観仏日々帖

古仏探訪~2017年・今年の観仏を振り返って〈その5〉 11~12月 【2018.01.07】


あけましておめでとうございます。

今年も「観仏日々帖」ご覧いただけますよう、よろしくお願いいたします。

とうとう、年越しになってしまった、去年からの「今年の観仏を振り返って」は、〈その5〉、11~12月の観仏のご紹介です。



【11 月】



【久々に心地よい満足感に浸された、細見美術館の「末法展」】


良い展覧会を京都で観ることが出来ました。
見終わって、心地よい満足感と爽快感で満たされた仏教美術展でした。

細見美術館「末法展」ポスター
京都岡崎の細見美術館で、開催されている 
「末法~失われた夢石庵コレクションを求めて~」
と題する展覧会です。

「今は亡き幻のコレクター夢石庵の、散逸した蒐集品を一堂に会する。」

と銘打って、開催された個人コレクションの展覧会でした。

訪れる人もまばらで静かな展覧会でしたが、一本、目筋の通った美の感性、鑑識眼を感じさせ、キラリと光る粒ぞろいといったものが揃っていました。
久々に、「心安らぐ、落ち着いた美」のなかに、身を置くことが出来、良き展覧会を観たという気持ちになりました。

この展覧会については、
観仏日々帖「『夢石庵とは何者か?』 細見美術館で開催中の『末法展』 」
で紹介させていただきました。
「夢石庵とは何者か?」の種明かしについては、そちらをご覧ください。

とりわけ眼を惹いた仏像は、

法隆寺伝来とされ鳥海青児氏旧蔵の十一面観音像(平安)、

香川道隆寺伝来、アメリカパワーズコレクションから里帰りした天部立像(平安前期)、

興福寺子院伝来、井上馨旧蔵の弥勒菩薩立像(鎌倉)、

でした。

十一面観音像(平安)~法隆寺伝来、鳥海青児旧蔵
十一面観音像(平安)~法隆寺伝来、鳥海青児旧蔵

天部像(平安)~香川道隆寺伝来、パワーズコレクション旧蔵.弥勒菩薩像~興福寺子院伝来、井上馨旧蔵
(左)天部像(平安)~香川道隆寺伝来、パワーズコレクション旧蔵
(右)弥勒菩薩像~興福寺子院伝来、井上馨旧蔵


それぞれに、個人コレクションに相応しい名品で、なかなかの魅力ある像でした。



この日は、この後ちょっと仏教美術の古美術店を覗いたり、泉屋博古館で開催中の木島櫻谷展を観たりして、何やら心静かな落ち着いた京都の一日になりました。

泉屋博古館「木島櫻谷展」ポスター


飲み食いの方もそんな気分を反映したものとなりました。
お昼は、烏丸麩屋町の「手打ちそば 花もも」。

手打ちそば 花もも
手打ちそば 花もも

京都には意外に美味なる蕎麦屋が少ないのですが、此処はグッドでした。
夕方時ごろで閉店とのこと、夜飲めないのは残念。

夜は、知り合いと宮川町のお茶屋さんでちょっとだけ愉しんで、その後は、「酒陶 柳野」へ。

酒陶 柳野
酒陶 柳野

三条新町にあるバーです。
素木のカウンター、聚楽壁というシンプル&モダンの落ち着いた雰囲気。

「酒陶 柳野」カウンター
「酒陶 柳野」カウンター

河原町三条の「直珈琲」と同じ木島徹氏の内装設計。

「直珈琲」カウンター
「直珈琲」カウンター

気持ち良い余韻で、お酒が進んだ一日となりました。



【大行列、大混雑の京博「国宝展」~お目当ては超絶技巧の仁和寺・薬師檀像】


翌日は、京都国立博物館で開催の「国宝展」へ。

京博「国宝展」ポスター


昨日の落ち着いた心静かな雰囲気と打って変わって、朝から60分待ちの大行列。
やっとこさ入場すると、会場は大混雑。
人ごみにあてられっぱなしで、ボーっとして何を見たのやら、名品もうわの空となりました。
国宝仏像の出展は、ご覧のとおりでした。

観仏リスト①京博「国宝展」展示仏像


お目当ては、なんといっても、仁和寺の薬師如来坐像。
康和5年(1103) 円勢・長円作、像高10.3㎝という小檀像です。

仁和寺・檀像薬師如来像
仁和寺・檀像薬師如来像

長らく霊明殿に秘されていましたが、昭和61年の学術調査で発見確認されました。
発見後も秘仏で、めったに公開されることは無く、平成11年東博の「金と銀 展」公開されて以来、18年ぶりの公開です。
拡大鏡でしっかり見ないとよく判りませんが、極めて精巧な彫刻、超絶技巧といえる美しく微細な截金文様には、本当に驚愕です。

その他の展示仏像は、普段からお馴染みなので、サラリと観てオシマイとなりました。



【年甲斐もないロングドライブに少々お疲れ~鳥取・島根・播磨観仏旅行】


同好の方々と、鳥取、島根、播磨方面観仏旅行に2泊3日で出かけました。

この観仏旅行の目的は、2つ

島根県立古代出雲歴史博物館で開催される「島根の仏像展」を観に行くこと。

播磨清水寺の秘仏十一面観音像の30年に一度の御開帳を拝しに行くこと。

でした。

折角行くのだからと、鳥取、島根、播磨の見どころある仏像を巡ることにしました。
それにしても、鳥取スタート、出雲、播磨経由で新大阪到着というロングドライブです。
走行距離は、ほぼ600キロで、ドライブだけでヘロヘロになってしまいました。

鳥取島根方面に観仏先は、「島根の仏像展」展示仏像を除くと、ご覧のとおりです。

観仏リスト②鳥取島根観仏



【北栄町に在る二つの観音寺(瀬戸・東高尾)へ~瀬戸の観音像は、東高尾からの勧請仏】


まずは、鳥取砂丘コナン空港から、東伯郡北栄町に在る二つの観音寺へ。
瀬戸に在る観音寺と、東高尾に在る観音寺です。

瀬戸観音寺には、小さなお堂に、一木彫の十一面千手観音像が祀られています。

瀬戸・観音寺
瀬戸・観音寺

ほぼ等身の一木彫像、平安中期ぐらいの古仏とされていますが、それにしてはスリムでキリリと締りのある造形です。

瀬戸観音寺・千手観音像

瀬戸観音寺・千手観音像
瀬戸観音寺・千手観音像

衣の彫り口の鎬だった衣文などに、平安前期の空気感を残しているようです。
ご住職のお話によると、後世の補修で、眼が玉眼になっていたりしたそうですが、平成2年(1990)に美術院によって大幅な修理修復が行われ、その時に元の彫眼に戻して、今のお姿となったということでした。
この観音様は、もともとは東高尾・観音寺にあったもので、江戸時代、正徳3年(1713)に瀬戸の大庄屋・武信家が住民の信仰のため、千手観音像を勧請して一堂を建立したことに始まるのだそうです。



【50余体の破損仏が肩を寄せ合う姿は壮観~東高尾・観音寺】


東高尾・観音寺に行きました。
由良川をさかのぼった山あいにひっそりとお堂と収蔵庫が佇んでいます。

東高尾・観音寺
東高尾・観音寺

今は、無住のお堂となっていますが、此処にはなんと、50体ほどの木彫仏、破損仏が遺されているのです。
管理の方に収蔵庫の扉を開いていただくと、大量の破損仏の姿がどどっと目に飛び込んできます。

大量の破損仏が肩を並べる東高尾・観音寺収蔵庫
大量の破損仏が肩を並べる東高尾・観音寺収蔵庫

全体としては平安古仏のようですが、造られた時代はマチマチのようです。
この仏像群は、戦国時代に大日寺(倉吉市桜)が焼き討ちされたために移されたとの伝えがありますが、この辺りの古仏が、いつの頃か一箇所に集められてきたものなのかもしれません。

東高尾観音寺・十一面観音像
東高尾観音寺・十一面観音像

東高尾観音寺・天部像(破損仏)東高尾観音寺・天部像(破損仏)
東高尾観音寺・天部像(破損仏)



【抜群のプロポーションが心惹きつける千手観音像~伯耆随一の魅力あふれる古仏】


なんといっても、魅力的なのは、ひと際大きな、千手観音像です。

東高尾観音寺・千手観音像
東高尾観音寺・千手観音像

内刳りのない一木彫像。
真正面、こちらを向いて凛と立っています。
伸びやかなエネルギーを、強く感じる素晴らしい平安古仏です。。
ハイウエストでスマートな体つき、いわゆる平安初期彫刻の強烈なボリュームやゆがみは無いのですが、パワー、パンチ力は十分。

東高尾観音寺・千手観音像
東高尾観音寺・千手観音像

肉付きは豊かでむっちり、クビれるところはクビれて、きりっとした締まりある身体ですが、変な妖艶さは感じません。
昔の女優に譬えれば、ソフィア・ローレンというところでしょうか?
~それにしても余りに古い、もう齢ですね~

東高尾観音寺・千手観音像東高尾観音寺・千手観音像
東高尾観音寺・千手観音像
東高尾観音寺・千手観音像

山陰の風土には似合わない、明るく健康的、伸びやかな雰囲気です。
むしろ、大陸的なおおらかさを発散しているようです。
愛媛の庄部落の菩薩立像も、鄙の地に在りながら、ハイウエストで腰がくびれ、どこかしら大陸的な空気感を感じさせますが、そうした系譜に在る像なのでしょうか?

愛媛庄部落・菩薩像
愛媛庄部落・菩薩像

この千手観音像、相当古そうな感じです。
平安前期どころか、8世紀に遡るかもしれない、という考えもあるようです。

いずれにしても、圧倒的に心惹き付ける魅力十二分の、大好きな平安古仏です。
これで3度目ですが、拝するたびに、その思いが強まってきます。

同好の人には、
「それほどの仏像とは思わない。」
とネガティブな感想の方もいたのですが、
「鳥取島根で、あなたの一番好きな古像を選んでください。」
と云われると、私は、この東高尾観音寺の千手観音像を選ぶことでしょう。

山陰屈指の魅力溢れる像だと思います。


東高尾観音寺をじっくり堪能した後には、倉吉市桜に在る大日寺へ。

大日寺
大日寺

大日寺には、嘉禄2年(1226)の造像銘を有する、鎌倉時代の阿弥陀如来坐像が祀られています。

大日寺・阿弥陀如来像
大日寺・阿弥陀如来像

なかなかしっかりとした安定感のある鎌倉の阿弥陀像でした。

この後は、
上淀廃寺に寄って、白鳳の寺院址と「上淀白鳳の里展示館」を見学。

上淀廃寺址
上淀廃寺址

上淀白鳳の里展示館の上淀廃寺安置の塑像仏の想像復元像
上淀白鳳の里展示館の上淀廃寺安置の塑像仏の想像復元像

安来の清水寺の宝物館では、巨大な阿弥陀坐像や阿弥陀三尊像、近年発見され重要文化財に指定された摩多羅神像(嘉暦4年・1329在銘)などを拝しました。

安来・清水寺境内
安来・清水寺境内

清水寺宝蔵・安置仏写真掲載のパンフレット清水寺宝蔵・安置仏写真掲載のパンフレット
清水寺宝蔵・安置仏写真掲載のパンフレット

この日の夜は、松江泊。
松江の居酒屋の名店「やまいち」で一杯。

松江居酒屋「やまいち」
松江居酒屋「やまいち」

刺身も煮付けも。どれもこれも新鮮美味。
小さなお店ですが、常連さんらしき人で満席、愉しく、気さくに飲めるグッドなお店でした。


翌日は、朝一番で出雲大社にお参りした後、島根県立古代出雲歴史博物館へ。

出雲大社
出雲大社

島根県立古代出雲歴史博物館
島根県立古代出雲歴史博物館

お目当ては、「島根の仏像展」です。



【島根の見どころある平安古仏が勢ぞろい~圧巻の「島根の仏像展」】


この特別展「島根の仏像~平安時代のほとけ・人・祈り~」は、島根県に遺る「平安時代の仏像」にスポットを当てた特別展です。
島根の平安古仏のほとんどが集結するといってもよい、大注目の展覧会です。

ちょっと数が多くなりますが、出展仏像のリストを掲載させていただきますので、ご覧ください。

観仏リスト③「島根の仏像展」展示仏像


島根県の平安時代の仏像をみると、重要文化財に指定されている仏像が15件、県指定文化財に指定されている仏像が14件あります。
展覧会には、そのうち重文指定像が11件、県指定仏像が10件が、出展されているのです。
この他にも市指定、無指定の平安古仏も多数出展され、全部で35件の出展となりました。
これだけの展覧会、もう当分開催されることは無いと思います。

ちなみに、展覧会に出展されない平安時代の重文仏像4件のうち、清水寺の阿弥陀像2件と巖倉寺の観音像は、この旅行で観仏に訪れましたので、今回旅行での島根の重文平安古仏の見残しは、大寺万福寺の観音像(2躯)のみということになります。

まさに、「島根の見どころある平安古仏総浚え」の観仏旅行になりました。



【圧倒的存在感で眼を惹いたのは、やはりこの三つの仏像
~清水寺、大寺万福寺、仏谷寺】


展覧会場に入ると、圧倒的に眼を惹いたのは、やはりこの3件の平安古仏でした。

清水寺の十一面観音像、大寺万福寺の四天王像、仏谷寺の薬師如来像、四菩薩像

です。
それぞれ圧倒的な存在感で、観覧の人々が足を止めて見入っていました。

今更ご紹介するまでもないのかもしれませんが、

土俗的な妖しさを発散する、清水寺・十一面観音像
どっかと脚を据えて、天平の堂々たる風格をしのばせる、大寺万福寺・四天王像
意志を秘めた紅顔の青年を思わせる、仏谷寺・薬師如来像

やはり出雲を代表する魅力的平安古仏です。

安来清水寺・十一面観音像
安来清水寺・十一面観音像

大寺万福寺・四天王像
大寺万福寺・四天王像

仏谷寺・薬師如来像
仏谷寺・薬師如来像



【注目の未見、新発見仏像は、この3寺の仏像~高野寺、長安寺、隠岐清水寺】


この他に、私が初めて観る仏像にも多数出展されていて、興味深い仏像がいくつもありました。
なかでも眼を惹いた注目仏像だったのは、次のような古仏です。

出雲市高野寺の聖観音像、雲南市長安寺の十一面観音像、菩薩像は、それぞれ近年その存在が発見確認された新出像です。
いずれの像も古様で、平安前期の雰囲気を残しています。
高野寺・聖観音像は奈良風のシルエットで、9世紀作の作かとみられ、出雲地方最古の木彫仏の可能性があるそうです。

