観仏日々帖

古仏探訪~2015年・今年の観仏を振り返って〈その2〉  【2015.12.6】


2015年・今年の観仏を振り返って【その2】は、4月から6月までの観仏先をご紹介します。


[4月]

飲み友達3人で、1泊2日で近江京都方面に遊びに行こうということになりました。
仏像愛好仲間ではありませんので、観仏旅行というわけにはいきません。
せっかく京都方面に出かけるのに、観仏しないのはもったいないと、私は前日から出かけました。

丸一日かけて、龍谷ミュージアムの「聖護院門跡の名宝展」、宇治の三室戸寺、高槻市立しろあと歴史館の「人とほとけのきずな展」をまわりました。



【峯定寺の宋風・釈迦像、超絶技巧截金の不動明王像が大きな収穫~龍谷ミュージアムの「聖護院門跡の名宝展」】

観仏リスト2・聖護院展

聖護院といわれると、ついつい「聖護院八つ橋」とか「聖護院大根・かぶら」などが頭に浮かんでしまいます。
聖護院門跡の名宝展

仏像とか文化財では、ちょっとなじみが薄いのかもしれません。
聖護院は、900年の歴史を誇る修験の総本山で、門跡寺院でもあるという由緒、格式を誇る古刹です。
立派な仏像、文化財が数多く残されていて当然なのでしょうが、意外と知られていないようです。

聖護院ゆかりの平安後期から鎌倉時代の仏像が数多く出展され、なかなか充実した展観でした。

なかでも、峯定寺の、正治元年(1199)作の釈迦如来立像を観ることが出来たのは収穫でした。
この像は、ビラビラと異様に波打つ衣の襞が眼を惹く像で、吊り上がった眼も印象的、ちょっと特異な造形です。
一度、じっくり観たいと思っていたのです。
この表現は、南宋仏画をもとに造形されたといわれ、ねっとりとした宋風、異国風を強く感じさせる、注目の像です。
本像の造立には、解脱坊貞慶の関与が想起されているそうです。

峯定寺・釈迦如来立像
峯定寺・釈迦如来立像

峯定寺・不動明王二童子像(久寿元年・1154)の、細密な截金文様のコンピュータグラフィックスによる鮮やかな細密復元を観ることが出来たのも、もう一つの収穫でした。
華麗な超絶技巧の截金の世界に、感嘆の声をあげるとともに、その美しさを堪能することが出来ました。

峯定寺・不動明王三尊像.超絶美麗な截金文様の峯定寺・不動明王像
峯定寺・不動明王三尊像と超絶技巧の截金文様


三室戸寺へ行きました。

観仏リスト1・三室戸寺

良い天気でさわやかな春の風がそよぐ中、京阪電車・三室戸駅から、のんびり歩いて20分ほどで到着です。

宇治・三室戸寺
宇治・三室戸寺

実は、三室戸寺の仏像を拝するのは初めてなのです。
よく知られたお寺なのに、どうしてか機会がなく、行きそびれていました。
毎月17日のみが、仏像を安置する宝物殿の公開日ですが、やっとのことで諸仏を拝することが出来ました。



【唐風・奈良風を実感の慶瑞寺・菩薩坐像~高槻市立しろあと歴史館「ひととほとけのきずな展」】

観仏リスト3・人とほとけのきずな展

高槻市まで足を延ばして、しろあと歴史館で開催されていた「人とほとけのきずな展」へ行きました。
人とほとけのきずな展

高槻市内の社寺で、新たに調査した仏像仏画などを中心とした展覧会です。
展示仏像は、ほとんどが無指定の在地仏像ばかりという、こじんまりした企画展でした。

わざわざ出かけたのは、慶瑞寺・菩薩坐像が特別出展されていたからです。
慶瑞寺・菩薩坐像は、像高87.7㎝、檀像風のカヤの一木彫で、8~9世紀の制作といわれる出来の良い像です。
切れ長で鋭い眼差し、細身の体躯で、若々しい厳しさと霊的な雰囲気を醸し出す像です。
この慶瑞寺像、従来、平安前期の制作とされていましたが、近年は奈良時代とみてよいのではないか云われるようになっています。
2006年、東博開催の「一木彫展」解説でも、奈良~平安時代(8~9C)と記されています。

慶瑞寺には、二度訪れ拝したことがあるのですが、高い壇上に祀られ見上げるように拝するものですから、眼近にじっくり観てみたいと思って出かけたのです。

壇上に見上げる慶瑞寺・菩薩坐像
壇上に見上げるように祀られる慶瑞寺・菩薩坐像

唐風、異国風のエキゾチズムを感じました。
天平風の造形、シルエットであることにも気付きました。
お寺で見上げて拝すると、平安初期的な硬くてシャープな感じのイメージが残ったのですが、目線と同じ高さで観ると、展示された像を眼近に観ると、ずいぶん印象が変化しました。

