観仏日々帖

新刊・旧刊案内~アシュラブック


「アシュラブック」という本が出ました。


【アシュラブック】 北進一著 

2012年12月 美術出版社刊 151ページ 2300円


アシュラブック

表紙には、「決定版!奈良の美仏史 アシュラブック」という標題がピンクの文字でデザインされています。
本の帯をみると「なぜ 美少年か? Why Beautiful Boys? 」というキャッチコピーが眼に入ってきます。

この本、著者の北進一氏を存じ上げていなかったら、きっと私は買っていなかっただろうと思います。

本屋の棚で表紙だけ見て、

「最近はやりの仏像入門書、早わかりガイドブックの類の本だろうな。
今人気の興福寺阿修羅像をテーマにした本が、また出たのか」

こんな感じで、本の中身を確かめてみることもなく、「買うまでもない」と見送っていたことだと思います。

北進一氏は、中国仏教美術史が専門の研究者です。
この本の著者紹介には、


「1963年生まれ。和光大学人文学部芸術学科卒業。中国・山東大学留学。
美術研究センター講師など、主に生涯教育の講座を担当。
専門は中国仏教美術史だが、特に図像学の視点から仏教美術にとらわれず日本と中国の文化交流を探求中。」

と、紹介されています。

わたしは、NPO法人の美術研究センターで、北氏の話を聞かせていただくなどしています。
その北氏がこの本を出版されたというので、これは買わねばと、書店で買い求めました。

興福寺阿修羅像この本には、
「興福寺阿修羅像から東大寺不空羂索観音像へ」という副題が付されており、

◆CHAPTER1が、「阿修羅は何故美しいのか?」
◆CHAPTER2が、「美の理想像、阿修羅と不空羂索観音」

という構成になっています。

早速、ページを開いて、読み始めてみました。

表紙の装丁や、キャッチコピーから受ける印象のとおり、項立てや文章も大変やさしい言葉遣いで記されており、仏像初心の人でも、すっと入って行けるような平明さで綴られています。

「目次」の写真を載せておきますので、ご覧ください。

アシュラブック目次


アシュラブック目次


阿修羅をはじめとした八部衆のルーツや、我が国への伝来についての話、東大寺・三月堂の不空羂索観音と諸像造立のいきさつといった話などが、やさしくわかる本になっています。
インデックスのワーディングも、仏像の世界に自然と興味、関心がわいてくるような、惹きの良いキャッチコピーが使われています。

二三ご紹介すると、

阿修羅像・八部衆については、
*少年のような顔立ちのわけは? 
*巨大涅槃物の背後に阿修羅発見! 
*チーム八部衆の仲間として

東大寺不空羂索観音像については、
*驚きに事実が!基壇の大発見 
*戒壇堂の四天王も仲間だった!

というような感じです。

阿修羅変遷マップ
阿修羅変遷マップ・八部衆変遷マップと題した、インドをルーツとして中国、東南アジアへの伝播、日本への伝来が一目でわかる流れ図もついています。


「アシュラブック」というトレンディーなネーミングのとおり、気楽に、サラリと斜め読みに読み進めば、それはそれで愉しく読める本です。


ところが、読み進んでいくうちに、「オットびっくり!!」という内容なのに気が付きました。
一応、私は仏像初心者を卒業して、中級クラスを自負しているのですが、書かれている内容には、結構歯ごたえがあるというか、深いものがあるのです。
次々飛び出してくる様々な仏像を巡る話に、ついていくのがなかなか大変というのが、率直な実感でありました。
「これは、少々気合を入れて読まねば!」
そんな気持ちになりました。

それぞれの項立ての中には、阿修羅や八部衆のルーツ、源流になったインドの作例や、中国、東南アジアへ伝播していくときの多くのバリエーションある作例が、豊富に採り上げられ紹介されています。

また、最近の研究成果をも盛り込んだ興味深い話も、あちこちに盛り込まれています。

*最近の美術院での阿修羅像復元模造の話。
*阿修羅像の合掌手は、修理前には合掌していなかったと考えられる話。
*不空羂索観音の制作年代には、天平5年説から天平18~9年説まで、4説ある話。
*東大寺三月堂の八角二重基壇の用材が、年輪年代法で730年前後の伐採と判明した話。
*八角二重基壇の台座の仏像安置痕跡が発見され、戒壇堂四天王を含め7躯の塑像が安置されていたとみられる話。

等々、研究成果や最新情報があちらこちらにちりばめられているのです。

美術院模造......法華堂八角基壇
美術院模造・阿修羅像                        法華堂八角基壇      .


