観仏日々帖

古仏探訪~「南区久世殿城町・福田寺の地蔵菩薩像、釈迦如来像」京のかくれ仏探訪⑦ 【2016.9.2]】


京都の南西の端、南区久世殿城町にある福田寺の地蔵菩薩像、釈迦如来像を、ご紹介したいと思います。
無指定の仏像です。

福田寺・地蔵菩薩立像
福田寺・地蔵菩薩立像

福田寺・釈迦如来立像
福田寺・釈迦如来立像

間違いなく平安古仏だと思うのですが、なんとも不思議な仏像です。
どのような言葉で表現したらよいのでしょうか?
像容のイメージをうまく言い表すことが出来ないのですが、「不思議な存在感」を感じてしまう仏像なのです。



【耳にした話を頼りに、福田寺を訪問~平安前期・一木彫像が祀られるという】


「京都の南、向日町のあたりに、平安前期の一木彫像があるそうだ。」

こんな話を耳にしました。
随分前に聞いたこの話、誰から聞いたのか、もう忘れてしまいました。

この情報?を頼りに、南区久世殿城町にある福田寺を訪ねたのは、もう8年前、2008年の12月のことでした。
福田寺は、JR京都駅から大阪方面へ三つ目の向日町駅から、歩いて10分ほどのところにあります。

住宅と小さな工場が混在したような町のなかに、閑静な佇まいの福田寺の門がありました。

福田寺山門

山門から続く細い路地
福田寺山門と本堂へ続く細い路地

門をくぐると細い路地のようなところを進むのですが、奥に行くと広くて、大きなお寺でした。
拝観のお願いのご連絡を事前に入れておいたのですが、一人での拝観というのに、大変快くご了解をいただきました。

お訪ねすると、ご住職がお迎えいただきました。
ご拝観の前に、応接間に案内いただき、いろいろとお話を伺いました。

福田寺は、養老年間に行基菩薩が建立したと伝えられているそうです。
「福田寺縁起書」によると、養老2年(718)、行基菩薩が夢のお告げにより此の地で「釈迦如来、地蔵菩薩」の二尊を刻み,精舎を建立し「迎錫山福田寺」を号したといいます。
創建当時は、八町四方に七堂伽藍を有していたと伝えられているとのことでした。


そんなお話をお聞きしながら、お部屋を見回すと、巨大なスピーカーがドーン2本並んでいるのが眼に入りました。
ターンテーブルのあるレコードプレーヤー、管球式のプリメインアンプも置かれています。
私はこの方面のことはよく判りませんが、これは相当のプロっぽいマニアでないと使わないオーディオ機器で、並み大抵のものでないのは違いありません。
お聞きすると、ジャズがご趣味で、この機器でレコードをかけ、ジャズ音楽の世界に浸っておられるそうです。
なかなかモダンなご住職に、ちょっとびっくりです。



【並んで厨子内に祀られる、等身近い一木彫像~地蔵、釈迦像】


御本尊は、本堂に安置されています。

福田寺・本堂
福田寺・本堂

堂内の立派なお厨子に、釈迦、地蔵二体並んで祀られていました。

本堂厨子内に祀られる、地蔵・釈迦像
本堂厨子内に祀られる、地蔵・釈迦像

早速、ご拝観です。

まさに、初対面です。
この福田寺の2躯の仏像、平安前期像という話は聞いていましたが、仏像の写真がどこにも見当たらず、どのような姿の仏像なのか、全く分からなかったのです。
2躯共に、立像の一木彫像で、人の身の丈よりも少し低いかなという像高です。
(地蔵菩薩像:133.2㎝、釈迦如来像:132.5㎝)

並んで安置される福田寺・地蔵菩薩像(左)、釈迦如来像(右)
並んで安置される福田寺・地蔵菩薩像(左)、釈迦如来像(右)

一見した処、衣文の形式などは古様で、平安古仏であることは、間違いなさそうです。



【「不思議な存在感」としか、うまく形容できない、平安古仏】


しかしながら、率直に云うと「ウーン」と唸ってしまいました。

出来の良いとか、造形的に優れているとは、ちょっと云いにくい仏像です。
地蔵像の方はそうでもありませんが、釈迦像の方は、表現が粗略というのか、硬いというのか、そのような感じがするのです。
後世の彫り直しの手もだいぶ入っているようで、釈迦像の方が手の入り方が顕著なようです。
このように話してしまうと、この仏像へのご関心がなくなってしまうかもしれませんが、決してあっさり一瞥で通り過ぎてしまうような仏像ではありません。

「不思議な存在感」とでもいうのでしょうか?