慶瑞寺・菩薩坐像.慶瑞寺・菩薩坐像
慶瑞寺・菩薩坐像

特に天平風を感じたのは、真横から観た姿です。
背中の丸め方、頭部の深い面奥、形状など、そのシルエットは、まるで天平仏という感じがしました。
膝前の衣文線のふくらみある造型も、乾漆仏を思わせます。
「8世紀の作といわれるのも納得!」
そのように感じました。



翌日からは、飲み友達3人で、一泊二日の近江・京都美食旅行。
初日は、八日市の「招福楼」でゆっくりと、飲みながら昼食。

八日市・招福楼
八日市・招福楼

流石「招福楼」、しつらえ、料理、応対、すべて文句のつけようのない至福の時でありした。
そのあと、奈良前期の三重石塔のある石塔寺、ヴォーリズ建築の近江八幡教会、日牟礼八幡宮などを巡って京都泊。

石塔寺・三重石塔.ヴォリーズ建築・近江八幡教会
石塔寺・三重石塔               ヴォーリズ建築・近江八幡教会

翌日は、西陣の老舗帯地屋「渡文」旧宅店舗にある「織成館(おりなすかん)」、野村美術館の「高麗茶碗展」に行きました。

西陣・織成館
西陣・織成館

ついでに、仏像も見たいという同行の友のリクエストに応えて、西陣に近い大将軍八神社、雨宝院に寄りました。

観仏リスト4・大将軍八神社、雨法院

いずれも、ポピュラーではありませんが、魅力ある平安の神仏像が祀られており、私のお気に入りの社寺です。

大将軍八神社社殿

大将軍八神社・大将軍神像
大将軍八神社社殿と大将軍神像

とりわけ、雨法院の千手観音像は、私の一押しの魅力ある平安前期仏です。
もう、何度訪れたことでしょうか。

西陣・雨法院

雨法院・千手観音立像
西陣雨法院と千手観音立像


この日の朝食とランチは、私のお気に入り定番の、寺町二条「進々堂」と、木屋町御池「レストラン・おがわ」。

近江京都の春と美食を堪能した、大満足の旅となりました。



【新町地蔵保存会の地蔵坐像の迫力にビックリ~新指定国宝・重要文化財展】

4月は、毎年恒例、東京国立博物館で新指定国宝重要文化財展が開催される月です。
平成27年度(2015)は、ご覧のような仏像彫刻が、国宝・重要文化財に新たに指定されました。

観仏リスト5・新指定文化財展

毎年必見の展覧会です。

今年は、醍醐寺・虚空蔵菩薩立像、東大寺・弥勒仏坐像(試みの大仏)が、国宝指定になりました。

醍醐寺・虚空蔵菩薩立像.東大寺・弥勒仏坐像
醍醐寺・虚空蔵菩薩立像                    東大寺・弥勒仏坐像

平安初期の檀像風彫刻の名品がそろい踏みで国宝指定です。
いずれも、鋭く切れ味の良い彫技が、これでもかと冴えわたる素木像で、その魅力に強く惹かれています。
醍醐寺・虚空蔵像は、長らく聖観音像と称されていましたが、近年、来歴が明らかになり虚空蔵像であることが判明しましたが、そのことが国宝指定される一因になったのでしょうか。


大注目だったのが、新町地蔵保存会の地蔵菩薩像です。

新町地蔵保存会・地蔵菩薩坐像
新町地蔵保存会・地蔵菩薩坐像

京都市左京区、下鴨の小さな地蔵堂に伝わった仏像なのだそうですが、その存在を全く知りませんでした。
像高47.5㎝、カヤ材の一木彫で、9世紀後半の制作と考えられるそうです。
粘りのある彫り込まれた衣文、厚みと張りがある体躯の迫力はなかなかで、惹きつけるものがあります。
驚きました。
こんな仏像が京都にあったのかと、ビックリです。
平安前期一木彫の魅力をしっかり備えた仏像に、また一つ出会うことが出来ました。



[5月]


【日向薬師・薬師三尊、弘明寺・十一面観音の二つの鉈彫り像を、じっくり拝観】

観仏リスト6・鉈彫シリーズ

同好の方々と、神奈川県立金沢文庫で開催された「日向薬師・秘仏鉈彫本尊開帳展」と横浜市南区弘明寺町の弘明寺・十一面観音像拝観に出かけました。
鉈彫りシリーズの観仏です。

