観仏日々帖

古仏探訪~「右京区嵯峨清滝月ノ輪町・月輪寺の千手観音像ほか諸仏」京のかくれ仏探訪⑥ 【2016.8.19】


京都、嵐山の北方、愛宕山の中腹に在る月輪寺の仏像を、ご紹介したいと思います。

月輪寺には、平安時代の千手観音像、十一面観音像を代表格に、多くの古仏が遺されています。

月輪寺・千手観音立像
月輪寺・千手観音立像

月輪寺・十一面観音立像
月輪寺・十一面観音立像

月輪寺・聖観音立像..月輪寺・伝竜王像
月輪寺・聖観音立像(左)      月輪寺・伝竜王像(右)

月輪寺本尊・阿弥陀如来坐像
月輪寺本尊・阿弥陀如来坐像

≪月輪寺の仏像写真は、図録等掲載写真から借用させていただきました≫



【歩いて山登りするしか、辿り着けない月輪寺】


月輪寺の千手観音像や十一面観音像などは、「京都の仏像の本」に、結構紹介されていますので、ご存じの方も多いのではと思います。
しかし、月輪寺まで山登りをして、直に拝された方は、そう多くはいらっしゃらないのではないでしょうか。

「一度は、拝すべし」

月輪寺の仏像は、間違いなくそう云えるだけの、魅力ある仏像です。
とりわけ、千手観音立像、十一面観音立像は、平安古仏を愛する方には、必見だと思います。

「一度は、拝すべし」というふうに、わざわざ書いたのは、
「もう再び、訪れることは無いのだろう。」
私にとって、これが率直な気持ちであるからなのです。

仏像の素晴らしさを考えれば、何度も訪れたいところですが、愛宕山を登って月輪寺に行きつくまでの、山道の厳しさ、しんどさを思い起こすと、あのつらい思いはもう二度としたくないというのが本音の処です。


月輪寺は、標高924メートルの愛宕山の山中にあります。

京都嵐山・渡月橋から望む愛宕山
京都嵐山・渡月橋から望む愛宕山

山頂には、「愛宕参り」で知られる愛宕神社があるのですが、参詣手段は、自らの脚で歩いて登るしかありません。
車の通れる道は、一切ないのです。
月輪寺に行きつくには、急坂の山登りを、1時間ほど頑張らなければならないのです。

愛宕参りが、大変盛んであった昭和期には、嵐山から清滝までは鉄道があり、そこから愛宕山上までは、ケーブルカーで登ることが出来たそうです。
昭和19年(1938)に、戦時の不要不急路線ということで廃線となり、戦後も復活することはありませんでした。

愛宕山ケーブルカー(昔の観光絵葉書)
往時の愛宕山ケーブルカー(昔の観光絵葉書)

現在では、愛宕山に登って、愛宕神社、月輪寺を巡るコースは、健脚向けのハイキングコースとして、知られているようです。



【厳しい山道に息も絶え絶え、ギブアップ寸前に】


私が、月輪寺を訪れたのは、かれこれ9年も前、2007年の春のことでした。

月輪寺へは、山登りが結構きついのだという話は、聞いていたのですが、
「もう、二度とこりごりだ!」
というほどに、キツイものになろうとまでは、思いもしてませんでした。

清滝口のバス停から清滝川沿いの林道を30分ほど歩くと、月輪寺への登り口につきます。
なるべく楽をしたいということで、我々は、車が通れる登り口の処までは、車を使いました。

登り口には、
「月輪寺のぼりぐちです。月輪寺まであと1時間。」
と、小屋の壁に大きな字で書かれていまます。

月輪寺への登り口に書かれた標識目印
月輪寺への登り口に書かれた標識目印

さあ頑張って、月輪寺の仏像を目指して、山道を登り始めます。
急坂の厳しさは、想定以上のものでした。
登り口まで車を使い、体力温存でスタートしたはずなのですが、並大抵ではなくきついのです。
日頃、歩くことはもちろん何のトレーニングもしていないツケが、たっぷり回ってきました。
20分ほど、急な山道を登っただけで、ハーハー、ゼーゼー、青息吐息状態です。
ほぼ同年齢の同好の方と4人で登り始めたのですが、他の3人は、ヘトヘトのそぶりは無く、しっかりした足取りで登っていきます。
私だけが、如何に怠惰な生活をしているのかということを思い知らされました。

