観仏日々帖

トピックス~「新薬師寺・薬師如来像の腕~一木への執着」仏像の手の話⑤  【2017.6.3】


【平安初期一木彫時代の劈頭を飾る傑作、新薬師寺・薬師如来像】


新薬師寺の薬師如来坐像。
ご存じのとおり、天平時代の十二神将塑像に取り囲まれて祀られています。

新薬師寺・薬師如来像
新薬師寺本堂に祀られる薬師如来像

今更言うまでもありませんが、神護寺・薬師如来像と並んで、平安初期彫刻を代表する一木彫像の傑作です。
カヤ材による一木彫、素木仕上げのいわゆる檀像風彫刻です。

新薬師寺・薬師如来像
新薬師寺・薬師如来像

眼近に拝すると、圧倒的な量感、存在感で迫ってきます。
異常なほどに大きく見開いた眼、大ぶりな鼻、めくれ上がるような唇で、強烈な個性を主張しています。
がっしり盛り上がった肩や、分厚い胸板、膝前の張りと厚み、どれをとっても、ものすごいボリューム感で、塊量的という言葉そのものです。

新薬師寺・薬師如来像

新薬師寺・薬師如来像
圧倒的な量感、存在感、大きく見開いた眼が印象的な新薬師寺・薬師像

整ったという言葉とは縁遠いアンバランスともいうべきものなのですが、発散する内なるエネルギーとかパワーを強烈に感じさせます。
「存在感」とはこういう造形のことを云うのだと、観るものを唸らせてしまいます。

造像年代については、奈良時代後期から平安初期に至るまでの諸説があるようですが、平安初期一木彫時代の劈頭を飾る優作の巨像に、間違いありません。



【パワフルで逞しい、薬師像の腕と手】


今回は、この新薬師寺・薬師如来像の「腕と手についての話」を採り上げてみたいと思います。

この薬師如来像の腕と手指ですが、これまたパワフルな迫力を感じさせるものです。

新薬師寺・薬師如来像の腕と指
逞しくパワフルな新薬師寺・薬師像の腕と手

右手の二の腕をみると、考えられないほど太い腕っぷしです。
肘から手首までも、これまた逞しさそのものです。
そして、最も目を見張るのは、掌と指の造りです。

新薬師寺・薬師如来像の右手掌と指
分厚く太い新薬師寺・薬師像の掌と指

異常に大きく、分厚く太いのです。
一本一本の指の太さ、親指の付け根の厚みは、何大抵のものではありません。
グッと前に突き出した腕と手指の造形だけをとっても、オーラというか、霊的なものを強く感じます。



【「縦木材」を用いる、特異な矧付け方の腕】


薬師如来像の腕と手、その造形の迫力もさることながら、ここで注目したいのは、その用材の特異な矧付け方です。

この薬師如来像の腕の構造上の特徴は、前の方に突き出した右手の腕と手先が、「縦木材」数材を矧ぎ付けて、造られているということです。
「縦木材で造られている」
と云われても、
「何のことか、何を言いたいのか、全くわからん!」
と、言われてしまうと思います。

しかし、この「縦木材」ということが、大変注目すべき重要事実なのです。



【大型の一木彫像を造るときの、用材の構造とは】


「縦木材」「横木材」の話に入る前に、大型の一木彫像を制作する時の、用材の使い方について、ふれておきたいと思います。

大型の一木彫坐像の標準的な木の寄せ方
大型の一木彫坐像の体幹部と膝前部の
標準的な木の寄せ方
大型一木彫像を制作する時には、腕や手の部分や、坐像の場合の膝前の部分など、頭や胸、胴といった体幹部から外れて、突き出したり拡がったりする部分は、体幹部の材とは別の材を寄せて矧ぎ付けるのが一般的です。

体幹部を一本の材木で彫り出せる樹木というだけでも、相当の巨木が必要になります。
体幹部から外へ拡がる部分まで、一つの材木から彫り出すことが出来るような巨木を得るというのは、極めて困難なことだからです。

