FC2ブログ

観仏日々帖

古仏探訪~2018年・今年の観仏を振り返って 〈その4〉 11~12月  【2019.1.20】


年越しになった「今年の観仏を振り返って」も、〈その4〉の最終回となりました。


【11月】



【品川区内最古の仏像の特別公開へ~海蔵寺・菩薩坐像】



観仏先リスト~海蔵寺


品川区内最古の仏像とみられる、南品川 海蔵寺・菩薩坐像が特別公開されるという情報を知って、出かけてみました。

毎秋恒例の東京都品川区「文化財一般公開」で、初公開されるということです。
平安中期頃の制作とみられる古仏なのだそうです。

11月3日、一日限りの特別公開でした。
海蔵寺というお寺も、菩薩坐像も、全く知りませんでした。
本年9月に品川区と清泉女子大学の包括連携協定により、同大教授・山本勉氏と同学生の手で、本像の調査が実施され、その成果を踏まえて一般公開となったものということです。

品川区・海蔵寺
品川区・海蔵寺

結構、多くの人が特別公開を観に来られていていました。
山本勉氏もおられて、拝観用にお堂の前に安置された菩薩像の傍らで、拝観者の質問に答えるなどの説明をされていました。

海蔵寺・菩薩像
海蔵寺・菩薩像

なかなか美しい仏像でした。
とりわけ、しっかり整ったお顔の造形が魅力的です。

海蔵寺・菩薩像
海蔵寺・菩薩像

膝前が後補のようで、残念なところです。
カヤ材の一木彫で内刳りも無く、古様なのですが、穏やかな表現、衣文の彫りの浅さなどから11世紀前半頃の制作とみられるということです。
昭和の初めに信者から寄進されたということで、伝来は全く不明だそうです。

無指定の仏像ですが、なかなか出来の良い、魅力的な平安古仏に出会うことが出来ました。



【行快作の釈迦如来像の迫力、魅力を実感~東博「大報恩寺展」】


東京国立博物館で開催された「京都 大報恩寺~快慶・定慶のみほとけ」展に行きました。

大報恩寺に伝わる仏像が、全て勢ぞろいで出展されています。

「京都 大報恩寺~快慶・定慶のみほとけ」展チラシ

快慶、定慶作の十大弟子像、六観音像などは、大報恩寺の宝物館でいつでも眼近に観ることが出来るのですが、特別展では、これらの像を360度ビューで、また光背を取り外した六観音像の背面が観ることが出来るのが、大きな見処でした。

この展覧会で、私の一番の注目は、本堂安置の釈迦如来像が出展されたことでした。
行快の代表作として知られていますが、秘仏として祀られ、年に数回、8月、12月、1月の数日しか開扉されません。
本堂厨子の中に祀られていますが、開扉の際も、本堂外陣の離れたところからの拝観で、堂内も暗めで、細かいところまでは、よく拝することが出来ないのです。

大報恩寺・行快作釈迦如来像
大報恩寺・行快作釈迦如来像

展覧会場で眼近に観た、行快作・釈迦如来像は、期待に違わずなかなかの迫力がありました。
行快は快慶の一番弟子と云われていますが、快慶作品とはちょっと違う、ダイナミックで生々しいパワーを、しっかりと感じます。
近年、行快作品が続々発見され、話題になることが多くなりましたが、もうちょっと注目され、優れた造形が知られてもよいように思いました。

展覧会図録は、2300円と展示仏像の規模からすると高価だったのですが、なかなかの充実した内容で満足できるものでした。
掲載写真が大変クリアーで美しく、クローズアップ写真はとりわけ鮮明で、六観音像に穿たれた「錐点の痕」まではっきり見えます。
解説論考も読みごたえがあり、旧安置状況古写真や解体修理時写真も掲載され、この値段も納得です。



岡山方面へ半日観仏。

観仏先リスト~岡山観仏



【岡山 大賀島寺の秘仏本尊の御開帳へ~「今年の観仏NO1」の惚れ惚れする優作】


岡山まで、大賀島寺の秘仏本尊・千手観音立像のご開帳に出かけました。

大賀島寺は、瀬戸内市の大雄山山頂にあります。
ご本尊は、33年に一度限りの厳重秘仏で、11月17・18日の二日に限り、開帳されました。

ご開帳日の大賀島寺境内
ご開帳日の大賀島寺境内

大賀島寺・千手観音像~秘仏御開帳の看板
大賀島寺・千手観音像~秘仏御開帳の看板

大賀島寺・千手観音像は、2002~3年頃に新発見となった仏像で、2011年に一気に重要文化財に指定された優作です。

「今年一番の観仏は、何処の仏像だったか?」

と聞かれると、躊躇なく、
「何といっても、大賀島寺・千手観音像の秘仏御開帳が、文句なしの一番!!」
と答えるでしょう。

7年半ぶりの再会でしたが、やはり素晴らしい出来に惚れ惚れする、魅力満点の平安初期一木彫像でした。

大賀島寺の秘仏拝観記は、この観仏日々帖 「岡山県 瀬戸内市・大賀島寺の秘仏・千手観音像御開帳」 に、詳しく記させていただきましたので、そちらをご覧いただきたいと思います。

大賀島寺・千手観音像
大賀島寺・千手観音像

お厨子の真ん前で、眼近に拝することが出来ました。

千手を大きく広げた姿に、
「凛として、雄渾な、立ち姿」
「鋭く、流麗、緻密な彫技」
こんな形容詞が、思い浮かんできました。

第一級レベルの、バリバリの平安初期彫像です。

「やっぱり、思い切って、この御開帳に出かけてきて、本当に良かった。」

そんな気持ちに浸った、大賀島寺・十一面観音像との再会でした。


岡山まで出かけてきたので、餘慶寺(よけいじ)と安住院を訪ねました。



【吉備地方を代表する堂々たる如来坐像~餘慶寺の薬師如来像】


餘慶寺の薬師如来像は、吉備地方を代表する見事な平安古仏です。

春秋の一定期間しか公開されないのですが、特別にお願いして拝観させていただきました。
立派な堂塔伽藍の大きなお寺で、薬師像は、薬師堂の後ろに接続された収蔵庫に祀られています。

餘慶寺 境内
餘慶寺 境内

像高1.8メートル、堂々たる一木彫の薬師坐像です
一見して圧倒されるような、重量感、重厚感を感じます。

餘慶寺・薬師如来像
餘慶寺・薬師如来像

上下の目蓋をうねらせ、ぎゅっと引き締まった口元で、森厳な顔貌です。
迫力もボリューム感も十分で、平安前期像の雰囲気を漂わせています。

この薬師像を、かつて岡山県立博物館に出展されたときに観たときに、大変驚いたことがあります、
お堂での拝観は収蔵庫の入口、真正面からしか拝することが出来ないのですが、博物館での展示では、横に回って、側面から観ることが出来たのです。
これだけの堂々たる重厚感の像ですので、面奥、体奥が深いというか、すごく分厚いボリュームがあるのだろうと思ったら、意外や意外、存外薄めというか、厚みがないのです。
そんな目で観ると、衣文の彫りも、平面的な感じがします。

正面から見たボリューム感、迫力と、側面から見た感じがミスマッチなのです。

私は、この薬師像を彫った仏師は、
「画像を観て、それを手本にして彫ったのではないだろうか?」
などと、想像してしまいました。

「備前上寺山~歴史と文化財」図録(2006刊)の解説にも、

「雄渾で力強い立体表現を基本としながら、平面的な装飾性への志向がうかがわれる本像の作風は、醍醐寺薬師堂旧在の薬師三尊像(913年)や、法隆寺上堂の釈迦三尊像(923〜931年頃)など、十世紀前半の彫刻に共通するものといえ、そこに時代的な特徴をみてとることができる。」(松田誠一郎氏執筆)

と書かれていましたが、餘慶寺・薬師如来像の側面のミスマッチ感は、この解説以上の驚きでした。

いずれにせよ、この薬師像は、吉備地方を代表する、見事な堂々たる優作です。
十年余ぶりの嬉しい再会でした。



【発散する“気”を感じる安住院・聖観音像~9世紀の鉈彫りか?】


もう一つ、岡山市内の安住院を訪ねて、伝聖観音像を拝しました。

安住院
安住院

安住院・十一面観音は、20年ほど前、浅井和春氏により新たに紹介され、注目を浴びた仏像です。
(「岡山・安住院蔵の伝聖観音菩薩立像に関する一考察」(浅井和春)仏教芸術240号1998.09)
9世紀前半に遡る平安前期彫像とみられ、しかも鉈彫り像のようなノミ目を残した一木彫像なのです。

安住院・伝聖観音像安住院・伝聖観音像
安住院・伝聖観音像

はじめて拝したのは、もう10年以上前になりますが、発散する強い“気”のようなものに、息を飲んだ記憶があります。
像高1メートルほど、蓮肉まで一木の内刳りのない一木彫像です。
整ったとか美しいとかいう形容とは縁遠く、むしろ土俗的な畏怖感、霊気のようなものを感じさせます。
すごいインパクトです。

もう一つ、きわめて興味深いのは、体躯の各所にノミ痕がたくさん残されていることです。
顔面、胸、足先などには、くっきり鮮明にノミ目が刻まれています。
いわゆる「鉈彫り像」と云ってもおかしくありません。

東国特有の像といわれた鉈彫り像も、近年は、畿内以西でも鉈目のある仏像が見出されているようですが、安住院の伝聖観音像が9世紀前半に遡る像だとすれば、極めて初期の鉈彫り像(鉈目を有する像)で、なおかつ西国、吉備に残る作例ということになります。
極めて重要な位置付けの仏像と云うことになるのだろうと思います。

再会した聖観音像は、やはり強い“気”を発散させていました。
抉るような衣文の彫り口にも、籠められた気迫が宿っているような気がしました。
アクの強い像なのですが、強く惹きつけられ、心に刻みつけられる古仏です。


大賀島寺・秘仏十一面観音ご開帳、余慶寺・薬師如来像、安住院・伝聖観音像と、大変充実したこの日の岡山観仏となりました。


観仏の後は、岡山駅そばのイタリアンバル「POLPO II」で、同好の方々とこぢんまりと飲りました。
軽くのつもりが、素晴らしき観仏の余韻もあって、ワインを飲みすぎてしまいました。

イタリアンバル「POLPO II」
イタリアンバル「POLPO II」



【新発見の木心乾漆像を観に奈良博へ~愛媛 如法寺・毘沙門天像】


岡山観仏の翌日は、奈良へ寄りました。

奈良国立博物館「なら仏像館」に展示されている、如法寺・毘沙門天像を観るためです。

観仏先リスト~如法寺

今年(2018)、新発見となった、奈良時代・8世紀の木心乾漆像です。
奈良時代の木心乾漆像は全国で30件ほどしかなく、そのほとんどが、東寺の都、奈良県内に遺されています。
それが、愛媛県大洲市にある如法寺というお寺で見つかったのです。
ビックリの大発見でした。

この毘沙門天像の発見については、観仏日々帖 「奈良時代の乾漆造・毘沙門天像が新発見(愛媛大洲市・如法寺)」 で、ご紹介した通りです。
夏頃から奈良博に展示されているということで、早く観に行かなければ、と思っていたのですが、11月になって、やっと出かけることが出来ました。

目指す「毘沙門天像」は、なら仏像館・第4室に、ひっそりと展示されていました。

如法寺・毘沙門天像
如法寺・毘沙門天像
像高28センチという小さな像ですが、なかなかの出来の良さにビックリしました。
太造りで、短躯肥満というか、ズングリムックリで逞しいという造形ですが、小像とは思えない躍動感を感じます。
なかなか魅力的な像です。
8世紀の第三四半期頃の制作かとみられているようですが、単に、木心乾漆技法の像が見つかったというのではなくて、良質な奈良時代後期の乾漆作品の新発見だと納得しました。

本像の新発見が、プレス発表されたのは10月だったのですが、その後、MUSEUM676号(2018.10)に、 資料紹介「愛媛・如法寺 木心乾漆毘沙門天立像」(執筆:岩田茂樹氏) という解説論考が掲載されました。
X線、CTスキャン画像なども掲載され、詳しい調査結果や研究分析などが述べられています。

しっかりと奈良時代の木心乾漆作例として認められたということなのかと思うのですが、近いうちに、重要文化財に新指定されることになるのでしょうか?