高野寺・聖観音像
高野寺・聖観音像

長安寺の2躯もなかなかで、とりわけ菩薩坐像の方は、バランスのとれたプロポーションで興味津々の像でした。

長安寺・十一面観音像長安寺・菩薩像
修理後新しい仏像安置となった、東大寺・法華堂の堂内

もう一つ、未見の仏像のなかでは、隠岐島海土町・清水寺の聖観音像が眼を惹きました。

隠岐清水寺・聖観音像.隠岐清水寺・聖観音像によく似る仏谷寺・伝日光菩薩像
隠岐清水寺・聖観音像(左)と、よく似る仏谷寺・伝日光菩薩像(右)

美保関仏谷寺の菩薩像とそっくりと云ってもよい雰囲気の一木彫像です。
美保関は隠岐島の対岸と云ってもよい場所で、隠岐と島根半島の二つの港の近隣に、形の似ている二つの仏像が遺されているというのは大変興味深いことです。

「島根の仏像展」で、出雲の平安古仏をたっぷり堪能することが出来ました。
地方の博物館でのこれだけ充実した展覧会は、そうめったにあるものではありません。
わざわざ飛行機でここまで出かけてきた甲斐がありました。



【神木、霹靂木からの苦心の木取り造仏か?~体を捻った巖倉寺・聖観音像】


「島根の仏像展」の後は、安来市広瀬町に在る巖倉寺・聖観音像の拝観に訪れました。
展覧会に出展されなかった重要文化財の平安古仏の一つです。

門前から石段をしばらく登っていくと、小さな本堂があり、そこに祀られていました。

巖倉寺本堂
巖倉寺本堂

ご住職のご案内、ご丁寧な説明でゆっくり拝することが叶いました。
聖観音像は、少し腰を捻って居るのですが、捻っているというよりは、ぎこちなく体を曲げている様子で上半身と下半身の動きがちぐはぐな感じがします。

巖倉寺・聖観音像

巖倉寺・聖観音像
巖倉寺・聖観音像

この像は、手先、前膊部の一部を除いて、内刳りのない一材で蓮肉まで一木で造られているのです。
一材から彫り出すために、相当に無理をした木取りから彫出された像のようなのです。
神木とか霹靂木を用いて彫られた像なのかもしれません。
こうしたタイプに仏像は、一般には地方的要素ということで片づけられてしまうのかしれませんが、熟達仏師ではない人の深い信仰の所産というふうにも思いたくなりました。
全体としては、彫りも浅くなり穏やかな印象も出てきており、平安の中期頃の制作なのかもしれません。


この日は、安来市から兵庫県津山市までのロングドライブで、少々お疲れ。
津山泊。
夜は、イタリアンの「バル寅トラットリアバール」へ。

津山「バル寅トラットリアバール」
津山「バル寅トラットリアバール」

NETで調べたのですが、駅前のタクシーが「名前も場所も知らない」という店でビックリ。
地元の人しか行かない店のようですが、これが大当たり。
料理もワインもコスパもベリーグッドで大満足。
東京に在れば、しょっちゅう行きたくなるほどの店でした。
津山に、美味いイタリアンバルあり。



3日目は、播磨地方観仏です。
佐用町の瑠璃寺、姫路市夢前町の弥勒寺、加東市の播磨清水寺を訪ねました。

観仏リスト④播磨観仏



【張りのあるボリューム感みなぎる瑠璃寺・不動明王像~出色の平安古像】


瑠璃寺は随分山中の鄙びたところに在りました。
いくつかのお堂があり、めざす不動明王像は護摩堂に祀られています。

瑠璃寺・護摩堂
瑠璃寺・護摩堂

重要文化財の立派なお像なのですが、ご一緒の案内もなく、どうぞお堂で自由に拝んでくださいとのことで、眼近にゆっくりじっくり拝することが出来ました。
9~10世紀、平安前中期の大師様の不動明王像です。
昭和61年(1986)の瑠璃寺調査で発見確認された像で、昭和63年(1988)重要文化財に指定されました。

瑠璃寺・不動明王像

瑠璃寺・不動明王像

瑠璃寺・不動明王像
瑠璃寺・不動明王像

流石、平安前中期の不動明王像、パワフルでダイナミック、迫力十分です。

「張りのあるボリューム感がみなぎっている。」

こんな印象を強く持ちました。
お顔の造形も魅力的で、惹きつけるものがあります。。
これだけ出色の平安中期不動像が、播磨の片田舎に遺されているのには、ビックリしてしまいました。
世にあまり知られていない「かくれ仏」と云ってもよいかもしれませんが、ここまで訪ねて拝する値打ち十分の平安古仏でした。



【30年に一度の秘仏御開帳を目指して、播州清水寺へ
~粗略のなかに強い祈りこめられた観音像】


播磨清水寺の秘仏本尊、十一面観音像の御開帳に訪れました。

播磨清水寺は西国三十三観音、二十五番霊場で諸堂を有する大伽藍です。

播州清水寺・山門
播州清水寺・山門

本尊・十一面観音像は、厳重秘仏で30年に一度ご開帳となっています。
本尊十一面観音像、脇侍の毘沙門天像、吉祥天像は、前回ご開帳の昭和62年(1987)に修理され加東市の文化財に指定されています。

流石に、西国三十三ヶ所札所の厳重秘仏御開帳ということだけあって、大勢の人々が、紅葉を愉しみがてら、参拝に訪れていました。

播州清水寺・本堂
播州清水寺・本堂

本尊の祀られる「内陣特別ご拝観」が出来ましたが、順にご参拝ということで、そうじっくりとは拝することが出来ませんでした。
十一面観音像は、一見、簡素で粗略に過ぎる造形の地方仏という印象で、手練れの仏師の作ではなく僧侶が祈りをこめて彫った霊像という感がします。

播州清水寺・秘仏十一面観音像
播州清水寺・秘仏十一面観音像

不思議なオーラを発散させるようなところもあり、寺伝に「法道仙人一刀三礼の観音像」という伝えがあるのも頷ける処です。
厳重秘仏のためか、制作年代についてのコメントのある資料が見つかりませんでしたが、いつの頃の制作かを判断するのは、なかなかに難しいというのが実感でした。



【12 月】



「今年の観仏を振り返って」も、やっとのことで12月となりました。

12月は、東大寺法華堂・執金剛神の御開扉に出かけるとともに、天平会例会に参加しました。



【4年ぶりに再会~良弁忌に御開扉の法華堂・執金剛神像】


法華堂・執金剛神の開扉の日は、年に一日限り、良弁忌の12月16日です。
執金剛神を拝しに出かけるのは、4年ぶりです。
いつもながらの大変な参拝者の数で、長い行列に並んでの拝観です。
執金剛神が祀られる北面の厨子の前では、そう長い時間はとどまっていることが出来ない状況で、結局3度も列に並んで、拝することになりました。

東大寺法華堂・執金剛神像
東大寺法華堂・執金剛神像

素晴らしい出来の執金剛神像なのですが、いつもながら、体勢に微妙なぎこちなさを感じてしまいます。
拝し終わったその足で、戒壇堂の方へ廻って、四天王像を見てきました。

東大寺戒壇堂・四天王像(増長天像)
東大寺戒壇堂・四天王像(増長天像)

見較べてみると、四天王像の造形の方に、どうしても円熟味とバランスの良さを感じます。
やはり、制作年代に、微妙な年数の差があるのでしょうか?

この日は、開山堂の良弁像も御開扉です。

良弁像御開帳の東大寺開山堂
良弁像御開帳の東大寺開山堂

これまた、行列に並んで拝してきました。
こっちの方が、眼近にじっくり拝することが出来ました。

良弁像~開山堂御開帳チラシ
良弁像~開山堂御開帳チラシ



【さながら室生寺ミニ企画展の奈良博・なら仏像館
~弥勒堂・釈迦像の見事な男ぶりに惚れ惚れ】


奈良博・なら仏像館へ寄りました。

目当ては、室生寺弥勒堂の釈迦如来像と弥勒菩薩像です。
なんと、あの男ぶりの良い、室生寺・釈迦如来坐像が奈良博に展示されているのです。
室生寺弥勒堂は、2017年7月20日~2019年3月末までの期間、全面改修工事を実施中で、その間、本尊・弥勒菩薩像と釈迦如来像が、奈良博に寄託展示されているというわけなのです。
室生寺では、弥勒堂の外からの拝観となっていて眼近に拝することが出来ませんが、明るい照明のもとで、ごくごく眼近でじっくりと観ることが出来ました。

室生寺弥勒堂・釈迦如来像
室生寺弥勒堂・釈迦如来像(平安・国宝)

釈迦如来像は、流石、この仏像が大のお気に入りという人が、沢山いるだけのことがある魅力的な仏像です。
背面から内刳りがされ、長方形の蓋板がはめられているのですが、奈良博では後方から観ることが出来て、蓋板がはめられた線まではっきり確認することが出来ました。

奈良仏像館では、この二像の他に、室生寺の十二神将像二躯(鎌倉・重文)と帝釈天坐像(9~10C)、新発見の新発見の二天王像(9C)が展示されていました。
これらの像を集めて、「室生寺のミニ企画展」のようにして展示すれば、随分人気を呼ぶのではないかと思いましたが、如何でしょうか?


この日の夜は、知り合いと奈良女子大の南の「奈良 而今」で夕食。

奈良「而今」
奈良「而今」

去年の9月に開店した新しい店ですが、「美味いものなし」と云われる奈良で、懐石料理の人気店として、話題の店です。
ゆっくり愉しく飲らせてもらいました。



【コロタイプ複製技術の精巧さに感嘆、讃嘆~「便利堂創業130周年記念展」】


翌17日、午前中は、京都文化博物館で開催中の特別展、便利堂創業130周年記念「至宝をうつす-文化財写真とコロタイプ複製のあゆみ-」へ行きました。

京都文化博物館「便利堂創業130年記念展」ポスター


コロタイプ印刷というのは美しいが非効率ということで、ほぼ消えてしまった印刷技術ですが、便利堂は今もその技術を継承しています。
そのコロタイプ複製の歴史と、便利堂の130年の歴史を重ね合わせて振り返るという、興味深い展覧会です。
焼損前の法隆寺金堂壁画写真・全12面が展示されていたほか、高松塚古墳壁画写真やコロタイプ複製の美術作品の数々が展示されていました。

焼損前の法隆寺金堂壁画コロタイプ写真
焼損前の法隆寺金堂壁画コロタイプ写真

この世界に興味ある私には、こたえられない良き展覧会でした。



【天平会12月例会では、普段拝観が難しい京の諸仏を拝する
~万寿寺・阿弥陀像、法性寺・千手観音像など】


午後には、仏像探訪の同好会「天平会」の12月例会に参加しました。
探訪先は、ご覧のとおりです。

観仏リスト⑤天平会12月例会


万寿寺の阿弥陀如来坐像、金剛力士像は東福寺の宝物館、光明宝殿に安置されているのですが、なかなか公開されることがなく、一度は拝したいと思っていた仏像でした。
眼近に拝することが出来ました。

万寿寺(東福寺光明殿安置)阿弥陀如来像万寿寺(東福寺光明殿安置)金剛力士像
万寿寺(東福寺光明殿安置)阿弥陀如来像(左)、金剛力士像(右)

法性寺の千手観音像も、これまたなかなか拝することが出来ない仏像です。
近年は、二度ほど、京都非公開文化財特別公開で公開されることがありました。
天平会でも、ご拝観の了解をいただくのに、随分ご苦労されたとのことでした。
この超有名な国宝の優品、お寺とは思えない門構えのこじんまりしたお堂に祀られています。

法性寺
法性寺

その昔は、事前にお願いすると、眼近に拝することが出来たのですが、近年は非公開で、普段は拝することが出来ません。

法性寺千手観音像
法性寺千手観音像(平安・国宝)

私は、その昔に、何度も拝したことがありましたので、大変懐かしく、その素晴らしいお姿と再会させていただきました。


ようやく、2017年の観仏、総まくりのご紹介を終えることが出来ました。
なんのかんのといいながら、随分、数多くの観仏に出かけてしまいました。
「飽きもせず!」とは、よく言ったものです。

ダラダラ長々、一年の観仏探訪記録を自己満足的に綴らせていただきました。
辛抱してご覧いただき、ありがとうございました。


今年も、HP「神奈川仏教文化研究所」、ブログ「観仏日々帖」に、気ままな仏像記事を連ねていきたいと思っております。
よろしくお付き合いいただけますよう、お願いいたします。


古仏探訪~2017年・今年の観仏を振り返って〈その4〉 8~10月  【2017.12.30】


今年の観仏を振り返って〈その4〉は、8月~10月の3か月です。


【8 月】



8月上旬は、猛暑で熱中症になりそうなのにもかかわらず、奈良、京都、滋賀へと、頑張って2回も出動しました。
年寄りには、ちょっと堪えます。


【堂内修理後の新しい仏像安置の法華堂へ~スッキリと仏像の美しさが映える】


同窓会に合わせて、奈良、京都へ。

しばらくぶりに、東大寺法華堂へ行ってみました。

これまでも、数え切れないぐらい来たお馴染み中のお馴染みですが、実は、新しい仏像安置になってから初めての拝観となりました。
現在の堂内では、不空羂索観音像、金剛力士二像、四天王像の乾漆巨像だけが祀られる姿となっているのです。

修理後新しい仏像安置となった、東大寺・法華堂の堂内
修理後新しい仏像安置となった、東大寺・法華堂の堂内

ご存じのとおり、法華堂は2010年から須弥壇と諸尊の修理が行われ、2013年春に完了しましたが、完了時に全ての仏像がお堂には戻されませんでした。
法華堂に安置されたのは、本尊不空羂索観音像をはじめとした、巨大な脱活乾漆の諸像と北面秘仏の執金剛神像です。
日光月光菩薩像、吉祥弁財天像の塑像などは、東大寺ミュージアムで展示されるようになりました。

修理後新しい仏像安置となった、東大寺・法華堂の堂内
修理後新しい仏像安置となった、東大寺・法華堂の堂内

日光月光菩薩などが安置されていた、これまでの東大寺・法華堂堂内
日光月光菩薩などが安置されていた、これまでの東大寺・法華堂堂内

これまでの、ちょっとゴチャゴチャ感が無くなって、スッキリした感じです。
脱活乾漆の7像だけが、薄暗い堂内に、堂々とした立ち姿で、すくっと立つ姿は、なかなかの壮観です。
この安置の方が、仏像の素晴らしさがより映えるようで、素晴らしさをより実感できるようになったように思いました。

そうは言うものの、近年の研究成果によると、不空羂索像の八角基壇上に、当初から日光月光像、戒壇堂四天王像、執金剛神像が安置されていたことが明らかになったようですので、現在の、新たな安置の像の姿であった時期は無かったということになります。

それでも、
「この安置の方が、スッキリと美しくて好きだな!」
と感じた私でした。



【「源信展」に葛城・高雄寺の観音像が出展~一度拝したかった平安古仏】


奈良国立博物館で開催の、1000年忌特別展「源信~地獄極楽への扉」に行きました。

奈良博「源信展」ポスター

この源信展で、めざした仏像は、「高雄寺・観音菩薩像」です。

観仏先リスト1(高雄寺)

