観仏日々帖

古仏探訪~2016年・今年の観仏を振り返って〈その4〉10~12月 【2017.1.7】


明けましておめでとうございます。
「観仏日々帖」、今年もよろしくお願いいたします。


年越しになってしまった、去年からの「今年の観仏を振り返って」は、〈その4〉、10~12月の観仏のご紹介です。


[10月]

広島、尾道方面の観仏に、同好の方々と、1泊2日で出かけました。

尾道浄土寺の秘仏本尊・十一面観音像の御開帳と、同じく尾道向島の西堤寺の2躯の聖観音像の御開帳の日に照準を合わせて、いくつかの仏像を訪ねる観仏旅行です。



【岡山県博「カミとほとけの姿展」へ
~際立つ魅力の明王寺・観音菩薩像と、ユーモラスな巨像、勇山寺・不動三尊像】


尾道へ到着の前に、まず、岡山で途中下車。
岡山県立博物館で開催された「カミとほとけの姿~岡山の信仰文化とその背景~展」を、観に行きました。

岡山県博「カミとほとけの姿」ポスター

この展覧会は、岡山に伝わる神像と仏像などにより信仰文化を紹介するという、展覧会です。
展覧会には、64件・147点(うち重要文化財6件)が出展されていました。

県指定文化財以上の出展仏像と、私の注目仏像は、ご覧のとおりです。

観仏先リスト01「岡山県博・カミとほとけ展」

この展覧会の、目玉で注目像は、なんといっても明王寺の観音菩薩像でした。

明王寺・十一面観音像
明王寺・十一面観音像

10世紀前半は下らないといわれる平安前期の優作です。
カヤ材の一木彫で、蓮肉まで一木で彫り出されています。
明王寺を訪れ拝したことがありますが、なかなかの魅力的な像で、しっかりと記憶に残っています。
今回の、展覧会出展仏像のなかでも、その出来の良さは際立って、眼を惹くものでした。
お顔と上半身は比較的穏やかさがあるのですが、下半身の衣の表現は、ダイナミックで躍動感あふれるものがあり、平安前期彫刻の魅力を発散させていました。

明王寺・観音菩薩像については、神奈川仏教文化研究所HP「貞観の息吹~明王寺・聖観音像」でも、ご紹介させていただいています。


一度は拝したいと思っていながらも、未見だったのは、勇山寺・不動明王二童子像でした。
像高183㎝という、巨像の不動明王坐像です。

勇山寺・不動明王三尊像
勇山寺・不動明王三尊像

中国山地の真ん中、美作・真庭にあるのですが、なかなか不便なところで訪ねる機会がなかったのです。
デカくて、量感たっぷりなのですが、田舎風で何ともユーモラスな不動明王です。
10世紀の制作だそうです。

勇山寺・不動明王像顔部
勇山寺・不動明王像顔部

類例のないような、諧謔、怪異な容貌は、なかなか面白いものでした。


最後に、気になったのが、安養寺の小金銅仏、如来立像です。
安養寺・如来立像
安養寺・如来立像

解説には、
この金銅仏は、これまで、平安~鎌倉時代に古仏をまねて作った「模古作」という説が有力だったそうなのですが、
「大阪大学の藤岡穣教授が蛍光X線分析を行ったところ、素材については、白鳳時代から天平時代に制作されたと考えて矛盾が無いと報告された。」
ということで、
「白鳳~天平時代(7~8世紀)の制作」と、記されていました。

その気になってじっくり見てみました。
私には、難しいことはよく判りませんが、形式や全体の雰囲気は「平安期以降の模古作」という方が、シックリくるような気がしました。
これからの、調査研究の進展がたのしみです。



午前中に、岡山県博を後にして、三原駅へ。
午後からは、次の諸仏の観仏探訪に巡りました。

観仏先リスト02「善根寺・文裁寺・田辺寺」


【壮観の平安古仏群、善根寺~地元保存会の人々の手で守られる】


まずは、三原市街から西へ6キロぐらいの処、小坂町にある善根寺を訪ねました。

善根寺・収蔵庫
善根寺・収蔵庫

善根寺収蔵庫には、主として平安時代の古仏が、28躯も残され、うち22躯が文化財指定を受け入ています。
朽損している破損仏的なものもありますが、これだけの平安古仏群が、一堂に林立しているありさまは壮観です。

善根寺・収蔵庫内の古仏群
善根寺・収蔵庫内の古仏群

善根寺近傍の古仏が、ここに集められたのかもしれません。
善根寺は無住ですが、地元の善根寺保存会の方々によって、大切に守られてきています。

善根寺で、一番、知られている仏像は、日光、月光菩薩立像で、県指定文化財に指定されています。

善根寺・日光菩薩像善根寺・月光菩薩像
善根寺・日光月光菩薩像

2015年刊の「三原の仏像展」図録では、9~10世紀の制作とされています。
「そこまで古いのかな?」
という感じもしますが、これら古仏群の中では、一番出来の良い平安古仏です。


私の眼を惹き付けたのは、ご覧の天部形像(市指定文化財)です。

善根寺・天部像
善根寺・天部像

相当朽ちてはいるのですが、なかなかパワフルな造形です。
蓮肉まで共木という古様な構造で、堂内の像の中では、一番、気というかオーラを発しているように感じました。
こちらも9~10世紀の制作とされていますが、日光月光像よりも、古様で迫力があるようです。

いずれにせよ、よくこれだけの古仏群が、現在まで、守られてきたものです。
私は、3度目の善根寺訪問となりますが、いつ訪ねても、これらの古仏を大切にお守りしてきた土地の人々の信仰に、想いを致さずにはいられません。

善根寺古仏群については、神奈川仏教文化研究所HP
神奈川仏教文化研究所HP「辺境の仏たち~広島・善根寺の平安仏」でも、紹介させていただいています。



【重厚感ある力強さ、迫力に惹きつけられる、文裁寺・十一面観音像】


世羅郡甲山町の文裁寺、3年前、2013年にも訪ねたのですが、また、来てしまいました。
こちらの十一面観音像の素晴らしさには、何度拝しても、魅せられてしまいます。

文裁寺・十一面観音像文裁寺・十一面観音像
文裁寺・十一面観音像

これぞ貞観仏という、重厚感あふれる力強い造形です。

「上唇と突き出した厳つい顔貌、太い首、いかり肩、ずんぐりとした体つき、鋭利な衣文」

そのどれもが、強烈なインパクトで、拝する者の心を惹き付けます。
平安前期、バリバリの9世紀の一木彫そのものといってよいでしょう。
これだけの存在感のある像が、中国山地のど真ん中、世羅郡の地に遺されていることに、驚きを禁じ得ません。
今回も、また惚れ込んでしまいました。
是非機会を見つけて、また拝しに訪れたいものです。

文裁寺・十一面観音像については、神奈川仏教文化研究所HP「貞観の息吹~文栽寺・十一面観音立像」でも、紹介させていただいています。



【尾道の夜は、新鮮美味な瀬戸内の魚と、美味しいお酒】


夜は、尾道で、瀬戸内の新鮮な海の幸と、美味い酒。
ご一緒の尾道出身の方のご案内で、商店街の居酒屋「玉扇」へ。

尾道・居酒屋「玉扇」
尾道・居酒屋「玉扇」

「安くて美味い!」というのは、このことを云うのでしょう。
魚は採れ々々の新鮮そのもの、何を食べても活きが良くて申し分なし。
飾らぬ料理で、これこそ、地元に愛される居酒屋です。
お酒も、勢いづいてオーバーランということになってしまいました。



翌日は、ご覧の寺々の観仏に訪れました。

観仏先リスト03「青目寺・浄土寺他」



【奈良様乾漆像の系譜を受け継ぐ、整った姿の日光月光菩薩像~府中山中の青目寺】


青目寺は、尾道から北へ車で40~50分往った、府中市の山の中の辺鄙なところにあります。
普段は無住で、少し離れたところにある西龍寺のご住職が兼任されており、わざわざ収蔵庫を開きにお見えいただきました。

青目寺
青目寺

眼を惹くのは、日光月光菩薩像です。
日光月光の二菩薩像は、薄く木屎漆のモデリングがなされており、一部、乾漆技法が使われているようです。

青目寺・日光月光菩薩像青目寺・日光月光菩薩像
青目寺・日光月光菩薩像

造形表現も、いわゆる奈良様の系譜を受け継ぐようで、温和で落ち着きがあり、なかなか整った像です。
こんな地方の山中にも、平安前期の奈良様を受け継ぐ仏像が残されているというのも、興味深いものがありました。
中尊が残っていないのが、誠に残念で、きっと立派な薬師像であったに違いないと思いました。

もう1躯、聖観音像も祀られてます。

青目寺・聖観音像
青目寺・聖観音像

こちらの方は、お顔にちょっと土臭さを感じるのですが、全体に穏やかで安定感のある造形の像でした。
平安前期の制作ということですが、もう少し下がる時期の像かもしれないような気もしました。



【厳重秘仏、ご開帳の尾道・浄土寺へ~スッキリ端正な藤原風の十一面観音像】


尾道市内まで戻って、浄土寺・十一面観音像の秘仏本尊のご拝観に向かいました。
浄土寺本尊・十一面観音像は、33年に一度の開扉の厳重秘仏です。

今回は、浄土寺・平成の大修理の完了落慶、並びに開創1400年を記念して、特別に、春秋2期間、ご開帳されることになったものです。
開帳期間が比較的長かったこともあるのでしょう、それほどの混雑なしに、近くでゆっくり拝することが出来ました。

浄土寺・十一面観音像浄土寺・十一面観音像
浄土寺・十一面観音像

本像は、多くの解説書が藤原和様のおだやかさと示すとして平安後期の制作としているのですが、広島県教育委員会HP解説では、
「面相は豊満で,体躯は肥大充実し,刀法も鋭く,全身を金色の寂光に包まれた端厳な尊容の像である。
平安時代も初期に近い頃(9世紀)のすぐれた作である。」
と、されています。

実際に拝すると、どんなもんだろうかと、興味深く拝しました。
実見してみて、やはり、「典型的な平安後期の観音菩薩像」という風に納得しました。
お顔が豊満で、姿がスッキリ端正という印象でした。

秘仏本尊のご拝観が目的だったのですが、私には、浄土寺といえば、小津映画の「東京物語のロケ地になったお寺」という方が、心に残っており、懐かしく境内を歩きました。

浄土寺・境内
浄土寺・境内

東京物語は、何度も観たことがあるのですが、原節子と笠智衆が、浄土寺境内で語り合うシーンが印象的でした。



【堂々たる量感と穏やかさをミックスした秀作、西堤寺・観音菩薩像
~年に一日のご開帳に来てみた甲斐あり、大満足】

浄土寺の後は、尾道、向島の西堤寺です。
西堤寺の、観音菩薩像は、なかなか魅力的な平安古仏で、是非とも一度拝したいものと念願していたのですが、年に一度、10月10日のみしか開帳されないので、拝するチャンスがなかったのです。
今回の観仏旅行は、この10月10日に照準を合わせて、尾道にやってきたのでした。

向島は、尾道中心地の向かいにある島なのですが、今は、橋が架かって、車ですぐに行くことが出来ます。
西堤寺は、立派なご本堂があり、その隣の収蔵庫に、2躯の菩薩像が安置されていました。

