観仏日々帖

トピックス~想定外の興味深い仏像に沢山出会った「京博の仏像展示」  【2017.4.27】


【「海北友松展」を目指して、京博へ】


4月の中旬、京都国立博物館に「海北友松展」を観に行ってきました。

海北友松展ポスター

特別展主催者の意気込みの凄さが、直に伝わってくるような、充実した展覧会でした。

私は絵画の世界は何もわからなくて、
海北友松と云えば、「桃山時代画壇の巨匠?」ということ以上のことは全く知らなかったのですが、
その作品を眼前にして、「海北友松」という人の絵の素晴らしさを実感し、じっくり堪能してきました。

展示作品は、描かれた「線の強さ、厳しさ」に凄みを感じましたし、圧倒的な気迫や静かな緊張感を感じさせるもので、強く惹かれるものがあります。
当時では老境の60歳を過ぎてから、狩野派から独立し、初めて「海北友松」の名前が世に出るようになったいうことも知りませんでした。
よくぞこの高齢で、これだけの気迫と強さがこもった絵を描くことが出来たものだと、驚きと感動が込み上げてきた次第です。

満足、納得の素晴らしい「海北友松展」でした。



【想定外の沢山の興味深い仏像に出会い、ビックリ!】


今回の「海北友松展」は、普段平常陳列にあてられている平成知新館が会場となっていましたので、仏像の展示も無しということなのかと思っていましたら、仏像だけが1Fに展示されていました。

海北友松展の会場となった京博・平成知新館
海北友松展の会場の京博・平成知新館
通常、平常陳列の会場となっています


「海北友松展」を目当てに出かけたので、仏像については全く頭になかったのですが、特別展の隅で、小さくなっている「平常陳列の仏像」をのぞいてみると、

「これまた、ビックリ!」
でした。
私にとっては、興味深い仏像が、想定外に沢山並んでいたのでした。

ちょっと、ご紹介しておきたいと思います。

展示仏像のなかで、私の眼を惹いたのは、ご覧のような仏像です。

京博仏像展示のなかで、私の眼を惹いた仏像



【十数年ぶりの出会いとなった、二つの木心乾漆像~高山寺、神護寺の薬師坐像】


何といっても、一番の注目仏像だったのは、二つの木心乾漆像でした。
高山寺と神護寺の薬師如来坐像です。

本当に、久しぶりに見ることが出来ました。
この前に観たのは、いつ頃のことだったでしょうか?
少なくとも、ここ十数年はご無沙汰で、もっと間が空いているような気もします。

2躯共、京博に寄託されており、たまには展示されてるはずなのですが、
私には永らくのご無沙汰で、
「オー!出ているじゃないか!」
嬉しくなってしまいました。

共に天平末~平安初の木心乾漆像なのですが、意外に広くは、知られていないのではないかと思います。



【亀岡・金輪寺伝来の高山寺薬師坐像~脇侍は東博と東京藝大に】


高山寺の薬師坐像は、もともと丹波国神尾山金輪寺(現亀岡市)の本尊であったものが、故あって高山寺に移されたものと伝えられています。
そして、本像の両脇侍も現存しており、日光菩薩は東京国立博物館、破損している月光菩薩は東京芸術大学の所蔵となっています。

高山寺・薬師如来坐像
高山寺・薬師如来坐像(木心乾漆・天平末)

東京藝大美術館蔵・月光菩薩像~高山寺旧蔵東京国立博物館蔵・日光菩薩像~高山寺旧蔵
(左)東京藝大美術館蔵・月光菩薩像、(右)東京国立博物館蔵・日光菩薩像~共に高山寺旧蔵


両脇侍が、寺外に出たいきさつは、詳しく調べたことがないのでよく判りませんが、明治期のことであったのでしょう。

半月ほど前に、東京国立博物館に寄った時に、丁度、この日光菩薩像が展示されており、観てきたところでした。
天平末期の乾漆像にしては、キリリと引き締まった覇気のようなものを感じさせるところがある、立派な像です。