「一度拝してみたい」と長らく思っていた、10~11世紀頃制作の一木彫像です。
この観音像は、源信の母が高尾寺の観音に起請し、夢中に住持僧から一珠を与えられ、久しからずして懐妊した霊験観音と伝えられる仏像です。

源信展に展示された、葛城市高雄寺の観音菩薩像(平安・重文)
源信展に展示された、葛城市高雄寺の観音菩薩像(平安・重文)

高雄寺は、奈良県葛城市、当麻寺の近くにあるのですが、無住で管理をされているお寺のご都合もあり、普段は拝観が叶わないのです。
十数年越しで、やっと観ることが出来ました。

もっとダイナミックな迫力を感じる像かと予想していましたが、眼近に観ると穏やかさのある平安中期頃の奈良当地の作という感じに納得でした。

源信展では、仏像の出展は少なかったのですが、
「地獄草紙、餓鬼草紙、病草紙、辟邪絵、六道絵」
といった国宝絵巻を直に目にすることが出来たのは、なかなかの眼福でした。

源信展に展示された地獄草紙(平安・国宝)
源信展に展示された地獄草紙(平安・国宝)

源信展に展示された、辟邪絵・神虫(平安・国宝)
源信展に展示された、辟邪絵・神虫(平安・国宝)




【京博寄託の「新町保存会・地蔵像」、地元里帰り用精密模造制作~京博で並べて展示】


奈良泊の翌日は、京都国立博物館に寄りました。

京博の平常陳列・彫刻は「閻魔と地蔵」という特集展示がされていました。

観仏先リスト2(新町地蔵保存会)

そこに、
「新町地蔵保存会の地蔵菩薩坐像」と、その「3Dプリンタで制作したレプリカ」
が、並んで展示されていました。

北町地蔵保存会・地蔵菩薩像(平安・重文)

京博に並んで展示された、里帰り用模造レプリカと北町地蔵保存会・地蔵菩薩像
北町地蔵保存会・地蔵菩薩像(平安・重文)と、京博に並んで展示された里帰り用模造レプリカと北町地蔵保存会・地蔵菩薩像

この新町地蔵保存会の地蔵菩薩像は、平安前期の見事な優作で、長らく京博に寄託展示されています。
下鴨にあるお堂には、お祀りしていた地蔵様がいなくなってしまい、2014年の重文指定以降は、「年に一度地蔵盆の日の里帰り」も難しくなってしまいました。
そこで、苦肉の策として、国立博物館で3Dプリンタによる精巧な模造をつくって、模造の地蔵様にお堂に戻ってもらうことになったのです。

この話については、 観仏日々帖「京都・新町地蔵保存会の地蔵像、3Dプリンタ・レプリカをお堂にお祀り に詳しく採り上げましたのでご覧ください。

近年の3D技術の精巧さに、今更ながら驚かされるとともに、
「信仰される仏様」と「文化財保護保存」という悩ましき問題の折り合いについて、考えさせられる話でした。



一日置いて、再度、京都滋賀方面に出動しました。

最大の目的は、草津・宝光寺の薬師如来像の33年に一度の御開帳です。


【念願の京八幡市・薬薗寺の薬師像、写経会に参加し拝観実現
~魅力充分のむっちり豊満な吉祥薬師像、初期神像か?】


その前に、京八幡市の薬薗寺の吉祥薬師像を拝することが出来るということで、出かけることにしました。

観仏先リスト3(薬薗寺)

薬薗寺の吉祥薬師像は、神仏習合思想による、数少ない天部形薬師像の作例と云われている仏像です。

薬薗寺・薬師如来像~吉祥薬師(平安・重文)
薬薗寺・薬師如来像~吉祥薬師(平安・重文)

近くの石清水八幡宮の神宮寺に在ったものとか、本堂前に薬師堂があったという伝えが残されているようです。
広隆寺に残る吉祥薬師像と共に、初期の神像の一形態ではないかともみられています。
誠に興味深い像です。

神仏習合の初期神像、薬薗寺などの吉祥薬師像のことについては、
観仏日々帖「京都府精華町・常念寺の菩薩立像 【その2】」 「常念寺(京都精華町)・菩薩像は、薬壺を持っていたのか?
について、採り上げたことがありますので、ご覧いただければと思います。

薬薗寺・吉祥薬師像は、残念ながら普段は拝観できません。
私も、これまでに、何とか拝観させていただけないかとお願いしたことがありましたが、叶いませんでした。
ところが、よくよくお伺いしてみると、毎月8日の日に行われている「写経会」に参加させていただくと、吉祥薬師を拝むこともできるというお話なのです。

今回、ちょうどタイミングよく8日の日に出かけることが可能となったので、薬薗寺にお伺いしました。

京八幡市・薬薗寺の山門
京八幡市・薬薗寺の山門

写経会には、地元の奥様方が何人かお見えになっていました。
私も、苦手な筆を手に執って、たどたどしく般若心経のご写経です。
やっとのことでご写経を終え、拝観をお願いすると、本堂にご案内いただきました。

薬薗寺・本堂
薬薗寺・本堂

吉祥薬師像は、明るい本堂に祀られていて、ゆっくりと拝することが出来ました。

この薬師如来像と呼ばれる天部形薬師像は、カヤかと思われる一木彩色像で、平安前期の制作とされています。
体躯はボリューム感や塊量感というのではなくて、「豊満で、むっちり」という表現が似つかわしい感じです。

薬薗寺・薬師如来像~吉祥薬師(平安・重文)
薬薗寺・薬師如来像~吉祥薬師(平安・重文)

衣も、ゆったりと粘りのある造形で大変魅力的。
何とも言えない色気のようなものがあり、惹きつけるものがあります。
ただ、平安初期の厳しさや迫力が薄れて、お顔の表情にも優しさの兆しがみられ、全体表現にも穏やかみが感じられるようです。
9世紀も終わりに近い頃の制作のような感じがしました。


夜は、河原町通三条下ルの割烹「日吉野」。

美味い刺身で、愉しく一杯。



翌9日は、同好の方々と合流、草津市の宝光寺、橘堂の御開帳へ。
ご覧のような観仏先を巡りました。

観仏先リスト4(草津市方面宝光寺他)



【33年に一度の御開帳の秘仏、宝光寺薬師像との対面実現
~ちょっと無気味な、威圧感、霊威感漂い、惹き込まれる】


宝光寺の薬師如来像は、厳重秘仏で33年に一度の御開帳。
平成13年(2001)の中開帳以来、16年ぶりの本尊御開帳ということです。

写真で見ると、なかなか興味深い平安古仏で、御開帳を心待ちにしていたのです。
「このチャンス、逃してはならじ!」
と、駆け付けたのでした。

秘仏薬師像、御開帳となった草津市宝光寺の本堂
秘仏薬師像、御開帳となった草津市宝光寺の本堂

到着すると、町の集落挙げての盛大なご開帳行事という様子で、大勢の地元の人々が集まられている中で、読経、ご挨拶が続きした。
法要終了後は、ごくごく眼近に拝することが出来ました。

宝光寺・薬師如来像(平安・重文)
宝光寺・薬師如来像(平安・重文)

もっと穏やかさを感じるのかと思っていたら、意外や意外。
ちょっと無気味な、威圧感、霊威感を漂わせた仏像でした。

宝光寺・薬師如来像(平安・重文)

宝光寺・薬師如来像(平安・重文)
宝光寺・薬師如来像(平安・重文)

天台薬師の系譜にある薬師像なのですが、独特で不思議な存在感を漂わせた雰囲気は、大変魅力的で惹きこむものがあります。
10世紀に入ってからの制作なのでしょうが、想定外の発散する圧力、迫力に押されてしまうような惹きつけるものを強く感じる仏像でした。
本当に、わざわざ、ご開帳に駆けつけた甲斐がありました。

また、本堂隣の観音堂に祀られた観音像には、ビックリさせられました。

宝光寺観音堂に祀られる観音像(平安・無指定)

宝光寺観音堂に祀られる観音像(平安・無指定)
宝光寺観音堂に祀られる観音像(平安・無指定)

無指定なのですが、堂々たる平安一木彫の観音像なのです。
バランスのとれた確かな造形力、力強さがこめられた正統的作品という感じで、すっかり気に入ってしまいました。

こんな平安古仏が、しられることなく無指定で祀られているのですから、
「近江の仏像は本当に奥深い。」
と、今更ながらに思いました。


【「端正で美しいお顔」を拝し、さわやかな気分に~橘堂・三面千手観音像】


この後は、宝光寺のすぐ近く、同時期に開帳の、橘堂・三面千手観音像の拝観に向かいました。

この橘堂は、宝光寺と同時に建立されたとの伝えがあり、宝光寺御開帳に合わせての開帳となっているのです。
公園の広場のような場所に、ポツリと建てられた小堂があり、そこが橘堂です。

三面千手観音御開帳の行われた橘堂
三面千手観音御開帳の行われた橘堂

橘堂の三面六臂観音像は、10~11世紀頃の、お顔の大変美しい観音様です。

橘堂・三面千手観音像(平安・市指定)

橘堂・三面千手観音像(平安・市指定)
橘堂・三面千手観音像(平安・市指定)

「端正」という言葉が、そのままあてはまるようなお顔の造形で、見惚れてしまいます。
優美だけれども、キリリとしっかり締まったお顔です。

この観音像のお顔のクローズアップが、1998年秋に、滋賀県立近代美術館で開催された「近江路の観音さま展」のポスター、図録表紙に採り上げられ、知られざる像が一躍有名になりました。

この観音像は、お願いすると拝することが出来ますので、この日で3度目のご拝観となりました。
いつ拝しても、「端正で美しいお顔」に、大変さわやかな気持ちになる、お気に入りの観音像です。


宝光寺の薬師像と、橘堂・三面千手観音像の御開帳については、観仏記を
観仏日々帖「草津、宝光寺・薬師如来像と橘堂・観音像の秘仏御開帳、 [その1]  [その2]」
でご紹介しましたので、ご覧ください。



【「神秘的な妖しさ」漂う、当地屈指の平安古仏~常教寺・聖観音像】


折角、草津まで出かけましたので、その足で下寺町にある常教寺を訪ねました。

常教寺には、素晴らしい9世紀の聖観音像が祀られているのです。
至文堂「日本の彫刻・貞観彫刻」の裏表紙に掲載された常教寺・聖観音像写真
「貞観彫刻」裏表紙に掲載された
常教寺・聖観音像写真

常教寺・聖観音像は、その見事さに比べて、意外に知られていないのではないかと思います。

古い思い出話ですが、私が、この像のことを知ったのは、45年以上前、昭和45年(1970)のことです。

至文堂刊の「日本の美術 NO44 貞観彫刻」(倉田文作著)の裏表紙にカラー刷りで掲載されていたのです。
本文解説は、ほとんど無いに等しかったのですが、何故だか裏表紙に写真が使われていたのです。
ちょっと妖しく神秘的な姿が眼を惹きました。

以来、私の気になる仏像になって、もう4度も常教寺さんを訪れてしまいました。
お寺の飛び地の、ポツリとした観音堂に祀られています。

草津市・常教寺の観音堂
草津市・常教寺の観音堂

像高1メートル足らず、見るからに平安前期の、大変出来の良い観音像です。

常教寺・聖観音像(平安・重文)
常教寺・聖観音像(平安・重文)

切れ長で見開いた眼、高くて大ぶりな鼻、朱の入った厚い唇が、印象的です。

常教寺・聖観音像(平安・重文)
常教寺・聖観音像(平安・重文)

ちょっとインド風の妖艶さといったような「神秘的な妖しさ」を漂わせていて、グッグッと惹き込まれてしまいます。

高梨純次氏は、
「制作は9世紀に遡ると考えられ、当該地屈指の古像として貴重である。
また、下半身に残る白土地の朱や緑青も当初のものであり、保存状態も健全である。」
(「滋賀の美 佛 湖南・湖西」京都新聞社1987刊)
と述べて、称賛されています。

今回も、眼近にその素晴らしさを堪能することが出来ました。
是非とも一度は拝したい、優作です。




【9 月】



【年に一日限りの博物館からの里帰り~横浜市・保木薬師堂の薬師像】


9月は、横浜市青葉区の保木薬師堂の、年に一度の「薬師如来像の里帰り」を観に行ってきました。

観仏先リスト5(保木薬師堂)

この薬師如来像は、胎内銘記から、承久3年(1221)に造立されたことが明らかな鎌倉前期の仏像です。
県の文化財に指定されており、普段は、神奈川県立歴史博物館に寄託されているのですが、年1度、9月12日に里帰りし、保木薬師堂にお祀りされるのです。

保木薬師堂は我が家からさほど遠くないところに在るので、一度「里帰りの様子」を観てみようと、出かけたのでした。
保木薬師堂は、ごく普通の郊外の住宅街の一角に、取り残されたようにお堂があります。

横浜市・保木薬師堂
横浜市・保木薬師堂

朝、お堂でお待ちしていると、博物館の方が梱包した薬師像を運んできて、お堂に運び込み、丁寧に梱包が解かれた後に、お厨子のなかに納められました。

年に一度の里帰りで、博物館の人の手で厨子に納められる保木薬師堂・薬師如来像
年に一度の里帰りで、博物館の人の手で厨子に納められる保木薬師堂・薬師如来像

造形も衣文も大変きれいに整って、バランスの良い仏像です。

保木薬師堂・薬師如来像(鎌倉・県指定)

保木薬師堂・薬師如来像(鎌倉・県指定)
保木薬師堂・薬師如来像(鎌倉・県指定)

眼の部分が細く抜け玉眼が失われるなど、お顔には相当に手が入っている感じです。

このあたりは、都会のサラリーマンの住宅地で、このような古い薬師堂が残されているだけでも珍しく思ったのですが、古くからの地元の方々が多く集われて、お薬師様への信仰が未だ息づいているのが伺われました。



【法隆寺金堂壁画に囲まれる釈迦三尊像の姿を、クローン文化財で疑似体験
~意義深い東京藝大美術館の「素心伝心~クローン文化財失われた刻の再生」展】


東京藝術大学美術館で開催された特別展「素心伝心~クローン文化財失われた刻の再生」展に行きました。

東京藝大美術館「クローン文化財展」ポスター

この展覧会は、「クローン文化財」のみで構成されるという、大変ユニークな展覧会です。
「クローン文化財」とは、東京芸術大学が取り組んでる文化財の超精密複製です。

展覧会では、
法隆寺釈迦三尊像、焼損した法隆寺金堂壁画12面、高句麗古墳群江西大墓四神図をはじめ、敦煌莫高窟第57窟、新疆ウイグル自治区キジル石窟第212窟等々シルクロードに遺された諸壁画
などの復元、再現されたものが展示されていました。

法隆寺の金堂壁画に囲まれて、釈迦三尊像のクローン文化財が展示される光景は、なかなかの壮観でした。

法隆寺金堂壁画に囲まれた釈迦三尊像(共にクローン文化財)