西堤寺・本堂と収蔵庫
西堤寺・本堂と収蔵庫

大勢という程ではないのですが、拝観の方が何人も見えられていて、我々同様、この日を目指してこられた方がそれなりにいらっしゃるようでした。

この2躯の観音菩薩像は、昭和50年代前後に、新発見された仏像です。

西堤寺・観音菩薩像(10世紀頃)西堤寺・観音菩薩像(11世紀前半)
西堤寺・観音菩薩像~(左)10C頃制作、(右)11C前半制作

それまであった旧本堂を建てかえるために解体したところ、壁の中に隠し部屋があってその中に、2躯の観音像が安置されていたのが発見されたという話です。
発見から程無く、一足飛びに、昭和52年(1977)、国の重要文化財に指定されました。(1躯は付けたり指定)

流石に、発見即重文指定にスピード出世しただけのことがある、見事な仏像です。
カヤ材の一木彫漆箔像です。
堂々たる量感で太造り、一方で穏やかさ柔らかさもみられて、力強さと端麗さの両面を感じる、大変魅力あふれる造形でした。

「わざわざ来てみて、やっぱり良かった。」

という、満足感で一杯になりました。

この像の制作年については、「芸藩通志」に、

「天暦5年(951)作の西堤寺本尊が盗難に遭ったため、治安2年(1022)に仏師定願が一像を造り代わりに安置したが、その後、元の本尊が還った。」

旨の記載があり、両像の作風と、この通史記載の制作年が似つかわしいものであることから、その頃の制作ではないか、とみられているそうです。

西堤寺・観音像については、神奈川仏教文化研究所HP「貞観の息吹~西提寺・聖観音立像」でも、ご紹介させていただいています。

今回の広島方面旅行は、最後の観仏が、大満足の西堤寺・観音像となり、充実気分で帰路につきました。



【秘仏、瑞巌寺五大堂・五大明王像が出展された、「松島瑞巌寺と伊達政宗展」へ】


三井記念美術館で開催された「松島瑞巌寺と伊達政宗展」に行きました。

「松島瑞巌寺と伊達政宗展」ポスター

めざすは、特別出展された、瑞巌寺・五大堂の秘仏「五大明王像」です。

観仏先リスト04「瑞巌寺」

五大堂の「五大明王像」は、厳重な秘仏として守られており、33年に一度の御開帳とされており、次回御開帳は2039年になるのです。
平成6年(1996)に、文化庁によって、発見調査されて、重要文化財指定がされました。
最近、一部の像が宝物館展示されることも、たまにありますが、はじめて、本展覧会に5躯そろって特別出展されることになりました。
これは、何としても、観なければと、出かけたのです。

瑞巌寺五大堂・不動明王像
瑞巌寺五大堂・不動明王像

ケヤキの一木彫、内刳り無し、素朴で粗さのある地方色といったものを感じますが、なかなかの古様で、出来もよく、迫力のある像です。
写真で見ていた時は、さほどのパワーを感じないような印象でしたのですが、予想外の注目像でした。



[11月]


【白鳳観音像の平安模古作、宝塔寺・聖観音像の特別公開情報に五反田へ】


品川区五反田にある宝塔寺・聖観音像を拝しに行きました。

観仏先リスト05「宝塔寺」

11/3~5に品川区指定文化財の一般公開という企画があり、その中に宝塔寺・聖観音像の特別公開という情報があったのです。
区指定の仏像ということで、普通ならこの種のものには出かけないのですが、NET情報によると、「白鳳時代の観音像の、平安後期の模古作」ということです。
ちょっと興味深げなので、宝塔寺まで行ってきました。
宝塔寺は、五反田駅から歩いて5~6分の処にありました。

観音像は、360度ビューで眼前に拝せるようになっていました。

宝塔寺・聖観音像

宝塔寺・聖観音像
宝塔寺・聖観音像

確かに、法隆寺の六観音像を思わせるような、白鳳仏を模した仏像に間違いありません。
山本勉氏による解説資料があり、それによると、ヒノキの寄木造の古色仕上げで、平安後期の白鳳仏模古作として貴重な像である旨、解説されていました。
この像は、近世には大阪にあり、宝塔寺には、二代前のご住職の時に、民間の所有からお寺に入ったものだそうです。

ちょっと、面白い模古作像でした。



【知られざる平安古仏が、想定外にどっさり!~初めての越前観仏旅行へ】


越前地方の観仏旅行に、同好の方々と、2泊3日で出かけました。

福井市立郷土歴史博物館で開催された「福井の仏像展」と併せて、越前方面の観仏に出かけたのです。
福井県の仏像と云えば、小浜方面の若狭の仏像が広く知られているのですが、越前方面の仏像は、あまり知られていないのではと思います。

今回開催された「福井の仏像展~白山を仰ぐ人々と仏たち~」は、越前に遺る見処ある平安古仏のほとんどが出展され、一堂に会するという、大注目の展覧会です。
越前の古仏の全貌を、一気に知ることが出来る、めったにないチャンスです。
見逃すわけにはいきません。



【越前の見処ある平安古仏が勢ぞろい~圧巻の「福井の仏像展」】


初日は、「福井の仏像展」に直行です。

「福井の仏像展」開催中の福井市立郷土歴史博物館
「福井の仏像展」開催中の福井市立郷土歴史博物館

展覧会には、34躯の仏像が出展されていました。
これだけの越前の古仏を一堂に集めるのは、大変ことであったのだろうと思います。
展示仏像の中で、県指定以上の文化財指定仏像は、ご覧のとおりです。

観仏先リスト06「福井の仏像展」

私の注目仏像を、2~3件、一言ご紹介だけしておきます。

展示室正面に大きな五像がドーンと並べられた滝波五智如来堂・五智如来像は、平安後期のいかにも地方作という像でしたが、なかなか眼を惹くものがありました。

滝波五智如来堂・五智如来像
滝波五智如来堂・五智如来像

江戸時代の悪彩色の紙貼りで覆われていたものを、3年がかりで修理修復され、面目を一新したばかりだそうです。



【際立つ存在感、霊的オーラを発する大滝神宮堂・虚空蔵菩薩坐像】


展覧会で、最も注目したのは。大滝神宮堂・虚空蔵菩薩坐像です。

大滝神宮堂・虚空蔵菩薩坐像

大滝神宮堂・虚空蔵菩薩坐像
大滝神宮堂・虚空蔵菩薩坐像

眼光鋭く、厳しく引き締まった表情、胸をグッと張り出し、胴がキュッと引き締められています。
迫力十分で、霊的オーラを発しています。
必見、刮目の平安古仏でした。
この像は、大瀧神社の神宮堂に祀られ、神仏分離以前の大滝寺(現在の大瀧神社)のゆかりの像であったそうです。
展覧会、随一、際立った存在感を感じました。


その他、加多志波神社・聖観音像、八坂神社・十一面女神像なども、神社に祀られる興味深い古像でしたが、キリがなくなるのでこの辺でやめておきます。

加多志波神社・聖観音像八坂神社・十一面女神像
(左)加多志波神社・聖観音像、(右)八坂神社・十一面女神像

越前の平安古仏を、たっぷりと鑑賞することが出来ました。
わざわざ出かけてきた値打ち十分の「福井の仏像展」でした。



【越前の新鮮美味に舌鼓~高価な越前ガニに、腰が引ける】


この日の夜は、福井市内で美味な割烹といわれる「旬味 泰平」へ。

「旬味 泰平」
「旬味 泰平」

流石に、評判の良いだけあって、新鮮、美味な魚介の料理には、十分納得です。
美味かった。
越前ガニ漁が解禁になって数日の処で、とれたての越前ガニもお目当てだったのですが、値段を聞いて、ヒックリ。
メスの小さなセイコ蟹が、一杯5千円です。
オスの越前ガニの値段は、恐ろしくて、聞けませんでした。
折角来たのだからと、セイコ蟹一杯を二人で半分ずつという情けない注文で、ちょっぴり味わいました。
これまた美味かった。


翌日、翌々日は、「福井の仏像展」出展されていない、越前の古仏探訪です。
越前の古仏は、お寺ではなくて、神社に祀られ、地区の管理になっているものが圧倒的に多く、拝観のお願いに、博物館や教育委員会にお世話になるなど、結構苦労しました。
その分、よく知られておらず、奥深いものがあります。

観仏探訪先は、ご覧のとおりです。

観仏先リスト07「福通寺・大谷寺他」



【どうして、越前に純宋風の秀麗像が?~見事な福通寺・正観音像】


朝日観音・福通寺を訪ねました。

朝日観音・福通寺
朝日観音・福通寺

実は、福通寺のご住職は、福井市立郷土歴史博物館の学芸員で、「福井の仏像展」の開催企画、運営を進められている方なのです。
今回の越前の古社寺観仏探訪にあたっては、拝観の御依頼先、ご連絡先等をご教示いただくなど、大変お世話になりました。
福通寺諸仏ご拝観にあたっては、自らご案内、御開扉いただき、またまたお世話になってしまいました。

一番の注目は、正観音像でした。
2メートル近い大きな像で、通常は、秘仏とされています。

福通寺・正観音像福通寺・正観音像
福通寺・正観音像

宋風の匂いがプンプンする造形です。
ご説明によると、
「越前にこんな宋様式を濃厚に表した像は、本像の他にはない。」
そうです。

金沢文庫称名寺の弥勒菩薩像の雰囲気を思い起こさせますし、在地の制作の風ではなく、中央風の造形のように思われます。
どうしてこのような純宋風の像が、越前に残されたのかという造像背景は、よく判らないそうです。
なかなか見事な出来の像で、県指定文化財ではもったいないのかな、という気になりました。

千手堂の千手観音像も、平安前期風の名残を少し残した像ですが、平安末~鎌倉の制作とされているようです。

福通寺・千手観音像(平安末鎌倉)
福通寺・千手観音像(平安末鎌倉)



【不思議な伝統行事~33年に一度、福通寺へ移動する、日吉神社の古仏像】


次に訪ねたのは、日吉神社で、福通寺から1キロぐらいのところにあります。

日吉神社
日吉神社

この日吉神社には、平安時代後期の大日如来像他の諸仏が祀られています。

日吉神社に祀られる大日如来像他諸仏
日吉神社に祀られる大日如来像他諸仏

福通寺とは場所も離れていて、一見無関係のようにみえるのですが、この二つの寺社では、興味深い伝統行事が伝えられています。
33年に一度の、朝日観音・福通寺の秘仏本尊御開帳の時に、日吉神社仏像群が輿や担架に乗せられ、内郡集落の人々によって観音堂まで運ばれ、ゆかりの諸仏が一堂に会するというのです。

33年に一度、福通寺に運ばれる日吉神社の諸像
33年に一度、福通寺に運ばれる日吉神社の諸像

そのような行事が伝えられる事由は、明確ではないようですが、福通寺が日吉神社の神宮寺で、大日如来像は福通寺の旧本尊であったのではないか、とも考えられるかもしれないそうです。


何しろ、越前の古仏は、他の地域と較べて、神社に祀られているものが大変多いのです。
明治の神仏分離の際、
神仏習合の仏像が、破却されず、寺に移されたりせずに、神社に残された。
観音堂・薬師堂のような村堂が、明治時代に神社に衣替えした、または合併した。
等の事由によるようですが、
越前では、後者のケースが多いのだということだそうです。



【現存最古の三所権現・本地仏を、特別拝観~白山信仰へ想いを致した大谷寺】


大谷寺は、泰澄大師の開創と伝えられる、白山信仰、修験の霊場であった古刹です。
大谷寺は、「おおたんじ」と読みます。

大谷寺
大谷寺

大谷寺といえば、神仏習合の本地仏、三所権現像です。
大谷寺・三所権現像は、十一面観音・阿弥陀如来・聖観音の各坐像の一具像です。
白山信仰上の三尊一具の本地仏としては、最古の遺例の古仏で、平安後期の制作です。
この三所権現像は、秘仏として、収蔵庫内に祀られているのですが、お訪ねした処、ご住職の特別のご配意により、拝観することが叶いました。

