観仏日々帖

新刊旧刊案内~「仏像再興~仏像修復をめぐる日々」 牧野隆夫著 【2016.4.10】


仏像の修理修復をめぐる「ちょっと変わった本、考えさせられる本」が出ました。


「仏像再興~仏像修復をめぐる日々」 牧野隆夫著
2016年2月 山と渓谷社刊 【333P】 1800円


「仏像再興」牧野隆夫著

「仏像再興」牧野隆夫著



【知られざる仏像の修復をめぐる本】


「仏像の修理修復について書かれた本」というと、誰もが知っている有名な仏像の修理についての話をテーマに、

・修理の苦労話、打ち明け話、墨書銘や納入品の発見話、
・修理で分かった仏像の内部構造や造像技法の話、
・修理修復についての手法や技法の話

こんなことが書かれた本を想像してしまいます。

ところが、本書には、このような話は、ほとんど出てきません。
また、奈良、京都の著名な仏像の話や、国宝、重要文化財に指定された仏像の話は、全く登場しないのです。
登場するのは、伊豆や東北といった地方に残された県指定や町指定の仏像の修理修復についての話ばかりです。
「そんな仏像あったのかしら?」
と、首をかしげてしまうような、知られざる仏像ばかりです。


本書の目次をご覧ください。

「仏像再興」目次

目次に名前が挙げられて仏像のことを、よくご存じの方は、あまりいらっしゃらないことと思います。

地域の信仰の中で営々と守られてきた仏像を、如何に修復し守り続けていくのかという世界に身を置いてきた、著者・牧野氏の人生の道程を綴った本と云えるのだと思います。



【「仏像の町医者」の仏像再興】


本書の副題には、

「仏像の『町医者』三十数年の記録」

という、コピーが記されています。

牧野隆夫氏は、古仏像の修理修復に携わってきた方ですが、自らを「仏像の町医者」と称しています。

牧野隆夫氏
牧野隆夫氏
これは、京都にある「美術院国宝修理所」を、「国立の総合大病院」と例えるならば、牧野氏自身は、まさに「仏像の町医者」として、修理修復に取り組んできたということを、象徴的に言い顕しているのだと思います。

ご存じのとおり、公益財団法人・美術院国宝修理所は、我が国、最高レベルと云ってもよい、仏像、美術工芸品の修理修復機関です。
国の国宝、重要文化財に指定されている仏像や、それに準ずる仏像の修理修復は、すべてと云ってよいほどに美術院国宝修理所の手によって修理修復されます。
当然に、修理される仏像は、国、地公体の手厚い補助金が交付され、最高最新レベルの丹念な修理が施されることになります。


牧野隆夫氏が修復にあたる仏像は、美術院が手掛けるような国宝、重要文化財級の仏像ではなく、県・市町村指定文化財か無指定の仏像です。
修理の補助金もなかなか出ない古仏像たちです。
文化財としてのグレードは、ランクが下ということになりますから、国の保存修理への手は回らないのは当然のことで、資金面からも、破損、朽損したまま放置されてしまう宿命にありがちです。

「立派な総合病院」に入院するのは、お金もなく難しくて、「町医者」の手で直してもらうしかない仏像とでもいうのでしょうか。
こうした仏像は、各地に夥しい数が残されています。
平安鎌倉の古仏像もあれば、江戸時代の新しいものもありますが、文化財としての価値とは関係なく、地元の人々の熱い信仰の対象として、長く守られてきているのです。

牧野氏は、こうした仏像達を、修理修復する、まさに「町医者」の道を歩んでいます。
本書を読み進んでいくと、

・資金面で対応できる範囲での、出来得る限りでの修理修復
・人々の信仰する仏像の姿と、文化財としての修復との兼ね合い

などを如何に進めるかといった、ジレンマ、問題提起が、各所に綴られています。

工房で国清寺釈迦如来像の修復作業をする牧野隆夫氏
工房で伊豆・国清寺釈迦如来像の修復作業をする牧野隆夫氏



【読み進むうちに、いろいろ考えさせられる本~内容紹介と書評】


Amzonの本書の内容紹介には、このように書かれています。

「三十数年にわたり、地方の仏像修復を手掛けてきた「仏像の町医者」牧野隆夫氏による仏像修復の記録。

京都・奈良の有名寺院に祀られる国宝級の美仏以外に、全国各地には数百万体の仏像が存在する。
長い時を経てその多くは壊れかけ、ひそかに朽ち果てようとしている像も少なくない。
これらの仏像は、現在まで誰がどのようにして守ってきたのか?
昔の人々は、仏像の修復を、「再興(=再び興す)」という言葉で表し、実践してきた。
著者が出逢った仏像たちに残されたその痕跡は、学術資料的価値の保存に偏った、現代「文化財修理」とは、まったく別の考えに立脚したものだった。

