観仏日々帖

古仏探訪~2016年・今年の観仏を振り返って〈その1〉1~3月  【2016.12.11】


早いもので、もう師走を迎えました。

今年は、観仏一辺倒ではなくて、少し違うフィールドへも出かけてみようと心掛けるつもりであったのですが、振り返ると、やはり観仏探訪中心生活ということになってしまいました。
65歳を過ぎると、新たなるチャレンジ精神も、中々湧き上がってこないようです。

「他にすることがないのか?」

と、笑われてしまいそうです。

実のところは、観仏以外の世界にも、いろいろ手を出したり、出かけてみたりもしているのですが、一年の観仏探訪結果をラインアップしてみると、

「今年も、随分観仏に出かけたものだ!」

我ながら、ちょっとあきれてしまいそうです。

昨年に引き続き、今年の観仏先を総まくりで振り返ってみたいと思います。
自己満足的な、観仏記録日記のようなものですが、一年の締めくくりということで、我慢してお付き合いいただければと存じます。



[1月]



【観仏抜きのひと月、仏像三昧からリフレッシュ】



今年の新年は、観仏は一休み。

何処にも出かけませんでした。
正月に飲んで、その後は色々な新年会で、またまた飲んで、飲んだくれているうちに、ひと月終わってしまいました。

展覧会も出かけましたが、仏像とは畑が違う

「石黒宗磨展」(松涛美術館)、「鍋島焼展」(戸栗美術館)、「始皇帝と大兵馬俑展」(東京国立博物館)、「金と銀の系譜展」(静嘉堂文庫)、「ラファエル前派展」(Bunkamuraミュージアム)

などに、ぶらぶらと出かけました。
観仏と無縁の月があるというのも、なかなかリフレッシュ感があるものです。



[2月]



【平安前期の個性満点・薬師像を目指して、神戸・香雪美術館へ出動】



観仏リスト・香雪美術館


一度は、直に観てみたいと念願していた、香雪美術館蔵の薬師如来立像を目指して、神戸まで出動しました。

香雪美術館・薬師如来立像
香雪美術館・薬師如来立像

この薬師像、バリバリの平安前期古仏で、大変個性的な造形、顔貌の一木彫像です。
この仏像、長らく私の、「未見仏像リスト」の最重要ランクに入っているのですが、何故だか、縁がなくて、未だ直に観たことがなかったのです。

神戸市の御影にある香雪美術館は、普段の展示が、書画やお茶道具が中心で、仏像は中国のもの中心に数体しかありません。
お目当ての薬師像は、たまに展示されるだけなのです。
ご存じのとおり、朝日新聞の創業者の一人、村山龍平のコレクションを収蔵する、昭和48年(1973)に開館した美術館です。
今月は、「所蔵品展・2016」という展覧会が開催され、お目当ての薬師像が出展されることがわかったので、思い切って神戸まで出かけることにしたのでした。

香雪美術館
香雪美術館

期待に違わぬ薬師像でした。

「平安初期で、アクやクセが結構あって、存在感満点で・・・・」

そんなイメージで観に来たのですが、十二分に期待を満足させてくれる、平安前期一木彫でした。

香雪美術館・薬師如来立像~頭部
個性的な顔貌の香雪美術館・薬師如来立像~頭部

耳が異常に大きくて湾曲しているのが、印象的です。
異国風の顔貌で、唇を突き出し鎬立たせています。
内刳りのない、カヤ材の一木彫で、蓮肉、心棒まで一材から彫り出していたようです。
この技法は、唐招提寺の獅子吼・衆宝王菩薩や、神護寺薬師像と同じ構造です。

バリバリの魅力あふれる平安前期一木彫像に間違いないのですが、眼前に直に拝すると、少々、地方的というか田舎臭さのようなものを感ぜずにはいられません。

写真では、そんなふうには思わなかったのですが、
「これは、都から離れた処で造られた、少し地方色匂う処での制作像に違いない。」
という風に、思いました。

香雪美術館・薬師如来立像.香雪美術館・薬師如来立像
香雪美術館・薬師如来立像

この薬師像の伝来は、全く不詳のようで、いつどのように村山家に入ったのかも詳らかでなく、昭和8年(1933)に、村山家所蔵で旧国宝に指定されているということしかわからないそうです。

田辺三郎助氏も、このように述べています。

「九世紀木彫像の、彫刻的に魅力あるさまざまな特色をそなえた一作であるが、残念ながらその伝来をまつたく欠いている。
・・・・・・
作柄からいつても、中央からやや離れた地域のものを想定すべきであろう。」
(「香雪美術館蔵木造薬師如来立像」田辺三郎助・国華1324号2006.02)