新薬師寺の薬師如来像も、像高191㎝、膝張154.㎝もある大きな像です。
体幹部の主材だけでも、幅95㎝、奥行き75㎝もありますから、カヤの巨樹を用いているのです。
前に突き出した腕、手や、膝前の部分まで、すべてを一材から彫り出すことが出来る巨木など、望むべくも無かったのでしょう。

体幹部とは別の材を矧ぎ付けて、造られています。



【「横木材」を用いず、難しい「縦木材」を矧ぎ付けた、薬師像の腕】


話を、腕の材木の「縦木材、横木材」の話に戻したいと思います。

通常、突き出した腕を矧ぎ付けるときは、「横木材」を用います。

横木材(ヒノキ材)
横木材(ヒノキ材)

横木とは、年輪に対して並行にとった材で、長い材をとることが出来ます。
横木をつかうと、腕は、一本の横木を使って彫ることが出来るわけです。
また、木目に沿って鑿で彫ることになりますので、彫り易いということになります。

ところが、新薬師寺・薬師像の腕は、驚くべきことに「縦木材」を用いて造っているのです。
縦木とは、年輪に対して直角にとった材です。

縦木材(ヒノキ材)
縦木材(ヒノキ材)

当然に、用材の直径以上の長さ(横幅)の材はとれない訳です。
薬師像の腕、手は、この縦木材を、数材横に並べて矧ぎ付けているのです。
縦木を木目に直角に小口の方から彫り出すことになりますので、彫刻も難しくなります。
衝撃にも弱くなり、縦の木目に沿って折れやすくもなります。

長い横木を用いれば、そんな問題に煩わされず、全く造作なく作れるのです。
それなのに、わざわざ縦木材を前後に並べて、腕、手を造っています。
肘から先には、3材の縦木材を寄せています。

なお、左手の手首から先の部分だけは、横木材が使われています。
この手先を縦木で彫るのは、目切れがして、どうしても彫るのが難しかったのかもしれません。

腕の部分を、縦木と横木で造ることの違いは、山崎隆之氏作図の模式図をご覧いただけると、良くお判りいただけると思います。

横木材を用いた腕の矧ぎ付け方(通例の矧ぎ付け方)
横木材を用いた腕の矧ぎ付け方(通例の矧ぎ付け方)

縦木材を数材用いた腕の矧ぎ付け方(新薬師寺・薬師像の矧ぎ付け)
縦木材を数材用いた腕の矧ぎ付け方(新薬師寺・薬師像の矧ぎ付け)
~「一度は拝したい奈良の仏像」学習研究社刊所載・山崎隆之氏作図~


新薬師寺・薬師像の腕を横から撮った写真を見ると、縦木材を矧ぎ付けた矧ぎ目の線が、縦に入っているのが見て取れます。

新薬師寺・薬師像の右腕~縦木材を用いた矧ぎ目の縦線が見える
新薬師寺・薬師像の右腕~縦木材を用いた矧ぎ目の縦線が見える

さて、横木を用いれば、一本の材で容易に彫ることが出来るのに、どうして、わざわざ難しい縦木材にこだわったのでしょうか?

きっと、体幹部の縦の木目に、腕や手の木目も合わせることに、こだわったということなのでしょう。
腕や手先までも、一本の巨樹から丸ごと彫り出した像のように見せたかったということなのではないでしょうか?



【驚くべき事実~膝前部も「縦木材」を束ねるように矧ぎ付け】


実は、腕以上に、一木への執着が判る、驚くべき事実があるのです。
趺坐している、両脚部の膝前の拡がりの部分です。

新薬師寺・薬師如来像
新薬師寺・薬師如来像

この膝前の部分こそ、大きく長い「横木材」で彫るのが、当たり前なのですが、なんと「縦木材」を何材も複雑に寄せ、矧ぎ付けているのです。
横木なら一材で済んでしまう膝前部分を、不整形な縦木材9材を束ねるように寄せて造っているのです。

新薬師寺・薬師像の膝前、脚部
縦木材を束ねるように寄せた、新薬師寺・薬師像の膝前、脚部

縦木材への、徹底したこだわりとしか言いようがありません。

薬師如来像の、木寄せ、矧ぎ付けの状況を示した構造図が、「大和古寺大観・第4巻」に掲載されています。

新薬師寺・薬師像の木寄せ、矧ぎ付け構造図(大和古寺大観所載)