奈良博に行ったついでに、落慶なった興福寺・中金堂にも寄ってきました。

落慶した興福寺・新中金堂
落慶した興福寺・新中金堂

こちらは大変な賑わいで、行列にしばらく並んで、やっと堂内に入ることが出来ました。
堂内には、南円堂から移された、北円堂原所在、運慶作とされる四天王像などが安置されていました。


この日の午後は、久々に「天平会」に参加。
京都山科・安祥寺と大津歴博「神仏のかたち展」を訪れました。



【奈良時代に遡る天平風の大型一木彫像と再会~安祥寺・十一面観音像】


観仏先リスト~安祥寺

安祥寺では、十一面観音像に再会しました。

安祥寺
安祥寺

2年半前、この観音像を初めて拝して、堂々たる美しいプロポーションに見惚れてしまった記憶が鮮明に蘇ってきました。

安祥寺・十一面観音像
安祥寺・十一面観音像

近年、「奈良時代に遡る大型一木彫像」として、注目を浴びている仏像です。
伸びやかで均整のとれた腰高プロポーションには、目を奪われます。
胸の張り、ウエストのくびれ、腰回りのふくらみなどは、天平彫刻の造形感覚を思わせるものを強く感じます。

この安祥寺の十一面観音像については、以前、観仏日々帖 「山科区御陵平林町・安祥寺の十一面観音像~京のかくれ仏探訪⑧」 で紹介させていただきましたので、ご覧いただければと思います。

所謂平安初期の迫力、ボリュームある一木彫像とは感覚の違った、
「奈良時代に遡る、天平風の一木彫像の世界」
に思いを馳せることが出来ました。



【充実の仏像展~大津歴博「神仏のかたち」展】


安祥寺の後は、三井寺近くの大津市歴史博物館に移動して、「神仏のかたち~湖都大津の仏像と神像」展を鑑賞しました。

博物館学芸員の寺島典人氏の展覧会解説ご講演を聴かせていただいたあと、ゆっくりと展示仏像を鑑賞しました。
湖都大津十社寺・湖信会設立60周年記念の展覧会ということで、湖信会10社寺の仏像を中心として、50躯近くの仏像が出展されていて、充実した仏像展でした。

私にとっては、半分以上が初見の仏像で、興味深く観ることが出来ました。
目に付いた仏像を、ひとつふたつだけ。

円福院の釈迦如来像が、特別展示されていました。
この展覧会で、一番惹き付けられた仏像です。

円福院・釈迦如来像
円福院・釈迦如来像

鎌倉時代の仏像ですが、肉身の造形に張りと弾力感があり、一際精彩を放っているように感じました。
像内に、建久7年(1197)安阿弥陀仏(快慶)によって造立されたという墨書があるそうですが、後世の筆で、快慶の真作とは考えない見方が主流だそうです。
快慶作かどうかとは関係なく、造形レベルの高い秀作だと感じました。
この円福院・釈迦像、手控えをみると、10年前、2008年開催の「石山寺と湖南の仏像」展で観ているはずなのですが、全く覚えていませんでした。
人の眼というものは、折々に、何に反応し、惹きつけられるのか、判らないものだと思った次第です。


西教寺の薬師如来像。

斜めの方から観ると、
「胸から上の肉身の造形、頬の張りなどが、願成就院の阿弥陀如来像の雰囲気と似たものがある。」
そんな感じがするのに気づきました。

西教寺の薬師如来像
西教寺の薬師如来像

展覧会図録解説をみてみると、
「顔は丸く張りがあり、体躯も肉付きがよくはつらつとしています。
これは鎌倉時代初期に運慶工房が造立した諸像にみられる作風です。」
と書かれていました。

なるほど!と納得です。


満月寺の聖観音像は、一度、拝したいと思っていたのですが、やっとその姿を観ることが出来ました。
堅田の浮御堂、満月寺には2度ほど訪れたことがあるのですが、聖観音像は秘仏で、拝することが出来なかったものです。



【わかりやすさで嬉しい「画像吹き出し解説」の展覧会図録】


今回の「神仏のかたち~湖都大津の仏像と神像」展で、一番うれしかったことは、展覧会図録です。

展覧会図録の解説が、 「画像吹き出し解説スタイル」 になっていたのです。

「画像吹き出し解説」という呼称は、私が勝手につけた名前なのですが、仏像写真のそれぞれのパーツに、線引きで吹き出しがあり、コンパクト解説が付されているスタイルのことです。
私は、かねてから、こんなスタイルの仏像解説本や図録の出現を心待ちにしていたのです。

今回の展覧会図録は、ご覧のような解説レイアウト、スタイルになっていたのです。

神仏のかたち展図録の「画像吹き出しスタイル解説」

神仏のかたち展図録の「画像吹き出しスタイル解説」
神仏のかたち展・図録の「画像吹き出しスタイル解説」

専門家ではない一般の仏像愛好者が、それぞれの仏像の特色、着目ポイントを、一目瞭然で即座に理解するには、これほどに判りやすいスタイルは無いと思うのです。
かつて観仏日々帖、
「嬉しい、一目瞭然の「図版吹出し解説」 芸術新潮・運慶特集(2017/10月号)」
で、
「画像吹き出し解説スタイル」が(私の記憶では)初めて採用されているのをみて、
「わが意を得たり!」
と思った話を綴りましたが、

今回の展覧会図録の「図版吹出し解説」は、押さえどころのポイントをついた、判りやすい解説になっていて、嬉しくなってしまいました。

こんな解説図録がもっと増えてくれたらと思った次第です。



【12月】



寒くなってきて、近場対応でゴロゴロしていたのですが、あまり出不精になって身体が鈍ってしまってはいけないと思い、急に思い立って、天平会月例会に参加することにして、京都に一泊二日で出かけました。



【2017年新指定重文となった来迎阿弥陀三尊を拝しに、京都・蘆山寺へ】



観仏先リスト~蘆山寺

上京区北之辺町にある蘆山寺を訪れました。

紫式部が源氏物語を執筆したと伝えられる邸宅址に建つお寺として知られ、境内には、源氏庭と名付けられた庭や、紫式部の歌碑があります。

蘆山寺
蘆山寺

蘆山寺の本尊・阿弥陀三尊像は、2017年に重要文化財に指定されたのですが、未だに拝したことがなかったので、拝観に出かけてみたのです。
脇侍が跪坐の来迎の阿弥陀三尊像で、鎌倉初期の作とされています。

蘆山寺・阿弥陀三尊像
蘆山寺・阿弥陀三尊像

阿弥陀三尊像は本堂に安置されていましたが、外陣からの拝観で、やや距離があって堂内が薄暗いために、その姿をくっきりと拝することは出来ませんでした。
双眼鏡で目を凝らしましたが、藤末鎌初の風をたたえる、穏やかな阿弥陀来迎像でした。


この日の夜は、行きつけの木屋町御池のレストラン「おがわ」。
一人ご飯&ワインではありましたが、いつもながらの美味に、満足至極。



翌日は、天平会月例会へ参加。
探訪先は、洛西の地福寺と福田寺。

観仏先リスト~地福寺・福田寺

共に、10年余前に訪れたことがあり、どうしようかと思ったのですが、思い切って参加することにしたのでした。
地福寺本尊の阿弥陀如来像、福田寺の釈迦如来像、地蔵菩薩像、ともに大変マイナーな知られざる古仏と云って良いかもしれません。



【8世紀に遡る霊木化現仏?~地福寺・阿弥陀如来像】


地福寺は、西京区大枝中山町にある浄土宗のお寺です。

地福寺
地福寺

本尊・阿弥陀如来像は、井上正氏が日本美術工芸誌連載「古仏巡歴」で採り上げ、行基菩薩御作の伝承に注目し、8~9世紀制作の霊木化現仏の一例としている古仏です。

阿弥陀像は本堂の立派な祭壇に祀られていました。

地福寺・阿弥陀如来像
地福寺・阿弥陀如来像

全体として力感を感じる造形ですが、とりわけ目を惹くのは、頭部と面相です。
いわゆる阿弥陀の慈悲相というのとは違って、顔の真ん中、中心一点にパワーが凝縮するような意志力を秘めたような面貌なのです。
刻み付けの螺髪、反り返る大きな耳とともに、偉丈夫の相を感じさせます。

井上正氏は、刻み付け螺髪が後頭部で消えていること、背面の造形が省略され上腕背部にノミ跡がのこされていることなどから、霊木化現の造形としてとらえ、また迫力ある造形などから8世紀に遡る制作の可能性に言及しました。
井上氏の見方の最大の問題点は、通肩で定印を結んでいることで、両界曼荼羅に由来する通肩、定印の阿弥陀像が作られる時期としては、早すぎることとされています。
京都市指定文化財としての解説は、9~10世紀ごろの制作とされています。

私には、制作年代の難しいことはよくわかりませんが、10世紀ぐらいの制作だとしても、おかしくないのではないかという気がしました。

いずれにせよ、ちょっと不思議なパワーのある、気になる阿弥陀像でした。



【不可思議な違和感、存在感が気になる古仏~福田寺・釈迦如来像】


もう一つ、南区久世殿城町にある福田寺を訪ねました。
JR向日町駅から歩いて10分ほど、住宅と小さな工場が混在したような町のなかにあります。

福田寺
福田寺

福田寺の古仏については、観仏日々帖 「南区久世殿城町・福田寺の地蔵菩薩像、釈迦如来像~京のかくれ仏探訪⑦」 でご紹介させていただきましたので、そちらをご覧いただければと思います。

ここでは、いろいろ言及するのは止めておきますが、今回探訪の主眼は、本堂に祀られる釈迦如来像、地蔵菩薩像です。
地蔵菩薩像の方は、平安期の制作の古様な技法の一木彫像のようなのですが、最も興味深いのは、釈迦如来像の方です。

「何とも不可思議な違和感」

を感じさせる像なのです。

福田寺・釈迦如来像福田寺・釈迦如来像
福田寺・釈迦如来像

釈迦如来像は、蓮肉まで一木という古様な技法ながらも、粗略という言葉がマッチする一木彫像です。
仏像の姿を用材から彫り出したというよりは、四角い用材を仏像の形に彫り整えた風で、ぶつけるように切り付けたような衣文の線が刻まれています。
とても京洛のプロの手練れた仏師の手になる像とは思えません。
一方で、彫る者の、魂をぶつけるような気迫、気合を感ぜずにはいられません。