金沢文庫・日向薬師秘仏鉈彫本尊開帳展

金沢文庫の日向薬師展は、昨年10月からの開催予定でしたが、館内収蔵庫の一部にカビの発生が判明、開催延期となっていたものです。
弘明寺・十一面観音立像
弘明寺・十一面観音立像
日向薬師・本尊薬師三尊像は、年に5日に限りご開帳されるだけですので、眼近に観ることが出来るこのチャンスを愉しみにしていたものです。

日向薬師像と弘明寺像を連続して拝することが出来たのは、大変良い観仏でした。
日向薬師像はしっかり丁寧に造られており、弘明寺像の方は霊木の野性味のようなものをそのまま伝えているようです。

鉈彫り像は、その昔の完成・未完成論議から、近年は、何故鉈彫り像が作られたのか、何故縞目なのかといった成立事由論議に展開してきています。
東国の気風、嗜好に合ったというような事由だけでは、なかなか説明がつきにくいように思えますが、まだまだ興味深い謎だと云えるのでしょう。


鉈彫り観仏シリーズを終え、まだ陽の高い4時前から弘明寺商店街の中華料理店で酒盛り。
鉈彫り談議、観仏談議で盛り上がり、帰り途、新横浜のブラッスリーに寄ってワインで飲み直し、すっかり出来上がってしまいました。



【二体の朝鮮渡来仏~関山神社・菩薩像、観松院・菩薩半跏像をめざし、長野の展覧会へ】

今年は、7年に一度の善光寺・前立本尊の御開帳の年でした。

この御開帳には、わざわざ出かける気はなかったのですが、御開帳期間に合わせて長野で二つの仏像展覧会が開かれました。
長野市博物館の「信仰のみち展」と、長野県信濃美術館の「信濃の仏像と国宝土偶展」です。
共に、なかなか興味深い仏像が出展されることになっていましたので、同好の方々と長野観仏旅行に1泊2日で出かけました。

観仏リスト7・信仰のみち展

観仏リスト8・いのりのかたち展

展覧会には、ご覧のような長野の仏像が出展され、それぞれに興味深く愉しむことが出来ました。

長野市博物館・信仰のみち展.長野県信濃美術館・信濃の仏像と国宝土偶展

二体の日本海沿岸や信濃に伝わる古代朝鮮渡来の金銅仏を、両展覧会で観ることが出来ました。
そのために、わざわざ長野までやってきたようなものです。

関山神社の菩薩立像は、宝珠捧持形式であったらしく、各所に法隆寺夢殿・救世観音像に近い形式を持つとされています。

関山神社・菩薩立像...関山神社・菩薩立像
関山神社・菩薩立像

側面の「くの字」状シルエットも、夢殿観音に通じます。
昭和30年代になって初めて知られるようになった関山神社のご神体ですが、6~7世紀の朝鮮渡来仏とみられています。

観松院・菩薩半跏像も一目して朝鮮渡来仏と思われる金銅仏です。
形式は神野寺・菩薩半跏像に似たスタイルですが、6~7世紀の渡来金銅仏とみられています。

観松院・菩薩半跏像..観松院・菩薩半跏像
観松院・菩薩半跏像

関山神社は、日本海沿岸に近い妙高市に、観松院は安曇野・北安曇郡松川村にあります。
絶対秘仏の善光寺本尊も朝鮮三国時代の金銅三尊仏である可能性を考えると、古代朝鮮から日本海沿岸、信濃という文化伝播ルート、渡来人の来訪ルートがあったのかもしれないという想像が拡がっていきます。
共に、20㎝そこそこの金銅仏で、単眼鏡などで目を凝らさないと観ることが出来ない小像ですが、「これを目指してやってきたのだ」と、じっくり鑑賞しました。



展覧会に出かけたついでというわけでもないのですが、松代清水寺、保科清水寺、知識寺を巡って、仏像を拝しました。
もちろん、善光寺の前立本尊も、長い行列に並んでチラリと拝しました。

観仏リスト9・信濃観仏


【違和感ある迫力~強い自己主張が不思議な魅力の、松代清水寺の仏たち】

松代清水寺は、太平洋戦争末期に建設された松代大本営跡の近くの小さな集落に、ほとんど目立つことなくあります。
松代清水寺の仏像は、信濃一番の古仏で、貞観の余風を色濃く残す平安中期の像です。
毎度感じることですが、コンクリート造りの本堂兼収蔵庫が開かれると、眼前に諸仏が一列に立ち並び、「違和感ある迫力」が伝わってきます。