収蔵庫に並んで祀られる三所権現像は、流石の像でした。
平安後期らしい造形ですが、入念に造られた像であることが伺え、なかなか見事な像です。

収蔵庫に祀られる大谷寺・三所権現像
収蔵庫に祀られる大谷寺・三所権現像

大谷寺三所権現・十一面観音像
大谷寺三所権現・十一面観音像

収蔵庫内には、三所権現像のほかにも、多くの仏像が安置されており、それぞれに興味深い古仏でしたが、此処でふれるのはやめておきます。



【神社に祀られる平安古仏像を巡る~越前に数多い、お社で守られる古仏像】


その他、杉杜神社、十二社、樺八幡神社に祀られる平安古仏を拝しました。
それぞれに、見どころある平安古仏でした。

杉杜神社、十二社は、地区管理の小さなお社で、村人に大切に守られてきた古仏です。
集落と共に在り、土地の人々を守る古仏であることを、実感しました。

十五社
十五社

十五社・大日如来像
十五社・大日如来像

十五社・阿弥陀如来像
十五社・阿弥陀如来像


樺八幡神社は、杉林の中の境内にいつくかの社殿が建ち、静寂荘重な空気感あふれる処でした。

樺八幡神社境内
樺八幡神社境内

樺八幡神社本殿に祀られる、阿弥陀如来像他諸仏
樺八幡神社本殿に祀られる、阿弥陀如来像他諸仏

ご高齢の御宮司さんが、丁寧にお迎えいただき、往時をしのぶ立派な平安古仏を拝することが出来ました。
社殿等には、傷みも目立つようで、これだけの社殿、神域を維持管理するのは、文化財保護予算がままならぬ中で、並大抵のことではないのだろうと察せられました。



【巨大な宗教都市、白山信仰の往時を偲ぶ、平泉寺白山神社へ】


越前観仏旅行のフィナーレは、白山信仰の象徴ともいえる平泉寺白山神社です。

平泉寺は、霊峰白山の越前側の登拝口に位置した山岳寺院で、養老元年(717)に泰澄大師によって開かれたとされます。
古代から中世後期にかけては、白山信仰を背景に強大な宗教勢力を誇りました。

白山連峰を望む
白山連峰を望む

現在では、わずかに往時を偲ぶほどの境内域になっていますが、かつての境内全域は「白山平泉寺旧境内」として国の史跡に指定され、発掘作業などが進められています。



【穏やかな気品漂う、平泉寺観音堂・聖観音像】


平泉寺白山神社を訪ねる前に、近くの観音堂に祀られる、平安後期の聖観音像を拝しました。
平泉寺からちょっと離れた集落の中の小さな観音堂に、ひっそりと祀られていました。

平泉寺・観音堂

平泉寺観音堂・聖観音像
平泉寺観音堂と聖観音像

もともと平泉寺に祀られていた観音像であったとのことで、比叡山横川中堂の聖観音像を思わせる、穏やかで気品漂う、見事な仏像でした。



【幽玄、森厳な霊域、平泉寺白山神社~越前観仏のフィナーレに相応しい、心洗われる空間】


平泉寺白山神社は、まさに、幽玄、森厳な雰囲気、空気感に包まれた場所でした。

平泉寺白山神社

平泉寺白山神社
平泉寺白山神社

鬱蒼と茂る杉林の木立、緑の絨毯が敷かれたような苔むす境内、白山信仰の歴史を感じる石畳の参道、そのなかに佇む社殿、いずれもが、霊域である「静寂」の世界を醸し出しているようでした。
鳥居をくぐったとたんに 霊峰白山を拝する異空間に踏み入ったような気分になってしまいます。
心洗われるものがありました。
一度は訪ねてみたい、また訪ねる値打ちのある、平泉寺白山神社でした。

大満足で充実の越前観仏探訪旅行となりました。
2泊3日で出かけた値打ち十分です。
越前地方の仏像は、さほど知られていませんが、奥深いものがあり、まだまだ未発掘の古仏もあるようです。

ただ一つ残念だったことは、越前を代表するといわれる平安前期の古仏、二上観音堂・十一面観音像を、拝せなかったことです。
厳重な秘仏のため、拝することが叶いません。(展覧会でも、写真展示でした)

二上観音堂・十一面観音像
二上観音堂・十一面観音像

何年先になるのかわかりませんが、御開帳の時には、もう一度、越前観仏に訪ねてきたいものです。



【九品仏浄真寺で開催された、講演会「仏像修理物語」へ】


世田谷の九品仏浄真寺で、「仏像修理物語~九品仏阿弥陀如来坐像修理の実際~」と題する講演会が、11/26に開催されましたので、行ってきました。

観仏先リスト08「浄真寺九品仏」

世田谷区主催の文化講演会で、講師は、現在、九品仏の修理修復にあたっている、美術院西洞院工房長の八坂寿史氏です。
約1時間にわたって、八坂氏から、九品仏の修理修復にあたっての修理技法に関する話、新たに発見されたこと、ご苦労話などなど、熱のこもったお話を、興味深く聴くことが出来ました。

講演会の後、修理のなった中品中生像、修理前の諸像を拝しましたが、こうした貴重な話を聞いた後に拝すると、いつもとは違う、新たなる眼で、奥深く拝することが出来ました。

修理修復成った、浄真寺九品仏・中品中生像
修理修復成った、浄真寺九品仏・中品中生像

浄真寺・九品仏像
浄真寺・九品仏像


[12月]

いよいよ、今年も終わりの師走です。


【ゆっくり、のんびり、京都東山で忘年観仏】


同好の方々と、一年の納めの忘年観仏ということで、京都まで出かけました。

観仏先リスト(同聚院他)

東山方面の古仏などなどを、ゆったりとめぐりました。

同聚院・不動明王像、即成院・二十五菩薩像など、今更、ご紹介するまでもない、大変有名な仏像ばかりです。
私も、何度訪ねたのか、数え切れません。
どちらのお寺も、京都にしては、訪れる人も少なく、ゆっくりと心静かに古仏を拝することが出来、お気に入りの場所です。

同聚院・不動明王像は、藤原道長造営の法性寺の五大堂に安置された像とみられ、仏師・定朝の父か師の康尚の制作であろうといわれています。

同聚院

同聚院・不動明王像
同聚院と不動明王像

像高、2m半余りの丈六坐像で、見上げるばかりの大きさに圧倒されてしまいます。
不動明王像としては、11世紀冒頭の制作らしい、穏やかで落ち着いた造形なのですが、その存在感をひしひしと感じます。
いつ拝しても、なかなか優れた像だという気持ちになります。


夜の忘年会は、京都駅のちょっと南、東寺道のイタリアン「テラス」で。

東寺道・イタリアン「テラス」
東寺道・イタリアン「テラス」

こじんまりした、ちょっとお洒落でカジュアルな、お手軽イタリアンです。
賑やかに、美味しく食べて、ワインも飲み過ぎてしまいました。



【横浜市文化財に新指定という話にビックリ!~松陰寺の小金銅仏、阿弥陀如来像】


師走も半ば、今年の観仏ももうおしまいと思っていたら、横浜市都筑区の横浜市立歴史博物館に、松陰寺の小金銅仏、阿弥陀如来坐像が展示されているという情報を、NETで知りました。

観仏先リスト10「松陰寺」

「平成28年度横浜市指定・登録文化財展」に、新たな市指定文化財として出展されているというのです。

横浜市歴博・新指定文化財展
横浜市歴博・新指定文化財展

松陰寺の古代小金銅仏・阿弥陀像は、それなりに世に知られた像ですので、「横浜市・新指定文化財展」への出展というのは、ちょっとビックリしてしまいました。
昔から重要文化財に指定されていると思い込んでいたのですが、なんと、これまで全くの無指定の小金銅仏像だったのです。

早速、横浜市歴博へ出かけて、じっくり観てきました。

松陰寺・阿弥陀如来像
松陰寺・阿弥陀如来像

戦後すぐ、昭和22年(1947)以来、東博に寄託されています。
これまでの解説では、「奈良時代末期~平安初期の、白鳳小金銅仏の模古的な像」といわれていたのですが、展示解説では、「飛鳥時代後期、8世紀初め頃に作られたと推測される。」とされていました。

私の素人目には、全体の造形感覚、ねっとりとややクセのある衣文などから、奈良時代の中期を遡ることは無いのではなかろうかと、感じました。
松陰寺・阿弥陀如来像、これから指定ランクがどんどんアップしていくのではないかと思います。



【観仏、年納めは東博で~平常展示の、平安前期、東博蔵・天王像に注目】


2016年の観仏納めは、東京国立博物館になりました。
「臨時全国宝物取調局の活動~明治中期の文化財調査」という特集展示が開催されています。
私の、関心興味の大変強いテーマの企画展です。
12/20に、「明治20年代の文化財調査」と題するギャラリートークがありましたので、聴きに出かけました。

ついでに、 特別展「平安の秘仏~滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」も、2度目になりますが、じっくり鑑賞してきました。

いつものことで、1F11室の彫刻の平常陳列にも寄ってみました。
日頃見ない、ちょっと面白い平安古仏が展示されていました。

観仏先リスト11「東博蔵・天王像」

東京国立博物館蔵・天王像

東京国立博物館蔵・天王像
東京国立博物館蔵・天王像

キャプションをみると「天王立像・9~10世紀」と記されていました。
東博所蔵像のようです。
あまり類例の無いような、体躯の造形、面貌の像です。
なかなか、ダイナミックで迫力ある、興味深い一木彫像でした。



ようやく、2016年の観仏、総まくりのご紹介を終えることが出来ました。
なんのかんのといいながら、随分、数多くの観仏に出かけてしまいました。
「飽きもせず!」とは、よく言ったものです。

ダラダラ長々、一年の観仏探訪記録を自己満足的に綴らせていただきました。
辛抱してご覧いただき、ありがとうございました。


今年も、HP「神奈川仏教文化研究所」、ブログ「観仏日々帖」に、気ままな仏像記事を連ねていきたいと思っております。
よろしくお付き合いいただけますよう、お願いいたします。


古仏探訪~2016年・今年の観仏を振り返って〈その3〉7~9月 【2016.12.24】


「今年の観仏を振り返って」〈その3〉は、7~9月の観仏探訪のご紹介です。

暑い暑い夏のシーズン、暑さがこたえる中高年には、観仏探訪も程々にした方が、良いのでしょう。
涼しい博物館の仏像展を中心に、チョコチョコと出かけました。


[7月]


【お目当ては、初めてお堂から出る黒田観音寺・観音像
~東京芸大美術館「観音の里の祈りとくらし展Ⅱ」へ


上野の東京藝術大学美術館で開催された、「観音の里の祈りとくらし展Ⅱ~びわ湖・長浜のホトケたち」に、出かけました。

「観音の里の祈りとくらし展Ⅱ」ポスター

この展覧会は、2014年3~4月に開催された、「観音の里の祈りとくらし展」の第2弾として開催された展覧会です。
第1弾の展覧会が好評盛況であったので、「パートⅡの続編展」の実現が可能となったのでしょうか?