この釈迦像、ひょっとしたら、損傷した平安初期頃の一木彫像に倣って、後世に、強い信仰心と気迫を込め模されて彫られた像なのかもしれないという想像もしてしまいました。

いずれにせよ、大変興味深く不可思議な釈迦如来像です。


観仏後は、天平会恒例の忘年飲み会に参加。
気持ちよく酔っぱらって、遅い新幹線に乗って、我が家へと向かいました。



年越しも随分すぎて、やっとこさ、2018年の観仏のご紹介を終えることが出来ました。
ダラダラと綴った自己満足的な観仏記に、辛抱してお付き合いいただき、有難うございました。


今年も、ブログ「観仏日々帖」、改称させていただいたHP「日々是古仏愛好」に、気ままな仏像記事を書き連ねていきたいと思っております。

よろしくお付き合いいただけますよう、お願いいたします。


古仏探訪~2018年・今年の観仏を振り返って 〈その3〉 10月  【2019.1.12】


「今年の観仏を振り返って」も、年を越してしまいました。

〈その3〉では、10月、一か月の観仏探訪を振り返りたいと思います。


【10月】



【粒ぞろいの佳品が集められた仏像展
~三井記念美術館「仏像の姿~微笑む・飾る・踊る」展】

三井記念美術館で開催された「仏像の姿~微笑む・飾る・踊る」展に行ってきました。

三井記念美術館「仏像の姿~微笑む・飾る・踊る」展ポスター

この仏像展、超目玉の国宝仏像が出展されるというような大型の展覧会ではなかったのですが、見どころの多い心に残る展覧会でした。

「仏師がアーティストになる瞬間」というサブタイトルが付いていて、仏像の「顔」、「装飾」、「動きとポーズ」の三点に注目して仏像を観ていこうとという企画展です。
展示仏像のキャプションにも、注目すべき動作や、装飾などの「一言タイトル」がつけられていて、いつもと違う眼で愉しく鑑賞出来ました。

それにも増して興味深かったのは、展示仏像のラインアップです。

普段はなかなか展示されることのないような、個人蔵の仏像や、あまり知られていない仏像が数多く展示されていました。
全部で、42件の出展でしたが、重要文化財が16件、県市指定文化財が3件で、残り24件は無指定です。

展示されていた仏像は、無指定のものでも出来の良い見どころあるものばかりで、

「大変クォリティの高い、粒ぞろいの仏像が集められた展覧会」

と云って良いものでした。

久々に、充実した質の高い仏像展覧会を見ることが出来たという満足感がありました。


〈とりわけ注目の、臨川寺・菩薩像、奈良博・伽藍神像などなど〉


個別の展示仏像にふれているとキリがありませんので、私にとって、とりわけ注目であったものを一つ二つだけピックアップしてみたいと思います。

岐阜県・臨川寺の菩薩像(2躯)は、一度見て観たいと思っていたのですが、やっと実見することが出来ました。

臨川寺・菩薩像(重文・平安前期)臨川寺・菩薩像(重文・平安前期)
臨川寺・菩薩像(重文・平安前期)

9世紀中ごろ、平安前期の制作に遡る像で、大阪四天王寺・阿弥陀三尊と共に、浄土群像の平安初期に遡る遺品として貴重なものとされています。
2010年に、国の重要文化財に指定されました。
重厚感のなかにも、ふっくらとした肉付きの、魅力ある像でした。


奈良博蔵の伽藍神像の、手を大きく振って疾駆する躍動的な姿勢の造形の見事さに、目を奪われました。

奈良博・伽藍神像
奈良博・伽藍神像(鎌倉)

鎌倉時代後期の制作なのですが、軽快かつダイナミックな造形の巧さに感嘆しました。
この像は、奈良博で何度も観ているはずなのですが、小さな像で、あまり気にしたことは無かったのです。


昨年秋に細見美術館の「末法~失われた夢石庵コレクションを求めて~」展で観て、お気に入りになった、個人蔵・弥勒菩薩像(興福寺子院伝来・井上馨旧蔵)、個人蔵・天部像(香川 道隆寺伝来・旧パワーズコレクション)にも、再開することが出来ました。

個人蔵・・弥勒菩薩像(興福寺子院伝来・井上馨旧蔵)個人蔵・天部像(香川 道隆寺伝来・旧パワーズコレクション)
(左)個人蔵・・弥勒菩薩像(興福寺子院伝来・井上馨旧蔵)
(右)個人蔵・天部像(香川 道隆寺伝来・旧パワーズコレクション)"



〈興味深かった模刻作品と研究成果の展示〉


これらの仏像展示のほかに、東京藝大文化財保存学(彫刻)の方々が制作した、模刻作品・修復作品が、1室を使って展示されていました。
宝菩提院・菩薩像、唐招提寺講堂・薬師像、雪蹊寺・毘沙門天像などの迫真の模刻がいくつも展示され、制作過程での研究成果の要旨も掲出されていました。

宝菩提院・菩薩像~模刻雪蹊寺・毘沙門天像~模刻
(左)宝菩提院・菩薩像、(右)雪蹊寺・毘沙門天像~共に模刻


また、模刻制作にあたった研究者の方の連続講座も開催されました。
次の講座に出かけてみましたが、制作プランや技法についての知見や発見の解説など、普段はなかなか聴けない話が多々あり、興味深いものでした。

「仏像の姿」展~関連講座



【一泊二日で、和歌山観仏旅行へ~有田川、海南市方面】


和歌山方面に、同好の方々と、1泊2日の地方仏探訪旅行に出かけました。

春の三重観仏に続いての、今年2度目の地方仏観仏旅行です。
和歌山方面は、15年近く前に、主だったところを随分巡ったことがあり、今回は、その時訪ねることが出来なかった、古仏探訪が中心となりました。

ご覧のような古仏を巡りました。

和歌山観仏旅行・探訪先


〈惹き込まれるオーラ、スケールの大きさを感じる小像~法音寺・伝釈迦如来像〉


有田川中流域にある法音寺を訪ねました。
茅葺屋根の美しい小堂(重文・室町)が目に入ってきます。

茅葺屋根が趣ある法音寺・本堂
茅葺屋根が趣ある法音寺・本堂

こちらは、二度目の訪問です。
注目仏像は、平安前~中期の制作とみられる、伝釈迦如来像(県指定)と十一面観音像(重文)です。
なかでも、強く心惹かれるのは、伝釈迦如来像です。
一見、ずんぐりした木魁のように感じますが、よく観ると、その堂々たる造形に見惚れてしまいます。

法音寺・伝釈迦如来像(県文・平安前中期)
法音寺・伝釈迦如来像(県文・平安前中期)

肩の張り、胸の厚み、膝の張りには並々ならぬものがあり、尋常ではないボリューム感に圧倒されるものがあります。
たった67㎝の小像ですが、スケールの大きさを感じるのです。
ちょっとインド風とでもいえるような神秘的で不気味な表情、見据えるような細い眼には、惹き込まれるものがあります。

法音寺・伝釈迦如来像(県文・平安前中期)
法音寺・伝釈迦如来像(県文・平安前中期)

私の心に残る、お気に入りの仏像です。

この伝釈迦如来像の存在を知ったのは、井上正氏が「古仏への視点」と題する日本美術工芸連載シリーズに採り上げられていたからでした。(日本美術工芸653号・1993.02)
井上氏は、行基ゆかりの霊木化現仏の一例として、8世紀ごろの制作の可能性に言及して言います。

それはそれとして、なかなかのオーラを発する注目像です。


〈有田川町の平安古仏を訪ねる~吉祥寺、歓喜寺の諸仏〉


そのあと、吉祥寺、歓喜寺と回りました。

吉祥寺には、平安後期の薬師如来像をはじめとして、沢山の仏像が遺されています。
重文が7体、県指定1体、町指定1体などです。
これらの仏像の多くは、廃寺となった近くの岩倉神社の別当寺・東福寺の仏像であったそうです。
収蔵庫に安置された仏像は、ちょっと地方色を感じるものの、いかにも藤原時代という穏やかで気品のある仏像ぞろいでした。

吉祥寺・収蔵庫

吉祥寺収蔵庫内に安置された諸仏
吉祥寺・収蔵庫と庫内に安置された諸仏

吉祥寺・薬師如来像(重文・平安後期)
吉祥寺・薬師如来像(重文・平安後期)

歓喜寺(かんぎじ)には、膝前まで一木の平安前中期の地蔵菩薩像が祀られています。
10世紀の制作とみられるようです。
意志的な強い表情の顔貌が印象的です。
衣文の彫りもダイナミックな感じで、パワフルな魅力を感じました。

歓喜寺歓喜寺・地蔵菩薩像(重文・平安前中期)~お寺パンフレット掲載写真
歓喜寺・地蔵菩薩像(重文・平安前中期)~お寺パンフレット掲載写真


〈奈良時代作の可能性が云われる厳重秘仏~満福寺の十一面観音像〉


この日の最後は、今回の和歌山観仏探訪の一番の目的であった、満福寺です。

満福寺・本堂
満福寺・本堂

満福寺には、奈良時代の制作に遡る可能性があるといわれる十一面観音像が祀られているのです。
満福寺は、海草郡紀美野町神野市場という処にあります。
紀ノ川の支流の貴志川流域にあり、高野山への街道となっていたようです。

この十一面観音像も、井上正氏が「古仏への視点」(日本美術工芸656号・1993.05)で、奇相の観音像として、採り上げていることで知った仏像です。
永らく一度は拝したいと念じていたのですが、厳重な秘仏として祀られているということで、その機会がありませんでした。
その観音像を、お寺様の特別なご配意で、今般に限って開扉いただけるということになり、和歌山迄駆け付けたという訳です。


開扉されたお厨子のなかの十一面観音像は、不思議なオーラを発する仏像でした。
一木彫像ですが、厳しい迫力とか、鋭さというものではなくて、むしろ温和な風を感じさせます。
しかし、そこから発する雰囲気には、得も言われぬ霊気というか古様の風を漂わせているのです。
これまで味わったことのない不思議な感覚に浸ってしまいました。
うまく表現できないのですが、なにか、ただものではない存在感に心揺さぶられるものを感じました。

深く心に残る古像を、拝することが出来ました。

厳重秘仏を開扉いただいたご住職のご配意に、心より感謝しつつ、満福寺を後にしました。

満福寺の十一面観音像の制作年代や位置づけについては、無指定の仏像だけに、論じられたものは多くないのですが、長野県松代清水寺の観音像との作風の類似が指摘され、制作は10世紀(紀ノ川流域の仏像展図録解説)、平安前期~中期(紀伊路の仏像~至文堂刊日本の美術225号)と云われていたようです。

満福寺・十一面観音像(奈良~平安)~「中世の村をあるく~紀美野町の歴史と文化」展図録掲載写真
満福寺・十一面観音像
(奈良~平安)
中世の村をあるく展図録掲載写真
こうした中、満福寺ご住職にご教示いただいたのですが、和歌山県博の大河内智之氏は、本像の調査結果を踏まえ、奈良時代彫刻である可能性に言及されています。

2011年和歌山県博開催の「中世の村をあるく~紀美野町の歴史と文化展」図録解説に、「満福寺十一面観音像~奈良時代彫刻の可能性」と題する一項を設け、

「本像のような個性的な木彫像の造像年代については比較作例が少ないことから判断が難しいが、ここまでの検討により奈良時代、八世紀後半から、降っても九世紀初め、平安時代初期には造像された可能性を提示したい。」