この本は、A5版、150ページという、比較的薄い本です。
そのなかに、これだけ豊富な作例や、多彩な情報が「てんこ盛り」に盛り込まれています。
ページ数の制約もあるのでしょうか、作例や諸情報の説明は、大変簡潔なものになっています。
その一つひとつをきっちり理解しながら、読み進もうとすると、結構歯ごたえがあるというか、深い内容になっているのです。
その分、大変興味深い話が次々と続いていくのですが、このページ数の中に数多くの情報が凝縮されて詰め込まれている感じで、ちょっと消化不良のような気分にもなるのかもしれません。


この本の中で、私が一番興味深く、惹き込まれて読ませてもらった話は、
著者・北進一氏が、採り上げた仏像の「制作経緯と発願者」に着目し、それぞれも仏像の姿かたちに発願者やその縁者の「現身の姿」を観てとろうという視点で、論じている処でした。

北氏は、前書きで、
「一体の仏像がつくられる経緯には、当時の社会状況や歴史的な理由があるということ。そして、なにより造像した人々の強い思いが込められているのです。」
と語っているのが、印象深く感じました。

「現身の姿」の仏像といえば、中国・唐の龍門石窟・奉先寺洞の廬舎那仏が思い出されます。
この像は、造像の願主であった女帝・則武天の姿を写した「現身の仏像」と云われています。

龍門奉先寺洞廬舎那仏
龍門石窟・奉先寺洞~廬舎那仏

北氏は、光明皇后が、この則武天の奉先寺洞・廬舎那仏造像の話に啓発され、興福寺西金堂仏像造立の願主として、諸仏を造立したと考えています。
興福寺西金堂仏像は、光明皇后の母・橘三千代の追福のために造立されましたが、

北氏は、
「本尊・釈迦如来坐像(現存せず)は、橘美千代の現身像ではなかったか?
阿修羅像には光明皇后の子供で、一歳で病没した基皇子の、生きていれば7歳に成長した面貌がイメージされているのでは。
沙羯羅像の童顔には、一歳で亡くなった時の基皇子の幼子の顔を観てとれるのではないか。」
といった、想定をされています。

さらには、
・薬師寺金堂の薬師三尊像の中尊は、持統天皇が「天武天皇の現身」として崇めた。
・東大寺三月堂の不空羂索観音像は、人民を救済する光の仏像、「聖武天皇の現身の仏」であった。
・観心寺・如意輪観音像は、檀林皇后と呼ばれる「橘嘉智子の美貌を写しとった仏像」。
・法華寺・十一面観音は、光明皇后を深く思慕した檀林皇后・橘嘉智子によって造像されたことがうかがえる。
と、述べられています。

それぞれの仏像の雄々しさ、美しさに、このような思いを致しているのです。

薬師寺金堂薬師如来像....三月堂不空羂索観音像
薬師寺金堂・薬師如来像                   三月堂不空羂索観音像    .


観心寺如意輪観音像.....法華寺十一面観音像
観心寺・如意輪観音像                   法華寺・十一面観音像   .

仏像の造像経緯や、発願者の思いが、「現身の仏像」を造らせていくというロマンに満ちた発想で、仏像の美しさの秘密について史実をしっかり踏まえて、語られています。


このような視点からの仏像の見方には、ある意味新鮮で、惹きつけられるものを感じます。

私も、以前から、

「発願や造立に、女性が深くかかわっている仏像の表現や姿かたちには、何やら女性特有の優しさや美しさがあらわされているのではないだろうか?」

という気持ちを秘かにいだいておりますので、北氏の、この視点には、強い関心を持った次第です。

「アシュラブック」は、コンパクトな本ですが、なかなかの読み応えのある本です。

一度、読んでみられてはいかがでしょうか。

古仏探訪~加古川市 鶴林寺・薬師三尊像御開帳


鶴林寺、秘仏本尊・薬師三尊像の御開帳に、同好の方々と行ってきました。

この御開帳は、今年の秘仏御開帳の中でも大注目のものでしたので、いろいろな仏像愛好ブログなどに、観仏記や探訪記がたくさん掲載されています。
今更、この「観仏日々帖」に採り上げるのも如何かと思ったのですが、ご拝観の印象などを紹介させていただければと思います。