松代清水寺・安置諸像
松代清水寺・安置諸像

なかでも聖観音像は、「違和感ある迫力」の代表選手です。
生々しい量感・迫力で、ちょっと引いてしまうほどです。

松代清水寺・聖観音立像
松代清水寺・聖観音立像

目鼻の造りが大きくアクの強い顔、肩・胸を張って胴を極端に細く絞った、誇張したモデリングなどが独特の造形です。
信濃の仏師の、強い自己主張の声が聞こえるようで、不思議な魅力を感じる仏たちです。

松代清水寺・新発見天部形立像
松代清水寺・新発見天部形立像
この清水寺で、今年(2015)3月に、平安前期の天部形像が発見されました。
ご住職にお話を伺うと、
「60年以上前に建替えた本堂の天井裏に、多数の破損仏像が保管されていたうちの一体で、調査をしていただいたら平安前期の古像だと判明したのですよ。」
ということでした。

この天部像は、ちょうど長野県信濃美術館の「信濃の仏像と国宝土偶展」に特別出展されていて、そちらで観ることが出来ました。
独特のアクの強い造形でしたが、大変古様でインパクトある像でした。



【奈良・桜井から信濃の地にやってきた、保科清水寺の仏たち】

もう一つの清水寺、保科清水寺は、松代清水寺の東5~6キロのところにあります。

保科清水寺には、平安後期の立派な仏像が、数多く祀られています。
しかし、これらの仏像は当地で造られたものではありません。
奈良桜井の石位寺から本尊千手観音像ほか10余体が移安されたものなのです。
大正5年(1916)、清水寺は大火に遭い全山焼失しました。
その折、保科清水寺が、石位寺の古仏群を7千円で買い取り、当地に移安されてきたものなのです。
奈良の石位寺では、お堂の修理費の工面が必要となって、仏像を処分することとしたのでした。
石位寺とは、あの白鳳の三尊石仏で知られるお寺です。

仏像は皆、平安後期らしいおだやかなお姿ですが、奈良南部の地方作的雰囲気がある像です。

保科清水寺・千手観音坐像.保科清水寺・安置諸像
保科清水寺・千手観音坐像と安置諸像

あの石位寺から、どんなふうにして十数体の仏像が、遠路長野の地まで運ばれてきたのでしょうか?
山腹の観音堂にある千手観音坐像の、清楚で穏やかな姿を拝していると、こんな由来物語とは関わり無く、この信濃の地に、昔からずっと祀られてきたかのように、しっくりなじんで見えてきます。



【素朴さに惹かれる立木仏~知識寺・十一面観音像】

知識寺の十一面観音像は、大御堂と呼ばれる 木立ちに佇む茅葺の風情あるお堂の厨子に祀られています。

知識寺・大御堂
知識寺・大御堂

知識寺・十一面観音立像
知識寺・十一面観音立像

ケヤキの立木に直彫りした、3mを越える「立木仏」です。
豪快で寸胴のような巨像が、大御堂の床をえぐりぬいた一段と低いところから、自然木に近い岩座を踏まえ、厨子一杯に立ち上がっています。
いかにも、立木がそのまま真直ぐすくっと伸びているような荒削りの素木像で、この地の人々の信仰を集める像に相応しく感じます。
何度来ても、その素朴さにひかれてしまいます。



観仏のほかには、信州の鎌倉と呼ばれる「塩田平」に寄ってきました。
心安らぐ眺望の田園風景です。

塩田平の田園風景
塩田平の眺望

前山寺三重塔のほか、信濃デッサン館、無言館へ行きました。

信濃デッサン館、無言館は、窪島誠一郎氏が私財を投じて運営しているユニークな美術館です。
窪島誠一郎氏は、作家・故水上勉の子息で、戦争の混乱期に父・水上勉と別離し、スナックや画廊を含むいろいろな仕事をしてから、1979年に長野県に信濃デッサン館を設立しました。
父との再会や確執、信濃デッサン館・無言館を題材にたくさんの著作があるのはご存知の通りです。
信濃デッサン館では、窪島氏収集の村山槐多、関根正二、野田英夫など夭折画家の小品が展示されています。

信濃デッサン館
信濃デッサン館

無言館には、戦没画学生たちの遺作となった絵画・作品・絵の道具・手紙などが展示されています。

無言館
無言館

無言館という名付けは、
「展示される絵画は何も語らず『無言』ではあるが、観る側に多くを語りかけるという意味で命名したということですが、客もまた展示される絵画を見て『無言』になるという意味をも含んでいる」
そうです。
戦没画学生の作品を観ていると、抑えてもこみ上げてくるものを感じざるを得ません。