やっとのことで、念願の、香雪美術館・薬師如来像を観ることが出来ました。
ちょっと地方臭はありますが、迫力満点の9世紀一木彫でした。
洗練されていないところが、逆に、魅力で惹きつけられる仏像で、ちょっと骨太の像でした。

わざわざ、神戸まで観に来た甲斐がありました。



【冬の京都非公開文化財特別公開~相国寺・養源院の毘沙門天像を拝観】



観仏リスト・養源院


香雪美術館へ来たついでに、京都の相国寺の塔頭、養源院へ行ってみました。
恒例の、「冬の京都非公開文化財特別公開」で、相国寺の塔頭の一つ、養源院にある毘沙門天像が特別公開されていましたので、寄ってみました。

相国寺・養源院
毘沙門天像公開中の相国寺・養源院

ほぼ等身の像の寄木造、玉眼像で、鎌倉時代の慶派仏師の作といわれているとのことです。

養源院・毘沙門天像
養源院・毘沙門天像

パンフレットによると、

「長年その存在は知られていなかったが、江戸時代、相国寺近くに住む奈良屋与兵衛の夢枕にこの毘沙門天像が現れて『我が像を修復して人々に参拝せしめよ』と告げたことから像が発見されたという記録が残されている。」

のだそうです。
たしかに、近寄ってみると、それなりの修理修復が施されているように思えました。

この毘沙門天像のことは、私は、全く知りませんでした。
最近の「京都非公開文化財特別公開」では、無指定の知られていない古仏が公開されることが、時々あるようになったようです。



【ちょこっと、京の町歩き~京唐紙の店と開店間もない古美術店のご紹介】



今回は、香雪美術館・薬師を目指しての関西行で、京都泊・1泊2日で出かけました。

「一緒に出掛けると、仏像拝観ばかりで、嫌だ!」
という妻に、
「今回は、仏像は、ほとんどないから」

との言い訳で、一緒に出掛けましたので、観仏はこれだけにグッと押さえました。

後は、寺町や新門前通りあたりなど、京都の町歩きを、家内と愉しみました。
観仏ではありませんが、訪ねたお店などを、ちょこっとだけご紹介します。


「かみ添」という、型押し手摺紙の店に行ってきました。

雲母や胡粉などを和紙にのせ、文様を写した「京唐紙」というのを、ご存じかと思います。
数寄屋風の和室の、趣あるふすまや壁紙に、よく使われています。
その京唐紙で便箋、封筒やポチ袋を、小さな工房で作っている店があるというので、訪ねてみたのです。

「かみ添」は、北区紫野東藤ノ森町という処にありました。
大徳寺の南、船岡山の東というとイメージできるでしょうか。
わざわざ行くには、ちょっと不便なところですが、捜してやっと見つけました。

「かみ添」店先
「かみ添」店先

本当に目立たない、小さなお店ですが、趣十分なお店です。
若いご主人は、京の唐紙の老舗「唐長」で、5年ほど修行して、6~7年前に独立、この工房兼ショップを開いたそうです。

「かみ添」店内

「かみ添」店内とご主人
「かみ添」店内とご主人

ご覧のような、美しい便箋に添える紙、ポチ袋などが、並んでいました。

「かみ添」の便箋

「かみ添」のポチ袋
「かみ添」の便箋とポチ袋

「品格ある美しさ」「モノトーンの趣ある温かみ」とでもいうのでしょうか?
すぐに欲しくなって、便箋やポチ袋をいくつか買ったのですが、
「さて、いつどのようなときに使うのだろうか?」
と、思案してしまいました。

「このポチ袋なんか、買う人が、結構いるんですか?」

とご主人に聞いてみたら、

「あるだけ全部と云って、ごそっと買うていただける旦那さんが、それなりにいてはります。
祇園とか宮川町あたりで、使いはるそうです。」
とのお話で、
「なるほど、流石、京都」
と、納得しました。

もし、ご興味あるようでしたら、是非一度、覗いて見られるのをお薦めします。


ついでに、ちょっと飲み食いの話も。

夜は、四条河原町の「しる幸」、朝食は、寺町通竹屋町の「進々堂」の定番コース。
妻と一緒なので、最近評判のスイーツ・カフェ「オ・グルニエ・ドール」にも行ってみました。

スイーツ・カフェ「オ・グルニエ・ドール」
スイーツ・カフェ「オ・グルニエ・ドール」

中京区堺町通錦小路上ルにある、なかなか洒落たお店ですが、ケーキはちょっと甘かった。
お昼は、新門前の骨董街をぶらぶら歩いて、「ぎをん・常盤」で、軽くきつねうどん。

