観仏日々帖

古仏探訪~「洛中の三つの平安古仏」京のかくれ仏探訪⑩・・・・・・【双林寺・薬師如来像、西光寺・阿弥陀如来像、六道珍皇寺・薬師如来像】


「京のかくれ仏探訪」も、いよいよ第10回になりました。

ご紹介する、魅力ある「かくれ仏」のネタも、そろそろ尽きてきましたので、この連載も、今回でおしまいということにさせていただきたいと思います。



【最終回は、洛中の三つのお気に入りの如来像をご紹介】


最終回は、洛中にある3つの如来像をご紹介します。

双林寺・薬師如来像、西光寺・阿弥陀如来像、六道珍皇寺・薬師如来像です。

この3躯の如来坐像は、洛中、京都市街にある仏像の中でも、私の大変お気に入りの平安古仏です。
これらの像は、平安中期までの像で、全て重要文化財に指定されていますので、仏像愛好者なら、ご存じなのではないかと思いますが、

「京都市中の、あまり有名ではないけれども、お気に入りの平安古仏」

ということで、三つまとめてご紹介して、最終回としたいと思います。

割合と知られている仏像かと思いますので、ご紹介はごくごく簡単に、ということにさせていただきたいと思います。




1.東山区・双林寺の薬師如来像


まずは、東山区にある双林寺の薬師如来像のご紹介です。
写真をご覧ください。

双林寺・薬師如来像
双林寺・薬師如来像

堂々たる平安前期の薬師坐像です。
像高85.4㎝、カヤ材の一木彫像で、平安前期、9世紀の制作といわれており、重要文化財に指定されています。



【穏やかなのに、神秘的呪力を漂う微笑み】


太造りで首が短く、顔の幅も肩幅も広くて、骨太な量感、安定感を感じます。
本堂で、この薬師像を拝して、一番印象的だったのは、お顔の表情でした。

双林寺・薬師如来像~顔部
双林寺・薬師如来像~顔部

太い鼻梁で、口元にわずかに微笑みをたたえているのですが、その微笑みが、あやしく無気味な感じがするのです。
森厳というのではなく、一見、穏やかそうな表情なのですが、呪術的な霊力が漂っているようで、強く惹きつけられるものがあります。
拝したとき、「穏やかなのに、漂う神秘的呪力」といった雰囲気をに包まれたのを、忘れることが出来ません。


解説書などによりますと、この双林寺・薬師如来像は、いわゆる「天台薬師」と称される仏像の一例とされています。
「天台薬師」とは、延暦寺根本中堂に祀られたという、伝教大師最澄自刻の根本像をはじめとする3躯の薬師像と一組の七仏薬師像の模刻とみられる仏像のことです。
天台薬師像は、造形的特徴と共に、肉身部が金色、衣部が朱色という「朱衣金体」とされていますが、双林寺・薬師像も、朱衣金体に造られています。

本像の、呪術的な無気味さは、初期の天台密教の山岳信仰的な要素を、色濃く伝えているのかもしれません。

浅湫毅氏は、本像の制作時期について、

「量感豊かな体躯の表現や、膝元の荒々しい衣文線など平安前期彫刻の特徴を示し、様式的に近い作例としては、八幡市・神応寺の行教律師坐像(重文)が挙げられよう。
寺伝では最澄自刻像というが、遅くとも9世紀にまでさかのぼるものであることは間違いない。」
(「最澄と天台の国宝展」図録解説2005)

と、述べています。

神応寺・行教律師像.双林寺・薬師如来像~側面
(左)神応寺・行教律師像、(右)双林寺・薬師如来像~側面


【めずらしい、胸の側からの内刳り~霊木像か】


もう一つ、大変珍しいのは、本像は背中側からではなく、胸の側から内刳りがなされていることです。
木彫像の内刳りは、背中側から行うのが普通ですので、稀な例だと思います。

内刳りの後には、20cm強四方の蓋板が矧ぎ付けられています。

双林寺・薬師如来像~胸から内刳りされ蓋板が填められているのがわかる
双林寺・薬師如来像~胸からの内刳に、蓋板が填められている痕跡が見える

きっと胸のあたりに、ウロとか節があったのだろうと思われます。
わざわざそんな材を用いたというのは、霊木から彫られた像だからなのでしょうか?