新薬師寺・薬師像の木寄せ、矧ぎ付け構造図(大和古寺大観所載)
右腕はD1~D4の縦木材4材を矧ぎ付けている

新薬師寺・薬師像の木寄せ、矧ぎ付け構造図(大和古寺大観所載)
膝前はE1~E9の縦木材9材を矧ぎ付けている

新薬師寺・薬師像の木寄せ、矧ぎ付け構造図(大和古寺大観所載)
新薬師寺・薬師像の木寄せ、矧ぎ付け構造図(大和古寺大観所載)

これをご覧になると、腕、手の部分や、膝前の部分を、如何に苦労して何材もの縦木材を束ねるように寄せているのかが、見て取れます。

そして、使われている用材は、単に縦木材を集めて矧ぎ付けているのではなくて、同じ樹木のもののようなのです。

大和古寺大観(第4巻)の解説には
「頭・体幹部材とこれに矧付けた両脚部材その他の矧木は、木目から見て、全てが一本の材から木取りされていると想像され、用材の面でも一木使用の態度を貫いているといえよう。」
と述べられています。

一木へのこだわりが、並み大抵のものでなかったことを物語っているようです。



【かつては、「全てが一木から彫り出されている」と考えられていた、薬師如来像】


この新薬師寺の薬師如来像が、このような縦木材を矧ぎ寄せた構造であることが判明したのは、昭和50年代のことでした。

それまでは、巨大な一本の樹木から、腕や手、膝前を含めて、仏像全体が一木で彫り出されていると考えられていたのでした。
全て縦木材で造られ、像の何処をみても木目が縦に揃って入っていたことから、長らく、全て一木から刻み出されたと思い込まれていたのでした。

新薬師寺・薬師如来像
新薬師寺・薬師如来像

大正13年(1924)に刊行された「日本国宝全集・第7輯」の新薬師寺・薬師如来像の解説文には、このように述べられています。

「一木造りでは稀に見る巨大な像である。
同じ一木造りでも矧木を用いたものもあるが、これは胴体は勿論、差出た手までも矧木となってはいない。
・・・・・・・
其造法が完全なる意味における一木彫成であることが、奈良朝製作と思はしめるよりも、寧ろ其法の盛んであった平安朝初期のものであるべく思はしめる。」

昭和47年(1972)に発表された久野健氏の論文「新薬師寺本堂の薬師如来像について」(後に「平安初期彫刻史の研究」所収)にも、このように述べられています。

「本像は、ヒノキ材の一木彫で、螺髪は植付、薬壺(後補)を持つ左手を手首より別木に作り、右手も肘より先及び手首より先を別木で作る他は、膝前にいたるまで一木から彫り出している。
・・・・・・・
さて、この像の特色の一つは、かかる大像であるにかかわらず、巨大な膝前まで、一木から刻みだしている点である。
小像では膝前、蓮肉まで体躯と共木から刻み出した例はかなり見られるが、このような巨像でしかも膝前まで一木というのは極めて少ない。」


この二つの解説・論考を読んでも、この薬師像がすべてを一材から彫り出した希有な例の像であると、大変長きにわたって考えられていたことが判ります。

なお、「日本国宝全集」では突き出した手も一材としていますが、久野健氏は、手首先と右肘から先は、別材であると見極められていたようです。
もう一つ、当時はヒノキ材と考えられていましたが、現在ではカヤ材とみられています。

私も、学生時代に新薬師寺を訪れた時、

「この薬師如来像は、手から膝まで、すべて一本の木から彫り出されているのだ。」

という話を聞き、
この大きな薬師像を、すべて彫り出すことが出来る巨大な木というのは、

「屋久島の縄文杉のような巨樹のイメージだろうか?」

と、大変に驚いた思い出があります。

昭和40年代のことです。

屋久島・縄文杉
屋久島・縄文杉

カヤの巨樹(和歌山県紀美野町・善福寺のカヤ)
カヤの巨樹(和歌山県紀美野町・善福寺のカヤ)