と述べられています。
井上正氏に続いて、本観音像が奈良時代に遡る可能性にふれられたものです。

難しいことは私にはわかりませんが、満福寺・十一面観音像は、それだけ従来の年代観だけでは捉え切れない、不思議な古風を持つ、実に興味深い古像だということなのだと思いました。



初日の観仏を終えて、夜は、和歌山駅前の居酒屋「多田屋」で、愉しく飲りました。
和歌山の有名店で、多田酒店直営の居酒屋で、大賑わいです。
何といっても、気さくで、こんな値段でOK?というほどに「安い!」

和歌山傍~居酒屋「多田屋」
和歌山駅傍~居酒屋「多田屋」"



〈ずっしりとした重みの、頼もしい地方仏~東光寺・薬師如来像〉


二日目のスタートは、海南市下津町の東光寺です。

東光寺・本堂
東光寺・本堂

東光寺の薬師如来像も、井上正氏が「古仏への視点」(日本美術工芸652号・1993.01)に採り上げている仏像です。

井上氏は、
「天平時代の前半期あたりに位置させておきたいと思う。」
と述べているのです。

薬師如来像は、客仏として本堂の脇壇に祀られていました。

東光寺本堂脇壇に祀られる薬師如来像他の諸仏
東光寺本堂脇壇に祀られる薬師如来像他の諸仏

木塊的なボリューム感を強く感じる一木彫像です。
ブロック的な重量感と云ってもよいのかもしれません。

東光寺・薬師如来像(県文・平安)東光寺・薬師如来像(県文・平安)
東光寺・薬師如来像(県文・平安)

後世の修理、補修箇所が相応にあるようですが、「素朴、古拙な造形」という風があてはまる仏像です。
「いかにも地方仏」という言葉で片付けられてしまいそうですが、シンプルな魁量感に、しっかりとした存在感を感じる頼もしさのある仏像です。
一般の解説書には、平安後期の地方仏とされているようですが、その発散する魅力には、捨てがたいものを感じます。
いずれにせよ、一木彫の重みをずっしり感じさせる、頼もしい地方仏でした。

薬師像の脇の日光、月光菩薩として祀られる天部形像も、たいへん古様で、迫力ある造形に惹きつけられるものがありました。

東光寺・天部形像(県文・平安)東光寺・天部形像(県文・平安)
東光寺・薬師像の両脇侍~天部形像(県文・平安)


〈未見はあと3件のみとなった、井上正氏採り上げ「古密教彫像」〉


今回の和歌山観仏旅行で、井上正氏が「古密教彫像」として採り上げた仏像を、3つ拝することが出来ました。
法音寺・伝釈迦如来像は二度目の拝観ですが、満福寺・十一面観音像、東光寺・薬師如来像は、今回、初めて拝することが出来たものです。

私は、長らく
「井上正一氏が、自著作で採り上げている“古密教彫像”といわれる古仏」
を、訪ねて回っています。

井上氏は、
「古仏~彫像のイコノロジー」「古密教彫像巡歴」「古仏への視点」
の3つのシリーズに、全部で96件の仏像を採り上げています。

今回、2件の新たな拝観を果たすことが出来て、未だ拝していない仏像は、あと3件となりました。

残す未見は、
福井 二上観音堂・十一面観音像、愛知 高田寺・薬師如来像、新潟 宝伝寺・十一面観音像
です。

あともう一息。
何とか元気なうちに、全てを拝して完全制覇したいものと念じています。


〈見事な出来の地蔵菩薩石仏像に見惚れる~地蔵峰寺〉


地蔵峰寺の地蔵菩薩像は、見惚れるばかりの見事な出来栄えの立派な石仏でした。

地蔵峰寺は峠の地蔵と呼ばれ、海南市より藤白峠を越える熊野古道沿いにあります。
藤代王子より熊野古道を登った峠のお寺です。
ちょっと怖いような急な上り坂の細道を、喘ぎあえぎ車のエンジンをふかしていくと、峠に小さな集落があり、そこに地蔵峰寺がありました。

地蔵峰寺・本堂
地蔵峰寺・本堂

真四角の本堂のなかに祀られた地蔵像を目にして、あまりの見事さに驚いてしまいました。
総高3m余、像高1.5mという、大きな石仏です。

地蔵峰寺・地蔵菩薩像(重文・鎌倉)地蔵峰寺・地蔵菩薩像(重文・鎌倉)

地蔵峰寺・地蔵菩薩像(重文・鎌倉)
地蔵峰寺・地蔵菩薩像(重文・鎌倉)

砂岩に彫られているとのことですが、見事で鮮やかな彫技といったらよいのか、素晴らしい出来栄えの丸彫り石仏像です。
背後に銘記があり、鎌倉時代末期の1323年に、勧進僧心静(しんじょう)が、伊派の石大工である行経につくらせたとわかります。

地蔵峰寺・地蔵菩薩像光背裏面に刻された銘文
地蔵峰寺・地蔵菩薩像光背裏面に刻された銘記

これだけ見事な石仏像を観るのは初めてと云ってもよいほどです。
鎌倉時代の石仏というのは、あまり関心のない領域で、よくわからないのですが、素晴らしき彫技の冴えに見とれて、惚れ惚れとしてしまいました。


〈平安前期の余風たたえる野趣ある古仏~正覚寺・十一面観音像〉


最後に訪れた正覚寺の十一面観音像も、地方的な野趣のある古様な平安仏でした。

クスノキの芯持ち材から彫出した一木彫像だそうです。
10~11世紀の制作とみられているようですが、平安前期一木彫像の余風をたたえた古像でした。

正覚寺・十一面観音像(町指定・平安中期)
正覚寺・十一面観音像(町指定・平安中期)


【今年スタートした琵琶湖疏水船に乗船~もう一度乗りたい最高のクルーズ】


和歌山観仏旅行を終えて、もう一泊、京都で泊まりました。

今年(2018年)から、新たにスタートした「琵琶湖疏水船」に乗るためです。

琵琶湖疏水というのは琵琶湖の水を京都に引くための大事業として、明治時代前半期に完成した人工水路です。
琵琶湖の三井寺入口から山科を経て、京都蹴上のインクラインの処に至ります。
蹴上からは、ミステリーサスペンス番組でおなじみの南禅寺傍・水路閣を経て、銀閣寺に向かう哲学の道沿いの疎水に連なっているのは、ご存じのとおりです。

南禅寺傍の琵琶湖疏水・水路閣
南禅寺傍の琵琶湖疏水・水路閣

琵琶湖疏水船と琵琶湖疏水の歴史などについては、「琵琶湖疏水船HP」をご覧ください。

この琵琶湖疏水に観光船が運航することになったのです。
これは、何としても乗ってみたいと、乗船予約を取ったのでした。
秋は、10~11月、2ヶ月限定の運行で、予約開始日当日中にほぼ全部の便が完売してしまいました。
やっとのことで、この日の予約をゲットしたのでした。

妻と二人で、三井寺入口から蹴上迄、ほぼ1時間の舟旅を愉しみました。
12名で満席という小さな疎水船で往くのですが、緑に包まれた水面を、ゆっくり進むクルーズは、最高でした。

琵琶湖疏水船

琵琶湖疏水・三井寺側入口

琵琶湖疏水・山科近辺
琵琶湖疏水船と運行風景

素晴らしい景観を愉しみ乍ら、明治の昔に、この疏水建設の大事業を成し遂げた、京都府知事・北垣国道と主任技師・田邉朔郎に思いを致しました。
「来年春は、逆コースで疏水船にもう一度乗ってみたい。」
との思いを強くしたのでした。


お昼は、最近人気といわれる、フレンチの「シュテファン・パンテル」
京都御所の南、丸太町通そばの京町屋風のレストランです。

シュテファン・パンテル

シュテファン・パンテル
シュテファン・パンテル

オーナーシェフのシュテファン・パンテルさんの料理の説明を聞きながらのランチでした。
結構、手間のかかった料理の品々で、ゆっくり愉しませてもらいました。



〈その3〉はここまでということで、11~12月は〈その4〉で振り返りたいと思います。


古仏探訪~2018年・今年の観仏を振り返って 〈その1〉 1~5月 【2018.12.15】


もう師走になってしまいました。

なんとなく過ごしているうちに、一年が経ってしまったという処ですが、この齢になってくると

「“相変わらず”ということに、感謝しなければいけないのかな」

そんな、気持ちになってきます。

恒例ということで、 「今年の観仏を振り返って・2018年バージョン」 を掲載させていただきたいと思います。

今年は、これといった観仏探訪に、ほとんど出かけませんでしたので、さらりとコンパクトに紹介させていただきます。
自己満足的な観仏記録で、面白くもなんともないのですが、一年の観仏の総まくりということで、お付き合いください。


【1 ~3月】


冬は寒くて、観仏には、何処へも出かけませんでした。

仏像以外のいろいろな展覧会や、古い映画などには、結構出かけたのですが、仏像を観たのは2つの展覧会だけです。
「運慶~鎌倉幕府と霊験伝説展」(金沢文庫)と、「仁和寺と御室派のみほとけ展」(東京国立博物館)だけでした。



【東国の運慶一派の造像をたどった「運慶~鎌倉幕府と霊験伝説展」】


金沢文庫の「運慶~鎌倉幕府と霊験伝説展」です。

「運慶~鎌倉幕府と霊験伝説展」

昨年秋、東京国立博物館で「運慶展」が開催され、驚くほどの大盛況でしたが、今度は、神奈川県立金沢文庫で「運慶~鎌倉幕府と霊験伝説」展が開催されました。
運慶と鎌倉幕府との関係や、運慶仏が霊験あらたかなものとして信仰されたことに注目して、関連する作品を紹介する展覧会でした。

東国の運慶作品とその一派に関連する仏像が、多数出展されていました。
私の印象に残った仏像だけご紹介しておきたいと思います。


〈瑞林寺・地蔵像と久しぶりの対面~六波羅蜜寺・地蔵像へ思いを馳せる〉


久しぶりに、康慶作の瑞林寺・地蔵菩薩坐像を観ることが出来ました。
10年前に、静岡県富士市の瑞林寺を訪ねて拝してから、2度目の出会いです。
(昨年の運慶展では、期間限定出展だったので、観られませんでした。)

運慶の父、康慶が治承元年(1177年)に制作したことが、墨書銘から知られる像です。
なかなか意志的な眼をした、堂々たる造形です。
惹き付けるところがあります。

瑞林寺・地蔵菩薩像六波羅蜜寺・地蔵菩薩像
(左)瑞林寺・地蔵菩薩像~康慶作、(右)六波羅蜜寺・地蔵菩薩像~運慶作

六波羅蜜寺の運慶作・地蔵菩薩像のダイナミックさに比べると、まだまだおとなしさを感じるのですが、本像から六波羅蜜寺像に至るというということを、十分に納得させてくれるものがありました。


〈運慶作なのか?~仏法紹隆寺・不動明王と瀬戸神社・抜頭面〉


「運慶作か?」
その可能性が議論されている東国の作品が、二つ展示されていました。
仏法紹隆寺の不動明王像と、瀬戸神社の抜頭面です。

仏法紹隆寺の不動明王像は、松島健氏が平成9年(1998)に運慶作である可能性を発表したことで知られる像です。

仏法紹隆寺・不動明王像
仏法紹隆寺・不動明王像(長野県諏訪市)

X線撮影で運慶特有の月輪形木札が納められていることがわかり、
造形様式などから運慶作とみて、
「源頼朝か北条義時が運慶に命じて造らせ、勲功のあかしとして諏訪一族にプレゼントしたのではないか。」
と、松島氏はみたようです。