クローン文化財の法隆寺・釈迦三尊像
法隆寺金堂壁画に囲まれた釈迦三尊像(共にクローン文化財)

法隆寺釈迦三尊のクローン制作のプロセスを記録した映像も放映されており、大型の金銅仏の仏像の鋳造の実際を知ることが出来る興味深いものでした。

3Dの樹脂型(左)から作られた本尊のロウ型(右)
3Dの樹脂型(左)から作られた本尊のロウ型(右)

「文化財の保存と公開」という難しい課題を考えるうえでも、大変意義深い展覧会であったのではないでしょうか。




【10 月】



【長浜市の観音像を、折々、美しい照明で観る
~「びわ湖長浜KANNONHOUSE」出展の観音諸仏】


上野の「びわ湖長浜KANNONHOUSE」に寄りました。

ご存じのとおり、ここには、長浜市の観音像が折々展示されています。
今年になってからは、展示替えが4回あり、都度立ち寄って、鑑賞しました。
展示されていた仏像はご覧のとおりです。

観仏先リスト6(長浜びわ湖KANNONHOUSE展示仏像)

長浜市川並地蔵堂・聖観音像(平安後期・無指定).長浜市南郷町・聖観音像(平安後期・市指定)
(左)川並地蔵堂・聖観音像(平安後期・無指定)、(右)南郷町・聖観音像(平安後期・市指定)

長浜市集福寺・聖観音像(平安後期・無指定).長浜市宝厳寺・聖観音像(平安後期・無指定)
(左)集福寺・聖観音像、(右)宝厳寺・聖観音像(共に平安後期・無指定)

「KANNONHOUSE」に展示される仏像は、長浜市に在る市指定文化財クラスの観音像なのですが、静かで、効果的な照明のなかで展示されており、折々、愉しく観ることが出来ます。
また、写真撮影も自由なのが、嬉しい処です。
もし、まだ行かれたことのない方は、是非寄ってみてください。



【今年最大の仏像展覧会イベント、東博「運慶展」、60万人来場、
~今更ながらに「運慶」の名前の威力を実感】


10月には、今年最大の仏像展覧会のイベントが、東京国立博物館で開催されました。
特別展「運慶展」です。

運慶展ポスター
「全国に31体あるとされる運慶作品のうち、22体が出揃う」

という、大運慶展でした。

流石、仏師「運慶」の名前の威力は、大変なものでした。
連日、長蛇の行列で、会期中(9/26~11/26)に60万人以上の来場者という入場者数記録を打ち立てました。
今年の展覧会入場者ベスト3は、
NO1:ミュシャ展(65.7万人)、NO2:京博国宝展(62.4万人)、NO3運慶展(60.0万人)
だったということです。
奈良博の「快慶展」入場者数が約12万人であったということですから、東京開催ということがあったとしても、「運慶」という名前がどれほどに世に知られているかということを、思い知らされました。
皆さんも、大変な会場混雑の中で、運慶作品を鑑賞されたことと思います。

かくいう私も、結局、3回も行ってしまいました。

出展された仏像は、皆さんご存知の通りです。

運慶展展示仏像チラシ

運慶展出展仏像チラシ
運慶展出展仏像チラシ

ここでご紹介するのは、今更ながらになりますので、止めておきます。

一堂に会した運慶作品の数々を眼近に観ていると、やっぱり運慶は、「仏師」というよりは

「偉大なる彫刻家! 卓越した芸術家! 希有なる個人作家!」

なのだなーと、つくづく感じた次第です。

展覧会の仏像の展示「キャプション」に、「運慶作」と書かれていなかった運慶作品であろうとみられる仏像は、次の4件でした。

東大寺・重源上人像、光得寺・大日如来像、眞如苑・大日如来像、興福寺南円堂・四天王像

これらの作品は、現在「ほぼ運慶作品とみられている」ということだと思うのですが、これからの調査研究の進展で、「完全な運慶作品」と確定されるのでしょうか?
それとも、ビックリのどんでん返しがあるのでしょうか?


以上、8~10月の観仏を振り返りました。


とうとう押し詰まって、今年中に、「今年の観仏」を全部振り返ることは出来ませんでした。

残りは、年明け、新年ということで、何卒ご容赦ください。

皆さん、良いお年をお迎えください。


古仏探訪~2017年・今年の観仏を振り返って〈その3〉 5~7月 【2017.12.23】 


ここからは、5月から7月までの三か月間の観仏をご紹介します。


【5 月】



5月はゴールデンウィークなど行楽の季節。
何処へ行っても混んでいるので、観仏旅行などは控えて自粛です。

ちょっと気になる展覧会への出動にとどめて、
埼玉県立近代美術館の「川原慶賀の植物図譜展」、そごう美術館の「ルドゥーテのバラ図譜展」、早稲田大学会津八一記念博物館の「長崎版画展」、東京藝大美術館の「雪村展」
などなどに出かけました。

川原慶賀展ルドゥーテのバラ図譜展

長崎版画展雪村展

ちょっと、「図譜尽くし」といった処です。



【西大寺の仏像・仏画、総出動の西大寺展
~眼を惹いたのは白毫寺の諸像と円証寺旧蔵・伝文殊像】


仏像を見たのは、三井記念美術館で開催された「西大寺展」だけでした。

西大寺展

西大寺展では、
「西大寺の仏像と云えば・・・・・」
という著名諸像、仏画などが勢ぞろいでした。

塔本四仏像(奈良・重文)、善春作興正菩薩叡尊像(鎌倉・国宝)、善円作愛染明王像(鎌倉・重文)
をはじめとした有名処仏像から、
国宝の十二天画像、金銅透彫舎利容器
などなどに、多くの観覧者の人だかりが出来ていました。


それはそれとして、私のちょっと注目したのは、奈良高畑の白毫寺の著名仏が出展されていたことです。

観仏先リスト1「西大寺展」

そういえば白毫寺も、西大寺と同じ真言律宗の寺院なのでした。
あの迫力十二分の、太山王坐像、司命・司録踏下坐像があたりを睥睨して、ドーンと展示されていました。

白毫寺・大山王坐像(鎌倉・重文)~康円作・正元元年(1259)
白毫寺・大山王坐像(鎌倉・重文)~康円作・正元元年(1259)

白毫寺・司命像(鎌倉・重文)白毫寺・司録像(鎌倉・重文)
白毫寺・司命、司録像(鎌倉・重文)

白毫寺には、見どころある迫力十分の仏像が多く祀られているのですが、その割には、ちょっと外れた場所にあるせいなのか、訪れる人も少ないようです。

私が、白毫寺で最も魅力を感じる仏像は、平安前期の伝文殊菩薩像(重文)です。

白毫寺・伝文殊菩薩像(平安前期9C・重文)
白毫寺・伝文殊菩薩像(平安前期9C・重文)

ところが、三井記念美術館には展示されず、巡回のあべのハルカス美術館での展示だけとなっていたのは、誠に残念でした。

ただ、この伝文殊菩薩像に似たタイプの圓証寺旧蔵の普賢菩薩像(9~10C・重文)に出会うことが出来たのは嬉しいことでした。

文化庁(円証寺旧蔵)・普賢菩薩像(平安10C ・重文)
文化庁(円証寺旧蔵)・普賢菩薩像(平安10C ・重文)

白毫寺・伝文殊像の堂々たるパワーの造形には及びませんが、同じ空気感で、クッキリとちょっと無気味さのある目鼻立ち、ボリュームある体躯は迫力十分、惹きつけるものを感じさせる像です。

この普賢菩薩像、生駒に移転した圓証寺(元奈良市内)に祀られていたのですが、今は文化庁所蔵になっています。
平成26年度(2014)に、文殊菩薩像(平安後期・重文)と共に、文化庁に売却されました。
文化庁の購入額は、なんと約4億5千万円でした。



【6 月】



【2泊3日で、秋田観仏旅行へ】


6月には、同好の方々と、秋田観仏旅行に出かけました。

秋田県に観仏を目的に出かけられた方は、あまりいらっしゃらないのではないでしょうか?
秋田は、「仏像彫刻の不作の地」と云っても過言ではないようなところで、国の重要文化財に指定されている仏像は、たった1躯しかありません。
秋田市全良寺の金銅・阿弥陀如来像だけなのです。
とはいっても、重文にはなってはいないのですが、興味深い仏像が結構残されているのです。

2泊3日で、ご覧のような観仏先を巡りました。

観仏先リスト2「秋田観仏旅行」



【一番の旅行目的は、小沼神社の再訪】


まず最初に訪れたのは、大仙市にある小沼神社です。
今回の秋田観仏旅行は、

「小沼神社を、もう一度訪れるのが目的」

と云っても過言ではありません。

「心洗われる」「心揺さぶられる」

小沼のほとりにポツリと佇む小沼神社の景観を観て、久方ぶりにこのような気持ちが込み上げてきたのは、4年前、2013年の夏のことでした。

霊境空間のような小沼と小沼神社(2013年訪問時撮影)
霊境空間のような小沼神社の光景(2013年訪問時撮影)

鬱蒼とした森の中、突然眼前に開けた空間が出現し、そこには緑色の小沼が水をたたえているのです。
そして、沼の向こう側には、小さな社殿がひとつ、ポツリと静かに佇んでいます。
「神仙境、幽玄境」という言葉が、そのまま当てはまりそうな霊境空間そのものでした。

この小沼神社の社殿で、七夕の日、2体の平安古仏の観音像を拝し、心揺さぶられる感動に襲われた話は、
観仏日々帖 「古仏探訪~秋田県大仙市 小沼神社・観音菩薩像〈その1〉〈その2〉
で、紹介させていただきました。

小沼神社社殿に祀られる観音菩薩二像(2013年撮影)
小沼神社社殿に祀られる観音菩薩二像(2013年撮影)

4年前の
「心洗われた感動」
を忘れることが出来ず、再訪を期した小沼神社。

もう一度、訪れることが叶いました。



【クマが出るかと心配しつつ、小沼まで山登り】


小沼神社は、小高い山の上にあります。
前回は、山の裏道を小型トラックに載せていただいて、小沼の近くまで行きました。

今回は、登り口の麓の鳥居の処から、山道を歩いて小沼まで登ることとしました。

小沼神社への登り口、麓の鳥居
小沼神社への登り口、麓の鳥居

細い山道を歩いて、30分ほど登ります。
山登りには、小沼神社の女性宮司さんが、わざわざ一緒にお付き合いいただき、道案内をいただきました。
「路なき道」とまではいいませんが、鬱蒼とした森の中の急な上り坂です。

小沼神社への山道
小沼神社への山道

大仙市と云えば「熊が出現、襲われる」という新聞記事が出たばかりです。
宮司さんに、
「熊、出るんですか??」
伺うと、
「確かに熊はいますよ。出るかも!」
と、冗談交じりに脅されて、恐る恐るの山登りでした。



【鬱蒼とした森から、突然開ける視界~心洗われる小沼の霊境空間】


杉林の森におおわれた細道を登りきると、突然、前方の視界が大きく開けます。

鬱蒼とした森を登りきると、突然視界が開け小沼の景観が現われる
鬱蒼とした森を登りきると、突然視界が開け小沼の景観が現われる

小沼です。

「美しく澄みわたった青空、緑濃い水をたたえた小沼、沼のほとりにひっそり佇む社殿」

心洗われる霊境空間との再会です。

霊境空間そのものの小沼神社の景観~青空と小沼と社殿
霊境空間そのものの小沼神社の景観~青空と小沼と社殿

麓から歩いて鬱蒼とした森を登って分け入ると、そこに秘められた幽玄境がある。
そんな表現が似つかわしい光景です。

「もう一度、訪ねてきて本当によかった。」

率直な感想でした。

小沼神社の仏像についての話は、前回訪問時の観仏日々帖 「紹介記事」「続報記事」 をご覧いただくことにしたいと思います。

小沼神社・聖観音像、十一面観音像
小沼神社・聖観音像、十一面観音像

小沼と小沼神社は、地元の方々の手で大切に守られているようです。
普段は無住なのですが、今回の訪問で、わざわざ、ご案内と仏像御開帳の労を御取りいただいた、総代さん、宮司さんに心より感謝しつつ、下山しました。

また、このブログでご紹介はしたものの、あの小沼の神秘的な風景は、

「あまり人に知られることなく、訪れる人もなく、いついつまでも、あのままの姿で、残っていてほしい」

というのが、偽らざる気持ちです。

いつの日か、是非、再々訪してみたいものです。



【のどかで静か~角館武家屋敷町をブラリ散策】


小沼神社探訪の後は、角館の武家屋敷町をブラリ散策。

のどかな角館武家屋敷町
のどかな角館武家屋敷町

角館出身の日本画家、平福穂庵、百穂父子に由来する平福記念美術館、青柳家武家屋敷などを覗きました。

平福記念美術館
平福記念美術館

角館武家屋敷・青柳家
角館武家屋敷・青柳家

このあたりは、サクラの花の時期は大変な賑わいでラッシュアワー状態ということらしいですが、この日は、観光、散策の人もチラホラ。
静かでのどかな角館の武家屋敷町を愉しむことが出来ました。


夜は、皆で、角館の町の居酒屋「しぶや」で一杯。
角館~居酒屋「しぶや」
角館~居酒屋「しぶや」

4年前の小沼神社探訪の時に、「地の人しか行かない美味い店」を教えてもらって一人で飲んだ店。
今回も美味かった。
なんといっても、当地で採れた各種の山菜料理が抜群の美味で絶品。
比内地鶏肉団子鍋もこれまた美味で、全員お酒がオーバーラン。
超飲み過ぎの夜となりました。



【秋田県唯一の国宝を祀る水神社~線刻千手観音鏡像】


翌朝は、秋田県唯一の国宝を蔵する水神社(スイジンジャ)へ。

唯一の国宝というのは、線刻千手観音等鏡像という青銅鏡。
平安後期の制作です。
江戸時代(延宝5年・1677)に、用水路の掘削中に偶々発見され、これをお祀りするために建立されたのが水神社だということです。

水神社

水神社
水神社

水神社は、国宝を蔵しているとは思えない、簡素な本殿の小ぢんまりした神社です。
本物の国宝・青銅鏡は、年に一日の御開帳の日にしか拝することは出来ませんが、レプリカが大仙市の市民会館に展示されているので、そちらの方を見に寄りました。

水神社・線刻千手観音等鏡像(平安後期・国宝)のレプリカ~中仙市民会館ドンパル水神社・線刻千手観音等鏡像(平安後期・国宝)のレプリカ~中仙市民会館ドンパル
水神社・線刻千手観音等鏡像(平安後期・国宝)のレプリカ~中仙市民会館ドンパル