【昭和50年の修理調査で、「縦木材を束ねた構造」であることが判明】


これまで、完全な一木からの刻み出しだと思われていたこの薬師像が、実はそうではなかったことが判明したのは、昭和50年(1975)12月に行われた、文化庁による修理調査の時でした。

その年の6月に行われた予備調査の際、両脚部に不整の矧材があること、両手が矧付けであることなどが確認されたのです。
そして、修理調査で像を台座から下ろして調査した処、詳細な構造が明らかになったのでした。
先にふれたように、縦木材を束ねた構造であることが判ったのです。

これは、驚きの新事実でした。
本当は、完全な一材から刻み出してはいないのに、

「あくまでも、一材から刻み出したように思わせる。」

「あくなき一木へのこだわり! 一木への執着!」

こんな精神のもとに造られていたようなのです。



【完全一木彫、縦木材にこだわる、奈良末平安初期の一木彫】


奈良末~平安初期の一木彫像は、全てを一木から刻み出そうとする姿勢が強くうかがえます。
唐招提寺講堂木彫群と云われる獅子吼・衆宝王菩薩像や、神護寺薬師像をはじめとする一木彫像は、蓮肉、心棒に至るまで、一本の材から刻み出されています。

唐招提寺旧講堂・獅子吼菩薩像神護寺・薬師如来像
(左)唐招提寺旧講堂・獅子吼菩薩像、(右)神護寺・薬師如来像

この時期は、材の制約上やむを得ず矧木をする場合も、あえて縦木材の使用にこだわった時期であったのかもしれません。

神護寺薬師如来像の場合も、肘から先を別材で矧ぎ付けていますが、当初材がのこる右手の前膊、左手の前膊半ばまでは、しっかりと縦木材が用いられているのです。
(左手前膊半ばから先、両手首先は後補)

神護寺・薬師如来像の腕と手
縦木材(左右の前膊)を矧ぎ付けた神護寺・薬師如来像の腕

唐招提寺の獅子吼・衆宝王菩薩像、薬師像の場合も、今は、肘から先が欠失してしまっていますが、きっと縦木材を用いていたのではないかと、私は想像しています。

唐招提寺旧講堂・衆宝王菩薩像
唐招提寺旧講堂・衆宝王菩薩像

新薬師寺・薬師像の場合は、坐像にもかかわらず、縦木材を束ねるという無理をしながらも、そのような姿勢を体現しようとしているようです。



【一木への執着は、巨樹の霊性を、仏像の威力にとり込もうとするもの?】


どうしてここまで、一木の縦木材にこだわったのでしょうか?

膝前まで縦木材を寄せる作例は、新薬師寺像以外にはありません。
そこまで完全な一木であるかのように、こだわった訳について、巨木のもつ霊性や神秘性を、仏像に投影しようとしたものではないかといわれています。

日本彫刻技法史の研究者である山崎隆之氏は、新薬師寺像が巨樹から彫り出されているように見せている理由について、自著で、このように述べています。

「それにしても、仏師はなぜこれほどまで、縦木にこだわったのだろうか。
そこに一木素木像の原点である檀像の形式を守りたい、との強い意志があるのは確かである。
しかし、それだけでは説明のつかない別の要素もあるのではないか。
すなわち、そこに日本人が古来、木に対して抱く特別な感情、あるいは木に対する信仰も投影されているのではないか。」

こうした考え方の例として、「日本霊異記」にみられる、木が声を発しその木で仏像を造った話や、祟りをなした霊木を以て長谷寺十一面観音像を造ったという説話を紹介したうえで、

「これらの話は、木彫仏では、材料である樹木自体が不思議な力を持っているということである。
それは他の材料と違い、樹木が生命を持ち、古木となればなるほど霊力を持つと感じられるからである。
そうした樹木の神秘性、霊性を仏像にとり込むことで、仏像自体が威力を持つと期待するのは当然であろう。
その一つの手段が、新薬師寺像のように樹木の大きさを見せることだったのではないか。
新薬師寺像は、両膝を含むすべてが一本の樹木でできているように見せている。」
(山崎隆之著「仏像の秘密を読む」2007年・東方出版刊所収)