一度、三尊揃って、展示されるのを見てみたいものです。



【乾漆なのに、アクの強さに惹きつけられる神護寺薬師如来坐像】


もう一つの木心乾漆像は、神護寺の薬師如来坐像です。

神護寺・薬師如来坐像
神護寺・薬師如来坐像(木心乾漆・天平末~平安初期)


神護寺・薬師如来と云えば、ほとんどの人が、あの厳しい表情の一木彫立像のことだと思ってしまうのですが、実は乾漆の坐像もあり、京博に寄託されているのです。
この坐像の方の薬師如来像も、なかなか見どころのある魅力的な像なのです。

一見して、アクの強い個性的な表現の像です。
アンバランスなほどに大きく見開いた眼、大きな耳は、異貌というムードを醸し出しています。

神護寺・薬師如来坐像
神護寺・薬師如来坐像~顔部

抑揚豊かな衣文の表現も、粘りが強く、ちょっとくどいともいえるような感じがします。
何やら、呪術的な精神性が、籠められているようです。
木心乾漆像でありながら、このクセの強さ、洗練されていない迫力が、この像の魅力なのだと思います。

この異貌の顔の表現、見かけたことのない風貌です。
よく考えてみると、どこかで似たような雰囲気の像を見たことがあるなという気がしてきました。
去年見た、香雪美術館蔵の薬師如来像のことを思い出しました。

香雪美術館・薬師如来像
香雪美術館・薬師如来像~顔部

この像もアクが強くクセのある像です。
香雪美術館像の方は、随分田舎風で、出来の良さのレベルも随分と違いますので、較べてみるのも如何かと思うのですが、

「大きく見開いた眼、異様に大きく湾曲した耳、異国的風貌」

など、どこか似たような空気感というか、雰囲気を感じてしまいました。



【現在の、個性的な姿のなかに、埋め込まれていた天平風の乾漆像】


神護寺の薬師像は、実は、制作プロセスが、特異な像でもあるのです。
X線で透視撮影してみた処、この像の内部に、穏やかな天平風の木心乾漆像が埋め込まれていることが判明しました。

内に籠められた当初像は、体部の厚みも薄く、顔面シルエットからは、高山寺・薬師像、聖林寺・十一面観音像などと共通する造形感覚が想起されるものでした。
現在の像からは、一回り二回り小さな華奢な造形となっていました。

現存像は、その上から、ものすごく分厚く木屎漆を盛り付けて、古い乾漆像を芯にして、全く新しい乾漆像を盛り上げ成形したものとなっていたのです。
この際に、現在の、平安初期的要素の強い、アクとボリューム感のある表現に変えられたのでした。
この像を調査した本間紀夫氏は、当初像と表面像の間にさほどの年代差はなく、延暦期の近辺20~30年の範囲ではないかと述べています。

何故に、このように造り替えられたのかは、よく判りません。
神護寺の前身、高雄山寺ゆかりの像かもしれないとの見方もあるようです。

いずれにせよ、この神護寺・薬師坐像は、大変興味深い像です。
また、強烈な個性に、私は惹かれるものを感じています。
この像に偶々出会えて、想定外の歓びでした。



【「観仏日々帖」ご紹介の、魅力ある像にも出会う~阿弥陀寺・薬師像、般若寺・十一面観音像】


この他にも、いくつか、私の注目仏像が、展示されていました。

城陽市枇杷庄にある阿弥陀寺の薬師如来像が、出陳されていました。

阿弥陀寺・薬師如来像
阿弥陀寺・薬師如来像

1メートル弱の檀像風素木一木彫像ですが、その迫力は満点です。

「怖い顔、鋭い彫り口、発散する気、威圧する霊気」

こんなキーワードはあてはまる、平安初期彫像です。

阿弥陀寺・薬師如来像
威圧するように怖い顔貌の阿弥陀寺・薬師如来像

「木塊が、霊威を以て迫りくる」
こんな感じが受けるのです。

私が、強く惹かれるものを感じる一木彫像の一つです。
この観仏日々帖「京都府城陽市・阿弥陀寺の薬師如来立像」で、ご紹介したことがありますので、ご覧いただければと思います。


