った処、本堂の隣の観音堂にも古い仏像が祀られているという話を、お参りに来られた方から教えていただきました。

宝光寺・観音堂
本堂の隣になる宝光寺・観音堂

それこそ、期待もせずに、折角だから一応観て帰ろうかと、寄ってみました。

観音堂には、等身より少し大きい目の聖観音像が祀られていました。

宝光寺観音堂・聖観音像
観音堂に祀られる聖観音像

その姿を観て、ビックリしました。
堂々たる平安一木彫の観音像なのです。

宝光寺観音堂・聖観音像

宝光寺観音堂・聖観音像
宝光寺観音堂・聖観音像

平安前~中期の雰囲気をたたえた、それもなかなか出来の良い、一流といってもよい仏像です。
バランスのとれた確かな造形力、力強さがこめられた、正統的作品という感がします。
すっかり気に入ってしまいました。

「伸びやかさを感じさせる雄大な造形で、どこか大陸風のエキゾチズムを感じさせる。」

そんな印象を受けました。

宝光寺観音堂・聖観音像~顔部
宝光寺観音堂・聖観音像~顔部
宝光寺観音堂・聖観音像~顔部

レベルの高い仏像ぞろいの近江、湖南でも、一目置いてもよい平安古仏の一つと云ってもよいのでは、という気持ちになってしまいます。

古様なところもありますが、造形の穏やかさが顔を見せ、衣文の抑揚、躍動感が弱くなってきているようで、10世紀も半ばごろの制作なのかなという気がしました。



【何故だか、文化財・無指定~これだけの平安一木彫像がどうして?】


驚くことに、この観音像、全くの無指定です。
市や県の文化財指定も受けていません。

「これだけの、立派で出来の良い平安古仏が、どうして無指定のままなのだろうか?」

素直な疑問です。

眼近に拝すると、鼻の部分、両腕から先は後補のようですが、当初の像容を損じるほどのものではないように思えます。

宝光寺観音堂・聖観音像~顔部宝光寺観音堂・聖観音像
後補のように見える鼻部と両腕部


「それでも、市も県も無指定というのは、無いでしょう!」

というのが率直な感想です。

これほどの平安古仏が、世に知られることなく、文化財指定もされずに、お堂に祀られているのです。

「近江の地の仏像というのは、本当に奥深い」

つくづく、そのように思い知らされました。



「想定以上に、存在感、凄みのある薬師如来像の御開帳」

「全く予期しない、出来の良い堂々たる一木彫観音像との出会い」

 
となりました。

思いもかけぬ、満足感一杯の、草津・宝光寺への古仏探訪となりました。


【その2】では、宝光寺と同じ日に御開帳となる、橘堂・三面千手観音像のご拝観について、ご紹介したいと思います。


コメント

どっしりの薬師

私もご開帳に行ってきました。
どっしりとした感じで、写真で見るよりも迫力がありました。

10世紀の仏像は平安時代前半・後半の特徴が入り混じって、10世紀の前半なのか後半なのか、そもそも10世紀の作なのか、
決め手に欠けるのでしょうね。

  • 2017/09/20(水) 23:29:12 |
  • URL |
  • とら #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

Re: どっしりの薬師

とら 様

やはり、宝光寺は訪ねられましたか。
本当に、なかなかの重厚感がありましたね
写真映えがして、実際に拝するとちょっとがっかり、という仏像が多いのですが、
宝光寺の秘仏は、写真では感じ取れない、何とも言えない存在感を感じさせる仏様でした

管理人

  • 2017/09/23(土) 08:11:20 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

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