レプリカと謂えども、なかなか立派なものです。
銅鏡の世界のことはよく判りませんが、願主の刻銘が残され、鏡鑑研究上、極めて貴重な作品だということです。


折角、角館方面に来たので、「新潮社記念文学館」にもちょっと寄りました。

角館~「新潮社記念文学館」
角館~「新潮社記念文学館」

新潮社を創設した佐藤義亮は、此処、角館の出身なのです。
ちょうど新潮社に残された、作家の写真展が開催されていました。
我々、中高年には、本当に懐かしい有名作家の素顔の表情を愉しむことが出来ました。

新潮社記念文学館企画展「新潮社写真部のネガ庫から」
新潮社記念文学館企画展「新潮社写真部のネガ庫から」



【秋田県唯一の重文仏像、全良寺・阿弥陀如来金銅仏像~秋田市内を観仏探訪】


午後には、秋田市内までロングドライブ。

市内の二つの仏像を拝しました。
貞和5年(1349)の墨書銘が遺された泉福院・大日如来坐像と県内唯一の重要文化財仏像、全良寺の金銅・阿弥陀如来坐像です。

秋田市・泉福院
秋田市・泉福院

泉福院・大日如来像(南北朝・県指定)
泉福院・大日如来像(南北朝・県指定)~貞和5年(1349)在銘

県内唯一の重要文化財、全良寺の阿弥陀如来像は、平安後期の作としては全国に例のない120㎝以上もある大型の金銅仏像です。

秋田市・全良寺本堂
秋田市・全良寺本堂

全良寺・銅造阿弥陀如来像(平安~鎌倉・重文)

全良寺・銅造阿弥陀如来像(平安~鎌倉・重文)
全良寺・銅造阿弥陀如来像(平安~鎌倉・重文)

残念ながら膝前部と背部が大きく破損欠損していますが、城下を流れる雄物川から引き上げられた仏像であるからとの伝承もあるようです。
ご住職のお話によると、体部が肌荒れしてアバタだらけのように見えるのは、拝する人々がお賽銭を投げて拝んだために、お賽銭があたった無数の傷跡がアバタのように見えるようになったということでした。
流石に重要文化財。
破損はあるものの、平安後期の金銅仏としては、大変堂々として美しく、存在感を感じる仏様でした。

通例、一般の拝観は受けられていないようなのですが、特別に拝ませていただいた甲斐がある立派な仏像でした。



【第二の旅行目的は、藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」を観ること
~スケールの大きさにオッたまげる】


今回の、秋田旅行のもう一つの目的は、観仏ではなくて、藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」を見ることでした。

ご存じのとおり「秋田の行事」は、当地の大コレクター平野政吉の招聘に応じた藤田嗣治が、秋田に赴き制作した秋田の年中行事を描いた巨大壁画です。
秋田県立美術館に所蔵展示されています。

秋田県立美術館
秋田県立美術館

作品が大きすぎて、東京の展覧会に出展するというのはまず無理でしょうから、秋田まで出かけて観に行くしかないのです。

壁画が完成したのは昭和12年(1937)のことでした。
この平野政吉の藤田嗣治のコレクション展示をベースにしたのが秋田県立美術館です。
ちょうど「平野政吉の夢~壁画80年 コレクション公開50年」という特別展が開催されており、このタイミングに合わせて秋田旅行を計画したのでした。

壁画「秋田の行事」は、本当に巨大です。
なんとタテ3.65m、ヨコ20.5mもあるのです。

県立美術館に展示される大壁画「秋田の行事」
県立美術館に展示される大壁画「秋田の行事」

藤田は、入念な準備の上でしょうが、なんとたったの15日間、174時間でこの大壁画を一気に書き上げたそうです。
やはり、大変な迫力でした。
今更ながらに、スケールの大きさに、オッたまげてしまいます。
絵が巨大すぎるからか、造形描写がちょっと平板で硬いような気もしましたが、藤田のこれだけの大作を眼前に出来て、本当に眼福でした。

藤田嗣治画「秋田の行事」の部分
藤田嗣治画「秋田の行事」の部分



【第三の旅行目的は、秋田の居酒屋の名店「酒盃」で一杯
~期待違わぬ美味なる料理とお酒】


この日の夜は、秋田の居酒屋の名店「酒盃」です。

秋田の居酒屋の名店「酒盃」
秋田の居酒屋の名店「酒盃」
あの全国居酒屋探訪・評論家の太田和彦さんが、一押し推薦しているお店です。
ちょっと郊外にあるので、タクシーに乗って向かいましたが、運転手さんに、
「酒盃さん、翌予約がとれましたねー。まず無理というので有名なんですよ・・・」
云われました。

実は、秋田旅行の第三の目的は、この「酒盃」で一杯飲ることでした。
「絶対予約ゲット!」と、一か月前の予約受付開始時間にきっちり狙いを定めてTELして、個室予約をゲットしたのでした。

「酒盃」という灯りと暖簾がかかっただけの、シンプルな店構えです。
期待に違わぬ、なかなかの料理、美味なるお酒で、二日連続の飲み過ぎオーバーランとなってしまいました。



【秋田県最古の仏像、正伝寺・小金銅仏観音像~年に1日の御開帳と記念講演会】


翌日は、県南の横手、湯沢方面へ。

横手市の郊外にある正伝寺の小金銅仏の拝観です。

東北に遺されている古代小金銅仏は十数躯しかなく、秋田県では3躯を数えるのみです。
なかでも、正伝寺の小金銅仏は奈良時代の制作とみられ、秋田県最古の仏像です。

実は、この小金銅仏は秘仏で年に一日だけご開帳となるのです。
そして、この日、6月15日が、そのご開帳日なのです。

事前に拝観のお願いのご連絡を差し上げた処、ご住職から、

「年に一日の御開帳日だけしか、拝観はお断りしているのですよ。
ちょうど、6月15日が御開帳日で、今年は、秘仏御開帳法要に合わせて『観音像の解説講演会』を開催するので、是非、この日にいらっしゃってください。」

と、ご親切なご案内をいただきました。
というわけで、この日に照準を合わせて、正伝寺の御開帳法要に出動したというわけです。

横手市・正傳寺山門
横手市・正傳寺山門

正伝寺に到着すると、まさに御開帳法要の真っただ中。
お参りの方はさほど多くないのかと思ったら、100人近くにもなるでしょうか、数多くの檀徒の方々がご法要にお参りされており、ビックリです。

小金銅仏観音像が祀られる正傳寺本堂内
小金銅仏観音像が祀られる正傳寺本堂内

ご法要の後は、「正伝寺秘仏観音像と長谷信仰」と題する講演会を聴かせていただきました。
講師は、東北歴史博物館主任研究員の政次浩氏です。
像考23.1㎝という小さな金銅仏像で、華やかな装身具で、わずかに腰を捻った姿が美しい像です。

正伝寺・小金銅仏観音像(奈良・県指定)

正伝寺・小金銅仏観音像(奈良・県指定)
正伝寺・小金銅仏観音像(奈良・県指定)

本堂の壇上にお祀りされており、なかなか克明には拝せなかったのですが、講演会で詳細な拡大写真を沢山見ることが出来、専門的解説も聞くこともできて、充実した観仏となりました。

おまけに、講演会後、檀徒の皆さんとご一緒に、昼食弁当までごちそうになってしまいました。
ご配意いただいた、ご住職に、感謝感謝です。



【秋田県随一の巨像、土沢神社・十一面観音像~とにかくデカい】


秋田観仏旅行の最後は、湯沢の巨大仏像、土沢神社の十一面観音像です。

東北の仏像を観ていると気づくのは、神社にお祀りされている仏像と、巨大な木彫像が、結構目につくことではないでしょうか。
東北の古代巨木彫像と云えば、岩手・成島毘沙門堂の毘沙門像、福島・大蔵寺の千手観音像、山形・松尾山観音堂の観音・弥勒菩薩像などが思い浮かびます。
土沢神社の観音像もビックリの巨像で、像高は、なんと4m60㎝もあるのです。
そして、神社にお祀りされています。

十一面観音巨像が祀られる土沢神社社殿内
十一面観音巨像が祀られる土沢神社社殿内

「神社に巨像」というパターンは、東北の仏像造像が、在地のカミへの信仰とホトケとが一体融合して、土俗的な巨木信仰などと結びついたということなのかも知れません。



【堂々たる開放的おおらかさが魅力の巨像】


この土沢神社の巨大観音像の観仏も、4年ぶりの再訪となりました。
その時の、驚きと感動が忘れられずに、今回もまた訪れたというわけです。

この観音像、5メートル近い巨像なのに、何故だか威圧感を感じさせないのです。

土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)
土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)

「堂々たる立ち姿」という感じがしますが、こんなに太く大きいのに、重厚感とか圧迫感を感じさせません。
宗教的な暗さとか重たさというようなものを、全く感じさせないのです。
むしろ、「おおらかで和やか」という印象です。
開放的な明るさ、拡がりのようなものを強く感じさせるのです。
巨大な体躯をもった、おおらかな青年のような魅力で、仰ぎ拝する人を惹き付ける魅力をもった仏像です。

土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)

土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)
土沢神社・十一面観音像(平安・県指定)

造形的に優れているとは言い難く、大きく破損、焼損した跡が痛々しい仏像ですが、そんな何とも言えない魅力を感じてしまいます。

前回(2017.6)訪問時の観仏記を 「観仏日々帖~、「秋田県湯沢市 談山神社、土沢神社の観音像 にてご紹介していますので、ご覧いただければと思います。



【仏像の修復、社殿の改修もままならないという「厳しい現実」に、心痛む】


それにしても、この巨大な観音像、修復もいかにも応急的で保存状態も決して良くないという有様です。
お祀りされている社殿の方も、こじんまりして、ちょっと失礼ながら、みすぼらしく傷んでいます。

土沢神社社殿~少々みすぼらしい
土沢神社社殿~少々みすぼらしい

ちょっと心配な感じです。

わざわざ社殿を開いていただいた総代の方に、仏像や社殿の修復は出来ないものかとお伺いすると、

「このあたりの集落は、いわゆる過疎地で若い人も少なくて、気持ちはあっても、とてもとてもお金のかかる改修や修復などに手が回らないのですよ。
このまま、おいておくしか仕方がないのかなという処です。
この前も、ある大学から調査に来るというので、ちょっと期待したら、調査テーマが『限界集落についてのヒヤリング調査』だという話だったのですよ。」

と、冗談交じりに話されていました。

「文化財の保存」という命題に対する、「厳しい現実」に、何とも云えぬ悩ましさを感じさせられてしまいました。

総代さんから、

「よくぞこんなところまで、二度も来てくださいました。
前回来られた時も良く覚えていますが、それからも、まずめったに来られる人はありません。」

という言葉に送られながら、土沢神社を後にしました。

巨大観音像との再会の喜びと、地域で守っていく悩ましき現実という気持ちがないまぜになって、ちょっと「嬉し哀しの観仏」となりました。

秋田観仏旅行は、これでおしまい。
湯沢市にある秋田の老舗酒蔵、両関酒造へ立ち寄って、帰りの新幹線でのお酒をしこたま仕入れて、秋田新幹線内で飲んだくれながらの帰京となりました。

湯沢市・両関酒造本社
湯沢市・両関酒造本社




【7 月】



【ちょっとなじみの薄い、タイの仏像を観松~「タイ~仏の国の輝き」展】


7月は観仏は一休み。

仏像以外の展覧会には色々出かけましたが、観仏ということでは、東京国立博物館で開催された特別展「タイ~仏の国の輝き」へ出かけたくらいであったでしょうか。

「タイ~仏の国の輝き展」(東京国立博物館)
「タイ~仏の国の輝き展」(東京国立博物館)

タイの仏像は、ちょっとなじみが薄くてよく判りません。
6~7世紀から近代にいたるまでの数多くの仏像が出展されていました。
私が一番迫力を感じたのはこの仏像。

仏陀立像(ドヴァ―ラヴァティ時代・7~8C)
仏陀立像(ドヴァ―ラヴァティ時代・7~8C)

一番美麗で出来がよさそうに見えたのはこの仏像でした。

観音菩薩立像(シュリーヴィジャヤ様式・8~9C)
観音菩薩立像(シュリーヴィジャヤ様式・8~9C)



【東博・平常陳列で目についた仏像~丹波・長楽寺伝来、文化庁所蔵の三像】


この日の東博の平常陳列の彫刻で、ちょっと目についたのは、文化庁所蔵の阿弥陀如来坐像と二天像でした。

観仏先リスト3「東博展示・阿弥陀二天像」
観仏先リスト3「東博展示・阿弥陀二天像」

平安後期の阿弥陀、天部像にしては、ボリューム感が豊かで堂々としています。

文化庁所蔵・阿弥陀如来像(平安後期・重文)丹波長楽寺伝来
文化庁所蔵・二天像(平安後期・無指定)丹波長楽寺伝来
文化庁所蔵・阿弥陀如来像(平安後期・重文)、二天像(平安後期・無指定)丹波長楽寺伝来

キャプションを見ると、
「京都府船井郡京丹波町・長楽寺伝来で、久安3年(1147)の造立銘があり、地方仏師の作とみられる」
と書かれていました。

これまでにも東博に展示されていたことがあるのかもしれませんが、気が付きませんでした。

文化庁所蔵・二天像の1躯(平安後期・無指定)丹波長楽寺伝来
文化庁所蔵・二天像の1躯(平安後期・無指定)
丹波長楽寺伝来
いつ頃文化庁の所蔵になったのだろうかと当たってみると、文化庁HP掲載の「平成24年度(2012)購入文化財の一覧」に、二天像の方が掲載されていました。
購入金額は、1億5750万円となっていました。

解説には、次のようなコメントがありました。

「阿吽一対の神将形像で,久安3年(1147)の造立銘を有する阿弥陀如来坐像(国有〈文化庁保管〉,重要文化財)に随侍する像として小泉策太郎(三申)が所蔵していた。

阿吽像それぞれの背面に記された宝永2年(1705)の修理銘により丹波国船井郡大久保村(現在の京都府船井郡京丹波町上大久保)長楽寺に伝来したことがわかる。
阿弥陀如来像とは衣文の彫り口や特徴的な耳の彫法などが一致し,当初よりの一具とみてよい。」

旧蔵者の小泉策太郎というのは九州新聞社長や国会議員を務めた人物ですが、古美術コレクターとしても知られています。
よみうりランドにある観音像、五島美術館所蔵の鶴岡八幡宮伝来・愛染明王像といった優品も小泉策太郎旧蔵で、なかなかの名品仏像を所蔵していたようです。

よみうりランド観音像(平安前期)~小泉策太郎旧蔵五島美術館・愛染明王像(鎌倉・重文)鶴岡八幡宮伝来~小泉策太郎旧蔵
(左)よみうりランド観音像(平安前期・重文)、(右)五島美術館・愛染明王像(鎌倉・重文)鶴岡八幡宮伝来~小泉策太郎旧蔵



古仏探訪~2017年・今年の観仏を振り返って〈その2〉 4月  【2012.12.10】


4月は、1~3月にあまり観仏に出かけなかった反動というわけではないのですが、結構精力的に観仏探訪に巡りました。

〈その2〉では、4~6月の観仏探訪のご紹介のつもりでしたが、4月のご紹介量が随分多くなってしまいましたので、今回は4月、単月分のみの観仏を振り返ることにさせていただきます。

ダラダラと長く、締りのないご紹介になりましたが、何卒ご辛抱を!