同じく、観仏日々帖「右京区嵯峨樒原高見町・般若寺の十一面観音像」京のかくれ仏探訪② で、ご紹介した仏像も出陳されていました。

般若寺・十一面観音像
般若寺・十一面観音像

この像も、たまに京博に出陳されるようなのですが、ちょうど運良く、出会うことが出来ました。

愛宕山の向こうの村落、右京区嵯峨樒原高見町という処にある平安古仏です。
愛宕山中の、凄い九十九折の怖くなるほどの山道を車で走って、やっと般若寺にたどり着いて、この像を拝したことを懐かしく思い出してしまいました。



【初めて知った、妙傳寺・十一面観音像(重文・平安中期)~古代朝鮮金銅仏発見でニュースになったお寺】


はじめて見たというか、その存在さえ知らなかったのが、左京区八瀬近衛町にある妙傳寺の十一面観音像です。

北区八瀬近衛町にある妙傳寺
北区八瀬近衛町にある妙傳寺

等身ぐらいの平安中期の木彫像です。
重要文化財に指定されているのですが、全く知りませんでした。
解説キャプションには、平安中期の代表的作例である遍照寺・十一面観音像に通じるものがある作風と書いてありました。
後世の手が入っているところもありそうですが、たしかに穏やかな平安中期風の木彫像です。

手元の資料を見てみたのですが、写真さえ見つけ出すことが出来ませんでした。
昭和年代の重要文化財リストには上がっていないようですので、平成になってから重文指定を受けた像なのでしょうか?

妙傳寺と云えば、今年の1月、

「朝鮮渡来、小金銅仏の発見~従来模古作とされていた半跏思惟像」

ということで、NHKニュースや新聞で大きく採り上げられた、あの妙傳寺です。

ニュースで話題になった妙傳寺・半跏思惟金銅仏像
ニュースで話題になった妙傳寺・半跏思惟金銅仏像

観仏日々帖でも「模古作とされていた京都妙傳寺の小金銅仏、実は古代朝鮮仏と判明?」で、紹介させていただきました。

「あの妙傳寺に、こんな重文指定の立派な平安中期仏像があったのだ。」

と、妙なところで感心してしまいました。



【妙傳寺・十一面観音像についての、追加の挿入です~2017.05.13】



この「観仏日々帖」にコメントをお寄せいただき、この平安中期の仏像のことが、はっきりしました。
この像は、従来「八瀬文化財保存会の十一面観音像」と云われていたものだとのご指摘、ご教示をいただきました。

「そうだったのか!」

と、膝を打つというよりは、

「この像が、八瀬文化財保存会・十一面観音像であることが、どうしてわからなかったんだろう?」

と、なんとも情けないというか、恥ずかしいというのが、偽らざるところです。

ご覧のとおりの仏像です。

妙傳寺(八瀬文化財保存会)・十一面観音像

妙傳寺(八瀬文化財保存会)・十一面観音像
妙傳寺(八瀬文化財保存会)・十一面観音像

この「八瀬文化財保存会・十一面観音像」なら、これまで、この京博の仏像陳列に展示されているのを、何度も、観たことがあるのです。

掛けて加えて、この前の回の観仏日々帖「三重県津市・光善寺の薬師三尊像の御開帳」で、この像の写真まで掲載して、

「六波羅蜜寺・十一面観音(951)⇒⇒⇒遍照寺(989)、八瀬文化財保存会・十一面観音という和様化流れの中にある像と位置づける、ということか・・・・」

と、書いたばかりなのでした。
遍照寺十一面観音像と並んで、平安中期観音像の典型例の一つとして知られている仏像なのです。


展示されていた「妙傳寺」十一面観音というのは、「八瀬文化財保存会」十一面観音のことだったのでした。
近年、所蔵者が「妙傳寺」に変わったということなのでしょうか?
以前は、「八瀬文化財保存会」として、展示されていたように思うのですが・・・・・・・
「妙傳寺所蔵」ということになったのだとしたら、その事情などについては、よく判りません。