いわゆる一流の仏像と較べると、彫技は劣るのですが、お厨子にドーンと直立しているだけで、存在感を感じるのです。
どのような存在感なのか表現しろといわれると、うまく説明できないのですが、とにかく「不思議な存在感」なのです。
ダイナミックとか堂々たる迫力というのとは、ちょっと違います。
霊威感といったようなオーラともまた違います。

粗略で、ちょっと不器用だけれども、そこに立っているだけで存在感を感じるとしか、言いようがありません。



【平安前中期の造形をしのばせる、古様な地蔵菩薩像】


地蔵菩薩像を拝しました。

福田寺・地蔵菩薩立像
福田寺・地蔵菩薩立像

一見すると、こちらの方が、釈迦像よりも古様に見えます。
世に云う、腰からのY字状衣文で、両股を隆起させたスタイルです。
しっかりとした肉付で、ボリューム感も充分です。

Y字状の衣文の福田寺・地蔵菩薩像の脚部
Y字状の衣文の福田寺・地蔵菩薩像の脚部

一方で、肉身表現の躍動感が乏しく、衣文の表現が少し形式化した感じもします。
お顔は、相当に後世の手が入っているようで、当初の造形がよく判らないのが惜しまれます。
足下をみると、蓮肉まで一木から彫り出されているようです。

蓮肉まで一木で彫り出された福田寺・地蔵菩薩像
蓮肉まで一木で彫り出された福田寺・地蔵菩薩像

足先の彫りも粗略なのですが、構造面では大変に古様なスタイルで造られているのは、間違いありません。
後世の手が残念なのですが、間違いなく、平安中期までの造形感覚を持った、古様な地蔵菩薩像であると感じました。

福田寺・地蔵菩薩立像.福田寺・地蔵菩薩立像

福田寺・地蔵菩薩立像
福田寺・地蔵菩薩立像~調査時の写真
モノクロ写真は、このほかも福田寺さんで拝見した調査時の写真です




【これこそ「不思議な存在感」?~「ウーン」と唸ってしまう釈迦如来像】


その次に、釈迦如来像の方を拝しました。

福田寺・釈迦如来立像

福田寺・釈迦如来立像~顔部
福田寺・釈迦如来立像

不可思議さでいうと、この釈迦如来像の方が、特段に「ウーン」と唸ってしまう不可思議さを備えた仏像です。
写真をご覧になっても、みなさん
「なんという造形なのだろうか!」
と、ため息をつかれたかもしれません。

「古いのか、新しいのか?」
「当初の造形が残されているのか、全部彫り直しなのか?」
「手を抜いたのか、意図的にこのように表現したのか?」

私も、ちょっと訳が分からなくなってしまいそうでした。

アクの強いお顔です。
頭部を前に突き出しているのが、アンバランスな違和感を醸し出しています。

アクの強い顔、切りつけたような衣文線の福田寺・釈迦如来像
アクの強い顔、切りつけたような衣文線の福田寺・釈迦如来像

衣文の襞は、衣文を彫り出すというのではなくて、ぶつけるように切り付けたような線が刻まれています。
全体の造形をみると、ちょっと窮屈で硬直して、抑揚感がみられません。
直方体の用材のかたちが、そのまま残されているようにみえます。
仏像の姿を用材から彫り出したというよりは、四角い用材を仏像の形に整えたという感じさえするのです。

福田寺・釈迦如来立像.福田寺・釈迦如来立像
福田寺・釈迦如来立像

「アクが強くて、ちょっとぎこちない。」

ちょっと仏様には失礼なのですが、どうしてもこんな印象に写ってしまいます。



【注目は、袖に刻まれた渦文~平安前期、霊威仏像の系譜か?】


足下をみると、この像も、蓮肉まで一木で彫り出されているようです。
古様を伝えています。

蓮肉まで一木で彫り出された福田寺・釈迦如来像
蓮肉まで一木で彫り出された福田寺・釈迦如来像

もう一つ、眼を惹くのは、右の袖の処に刻まれた、二つの渦紋です。
よく見ると、左の肩口に2個、左足下に1個の渦文が刻まれています。

福田寺・釈迦如来像の脚部の衣文~左袖に二つの渦文

福田寺・釈迦如来像~右袖に2つの渦文.福田寺・釈迦如来像~左肩に渦文
福田寺・釈迦如来像に刻まれた渦文
右袖と左肩、左足下に渦文が見える


この渦文、どこかでよく似たものをみた記憶があります。
京都、北区西賀茂神光院町にある神光院の薬師如来立像と、北区大森東町にある安楽寺の如来立像です。

北区神光院・薬師如来立像.北区安楽寺・如来立像
神光院・薬師如来立像(左)、安楽寺・如来立像(右)
沢山の渦文が衣に刻まれている


ともに、この観仏日々帖でご紹介したことがありますので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。
福田寺の釈迦像の渦文は、この二つの像ほどに、はっきりはしていませんし、数も少ないのですが、同じ系譜に在ることを想像させます。
衣の着け方のスタイルもまた、二つの像によく似たものがあります。
蓮肉まで一木で彫り出しているところも同じです。

この三つの如来像、系譜が同じとか、いずれかの像を手本に造ったということがあるのでしょうか?