塩田平を巡った後は、上田駅まで戻り、お土産とランチ。

お土産は、江戸時代創業の水飴、ジャムの老舗、「みすず飴本舗・飯島商店」に寄りました。

石造りのみすず飴本舗・飯島商店本店
石造りのみすず飴本舗・飯島商店本店

本店の建物は、国指定有形文化財という石造りの格調高いものです。

ランチは、この飯島商店の店員さんに教えていただいた近所のイタリアン。

このお店が、なんとも美味かったのです。

トラットリアノンノ

トラットリアノンノ内観
トラットリア・ノンノ

雰囲気といい、料理の美味さといい、上田にこんな素敵なイタリアンの店が何故あるのだろうと、本当にびっくりです。
東京都心でも、十二分に勝負できる味だと思いました。
想定外の美味さに、ワインもグイグイ進んでしまい、あっという間にいい気分になってしまいました。
お店の名前は、「トラットリア ノンノ」
飯島商店の店員さんに大感謝です。




[6月]

5月の信濃の次は、飽きもせずに、今度は西へ。
同好の方々と、四国、徳島、香川の観仏に、3泊4日で出かけました。
徳島観仏は、45年ほど前以来で、本当に懐かしい観仏旅行です。


〈四国:第1日目〉


観仏リスト10・徳島香川観仏1


【45年ぶりの懐かしの再会に感動!~井戸寺・十一面観音像と願興寺・聖観音像】

まずは、井戸寺。

ご住職のご都合もあり、朝の8時半からご拝観となりました。
徳島市内に前泊して、朝一番に出動です。
井戸寺の十一面観音像は、9世紀末から10世紀の制作で、徳島県最古の木彫像と言われています。
誰が見ても独特の惹きつけるインパクトを感じさせる一木彫像です。
その特異さから、奈良時代の制作とみる説もあるのです。

井戸寺・十一面観音を拝するためならと、前泊も勿論厭わず、徳島に乗り込んだのでした。

井戸寺
四国八十八箇所霊場第十七番札所・井戸寺

45年前、学生時代にこの像を拝した時は、口をへの字に結び唇を突き出した顔貌、中心線から体躯が大胆に歪んでくねっている姿を見て、
「へんてこな造形の仏像だな・・・・仏師の腕が悪かったのだろうか?」
などと思った記憶がありますが、なにやら不思議なパワーを感じたのが、今も心に残っています。

井戸寺・十一面観音立像(1972年撮影写真)
井戸寺・十一面観音立像(1972年撮影写真)

十一面観音像は、六角堂・観音堂に安置されています。
いよいよ再会、ご対面です。
果たして、やっぱり、なかなかの迫力でした。

井戸寺・十一面観音立像
井戸寺・十一面観音立像

異形の仏像です。
「歪んでいます。」
「えもいわれぬ惹きつけるものがあります。内からこみ上げて来る迫力とでもいうのでしょうか?」
への字に結んだ口は、顔面の中央からずれて曲がっているし、体躯の線も中心線から歪んでくねっています。

井戸寺・十一面観音立像
井戸寺・十一面観音立像~顔部

歪んではいますが、彫り口は鋭く、ボリュームもなかなかです。
この不均衡な造型が、緊張感、野性味を発散させているのでしょう。
待望の再会を裏切ることのなかった、井戸寺・十一面観音像でした。



もう一つの45年ぶりの再会は、香川さぬき市・願興寺の聖観音坐像です。

願興寺・聖観音坐像
願興寺・聖観音坐像

この像は、奈良時代の美しい脱活乾漆像と云うことで、よく知られています。
いかにも天平の脱活乾漆像という理想的な姿が、清新で活き活きと表現されています。

願興寺・聖観音坐像
瓔珞が美しい願興寺・聖観音坐像
胸前にかかる瓔珞の装飾の美麗さには、とりわけ惹き付けられます。

四国地方唯一の脱活乾漆像ですが、これだけの第一級レベルの像が、奈良ではなくて讃岐の地に遺されているのに、不思議な感じを覚えます。
東大寺や唐招提寺と深い関係のあった、讃岐の国の歴史を物語るといってもよいのでしょう。

ご住職の案内で、立派な収蔵庫に祀られる聖観音坐像を拝することが出来ました。
やはり、これぞ天平という、美麗な仏様で、見惚れてしまいます。
「45年ほど前に伺ったことがあるんですよ!」
とお話しすると、
「昭和40年代からの拝観記帳簿が、まだ残っていてここに置いてあるのですよ。」
と、記帳簿を見せていただきました。
「ありました!ありました!」
昭和46年10月15日のところに、私が大学の同好会6名で訪れた時の記帳が、ちゃんと残されていました。