「人はここまで壊れたものを、なぜ直そうとするのだろうか」
日本人にとっての仏像とは、いったい何であったのか?
現代の「仏像再興」とは?
「美仏」めぐりだけでは決して見えてこない「日本の仏像」の本質が見えてくる。

仏像愛好家、日本の文化をもっと知りたい人へ――修復家からの一冊。」


読売新聞の書評欄にも、本書が採り上げられていました。
清水克行氏(日本史学者・明治大教授)による書評ですが、その一部も、ご紹介しておきます。

「・・・・・・・
現在、全国の仏像の数に比して、修復技術者の数が圧倒的に足りない。
味方であるはずのお寺の住職や研究者のなかにも、無理解な人が少なくない。
また、それに付け込んで怪しげな仏像「修復」業者たちも暗躍する。
過去には明治の廃仏毀釈、そして平成の大震災が、仏像たちの受難にさらに拍車をかける。

本書には、そうした現実に直面した著者が仏像修復を生涯の仕事と志すまでの若き日の経緯と、いま抱えている課題が率直に語られている。
そのなかで、信仰と文化財保存の谷間で「修復」とはいかにあるべきか、修復の「報酬」はどうあるべきか、といった問題も語られてゆく。

悲しいかな、政府が「文化芸術の発信」を謳いながらも、そうして失われてゆくものを個人の力で辛うじて食い止めているのが、この国の現状なのだ。
それでも、著者の修復作業が若い学生たちとともに行われ、著者のもとから明日の修復師たちが育っていっているのが、大いなる救いだ。

本書には著者に修復された御仏の美しい姿の数々が鮮明な写真で並ぶ。
いつの日か、著者たちの尊い労苦を思いながら、その実物を拝してみたいと思った。」

(2016年03月21日付、読売オンライン掲載)


私が、くどくどと本の内容の説明を書くよりも、このAmzonの紹介、清水克行氏の書評をみていただいた方が、よほど本書の魅力が、的を射てコメントされていると思います。


私も、本書で、牧野氏の仏像再興への取り組みの日々を、いつもの仏像の本を読むのと全く違う気分で読みました。

日頃、仏像を拝するとき、ついつい文化財、彫刻作品として見て、出来の良し悪しを云々してしまいます。

しかし本書に登場し、再興される仏たちは、土地土地に伝えられ、朽ちたり壊れたりしながらも、人々の信仰の中で祀られ守られてきた仏たちです。

私も、全国各地の「地方仏」を、随分訪ねて回りましたが、保存・修復もままならず、さびれたお堂や地区の集会所のようなところに祀られた仏像に、随分出会いました。
最近は、過疎が進む中、住職もいなくなって無住となり、地元の人々の熱い信仰と心持で、やっとのことで守られている像も多いようです。
平安~鎌倉の古仏でも、痛々しいほどに、朽損していたり、あまりに稚拙な上塗りがされていたりすることがあるのですが、
「大切な仏様なので修理したいのですが、なかなか費用も無くて難しいのですよ。」
という話を、何度も聞かされたことがあります。

こうした仏たちを、如何に苦労して修理修復していったのかという物語が、本書の中で、人肌で語られています。

牧野氏は、仏像修理修復のことを、「仏像再興」という言葉で呼んで、このように語っています。。

「昔の人々は、修理のことを再興と言った。
仏像再興とは、壊れ朽ち果てようとしていた仏像を再び興すということで、人々が仏像とともに生きていこうという意思を表し、像に永遠の命を託した言葉である。」

乏しい修理資金の中で再興を進めるため、大学の講座テーマに「仏像修復」を組み込んで、学生達とともに仏像再興に取り組む苦労話などを読んでいると 、何やら心撃たれるものと、ほっとするものを感じました。

向居薬師堂・薬師如来坐像~反故紙で表面貼りされている
山形・向居薬師堂・薬師如来坐像(修理前)~反故紙で表面貼りされている

東北芸術工科大学の学生達に担がれお堂に戻る向居薬師堂・薬師像
東北芸術工科大学の学生達に担がれ、お堂に戻る向居薬師堂・薬師像

修復が終わり、お堂に戻された向居薬師堂・薬師像
修復が終わり、お堂に戻された向居薬師堂・薬師像

仏像の「文化財」としての重要性もさることながら、
「地域の人々の心と共に在る仏像という文化」
を如何に守り引き継いでいくかは、本当に悩ましいことだなと、今更ながらに感じた次第です。