「運慶らしい感じがするのかなあ?」
「願成就院や浄楽寺の不動明王像と似た処があるのかなあ?」
と、一生懸命観たのですが、素人の私などには、
「うーん、よくわからん。そんなに運慶っぽい感じもしないけれども。」
というのが、率直な感想でした。


もう一つの、瀬戸神社の抜頭面は、今回初めて実物を見ることが出来ました。

瀬戸神社・抜頭面瀬戸神社・陵王面
(左)瀬戸神社・抜頭面、(右)陵王面(横浜市金沢区)

抜頭面の裏面に、追銘とされるものの、建保7年(1219)に、運慶が夢想により彫刻した旨の朱漆による銘文がることから、運慶作の可能性が議論されています。
抜頭面の展示キャプションには、はっきりと「運慶作 建保7年」と記され、図録解説にも
「運慶作品の一つに加えても良いのではないだろうか。」
との見解が述べられていました。

私には、運慶作なのかどうかは全くわかりませんが、大変迫力ある造形に驚かせられました。
併せて展示された陵王面も含めて、際立って出来の良さ、存在感を感じました。


この展覧会の関連講座として「運慶研究の現在」と題する全6回の連続講座が開催されました。

連続講座「運慶研究の現在」

興味深いテーマでしたし、ヒマなものですから、参加することにしました。
我が家から2時間近くかけて、毎週々々、金沢文庫まで出かけるというのは、結構しんどかったのですが、なかなか勉強になりました。



【御室派寺院の優作勢ぞろいにビックリ「仁和寺と御室派のみほとけ展」】


東京国立博物館で開催された「仁和寺と御室派のみほとけ展」に出かけました。

「仁和寺と御室派のみほとけ展」

「仁和寺と御室派のみほとけ展」「仁和寺と御室派のみほとけ展」

展覧会の概要については、今更ご紹介するまでもなく、皆さん出かけられたことと思います。
仁和寺と全国の御室派寺院の見どころある仏像が、一挙、勢ぞろいする展覧会でした。
想定外の各地の優作に出会えることが出来、見ごたえがありました。
よくこれだけの御室派の興味深い仏像を集結することが出来たものと、ビックリしてしまいました。


今回展示仏像で、私が初めて観ることが出来たのは、次の仏像でした。

「仁和寺と御室派のみほとけ展」初見仏像リスト

神呪寺・如意輪観音像と雲辺寺・千手観音像は、ともに秘仏で拝観日が限られており、一度拝したいものと思っていた像でした。

神呪寺・如意輪観音像雲辺寺・千手観音像
(左)神呪寺・如意輪観音像、(右)雲辺寺・千手観音像

雲辺寺・千手観音像は、もう少し力感を感じる像かと思っていたのですが、思いのほか線が細く、地方的な匂いも感じました。

数ある展示仏像の中で際立つのは、やはり葛井寺の千手観音像、道明寺の十一面観音像というのが、私の印象です。
やはり、いずれも、流石の第一級品です。
葛井寺の千手観音像は、初めて360度ビューで観ることが出来ました。
光背のような千手の取り付け方が大変よくわかって、あの美しいシルエットの秘密を納得することが出来ました。

もう一つ、心に残ったのは、京都・遍照寺の十一面観音像でした。
お顔の造形の美しさ、見事さに惚れ惚れして、見直してしまいました。
お寺のお堂で拝したときは、ちょっと薄暗くて、それほどに良さが判らなかったのですが、明るい照明の中で眼近に観ると、素晴らしいお顔であることに気づかされました。
京都・法性寺の国宝・千手観音像のお顔に、よく似ています。

遍照寺・十一面観音像法性寺・千手観音像
(左)遍照寺・十一面観音像、(右)法性寺・千手観音像

会場でも、一際引き立つものがあり、平安中期の優作であることを、実感させられました。



【4月】



【一泊二日で、三重観仏探訪へ】


同好の方々と、三重方面の観仏旅行に出かけました。
年に一度の津市の光善寺・薬師三尊像のご開帳日(4月第一土曜日)に合わせて、一泊二日で出かけました。

ご覧の通りの古仏を訪ねました。

三重観仏探訪先リスト

三重県の観仏、もう何度訪れたでしょうか。
なかなか廻りきることが出来ません。
三重には、見どころのある仏像が、随分数多く遺されているのですが、あまり注目されていないようで、知られざる平安古仏の宝庫といった感じがします。


〈2年連続で光善寺・薬師像のご開帳に〉


光善寺の薬師如来像は、昨年のご開帳の日に、一人で出かけて拝しましたので、2年連続の拝観となりました。

光善寺・薬師如来像
光善寺・薬師如来像

その時の拝観記などについては、観仏日々帖 「2017年・今年の観仏を振り返って〈その2〉」 「古仏探訪~三重県津市・光善寺の薬師三尊像の御開帳」 にてご紹介させていただいた通りです。
一年ぶりの再会となりましたが、やはり魅力的な像です。

いくつか、印象深かった仏像をご紹介したいと思います。


〈はち切れんばかりの造形に惚れ直した伊奈富神社・男神像〉


何といっても、一番目を惹いたのは、伊奈富神社の男神像でした。
「いのうじんじゃ」と訓みます。
崇仁天皇像と伝えられるそうで、立派な神社の収蔵庫に、1躯だけ祀られていました。

伊奈富神社・男神像伊奈富神社・男神像
伊奈富神社・男神像

小さな神像なのですが、はち切れんばかりの力を発散させているようです。
「利かん気」の少年が、目を怒らせて力んでいるような表情に、たまらなく惹かれてしまいました。
展覧会に出展されているときにガラス越しに何度か観たことがあるのですが、こうして眼近に観ると、惚れ直してしまいました。

三重県史に、
「本像の制作はおそらく九世紀後半頃まで遡るものと考えられる。
三重県を代表する神像の優品である。」
と書かれていましたが、まさに納得です。

神宮寺の持国天・多聞天像も、少し地方的な感じもするのですが、なかなか魅力的な天部像でした。

神宮寺・多聞天像神宮寺・多聞天像邪鬼
神宮寺・多聞天像

10世紀ごろの制作ということです。
この神宮寺は、伊奈富神社の境内にあったそうなのですが、明治の神仏分離、廃仏毀釈で少し離れた現在の地へ移されたのだそうです。

この像もクスノキで、伊奈富神社・神像も、クスノキで造られています。
三重地方は、クスノキの繁殖度合が高かったのか、この他にもクスノキ材で造られている古仏が多いように思います。


〈ひっそりとした小堂に半丈六の坐像が3体も~妙福寺・如来像〉


妙福寺は、ひっそり、小ぢんまりと建つ、一寸さびれたお堂なのですが、そこに半丈六の大きな大日如来像、等身の釈迦如来像が3躯並んで、ドーンと祀られているのを見て圧倒され、ビックリしました。

妙福寺・諸仏
妙福寺・堂内

大きな如来像なのですが、平等院の雲中供養菩薩を思い出すような、藤原の優しく、穏やかなお顔が、たいへん印象的です。

妙福寺・大日如来像
妙福寺・大日如来像


〈野太くパワフル~蓮光院・大日如来像〉


蓮光院の大日如来像は、パワフルです。
「仁和寺と御室派のみほとけ展」に出展されていて、お寺に戻ってきたばかりの再対面でした。
野太さ、逞しさと、密教的な霊威感を感じさせる仏像です。
10世紀ごろの制作でしょうか。

蓮光院・大日如来像蓮光院・大日如来像
蓮光院・大日如来像


その他の訪ねた古仏の数々も、それぞれ見どころの多いものがありましたが、三重観仏探訪のご紹介は、これくらいにしておきたいと思います。



【異様な怪異さの東寺・夜叉神像~恒例の「新指定国宝・重要文化財展」】


毎年恒例、4~5月に2週間、東京国立博物館で開催される「新指定国宝・重要文化財展」に出かけました。

今年の彫刻は、国宝が2件、重要文化財は11件の文化財新指定でした。
国宝は、三十三間堂の1001躯の千手観音像と、興福寺の仮金堂にあった四天王像でした。
四天王像は、康慶作の南円堂諸像と一具であることが明らかになり、今般南円堂に移されたことを機に、国宝指定されたものです。

ご覧のような、新指定重要文化財の仏像が出展されました。

平成30年度新指定文化財展出展仏像リスト

岩手県一関市・東川院の聖観音像は、5年前、2013年にお寺まで伺って拝した思い出があり、その姿を懐かしく観ることが出来ました。

東川院・聖観音像
東川院・聖観音像

一番の注目は、東寺の夜叉神像でした。
一度、観てみたいと思っていたのですが、なかなか東寺で展示される期間とタイミングが合わなかったのです。
やはり、得も言われぬ異様な迫力です。

東寺・夜叉神像
東寺・夜叉神像

この像は、かつて東寺の中門に安置されていたもので、文化庁の指定解説によると、樹神(樹木の精霊)の像だということです。
「樹神の像」というものが、どのようなもので、ほかにも存在するのか?私には、判りませんが、何しろ怪異でおどろおどろしい雰囲気を醸しています。
9世紀末頃の制作とみられるそうですが、仏像彫刻の世界とは違う妖しい世界を覗いたような気持ちになる像でした。
不思議な引力を発散していました。



【5月】



【林立する初期一木彫・薬師立像が壮観「名作誕生~つながる日本美術展」】


東京国立博物館で開催された「名作誕生~つながる日本美術展」に行きました。

「名作誕生~つながる日本美術展」

日本を代表する美術研究誌「国華」創刊130周年、朝日新聞140周年を記念して開催された特別展で、日本美術の名作、優作を集めた展覧会でしたが、仏像の展示は大変ユニークで興味深いものでした。
「一木の祈り」と題するテーマ設定で、一室丸ごと、一木彫像が展示されていました。

展示仏像は、ご覧のとおりです。

「名作誕生~つながる日本美術展」出展仏像リスト

奈良時代後半から平安前期までの一木彫像、それも薬師の立像にスポットを当てた展示です。
渡来檀像の影響を受けて生まれた初期の一木彫像のうち、両腿を隆起させるY字状衣文の薬師立像が、どのような造形展開をしていったのかにスポットが当たっています。
誠にユニークで、興味深い展示で、このコーナーだけにどっぷりとつかって、2度も出かけてしまいました。

奈良~平安前期の一木彫の薬師立像が、一つの部屋ににょきにょきと林立している光景は、壮観そのものでした。

元興寺・薬師如来像笠区妙円寺・薬師如来像阿弥陀寺・薬師如来像

孝恩寺・薬師如来像成相寺・薬師如来像春光寺・薬師如来像
展示されていた初期一木彫・薬師如来立像諸像
上段左から元興寺・薬師如来像、笠区妙円寺・薬師如来像、阿弥陀寺・薬師如来像
下段左から孝恩寺・薬師如来像、成相寺・薬師如来像、春光寺・薬師如来像