1971年10月の拝観記帳が残されている記帳簿
1971年10月の拝観記帳が残されている記帳簿

これまた、45年ぶりの懐かしい出会いとなりました。
「このころは、まだ古い収蔵庫に祀っていた頃でしたね。」
との、ご住職のお話に、今より随分小さな収蔵庫で、この観音像を拝した思い出が、ふつふつと懐かしく蘇ってきました。

願興寺・聖観音坐像(1971年撮影写真)
願興寺・聖観音坐像(1971年撮影写真)



【丈六巨像の堂々たる存在感に圧倒された、丈六寺・聖観音座像】

堂々たる観音坐像に圧倒されたのが、丈六寺・聖観音坐像でした。

観音堂には、丈六寺、その名の通りの丈六の聖観音坐像が祀られています。
像高310㎝の寄木造の巨像で、平安後期の制作です

丈六寺・聖観音坐像
丈六寺・聖観音坐像

「でかい」のです。
でかいのですが、破綻の無い造型バランスで、見事に仕上げられている出来の良い像です。
11世紀、定朝の平等院阿弥陀像の頃に近い制作かとみられるようですが、空気感はずいぶん違います。

丈六寺・聖観音坐像の指
丈六寺・聖観音坐像の指
眼鼻や衣などの表現は、いわゆる藤原彫刻そのものなのですが、定朝様仏の醸し出す、繊細優美、絵画的で軽やかという感覚とは、ずいぶん違います。
むしろ、ずっしりした重量感、豊満感を感じさせる造形です。
指なども、しっかり太めでもっちり、繊細優美とは縁遠い感じです。
出来の良い藤原仏なのに、ドーンと構えた堂々たる存在感を強く感じるのです。
大変気に入ってしまいました。

実は、この丈六寺の聖観音坐像、我々が訪れた一月後、56年ぶりの修復ということで、奈良博の修理工房に搬出されました。
3年間かけての修理になるそうです。
修理直前に、拝することが出来たのは、なんともラッキー、嬉しいことでした。



この日は、高松泊。
夜は、高松で最近評判の居酒屋「喰うくう」。
取りにくいという予約がラッキーに取れて、いざ出動!
評判通りで、本当に美味かった。
値段もまずまずお手頃、高松では絶対のお薦めの店でした。

高松居酒屋「喰うくう」
高松居酒屋「喰うくう」




〈四国:第2日目〉


観仏リスト11・徳島香川観仏2


【唐招提寺・衆宝王菩薩像の兄弟分、正花寺・菩薩像の見事さに見惚れる】

四国2日目の観仏先はごらんのとおりです。

何といっても、この日の目玉は、高松市西山崎町にある正花寺の菩薩立像です。
この正花寺・菩薩像、唐招提寺講堂に安置されていた衆宝王菩薩像に瓜二つの像として、よく知られています。
姿かたちはもちろんのことですが、カヤ材の一木彫で蓮肉まで一材で彫り上げられているところまでそっくりです。

唐招提寺・衆宝王菩薩立像..正花寺・菩薩立像
唐招提寺・衆宝王菩薩立像            正花寺・菩薩立像

四国の地に、このような名像が遺されているというのは、本当にびっくりです。
この像は、たまには展覧会に出展されますので、ご覧になったことのある方も多いのではないかと思います。
直近では、2006年に東博で開催された「一木彫展」に出展されました。

仏像は古いお堂から移された収蔵庫に収められていますが、普段は誰もいらっしゃいません。

正花寺・収蔵庫
正花寺・収蔵庫

ご高齢のご住職が、お孫さんご夫妻の車でわざわざお見えいただきました。
ここまで、何十分もかかるところにお住まいだそうです。
ご住職のお話を伺っていると、心よりの愛情をこめて、この菩薩像を大切におお守りされていることが、伝わってきます。
ご面倒をかけたことに感謝しつつ、菩薩像のご拝観です。

正花寺・菩薩立像
正花寺・菩薩立像

何度拝しても、その出来のすばらしさ、見事さに、感嘆の声をあげてしまいます。
何とも言えない、お顔の表情には見惚れます。
体躯の中心に木心を持ってきているからでしょうか、頬や胸に顕れる木目の線が見事にシンメトリーに整っています。
当代、一流の仏工の手になったものに違いありません。
兄貴分の衆宝王菩薩像と比べてみると、衆宝王像には石彫的な硬質感があり、大陸風の空気感がありますが、弟分の正花寺像のほうは、木彫的なふくらみ、柔らかさがあり、異国風の雰囲気は感じられません。

正花寺・菩薩立像

正花寺・菩薩立像
正花寺・菩薩立像

唐招提寺衆宝王像が、中国工人の関与によって制作された像だとすれば、正花寺像は、これを踏まえた日本人仏師の手によって消化されて造られたのではないでしょうか?
これだけの出来栄えの第一級作品ですので、南都の地で制作されたのは間違いないでしょう。
当地は、奈良時代、東大寺の封戸があった処で、また讃岐の国の封戸が唐招提寺施入されたりしています。
そのようなことから、きっと奈良の地からもたらされてきたのでしょう。

唐招提寺像が8世紀・奈良後期の制作とすれば、正花寺像はどれほどの時間差で造られたのでしょうか?