【4月】



【津市 光善寺・薬師如来の御開帳めざして、三重まで日帰り】


4月のトッパナは、三重県津市の光善寺薬師像の御開帳を目指して、日帰り観仏に出かけました。

観仏リスト①(津市光善寺他)

光善寺の薬師如来像は、かねてから一度は是非とも拝したいと念じていた平安古仏です。
毎年、4月の第一土曜にのみ御開帳となり、その他の時には拝することが出来ません。
津市の片田舎にあり、ちょいと不便で、ついつい行きそびれていたのです。

今年は4月1日、土曜日の御開帳ということで、意を決して、日帰りで出かけることにしたのでした。



【わざわざ出かけた甲斐のあった見事な仏像~期待以上の光善寺・薬師像】


薬師像は、期待どおり、いや期待以上の、素晴らしい出来の魅力的な一木彫像でした。

津市 光善寺・薬師如来像

津市 光善寺・薬師如来像
津市 光善寺・薬師如来像

一言でいうと、
「どっしりとボリューム感たっぷり、バランス感とまとまりの良いハイレベルの像」
というのが、この像の印象です。
「10世紀の半ば頃までの制作かな?」
という感じがしました。

この光善寺・薬師如来像の観仏記は、
「古仏探訪~三重県津市・光善寺の薬師三尊像の御開帳」
に詳しくご紹介しましたので、ご覧ください。

光善寺の薬師如来像となっていますが、実際には、お寺ではなくて地区の人々によって管理されており、小高い坂の上にある収蔵庫の中に、大切に守られていました。

光善寺・薬師如来像が祀られる収蔵庫
光善寺・薬師如来像が祀られる収蔵庫

ひっそりとした御開帳でしたが、お世話をされている村落の方々の温もりが、そのまま伝わってくるようなほのぼのしたものでした。
思い切って三重まで日帰り観仏に来た甲斐のある、魅力ある見事な仏像に出会うことが出来ました。



【ついでに、津市の大長寺、勝久寺の重文仏像を訪ねる】


折角、津市まで出かけましたので、市内にある、未見の二つのお寺、大長寺と勝久寺の仏像を訪ねました。

河辺町の大長寺には、
藤末鎌初頃かと思われる、地蔵菩薩の踏み下げ像が、無住のお堂に地区管理で祀られていました。

津市 大長寺・本堂
津市 大長寺・本堂

津市 大長寺・地蔵菩薩像が祀られる堂内

津市 大長寺・地蔵菩薩像
津市 大長寺・本堂内と地蔵菩薩像


一身田上津部田の勝久寺では、
平安後期の阿弥陀如来像、聖観音像、地蔵菩薩像を拝しました。

津市 勝久寺・本堂
津市 大長寺・本堂

津市 勝久寺・阿弥陀如来像.津市 勝久寺・聖観音像
(左)津市 勝久寺・阿弥陀如来像、(右)聖観音像

いずれの仏像も、いかにも藤原の終わりごろといった優しく穏やかな雰囲気の満ち満ちた古仏でした。

どちらのお寺でも、
「この仏像のことを、どうして知ったのか? 何故、わざわざ訪ねてきたのか?」
と尋ねられました。

重要文化財の仏像ですが、観仏探訪に訪れる人は、あまりいないようです。


ついでに、ちょっと時間があったので、津市内の石水博物館を覗いてきました。

石水博物館
石水博物館

石水博物館というのは、当地の豪商・川喜田家16代、百五銀行の頭取であったとともに数寄者、陶芸家でもあった川喜田半泥子の作品を、元私邸の地に展示する博物館でです。
「川喜田半泥子の遊び心」という企画展が催されていました。

石水博物館「川喜田半泥子の遊び心」ポスター

半泥子の作陶は、奔放な雅趣があり、確かな美の感性を感じさせて、私は結構好きなのです。
有名な伊賀水差「欲袋」も展示されており、眼福となりました。

川喜田半泥子作 伊賀水差「欲袋」
川喜田半泥子作~伊賀水差「欲袋」"



中旬には、大阪市立美術館開催の「木×仏像展」、奈良国立博物館開催の「快慶展」を観るべく関西まで2泊3日で出かけました。


【充実の大阪市美「木×仏像展」~未見、注目の仏像が目白押し】


初日は、大阪市立美術館開催「木×仏像展」。

「仏像の素材のなかの『木』に注目し、木彫像の樹種や、木材の用いられ方などをテーマに、樹木と仏像との関わり、霊験性などについて考え、深い理解を目指す」

という展覧会で、私が、もっとも関心の強いテーマの特別展です。

大阪市立美術館「木×仏像展」ポスター

これぞ絶対必見と、勢い込んで出かけたのでありました。

飛鳥から江戸時代移にいたるまでの木彫仏、約70体が展示されていました。
唐招提寺・伝獅子吼像、東大寺・試みの大仏像といった有名処も展示されていましたが、、普段は、余り眼にすることのないなかなかの興味深い木彫像ぞろいでした。
期待通りの充実した展覧会でした。
大阪府の古仏像が数多く出展され、じっくり観ることが出来たのも大きな収穫でした。

此処で、いちいちご紹介する余裕はありませんが、特に私の眼を惹いたのは、ご覧のような仏像でした。

観仏リスト②(木×仏像展)



【圧倒的な存在感で来場者の眼を惹き付ける、宮古区・薬師如来像】


宮古区薬師堂の薬師如来像は、圧倒的な存在感で、会場の人々の眼を惹き付けていました。

宮古区薬師堂・薬師如来像
宮古区薬師堂・薬師如来像

奈良様の雰囲気を留め、乾漆造の造形表現を思わせますが、はち切れんばかりのボリューム感、重量感は、迫力満点で平安前期一木彫像そのものです。
内刳りは全くなく、カヤかと思われる良質の緻密な針葉樹材で造られています。
ものすごく重たいそうです。

これだけの、見事な一木彫像なのですが、現実には、ほとんど知られていないのではないかと思います。
この薬師像は、天理市田原本町宮古区という集落にあり、みすぼらしいと云ってもよい集会所兼用の薬師堂に祀られています。

薬師像が祀られる宮古区・集会所兼用の薬師堂
薬師像が祀られる宮古区・集会所兼用の薬師堂

はじめて、宮古の集落を訪ねて、地区の方にご案内いただいた時、その迫力、存在感に驚いて、

「どうして、こんなに凄い仏像が、集会所の片隅のようなところに祀られているのだろう!」

と、本当にビックリするとともに、

「こんなところに祀られていて、防犯など大丈夫なのだろうか?」

ちょっと心配になりました。

宮古区薬師堂・薬師如来像

宮古区薬師堂・薬師如来像
堂内に祀られる宮古区薬師堂・薬師如来像

図録解説によると、
「今も篤い信仰心で本像を守り続ける地域の人々の理解と協力を得て、このたび展覧会への初出陳がかなった。」
そうです。

もっともっと、知られるべき仏像だと思います。



【大阪府の注目古仏が数多く展示~めったにない機会】


大阪府の仏像というのは、展覧会に展示される機会も少なく、意外に知られていないのですが、今回の展覧会には、注目の大阪府内の平安古仏が数多く展示されていました。
めったにない機会であったのではと思います。
なかでも、私の眼を惹いたのは、次のような像でしょうか。

長円寺(大阪府羽曳野市)の十一面観音像は、ずんぐり小太りの体躯が可愛い、檀像風一木彫です。

長円寺(大阪府羽曳野市)・十一面観音像
長円寺(大阪府羽曳野市)・十一面観音像

孝恩寺(貝塚市木積)からは、仏像群中、虚空蔵菩薩像が出展されていましたが、その異貌、発散する霊威感あるオーラは、周囲を圧するものがありました。

孝恩寺(貝塚市木積)・虚空蔵菩薩像
孝恩寺(貝塚市木積)・虚空蔵菩薩像

三津寺(大阪市南区)の古仏像群は、近年注目され、2015年に市指定文化財となりましたが、その中の最優作、地蔵菩薩像が出展されていました。
きりりと鼻筋が通った凛とした姿が印象的で、惹かれるものがあります。
10世紀の制作とみられるそうですが、なかなか出来の良い興味深い一木彫像でした。

三津寺(大阪市南区)・地蔵菩薩像
三津寺(大阪市南区)・地蔵菩薩像

こうして、注目像をご紹介していくとキリがありませんので、このくらいにしておきたいと思います。



【河内長野・河合寺の二天像の見事さにビックリ!
~どうしてあまり採り上げられなくなったのでしょうか?】


最後に、一つだけ、私が想定外にビックリした、「河合寺の持国天・多門天像」をご紹介します。

河合寺は、河内長野市にあるお寺です。
「河合寺の持国天・多門天像」と云われても、全く知らないという方のほうが、多いのではないでしょうか?
私も、同様でした。
重要文化財に指定されているのですが、「仏像集成・全8巻」(学生社刊・1989~)にも、この仏像は、掲載もされていないのです。

私が、この二天像の存在を知ったのは、明治43年に刊行された「特別保護建造物及国宝帖」に、藤原時代の代表作例として掲載されていたからです。

明治43年刊行「特別保護建造物及国宝帖」に掲載されている河合寺・多門天像の写真
明治43年刊行「特別保護建造物及国宝帖」に掲載されている河合寺・多門天像の写真

「特別保護建造物及国宝帖」という本は、ロンドンで開催された「日英博覧会」に出品するために、明治末年に編纂された、官製日本美術史の大著です。
この本には藤原時代(平安後期)の仏像が25件掲載されていますが、そのうちの1件が「河合寺の多門天像」なのです。
明治末年頃には、平安後期の代表作例としてわざわざ採り上げるほどの仏像であったらしいのです。
明治32年(1899)には、早くも旧国宝の指定を受けています。

ところが、近年は、採り上げられることなど無い、知られざる天部像となっていると思います。

「現代の眼で見ると大した作品でもない像が、明治期には、未だ見る眼が未熟で代表作例とみられていたのかな?」

そんな想像をしつつ、一度は自分の眼で、確かめてみたいと思っていたのでした。

この河合寺の持国天・多門天像が出展されていたのです。

河合寺(河内長野市)・多門天像
河合寺(河内長野市)・多門天像

眼前に観てみて、ちょっとビックリです。
大変、立派な像なのです。
平安後期の四天王像としては、体躯の動きや衣の翻りに躍動感があり、造形力には秀でたものを感じます。
鎧の毘沙門亀甲の文様の彫りなども緻密で力強いものです。

河合寺・多門天像の体部の造形と見事な毘沙門亀甲文様

河合寺・多門天像背部の見事な毘沙門亀甲文様
河合寺・多門天像、体部と背部の見事な毘沙門亀甲文様"


「これは、一目も二目も置くべき、なかなかの秀作だ!」

と、目を瞠りました。

図録の解説には、このように述べられています。

「同寺に伝来した仏像の中でもひときわ都ぶりを示す作で、現存作例の少ない平安時代後期の神将形天部像にあって、京都・浄瑠璃寺の国宝四天王像とならぶ名作である。
・・・・・・・・
なお、多間天像は、昭和26年(1951)秋、講和会議と平和条約調印を記念して米国サンフランシスコ市のデ・ヤング記念美術館で開催された『講和記念桑港(サンフランシスコ)日本古美術展覧会』に、日本を代表する彫刻作品のひとつとして出品されている。
同展は文化財保護委員会(現在の文化庁)主催による日本古美術の海外展の嚆矢であった。」

「なるほど!」   と、納得しました。

これだけの評価の仏像が、昔は著名で、近年ではあまり取り上げられることもなく、知られていないというのは不思議なことです。
これまで、ずーと抱いていた疑問、

「明治の『特別保護建造物及国宝帖』に、この像が、どうして藤原時代の代表作例として掲載されているのか?」

が、ちょっと解消した気分でした。


新たな発見、新たな驚きで、満足感一杯の「木×仏像展」でした。
後ろ髪をひかれつつ、大阪市立美術館を後にしました。


この日は、大阪なんばの「日本工芸館」に寄って、小石原焼、子鹿田焼などの民芸を観て、その後は、昔の職場の多くの仲間と飲み会。
騒いで飲んだくれて、ホテルでバタンキュー。

日本工芸館
日本工芸館



【やっと拝観が叶った、念願の堺市 太平寺・地蔵像】


翌日、訪れたのは、堺市の太平寺です。

観仏リスト③(太平寺)

太平寺には、不思議な平安古仏の地蔵像、阿弥陀三尊像があるのです。



【芸術新潮・特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」に、採り上げ~「ものを言う衣文」で】


大阪堺市の太平寺・地蔵菩薩像と云われて、ピンとくる方は、異端、異形の仏像に相当にマニアックな方でしょう。
この仏像、芸術新潮1991年1月号の特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」に採り上げられていたのを覚えていらっしゃるでしょうか?