月輪寺への急傾斜の山道月輪寺への急傾斜の山道
月輪寺への、急傾斜の険しい山道

月輪寺まで、半分ちょっと登ったところで、このまま登るのはもう無理と、
「皆さん、どうか先に行ってください。しばらく休んでから考えますから。」
と、ギブアップ気味になってしまいました。

ご一緒の方々が、情けない私に憐れみをかけて、
「もう少しだから、めげずに一緒に頑張ろう。」
と、背中を押していただきました。

完全に息が上がって、やっとのことで、月輪寺へ到着したのです。
美しい景観も全く目に入らず、精も根も尽き果てて、
「もう二度と、こんなにつらい思いはしたくない。」
と、へたりこんだのでした。

このように書くと、どれほど厳しい山登りなのかと思われるでしょうが、ご一緒に登った方々は、
「少々きついが、平気」
という様子でしたので、私のような方以外は、ご心配には及ばないのかもしれません。



【白洲正子も「引き返そうと思った」月輪寺への山道】


こんなにつらいと感じたのは、自分だけなのかと思ったのですが、同じような思いをした著名人の文章を見つけました。

白洲正子は、自著「十一面観音巡礼」に、月輪寺へ登った思い出を、このように綴っています。

白洲正子(於・高山寺)
白洲正子(於・高山寺)
「月輪寺にはほかにも何体か優れた仏像があると聞き、・・・・愛宕山へ向かった。
『空也の滝』の手前を右へ登っていくと、急に道は細く、険しくなる。
愛宕山は砥石が出るところで、それが細かく砕けているので、歩きにくいことおびただしい。
途中で、何回も引き返そうかと思ったが、暗い森を抜けたとたん、美しい展望がひらけ、はるか上の方に、お寺の本堂も見えてきた。
若い人なら三、四十分で行けるところを、私は一時間以上もかかった。」

白洲正子も、私と同じように、
「途中で、何回も引き返そうかと思った」
のだと、仲間を見つけた気分になりました。

あるブログに、こんな話が書いてありました。

「月輪寺の住職さんに聞いた話だと、白洲正子がカメラマンと2人で上った時は、登山道もあまり整備されていないのにヒールがある靴で上り、靴擦れをおこして登山をあきらめようとした。
しかし、一念発起して靴のヒールをつぶして上り、お堂から見た朝焼けに感動のあまり涙したのだそうだ。」(ほっとけハイク見聞録)

白洲が、月輪寺に登ったのは64~5歳の頃のようです。
ただ、私は、それより7~8歳若い頃に登った訳ですから、やはり、余りに情けないということになります。



【十数躯の古仏が遺される、愛宕山中の月輪寺】


息も絶え絶えで、月輪寺に到着しました。
休息所でしばらく休み、息切れも整ってくると、やっと素晴らしい眺望が眼に入ってきました。

愛宕山・月輪寺から望む眺望

愛宕山・月輪寺から望む眺望
愛宕山・月輪寺から望む眺望

この日は、少し霞んでいましたが、ここから見晴らす下界の眺望は、絶品です。
仏像拝観はまだなのですが、この絶景が見えるところまで、自力で登ってきたのかと思うと、途中であきらめずに来た甲斐があったという気持ちになってきます。

落ち着きを取り戻したところで、念願の月輪寺の仏像の拝観です。
仏像の拝観は、事前にお寺にご連絡して、予定を伺いご了解を頂戴しておけば、大丈夫です。
本堂、祖師堂という古いお堂がありますが、重要文化財の仏像は、鉄筋コンクリートの宝物殿・収蔵庫に安置されています。

月輪寺・本堂
月輪寺・本堂

月輪寺・祖師堂
月輪寺・祖師堂


まずは、月輪寺に祀られる鎌倉時代以前の仏像を一覧にしておくと、ご覧のとおりです。

月輪寺安置の諸仏一覧リスト


立派な平安古仏が、ごっそり遺されているのです。
8躯もの仏像が、重要文化財に指定されています。
月輪寺は、明治の神仏分離まで、愛宕神社の別当寺である白雲寺の塔頭の一つ、福寿院の末寺とされていたそうです。
愛宕山に遺されていた古仏が、此処、月輪寺に集められたのかもしれません。