この双林寺・薬師如来像については、本HPの「貞観の息吹3~双林寺・薬師如来坐像」に、採り上げられていますので、そちらもご覧ください。



【円山公園の南に、ひっそり佇む双林寺】


さて、ご紹介の双林寺は、東山区下河原鷲尾町という処にあります。
円山公園の南側といった方が、よく判ると思います。

双林寺は、西行法師が、

「願わくば 花の下にて春死なん その如月の望月の頃」

の歌を、境内の桜の下で詠んだと伝えられ、一般には、薬師如来像よりも、そちらの方で知られているお寺です。

祇園から歩いて数分という場所にあるのですが、観光の人が訪ねるということはほとんどなく、丸山公園の裏手にひっそりと静かに佇んでいます。

円山公園の南にひっそり佇む双林寺
円山公園の南にひっそり佇む双林寺

私は、10年以上前に、二度ほどお訪ねしましたが、石材屋さんの奥の方の目立たないところに隠れるようにお寺があって、捜してやっと行きつきました。

本堂にお祀りされた薬師如来像を、御開扉いただき、眼近にじっくり拝することが出来ました。

双林寺・本堂
双林寺・本堂

小さな像ですが、一目拝しただけで、存在感を発散しているのを感じます。
ちょっと無気味な微笑みの神秘的呪力漂う、心惹かれる仏像でした。

京都祇園のごく近くに、こんな素晴らしい、9世紀に遡るという平安前期の仏像が残されているのに、本当にびっくりしました。

双林寺・薬師如来像
双林寺・薬師如来像

本像は、2005~6年に京博と東博で開催された「最澄と天台の国宝展」に出展されましたので、その時にご覧になった方もいらっしゃることと思います。
私の記憶では、近年は、この時しか寺外に出たことがないと思います。

ここまでご紹介しておいて、はしごを外すようですが、この薬師如来像、現在は、公開されていないようです。
かつては、お願いすれば拝観することが出来たのですが、残念なことです。

忘れがたい心に残る仏像で、また一度、じっくり拝することが出来る機会があればと念じています。




2.右京区・西光寺の阿弥陀如来像


次は、右京区太秦多藪町の、西光寺の阿弥陀如来像をご紹介します。

この西光寺に、平安前中期の見事な阿弥陀如来像があるのは、意外に知られていないのではないでしょうか。

西光寺・阿弥陀如来像
西光寺・阿弥陀如来像

像高95.1㎝、一木造りの漆箔像で、重要文化財に指定されています。



【落ち着いた茅葺き門に、静謐さが漂う西光寺】


私が、西光寺を訪ねたのは、10年ほど前、2007年のことでした。

阿弥陀如来像の写真を本で見て、
「これはなかなかに見事な仏像だ、是非一度拝してみたい。」
そう感じて、出かけたのでした。

西光寺は、有名な広隆寺の近く、広隆寺山門から西へ200メートルほど行ったところにあります。
道を往くと、萱葺きの門が見えてきます。

西光寺の見事な萱葺きの表門
西光寺の見事な萱葺きの表門

そこが西光寺で、町中にある小さなお寺です。
萱葺きの表門は、落ち着いて趣があり、塵一つなくきれいに掃き清められ、静謐な雰囲気が漂います。
門前に立つと、シャキッと背筋が伸びるような気持ちになります。

この西光寺は、法然上人の没後に、山門の徒が専修念仏の興隆をねたみ、大谷廟所を破却したとき(嘉禄3年・1227)、門徒たちが上人の遺骸を、8ヶ月間、移し置いた遺跡の地にあたるそうです。。
めざす阿弥陀如来像も、法然上人の念持仏であったと伝えられています。

西光寺に遺されている、圓光大師・法然上人の石碑
西光寺に遺されている、圓光大師・法然上人の石碑

阿弥陀如来像は、事前にご連絡して拝観のお願いを差し上げると、拝することが出来ます。
御本尊阿弥陀像は、鉄筋コンクリート造りの本堂に祀られており、ご住職のご案内で、眼近に拝することが出来ました。