新門前を歩いていると、敷居が低そうな古美術店が眼に入りました。

「ギャラリー・四君子」店先
「ギャラリー・四君子」店先

誰でも気軽に入れる、オープンな感じなので、ちょっと覗いてみました。
「ギャラリー・四君子」という、若い男性店主のお店で、最近開店したそうです。

古染付から現代物まで置かれてましたが、なかなか趣味の良い品ぞろえです。

「ギャラリー・四君子」店内
「ギャラリー・四君子」店内の品揃えの様子

ご覧の古染付皿が、大変気に入ったのですが、あまりの値段に手が出るどころではなく退散。

あまりの値段にビックリの「古染付皿」
あまりの値段にビックリの「古染付皿」

あいさつ代わりに、一番安い手軽な蕎麦猪口を一つ買いました。
晩酌の猪口に、折々、使わせてもらっています。

晩酌に愛用中、一番安かった「蕎麦猪口」
一番安かったので買った「蕎麦猪口」、晩酌に愛用中



【埼玉・越谷に出現した9世紀の古仏、浄山寺・地蔵像~スピード出世で重文指定へ】



観仏リスト・浄山寺


埼玉県越谷市野島にある、浄山寺・地蔵菩薩像の御開帳に出かけました。

越谷・浄山寺
越谷・浄山寺

浄山寺の地蔵菩薩像は、2012年の修理で、
「9世紀に遡る埼玉最古の木彫像か?」
と注目を浴び、2015年に埼玉県指定文化財に指定された一木彫像です。

普段は秘仏なのですが、今年は、県指定記念と開基1155年で、長く公開するという情報がありましたので、お寺にお尋ねすると、

「国の重要文化財に指定される見込みなので、長期公開は取り止め、2/24日限りの御開帳となります。」

とのお話。
無指定から県指定となったすぐ翌年に、「重要文化財指定」という超スピード出世に、大ビックリだったのですが、

「そうであれば、益々、このご開帳は見逃せない!」

と、急遽、2月24日の御開帳に、同好の方と、駆け付けたのでした。

ご開帳日は、拝観の地元の方々で賑わっていましたが、幸い、眼近にじっくりと拝することが出来ました。

全体としては、ふっくらと穏やかにまとまった落ち着いた雰囲気ある造形ですが、両側面の衣文の、ダイナミックで抑揚ある鋭い衣文表現が、特徴的な像でした。

浄山寺・地蔵菩薩像

浄山寺・地蔵菩薩像
浄山寺・地蔵菩薩像

観仏探訪の有様などは、この観仏日々帖
「古仏探訪~埼玉・浄山寺の地蔵菩薩像~重要文化財に新指定」
に、詳しくご紹介しましたので、そちらをご覧ください。

埼玉県で、平安前期、9世紀前半にも遡る古像の発見となれば、これこそ大発見です。

「奈良様の伝統を残した9世紀の木彫像、地蔵菩薩像の屈指の古例としても重要」

として、重要文化財指定されることとなったようです。

拝観の後、越谷の駅前で、同好の方々と一杯飲りましたが、

「9世紀に間違いない」
「いやいや10世紀に入っているのではないか?」
「鎌倉ぐらいの模古作の可能性も・・・」

と、飲んだ勢いで、好き放題やかましく議論沸騰、ついつい飲み過ぎてしまいました。




[3月]