【ひときわ眼を惹く、千手観音像と十一面観音像】


収蔵庫の扉を開いていただき、いよいよご拝観です。

月輪寺・宝物殿収蔵庫
月輪寺・宝物殿収蔵庫

収蔵庫には、8躯もの仏像が立ち並んで安置されています。
明るい収蔵庫で、諸仏をはっきりと拝することが出来ます。
諸仏の中で、私の眼を惹いたのは、やはり、2躯の観音像、千手観音像と十一面観音像です。



【「呪術的な妖しさ」に、惹き込まれてしまう千手観音像のお顔】


なかでも、千手観音立像は、強く印象に残る仏像です。

月輪寺・千手観音立像

月輪寺・千手観音立像
月輪寺・宝物殿収蔵庫

一見しただけで、平安前期の一木彫像であることが判ります。
そして、ぐっと惹きつけるものを、感じます。

凄みのある迫力とか、塊量感といった、いわゆる平安前期ならではの特徴を備えた像ではありません。
むしろ、
「スリムでがっしり、凛とした緊張感がある」
といった形容の方が相応しいのでしょう。
ボリューム感はさほどなのですが、肩を怒らせがっしりした体躯で、くびれのある引き締まった造形をしています。

それよりも、何よりも、私を惹き付けたのは、千手観音像のお顔です。

呪術的な妖しさを感じる、千手観音像のお顔

呪術的な妖しさを感じる、千手観音像のお顔
呪術的な妖しさを感じる、千手観音像のお顔

「呪術的な妖しさ」「神秘的な呪力」
とでも、表現するのでしょうか?

くっきりと切れ長で、目尻がちょっと上がった細くて鋭い眼。
シャープで、キリリとした目鼻立ち。
わずかに微笑みをたたえた口元。
その表情は、エキゾチックな妖しさをたたえ、凛とした緊張感を漂わせています。

「拝する者を、不思議な力で、妖しく、強く、惹き込んでいく。」

こんな魅力を感じるのです。

こんな表情の仏像、他にどこかで拝したことがあるようで、無いようで、なかなか思い出しません。
類例の少ない雰囲気のお顔のような気もします。

この千手観音像は、針葉樹の一木彫像で、内刳りは全く無く、合掌手、宝鉢手の前膞部も含めて、一木から彫り出されているそうです。
材は、カヤとするものと、ヤナギ?とするものがありました。
いずれにせよ、その構造をみても、平安前期の制作を思わせます。



【愛宕山、古密教が求めた呪力表現~千手観音像】


千手観音像を拝していると、いかにも愛宕山の山岳信仰、古密教の神秘的な呪力というものを想起させるものがあります。
まさに山岳密教の呪術的な妖しさ、鋭さをたたえた観音像といえるのではないでしょうか?

この「呪術的な妖しさ」は、専門家にも注目されているようで、解説書などをみると、愛宕山の山岳信仰と関連付けて、このように述べられています。

月輪寺・千手観音立像
月輪寺・千手観音立像
「この寺(月輪寺)は、古くにはこの千手観音像が本尊であったと思われる。
・・・・・
雑密経典はすでに奈良時代に大量伝えられ、雑密像は山寺の仏像として造られる場合が多かった。
その信仰は、呪術的傾向が強く、・・・・・・人跡まれな山林の清浄所で苦行をかさねたものには、神秘的な呪力がさずけられていると信じられていたからである。
この千手観音像のするどい目を見ると、山林における千手観音の信仰がどのようなものであったか想像できそうである。」
(「京都の仏像」中野玄三氏執筆、1968年淡交社刊)


「これらの表現と合わせて、天衣やインド的な情感を帯びた表情は、なんらかの山岳密教図像に基づいて造形された可能性が考えられる。
愛宕山の古い信仰では、このような一種の呪力を感じさせる像が本尊として求められたのであろう。」
(「月輪寺の仏たち」近藤謙氏執筆、佛教大学アジア宗教文化研究所資料集1、2007年刊)