一木から彫り出されたように見せている新薬師寺・薬師像の巨樹イメージ図(山崎隆之氏作成図)
一木から彫り出されたように見せている新薬師寺・薬師像の巨樹イメージ図
(山崎隆之著「仏像の秘密を読む」東方出版刊所載)


新薬師寺・薬師如来像
新薬師寺・薬師如来像

驚くべき巨樹から刻み出したと見せることで、仏像が発する威力に、樹木の霊性をとり込もうとしたというのです。
たしかに、新薬師寺・薬師坐像の発散する、圧倒的な迫力や存在感を肌で感じていると、巨樹のもつ霊力が、仏像に乗り移ったものであるような気がしてしまいます。
あの内なる強力なパワー、エネルギーは、霊木のオーラの為せる業なのでしょうか。

このように、

「奈良時代末から平安初期の一木彫像の、完全な丸彫り、縦木材への強いこだわり」

を、樹木の霊性、神秘性といった、いわゆる霊木信仰との関わり合いから見ていこうとという話は、大変魅力的で、惹かれるものがあります。

大きなウロのある霹靂木から、ウロや節があるのを厭わずに彫り出している、仏像、神像の例や、一本の樹木から三神すべてを刻み出している、東寺、薬師寺の三神像などの例をみると、その感をますます強くするものがあります。



【「素木像の木肌、木目の美しさ追求」という視点からも考えてみたい、「縦木材」へのこだわり】


たしかにそうなのですが、一方、そうした精神性や信仰の世界から、一歩引きさがってみて、シンプルに「素木の仏像の造形表現の技法」という観点から、アプローチしてみることも面白いのではないかと思うことがあります。

木地そのままの素木の仏像の、

「木肌、木目の見え方の、美しさの追求」

とでもいった話です。

奈良末平安初期の一木彫像は、檀像彫刻の発展形の要素もあるといわれています。
こうした仏像は、像全体を彩色することはありませんので、木地そのものがはっきり見えることになります。
木地の美しさが重要になるのだろうと思います。

これらの像は、彩色をしないので、木肌そのもので、木目がはっきりわかります。
全ての部分を完全に一材から刻み出すときには、何の問題もないのですが、別の材を矧ぎ付ける必要が生じたときに、木目が縦目と横目とに不揃いになるのを、避けたかったのではないでしょうか?

縦木材の木目横木材の木目
縦木材の木目(左)と横木材の木目(右)
 
素木の彫刻を、いかに美しく見せるかと考えた時、腕や膝前の木目だけが、横に通って見えるというのは、美的な感覚からするとミスマッチ感が出てしまいます。
何処からみても、縦の木目が整然と通っているという、見た目の美しさを追求したかったということなのではないか?
このように、感じることがあるのです。



【巨樹への霊性信仰からか?木肌木目の美観追及か?
~「縦木材へのこだわり」の不思議】

敢えて誤解を恐れずに、思い切っていえば、
当時の一木彫像の縦木材へのこだわりというのは、
一木、巨樹の霊性への信仰、こだわりという側面もさることながら、

「木地そのままの素木像の整然とした木目の美観への、あくなきこだわり」

という意識が、結構強かったのではないだろうかという気がするときがあります。

新薬師寺・薬師如来像
縦の木目が像全体に通っている新薬師寺・薬師如来像

新薬師寺の薬師如来像が、あんなに巨像なのに、大変な無理として縦木材を束ねたように造った訳は、

頭から胴、膝前、そして腕、手に至るまで、白木の表面に、整然と縦の木目が見事に通った、美しい木肌の仏像を造りたかったから、
仏師の見事な腕を見せたかったから、

とも考えられるのではないでしょうか?