それも、独特の個性を強く主張する一木彫像だけが選ばれているようです。
展示企画した方の、興味関心、好みの世界が、伺えるような顔ぶれです。

笠区、孝恩寺、成相寺、春光寺の薬師像などは、お寺で何度か拝したことはあるのですが、久しぶりの、懐かしい再会です。


〈圧倒的な存在感が際立つ唐招提寺・薬師如来像〉


こうして、一堂に会した初期一木彫・薬師立像を、ぐるりと眺めてみると、唐招提寺・薬師像の圧倒的なパワー、迫力の物凄さを、思い知らされるものがありました。

唐招提寺・薬師如来像唐招提寺・薬師如来像
唐招提寺・薬師如来像

際立ってというレベルを通り越して、較べようのないほどの圧倒的な存在感を発散しています。

「モノが全然違う!」

そんな言葉が、思い浮かんできました。

展示されている諸像は、それぞれのお寺を訪れて拝すると、強烈なインパクトで迫力満点、存在感充分の一木彫像です。

しかし、唐招提寺・薬師像と肩を並べると、
「全員“参りました!”と、頭を下げざるを得ないな。」
というのが、素直な実感です。

初期一木彫像の世界における、唐招提寺木彫群の位置づけ、意義の重たさというものに、今更ながらに思いを致しました。


〈望外の喜び~お気に入りの笠区・薬師像との再会〉


それにしても、笠区・竹林寺(妙円寺)の薬師如来像を、博物館で観ることが出来たのは、望外の喜びでした。

笠区妙円寺・薬師如来像笠区妙円寺・薬師如来像
笠区妙円寺・薬師如来像

この薬師像は、平安前期一木彫像の名品だと思うのですが、私の記憶では、収蔵庫から出て博物館に展示されるのは、初めてのことではないかと思います。
桜井市の外れの山中にあり、年に一二度の祭礼の時にしか開扉されることがありませんので、実見されたことがある方は、そう多く無い像だと思います。

鋭く鎬立った衣文の彫り口、キリリと引き締まった体躯で、素晴らしい出来の優品で、私の大のお気に入り像です。
再会できた博物館でも、凛とした存在感を発散させていました。

その笠区の薬師像も、唐招提寺・薬師像と同じ部屋に置かれると、そして隣に立っていたのが元興寺・薬師像ということになると、
「流石に、しぼんでしまう。」
というのが正直な処で、なんだかちょっと可哀そうになってしまいました。


古仏探訪~岡山県 瀬戸内市・大賀島寺の秘仏・千手観音像御開帳  【2018.11.24】


岡山・大賀島寺の秘仏本尊・千手観音立像の、33年に一度のご開帳がありました。

11月17日・18日の二日に限り、開帳されました。

「このご開帳には、なんとしても行かねばなるまい。」

そんな思いで、出かけました。

大賀島寺・千手観音像(「吉備の知られざる世界」掲載写真)
大賀島寺・千手観音像(「吉備の知られざる世界」掲載写真)


【早世した、本HP創始者・高見徹さんが最後に観た仏像~大賀島寺・千手観音像】


この「神奈川仏教文化研究所HP」の創始者・高見徹さんは、7年前、61歳で早世しましたが、彼が生前、最後に観た仏像が「大賀島寺の千手観音像」なのでした。

「厳重な秘仏」で拝観が叶わなかったのですが、2011年に重要文化財に指定されたとき、2週間に限って、東京国立博物館の新指定文化財展(4月~5月)に展示されました。

当時、体調がすぐれずに入院中の彼でしたが、新発見の平安前期の優作ということで、
「何としても、この仏像だけは、観に行くのだ。」
と、病を押して博物館まで出かけてきて、待望の千手観音像を、我々と一緒に観たのでした。
それから10日余、あまりに突然といえるほどに、急逝したのでした。

その後、HPは、学生時代からの長きにわたる仏像愛好の友であった私が、引き継がせていただいています。

この思い出については、かつて、観仏日々帖「高見徹さんを偲んで」に、綴らせていただいた通りです。

「大賀島寺の千手観音像」

私にとっては、忘れ難き仏像なのです。



【平安前期の優作、厳重秘仏のご開帳を目指して、各地から大勢が駆付け】


大賀島寺は、岡山駅から車で東へ45分ほど、瀬戸内市邑久町豊原という処にあります。
大雄山という山の山頂にあり、素晴らしい見晴らしです。

大賀島寺のある大雄山山頂からの眺望
大賀島寺のある大雄山山頂からの眺望

普段は訪れる人もほとんどないお寺なのですが、この日は、33年に一度の御開帳ということで、多くの人々で賑わっていました。

33年に一度のご開帳法要、奉参行事で賑わう境内
33年に一度のご開帳法要、奉参行事で賑わう境内

本尊・十一面観音像は、写真でご覧いただいたらわかるように、ほれぼれするような見事な一木彫像です。
近年発見され、大注目となっている、平安前期、9世紀の優作像なのですが、厳重秘仏で、この御開帳を逃すと、また33年後でないと拝することが叶いません。

臨時の駐車場には、「福井、和歌山、奈良ナンバー」などの車が並んでいて、全国各地からこのご開帳を目指して、長駆、かけつけてきた人が多いようです。



【地元総出の御開扉供養法要、奉賛行事で、境内は大賑わい】


参道、境内には、「南無千手観音菩薩」と書かれた赤い幟がたくさん立てられ、本堂前には立派な回向柱が立柱されています。

御開帳日の大賀島寺本堂、境内
御開帳日の大賀島寺本堂、境内

境内は、参詣の人々、御開帳奉賛行事参観の人々で、大変な賑わいです。
33年に一度のご開帳いうことで、地元の村落の人々総出での大イベントの様子、御開扉法要への力の入り方が伺えます。

境内に立てられた、秘仏御開帳の大看板
境内に立てられた、秘仏御開帳の大看板

10年余前に、岡山方面観仏の折、ダメもとで、故高見さん等と大賀島寺に寄ってみたことがありましたが、その時には、境内に人っ子一人、姿が見えませんでした。
(この時、当然、拝観は叶いませんでした)

2007年にダメもとで訪れたときの大賀島寺~訪れる人は誰もいなかった
2007年にダメもとで訪れたときの大賀島寺~訪れる人は誰もいなかった

同じお寺とは、信じられないような賑わいです。



【「凛として雄渾」、第一級レベルの見事な平安初期一木彫像の優作】


早速、秘仏・ご本尊の拝観です。

千手観音像は、本堂内の大きな厨子の中に祀られていました。
照明も明るく、厨子の真ん前まで近寄って、眼近に拝することが出来ました。

大賀島寺・千手観音像~修復後(美術院紀要掲載写真)
大賀島寺・千手観音像~修復後(美術院紀要掲載写真)

千手を大きく広げた観音像が、眼前に迫ってきました。

「凛として、雄渾な、立ち姿」

「鋭く、流麗、緻密な彫技」

まずもって、目に映る印象です。

像高:122センチ、カヤ材とみられる一木彫像で、体躯から蓮肉まで一材から刻みだされ、内刳りは施されていません。

一見しただけで、バリバリの平安前期の一木彫像であることがわかります。
それも、間違いなく、素晴らしい出来の見事な優作です。
都の大寺に遺されていて、何の不思議も感じない、第一級レベルの仏像だと感じました。
岡山のこの地に、これほど素晴らしい仏像が秘されていたというのは、まさに驚きです。


引き締まった意志的な眼、ちょっと下膨れの顔貌は、エキゾティックでちょっと大陸的な雰囲気を醸しています。

大賀島寺・千手観音像顔部~修復後(美術院紀要掲載写真)
大賀島寺・千手観音像顔部~修復後(美術院紀要掲載写真)

そして千手の脇手の伸びやかな広がりと、体躯とのバランスが抜群で、大空間に大きく雄々しく羽ばたくかのようです。

千手を広げたシルエットが見事で雄渾な千手観音像(仏教芸術掲載写真)
千手を広げたシルエットが見事で雄渾な千手観音像(仏教芸術267号掲載写真)

「雄渾」という言葉が似合う、堂々たる印象を受けるのは、キリリとした顔貌とのびやかな千手を広げたシルエットの故かも知れません。



【驚くべき彫技の冴え渡りと、千手・蓮肉まで一材彫出のカヤの良材壇像】


もう一つ目を惹くのは、驚くべきと云って良いほどの彫技です。

ヌメッとした肌合いを感じさせる、柔らか、滑らかな肉身表現。
それにも増して、凄いのが、鋭く深くうねり、粘りのある衣文表現。
その彫り口は、仏工の彫技の冴え渡りを、これでもかと誇示するようです。

彫技がさえわたる大賀島寺・千手観音像衣文~修復後(美術院紀要掲載写真)
彫技が冴えわたる大賀島寺・千手観音像衣文~修復後(美術院紀要掲載写真)

カヤ材という代用材を用いた、大型檀像として制作されたものでしょうが、蓮肉だけではなく合掌手、脇手の大半まで一材から彫り出されているそうです。
内刳りもされていないのに、干割れの痕跡も見当たりません。
余程のカヤの巨木、それも目の詰んだ緻密な良材が用いられているのに違いありません。
(木心は、像の前方中央、蓮肉部上面あたりに籠められているとのことです。)

このことだけでも、9世紀の制作像であることを物語っているようです。

御開帳奉賛会の方から、背面の写真を頂戴しましたが、背中の肉身のカヤ材の美しい木肌、木目が、大変魅力的に写し出されており、余程の良材から刻出されているのが、よくわかります。

緻密なカヤの木肌、木目が美しい千手観音像・背面(御開帳奉賛会の方に頂戴の写真)
緻密なカヤの木肌、木目が美しい千手観音像・背面
(御開帳奉賛会の方に頂戴の写真)



【「造形の特徴、時代の位置づけ」が良くわかる、重文指定時の解説】


ここで、2011年に重要文化財に指定時の解説を、ちょっとご紹介しておきたいと思います。

「報恩大師が開いたという伝承をもつ大賀島寺の本尊で、秘仏として伝えられた。
・・・・・・
腰を右に捻り、左膝を緩めて立つが、このように明らかな動勢を示す千手観音像は、ほかに知られない。
・・・・・・・
頬の長い顔立ちには中〜晩唐風が濃厚にうかがえる。
彫り口は大胆で力強く、著衣は凹部を深くえぐり、衣縁や衣文の峰を鋭く立ち上がらせ、動勢や肉身の起伏に応じて動きのある装を刻んでおり、殊に条帛と天衣が随所に衣縁のうねりや翻転を伴い交錯するさまを克明に表した彫技にみるべきものがある。

このように、本像には平安初期の檀像系作例に特徴的な諸形式や表現が集約的に用いられているのが看取される。
眉が隆起し、口を強く引結んで厳しい表情を示す面貌や刀痕をとどめた仕上げなどは京都・神護寺薬師如来像(国宝)を想起させ、製作年代は神護寺像や、本像に類する形式を多くみせる宝菩提院像からさほど隔たらぬ時期、遅くとも九世紀前半とみて誤りないであろう。

なお脇手の過半まで本体と共木で彫出する千手観音像はほかに北広島町像(注:広島県古保利薬師堂・千手観音像)があるのみで、初期木彫像におけるできるかぎり像を一材より彫ろうという意識をうかがわせる。
平安早期の異色の作例として注目される。」
(「新指定の文化財」月刊文化財573号・2011.06刊)


広島県北広島町 古保利薬師堂・千手観音像(脇手まで一木彫成)
広島県北広島町 古保利薬師堂・千手観音像(脇手まで一木彫成)

造形の特徴、時代的位置づけが、簡にして要を得て解説されていて、「なるほど!」と感じると共に、本像が、9世紀前半のレベルの高い優作であることを、今更ながらに納得させられました。