【千手観音像は、9世紀初頭に以前まで遡る古像?】


製作年代は、どのように考えられているでしょうか?
平安前期とか前中期とかといった幅を持たせた解説が多いのですが、

井上正氏は、
月輪寺・千手観音立像
月輪寺・千手観音立像


「造立年代は8・9世紀の間にある。
宝亀元年から9年(770~778)までの間に愛宕山を中興した慶俊僧都との関係は可能性の範囲を出ないが、今は、本像の様風が随所に奈良風をとどめたものであることを銘記しておきたい。」
(「古仏~彫像のイコノロジー」井上正著、1986年法蔵館刊)

と、氏の持論の範疇に含め、奈良時代の古密教彫像であるとしています。


田中恵氏は、このように述べ、造形表現に一木彫発生期的なものをみて、8~9世紀の制作とみています。

「このようなバランスを欠いた表現(すらりとした印象と、天衣や裳裾の衣褶のにぎやかさなど)は、不慣れな発生期または論理性に欠ける衰退期に起こるものだが、大腿を塊量的表現だけで表している様子などに、発生期的な部分を読み取ることが出来る。
平安中期にはほとんど見ることのできない明るい顔つきと併せて、8世紀末頃から9世紀初頭の制作と考えてもいと思われる。」
(「隠れた仏たち~山の仏」藤森武写真・田中恵執筆、1998年東京美術刊)


さらには、近藤謙氏は、このように述べています。

「現在月輪寺に伝えられている彫刻作例の中で最も古いと考えられる作品である。
9世紀の造立と考えられる。」
「まぶたの盛り上がり、顎先のくびれには強い弾力が感じられ、9世紀の檀像彫刻作例に共通するエキゾチックな印象が顕著である。」
(「月輪寺の仏たち」近藤謙氏執筆、佛教大学アジア宗教文化研究所資料集1、2007年刊)

以上のように、8世紀まで遡るとか、平安時代も最初期の9世紀初の像だ、という見方も、結構あるようです。


同じ京都の地での多臂観音像の古例では、太秦・広隆寺に、8世紀末ともいわれる不空羂索観音像、9世紀半ば頃かとみられる千手観音像があります。

広隆寺・千手観音立像

広隆寺・千手観音立像
広隆寺・千手観音立像

広隆寺・千手観音像の厳しく、鋭い顔貌、体躯の造形などをみると、月輪寺像が、それよりも制作年代が、遡るといわれると、
「そこまで、古い像なのかな?」
というような気もしてしまいます。
ただ、平安前期の空気感をはっきりと持った古仏であることは、間違いないことだと思います。

いずれにせよ、「呪術的な妖しさ」のお顔に、惹き込まれてしまいそうな魅力あふれる仏像です。
拝していると、愛宕山の山岳信仰の神秘的呪術力のようなものに想いを致さずにはいられませんでした。



【土俗的な空気感が漂う、十一面観音像】


千手観音像の次に、眼を惹くのは、十一面観音像です。

月輪寺・十一面観音立像
月輪寺・十一面観音立像

こちらの観音像は、千手観音像のようなシャープさや、妖しい顔貌は伺えないのですが、なかなかの魅力を感じる像です。
重量感というか、どっしり感のある造形です。

言葉はよくないのですが、
「ずんぐりとした、鈍さ」
に、心惹かれるものを感じます。
塊量性はありますが、一方で、穏やかさもでてきて、渦文などの衣文表現もやや平板になってきているようです。

月輪寺・十一面観音立像
月輪寺・十一面観音立像

一番の魅力は、そのお顔です。

土俗的な空気感の漂う十一面観音像のお顔
土俗的な空気感の漂う十一面観音像のお顔

土俗的な野趣を感じます。
太い鼻梁、分厚くめくれたような唇、下膨れの処などが、土着的、土俗的な空気感を醸し出しているようです。
これもまた、インド的エキゾチズムの表現の名残ということなのでしょうか?