本堂に祀られる西光寺・阿弥陀如来像
本堂に祀られる西光寺・阿弥陀如来像



【完成度の高さに驚く、まさに秀作像】


期待に違わぬ、見事で素晴らしい仏像です。
1メートル弱の小像ですが、雄大で堂々とした造形感をたたえています。
優れた彫技による、伸びやかな表現力が冴えているという感じでしょうか。

西光寺・阿弥陀如来像

西光寺・阿弥陀如来像
西光寺・阿弥陀如来像

写真で見たときも、大変出来の良い像だと感じたのですが、直に拝してみると、まさに秀作に間違いないと実感しました。
9世紀末から10世紀の制作といわれています。
この時期の像で、これだけ完成度が高い造型の仏像は、なかなかないのではという気がします。



【思い浮かぶのは、清凉寺の阿弥陀如来像】


そして、この阿弥陀像を拝してると、清凉寺の国宝・阿弥陀如来像の姿が、思い浮かんできます。

清凉寺・阿弥陀如来像
清凉寺・阿弥陀如来像

清凉寺の阿弥陀像は、源融の山荘であった寺、棲霞寺阿弥陀堂の本尊であった像で、寛平8年(896)に造立された阿弥陀像です。
この清凉寺阿弥陀像三尊像は、9世紀末では、最高級レベルの出来の秀作仏像だと思っているのですが、西光寺像は、その系譜にあることを感じさせるのです。
清涼寺像よりは、少し穏やかさがみられるようですが、出来の良さでは近いものがあるといえそうな造形です。

伊東史朗氏も、清凉寺阿弥陀像との関連に言及し、このように述べています。

「重量感ある体躯で、眦(まなじり)が長く、唇には独特の抑揚があり、衣文は鎬を残しながら硬い。
・・・・・・・・
全体として、仁和寺阿弥陀如来像(888年頃)や、棲霞寺阿弥陀如来像(896年頃)のもつ、硬化した乾漆的表現に近く、同じ性質のものと見られる。」
(「日本古寺美術全集9巻・神護寺と洛西洛北の古寺」1981年・集英社刊)


清凉寺・阿弥陀如来像~顔部.西光寺・阿弥陀如来像~顔部
(左)清凉寺・阿弥陀如来像、(右)西光寺・阿弥陀如来像~顔部

西光寺の阿弥陀如来像、私は、京都市中の仏像の中でも、なかなかの秀作として指折りの像に入ってもよいのではないだろうかと、秘かに思っています。
私の記憶では、過去、展覧会などに一度も出展されたことがない筈で、それ故、秀作なのに、あまり知られていないのではないでしょうか?

是非一度、西光寺を訪ねられて、この阿弥陀像の素晴らしさを味わってみられることを、お薦めします。




3.東山区・六道珍皇寺の薬師如来像


最後のご紹介は、六道珍皇寺の薬師如来像です。

六道珍皇寺・薬師如来像

六道珍皇寺・薬師如来像
六道珍皇寺・薬師如来像



【凛とした「ますらおぶり」のお顔が魅力の薬師像】


ご覧のとおり、誠に、端正で凛としたお顔の仏像です。
「ますらおぶり」という言葉があたっているのかよく判りませんが、私には、そのような男らしい感覚のする仏様です。
「カッコよくて、鼻筋の通ったいい男」
という感じがするのです。
結構、私のお気に入りの仏像になっています。

像高125.3㎝、平安前期に遡る制作とされ、重要文化財に指定されています。



【盂蘭盆前の「六道まいり」でお馴染みの六道珍皇寺】


この薬師像のある、六道珍皇寺は、「六道さん」の名で、京都人には大変お馴染のお寺さんです。
東山区の東大路松原通を入った、六波羅蜜寺の近くにあります。

六道珍皇寺
六道珍皇寺

京都では、8月の盂蘭盆の前の8月7日から10日に、先祖の御霊をお迎えするために、珍皇寺へ「六道まいり」に参詣する風習があります。
この珍皇寺の辺りは、平安時代には、京の東の墓所であった鳥辺山の麓でした。
俗に六道の辻と呼ばれた葬送の地であったことから、お盆には、冥土から帰ってくる精霊たちは、必ずここを通るものと信じられた事に由来しているそうです。