この薬師三尊像は、「拝することはもう無理かな」と、あきらめかけていた秘仏でした。
なんといっても、60年に一度の開扉という厳重秘仏で、前回開扉は1997年(平成9年)でしたから、次は2057年になります。
還暦を過ぎた私にはもう拝することはかなわないのだろうと思っていました。

この1997年の開扉の時に、これまで調査されることもかなわなかった鶴林寺・本堂の薬師三尊像と二天像が調査され、平安時代・10世紀ごろの仏像であることが明らかになったのです。
新聞紙上でも採り上げられ話題になったのですが、加古川まで出かけることは出来ませんでした。

鶴林寺本堂・内陣
鶴林寺本堂・内陣

開扉の翌年1998年に、薬師三尊像と二天像が、一気に重要文化財に指定されたのです。
無指定からの大出世でした。
あの時、無理して出かけておればと悔やむことしきりだったのです。

そうしたら、なんとこの10月6日から11月25日まで、御開帳されるというではありませんか。

鶴林寺のHPには
1-2鶴林寺秘仏公開ポスター
「本年・平成24年秋に、兵庫県最古の建造物であります国宝・太子堂が再建900年を迎えるに併せて新宝物館が完成し、開館特別展ならびに本堂秘仏(本来は60年に一度御開扉される本尊・薬師如来)の慶讃特別ご開帳が行われることになりました。」
とありました。

「これを逃す手はない」
と、同好に方々と、秘仏御拝観に出かけたのでありました。


私は、11月3日・文化の日に出かけましたが、それなりの人の賑わいでありました。
入山料・特別拝観料・宝物館入場料合計で1700円也を払い、いざ拝観です。

鶴林寺山門.....鶴林寺本堂
鶴林寺山門                        鶴林寺本堂

本堂に入ると、内陣の横長の五間の扉が開扉され、内陣の中に入って薬師如来坐像を本当に間近に拝することが出来ました。
像高・132.9㎝、半丈六の金色の薬師如来坐像です。
なかなかのボリューム感で、どっしり落ち着いた感じの像です。
しかし「すごく魅力あふれる仏像だ!」とか「素晴らしい仏像だ」という第一印象ではありませんでした。
何か物足りないというか、しっくりこない感じがするのです。

鶴林寺・薬師如来坐像
10世紀の平安仏を拝しているという気持ちになりません。
「どうしてかな?」と思っていて、気が付きました。
お顔と頭部が、10世紀の仏像の雰囲気ではないのです。
お顔は、後世の金箔がべったり貼られていますし、頭部、顔面部に後世の手が大分入っているようです。
顔を見ていると、平安古仏というには、随分、違和感を感じます。
そのことが第一印象でこの仏像に惹きつけられない、大きな原因になっているような気がします。



鶴林寺で買った本、「鶴林寺とその全盛時代」の「鶴林寺の彫刻」(根立研介氏執筆)という章には、本像について、このように書かれていました。

「表面の漆箔仕上げは後世のものに替わっており、面部も少し修正が加えられたとみられることもあって、面貌の彫口などは多少鈍いものになっている。
それ以外にも、薬師如来像はかなり損傷を被った時期があったため、補修個所がほかにも見受けられる」

そこで、お顔・面部に気をとられないようにして、胸から下、衣文、脚部の造形をじっくり眺めてみると、それなりに量感豊かで安定感のあるボリューム表現は、なかなかのものというふうに見えてきました。
しっかり、10世紀の平安古仏です。
いわゆる定朝様の、繊細優美で薄造りな造形にいく前の、平安中期のボリューム感や弾力性が十分に表現され、魅力を感じます。