それにしても、
「所蔵者名のキャプションが変わっただけで、展示されている仏像そのものが、何度も観た仏像なのかどうか、判らなくなってしまった。」
という訳です。

「自分の仏像を見る眼は、何だったのだろうか?」

と、つくづく情けなくなってしまいました。


ついでという訳ではないのですが、
この妙傳寺(八瀬文化財保存会)・十一面観音像のことについて、ちょっとだけ、ふれておきます。

この像は、昭和55~58年に行われた、京都市内の文化財集中地区総合調査の際、昭和56年(1981)に、その存在が確認されたものです。
長らく、八瀬の念仏堂と呼ばれる小堂に安置されていた像だそうです。
調査により、10世紀後半、平安中期の貴重な作例であることが判り、昭和59年(1984)、重要文化財に指定されました。

以来、京都国立博物館に寄託され、平常陳列に折々出展されている像という訳です。

そんな、何度も観た仏像を眼の前にして、所蔵者名が違っただけで、
「写真すら見つからなかった」
などと、思い込んでしまった次第です。


何卒、ご容赦ください。




【ほかにも興味深い仏像が、いろいろ出展】


これ以上、一つひとつご紹介するのは、長く、くどくなるのでもうやめておきます。


最近、京博にいつも展示されていますが、今年、新国宝に指定された、金剛寺の巨大な大日如来像、不動明王像。

新国宝になった金剛寺・大日如来像
新国宝になった金剛寺・大日如来像~金剛寺草創期1180前後の作

新国宝になった金剛寺・不動明王像
新国宝になった金剛寺・不動明王像~天福2年(1234)行快作


かつて北区・常楽院の所蔵で、新聞ダネになったような事件を経て、平成22年(2010)に文化庁が買い上げた、清凉寺式釈迦像。

文化庁・清凉寺式釈迦如来像~常楽院旧蔵
文化庁・清凉寺式釈迦如来像~常楽院旧蔵


普段なかなかお目にかからない、大原草生町保存会の藤原風の薬師如来坐像。

大原草生町保存会・薬師如来像
大原草生町保存会・薬師如来像


いつみても、鎌倉時代の檀像風彫刻の精緻さが美しい勝龍寺の十一面観音像。

勝龍寺・十一面観音像
勝龍寺・十一面観音像


こんなところが、眼を惹いた仏像でした。



「海北友松展」目当てで出かけた京博で、頭に全くなかった興味深い仏像に沢山出会えることとなりました。

いつも頻度多く、京博の仏像展示をご覧になっている方には、さほどに新顔仏像の登場という感はなく、また折々の顔見世という感じではなかったかと思うのですが、
私にとっては、本当に久方ぶりの、高山寺、神護寺の薬師坐像との再会とか、観仏日々帖で採り上げたいくつかの「見どころあるあるかくれ仏」の展示など、想定外に、嬉しく収穫のある「仏像展示」でした。


これらの仏像に、ご興味を感じられた方は、是非、海北友松展とともにご覧になってみることを、お薦めします。


「海北友松展」も、ご紹介の「仏像展示」も、5月21日までです。


コメント

時々拝見して勉強させていただいています。さて、妙傳寺の観音像は私も今回初めて所有者が変わっていたことに気付いたのですが、この像は最近まで所有者は八瀬文化財保存会となっており、重文指定は1984年、京博の常陳によく出ていました(文化庁のデータベースの表記は妙伝寺所有となっています)。図版は、京博図録「藤原道長」等、京博の「学叢」に岩田茂樹氏の論考が掲載されています。

  • 2017/05/13(土) 09:17:14 |
  • URL |
  • クロちゃんパパ #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

クロちゃんパパ 様

コメント、有難うございます。
「妙傳寺・十一面観音」というのは「八瀬文化保存会・十一面観音」のことだったのですね。
ご指摘、ご教示、有難うございました。

「八瀬文化保存会・十一面観音」なら、何度も観ていた筈なのですが。

それにしても、所蔵者名が変わっていただけで、この仏像のことが判らなくなってしまいうというのは、つくづく情けないというか、お恥ずかしき限りです。
八瀬文化保存会像のことは、直近のブログ「光善寺・薬師如来像」の処でふれたばかりでしたのに・・・・・・
まだまだ、「見る眼」の修行不足を痛感いたしました。

早速、ブログ本文には、追加で「本像についてと、写真」を挿入補記させていただきました。

今後とも、よろしくお願いいたします。

管理人

  • 2017/05/13(土) 15:00:17 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

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