福田寺の釈迦像は、神光院像、安楽寺像に較べて、はるかに彫技が劣って粗略な造形です。
また、これらの像の発する霊威感、オーラというものは、あまり感じさせません。

時代が、それなりに下ってから、このタイプの像の姿を真似て、造られたものということなのでしょうか?
ただ、神光院像、安楽寺像も、美しく出来の良い仏像を造ろうという意図ではなくて、何やら、強い宗教的な精神性を背景に造られたのだろうと思われます。
福田寺の釈迦像にも、そうした宗教的背景があるのかもしれません。

この釈迦像、本当に平安時代の仏像なのかという疑問もわかないわけではありません。

ただ、時代がいつ頃なのかはさておいて、
「アクの強さ、ぎこちなさ、硬直した姿が、不思議な感覚を醸し出す。」
私の眼には、そのような印象が焼き付けられました。
表現不能な存在感のある仏像なのです。

思わぬ、平安古仏に出会うことが出来ました。
とりわけ、釈迦如来像は、記憶の中にしっかりと刻み付けられる仏像に遭遇したというのが実感です。



【昨年、やっと見つけた、地蔵、釈迦像の解説文】


この地蔵、釈迦像について、解説した資料は無いのかなと当たってみましたが、残念ながら、見つけることが出来ませんでした。
無指定の像ですから、仕方ないことなのかもしれません。

そうしていたら、昨年の「近畿文化」に解説が掲載されました。
近畿文化会で「洛西の仏像」という臨地講座が開催され、探訪寺院の一つに福田寺が採り上げられていたのです。
機関誌「近畿文化」784号(2015.3)に、探訪仏像の解説という形で採り上げられたのです。

奈良大学教授の関根俊一氏の解説です。
ご紹介したいと思います。

地蔵菩薩像については、

「大きめの頭部、大きく刻まれた目鼻立ち、量感に富んだ体躯には深く衣文線が刻まれるが、特に腰からY字状に下がり、大腿部で衣文を彫出せずに肉身を強調するところは古様であり、造像は10世紀に遡るであろう。
檜の一木造で、体部のみ背面から内刳を施し、背板を嵌める。」

釈迦像については、

「地蔵菩薩と異なり複雑な衣文線を刻み、要所に渦巻き文を表現するなど個性的な作例である。
やはり-ー木造で、材の制約のためか両手が体躯に接近し、やや窮屈な印象を受ける。
両手先等別材を矧いだ箇所は後補が多いが、平安時代半ば頃の作風が看取される。」

このように解説されていました。
なるほどと、納得の解説です。

しかし、先程来ご紹介してきましたように、この解説文を読むだけでは、この仏像の不思議な存在感の印象を感じ取ることは、如何せん、難しいだろうな思います。

是非、一度、直に拝していただき、どのような印象を感じられるか、訪ねていただきたいと思います。



【迫力ある造形の、平安前中期の龍神像を拝観】


もう一つ、福田寺に祀られる龍神像をご紹介しておきたいと思います。

実は、福田寺さんでは、この「龍神像」の方が、圧倒的に有名なのです。
境内の龍神堂に祀られている、像高60㎝の跪座像です。

福田寺・龍神像(夜叉形跪坐像)
福田寺・龍神像(夜叉形跪坐像)

古くから雨乞を祈る龍神像として尊崇をあつめており、、境内の「坂井の井戸」より水を汲み、像にかけながら雨乞の祈祷が修せされてきたと伝えられます。

平安前期まで遡る可能性があるといわれる一木彫像で、京都市指定文化財に指定されています。
京都市指定文化財のHPには、このように解説されています。

「臂釧や褌以外は何も身につけない像高60cm程度の裸形像で、口を閉じ、腕を胸前で屈臂し、二本の足指や獣耳をもつことから、本像は本来は兜跋毘沙門天像の左右に配される毘藍婆あるいは尼藍婆像であった可能性が高い。
平安時代前期にまで遡り得る夜叉形の古例として貴重な作例といえる。」

元々は、龍神像ではなくて、鬼神、夜叉像であったようです。
指定文化財名称も「木造夜叉形跪坐像」となっています。

龍神像は、堂内の龍神堂に祀られています。

福田寺・龍神堂
福田寺・龍神像(夜叉形跪坐像)