【修理修復で全身の後補古色が除かれ、檀像様の姿を実感~グッと増した迫力】


実は、この御開帳で、千手観音像の姿を観て、雰囲気が随分変わっていたのに、驚かされました。

2011年に東京国立博物館で展示された時には、全身が、チョコレート色というか黒褐色で覆われていました。
2016年度に、美術院国宝修理所で修理修復が行われ、黒褐色の後補古色が取り除かれ、制作当初の素地像の姿に戻されました。

こんなにもイメージが変わるのかなと、ビックリです。
東博で観た印象に比べて、厳しさ、生々しさが前面に出てきて、グッと迫力が増したように感じました。
今回の拝観で、制作当初の檀像風の姿を、しっかりと実感することが出来ました。

眼の白目、黒目が彩色されているのにちょっと違和感を覚えましたが、後補古色を取り除くと、今の彩色が現れたのだそうで、当初から眼球が描かれていたそうです。
また、肉身は当初の木肌、木目が現れているのに、衣の部分がそうではないのは、これ以上除去すると当初部分を痛める恐れがあったので、ここまでに留めたからということです。



【桓武天皇時代の、渡来新様檀像系仏像の系譜の仏像か?】


この大賀島寺の千手観音像の造形をじっくり見れば見るほど、桓武天皇時代とか長岡京時代の制作かと云われている、一連の檀像風一木彫像のことが、思い浮かびます。

宝菩提院の菩薩踏下坐像、道明寺の十一面観音像、高槻・廣智寺の菩薩立像などといった仏像です。

宝菩提院・菩薩踏下坐像(国宝).道明寺・十一面観音像(国宝)
(左)宝菩提院・菩薩踏下坐像(国宝)、(右)道明寺・十一面観音像(国宝)

大阪府高槻市 廣智寺・菩薩像(府指定文化財)
大阪府高槻市 廣智寺・菩薩像(府指定文化財)

「エキゾティックで下膨れな顔貌、ヌメッとねっとりとした肌合い、粘りのある彫技の冴えを誇るような深く抉った衣文」

といったものに、相通じる空気感を感じるものがあるのです。

これらの仏像は、中国渡来系の仏工の作か?と思わせるような独特の風があり、このタイプの空気感の彫像は、この一時期にだけ見られるように思うのです。
桓武天皇、長岡京時代前後あたりに、徒花のように咲いた、一連の檀像系仏像と云うような気がしています。
桓武天皇は、土師氏、紀氏などとの血縁が強く、また旧来の奈良仏教と距離を置いたといわれています。

私は、
「桓武天皇と土師氏、紀氏というトライアングルに関わりそうな仏像に、唐風渡来新様の色濃い像が多いのではないか?」
と、感じているのですが、大賀島寺像も、そうした仏像の延長線にあるのではないかという気もしてきました。
(大賀島寺像は、瞳に石などを嵌入せず、彩色で表す点は異なるのですが・・・・・・・)

それにしても、そんな仏像が、吉備地方に何故か遺されているというのは、大変興味深い処です。



【平安初期優作の大発見となった大賀島寺・千手観音像
~2003年、浅井和春氏が紹介論考を発表】

さて、大賀島寺の千手観音像、

「近年発見され大注目となった」

と、ご紹介しましたが、その発見の経緯などを、ちょっと振り返っておきたいと思います。

本像の存在が、研究誌ではじめて紹介されたのは、今から15年前、2003年のことでした。
仏教芸術267号に掲載された、浅井和春氏の 「岡山・大賀島寺の本尊千手観音立像とその周辺」 という論考です。
浅井氏自身も、平安初期の優作仏像の発見は、大変な驚きであったようで、論考の冒頭、このように綴っています。

「『とてつもない像』の出現である。

例の如く武田和昭さんからのご一報により、私が岡山・大賀島寺の千手観音像の存在を知ったのは、昨年(2002)10月末のことである。
受話器のむこうの武田さんは、まさに「息せき切って」の形容がピッタリの興奮状態にあった。
数日後、御仏の写真が届き、それを見た私も唯々唸るのみ。思いもかけずその出会いの場に遭遇した武田さんの驚嘆たるや、想像に難くない。

それほどに本像は、鋭く流麗な彫技を全体に駆使した稀有の作品に他ならなかった。
『すぐ来て下さい』とおっしゃる武田さんの熱意にうながされ、ようやく本像を拝する機会を得たのは11月23日。
・・・・・・・・
本像は、安住院像と同様、平安時代の劈頭に製作され、かつ同じ備前地域に特有の『報恩大師』伝説に彩られた一木造の名作であった。」
(2003年3月刊、仏教芸術267号)


想定外の平安初期一木彫像の優作の大発見への、驚きと興奮が、活き活きと手に取るようです。



【最初の発見者は武田和昭氏~「吉備の知られざる世界」出版企画で撮影同行時】


この文章のとおり、厳重秘仏、大賀島寺・千手観音像の最初の発見者は、武田和昭氏ということになります。
武田氏は、香川県在住、お寺の住職を務める仏像研究家で、「讃岐の仏像(上下)」「瀬戸内の金銅仏」といった著作で知られている仁です。

武田氏は、吉備の隠れた文化財を紹介する「吉備の知られざる世界」という本の出版企画で、大賀島寺の写真撮影に同行した際に、この秘仏・千手観音像を見て、平安初期9世紀の制作像に違いないと判断、浅井和春氏に「息せき切って」発見連絡したということのようです。

「吉備の知られざる世界」は、2002年12月に石本均志著・写真で、吉備人出版から刊行されました。

「吉備の知られざる世界」石本均志著・写真(吉備人出版2002刊)

「吉備の知られざる世界」に掲載された大賀島寺・千手観音像の写真、解説
「吉備の知られざる世界」石本均志著・写真(吉備人出版2002刊)
掲載された大賀島寺・千手観音像の写真、解説


武田和昭氏が解説を執筆、
「制作は平安時代初期、九世紀初期ころの作と考えられ、岡山県下では木造の仏像では確認されるなかでは最古とみられる。」
と、述べられています。

本書に掲載された写真が、大賀島寺・千手観音像の姿が世に知られた、最初のことなのではないかと思います。
石本均志氏撮影による、見事な千手のシルエット、雄渾な立ち姿の、魅惑的なカラー写真が掲載されています。



【2011年に重文指定~厳重秘仏が2週間限り、東博で展示】


このようにして、「平安前期の一木彫像の大発見」として、大注目を浴びた大賀島寺・千手観音像は、「9世紀前半の優作像」と認められ、2011年に、国の重要文化財に指定されたのでした。

市指定文化財から、県指定を経ずに、一気に国の重文指定に行ったったとという話です。

そして、33年に一度の開扉の厳重秘仏として守られていた本像が、2週間に限って、東京国立博物館の新指定文化財展に出展されることになったのでした。



【やっぱり、出かけてきて良かったご開帳】


大賀島寺の千手観音像に再会することが出来、そのほれぼれする姿に見入っているうちに、ずいぶん時間が経ってしまいました。
そろそろ帰路につかねばなりません。

次の開扉は、33年後ということです。
「この仏様の姿を、もう一度拝することは、私にはもうないのだな!」
と、後ろ髪をひかれる思いです。


この仏像が最後の観仏になった、長年同好の友、故高見徹さんに想いを致し、本尊千手観音像に、もう一度、手を掌わせました。

「やっぱり、思い切って、この御開帳に出かけてきて、本当に良かった。」

そんな心持に浸りながら、まだまだ参詣の人で賑わう、大賀島寺を後にしました。


古仏探訪~回想の地方仏探訪⑧ 「井上正・古密教彫像を巡る」 【2018.7.6】


【50歳代半ばで、再び「地方仏探訪」の世界へ~30年ぶりの探訪再開】


長年、ご無沙汰だった「地方仏探訪」を再開したのは、50歳代半ば頃、十数年前のことであったでしょうか。

孝恩寺の仏像群に、強い刺激を受けてから、5~6年後であったと思います。
会社勤めになってからは、全くのご無沙汰でしたので、30年以上ぶりに「地方仏探訪」を再開したということになろうかと思います。

仕事の方も、少しばかりは余裕が出てきて、学生時代に訪ねた東北の地方仏を、一人で懐かしく再訪してみたりしました。

「地方仏探訪への情熱」が、少しずつ、蘇ってくるようになりました。
このHP(神奈川仏教文化研究所)の母体であった東京寧楽会主催の仏像探訪旅行に参加させていただいたり、カルチャースクールの仏像講座に顔を出したりするようになりました。



【若き日以上に、地方仏探訪にハマって熱中~全国各地を跳び回る】


そんな中で、仏像愛好の仲間もできるようになり、一緒に「地方仏探訪」に出かけるようになりました。

「今度は、○○地方の仏像を観に行きましょう。
その次は、**寺のご開帳があるから、そのあたりの仏像も一緒に訪ねてみましょう。」

という風に、すっかりハマってしまいました。

学生時代以上に、地方仏探訪に熱を上げるという感じになりました。

地方仏探訪を再開してから、十数年、随分各地の古寺、古仏を巡りました。
北は東北から、南は九州まで、巡りました。
どのくらいの数を回ったかといわれると、よくわからないのですが、振り返ってみますと、全国都道府県の中で、仏像探訪のために訪れていないところは、「北海道、新潟県、熊本県、長崎県、宮崎県、沖縄県」だけになります。
残りの41の府県は、大なり小なり「仏像探訪」のために訪れたということです。

よく、凝りもせずに、飽きもせずに、出かけているものです。
どこがそんなに面白いのかと、呆れられてしまいそうですが、
きっとこれからも、
「どこそこの仏像が、何十年ぶりでご開帳される」
とか、
「あそこには、平安古仏の地方仏があるようだ」
という話になると、せっせと出かけていくことになろうかと思います。

思い出深い地方仏、心に残る地方仏もたくさんあるのですが、一つ一つふれているとキリがありませんので、やめておきます。



【井上正著「古仏」という本で知った「古密教彫像」という世界~今も、こだわり探訪中】


ここでは、一つだけ、私が、
「今も、こだわりを持って、訪ね続けている古仏たち」
について、ご紹介しておきたいと思います。

それは、
「井上正一氏が、自著作で採り上げている“古密教彫像”といわる古仏」
です。
「そんなもの、よく知らない。」
といわれてもという方も、結構いらっしゃるのではないかと思います。

私が、
「井上正氏 の 古密教彫像」
という話を、
初めて知ったのは、40歳頃のことであったと思います。
書店で、「古仏~彫像のイコノロジー」(井上正著・昭和61年・法蔵館刊)という本が出ているのを見つけました。

井上正著「古仏」(法蔵館刊)

そこに、若き日最後の地方仏探訪となった「観菩提寺・十一面観音像」が、採り上げられていたのでした。

井上正著「古仏」に採り上げられている観菩提寺・十一面観音像
井上正著「古仏」に採り上げられている観菩提寺・十一面観音像

観菩提寺・十一面観音像
観菩提寺・十一面観音像

懐かしくなって、迷わずこの本を買いました。
この本に採り上げられていたのが、井上正氏の言う「古密教彫像」というものでした。



【不思議なオーラ、気迫勝負の仏像ばかりのラインアップに強く惹かれる】


ページをめくっていくと、

「アクの強い、クセのある仏像」「不思議なオーラを発している仏像」

ばかりが登場します。
変わった仏像なのですが、何故か、強く惹き付けられる魅力あふれる仏像ばかりなのです。
前回ご紹介した「大阪 孝恩寺の古仏群」も、この本にしっかり採り上げられていました。

孝恩寺・伝弥勒菩薩像孝恩寺・跋難陀龍王像
孝恩寺・伝弥勒菩薩像(左)、跋難陀龍王像(右)