やはり、我々素人レベルでは、その像の印象が「お顔の造形」の出来具合いや魅力度に、ものすごく引っ張られてしまうようです。
そこで、手に持っていたパンフレットをかざして、顔・頭部がみえないようにして、首から下だけが見えるようにして眺めてみました。
そうして観ると、なかなかの出来で魅力の仏像であることが、よく観てとれました。

ちょっと思い出したのは、逆に、「お顔と頭部の魅力と美しさ勝負」で、圧倒的な人気を博している仏像のことです。

秋篠寺伎芸天像秋篠寺の伎芸天像です。

この像は、その美しさにほれ込み、魅惑され、虜になってしまった人が数多く、色々な人がその美しさを本に綴っています。
皆さんご存知のとおりで、この伎芸天像は、首から上が奈良時代の脱活乾漆像で、首から下は鎌倉時代の木彫像です。
鎌倉木彫部分も、天平仏に倣って大変良く出来てはいますが、やはり鎌倉彫刻であることは覆い隠せません。
しかしながら、伎芸天の物憂げで美しいお顔を見ていると、誰もが惚れ込んでしまうのです。

仏像といえども、彫刻作品。
彫刻作品は、何をおいても「顔が勝負だ!」、とつくづく思いました。


話しは、鶴林寺・薬師如来坐像に戻ります。
この像は、京都の六波羅蜜寺・薬師如来坐像、播磨の円教寺講堂本尊・釈迦如来坐像に近いものがあり、10世紀後半の制作であろうといわれています。
六波羅蜜寺・薬師如来像は貞元2年(977)ごろの作、円教寺・釈迦三尊像は永延2年(988)ごろの作といわれています。

この三躯の正面写真をご覧になって、どのように感じられるでしょうか?

鶴林寺・薬師如来坐像
鶴林寺・薬師如来坐像

六波羅蜜寺・薬師如来坐像.......円教寺釈迦如来坐像
六波羅蜜寺・薬師如来坐像                  円教寺釈迦如来坐像

たしかにその通りで、その造形には似通ったものが感じられます。
写真ではよくわかりませんが、今回しっかり近づいて、正面や斜めから観ることができた実感としては、この中では鶴林寺像の腹部から膝部にかけての造形は、ほかの二像よりも、随分伸びやかで張りがあり、弾力感があるもののように感じました。
穏やかでちょっと形式化を感じる10世紀後半彫刻よりも、平安前期彫刻の余韻をまだ残しているような気がしました。

本堂の内陣には、写真にある日光月光の脇侍菩薩像、二天像の姿が見えません。
これら4躯の像は、落成した新宝物館に写されていました。
本尊・薬師如来坐像を含めた5躯の像は、ほぼ同じ時期に造られたのではないかといわれています。

右脇侍・月光菩薩立像..........左脇侍・日光菩薩立像
右脇侍・月光菩薩立像           左脇侍・日光菩薩立像               .

二天像・持国天像....二天像・多聞天像
二天像・持国天像           二天像・多聞天像            .

注目すべきは、この5躯の構造・技法です。

用材は全てカヤ材。
薬師坐像は「一木造り」で膝前は別材、両脇侍菩薩も「一木造り」で蓮肉まで一材から彫り出しですが、二天像は左右二材を寄せた所謂「寄木造」で造られています。
「蓮肉まで一木」といった古様な技法と、新技法である「寄木造」の技法が同居しているのです。
一木造りから寄木造に移行していく過渡期的な時代を象徴するかのようです。

ご存じのとおり、六波羅蜜寺・薬師如来坐像は、寄木造りが始められた頃の「最も古い作例」と云われます。
六波羅蜜寺像は、角材2材を像の正中線に当たる位置で、左右に寄せています。
このパターンの左右2材を寄せた古例には、大阪・安岡寺・千手観音坐像、法隆寺講堂薬師三尊の両脇侍像などが知られています。
六波羅蜜寺像が貞元2年(977)頃、法隆寺講堂像が正暦元年(990)頃の制作と云われていますから、10世紀末頃に左右2材寄せという技法が考案され、寄木造りが始められたのだと考えられています。

鶴林寺の薬師三尊像・二天像は、この新旧技法が同居した技法で制作されていることが、大変注目されるポイントです。
技法面から見ても、鶴林寺諸像が10世紀末ごろの造立と考えられる所以です。
私は、薬師坐像は、10世紀末というよりは、もう少し古くても良いような気がしないわけでもないのですが、皆さんの印象はいかがでしょうか?