今回は、41件の湖北の仏像が出展されました。
前回展では、約20件の出展でしたから、なんと倍増の出展となります。

観仏先リスト01~観音の里の祈りとくらし展Ⅱ



【湖北で、一番惹かれてしまう、黒田観音寺・伝十一面観音像
~~(渡岸寺・十一面観音は、飛び切りの別格)


前回展の目玉出展像は、赤後寺・日吉神社の千手観音立像(重文)でした。

今回の「「観音の里の祈りとくらし展Ⅱ」の、大目玉の出展仏像は、なんといっても、黒田観音寺・伝千手観音立像(重文)です。

黒田観音寺・伝千手観音像
黒田観音寺・伝千手観音像(本来准胝観音であったと思われる)

私は、湖北の仏像の中では、渡岸寺の十一面観音像(国宝)は、別格として置いておくとすると、黒田観音寺の伝千手観音立像が、一番優れた造形で、魅力あふれる一木彫像だと思っています。
除く渡岸寺像では、湖北で最もお気に入りの仏像なのです。

実は、これまで、この観音像は、一度もお堂を出たことはありませんでした。
美術館に展示されるのは、今回が初めてのことなのです。
お堂では、狭い厨子の中に祀られており、真正面からしか拝することが出来ません。

堂内のお厨子に祀られる黒田観音寺・伝千手観音像~横からは拝せない
堂内のお厨子に祀られる黒田観音寺・伝千手観音像~横からは拝せない

側面や背面などから観ると、どのように感じるのだろうか?
「意外と、ガッカリしてしまったり・・・・・」
と、不安感半分、期待感半分という気持ちで、展覧会に出かけました。

黒田観音寺の観音像は、奥の一室のど真ん中に、360度ビューで展示されていました。

展示室のど真ん中に、360度ビューで展示されていた黒田観音寺・伝千手観音像
展示室のど真ん中に、360度ビューで展示されていた黒田観音寺・伝千手観音像

果たして、期待通りというよりは、はるかに期待以上の素晴らしい出来と魅力の仏像でした。
見惚れてしまいました。

黒田観音寺・伝千手観音像

黒田観音寺・伝千手観音像~脚部
黒田観音寺・伝千手観音像~顔部と脚部

像高200㎝、カヤの一木彫の9世紀像。
胸から腰にかけての堂々たる張りのある造形は迫力十分。
脚部の衣文の彫口は、深く、柔らかく、弾力感があり見事で、乾漆像を思わせるものがあります。



【360度ビューで、じっくり鑑賞~思わず唸ってしまった背面の彫り口の見事さ】


側面、背面に回ってみて、またまた出来の素晴らしさに、ビックリしました。
側面は、胸をわずかに反り、脚部にかけ湾曲するシルエットで、リズム感、躍動感があります。

黒田観音寺・伝千手観音像 黒田観音寺・伝千手観音像
黒田観音寺・伝千手観音像

それよりも何よりも、背面の衣文の彫りの見事さには、唸り声をあげてしまいました。
正面脚部の衣文表現をはるかに超える、仏師の彫技が冴えわたる彫り口です。
背面まで、これだけ丹精を込めて彫られているのをみると、余程の由緒の像だったのかもしれません。

図録解説によると、
黒田観音寺・伝千手観音像(本来、准胝観音とみられる)は、
広隆寺・不空羂索観音像、鶏足寺・菩薩像(魚籃観音)、千手院・千手観音像(御代仏)と、衣など造形形式に共通点が多くあり、
天平様式乾漆像の系譜をひく平安前期彫刻という共通の制作環境で造られたのではないか、
と述べられていました。

広隆寺・不空羂索観音像鶏足寺・菩薩像(魚籃観音)
(左)広隆寺・不空羂索観音像、(右)鶏足寺・菩薩像(魚籃観音)

千手院・千手観音像(御代仏)
千手院・千手観音像(御代仏)

確かに、そのとおりのスタイルの傑作像だと思いました。
唯一、「面部が大きく修正、補彩されている」とのことで、何とも残念です。

9世紀の半ば頃か、もう少し後かの制作ではないかと感じるのですが、
間違いなく「湖北屈指の優作」だと思いました。

「凛とした男らしさを感じる、緊張感あふれる、堂々たる傑作像」
です。

360度ビューでじっくりと鑑賞することが出来、黒田観音寺・観音像に惚れ込みなおしました。



【その他の出展像にも、いくつも注目像が・・・・】


この他にも、
異国的な大きな目鼻立ちが印象的な、来現寺聖観音像(重文・平安前期)、
元播磨円教寺・根本堂本尊であった、舎那院・薬師如来坐像(県文・10C末~11C初)
等々、興味深い像が出展されていました。

来現寺・聖観音像舎那院・薬師如来像
(左)来現寺・聖観音像、(右)舎那院・薬師如来像

一つだけ、ちょっと気になったのは、医王寺・十一面観音像の解説・キャプションでした。

医王寺・十一面観音像
医王寺・十一面観音像

「9世紀の制作」と記されていました。

「9世紀?、そこまで年代をあげられるのかしらん?」

ウーンと唸って、ちょっと首をかしげてしまいました。


黒田観音寺・観音像の魅力に惹かれて、二度も展覧会に出かけてしまいました。

一度は、一人でじっくりと。
二度目は、同好の方々と、ワイワイと。

二度目の帰りは、皆で、入谷の「三富」へ。
馬刺しが名物の老舗居酒屋です。
安くて美味い料理と酒で、黒田観音寺像の出来良さ談義に、大いに盛り上がりました。

入谷「三富」
入谷「三富」



【洒落たギャラリースペース、「びわ湖長浜 KANNON HOUSE」~3月オープン】


東京藝術大学美術館の帰りに、3月オープンした、「びわ湖長浜 KANNON HOUSE」に寄りました。

「びわ湖長浜 KANNON HOUSE」
「びわ湖長浜 KANNON HOUSE」

長浜市の都内における情報発信の新しい拠点ということで、長浜の古仏が、一定期間ごとに一体ずつ展示されることになっています。

「びわ湖長浜 KANNON HOUSE」室内
「びわ湖長浜 KANNON HOUSE」の室内

湖北の仏像の公開情報などの最新ニュースや、映像も愉しむことが出来ます。
長浜市は、「「観音の里の祈りとくらし展Ⅰ・Ⅱ」の開催や、「びわ湖長浜 KANNON HOUSE」の解説など、「湖北・観音の里」の紹介と観光誘致に大変な力が入っているようです。

「KANNON HOUSE」で展示される仏像は、2016年は、ご覧のとおりでした。

観仏先リスト02~「びわ湖長浜 KANNON HOUSE」

竹生島宝厳寺・聖観音像.尊住院・聖観音像
(左)竹生島宝厳寺・聖観音像、(右)尊住院・聖観音像

常楽寺・聖観音像横山神社・馬頭観音像
四君子苑~玄関と前庭

オープン直後にも訪ねました。
小ぢんまりとしたビルの一室ですが、なかなか洒落たギャラリースペースで、結構、お気に入りの場所となっています。



[8月]


8月第一週は、毎年恒例の、大学時代の同好会の、10人ちょっとの常連が集まる同期同窓会。
なんと、もう四十数年、飽きもせずに毎年欠かさず続いています。

恒例で、分不相応に贅沢にも、奈良ホテルで一泊です。
夜は、ホテルの美味なる料理に、思い出話も酒も、夜の更けることなく弾み、とどまる処を知りませんでした。

この同窓会の前後にからめて、京都、奈良の両国立博物館の展覧会に、出かけました。



【念願の未見秘仏、峰山縁城寺・千手観音像が、なんと京博へ出開帳】


京都の国立博物館では、「丹後の仏教美術展」が、開催されていました。

「丹後の仏教美術展」ポスター

観仏先リスト03~丹後の仏教美術展

この展覧会、最大の大注目は、峰山縁城寺の千手観音像が出展されたことです。

縁城寺・千手観音像
縁城寺・千手観音像

縁城寺・千手観音像は、大変興味深い平安時代の一木彫像なのですが、33年に一度の御開帳の厳重秘仏で、拝することが出来ないのです。
平安初期一木彫像の特徴を受け継いだ古様な像ですが、浅く刻まれた衣文や穏やかな面相などから、一般的には10~11世紀頃の制作とみられています。
一方、古密教彫像研究で知られる井上正氏は、この像を、代用檀像による化現仏とみて、奈良時代、8世紀の制作に遡る可能性に言及しているのです。

今年か来年が、33年に一度の御開帳年にあたるという情報でありましたので、その時には、なんとしてでも、京丹後市峰山町まで駆けつけなくてはならじと、満を持していた処でした。

その秘仏が、なんと京博に展示されるというのです。
京博HPにも、
「秘仏なので・・・・今回、初の出開帳がかないました。この機会にぜひご観覧ください。」
と、記されているではありませんか。

このチャンスを逃すわけにはいきません。



【奈良時代なのか?~やはり、10世紀末の制作という解説に、全面納得】


京博で、念願の仏像を、眼近に実見することが出来ました。

縁城寺・千手観音像縁城寺・千手観音像
縁城寺・千手観音像~顔部

井上正氏は、

「こうして本像は、代用檀像の化現仏として、一木彫のきわめて古いあたりに位置することが徐々に明らかになってきたように思う。」(古密教像巡歴・2012法蔵館刊)

と述べて、奈良時代の制作の可能性を言及しています。

一方、展覧会図録の解説では、

「衣文が浅い点、ワエストの締まった均整の取れたプロポーションは平安時代後期につながるものといえる。
縁城寺が、永延2年(988)に一条天皇の勅願所として整備された時期を、大きく隔たらずに造られたと考えられる。」(図録解説・浅湫毅氏)

として、10世紀末の制作と考えています。

私は、展覧会図録解説の云う「10世紀末制作像」という見方に、全面的に納得しました。
率直に云って、もっと、霊気のような精神性を秘めた一木彫像なのかなと期待したのですが、平安中期的な、「穏やかさ」の方を強く感じるものがありました。

それはさておき、念願の秘仏、縁城寺・千手観音像を、博物館で眼近にじっくり観ることが出来、大満足の「丹後の仏教美術展」でした。

この特別展には、宮津市、金剛心院の如来立像が出展されていました。

金剛心院・如来像
金剛心院・如来像

こちらの如来像は、何度見ても、発散するオーラ、迫力に圧倒されてしまいます。
平安初期彫刻の傑出作品だと、今更ながらに、見惚れてしまいました。

この他、平常陳列に出展されていた仏像で、私が注目したのは、次の仏像です。

観仏先リスト04~京博・平常陳列

それぞれの仏像にふれていくとキリがありませんので、此処ではやめておきます。



【奈良博「忍性展」へ~鎌倉仏には関心ほどほどで、サラリと鑑賞】


奈良国立博物館で開催中の、忍性生誕800年記念特別展「忍性~救済にささげた生涯~展」も、覗いてきました。

「忍性展」ポスター

忍性は西大寺の叡尊を師とした、真言律宗の高僧で、貧民やハンセン病患者など社会的弱者の救済に尽力したことで知られています。
忍性ゆかりの寺院に伝わる名宝や文化財を一堂に集められた展覧会でした。
出展された目ぼしい仏像は、次のようなものでした。

観仏先リスト05~「忍性~救済にささげた生涯~展」

極楽寺・釈迦如来像.極楽寺・十大弟子像~舎利弗
極楽寺~(左)釈迦如来像、(右)十大弟子像~舎利弗

私は、鎌倉時代の仏像への関心が、今一歩という処なので、サラリと観て回ったというような感じとなりました。



【奈良博・募金箱に託された浄財で、修理実現~高尾地蔵堂・毘沙門天像】


なら仏像館の方には、奈良博の「文化財保存への募金」を活用して保存修理が実現した、滋賀県甲賀市・高尾地蔵堂の毘沙門天像(平安後期・12C)が公開されていました。

観仏先リスト06~高尾地蔵堂

高尾地蔵堂・毘沙門天像~修理前.高尾地蔵堂・毘沙門天像
高尾地蔵堂・毘沙門天像~(左)修理前、(右)修理後

この毘沙門像は、2010年、甲賀市史の編集に伴う事前調査をした際に発見されました。
発見時には、表面が分厚い後補の彩色で覆われていましたが、博物館の募金箱に託された浄財で、約400万円の修理費用が全額賄われ、修復が実現したというものです。
厳しい文化財関係予算のなか、一般人々の募金で修復が実現したという話に、ちょこっと感激しました。