いつもご紹介する本は、「興味深くとか、興味津々でとか、愉しく面白く」読んだ、と書くのですが、
今回は、「しみじみとか、心にズッシリとか、なにやら考えさせられて」そんな気持ちで読み進みました。



【いくつかの発見物語】


こうした中でも、牧野氏は、いくつかの大きな発見に遭遇しています。

ひとつは、昭和59年(1984)、伊豆修善寺の本尊・大日如来坐像の体内から、「承元4年 大仏師 実慶」の墨書銘を発見し、1210年に慶派・実慶の作であることが明らかになった話です。
このとき体内から発見された「黒髪」が、北条政子のものではないかと、新聞紙上などを大いに賑わせたことは、ご記憶にあるかもしれません。

修善寺・実慶作大日如来坐像修善寺・大日如来坐像の体内に遺された実慶作の墨書銘
修善寺・大日如来坐像と、体内から発見された実慶作の墨書銘


そして、静岡県函南町の桑原薬師堂の阿弥陀三尊像からも、同じく、仏師「実慶」の墨書銘を発見しました。
桑原薬師堂・実慶作阿弥陀三尊像
桑原薬師堂・実慶作阿弥陀三尊像

両像共に、それまで県指定文化財でしたが、この「実慶銘の大発見」によって、国の重要文化財に指定されることになりました。

もうひとつは、山形県長井市・普門坊の秘仏・馬頭観音像(県指定文化財)の修復に際し、これまで江戸時代の制作と考えられていた像が、鎌倉時代の制作であることが明らかになった話です。

山形普門坊・馬頭観音像
山形普門坊・馬頭観音像

本書には、その時の、驚きの発見の有様などが、活き活きと語られています。。



【著者主宰工房や、執筆連載のご紹介】


著者の牧野隆夫氏の経歴は、次の通りです。

牧野隆夫氏(東北芸術工科大学において)
牧野隆夫氏(東北芸術工科大学において)
1950年、岡山県生まれ。

東京藝術大学大学院美術研究科保存修復技術彫刻専攻修了後、伊豆半島で仏像修復。
「吉備文化財修復所」を設立し、各地の仏像の調査と約300体の修復を手がける。

12年間東北芸術工科大学教授。
退任後同大学卒業生と山形県に(有)東北古典彫刻修復研究所を設立、同研究所代表。

山形県文化財保護委員、東京学芸大学等非常勤講師。

氏の主催する「吉備文化財修復所」「東北古典彫刻修復研究所」は、それぞれHPがNET上に掲載されています。
修復の仕事の概要や、修理実績などが、掲載されています。


牧野氏の仏像修復の話についての、最新の耳寄り情報です。

氏は、現在、伊豆新聞に「伊豆の仏像修復記」と題する連載を執筆掲載中です。
本書「仏像再興~仏像修復をめぐる日々」の伊豆バージョンが、ドキュメントタッチで詳しく語られています。
週1回掲載で、現在で、連載・第42回となっています。
この連載は、伊豆新聞HPに掲載されていますので、WEB上で読むことが出来ます。
ご関心のある方は、是非ご覧ください。

伊豆の仏像修復記・第1回~「實慶作」墨書くっきり 境内の興奮

第2回以降は、「伊豆の仏像修復記・第1回」のページ画面右上の検索ワード欄に「伊豆の仏像修復記」と入力して検索すると、全部の回のインデックスが表示されます。



【近年、仏像修理について書かれた本】


ところで、近年、時ならぬ仏像ブームだといわれる中で、「仏像修理」にかかわる人の著書も、結構刊行されるようになりました。

仏像修理に関する本については、以前に、神奈川仏教文化研究所HPの「埃まみれの書棚から~明治の仏像模造と修理【修理編】」で、紹介させていただきましたので、参考にしていただければと思います。
そこでは、ご紹介したのは、結構古い本ばかりでした。

ちょうどよい機会ですので、近年、ここ5~6年の間に出版された、仏像修理にかかわる本を、ここでご紹介しておきたいと思います。
単純な、本の羅列になりそうですが、ご勘弁ください。