薬師像の左手の手先には、唯一、横木材が用いられています。
ここだけ、どうして縦木材にこだわらなかったのでしょうか?
縦木材を用いると、小口からの彫りとなり目切れがして難しかったという面もあろうかと思います。

新薬師寺・薬師如来像の左手先(横木材を使用)

新薬師寺・薬師如来像の左手先(横木材を使用)
横木材が用いられている新薬師寺・薬師如来像の左手先

私は、横木を使った訳は、

左手の手先は、手のひらを平らに開いた姿であったので、縦の面が見える部分が少なく、横材を使っても、全体の美観からは、木目の不揃いが、ほとんど気にならなかったからではないか

このような可能性もあるのではないかという気がしています。

この時期の大型の一木彫像で、手先が当初のまま残っているのは新薬師寺像ぐらいだと思いますので、他の像の例と較べてみることが出来ないのは、ちょっと残念です。



今回の話では、新薬師寺・薬師如来像の「腕の材の矧ぎ付け方の不思議」という処から始まって、本像の「縦木材への徹底したこだわり」という特異な構造と、「一木へのあくなき執着」という問題について、採り上げてみました。

「どうして、こんな風に造ったのだろうか?」

と、思いを巡らせていくと、
あの圧倒的な迫力、オーラは、巨樹の霊性をとり込もうとする霊木信仰の体現のようにも思われますし、
一方、素木像の木肌、木目の美しさの追求という視点も、捨てがたいような気もします。

皆さんは、この「縦木材へのこだわりの不思議」について、どのように感じられたでしょうか?

興味が尽きることがありません。


コメント

新薬師寺薬師如来坐像の頭の穴

 新薬師寺が一木造でなかったということを知ったのは、昭和50年の調査の様子が漏れ伝わった時でした。
この像が膝部分を含めた一木造ではない。しかも、頭の上には穴が空いている。と衝撃的な話でした。
冷静に考えれば、これだけの巨像が膝部分と共木の一木造ではありえないと考えるのが自然でしたが、
久野健氏がそう言っているし本当かなと思っていました。
特殊な木取りをしているのは、これだけの巨像で、木寄せ法も確率していなかった時代では、さまざまなバリエーションが
あっても不思議ではない、と理解はできました。
しかし、ひとつ引っかかっていたのは、頭上の穴です。この意味がわかりませんでした。
ところが、偶然、法隆寺西円堂の薬師如来坐像について調べていたところ、『『奈良六大寺大観』法隆寺三 補訂版に
水野敬三郎氏が、この薬師如来坐像は頭頂に約5㎝四方の檜板を埋め込み、これに25個の丸穴をあけて、脱活乾漆造の
像内の乾燥と通気を計る処置が施されていた。奈良興福院阿弥陀三尊像中尊、新薬師寺本堂本尊薬師如来坐像で、
内刳に通ずる頭頂の穴に、小孔を多数あけた銅板をかぶせているのも同様の意図とする工夫であろう。
たしかにこの頭頂の穴は、興福院像は本間紀男氏によって、法隆寺像は、西川杏太郎氏によって報告されていました。
これで、ちょっと、小骨がとれた感があります。

  • 2017/06/03(土) 18:31:14 |
  • URL |
  • 加藤春秋 #pyMFz/Ww
  • [ 編集 ]

Re: 新薬師寺薬師如来坐像の頭の穴

加藤様

コメント、有難うございます

おっしゃる通りで、あれだけの巨像が膝前まで一木というのは、普通に考えるとあり得ない感じですよね
福島・勝常寺の薬師坐像が、あの大きさで膝前まで一木ですが、あの位のサイズが完全一木の限界という感じなのでしょうか?
新薬師寺像は、膝張・膝奥が、勝常寺像の約1.5倍もありますから、想像を絶する巨木でないと無理になってしまいますね
当時の専門家の常識に「縦木を寄せて造る」という手法が想定外だったのでしょう

頭頂部に風穴を開けている話も、面白いですね
ハチの巣状に穴をあけた銅版で蓋をして、鼠や虫がそこから入らぬようにしているという話を聞いたことがあります
霊像とされる仏像も、見えないところでは、工人が大変現実的、技術的工夫をしていることが伺われて、興味深く感じるところです

  • 2017/06/04(日) 17:14:38 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所・管理人 #-
  • [ 編集 ]

頭頂の穴

大阪市美「木×仏像」展図録によれば、四天王寺阿弥陀三尊の中尊頭頂にも穴があけられたあと埋木されているとのこと。
風通しよりも宗教的な意味を考えたいとおもうのですが・・

  • 2017/06/08(木) 14:36:47 |
  • URL |
  • 藤鎌天平 #-
  • [ 編集 ]

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