奈良国立博物館に設置されている募金箱
奈良国立博物館に設置されている募金



同窓会を終えた翌日は、京都に妻と一泊。

妻は京の町歩きへ。
私は佛教大学公開講座
「美術史家・井上正の眼シリーズ~円熟期の井上正先生に師事して(熊谷貴史氏)」
に出かけました。

食事、いつもの定番コースの店の他に、最近ちょっと人気のイタリアンといわれる、「Ristorante 美郷」へ行ってみました。

「Ristorante 美郷」
「Ristorante 美郷」

五条河原町の近くで、近頃はやりの、古い京町屋を改造利用したお店でした。
シャレた盛り付け、程よい味付けといったイタリアンでしたが、一度経験しておけばOKかなという感じだったでしょうか。

暑い暑い8月の観仏は、しんどくて、これでおしまいです。



[9月]


暑いながらも、秋の匂いも感じる9月。
しばらく出かけていなかった、観仏探訪活動へ出動です。


【知られざる、奈良郊外の見どころ満点の仏像探訪の旅へ】


同好の方々と、一泊二日で、

「奈良の、あまり知られていないが、見処ある仏像を訪ねる」

というテーマで、観仏に出かけました。
山添村・薬音寺、桜井市笠区・妙円寺、宇陀市榛原・戒長寺、奈良市郊外の弘仁寺、正暦寺などを訪ねました。
仏像愛好家にとっては、結構渋い処の、ラインアップではないかと思います。

初日は、ご覧の処を訪ねました。

観仏先リスト07~薬音寺他


【隠れた平安古仏群に、驚きと大興奮~山添村・薬音寺の諸仏像】


何といっても、驚きの大興奮だったのは、最初に訪ねた、山添村・薬音寺の古仏像群でした。

「山添村・薬音寺の古仏像群」
と聞いて、
ピンとくる方はあまりいらっしゃらないのではないかと思います。

近年まで、ほとんど知られざる仏像群でした。
2014年に県教育委員会の調査が実施され、俄かに平安期の古仏群として注目を浴びるようになったのだと思います。

山添村、薬音寺・古仏像群
山添村、薬音寺・古仏像群

近畿文化会の探訪解説に、県教委の神田雅章氏が、薬音寺諸像について、このように紹介されています。

「須弥壇上に所狭しと平安仏が並ぶ様は圧巻であり、これだけの古仏が一箇所にまとまって伝わる例を奈良では他に知らない。
平安仏19体、鎌倉仏1体からなり、村の文化財として一括指定されるが、平安仏も一具ではなく複数の手に分かれる。」
(近畿文化775 号「山添村の仏像」2014年)

なかでも古様な一群は、10世紀後半の制作に遡るとみられているようです。

村役場の教育委員会のご担当に、大変お世話になり、拝観が叶いました。

薬音寺は、奈良駅から車で東に40分程、人里離れたといっても良いような、山中の村落にあるお堂でした。

薬音寺のお堂

薬音寺古仏群、県指定文化財指定の標識看板
薬音寺のお堂と、県指定文化財古仏群の案内看板


【奈良郊外山中に、10世紀の古仏群~地方仏の匂いのする、素朴な力に惹かれる】


小さなお堂の中の須弥壇に、沢山の仏像が並んで祀られています。

薬音寺堂内の須弥壇に、所狭しと並ぶ古仏群
薬音寺堂内の須弥壇に、所狭しと並ぶ古仏群

間違いなく、平安古仏群です。
奈良の中心地から、そんなにも遠くない地なのですが、田舎風と云うか、たしかに地方作という匂いのする古仏です。

とりわけ、眼を惹いたのは、薬師如来坐像でした。

薬音寺・薬師如来像
薬音寺・薬師如来像薬音寺・薬師如来像
薬音寺・薬師如来像

衣文の彫り口は、シャープなものがあり、素朴な中にも、力感ある迫力を発散しています。
聖観音像の古様さ、天部像の諧謔な造形もまた、魅力的なものがありました。

薬音寺・聖観音像薬音寺・広目天像
薬音寺~(左)聖観音像、(右)広目天像

古様な一群は、その造形から10世紀に遡る平安古仏であろうと思わせます。
それにしても、20体近い素朴な平安古仏が、身を寄せ合って、一群で発するパワーには、心惹きつけるものを感じます。
これほどの、平安古仏群が、ほとんど注目もされずに、隠されてきたというのは、ビックリポン!!でした。
これまで、注目されることなく、近年に至ったというのは、名作仏像ひしめき合う奈良の地であるからこそなのでしょうか?

「驚きの、薬音寺平安古仏群に、興奮、感嘆!
訪ねてきてみて本当に良かった。」

こんな、満足感一杯で、山添村・薬音寺を後にしました。

帰りに、高円山の白毫寺、高畑の新薬師寺へ寄りました。
いつも思うのですが、白毫寺の伝文殊菩薩像は、平安前期の一木彫像のなかでも、出色の出来の良い像だと思っています。

白毫寺・伝文殊菩薩像
白毫寺・伝文殊菩薩像

ちょっと、整い過ぎ感がないわけではありませんが・・・・・・
もっともっと知られてもよいのではないかと思うのですが、なかなか有名にはなりそうにありません。



【奈良に美味いもの、あり~高畑「温石」】


夜は、奈良の会席料理の老舗、「温石」へ。
昔から知られている店なのですが、これまで訪ねる機会がなくて、初体験となりました。
高畑の閑静な住宅街の中にあります。
軒先がほんのりライトアップしていなければ、そこに料理屋があるとは気が付かぬような静かな佇まいです。

高畑「温石」
高畑「温石」

古民家風の飾らぬシンプルなしつらえの、落ち着いたお店でした。

「美味かったです!!」

いずれの料理も素材が抜群、とりわけ車エビは極上でした。
味付けも、奈良にしては?ふうわりと穏やか。

「奈良に美味いものなし!」と云いますが、「美味いものを見つけたぞ!」という気分です。
ちょっとお値段が張るのですが、大満足の一夜となりました。


翌日は、奈良中北部のご覧のような諸仏を巡りました。

観仏リスト08~笠区他


【やはり「知られざる名作」、笠区妙円寺の、平安古仏・薬師如来像】


本日の最大の目的は、笠区・妙円寺の薬師如来像です。

笠区妙円寺・薬師如来像
笠区妙円寺・薬師如来像

この薬師像、平安前中期の一木彫像ですが、素晴らしい出来の傑作です。
これまで展覧会などに出展されたことも、一度も無く、桜井市の外れの山中といってもよいような鄙びた処に、ポツリと在りますので、直に拝した方は、それほど多くはないのかと思います。

笠区妙円寺・収蔵庫
笠区妙円寺~薬師像が祀られる収蔵庫

これだけの出来の良い像は、そう多くあるものではありません。
「知られざる名作」と、私は、秘かに思っているのです。



【新指定重文、浄山寺・地蔵菩薩像と笠区・薬師像を見較べる~「同系の作者の手になる」のだろうか?】


私は、二度目の訪問となるのですが、今回は、一つの目的がありました。
今年度、新指定重要文化財となった、埼玉越谷の浄山寺・地蔵菩薩像の重文指定事由解説に、このように述べられていたのです。

「奈良笠区薬師如来像(重要文化財)は、側面での衣文の彫法が本像(浄山寺地蔵菩薩像)と酷似する。
・・・・・
両像は同系の作者の手になるとみてよく、本像は畿内よりもたらされたものであろう。
製作年代は、鋭くいまだ定型化をみせない衣文の彫り口から、九世紀前半に遡る可能性が考えられる。」
(月刊文化財633号「新指定の文化財」2016年6月)

もう一度、自分の眼で、浄山寺・地蔵菩薩像と、笠区・薬師如来像を見較べてみたかったのです。

埼玉浄山寺・地蔵菩薩像埼玉浄山寺・地蔵菩薩像
埼玉浄山寺・地蔵菩薩像

笠区・薬師如来像は、年に一二度しか開帳されず、普段は拝観が難しいのですが、桜井市の教育委員会のお世話になって、拝することが出来ました。



【鋭い切れ味、キリリと引き締まった姿は、やはり傑出~笠区の薬師像】


収蔵庫に祀られる、薬師像を眼近にじっくりと拝することが出来ました。
やはり何度見ても、素晴らしい出来の傑作像です。
惚れ惚れします。

「手の切れそうな鋭い切れ味の鎬、深く彫り込まれ粘りのある衣文」

この凄さに惚れ込まない人は、いないのではないでしょうか?

笠区妙円寺・薬師如来像

笠区妙円寺・薬師如来像笠区妙円寺・薬師如来像
鋭い鎬、深く粘りある衣文の彫り口の、笠区・薬師如来像

溢れんばかりのボリューム感、迫力という訳ではないのですが、厳しげな顔貌、キリリと引き締まった体躯は凛として、強い存在感を感じさせます。

笠区妙円寺・薬師如来像

笠区妙円寺・薬師如来像
笠区妙円寺・薬師如来像

カヤ材の一木彫、蓮肉まで共木から彫り出されています。
平安初期様を引く9世紀末~10世紀初の制作といわれています。


さて、問題の、9世紀の制作といわれる、浄山寺・地蔵像との見較べです。

笠区妙円寺・薬師如来像~側面V字状の衣文埼玉浄山寺~側面のV字状の衣文
側面のV字状の衣文~(左)笠区・薬師像、(右)浄山寺・地蔵像

笠区妙円寺・薬師如来像~腰脚部埼玉浄山寺・地蔵菩薩像~腰脚部
腰脚部の衣文~(左)笠区・薬師像、(右)浄山寺・地蔵像

確かに、両袖側面のV字状の衣文など、衣文の形式、鋭さは類似しているようには思うのですが、

新指定重文解説のように、
「両像は同系の作者の手になるとみてよく・・・・」
といわれると、
「ウーン、自分の仏像を見る眼が、まだまだなのかな?」
と、ちょっと唸ってしまいました。

少なくとも、

「笠区・薬師如来像の方が、彫刻作品として格段に出来のレベルが優れている。」

そのような確信を持ったのは、率直な感想でした。



【緑濃い樹々に覆われる「かくれ寺」、戒長寺】


戒長寺は、人里離れた榛原の山中、まさに「かくれ寺」です。

緑濃い樹々に囲まれた戒長寺
緑濃い樹々に囲まれた戒長寺

境内の大イチョウをはじめ、鬱蒼とした緑に囲まれていました。
煩わしい俗界から離れた地で、心静かになるような思いいです。
拝した諸仏もまた、皆、平安後期のおだやかな造形でした。

戒長寺・薬師如来像

戒長寺・日光菩薩像.戒長寺・薬師如来像、日光月光菩薩像
四君子苑~玄関と前庭

奈良中部の地方的作風という諸像でしたが、心和やかな気持ちとなりました。
ご住職には、大変、親切丁寧にご案内いただきました。



【重量感と動勢が見処~弘仁寺の平安前中期・二天像】


弘仁寺を訪れました。
天理駅の北東にあります。

弘仁寺の境内と本堂
弘仁寺の境内と本堂

弘仁寺と云えば、平安前期の一木彫像「明星菩薩像」が、有名です。
明星菩薩像は、長らく奈良国立博物館に寄託されており、弘仁寺にはありません。

この日の目的は、本堂に安置される持国・増長の天部二像を拝することでした。

弘仁寺・増長天像
弘仁寺・増長天像

天部二像は、平安中期、9世紀末~10世紀初の制作とされる平安古仏です。
(残りの広目・多門天像は、江戸時代の制作です。)