細かな技法の話が続いてしまいました。


さて、新たに落成した宝物館は、現代的センスのギャラリーのような建物でした。
中には、鶴林寺の諸仏、宝物が数多く展示されています。

鶴林寺・宝物館...鶴林寺・金銅聖観音立像
鶴林寺・宝物館                            鶴林寺・金銅聖観音立像

白鳳時代の金銅仏として大変有名な聖観音像も、この宝物館に展示されています。
通称「あいたた観音」と呼ばれて親しまれている仏像です。
その昔、盗人が観音さまを盗み出し、溶かして儲けようとしたら観音さまが「あいたた」と言ったので驚き、観音さまをお寺に帰し改心したという伝説があるそうです。

宝物館の記念グッズ売り場で、2冊の本を買いました。

一冊は、15.jpg

「鶴林寺とその全盛時代~室町折衷様式の美~」刀田山鶴林寺編、2009年・法蔵館刊(1500円)
という本です

この本には、秘仏・薬師三尊像の写真と解説が掲載されています。
薬師三尊像の写真は、厳重秘仏であるからでしょうか、他の出版物には掲載されていません。
この本の帯にも「平安期作の薬師三尊像を中核とする秘仏五尊像は初出版になる」と記されています。

「この本は絶対にゲット!」と、すぐさま買いました。
根立研介氏執筆の「鶴林寺本堂の彫刻」という解説が6ページにわたって掲載されており、期待通りの興味深い内容でした。


もう一冊買った本は、16.jpg
「韓国窃盗ビジネスを追え~狙われる日本の国宝~」菅野智子著、2012年・新潮社刊(1400円)
という本です。

なんとも、驚くような勇ましい書名で、
「なんでこんな本が、場違いに鶴林寺で売っているのだろうか?」

といぶかしく思いながら、手に取ってみました。
10月に出たばかりの新刊です。

内容は、近年、日本の古寺所蔵の朝鮮伝来の重要文化財などの古美術品が盗まれ、韓国で秘かに取引されているという事件がいくつかあり、この事件を追ったノンフィクション・ルポルタージュといった内容です。
実は、私は知らなかったのですが、鶴林寺所蔵の重要文化財、高麗仏画「絹本着色阿弥陀三尊像」が、2002年盗まれ行方不明になっているのです。
そして、本書はその犯人と盗まれた高麗仏画の行方を追うというのが主題になった本でした。
鶴林寺・高麗仏画「絹本着色阿弥陀三尊像」
鶴林寺・高麗仏画「絹本着色阿弥陀三尊像」

買って、一気に読んでしまいました。
この高麗仏画は、いまだに行方不明だそうですが、盗まれてからは、鶴林寺住職にブローカーのような人物などから何度か接触があったようで、ご住職は何とかお寺に戻すことができないかと、買戻し金を持って東京へ出かけたり、韓国までも出かけたりして、危険と隣り合わせで尽力されたこともあるようです。
犯人の後を追う話や、買戻しを試みるストーリーは、サスペンス&ミステリーを読んでいるような気分になりました。

今般落成した新宝物館が建設されたのも、この高麗仏画「絹本着色阿弥陀三尊像」の盗難が契機となり、防犯システムが完備した宝物館建設に取組まれたということだそうです。

鶴林寺の薬師三尊や諸仏観仏、なかなか充実したものでしたが、この秘仏観仏にあわせて、播磨の古仏、多可郡の楊柳寺、姫路市夢前町の蓮花寺の諸仏を拝してきました。

興味深く、魅力あふれる平安古仏でしたので、このあとの「古仏探訪」で、ご紹介していきたいと思っています。


(なお、鶴林寺・薬師三尊像他のカラー写真については、「鶴林寺とその全盛時代~室町折衷様式の美~」から転載させていただきました。)