千手観音像が「呪術的妖しさの魅力」とすれば、
十一面観音像は「土俗的オーラ、霊威感の魅力」とたとえられる像でしょう。
やはり、この十一面観音像も、愛宕山の山岳信仰のなかで造立された像のように思えてきました。

この十一面観音像は、ヒノキ材の一木彫ですが、背面に大きく背刳りを入れて、上下に2枚の背板を当てる構造になっているとのことです。
千手観音像より下って、10世紀頃の制作とみられています。


このほかにも、沢山の像が収蔵庫内に祀られているのですが、仏像のご紹介の方は、このぐらいにしておきたいと思います。

仏像と並んで、九条兼実像と伝える僧形坐像(平安後期・重文)、六波羅蜜寺の空也上人像の姿に似た空也上人像(鎌倉時代・重文)が、祀られています。
月輪寺には、空也上人(903~972)が参篭し、毎月15日の念仏を始めたという記録や、関白・九条兼実(1149~1207)が、出家して円証と称し、月輪寺に山荘を営んで折々に閑居を楽しんだという伝えが残されています。
こうした伝えの、ゆかりの像として祀られてる古像なのです。

月輪寺・九条兼実像月輪寺・空也像
月輪寺・九条兼実像(左)        空也像(右)

月輪寺の、千手観音像や十一面観音像をはじめとした、魅力ある平安古仏を拝すると、

「ここまで、苦労して、山登りをしてきた甲斐があった。」
「本当にしんどかったけれども、来てみて良かった。」

つくづくと、そのような気持ちに浸ってしまいました。



【その昔は、京博に預けられていた月輪寺の諸仏】


実は、この月輪寺の諸仏、昔は、京都国立博物館に預けられていたそうです。

重文指定の8躯が、京博に寄託されていました。
昭和48年(1973)に、現在の宝物殿・収蔵庫が建立され、博物館に預けられていた諸仏像が、この地に戻ってきたのでした。
この話、私は全く知りませんでした。
昭和48年以前に、京博を訪れていたら、山登りの苦労をせずに、これらの諸仏を博物館で観ることが出来たのかもしれません。
白洲正子の「十一面観音巡礼」には、
「京都の博物館で、月輪寺の十一面観音をみた。」
と綴られています。
ひょとしたら、私も、学生の頃、京博で観ているのかもしれませんが、全く記憶にありません。

しかし、月輪寺の古仏は、博物館に展示されているのを観ると、きっと、これほどの惹かれるものを感じないのだろうと思います。
霊気漂うような愛宕山山中に、必死で登り来て、その姿を拝してこそ、本当の魅力を感じることが出来るのは、間違いありません。
愛宕山の山岳信仰を象徴するような、呪術的仏像との出会いに感動した、月輪寺参詣となりました。



【私には、つらすぎる月輪寺再訪】


仏像を拝し終えて、お堂のあたりをぶらぶらしていると、大きな狸の置物のそばに建てられた、こんな記念碑が眼に入りました。

「月輪寺参拝 愛宕山登山 3000回達成」

と刻まれているではありませんか。

月輪寺境内に建てられた、3000回参詣記念碑
月輪寺境内に建てられた、3000回参詣記念碑

週に1回登山なら50年以上かかります。
二日に1回でも16年以上かかる計算になります。
こんな息も絶え絶えの山登りを3000回とは、信じられません。

「拝したいけれども、このしんどさを考えると、もう一度登ってくることは無いだろう。」

と云うのが私の実感なのですが、世の中には凄い人がいるものです。
唯々、讃嘆というしかありません。


月輪寺再訪はもう無いかと思うと、ゆっくり、じっくり諸仏を拝したいところであるのですが、ご住職お一人しかおられず、愛宕山ハイキングの途中で訪れる方々もいらっしゃるなか、そう我儘も云えず、後ろ髪をひかれつつ、月輪寺を後にしました。

帰りは、急な下り坂。
転ばぬよう、膝に来ぬよう、気を付けながらの下山ではありましたが、登りの時の地獄状態に較べると、天国のようなもの。
あっという間に、登り口まで行きつきました。

後ろを振り返って、急傾斜の山道を見上げると、やはり、もう一度これを登るのはこりごりだと、心の中でつぶやきました。




【追記~資料ご紹介】


月輪寺の仏像については、京都の仏像の解説書等々に、簡単な解説が書かれていますが、次の刊行物が、最も詳しい調査研究資料だと思います。

「月輪寺の仏たち~愛宕山中の名宝」佛教大学アジア宗教文化研究所資料集1
2007年3月 佛教大学アジア宗教文化研究所刊 75P

「月輪寺の仏たち~愛宕山中の名宝」

この資料集は、佛教大学アジア宗教文化研究所が2005~7年に実施した、天台宗愛宕山月輪寺未指定彫刻調査の成果を中心に、重要文化財指定の仏像も含めて、その概要を報告するために刊行されたものです。