今でも、六道まいりの日の夜には、参詣の人々で、大変な賑わいとなります。

「六道まいり」の夜の六道珍皇寺
「六道まいり」の夜の六道珍皇寺

「六道まいり」参詣の人々でにぎわう六道珍皇寺境内
「六道まいり」参詣の人々でにぎわう六道珍皇寺境内

お出かけになったことのある皆さんも、いらっしゃるのではないでしょうか。
ご紹介の薬師如来像は、普段は秘仏として公開されておらず、この「六道まいり」の期間に限ってご開帳され、拝観することが出来ます。
近年では、六道まいりの日以外にも、京都非公開文化財特別公開などで、スポット的に公開されることがあるようです。



【思わず惚れ込む、鼻筋の通った端正な目鼻立ち】


私は、六道参りの日に、2度ほど、この薬師如来像を拝することが出来ました。
薬師像は、本堂への参道の右側にある薬師堂(収蔵庫)に祀られています。

薬師如来像が祀られる六道珍皇寺・薬師堂

六道珍皇寺・薬師如来像
薬師如来像が祀られる六道珍皇寺・薬師堂と、薬師如来像

一度は、夜に拝しましたが、堂内の明かりの中に浮かび上がる、薬師如来像の美しいお顔を拝すると、結構惚れ込んでしまいました。

鼻梁が高く鼻筋が通って、奥行きのあるお顔です。

端正な面貌の六道珍皇寺・薬師如来像端正な面貌の六道珍皇寺・薬師如来像
端正な面貌の六道珍皇寺・薬師如来像

頬がちょっとふくよかで、スッキリと清々しい目が、美しさを際立たせています。
「こんな端正な目鼻立ちの男性がいたら、女性にすごくもてるのだろうな!」
こんな、不謹慎な気持ちになってしまいます。

「良いお顔をされている。」
というのは、こんなお顔立ちのことを云うのでしょう。
本当に、出来の良い面貌の像です。

少し穏やかさが匂う面立ちは、平安前期といっても、ちょっと下がる頃の制作かなと、想像させますが、大変出来の良い面貌の像です。



【ちょっと残念~体部は後世の出来の良い補作】


よく見ると、お顔には漆箔のひび割れが結構入っていますが、体部は、光沢のある材で滑らかに仕上げられ、衣文の彫も浅くなっています。

お顔と体部で調子が違う六道珍皇寺・薬師如来像
お顔と体部で、調子が違う六道珍皇寺・薬師如来像

頭部と体部で、ちょっと時代が違うようです。

「仏像集成・第3巻」の解説には、

「本像は本堂の本尊であったが、近年薬師堂の建立に伴い、そちらに移された。
左掌上に薬壺を載せて坐す通形の薬師如来坐像であるが、頭部の平安前期に遡る古様さと、体部の造型感覚は一致せず、中古に体部を補したものと考えられる。」
(吉原忠雄氏解説・1986刊)

と述べられています。

たしかに体部は、後世の補作なのでしょうが、いつ頃、補われたものなのでしょうか?
補作とはいうものの、なかなか上手く造形されているように思えます。
質感は随分違いますが、造形的違和感は、さほどに大きく感じません。
ただ、当初は、もう少しダイナミックな体部、衣文となっていたのかも知れません。


六道珍皇寺の薬師如来像、お顔だけが平安古仏とはいうものの、その端正な面立ちは、十二分にご紹介の値打ちのある平安古仏だと思います。
拝していると、静かで穏やかな気持ちになる、お気に入り仏像です。


「京のかくれ仏探訪」の最終回は、洛中のお気に入りの平安古仏の如来像、三躯を、紹介させていただきました。


全10回、ダラダラと綴ってきましたが、これでおしまいにさせていただきます。
知られざるマイナーな古仏のご紹介でしたが、お付き合いいただき、有難うございました。

それぞれ、京都を訪れたついでに、ふらりと観仏という訳にはいかず、拝観予約等のお願いをしてから訪ねていかねばならない仏像ばかりのご紹介でしたが、それぞれに、個性的で惹き付けられるものを感じる古仏ばかりではないかと思います。

ご関心、ご興味を感じられましたら、一度、訪ねてみられては、如何でしょうか?