観仏日々帖

あれこれ~「観仏日々帖」おかげさまで100回を超えました  【2016.1.5】


新年、あけまして、おめでとうございます。

「観仏日々帖」ご覧いただき、ありがとうございます。
今年も、何卒よろしくお願いいたします。


取り立てて、お知らせするほどの話でも何でもないのですが、「観仏日々帖」に記事掲載が、100回の大台を超えました。
昨年末の掲載記事「2015年・今年の観仏を振り返って〈その4〉」で、101回目となりました。

過去、101回の掲載記事は、「観仏日々帖・総目次」をご覧いただければと思います。

総目次をご覧いただければお判りのように、2012年4月に第1回をスタートしました。
3年9ヶ月間で、100回の記事を掲載させていただいたことになります。
原則2週間に一度の記事掲載を心掛けているのですが、ほぼそのペースを守ってこられたようです。

この観仏日々帖、いわゆる仏像案内、仏像随筆に飽き足らなくなった仏像愛好の方々に、

「こんな見どころのある、知られざる仏像もあったのか!」
「仏像にまつわる、こんな話、エピソードもあったのか!」
「こんな興味深い、仏像についての本が出ていたのか!」

そんな風に、感じていただける話を、気ままに、思いつくままに綴っていければと思って、
「古仏探訪」「トピックス」「新刊旧刊案内」という標題で、掲載させていただいています。

どれほどに、皆さんにご満足いただけているのか、はなはだ疑問というところなのかもしれませんが、筆者本人は、仏像好きにはそれなりに興味深く、面白い話を掲載できているのではないかと、自己満足的に納得しています。


100回の話を振り返ってみて、「思い出深い記事、BEST3!」を、勝手に選んでみました。

一つ目は、第24・25回
鑑真和上坐像の御身代わり模像の制作を巡る話 【その1】   【その2】
です。

鑑真和上坐像の模造像
鑑真和上坐像の模造像
唐招提寺・鑑真和上像の模造制作が、美術院で行われた際に判明した新事実などを、ご紹介した話です。

像の制作技法などが、我が国の脱活乾漆像制作技法上類例がないものであることが、明らかになったのです。
これにより、鑑真像は、唐渡来の弟子たちによって制作された可能性が考えられ、「唐大和上東征伝」に伝える、生前に弟子たちが懸命に克明に師・和上の姿を写しとったという話も、一面、真実なのかも知れないというものです。
艱難辛苦の上に日本に渡来し、その生涯を終えた鑑真和上を慕う、唐渡来の弟子たちが、中国の高僧を祀る真身像や加漆肉身像の思想を背景に、異常なまでの写実に徹し、生くるが如き鑑真像を造立したのかもしれないという、浪漫に満ちた空想をかきたてるものになりました。


二つ目は、第36・38回
秋田県大仙市 小沼神社・観音菩薩像 【その1】   【その2】
です。

七夕の7月7日、秋田・大仙市にある小沼神社を訪れ、2躯の観音菩薩像を拝したときの話です。

鬱蒼とした杉林のなか、突然眼の前に開けた空間が出現し、そこには緑色の小沼が水をたたえています。
沼の向こう側には、小さな社殿がひとつ、ポツリと静かに佇んでいます。
この社殿に祀られる平安古仏を、女性の宮司さんによるご開帳の儀のなかで、拝することが出来ました。

小沼のほとりに佇む小沼神社.小沼神社社殿でのご開帳の儀
小沼のほとりに佇む小沼神社と社殿でのご開帳の儀

小沼のほとりに佇む小さな社殿に祀られた、2体の観音像を拝したとき、
「心洗われる」   「心揺さぶられる」
という言葉が、本当にそのままあてはまるような思いに浸ることができました。
感性や感受性が鈍くなってきている昨今、久々の感動でした。


三つ目は、第78・79回
立山神像の数奇な物語を振り返る・重文指定名称変更によせて 【その1】   【その2】
です。

立山博物館の帝釈天像(旧呼称:立山神像)
立山博物館の帝釈天像
(旧呼称:立山神像)
去年(2015年)、立山博物館の銅像・立山神像の文化財指定名称が、帝釈天像に変更されました。
像刻銘の科学的調査、研究などの結果、帝釈天像であることが明らかになったことによるものです。
この立山神像が、立山の地を離れてから、里帰りを果たすまでの、数奇な物語を振り返ってみた話です。

立山山頂に祀られていたといわれる立山神像は、明治の廃仏毀釈以来、立山の地を離れ、流転の道をたどり、昭和42年、海外に流出する運命であった直前、富山県に買い戻されるというドラマチックな里帰り物語となったのです。
この像が、里帰りできたのは、重要美術品指定の時(1940年)、「立山神像」と名付けられたことにより、富山県のシンボル的な像との思い入れがあったからです。

「帝釈天像ではなく『立山神像』という名称がつけられたことに、むしろ感謝しなければいけないのかもしれない?」

そんな感慨に浸る、物語でした。


以上の3つの話が、私の思い出深いベスト3です。
皆様のご感想は、如何でしょうか?


2週間ごとに、ちょっとまとまった話を掲載するのを継続するというのも、やってみると、関係資料の確認やらなにやら結構大変で、手間のかかることでした。
よく続いているなと、思ったりもします。
「そんなこと云って、ぼやくのなら、やらなければよい。」
といわれてしまいそうですが、
やはり好きな世界、しんどさより、たのしさのほうが勝っているようです。

ついでにいえば、記事にして掲載するというのは、自分自身にとって大変勉強になり、レベルアップになるもので、自己研鑽効果抜群という副次的効果を生んでおり、有難いことです。

今年は、「古仏探訪」の話を、もう少し増やしていくつもりです。
これからも、皆さんのご関心のありそうな、面白そうな、仏像についての話を掲載していくことが出来ればと思っておりますので、よろしくお願いします。


「これからも、この『観仏日々帖』、見てやってもいいな!」

と思われる方は、

景気づけに、元気よく、この下の「拍手ボタン」をクリックいただけるでしょうか。

その気になって、励みになりますので・・・・・


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