月輪寺のすべての仏像の写真図版、個別解説、論考が収録されており、月輪寺の仏像についての最も詳しい資料集だと思います。

残念ながら、非売品で販売されてはいないのですが、月輪寺諸像に関心のある方に、ご参考までにご紹介させていただきます。



コメント

山登り&山下りの達人

【月輪寺拝観外伝】
かなり以前=現住職(たぶん)のお母さまが、まだ月輪寺にお住まいの時にお参りしました。
拝観を終えて下る途中、跳ぶように登ってくる男の方がいました。道の端に身をよけて互いに挨拶し、また下り始めましたが、同行してくれた夫と「凄い人がいるね~体育会系だね」と驚きました。
下りも終わりに近づいた頃、なんと、さっきの男の方がまた飛ぶように降りてきました。下りきると川の水で体を洗い、ヘルメットを被り&赤いバイクに乗って去っていきました。
そう、彼は郵便配達職員だったのです!
「この地区の配達当番は大変だね」「若くて元陸上競技部員とかが抜擢されるんじゃない?」など想像をたくましくし、お母さまや仏像群と共に印象に残った出来事でした (*´∀`*)

山の上のお寺

月輪寺へ行ったのはもう何十年も前、20代前半頃かと思います。今回の記事を読むと若い頃に行っておいて良かったという気がします。小一時間かかった記憶はありますが、それほど辛かったという思いはありません。同じ山の上のお寺としては、雨の中、傘をさして登った大阪の獅子窟寺も辛かったし、茨城県西光院の立木観音への道も長かったという記憶があります。山の上にある立木仏といえば、広島の福王寺に不動明王の立木仏あるというので行きました。道が大変だったという記憶が全くないので、今回インターネットで調べてみたら、落雷で燃えてしまったのですね。私が行ったのはその直前だったようです。(以上は全て20代で行った所です。)

今はもう仏像を見るために歩いて山に登ろうという気はなくなりました。滋賀県の金勝寺の軍荼利明王は車で上がれるということなので、いつか行ってみたいと思いますが、この近くの狛坂磨崖仏は歩いていくしかないようですね。案内人がいないと道に迷いそうだし、一生のうちに行けるかどうか。

  • 2016/08/19(金) 00:06:27 |
  • URL |
  • むろさん #PMoz9hdc
  • [ 編集 ]

Re: 山登り&山下りの達人

おたかさん様

月輪寺へ手紙を届ける「郵便屋さん」の話、すごいですね。
私などには、想像を絶したミラクルというしかありません。
此処の郵便局の採用条件は、「愛宕月輪まで何分以内で往復できる脚力がある人」というのでしょうか?
心に残る、愉しき「月輪寺外伝」ありがとうございました。

管理人

  • 2016/08/21(日) 22:04:26 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

Re: 山の上のお寺

むろさん 様

コメントお寄せいただき、ありがとうございます。
私も、若い頃に月輪まで登れば、つらい思いもせずに、行けたのだと思います。
ただ、「本当につらい」とまいったのは私だけで、他の人たちは「あれくらい今でも大丈夫、もう一度行ってみよう」などと、話していますので、私があまりにダメで情けないということなのだと思います。
獅子窟寺は、数年前にも再訪しましたが、月輪と較べれば、この年でも楽なものでありました。

金勝寺は、随分前から、すぐそばまで車で登れるようになっていますので、何の苦も無く大丈夫です。
大型バスは上がれませんが、マイクロバス以下の大きさの車はOKです。
「深山幽谷に佇む、密教寺院」の言葉が、ぴったりくる処で、軍荼利像の巨像の迫力を眼のあたりにすると、感動を覚えざるを得ません。
私は、忘れがたく、三度も金勝寺を訪ねてしまいました。
是非、一度、お訪ねください。

管理人

  • 2016/08/21(日) 22:21:41 |
  • URL |
  • 神奈川仏教文化研究所 #-
  • [ 編集 ]

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