【横幅がすごい~重量感・存在感が腹にこたえる屋島寺・千手観音像】

屋島寺・十一面観音像は、源平合戦古戦場の屋島山上にある屋島寺の宝物館に展示されています。
この像は、屋島寺のご本尊なのですが、宝物館のガラス張りの展示棚に他の像と並べてさりげなく置かれています。
この像を目指してこなければ、数ある展示物の中の一つという感じでおかれていて、まさかご本尊とは気が付きません。
ちょっと気の毒のような気がしてしまいます。

屋島寺・千手観音坐像
屋島寺・千手観音坐像

いつ見ても、ぶっといボリューム感が、前面に押し出してきて圧倒されます。
横幅がすごいのです。
目鼻も、お顔も、胸も、脇手も、全て横拡がりです。
そして、皆、分厚く、太いのです。

屋島寺・千手観音坐像
屋島寺・千手観音坐像~顔部

ちょっとアンバランスな造形ですが、そのことが、平安前期特有の、重量感、存在感を発散させています。
忘れられない仏像です。



【凛とした八頭身クールビューティ~切れ味に魅せられる堂床区・十一面観音像】

堂床区・十一面観音像も、記憶に残る仏像です。

現在は、綾川町役場内にある「ふるさと資料館」に展示されています。
展示室の中央、360度ビューで鑑賞できる立派なガラスケースの中に展示されています。
「ふるさと資料館」の看板展示になっています。
像高176.3cm、すらりとしたスリムで長身の観音像です。
ヒノキの一木彫で内刳り無し、平安後期とか10世紀頃の制作とみられているようです。

堂床区・十一面観音立像
堂床区・十一面観音立像

痩身なのに、なよなよとしたところが全くありません
堂床区・十一面観音立像
堂床区・十一面観音立像~顔部
「キリリと締りがある!」
まずもって、この像から受ける印象です。
切れ上がった眼、きりっと通った鼻筋、引き締まった口元、「クールビューティ」とでも称したいような秀麗なお顔です。
胴はハイウエストでキュッとしまってくびれて、脚がすごく長くて八頭身です。
裳、衣文の彫もシャープで鎬立ち、のびやかです。
表現がむつかしいですが、
「スリムでクールで、キレキレ!」
なのです。

こんな風に書いていると、
「知的でクールで美しい、冴えわたったキャリアウーマン」
そんな女性のことを綴っているような気になってしまいました。

シャープで厳しい印象の表現の仏像は、平安前期特有のボリュームがあり分厚いといった重量感ある造形の延長線上にあるものが多いように思います。
ところが、堂床区・十一面観音像は、スリムで八頭身なのに平安前期風のシャープさ、厳しさを十分備えています。
あまり見ない造形、と云って良いのかもしれません。

堂床区・十一面観音立像.堂床区・十一面観音立像
堂床区・十一面観音立像

こうした、凛としてクール、シャープな観音像の魅力に、惹きつけられてしまいました。
大好きな仏像になりました。

この仏像は、龍燈院綾川寺の本尊でしたが、明治初年の神仏分離令(1868年)によって、綾川寺が廃寺となり、それ以後は堂床地区の人々が集落の滝宮神社境内の観音堂本尊として譲り受け、地区管理の仏像として大切に守られてきました。
私も、昔、滝宮神社の収蔵庫で拝した思い出があります。
平成24年(2012)から、新たに竣工した役場の「ふるさと資料館」で展示されるようになったそうです。


四国第2日目、充実濃厚の香川観仏の後、高松の夜は、スパニッシュバル「バルブルラッテ」。
これまたなかなかの味、ワインでいい気分。

スパニッシュバル「バルブルラッテ」
スパニッシュバル「バルブルラッテ」



〈四国:第3日目〉

徳島・香川観仏旅行も3日目。
観仏先は、ご覧のとおりです。
中高年にとっては、だいぶ疲れてきました。
もうひと頑張り。

観仏リスト12・徳島香川観仏3


【こめられた気迫が静かに迫りくる~見事な優作、神谷神社隋身像との出会い】

坂出市神谷町にある、神谷(かんだに)神社を訪れました。

田園の続く鄙びた村落にありました。
規模もあまり大きくなく村の神社といったような雰囲気で、ちょっと判りにくい場所にありました。
全く目立たない神社なのですが、本殿は建保7年(1219年)築で、建造年の明らかな神社建築としては日本最古で、国宝に指定されています。
また、隋身像2躯は、鎌倉前期の制作で、重要文化財に指定されているのです。