奇怪な表情であったり、強烈な肥満体であったりして「異形の歪んだ造形」の仏像ばかりです。
「気迫勝負の仏像」と云っても良い感じで、造形の出来の良さを度外視したかのようですが、強烈なインパクトを感じます。

この本に採り上げられている仏像の「目次」をご紹介すると。ご覧のとおりです。


「古仏~彫像のイコノロジー」 採り上げ仏像一覧 【目次】
「古仏~彫像のイコノロジー」採り上げ仏像~目次



【「奈良時代に遡る制作」「霊木化現仏」という新発想を提起した井上正氏】


井上氏は、本書に採り上げた仏像を、
「烈しい霊威表現の仏像」、「尋常ならざる精神性を発する表現の仏像」
と呼んでいます。
そして、「行基開基伝承」と結び付け、多くの仏像が奈良時代の制作に遡る古密教系彫像なのではないかという仮説を提起しています。
また、「霊木化現仏」という考え方を示して、霊木から仏の姿が顕現する途上の有様を表現するために、背面の彫りや後頭部の螺髪の省略、眼の形を彫らない表現の造形がなされているものが多々あると指摘しています。

井上正氏の「古密教彫像」についての考え方などについては、以前に、
「観仏日々帖 新刊旧刊案内~井上正著「続・古仏 古密教彫像巡歴」  【その1】  【その2】
で、ご紹介していますので、ご参照いただければと思います。

私は、これらの仏像が、「奈良時代の制作に遡る」とか、「霊木化現表現である」とは、なかなか思えません。

それはそれとして、井上正氏の眼で選ばれた「井上正ワールドの古密教彫像」というものに、強く惹かれる魅力を感じました。
是非、直に拝して、見てみたいものだと思いました。

地方仏探訪を再開してから、この本の中の気になる古仏をいくつか訪ねてみました。
京都 勝光寺・聖観音像、滋賀 大岡寺・薬師如来像、兵庫 楊柳寺・楊柳観音像・十一面観音像
あたりを、手始めに訪ねてみました。

いずれも、期待に違わず、「強いオーラを発する、インパクト十分の仏像」でした。

「これは、凄い迫力だ!」

と、強く惹き付けられてしまいました。

先にご紹介した、観菩提寺・十一面観音像、孝恩寺・仏像群もそうですが、どの仏像も、「強い“気”」を発散させているのです。
異形なのですが、デモーニッシュなエネルギーを発散させているのです。
得も言われぬ、不可思議な魅力を感じました。



【「3つの雑誌連載シリーズ」で採り上げられていた、96件の「古密教彫像」】


「古仏~彫像のイコノロジー」という本は、日本美術工芸という雑誌に掲載された「古仏巡歴」という連載が単行本化されたものです。
これには、その続編、続々編があって、同じ雑誌に連載されていることを知りました。
「古密教彫像巡歴」「古仏への視点」と題する執筆文で、全部「古密教彫像」について採り上げているのです。
続編、続々編は、単行本化されていませんでしたので、早速、図書館で掲載誌のコピーを全部取って、これもまた探訪先の候補として加えました。

~「古密教彫像巡歴」は、後に「続古仏・古密教彫像巡歴」と題して、2012年に単行本化されました。~

井上正著「続 古仏」(法蔵館刊)


そこでの、採り上げ仏像の「目次」は、次のとおりです。


「古密教彫像巡歴」採り上げ仏像一覧 【目次】
「古密教彫像巡歴」採り上げ仏像~目次
「日本美術工芸」580~615号連載(1987.1~1989.12)


「古仏への視点」採り上げ仏像一覧 【目次】
「古仏への視点」採り上げ仏像~目次
「日本美術工芸」652~675号連載(1993.1~1994.12)


「古仏~彫像のイコノロジー」「古密教彫像巡歴」「古仏への視点」
の3つのシリーズを合わせると、採り上げ仏像の目次の件数は、96件になります。

良く知られた仏像の名前もいくつかはありますが、その多くは、あまり知られていない仏像なのではないでしょうか。
私も、聞いたこともない知らない仏像の名前が、たくさん並んでいました。

まさに「マニアックな仏像」と云って良いのかもしれません。



【頑張って、こだわって訪ねるうちに、そのほとんどを拝観】


これらの「井上正ワールドの古密教彫像」を、少しずつ見て回っているうちに、その不思議な魅力にハマってしまいました。
チャンスがあれば、ちょっと無理をしてでも訪ねるようになりました。

段々と、訪ねた仏像の数が増えていくうちに、

「何とか、この96件、全部の古仏を見てみたいものだ!」

と念ずるようになってきました。

「井上正・古密教彫像探訪の完全制覇へのチャレンジ」

に、こだわりを持つようになってきました。

ご覧のとおり、知られざる古寺、古仏という感じなので、随分辺鄙なところにあったり、無住のお堂に祀られた仏像であったりして、

「訪れるのも、なかなか大変。
拝観のお願い、ご了解をいただくのも、結構大変。」

という処が、多いのです。
厳重秘仏になっているものもあります。

拝観のご了解をいただくのに苦労したこともありましたが、一生懸命回ってきました。
この十数年を、振り返ってみると、これらの古仏のほとんどを、直に拝することが出来ました。



【残すは5件のみ~念願の全件完全制覇】


現在、未だ、拝していない仏像は、5件を残すのみとなりました。
未見の仏像は、

福井 二上観音堂・十一面観音像、愛知 高田寺・薬師如来像、和歌山 東光寺・薬師如来像、和歌山 満福寺・十一面観音像、新潟 宝伝寺・十一面観音像

の5件です。

福井 二上観音堂・十一面観音像愛知 高田寺・薬師如来像
(左)福井 二上観音堂・十一面観音像、(右)愛知 高田寺・薬師如来像

こんなマニアックな仏像を、よくこれだけ訪ねてきたものだと、思います。
ここまでくれば、こだわりも、もう意地のようになってきた感じです。

是非とも、「井上正・古密教彫像シリーズの完全制覇」を、何とか果たしたいものだと念じています。



【「観仏日々帖」で、これまでご紹介の、「井上正・古密教彫像」たち】


これまでに、私がこれまで訪れた、これら古密教彫像のうちのいくつかは、この「観仏日々帖」で、紹介させていただきました。

次のとおりです。

【古仏探訪】京都・勝光寺 聖観音立像 (2012.6.22)

【古仏探訪】兵庫・多可郡 楊柳寺 楊柳観音・十一面観音像 (その1)  (その2) (2013.1.12~25)

【古仏探訪】秋田県大仙市 小沼神社・観音菩薩像 (その1)  (その2)  (2013.9.7~21)

【古仏探訪】秋田県湯沢市 談山神社、土沢神社の観音像 (2013.10.5)

【古仏探訪】滋賀県高島市・保福寺の釈迦如来坐像 (2014.4.19)

【古仏探訪】「右京区嵯峨樒原高見町・般若寺の十一面観音像」京のかくれ仏探訪②> (2016.6.18)

【古仏探訪】「北区大森東町・安楽寺の薬師如来像ほか諸像」京のかくれ仏探訪④ (2016.7.16)

【古仏探訪】「右京区嵯峨清滝月ノ輪町・月輪寺の千手観音像ほか諸仏」京のかくれ仏探訪⑥ (2016.8.19)

【古仏探訪】回想の地方仏探訪⑥ 「三重 観菩提寺」 (2018.6.9)

【古仏探訪】回想の地方仏探訪⑦ 「大阪 孝恩寺」 (2018.6.23)


ご覧いただけると、井上正氏の云う古密教彫像が、

「尋常ならざる精神性を発する、霊威表現の仏像」であること
「アクが強く、クセがある」ものの、不可思議な魅力で、人を強く惹き付けるものがあること

が、お判りいただけるのではないかと思います。

ご紹介した中でも、とりわけ、

京都・勝光寺の聖観音像の、「妖しい目力(めぢから)で、射すくめるような面相」

京都 勝光寺・聖観音像
京都 勝光寺・聖観音像

兵庫・楊柳寺の楊柳観音像の「古拙で不可思議で、神秘的な存在感」、十一面観音像の「唇から漲る“気”を吐き付けるような迫力」

兵庫 楊柳寺・楊柳観音像兵庫 楊柳寺・十一面観音像
兵庫 楊柳寺・楊柳観音像(左)、十一面観音像(右)

京都・安楽寺の薬師如来像の「ごっつい木塊が迫ってきてたじろぐような凄み」

京都 安楽寺・薬師如来像
京都 安楽寺・薬師如来像

には、それぞれ強烈なインパクトを感じました。

忘れ得ぬものがあります。



【最も「心洗われる」感動~忘れ得ぬ、秋田・小沼神社】


そして、最も心に深く残っているのは、秋田大仙市の小沼神社・聖観音像を訪ねた時の思い出です。
井上正氏の「古仏への視点」の最後に紹介されている仏像です。

訪ねたのは、5年前、2013年の七夕の日のことでした。

実は、観音像が祀られる小沼神社のたたずまいに心撃たれたのです。
緑に包まれた小沼のほとりに、ポツリと佇む小沼神社の景観を観て、

「心洗われる」「心揺さぶられる」

そんな気持ちが、こみ上げてきたのです。

秋田 小沼神社と小沼の風景
心揺さぶられた小沼と小沼神社の景観

鬱蒼とした森の中、突然眼前に開けた空間が出現し、そこには緑色の小沼が水をたたえています
沼の向こう側には、小さな社殿がひとつ、ポツリと静かに佇んでいます。

秋田 小沼神社と小沼の風景
小沼のほとりにポツリと静かに佇む小沼神社

そして、社殿には霊的空気感のある聖観音像が祀られています。

秋田 小沼神社・聖観音像、十一面観音像
小沼神社の社殿に祀られる聖観音像、十一面観音像

「神仙境、幽玄境」という言葉が、そのまま当てはまりそうな霊境空間そのものでした。

仏像そのものというよりは、祀られる社殿の景観、佇まいに感激したのですが、十数年間の地方仏探訪の数々の中でも、一番心撃たれたといっても過言ではありません。

もう一度、あの

「緑濃い水をたたえた小沼、沼のほとりにひっそり佇む社殿、そこに祀られる2体の観音像」

に再会したくて、昨年(2017年)、秋田の遠い田舎まで、また訪れてしまいました。

「もう一度、訪ねてきて本当によかった。」
「これからも、人に知られることなく、訪れる人もなく、あのままの姿で、残っていてほしい」

素直に、そんな気持ちになった、小沼神社再訪でした。

随分マニアックな話になってしまいましたが、私のこだわりの「井上正・古密教彫像を巡る話」を綴らせていただきました。



【年寄りのノスタルジー「回想の地方仏探訪」も、これでおしまいに】


8回にわたって続けてきました「回想の地方仏探訪」シリーズも、これでおしまいにさせていただきたいと思います。

学生時代、初めて東北の地方仏探訪に出かけた話から、50歳代半ばを過ぎてから、長らく縁がなくなっていた地方仏探訪を再開、再び熱中するまでの思い出話を、勝手気ままに綴らせていただきました。

何の面白みもない、若き日から近年までの地方仏体験の話でしたが、個人的には、しみじみと思い出深いものがあります。

唯々、年寄りのノスタルジー、自己満足的な回想話で、飽き飽き、辟易されたのではないかと思います。

我慢してお付き合いいただき、有難うございました。


次のページ