「こんな仏像もあったのか!」

と銘打って、異様なオーラを発散するような異形仏が、いくつも紹介されました。
そのなかで

「ものを言う衣文」

と題して紹介されているのが、堺市・太平寺の地蔵菩薩像です。

芸術新潮・特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」掲載の太平寺・地蔵菩薩像の迫力ある写真

芸術新潮・特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」掲載の太平寺・地蔵菩薩像の迫力ある写真

芸術新潮・特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」掲載の太平寺・地蔵菩薩像の迫力ある写真
芸術新潮・特集「出現!謎の仏像~美術史の革命」掲載の
太平寺・地蔵菩薩像の迫力ある写真


写真で見ると、強烈なオーラを発散しているようで、まさに興味津々です。

この芸術新潮特集号は、井上正氏が異形仏、霊木化現仏であると考える仏像を、謎の仏像として梅原猛氏とのコラボで採り上げたものです。

是非とも一度拝したいものと、何年も前から、何度か太平寺さんに拝観御依頼のご連絡を試みたのですが、なかなかご連絡が取れず、またご都合、ご事情が許さなかったりして、拝観が叶わなかったのです。
その太平寺さんに、やっとのことで拝観のご了解をいただけたのでした。

当日は同好の方をお誘いして、3人で出かけました。

太平寺のある住所は、「堺市西区太平寺」ということで、かつて、このお寺が地域の中心であったことが伺われるのですが、今では、ひっそりとこじんまりしたお堂だけが残されたお寺でした。

堺市 太平寺・本堂
堺市 太平寺・本堂

めざす地蔵菩薩像は、薄暗いお堂の隅に祀られていました。

諸仏が祀られる大平寺の本堂内
諸仏が祀られる大平寺の本堂内

芸術新潮には、
「全身をびっしりと抽象的な衣文で覆われている。
これもまた、肉体を覆うというよりも、仏の精神を感じさせる衣文であろう。
特に、背面の、水の流れのようにうねる線が美しい」
と書かれています。

まさにそのとおりで、衣文は、比較的浅い彫りで規則的な線で表されつつ「うねくる」という感じです。

大平寺(堺市)・地蔵菩薩像

大平寺(堺市)・地蔵菩薩像

大平寺(堺市)・地蔵菩薩像
大平寺(堺市)・地蔵菩薩像

ただ、もっともっと強烈な霊気というか、発散するオーラを感じるのかと想像していた処、それほどまでのインパクトを感じはしませんでした。

「厳しい表現ではあるものの、ちょっと定型的になって大人しい。」

というのが率直な印象でした。
井上正氏は、8世紀の制作に遡るのではと述べられていますが、私の素人目には、やや形式的な表現の感じで、

「ウーン! 10世紀以降の制作じゃないのかしらん?」

そんな気がしてしまいました。



【これまた古様な注目古仏では?~本尊・阿弥陀三尊像】


むしろ古様さに注目したのは、御本尊の阿弥陀三尊像でした。

大平寺(堺市)・阿弥陀三尊像
大平寺(堺市)・阿弥陀三尊像

こちらの方が、地蔵像よりもかなり古い感じです。
中尊・阿弥陀像は、「眼のない仏像」です。
井上氏流には、「霊木化現の一様相」という仏像で、興味深い彫像です。

大平寺・阿弥陀如来像顔部~眼の無い仏像
大平寺・阿弥陀如来像顔部~眼の無い仏像


眼を惹くのは、左脇侍(向かって右)です。

大平寺・阿弥陀如来像左脇侍(向かって右)菩薩像
大平寺・阿弥陀如来像左脇侍(向かって右)菩薩像

奈良様の雰囲気を色濃く残していて、中尊よりもいっそう古い制作のようです。



【井上正氏著作・採上げの異形仏72件~完全観仏踏破に挑戦中、あと一息】


ご存じのとおり、井上正氏は、行基ゆかりの古密教仏、霊木化現仏であると考える諸仏について、その著作
「古佛~彫像のイコノロジー」「続古佛~古密教仏巡歴」 (共に法蔵館刊)
にラインアップされています。

この本に採り上げられている諸仏は、お世辞にも出来が良いとは言えないのですが、アクが強く異様なオーラで迫ってくる、強烈なインパクトの一木彫像ばかりなのです。
井上氏は、これらの仏像のほとんどが奈良時代の制作に遡ると主張されています。
私は、決してそうは思わないのですが、極めて、心惹かれる興味津々の仏像ぞろいなのです。

これまでも何度かご紹介しましたが、私は、この2冊の本に採り上げられている異形仏、全ての像の観仏踏破に。チャレンジ中です。
2冊の本には、72件の古仏が採り上げられていますが、太平寺・地蔵像もその一つです。
今回、太平寺。地蔵像を拝し得て、ついに「あと2件」に迫りました。

残りは、
愛知・高田寺の薬師如来像、福井・二上観音堂の十一面観音像
です。
共に、普段は拝し得ない秘仏で、御開帳タイミング狙いしかありません。

いつ、チャレンジ成就することやら・・・・・・???



この日の午後は、京都へ移動。



【想定外の興味深い仏像に、沢山出会った京博の仏像展示
~高山寺、神護寺の薬師如来坐像に、久々のご対面】


京都国立博物館で「海北友松展」。

京都国立博物館「海北友松展」ポスター

特別展主催者の意気込みの凄さが、直に伝わってくるような、充実した展覧会でした。
描かれた「線の強さ、厳しさ」に凄みを感じましたし、圧倒的な気迫や静かな緊張感を感じさせるものがありました。

「海北友松展」を目当てに出かけたので、仏像については全く頭になかったのですが、特別展の隅で、小さくなっている「平常陳列の仏像」をのぞいてみると、

「これまた、ビックリ!」

私にとっては、興味深い仏像が、想定外に沢山並んでいたのでした。
ご覧のとおりです。

観仏リスト④(京博仏像展示)

一番の注目仏像だったのは、二つの木心乾漆像でした。
高山寺と神護寺の薬師如来坐像です。

高山寺・薬師如来像
高山寺・薬師如来像

神護寺・薬師如来坐像
神護寺・薬師如来坐像

本当に、久しぶりに見ることが出来ました。
2躯共、京博に寄託されており、たまには展示されてるはずなのですが、私には永らくのご無沙汰で、嬉しくなってしまいました。
共に天平末~平安初の木心乾漆像なのですが、意外に広くは、知られていないのではないかと思います。
とりわけ、神護寺の薬師如来坐像は、アク、クセの強い個性的な表現の迫力に、惹かれるものがあります。

観仏日々帖、
「トピックス~想定外の興味深い仏像に沢山出会った京博の仏像展示」
にて、紹介させていただいておりますのでご覧ください。


この後は、祇園の「何必館」へ寄り道。
ブレッソンの写真展を観て、一息。

何必館「ブレッソン展」ポスター
何必館「ブレッソン展」ポスター

夜は、知人と落ち合って河原町通三条下ルの割烹「日吉野」で一杯。

河原町通三条下ル・割烹「日吉野」
河原町通三条下ル・割烹「日吉野」

「日吉野」は、京都の地元の人しか行かない美味なる店という話を聞いて、今回初めて体験。
年配の親父さんが仕切る、気さくなカウンターのお店。
刺身の活きの良さが飛び切りでビックリ!
お薦めの鯛とサヨリの刺身が絶品でした。
決して安くはありませんでしたが、地元の人で満席、賑わっていました。



翌日は、奈良へ。
目指すは、奈良国立博物館の「快慶展」です。



【興福寺「天平乾漆群像展」で、疑似体験~天平 西金堂・釈迦集会像】


その前に、興福寺仮講堂で、特別公開されていた「天平乾漆群像展」に行きました。

興福寺仮講堂「天平乾漆群像展」安置風景
興福寺仮講堂「天平乾漆群像展」安置風景

この特別公開は、江戸時代に焼失した興福寺・西金堂に祀られていた諸仏像を、仮講堂の一堂に集めて、焼失前の安置を再現する形にして展示するというものです。
阿修羅像をはじめとする八部衆、十大弟子像、華原磬の他、鎌倉期の天燈鬼、龍燈鬼、金剛力士像などなどが展示されていました。

天平当初の釈迦集会像の姿を再現するということでしたが、西金堂の向かって一番左奥に安置されていた筈の阿修羅像は、やはりスター中のスター、一番前方のど真ん中に安置されていました。



【空前絶後、圧巻の奈良博「快慶展」
~これだけの快慶作品を一堂に観るのはもう無理か?】


奈良博の快慶展は、午前と午後、2回観に行きました。

京都国立博物館「快慶展」ポスター

この日は、天平会の例会が、奈良文化会館で杉崎貴文先生の「快慶講演会」を聞いてから展覧会へという「快慶展鑑賞」企画で、これに乗っかることにしました。
午前は、まず快慶展を一人で観て、講演会で勉強してから、もう一度復習に、天平会の皆さんと快慶展に出かけました。
通算で、4時間以上「快慶展」を観ていたこととなり、少々お疲れモードになってしました。

快慶展出展仏像についてのご紹介は、今更ながらなので、省略させていただきます。

それにしても、圧倒的な規模の「快慶展」でした。
空前絶後と云っても良いのではないでしょうか。
これだけの快慶作品が一堂に集められた展覧会というのは、これまでもありませんでしたし、これからも当分の間は望みえないのではと思いました。

実の処、私は、快慶の仏像は少々苦手で、快慶を代表すると云われる三尺阿弥陀像などは、
「どれを観ても、皆、同じ。」
ように見えてしまいます。

衣の形式などなどで、制作時期を見分けることが出来るようですが・・・・・
なかなか、強く惹かれるというまでは行きません、。

そうはいってもという処で、私が、この展覧会で観るのが初めてで、素晴らしい像だと感じた快慶仏は、

遣迎院・阿弥陀如来立像、八葉蓮華寺・阿弥陀如来立像、キンベル美術館・釈迦如来立像、
光林寺・阿弥陀如来立像、西方寺・阿弥陀如来立像

などでした。

なかでも、遣迎院・阿弥陀如来立像、キンベル美術館・釈迦如来立像は、如何にも快慶らしい造形もさることながら、細密美麗な截金文様には驚かされました。

遣迎院・阿弥陀如来像~「快慶展」ポスター
遣迎院・阿弥陀如来像~「快慶展」ポスター

キンベル美術館蔵・釈迦如来像~「快慶展」ポスター
キンベル美術館蔵・釈迦如来像~「快慶展」ポスター



【劇的発見物語の新薬師寺「香薬師像の右手」を眼近に~奈良博・仏像館展示】


この日、なら仏像館の方には、長らく行方不明になっており、昨年(2016)、発見が報じられた、新薬師寺・香薬師像の右手が、展示されていました。

発見された香薬師像の右手先
発見された香薬師像の右手先

昭和18年(1942)の香薬師像盗難の時、共に失われたと思われていた右手先が、昨年(2016)、劇的に発見され新薬師寺に返還された話はご存じのことと思います。
その「香薬師像の右手」が、展示されていたのです。
ほんの小さな手先でしたが、失われた香薬師像の姿を思い起こさせるような、白鳳の手先でした。

新薬師寺・香薬師像
新薬師寺・香薬師像

香薬師像の右手が発見に至ったいきさつ、ドキュメントについては、
「観仏日々帖:新刊案内~「香薬師像の右手~失われたみほとけの行方」貴田正子著
を、ご覧ください。



【恒例の東博「新指定 国宝・重要文化財展」へ
~新国宝の法華寺・維摩居士像がパネル展示は誠に残念!】


4月の最終週は、毎年恒例で東京国立博物館で開催される「新指定 国宝・重要文化財展」です。

観仏リスト⑤(新指定国宝重文展)

平成29年度の国宝・重要文化財、仏像の新指定の目玉は、新たに国宝に指定された、
深大寺・釈迦如来倚像(白鳳)、金剛寺・大日、不動、降三世三尊像(平安~鎌倉)、
法華寺・維摩居士像(奈良)
でしょう。

このうち、東博展示となったのは、深大寺・釈迦如来倚像だけであったのは、ちょっと残念でした。

新国宝~深大寺・釈迦如来倚像
新国宝~深大寺・釈迦如来倚像

法華寺・維摩居士像が出展されなかったのは、誠に残念。

新国宝~法華寺・維摩居士像
新国宝~法華寺・維摩居士像

法華寺では、本堂入り口の傍の格子戸のなかに目立たず祀られており、はっきりと拝することが出来ません。
今回の展示で、眼近に観ることが出来るのではないかと期待していたのですが、出展が叶わず、パネル展示となってしまいました。


以上が、4月、一か月の観仏探訪のご紹介でした。


古仏探訪~2017年・今年の観仏を振り返って〈その1〉1~3月  【2017.11.26】


早くも、もう師走となってきました。

恒例というわけでもないのですが、「今年の観仏を振り返って」2017年バージョンを振り返ってみたいと思います。

一年の締めくくりに、今年どんな仏像を巡ったかを振り返るという、全く自己満足的な観仏日記です。
面白くもなんともないのですが、我慢してお付き合いいただければと存じます。


【1 月】



正月に飲んで、新年会という名目でまたまた飲んで、毎日飲んだくれているうちに、1月は過ぎてしまいました。


【「112年ぶりの再会、興福寺の梵天・帝釈天」を根津美術館で
~当初と復元修理の差をはっきり実感】


仏像を見に出かけたのは、根津美術館で展示のあった、定慶作、興福寺の梵天・帝釈天像だけでした。
「再会~興福寺の梵天・帝釈天」
と題する特別展示です。

観仏先リスト1(興福寺・根津美術館~梵天帝釈天)

ご存じのとおり、梵天像は興福寺にあるのですが、帝釈天像の方は、現在、根津美術館の所蔵となっています。
「再会~興福寺の梵天・帝釈天」展ポスター

共に像内墨書により定慶の作であることが明らかになっています。
(梵天像は建仁2年(1202)作、帝釈天像は建仁元年(1201)作)

帝釈天像は、興福寺が寺維持のための資金を調達するため、明治39年(1906)「破損仏その他の庫一つ」を益田鈍翁に売却したときに、寺を出たものです。
その後、根津嘉一郎の手に渡り、根津美術館の所蔵品になっているのです。
この離れ離れになってしまった梵天、帝釈天像が、その時以来、「112年ぶりに再会する」ことが実現した展示というわけです。

美術館には、この二像が、見較べることが出来るように並べて展示されていました。
眼近に、じっくり見ることが出来ました。

興福寺・梵天像(定慶作).根津美術館蔵(興福寺伝来)・帝釈天像(定慶作)
(左)興福寺・梵天像、(右)根津美術館蔵(興福寺伝来)・帝釈天像~共に定慶作

それぞれの像を、興福寺で、根津美術館で、折々別々にみた時には、違いを感じなかったのですが、こうして並んでいると、
「随分、出来栄えが違うな」
という感じです。

もちろんですが、興福寺蔵の梵天像の方が、出来栄えが良く、勢いや迫力も格段に違うのが判ります。
根津美術館の帝釈天像の方は、興福寺から売却された時、随分と破損しており、頭部、面部、腕手先は欠失していたようです。
明治の売却時の古写真が残されていて、破損の様子が伺えます。

明治39年(1906)興福寺から破損仏等が益田鈍翁に譲与された時の写真 
明治39年(1906)興福寺から破損仏等が益田鈍翁に譲与された時の写真
一番奥の左の仏像が、根津美術館所蔵の帝釈天像
頭部、面部、腕部は欠失しており、現在像は、復元修復されている


この破損、欠失部分を復元修理によって補ったのが、現在の根津美術館・帝釈天像なのです。

復元修理も見事に出来上がっているのですが、鎌倉当初の制作の像と並べてみると、
「こんなにも出来栄えの感じが違うのか!」
と、今更ながらに、妙に感心してしまいました。


同時開催の特別展は、「染付誕生400年」展でした。
染付の個人コレクター・山本正之氏寄贈のコレクション展示です。

「染付誕生400年」展ポスター

大型のものではなく、使える染付皿中心のコレクションでしたが、蒐集家の、一本筋の通った趣味の良い鑑賞眼が伺える展示会でした。



【2 月】



【冬の京都非公開文化財特別公開~妙法院・不動明王像を初拝観】


大阪、京都へ出かけたついでに、恒例の「京の冬の旅・非公開文化財特別公開」で、妙法院の不動明王像が公開されているというので、出かけました。

観仏先リスト2(妙法院)

妙法院は、三十三間堂を所管する門跡寺院です。
三十三間堂は、いつも観光客でごった返していますが、こちらの方は、訪れる人はおらず、ひっそりとしています。

妙法院山門妙法院の「京の冬の旅・非公開文化財特別公開」の看板
妙法院山門と「京の冬の旅・非公開文化財特別公開」の看板

あまり知られていないと思うのですが、此処に、平安前期の不動明王像が祀られているのです。

妙法院・不動明王像(平安前期・重要文化財)
妙法院・不動明王像(平安前期・重要文化財)

写真で見ると、しっかりした肉付きの像で、カッと見開いた眼など顔貌に迫力を感じます。
像高:133㎝、平安前期の制作で、重要文化財に指定されています。

この像を、拝された方は、そう多くはいらっしゃらないのではないでしょうか?