神谷神社・本殿(国宝)
神谷神社・本殿(国宝)

判ったようなことを書いていますが、そんな話は、神谷神社を訪ねることになるまで全く知りませんでした。
「ふーん、重文の隋身像があるんだ。」
そんな気分で訪れたのです。

隋身像を拝して、驚いてしまいました。
見事な優作です。

神谷神社・隋身像
神谷神社・隋身像

2躯ともに、まっすぐ正面立ちで動きはないのですが、静かに迫りくる気迫に、押されてしまいます。
御神像の類ですので、着衣の表現もシンプルですが、造形バランスは見事で、刀痕鋭く鮮やかに彫り上げられています。
とりわけ、阿形像のお顔の表現は気迫にみなぎり、じっと凝視していると、静謐なのですが後ずさりしてしまいそうな厳粛さが込められています。

神谷神社・隋身像~阿形像.神谷神社・隋身像~阿形像
神谷神社・隋身像~阿形像

隋身像の遺例としては、岡山津山市の高野神社隋身像と本像の2例が遺されているだけだそうです。
高野神社隋身像のほうは、よく知られており展覧会に出展されることがありますが、神谷神社像のほうは、ほとんど知られていないのではないかと思います。
これだけの優作、もっと世に知られてもよいのではと感じてしまいました。

ご案内、ご説明いただいた宮司様は、なるべく静かにお守りしていたいので、所謂宣伝のようなことはやりたくないのだとおっしゃっておられました。
国宝、重文を有しながらも、鄙びた当地にひっそり静かに在る、それもあらまほしき姿との思いを抱きつつ、神谷神社を後にしました。



【三豊市の鄙の地で、一流の技の美仏に出会う~法蓮寺・不空羂索観音像】

三豊市の法蓮寺は、高松から西へ約50キロ、農村地帯の田園風景の中にぽつりとあります。
本当に、のどかな鄙の地の村落にあり、広い立派なお宅の庭の隅に、収蔵庫が立っているといった感じです。

法蓮寺
法蓮寺

お訪ねすると、家人の女性の方が、どうぞご勝手に拝んでくださいとおっしゃって、ゆっくり拝することができました。

そんな田舎の仏像なのですが、これがびっくり、素晴らしく出来の良い不空羂索観音坐像です。

法蓮寺・不空羂索観音坐像
法蓮寺・不空羂索観音坐像

写真をご覧いただいたら一目瞭然ですが、張りのあるモデリング、均整の取れた体躯のバランス、彫技の入念さ、それぞれに見事で、堂々たる安定感、重厚感は、一流の仏師の腕になるものに違いないという気がします。

腕や、胸から腹にかけての肉付けには、ほれぼれしてしまいます。
膝の厚みや、衣文の彫の入念さも、なかなかです。

法蓮寺・不空羂索観音坐像

法蓮寺・不空羂索観音坐像
法蓮寺・不空羂索観音坐像

カヤ材の一木彫で、10~11世紀の制作とみられています。
一面二目八臂の不空羂索観音像で、全国でも数少ない作例となるそうです。

「こんなところに、どうしてこんな像が?」

と、つい思ってしまいます。
四国観仏旅行のフィナーレを飾るに、ふさわしい仏像に出会いました。



讃岐の地は、すごいレベルの仏像ぞろいだと、今更ながらに感じました。
四国の残りの三県と比べて、ダントツに粒ぞろいの仏像が遺されています。
今回は訪ねた古仏のほかにも、聖通寺、根来寺、金刀比羅宮、志度寺など、優れた平安古仏が遺されていることはご存じのとおりです。

讃岐の地は、東大寺や唐招提寺の封戸があったことなど、古代、都の寺院にとって、経済的に重要な地であったことを物語るといってよいのでしょう。



「今年の観仏を振り返って」は、やっと6月までのご紹介をすることができました。
ダラダラと、随分長く綴ってしまいました。

まだ半分しかご紹介できていないのかと思うと、少々疲れてきてしまいました。

元気を出してあと半分。
【その3】では、7~9月の観仏を振り返ります。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kanagawabunkaken.blog.fc2.com/tb.php/100-ec95444a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)