【山梨・福光園寺の吉祥天信仰に想いを馳せた「吉祥天信仰シンポジウム」】



山梨県笛吹市の福光園寺で、3月19日に
「歴史シンポジウム・ 吉祥天信仰 ~祈りとかたち~」
が開催されました。

福光園寺・シンポジウム


正直な処、山梨の地方のお寺で、興味深いシンポジウムが開催されるというのは、ビックリです。

福光園寺・山門
福光園寺・山門

福光園寺には、鎌倉時代前期の素晴らしい吉祥天の坐像が遺されています。
像内墨書銘によって、寛喜3年(1231)、仏師蓮慶によって制作されたことが知られています。

観仏リスト・福光園寺


久方ぶりに、吉祥天像の拝観を兼ねて出かけてみるかと、中央高速をとばして、福光園寺をめざしました。

「どっしりと・・・、堂々として・・・、雄々しく力強い・・・」

こんな言葉が相応しい、堂々たる吉祥天の姿に、また会えることが出来ました。

福光園寺・吉祥天像、二天像

福光園寺・吉祥天像
福光園寺・吉祥天像、二天像

陽光が収蔵庫の中まで降り注いで、吉祥天像のお姿が、ひときわ輝くようでした。

シンポジウムは、予想外に?数多くの参加者で賑わっていました。

「歴史シンポジウム・ 吉祥天信仰 ~祈りとかたち~」会場風景
「歴史シンポジウム・ 吉祥天信仰 ~祈りとかたち~」会場風景

「吉祥天の寺・福光園寺の吉祥悔過の本尊の歴史は?」
というロマンに満ちた講演などを、興味深く拝聴しました。

このシンポジウムと福光園寺・吉祥天像探訪の話は、
観仏日々帖「古仏探訪~山梨・福光園寺の吉祥天坐像と、満願寺の十一面観音像」
で、ご紹介させていただきましたので、ご覧ください。

思いのほかに、充実した、愉しい山梨・福光園寺探訪となりました。



【世田谷・九品仏の中品中生阿弥陀像、修理完成開眼法要を見学】



観仏リスト・九品仏


3月30日。
世田谷区の九品仏浄真寺で、京都の美術院で修理修復中であった、中品中生阿弥陀坐像の修理が完成、お寺へ戻られて、開眼法要がありました。
見学可能ということでしたので、同好の方と、ちょっと出かけてみました。

九品仏浄真寺~仏像修理事業を報せる看板
九品仏浄真寺~仏像修理事業を報せる看板

ご存じのとおり、九品仏浄真寺には、9躯の丈六阿弥陀如来坐像が、3つの阿弥陀堂に安置されています。
江戸時代の制作で、東京都指定文化財に指定されています。

この九品阿弥陀像、江戸時代の作だからと云って、馬鹿にはできません。
上品上生から下品下生まで、1躯ずつ異なった印相で造られているという、わが国唯一の九品阿弥陀像であることも重要なのですが、仏像そのものが、極めて優れた造形なのです。

近年、傷みが目立つようになり、粗悪な金色カラースプレーが吹き付けられているなどの状態にあることから、平成26年度から45年度まで、1躯の修理に約2年をかけ、20年をかけて順次修理が進められることとなったのです。

修理は、京都の財団法人・美術院の工房にて進められています。
3月に、お寺に戻られたのは、一番、最初に修理を終えた「中品中生像」でした。
隣のくすんだ色の上品中生像と較べると、立派な金箔に一新され、見違えるような姿になっていました。

修理完成し開眼なった中品中生像
修理完成し開眼なった中品中生像

ご住職が、大きな筆で瞳に墨を点眼するという開眼の儀式法要が、厳かに執り行われました。

これから、9躯の阿弥陀像の修理が完成するのは20年後。

「どう考えても、全躯修理完成の法要を訪ねることは、無いのだろうな。」

そんな思いで、九品仏浄真寺を後にしました。



「今年の観仏を振り返って」1月~3月までのご紹介でした。

早くも、書き疲れてきました。

「ぼやくなら、書くな!」

と、いわれてしまいますよね。


【その2】は、4月からです。


コメント

カラースプレー

今年も精力的な観仏お疲れ様でした。

>粗悪な金色カラースプレーが吹き付けられているなどの状態にあることから

単なる応急措置としてなのかもしれませんが、カラースプレーという修復(?)方法があるとは驚きました。
写真で見る通り、あまり綺麗な色にはならないようですね。

九品仏の諸仏は、お堂の外からしか見たことがありませんでしたが、暗がりの中金色に輝く像というのは趣があるものだと思うので、ぜひとも輝きを取り戻して欲しいです。

  • 2016/12/31(土) 01:03:36 |
  • URL |
  • とら #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

Re: カラースプレー

とら様

応急処置的な対応で、真鍮粉のカラースプレーが吹き付けられているということです
最初は、きれいな金色だったそうですが、だんだん今のようなくすんだ色になってしまったようです
修理した美術院の方のお話によりますと、これをうまく剥離するのが、なかなか大変であったようです

修復時の金箔押しの方も、「文化財修理の基本原則」に則って、表面が当初層のの処は古色のまま、表面が後世の層で当初層を侵さないところは金箔押しとして、まだらな感じになるのもやむなしというような、大変難しい工夫がされているとのことです

20年がかりの大修理、完成の頃には、私も向こうの世界に迎えられているような気がするのですが、こうした息の長い修理事業が、きっちりと受け継がれていくことが、大切なことと感じる次第です

管理人

  • 2017/01/02(月) 08:24:29 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kanagawabunkaken.blog.fc2.com/tb.php/125-77c894f6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)