「数少ない初期天台仏像の一例として、なかんずく現存最古の天台系不動彫像としての意義は動かない。」
(注記:東寺)講堂像よりも御影堂像の方に親近性の見出せた妙法院像は、制作時期もあまりそこ(注記:貞観9年・867)から隔たらない頃が求められよう。」
(伊東史郎氏「妙法院護摩堂不動明王像について」平安時代彫刻史の研究所収)

という興味深い、平安前期彫像です。

不動明王像は、江戸時代の二童子脇侍と共に、護摩堂に祀られていました。
どんな不動像なのだろうと、期待に胸膨らませて出かけたのですが、護摩堂前の廊下からの拝観で、かなり遠くてその姿をはっきり拝することが叶いませんでした。
双眼鏡を動員して目を凝らしましたが、なかなか克明には見えず、ちょっと残念という処です。

眼近には拝せませんでしたが、その雰囲気だけはしっかりと受け止めて、妙法院を後にしました。



【ひっそり地味だったが、興味深かった「仏像修理の現場」展
~美術院国宝修理所のわざを実感】

京都産業大学ギャラリーで開かれていた
「仏像修理の現場~美術院国宝修理所・伝統のわざと新しいわざ」展
にも寄りました。

「仏像修理の現場~美術院国宝修理所・伝統のわざと新しいわざ」展ポスター
下京区壬生寺の南にある京都産業大学むすびわざ館という処で、ひっそりと開催されていました。
訪れる人もほとんどいないようで、「ひっそりと」という言葉が似つかわしいといった、こじんまりした展覧会で、観覧者は私達(妻と二人)だけでした。

美術院での仏像修理に用いる槍鉋、釿(ちょうな)、鑿などの修理道具や、東大寺南大門仁王像の修理時に制作された頭部や手部の樹脂型などの展示と共に、仏像修理の工程や有様の映像放映がされていました。

私には、面白かったのですが、ちょっとマイナーな内容の展示会で、なかなか参観者は見込めないのかなとの同情心がわいてきたのが本音の処です。
でも、こうした地味な展示会開催の努力が、これからも続けられて欲しいものです。



【これぞ神品!故宮・汝窯水仙盆~東洋陶磁美術館展示の6つの汝窯水仙盆に感激】


実は、今回の関西行は、大阪市立東洋陶磁美術館で開催された「汝窯・水仙盆展」を観るのが目的で、出かけたのでした。
後のは、付けたりとも言って良いものです。

「台北 國立故宮博物院~北宋汝窯青磁水仙盆」展ポスター
正式な展覧会名は
「特別展:台北 國立故宮博物院~北宋汝窯青磁水仙盆」
というものです。

なんと、「汝窯青磁の水仙盆の名品が、大阪に集結」するのです。

といっても、ご関心のない方は、
「何をわけのわからないことを云っているのだ!」
という感じでしょうが、
汝窯というのは北宋時代「雨過天晴」と呼ばれた透き通った青色の青磁で、現存する汝窯青磁は、世界中で90点ほどといわれる稀少なものです。
そのなかでも、台北故宮所蔵の青磁無紋水仙盆は、汝窯の最高傑作とされ「神品至宝」といわれているのですが、これが展示されるのです。

汝窯の水仙盆がたった6個だけ展示されるだけ、という展覧会なのですが、

「このチャンス、絶対に見逃すわけにはいかない」

と勢い込んで出かけたのでありました。

果たして、「故宮の青磁無紋水仙盆」は、人類史上最高のやきものと云われるのも納得の、まさに「神品至宝」でした。

「神品至宝」といわれる台北故宮所蔵・汝窯青磁無紋水仙盆
「神品至宝」といわれる台北故宮所蔵・汝窯青磁無紋水仙盆

東洋陶磁美術館所蔵(旧安宅コレクション)・汝窯水仙盆
東洋陶磁美術館所蔵(旧安宅コレクション)・汝窯水仙盆

東洋陶磁美術館にいつも展示されている安宅コレクションの「汝窯青磁水仙盆」も、これだけを観ていると、いつもその素晴らしさに見惚れてしまうのですが、「神品至宝の水仙盆」と並ぶと、はるかに見劣りして影が薄いというのが実感でした。

汝窯水仙盆の名品に、

「感動!また感動!」

で、このために大阪まで出かけてきた甲斐があったというものです。


この日の夜は、京都、御幸町押小路の和食処「仁和加(にわか)」という店に行きました。

京都・御幸町押小路の和食処「仁和加」
京都・御幸町押小路の和食処「仁和加」

京都市役所の西のひっそりした通りにあって、あたりをブラリ散歩していると、ちょっと目についたので、ふらりと初めて入ってみました。
カウンター6席しかない小さなお店で、1年ほど前の開店ということでしたが、なかなか落ち着いた良いお店でした。
余り凝った処がない素材重視の料理でしたが、器共々、それなりに満足です。
値段もリーズナブル。

翌日の昼は、いつもの定番、木屋町の「レストランおがわ」。



【3 月】



【天平会の伊豆観仏旅行に合流参加】


関西の仏像愛好の会「天平会」の伊豆方面観仏旅行に参加させていただきました。
関西から貸し切りバスに乗って、総勢30名以上での、一泊二日の伊豆観仏旅行です。
関東在住組の数人は、JR函南駅でピックアップしてもらいました。

観仏先リスト3(伊豆観仏旅行)

ご覧のような、伊豆を代表する見どころある仏像を巡りました。

いずれも、何度も訪れたことのあるお寺と仏像ですが、天平会の講師・杉崎貴文先生の愉しく興味深いご説明を聞きながらの観仏で、新たな気づきの多かったよき観仏旅行となりました。



【モダンなギャラリー風の「かんなみ仏の里美術館」で、実慶作・阿弥陀三尊をじっくり鑑賞
~桑原薬師堂にひっそり祀られていた頃も懐かしい】

「かんなみ仏の里美術館」は、桑原薬師堂に遺された諸仏の保存と鑑賞を目的に、5年前、2012に開館した美術館です。

「かんなみ仏の里美術館」
=「かんなみ仏の里美術館」

モダンな建物の美術館には、桑原薬師堂の旧仏の実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財)をはじめとする諸仏が、展示されています。

桑原薬師堂~実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財)

桑原薬師堂~実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財).桑原薬師堂~実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財)
桑原薬師堂~実慶作・阿弥陀三尊像(鎌倉時代・重要文化財)

この阿弥陀三尊像、昭和59年(1984)、仏像調査の時に両脇侍体内から「実慶」の墨書銘が発見され、俄然、注目を浴びた像です。
同じ年には、伊豆修善寺の大日如来像の胎内から実慶作墨書銘(承元四年・1210)が発見され、「実慶」がこの伊豆の地で活躍していたことが明らかになったのです。
ご存じのとおり、実慶は、運慶願経にその名前が記される慶派の仏師です。

今では、美しいライティングでギャラリーのような展示室に並ぶ仏像たちですが、桑原薬師堂の古ぼけたお堂に、ひっそりと祀られていたお姿が、懐かしく思い出されます。

地元の人々に管理されている桑原薬師堂の古いお堂
地元の人々に管理されている桑原薬師堂の古いお堂

桑原薬師堂に祀られていた頃の実慶作・阿弥陀三尊像
桑原薬師堂に祀られていた頃の実慶作・阿弥陀三尊像

当時は、無住のお堂と仏像が、地元の人々の手で大切に守られ、まさに村落と共に生きる仏様でした。
あのままでは、管理保存していくことも難しく、また「かんなみ仏の里美術館」が開館されて、沢山の人が訪れるようになり、これが一番良かったのでしょうが、ちょっと寂しい思いもよぎりました。



【もう何回訪ねただろうか? 願成就院~国宝指定後は初めて】


願成就院には、もう何回訪れたでしょうか?
多分、二けた回数になっていると思います。

「秋の東博の運慶展には出展されるのだろうか?」

そんなことを考えながら、拝しました。
結局、毘沙門像だけが、運慶展展示となりました。

二年前、2015年に国宝指定されてからは、初めての訪問です。
これまでのように、諸仏のすぐ真ん前まで近寄って拝することが出来なくなってしまったのは、ちょっと残念でした。



【二天像の、おおらかでパワフルなパンチ力がたまらない~南禅寺「河津平安の仏像展示館」】


河津の南禅寺の仏像は、地方仏、平安古仏好きには、見逃すことが出来ない魅力十分の興味深い仏像群です。
破損仏も入れると二十数体の古仏がひとまとまりになり残されているのです。

南禅寺に遺された二十数体の古仏群の展示風景
南禅寺に遺された二十数体の古仏群の展示風景

なかなかの壮観で、圧倒されてしまいます。
薬師如来像は、9~10世紀の制作とみられ、伊豆最古の仏像と云われているものです。

南禅寺・薬師如来像(平安前期・県指定文化財)
南禅寺・薬師如来像(平安前期・県指定文化財)

なかでも、私が大好きなのは、大きな二天像です。

南禅寺・二天像(県指定文化財)南禅寺・二天像(県指定文化財)
南禅寺・二天像(県指定文化財)

ご覧の通り、ガツーンとパワフルで、ちょっと諧謔で、なんとも心惹かれる魅力を感じます。
おおらかで伸びやかで、パンチ力充分、何ともたまらないものがあります。
この二天像を見ると、いつも広島・古保利薬師堂の四天王像のインパクトのある顔を思い出してしまいます。

広島県千代田町~古保利薬師堂・四天王像(平安・重要文化財)
広島県千代田町~古保利薬師堂・四天王像(平安・重要文化財)

この南禅寺も、無住の古いお堂に祀られた古仏を、地元の人の手で守って来られたのですが、かつて盗難事件などもあり、お堂の隣地に「伊豆ならんだの里~河津平安の仏像展示館」が二年前、2015年に建てられ、仏像はそこに展示されています。

「伊豆ならんだの里~河津平安の仏像展示館」
「伊豆ならんだの里~河津平安の仏像展示館」

こちらもまた、古ぼけたお堂に、所狭しと仏像が置かれていたころのことが、懐かしく思い出されます。

古仏群が祀られていた南禅寺の古い本堂
古仏群が祀られていた南禅寺の古い本堂

ところで、現在、京都国立博物館に寄託展示されている、西住寺・宝志和尚像(平安・重文)は、もともと南禅寺のあるこの地に伝えられ、江戸時代、貞享4年(1687)に西住寺に移された仏像だというのは、ご存じでしょうか?

南禅寺のある地から江戸時代に移された西住寺・宝志和尚像(平安・重文)
南禅寺のある地から江戸時代に移された西住寺・宝志和尚像(平安・重文)

意外に知られていないのではないかと思います。
この伊豆南部、河津近辺というのは、このような古像がのこされる興味深い地です。


観仏旅行は伊東泊。
天平会の皆さんと、伊豆の活きの良い魚でしこたま飲んでしまいました。
二次会までしっかりと行って、遅くのホテルご帰還となりました。



【新聞・地域版情報で知った横浜・西方寺の十一面観音像修理完成記念・特別ご開帳へ】


横浜市港北区新羽町の西方寺の十一面観音像が特別開帳されるというので、出かけてみました。

観仏先リスト4(横浜西方寺)

平安後期の仏像ということです。
この仏像の存在は全く知らなかったのですが、新聞の横浜地域版に、修理完成記念で特別ご開帳され、修理監修した萩原哉氏(武蔵野美術大学講師)の講演会も開かれるというという記事が載っていました。
我が家から、車で数十分で行けるので、出かけることにしたのです。

特別開帳、講演会には思いのほか多くの人が来られていたので、ビックリしてしまいました。
近年は、私同様シニア世代が増え、こうした郷土の文化財、郷土史への関心が、高まっているようです。

横浜市港北区~西方寺・観音堂
横浜市港北区~西方寺・観音堂

十一面観音像(像高:106㎝)は、穏やかな表情、控えめな肉どり、浅く整えられた衣文といった、いかにも平安後期、12世紀頃の観音像でした。

横浜市港北区~西方寺・十一面観音像
横浜市港北区~西方寺・十一面観音像

江戸時代の彩色、金箔を落として古色仕上げにし、面目を一新したそうです。
本像は無指定でしたが、11月に、横浜市指定文化財に指定されることとなりました。



【東博・平常陳列で、興味深い二つの仏像に遭遇】


東京国立博物館の仏像の平常陳列で、ちょっと興味深い仏像に二つ遭遇しました。

観仏リスト⑤(東博)

一つは、東博蔵の帝釈天像です。
キャプションには「10世紀の内刳り無しの一木彫像」とありました。

東京国立博物館蔵・帝釈天像東京国立博物館蔵・帝釈天像

東博蔵・帝釈天像の両股の衣文

東京国立博物館蔵・帝釈天像
東京国立博物館蔵・帝釈天像

なかなかの迫力ある平安古仏で、両股を隆起させたY字状の衣文の鋭さ、ボリューム感は魅力的です。
ちょっと無気味で厳しさが漂う顔貌も、これまた惹かれるものがあります。
以前にも、見ている像なのかもしれませんが、この日一番の眼を惹いた古仏でした。


もう一つは、東京都荒川区の養福寺・二天像です。

東京荒川区~養福寺・二天像(右方像)東京荒川区~養福寺・二天像(左方像)
東京荒川区~養福寺・二天像

この二天像は、数年前に平安時代の作であることが、新たに判明した仏像です。
荒川区の養福寺の仁王門裏面に祀られていましたが、ずっと近世に古仏を模倣した像だと思われていたそうです。
平成22年(2010)、像が一部破損したため、山本勉氏を招いて調査を実施した処、11~12世紀の古仏像であることが判明したのでした。
4~5メートルはあろうかという巨大な二天像ですが、一木彫像(内刳り有)です。
平成23年(2011)に、区指定文化財に指定され、その後、修理修復が行われました。

東京荒川区~養福寺・二天像(右方像)

東京荒川区~養福寺・二天像(左方像)
東京荒川区~養福寺・二天像
(上)右方像、(下)左方像


如何にも地方作という、素朴で野趣にあふれた像です。
正直な処、体躯のバランスもあまりよくなく、造形表現も甘くて、田舎っぽいという感じがします。
しかし、その純朴な拙さが、得も言われぬ味と力感の魅力にもなっています。

養福寺は江戸時代に創建されたお寺で、この像の来歴は全く不明のようです。
当時の江戸の寺院では、地方から古い仏像を迎えて安置するということも行われていたようで、この二天像も、もとはほかの地方にあったのかもしれません。


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