今回が、初めての拝観です。
風雨にさらされたのか、木肌は随分荒れていますが、重量感と動勢のある、なかなか見処のある天部像です。
カツラの一木彫、邪鬼まで共木から彫り出されています。

飛鳥、川原寺に遺される、天部二像を連想させる造形です。

川原寺・多門天像
川原寺・多門天像

あまり知られていない平安古仏ではないかと思うのですが、一見の価値ある天部像でした。



【大御輪寺伝来の日光月光菩薩像を拝しに、正暦寺を訪ねる】


最後に、正暦寺を訪れました。

今回、正暦寺を訪ねた目的は、本堂に祀られている、日光月光菩薩像を拝することでした。
この日光月光の二菩薩像は、元々、大神神社(おおみわじんじゃ)の神宮寺である大御輪寺に安置されていた仏像なのです。

大御輪寺旧本堂~現大直禰子神社
大御輪寺旧本堂~現大直禰子神社社殿

明治の神仏分離令の影響で、正暦寺に移されたのでした。
大御輪寺伝来の仏像と云えば、
聖林寺の国宝・十一面観音像があまりにも有名ですが、
他にも、
法隆寺・地蔵菩薩像(国宝・平安)、玄賓庵・不動明王像(重文・平安)、長岳寺・増長多聞天像と、この正暦寺像が、
明治初年に大御輪寺から移されたと伝えられています。



【県指定文化財となり、修復もなった二菩薩像】


この大御輪寺伝来・正暦寺日光月光像は、平安時代前中期の制作とされています。
長らく、無指定の仏像だったのですが、2013年に、新たに県指定文化財に指定されました。
文化財指定を機に、腕が無くなっているなどの損傷の復元修理が行われていましたが、今年、その修理が完成したというは話なのです。
私は、この文化財指定&修復完成情報は、全く知らなかったのですが、今回ご一緒の同好の方から、耳寄り情報として教えられたのでした。

この正暦寺・菩薩像、私は、拝したことはありません。
是非一度は拝したいものと、ご住職に拝観のお願いを申し上げた処、ご了解をいただいたのでした。

ご存じのとおり、正暦寺は、立派な伽藍のお寺です。

正楽寺・本堂
正暦寺・本堂

お伺いすると、わざわざ、ご住職自ら、本堂にご案内いただきました。
お目当ての、日光月光菩薩像は、近年新造された中尊・薬師如来像の両脇侍として、安置されていました。

正暦寺本堂に安置される薬師如来像(新造)と日光月光菩薩像
正暦寺本堂に安置される薬師如来像(新造)と日光月光菩薩像

大御輪寺伝来~正暦寺・月光菩薩像大御輪寺伝来~正暦寺・日光菩薩像
大御輪寺伝来・正暦寺~(左)月光菩薩像(右)日光菩薩像

修理前の大御輪寺伝来~正暦寺・月光菩薩像修理前の大御輪寺伝来~正暦寺・日光菩薩像
修理修復前の腕の亡失した(左)月光菩薩像(右)日光菩薩像

亡失していた両腕も復元され、ご立派なお姿を拝することが出来ました。
両像共に、奈良様の伝統を受け継いだ、見事な木彫像です。

乾漆併用で造形されているようのではないでしょうか?
間違いなく、奈良様を残した平安前中期の制作のように見受けました。



【明治元年に大御輪寺から正暦寺へ~正暦寺に残る「寄付証文・目録」で明らかに】


ご住職から、日光月光菩薩像が大御輪寺から移された経緯について、まことに興味深いお話をお教えいただきました。
なんと、正暦寺には、大御輪寺からの「寄付証文・目録」が、3通残されているそうなのです。
その文書には、大御輪寺から、両菩薩像はじめ仏具が寄付され、正暦寺から相応の御礼がされた旨、記されているというのです。
日付は、慶応4年・明治元年(1867)となっているということでした。

ご存じのとおり、聖林寺にも、大御輪寺から十一面観音像、地蔵菩薩像(現在法隆寺所在)等を預かったという、慶応4年(1867)の「預証文」が、遺されています。

明治初年の神仏分離の際、大御輪寺の仏像が、各寺に移されるについては、きっちりとした相互の了解のもとに、移安されたということなのでしょう。
大御輪寺旧仏については、決して、廃仏毀釈の嵐の中で廃棄同様に扱われたということではなかったようです。
正暦寺に残る大御輪寺からの「寄付証文」については、まだ、広く世に知られるには至っていないようです。

「そんな貴重な資料が、正暦寺に残されていたのか!」

ビックリするとともに、初めて知った秘話に、心ときめいてしまいました。

ご住職から、大変に興味深い、秘話ともいうべき貴重なお話をお伺いすることが出来ました。
私にとっては、最も関心の高いテーマの、未知の話の連続で、大興奮のひと時となりました。

大変懇切にご案内いただき、貴重な秘話まで聞かせていただいたご住職に、心より感謝しつつ、正暦寺を後にしました。


今回の一泊二日の奈良観仏探訪は、あまり知られていない渋い処の仏像ばかりといったラインアップでしたが、極めて中身の濃く充実した、大満足の旅となりました。



【3mの巨像、櫟野寺・観音坐像が東博に出展~360度ビューで鑑賞】


7~9月の観仏の最後は、東京国立博物館で開催されている、「平安の秘仏~滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち展」です。

「平安の秘仏~櫟野寺展」ポスター

櫟野寺の十一面観音像は、お寺の本堂で何度か拝したことはあるのですが、その観音像が、初めてお寺を出て、博物館で展示されることになったのです。

櫟野寺・十一面観音像
櫟野寺・十一面観音像

今回の特別展は、33年に一度の大開帳に向けて、本堂・文化財収蔵庫の大改修が行なわれることになり、その機会に、櫟野寺の全て平安古仏像が出展される、特別展が開催されることとなったということです。
櫟野寺の平安古仏像、20躯が、全て勢揃いしていました。

十一面観音像は、像高が3mもある巨大像です。
その観音像が、東京まで運ばれ、360度ビューで展示されることになったのですから、駆け付けないわけにはいきません。
一度、どうしても側面から、観たかったのです。
お寺では、お厨子の中に安置されており、側面背面からは拝することは叶いません。

櫟野寺の厨子内に安置される十一面観音像
櫟野寺の厨子内に安置される十一面観音像


【不思議な造り方の櫟野寺・観音像~桶状矧付けで、ボリューム増量】


実は、この観音像、ヒノキの一木造りなのですが、頭体部の丸太状の原木の周りに、十数枚の薄板を桶状に矧ぎつけ、体部の太さを増すように造られているのです。
不思議な造り方です。
何らかの由緒ある霊木のヒノキ丸太を用い、その霊木を活かしつつ、ボリュームをつけるため、こんな異色の木寄せを行なわざるを得なかったのであろうとみられています。

博物館で、真横から、じっくりと観ることが出来ました。
分厚いのです。
腹から腰にかけて、予想以上のドーンとしたボリューム感です。
あとからボリュームを増したというぎこちなさが、ほんのちょっと残るようですが、そのことがまた、堂々たる安定感を醸し出しているのだと納得しました。

櫟野寺・十一面観音像
四君子苑~玄関と前庭

正面から拝しても、下膨れで大ぶりな目鼻立ち、拡がりのある両ひざの構えで、堂々たる姿に圧倒されます。
平安中期の、穏やかさを醸しながらも、

「どっしりと、頼りになる仏様!」

そんな雰囲気が、漂っていました。
10世紀の数ある仏像の中でも、傑作のひとつとして、指を折ってもよい見事な仏像だと、納得です。



【ちょっと難しかった「甲賀様式」という考え方】


ご本尊の他にも、19躯の平安古仏が、所狭しと展示されていました。
全て、平安中期から後期にかけての制作の仏像です。

解説キャプションには、
「甲賀様式と呼ばれる造形表現の共通の特徴があり、櫟野寺を中心に甲賀の寺院に広くみられる。」
と記されるとともに、

図録解説には、「甲賀様式と櫟野寺の仏像」(西木政統氏執筆)という解説論考が、掲載されていました。
「よく伸びた細身の体躯」「目尻の吊り上がった厳しさを残す目」「裳の折返しや腰布を独特の意匠で飾る」「静穏な作風」
などといった、類似の様式的特徴がみられるということです。

櫟野寺~甲賀様式像1.櫟野寺~甲賀様式像2
甲賀様式といわれる仏像~櫟野寺・観音菩薩像


諸像を、一所懸命に、観てみたのですが、

〈甲賀様式という様式的特徴〉として、括り出せるものなのかどうか?」

そのあたりを、どのように理解していったらよいのか、なかなかよく判りませんでした。
まだまだ勉強不足、という処です。


やっと、第三四半期、9月までの観仏探訪をご紹介することが出来ました。

ついつい図に乗って、ダラダラと長く綴ってしまい、その分時間もかかって、早くも、今年の残りの日も、指折り数えるほどになってしまいました。
年内に「今年の観仏を振り返って」を、すべて掲載し終わるつもりだったのですが、もう間に合いそうにありません。

毎日、こればかりやっているという訳にもいきませんので・・・・・
ギブアップという処です。

ということで、「最終回、〈その4〉(10~12月)」は、年またぎで、新年早々のいずれかに掲載させていただきます。


今年も、「観仏日々帖」ご覧いただきまして、本当にありがとうございました。

来年も、「気ままな仏像記事」を、書き連ねていければと思っております。
よろしくお付き合いいただけますよう、お願いいたします。


皆様、良き年を迎えられますよう!!