お厨子を御開扉いただき、拝させていただきました。

福田寺・龍神像が祀られる厨子
福田寺・龍神像が祀られる厨子

なかなかの迫力ある造形に圧倒されました。
かなり朽ちて摩耗はしていますが、筋骨隆々としてボリューム感のある肉付けは、見事なものです。
とりわけ、太ももの張りのある造形は、ダイナミックで見惚れるものがありました。
これは、平安前中期の作としても、相当ハイレベルの像であったに違いありません。

これだけの造形の鬼神像の主尊であった兜跋毘沙門天像は、どのような像であっただろうか?
想像すると、それは見事なものであったのでしょう。
さぞや、雄渾でダイナミックで圧倒的な迫力の傑作であったのだろうと、思いを巡らせました。

この福田寺・龍神像については、神奈川仏教文化研究所HP「貞観の息吹」のコーナーでも、かつて紹介されています。


大変ご丁寧に案内いただいたご住職への、感謝の思いをいだきつつ、「不思議な存在感」の仏像との出会いに心動かされながら、福田寺を後にしました。


コメント

福田寺仏像解説書

『京都の美術工芸』京都市内編上に地蔵菩薩と二天王像の写真と解説があります。しかし、もう一体は薬師如来としていますが、写真がありません。
この釈迦?像はあまりに稚拙なので、文化庁の調査ではとりあげなかったのでしょうか?私的には渦紋の施され方が大変興味がありますが。
夜叉像は平成17年度に京博で修理しているようです。

  • 2016/09/02(金) 17:34:43 |
  • URL |
  • 加藤春秋 #pyMFz/Ww
  • [ 編集 ]

見よう見まね?

京のかくれ仏探訪シリーズ楽しみに拝読しています。

釈迦如来像は素人(?)が、何らかのモデルを見よう見まねで造ったような感じに見えました昭和の頃の、ちょっと怪しげなコンクリート製の仏像のようにも見えます。
お寺の本尊となっているということから、それなりの由緒がある像なのでしょうが、まさに謎ですね。

  • 2016/09/02(金) 22:08:56 |
  • URL |
  • とら #VBkRmpN2
  • [ 編集 ]

Re: 福田寺仏像解説書

加藤春秋様

福田寺解説諸資料について、早速のご教示、ありがとうございます。

『京都の美術工芸』京都市内編は、かくれた仏像の確認などで結構お世話になっている本なのですが、全く気が付いておりませんでした。
早速に、本棚から取り出してみて見ましたら、ちゃんと載っていました。
また、春秋堂文庫「彫刻文献目録」にも、掲載いただいておりましたね。
だんだん、齢と共に??、散漫、いい加減になってくるようです。

たしかに『京都の美術工芸』には、釈迦を薬師と書かれていますね。
像については全く触れられていませんが、この調査(S55年)の時には、本来薬師とみたのでしょうか?
二天王像が平安中期というのも、訪問時は気が付いていなくて、一瞥したのかすら、全く覚えておりません。

実は、近畿文化784号の関根俊一氏の解説文「洛西の仏像(1)」には、
  「なお、今回取り上げた地福寺や福田寺等の諸像を世に紹介されたのは、井上正先生であった。
   昨年鬼籍に入られたことは大変惜しむべきことである。」
という記述があるのです。
地福寺の方は、「日本美術工芸」(のちに単行本〈古仏〉)に採り上げられていますが、井上氏が「福田寺」について書かれた文献等を、見つけることが出来ませんでした。
どこかに、執筆されているのでしょうか?

今後ともよろしくお願いします

管理人



  • 2016/09/04(日) 08:02:38 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

Re: 見よう見まね?

とら様

「京のかくれ仏探訪シリーズ」お愉しみいただいているようで、有難うございます。

釈迦如来像は、おっしゃる通り、「お世辞にも出来が良い」といい難い像なのですが、単に稚拙というのではなくて、どうしてこのような造形の像を造ったのだろうかと気になってくる像なのです。
捉えどころのない存在感というものがある感じで、造像の宗教的背景への興味関心に導かれてしまいます
製作年代如何を超えて、ちょっと気になる仏像でした。

管理人

  • 2016/09/04(日) 08:26:26 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

釈迦像となっていますが、左手がほぼ水平方向に伸びているようなので、薬師でよいと思います。釈迦だともっと下にさげているはずだと思います。
いわゆる叡山形の薬師の系列なのでは?

  • 2016/09/11(日) 16:24:17 |
  • URL |
  • とおりすがり #-
  • [ 編集 ]

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