「壊れても仏像~文化財修復のはなし」飯泉太子宗著 
2009年白水社刊 【229P】1700円

「時をこえる仏像~修復師の仕事」飯泉太子宗著  
2011年筑摩書房刊 【168P】780円

「壊れても仏像」飯泉太子宗著「時をこえる仏像」飯泉太子宗著


「修復という仕事は、実は仏像を見るには一番いいポジションである。
実際の修復現場から修理過程の写真を使って、知られざる仏像の姿をリポート。
修復者の視点から描く仏像の入門書。」
「仏像の修復の現場を案内しながらだからこそ知り得る少し変わった、仏像の見方を紹介。観て・触れて・解体して・直して・考えた仏像入門。」

このような、内容紹介がされています。
仏像修理に携わった眼から見た、仏像のはなし、仏像随筆で、気楽に愉しく読める本です。

著者・飯泉太子宗氏は、1974年生まれで、美術院国宝修理所に勤務後、牧野隆夫氏主宰の「吉備文化財修復所」に勤務後、自ら「古仏修理工房」を設立、仏像修復に携わっている仁です。



「天平の阿修羅再び~仏像修理40年・松永忠興の仕事」関根真理編著 
2011年日刊工業新聞社刊 【183P】 1400円

「天平の阿修羅再び」関根真理編著

著者・松永忠興氏は、昭和16年(1941)生まれ。
東京芸術大学彫刻科・修士課程修了後、美術院国宝修理所に入所し、西村公朝氏の下、多数の国宝仏像の修理に携わりました。
美術院・研究部長を務め、平成20年(2008)退任後、「和束工房」を主宰し、仏像修理や後継者育成にあたっている仁です。

本書は、美術院在籍時代に修復に携わった主要仏像についての、回顧、回想が語られています。
松永氏は、仏像修理のほかに、美術院国宝修理所にて制作した、古仏像の模造制作にも携わり、観心寺・如意輪観音坐像、興福寺・阿修羅立像の模造、円成寺・大日如来坐像の模造を制作しました。
本書の題名「天平の阿修羅再び」は、阿修羅像の模造制作に因んで名づけられたものです。



「祈りの造形~評伝・西村公朝の時空を歩く」大成栄子著 
2015年新潮社刊 【303P】 1500円

「祈りの造形」大成栄子著

「西村公朝」という名前は、皆さん、良くご存知のことと思います。
仏像修理の第一人者として、長年、美術院国宝修理所の所長を務めた人です。
仏像修理の世界よりも、嵯峨野・愛宕念仏寺の住職として、仏像彫刻作家として、また数多くの著作でも著名です。
西村公朝氏、本人の著作は数えきれないほどで、AMAZONで検索すると30~40冊ありました。

本書は、昨年刊行された、西村公朝氏の評伝です。
著者の大成栄子氏は、西村公朝氏の長女にあたる方です。
父、西村公朝氏の生誕から、
「美術院の仏像修理技術者として、愛宕念仏寺の住職・僧侶として、仏像彫刻作家として」
それぞれの世界での姿と足跡が、丹念に綴られています。



「壊れた仏像の声を聴く~文化財の保存と修復」籔内佐斗司著 
2015年角川学芸出版刊(角川選書)  【176P】 1600円

「壊れた仏像の声を聴く」薮内佐斗司著

籔内佐斗司氏の名前は、ご存じの方も多いのではないかと思います。
2010年、平城遷都1300年祭のマスコットキャラクター「せんとくん」をデザインした方として、世に広く知られています。
仏像修復の第一人者ですが、彫刻家として著名です。
現在は、東京藝術大学大学院教授(文化財保存学)で、同大学大学院美術研究科保存修復研究室において仏像の古典技法・修復技術の研究、指導に携わっている仁です。

薮内氏の指導する研究室は、
「東京藝術大学 大学院美術研究科文化財保存学専攻 保存修復彫刻研究室」
という立派なHPを作成しており、仏像の修理修復に関する、興味深く充実したコンテンツが、盛り沢山に掲載されています。
是非一度、ご覧ください。

本書の方は、文化財保護に関する一般的な知識や、日本の仏像彫刻の歴史、さらに実際の仏像修復の様子などが記されており、文化財の保存と仏像の修理修復のガイダンス的な内容になっています。
仏像彫刻の世界に詳しい方には、ちょっと内容が物足りないかもしれません。


一昔前だと、こんな仏像の修理修復といったマイナーな方面の本が、いくつも出版されるなど、考えられないようなことのように思います。


仏像を愛好するものにとっては、大変有難いことです。

ご関心ありそうな本、一読されてみてはいかがでしょうか。