古仏探訪~2016年・今年の観仏を振り返って〈その2〉 4~6月   【2016.12.17】


「今年の観仏を振り返って〈その2〉」は、4月~6月の観仏探訪をご紹介いたします。


[4月]


【京滋美食旅行を満喫しすぎて、体調ゲンナリ~齢を悟る】


4月、飲み友達二人と、美食旅行と称して、一泊二日で京都方面に遊びに出かけました。

仏像探訪ではなくて、唯々、美味いものを食って、酒を飲もうというだけの旅です。



【寄ってみて良かった、四君子苑と山紫水明処】


初日は、北村美術館・四君子苑、山紫水明処、下賀茂神社を訪ねました。

北村美術館(河原町今出川付近)は、実業家で茶人であった北村謹次郎の蒐集品美術館です。
今回めざしたのは、特別公開していた北村の旧邸「四君子苑」で、初めて訪ねましたが、なかなかの趣ある数寄屋建築と庭園で、素晴らしき「粋」の世界を、堪能しました。

四君子苑・玄関

四君子苑
四君子苑~玄関と前庭

「山紫水明処」(河原町丸太町付近)は、頼山陽の書斎兼茶室であった処ですが、簡素、清新の佇まいで、賀茂川べりに東山を眺望する市中の山居の味わい深いものがありました。

山紫水明処

山紫水明処から鴨川を望む
山紫水明処~入口と室内から賀茂川を望む

頼家の方が管理される保存会に、見学予約が必要なのですが、わざわざ訪ねてみるだけの値打ち十分の山紫水明処でした。


美食旅行の夜は、河原町今出川近くの「御料理はやし」。
北村美術館の筋向いの、しもたや風の飾らぬ簡素な構えのお店です。

御料理「はやし」外観

御料理「はやし」お座敷
御料理「はやし」~外観と室内・座敷

流石の懐石料理でした。
本来の京好みというか、穏やかな薄味で素材そのものの味を生かした味付け。
器の好みはクッキリ系でしたが、味付けはホンノリ系。
「薄味すぎて」と感じる方も多いかもしれませんが、私には、これがぴったりで満足でした。



【白洲正子「かくれ里」で知られる、葛川明王院へ】


翌日は、京の北方、比良山系方面へ。
葛川明王院、興聖寺、保福寺などを訪ねました。

葛川明王院は、深山幽谷の安曇川渓谷にある、天台の回峰行の道場として知られ、白洲正子氏の「かくれ里」にも綴られています。

葛川明王院
葛川明王院への道

葛川明王院
葛川明王院本堂を望む

葛川明王院・本堂内
葛川明王院・本堂内

流石に、天台修験、回峰修験の聖地といわれるだけのことある処でした。

お昼は、葛川明王院への入り口にある、比良山荘。
「山の辺料理」で名高い料理旅館といわれる処ですが、こんなに山奥にあるのに、なかなかの人気で繁盛のようです。

山の辺料理・比良山荘

比良山荘
山の辺料理・比良山荘

今回は、昼食だけということにしましたが、美味しくいただき、お昼なのにちょっと飲み過ぎてしまいました。
こちらは、クッキリ系の切れの良い味付けです。
美形で評判の女将さんのお出迎えもあり、満足の時間でした。


折角、比良山、安曇川渓谷までやってきたので、興聖寺と保福寺の観仏に寄ってみることにしました。

観仏先リスト01~保福寺・興聖寺

保福寺・釈迦如来像は、なかなかの魅力の10世紀平安古仏です。

保福寺・参道入り口

保福寺・釈迦如来像
保福寺~参道入り口と釈迦如来像(平安中期)

一見穏やかそうなのですが「静謐なる存在感」を強く訴えて来る造形で、お気に入りの仏像です。
2年ぶりに、再訪しましたが、やはり心惹かれるものを感じました。
以前に、観仏日々帖
「古仏探訪~滋賀県高島市・保福寺の釈迦如来坐像」
で、紹介させていただいています。



【美味なる料理、うまい酒に、ついつい調子に乗ってしまい・・・・・】


この日の夜は、大津駅の傍の「割烹・成」で、一杯。

大津・割烹「成」
大津・割烹「成」

この割烹は、近江高島の鮒ずしの老舗「総本家・喜多品老舗」のご紹介。
喜多品の鮒ずしを肴に、一杯飲れる処を?というリクエストに、このお店を紹介いただきました。
新規開店間もない若夫婦お二人での店でしたが、料理は、素材、味付け共に流石のハイレベル、値段もリーズナブル、これだけの店はなかなかありません。
是非々々、繁盛してほしいものです。

お酒も進んで、調子に乗って、もう一軒!と、京都寺町二条のバー「カルバドール」にまで、寄ってしまいました。

寺町・バー「カルバドール」
京都寺町・バー「カルバドール」

リンゴから作ったブランデー、カルバドスだけを出す、珍しいバーです。
美味なるカルバドスに、またまた飲みが進んでしまいました。

馬鹿げた美食旅行の飲み食いの話ばかりで、申し訳ありませんでした。
調子に乗りすぎての過食、過飲が祟って、その後、体調不良に陥ってしまいました。
しばらくの間、調子が悪い日々が続いて、痛い目に遭いました。
もう、いい齢になっているのを、自覚しなければならないと、反省しきりでした。



翌日は、折角京都まで来たので、連泊。
美食旅行の飲み仲間と別れて、一人で、観仏に出かけました。

山科の安祥寺・十一面観音像と、大津・石山寺の秘仏、如意輪観音像の特別ご開帳に出かけました。
共に、まだ拝したことがない、未見仏像です。

観仏先リスト02~安祥寺・石山寺



【念願の山科安祥寺・十一面観音像を拝観~見事な奈良時代一木彫像に見惚れる】


安祥寺の十一面観音像は、10年ほど前、安祥寺の総合調査で、発見再評価された注目の半丈六立像です。

山科安祥寺・本堂
山科安祥寺・本堂

安祥寺・十一面観音像..安祥寺・十一面観音像
堂々たる天平風の一木彫~安祥寺・十一面観音像

天平彫刻風の造形感覚の、奈良時代の制作に遡るといわれる一木彫像です。
一度は拝してみたいと思っていた、念願の未見仏像です。
普段は、非公開になっているのですが、拝観をご了解いただき、拝観が実現しました。
想像以上の優作で、
「奈良時代に遡る、天平風の一木彫の世界」
というものを、強く感じる見事な仏像でした。

この安祥寺・十一面観音像については、観仏日々帖・
古仏探訪「山科区御陵平林町・安祥寺の十一面観音像」
で、紹介させていただきました。



【勅封秘仏御開帳に石山寺へ~温和な巨像、秘仏本尊・如意輪観音像】


その後は、大津まで足を伸ばして、石山寺の秘仏本尊・如意輪観音菩薩像の特別ご開帳、拝観に出かけました。

石山寺・山門
石山寺・山門

勅封秘仏本尊・観音像開扉を知らせる木札
勅封秘仏本尊・観音像
開扉を知らせる木札
この如意輪観音像は、勅封秘仏とされ、33年に一度の御開帳なのですが、ここ15年ほどの間では、開基1250年記念開帳などで、3回目の御開帳になります。

今回は、33年に一度の開帳年にあたり、7年ぶりのご開帳となります。
実は、私はたまたま、この如意輪観音像を拝したことがなくて、今回が、初のご拝観となります。
9ヶ月間にもわたる、長い期間の御開帳でしたので、この日は、訪れる人もまばらといった様子でした。

像高239㎝という巨像ですが、近寄って、じっくり見上げるように拝することが出来ました。
平安後期の温和な定朝様がうかがえる像で、予想通りのお姿という処でしょうか。

石山寺・秘仏本尊・如意輪観音像
石山寺・秘仏本尊・如意輪観音像

帰りは、過食過飲の体調不良で、グッタリ。



【毎年必見の新指定国宝・重文展~今年の刮目は清泰寺・菩薩像と宝山寺二童子像】


4月後半は、毎年恒例の、今年度の新指定国宝・重要文化財の仏像が、東京国立博物館で特別公開される月です。

平成28年度(2015)は、ご覧のような仏像彫刻、神像等が、国宝・重要文化財に新たに指定、展示されました。

観仏先リスト03~新指定文化財出展一覧

仏像愛好者にとっては、必見、愉しみにしている特別展です。

今年、2月の御開帳に、急遽駆けつけた、埼玉越谷、浄山寺の地蔵菩薩像も、ちゃんと重要文化財指定され、出展されていました。
それぞれのご紹介となると大変ですので、このリストでご容赦ください。
私の注目像だけを、1~2ふれさせていただきます。

まずは、清泰寺の菩薩坐像2躯は、私の好きな平安前期、9世紀の木彫像です。

枚方市清泰寺・二菩薩像
枚方市清泰寺・二菩薩像

以前から大変気になっており、一度は拝したい平安古仏だったのですが、なかなか枚方市まで訪れる機会がなく、未見となっていたものです。

「構造や作風は奈良博・薬師如来像(国宝) や四天王寺・阿弥陀三尊像(重文)中尊などに通じ、同系の作者の手になることを思わせる。」

と解説されています。
30センチほどの小像ですが、ちょっとエキゾチックで出来の良い魅力的な仏像でした。



【江戸仏師の力感あふれる彫技にビックリ~宝山寺・制吒迦童子像の、傑出した造形表現力】


もう一つの大注目は、宝山寺の不動明王像脇侍、制吒迦童子・矜羯羅童子像でした。

生駒市宝山寺・制タ迦童子像.生駒市宝山寺・矜羯羅童子像
生駒市宝山寺~(左)制タ迦童子像、(右)矜羯羅童子像

今回の重要文化財新指定は、不動明王像と4躯の脇侍像だったのですが、東博には、矜羯羅・制吒迦の二童子像が出展されていました。
これらの諸像は、江戸時代の造立で、不動像は僧・湛海の自作、脇侍二童子像は元禄年間に院達の手によって制作されたとされています。
実の処、江戸時代の仏像ということで、これまで、ほとんど関心がなかったのですが、二童子像の実物を見て、そのダイナミックな躍動感ある造形にビックリしてしまいました。
とりわけ、制吒迦童子の出来は、江戸彫刻とは信じられないような、活き活きした生彩を放つ素晴らしい出来です。

生駒市宝山寺・制タ迦童子像
生駒市宝山寺・制タ迦童子像

江戸時代の仏師も、これだけの見事な力感ある造形表現力を備えていたのだと、本当に感心してしまいました。



【運慶作なのか?~悩ましく興味深い静嘉堂・十二神将像(浄瑠璃寺伝来)】


4月の末には、静嘉堂美術館で開催された、特別展「よみがえる仏の美~修理完成披露に寄せて」を観に行きました。

観仏先リスト04~静嘉堂文庫・十二神将像

静嘉堂美術館・「よみがえる仏の美展」ポスター.静嘉堂美術館蔵・浄瑠璃寺伝来十二神将像(卯)
「よみがえる仏の美展」ポスターと静嘉堂美術館蔵・浄瑠璃寺伝来十二神将像(卯)

近年、
「運慶作か?と、話題の仏像、浄瑠璃寺伝来・木造十二神将立像のうち4躯」
などと報じられた像が、
修理を終えて展示されるというので、出かけたのでした。

当日開催の、運慶研究の第一人者、山本勉氏の講演会「十二神将像のひみつ―浄瑠璃寺伝来の一具と運慶」も、聴講しました。
講演会は、整理券があっという間になくなってしまうという、大変な人気ででした。
「運慶」という名の威力を、今更ながらに、感じました。
この十二神将像の話は、興味深い話なのですが、長くなってしまいますので、此処では止めておきます。



[5月]


【51年ぶりの秘仏御開帳に駆けつけた、法界寺・薬師如来像~見事な截金文様】


5月に入りました。

ゴールデンウィークは、何処もかしこも混雑しますので、出かけないようにしているのですが、今年だけは特別で、京都まで出かけてしまいました。
京都市伏見区の法界寺の秘仏本尊・薬師如来立像が、10日間に限り、特別公開となったのです。
京都古文化保存協会による「非公開文化財特別公開」で、公開されることになったのですが、なんと51年ぶりの、御開帳特別公開なのです。

日野法界寺・薬師像開扉看板の掲げられた山門
日野法界寺~秘仏・薬師像開扉看板の掲げられた山門

この機会を逸すると、私の齢では、もう拝観は望めそうにありません。
5月1日に、思い切って、一泊で京都まで出かけました。

観仏先リスト05~法界寺・恵福寺

秘仏薬師像拝観の人で賑やかな法界寺・薬師堂
秘仏薬師像拝観の人で賑やかな法界寺・薬師堂

秘仏・薬師如来像は、永承6年(1051年)頃の制作、温和な藤原風の素木像です。

法界寺・薬師如来像..法界寺・薬師如来像~側面
繊細華麗な截金文様の法界寺・薬師如来像

厨子正面の扉は開扉されず、脇の扉からの側面だけの拝観でしたが、超絶技巧の繊細華麗な截金文様を、十分堪能することが出来ました。



【京の豪商の底力を思い知る~杉本家住宅の、見事な端午の節句のしつらえ】


翌日は、京町屋の名門、奈良屋杉本家住宅が特別公開されていたので、寄ってみました。
奈良屋杉本家は、江戸時代から続いた、呉服商の超老舗で、住宅は重要文化財に指定されています。
老舗の豪商の町屋というのは、流石なものだと、唯々、感心です。

奈良屋杉本家・玄関
奈良屋杉本家・玄関
杉本家住宅内にしつらえられた端午の節句の飾り物の一部
杉本家住宅内にしつらえられた端午の節句の飾り物の一部

邸内各部屋は、端午の節句のしつらえで飾られていましたが、京の金持ちの商家の伝統と威力を思い知らされる、見事な品々の数々でした。

最近のベストセラー、井上章一著「京都ぎらい」の冒頭に、仏文学者、故杉本秀太郎に洛外育ちを侮蔑されたように云われたというエピソードが語られていますが、その杉本秀太郎の生家が、この奈良屋杉本家です。



【京の町中で見つけた、静かなカフェと素敵な粉引のカップ】


この京都旅行で、雰囲気の良い静かなカフェを見つけました。

中京区御幸町通二条にある、「MOLE(モール)」という、喫茶店です。
緑に覆われた、アジアンテイストのお店ですが、ゆったりと静かな時が流れるという言葉がぴったりの店です。
行きつけの喫茶店になりそうです。

緑に囲まれ静かな喫茶「モール」
緑に囲まれ静かなカフェ「モール」

お店で使われていた大ぶりの茶碗のような粉引のコーヒーカップ、滋味があって大変気に入ったので、マスターに「どこで買ったの?」とお聞きすると、近所の「丁子屋」というお店だということ。

「モール」で使われている粉引のコーヒーカップ
「モール」で使われている粉引のコーヒーカップ

早速、寺町二条の「グランピエ・丁子屋」という店を訪ねてみました。

「モール」で教えてもらった「グランピエ・丁子屋」
「モール」で教えてもらった「グランピエ・丁子屋」

粉引の焼き物など置いてそうにない、畑が違いそうな品揃えのお店でしたが、2階の奥の奥に、MOLEで見つけたカップと同じ作家の粉引が置いてありました。

ビックリするほど安かったので、徳利と盃をいくつか買ってしまいました。
早速、我が家の晩酌の、愛用のお気に入り徳利と盃になっています。

「丁子屋」で買った粉引の徳利~愛用中「丁子屋」で買った粉引の盃~愛用中
「丁子屋」で買った粉引の徳利と盃~愛用中



[6月]

6月です。

仏像愛好の会「天平会」の播磨観仏探訪の会に参加することにしました。
この天平会は、伝統あるの仏像愛好の団体で、毎月探訪会が開催されているのですが、関東から毎月参加という訳にもいかず、年に1~2回参加させてもらっています。

天平会の前日には、奈良、大和郡山の矢田寺・金剛山寺、東明寺に同好の方と出かけました。

観仏先リスト06~金剛山寺・東明寺



【天平風一木彫の世界を見つめなおしたくなる、矢田寺・十一面観音像】


金剛山寺は、春の特別ご開帳期間にあたっており、十一面観音像、地蔵菩薩像等を拝することが出来ました。

アジサイ満開の矢田寺金剛山寺
アジサイ満開の矢田寺金剛山寺

アジサイの花が満開で、まさに「アジサイ寺」そのもの、アジサイ見物の人々で、結構混雑していました。
十一面観音像は、まさに天平彫刻風の木彫像で、奈良時代後期の制作とみられています。

矢田寺・十一面観音像..矢田寺・十一面観音像
矢田寺金剛山寺・十一面観音像

蓮肉まで一木(当初)の、キリ材の一木彫像ということですが、
「奈良時代当時、伝統的天平風造形の仏像は、乾漆や塑像だけではなく、一木彫像もしっかり造像されていた。」
ということを、確かに実感させる造形の像でした。

安祥寺の十一面観音像のご紹介の処でもふれたのですが、

「奈良時代の天平風一木彫像の世界」

というものを、しっかりと見つめていく必要を、今更ながらに感じました。



【鋭い造形力、精神性を再発見した、東明寺・薬師如来像】


東明寺は、何度目かの拝観でしたが、今回は、薬師如来像の造形の魅力をしっかりと実感できることが出来ました。

東明寺・山門
東明寺・山門
東明寺・薬師如来像
東明寺・薬師如来像

いつも、お堂のなかが少々暗くて、お姿をはっきりと拝しにくかったのですが、今回は明るい照明の中で、しっかり目を凝らして拝することが出来ました。
ちょっと、ちょっと奈良の地方的な匂いのする仏像のように感じていたのですが、そんなことはありませんでした。

インド風の容貌で、お顔から胸にかけての造形表現は、なかなかに見事なものです。
鎬だった衣文の彫口も、鋭く緊張感があり、相当の造形力と精神性ある仏師の手になる一木彫像だと、感じました。



【リニューアルオープンの「なら仏像館」~新発見、室生寺・二天像(9C)を実見】


この後、約1年半ぶりに、改修を終えて、4月末にリニューアルオープンした、奈良博「なら仏像館」に寄りました。

リニューアルオープンした「なら仏像館」
リニューアルオープンした「なら仏像館」

照明が全部LEDになって、仏像彫刻の魅力を引き出すようなスポット照明になっています。
昨年(2015)7月に、室生寺仁王門の2階内部から新発見された、二天王像が展示されていました。

観仏先リスト07~室生寺・二天像


新発見の室生寺・二天像(9C).新発見の室生寺・二天像(9C)
新発見の室生寺・二天像(9C)

奈良博の解説には、
「太造りで量感に富んだ塊量的な体系が印象的で、造立年代も9世紀末頃を中心に考えることが出来、今後注目を集める作例といえよう。」
とありましたが、
まさにそのとおりで、興味深い平安前期像でした。



【「天平会」開催、播磨仏像探訪に参加】


翌日は、天平会の例会に参加、40人ほどのバス旅行で、播磨仏像探訪です。
丹波市の達身寺、多可郡八千代町の楊柳寺、小野市の浄土寺を訪ねました。

観仏先リスト08~達身寺・楊柳寺・浄土寺

いずれの寺々も、もう何度も訪れたことがあるのですが、天平会の講師、帝塚山大学の杉崎貴英先生の興味深い解説を聴きながら、同好の方々との仏像談義に花を咲かせながらの観仏で、大変愉しいものとなりました。



【学生時代、お寺に泊めてもらった達身寺~見違えるほど立派に】


達身寺の平安古仏の膨大な仏像群は、何度拝しても、なかなかの圧巻です。

丹波・達身寺

達身寺本堂に祀られる古仏群
丹波・達身寺と達身寺本堂に祀られる古仏群

最初に、達身寺を探訪したのは、50年近く前、学生の頃です。
皆で、達身寺に泊めていただき、大変に親切にしていただいたことを、思い出しました。
その頃と較べると、立派な収蔵庫もでき、見違えるように、きれいに整備されています。

達身寺・薬師如来像達身寺・トバツ毘沙門天像
達身寺~(左)薬師如来像、(右)トバツ毘沙門天像

学生時代・約50年前に撮影した薬師如来像の写真学生時代・約50年前に撮影したトバツ毘沙門天像の写真
学生時代・約50年前に撮影した思い出の写真



【「気」を吐き付ける楊柳寺・十一面観音像~みなぎる霊気】


楊柳寺は、今回は、楊柳観音像は秘仏で拝することはできませんでしたが、霊気みなぎり「気」を吐くがごとくの、十一面観音像のオーラをしっかり拝することが出来ました。

楊柳寺・山門
楊柳寺・山門

楊柳寺・十一面観音像.楊柳寺・十一面観音像
「霊気」を吐くがごとくの楊柳寺・十一面観音像

楊柳寺の諸仏像については、観仏日々帖・
古仏探訪「兵庫・多可郡 楊柳寺 楊柳観音・十一面観音像」〈その1〉〈その2〉
で、紹介させていただいています。

浄土寺は、今度こそ、阿弥陀三尊像の背後から西日が射し込み、後光を浴びて来迎するがごとくの姿と拝したかったのですが、またもや残念。
しっかりと曇り空で日は射さず、また次回へのお預けとなってしまいました。



【日韓の看板国宝、二つの半跏像が対面した、東博「ほほえみの御仏」展】


東京国立博物館で開催された、「ほほえみの御仏~二つの半跏思惟像」展に出かけました。

日韓共同開催「ほほえみの御仏~二つの半跏思惟像展」ポスター


国宝・中宮寺半跏思惟像と韓国国宝78号・韓国国立中央博物館蔵・半跏思惟像の2躯が同時に出展される展覧会で、日韓国交正常化50周年を記念して、日韓共同開催で実施されました。
2躯の国宝仏像だけの展示という特別展でしたが、流石に、多くの観覧車で賑わっていました。

広隆寺宝冠弥勒像と、これとそっくりな韓国国宝83号・韓国国立中央博物館蔵が並んで展示されるというようなことがあれば、これこそ驚きのビッグニュースになるのでしょうが、この実現はちょっと難しそうです。



【近年、東博蔵となった十一面観音像(9C)を、平常陳列で注目、発見】


平常陳列の方も覗いてみました。
普段は見かけない平安古仏で、気になる像が二つ展示されていました。

観仏先リスト09~東博蔵・十一面観音、養福寺

養福寺の二天像は、数年前に平安時代の仏像であることが、文化財調査で新たに判明した像だそうです。
江戸時代に、地方から養福寺に移された像ではないかとみられているようですが、素朴で野趣ある地方仏の雰囲気を発散する、面白い一木彫像でした。

東京都荒川区・養福寺の二天像
東京都荒川区・養福寺の二天像


もう一つ、東博蔵の十一面観音像は、なかなか魅力的で、注目の一木彫像でした。

東博蔵・十一面観音像(9C)
東博蔵・十一面観音像(9C)

いかにも平安前期、ちょっとエキゾチック、なかなかの彫り口の魅惑的な造形です。
9世紀の制作とされているそうです。
この仏像のことは全く知らなくて、初めて展示されているのを見ました。
東博に照会してみると、平成21年(2009年)度の東博新蔵品で、その前は個人蔵、伝来は不明だそうです。
東博には、たまにしか展示されない仏像でも、なかなかに、興味深く魅力的な仏像があるものです。



ダラダラと、仏像に関係ないことまで、随分長く綴ってしまいました。
これで6月まで、やっと半年分です。

もう少し我慢してお付き合い下さい。


古仏探訪~2016年・今年の観仏を振り返って〈その1〉1~3月  【2016.12.11】


早いもので、もう師走を迎えました。

今年は、観仏一辺倒ではなくて、少し違うフィールドへも出かけてみようと心掛けるつもりであったのですが、振り返ると、やはり観仏探訪中心生活ということになってしまいました。
65歳を過ぎると、新たなるチャレンジ精神も、中々湧き上がってこないようです。

「他にすることがないのか?」

と、笑われてしまいそうです。

実のところは、観仏以外の世界にも、いろいろ手を出したり、出かけてみたりもしているのですが、一年の観仏探訪結果をラインアップしてみると、

「今年も、随分観仏に出かけたものだ!」

我ながら、ちょっとあきれてしまいそうです。

昨年に引き続き、今年の観仏先を総まくりで振り返ってみたいと思います。
自己満足的な、観仏記録日記のようなものですが、一年の締めくくりということで、我慢してお付き合いいただければと存じます。



[1月]



【観仏抜きのひと月、仏像三昧からリフレッシュ】



今年の新年は、観仏は一休み。

何処にも出かけませんでした。
正月に飲んで、その後は色々な新年会で、またまた飲んで、飲んだくれているうちに、ひと月終わってしまいました。

展覧会も出かけましたが、仏像とは畑が違う

「石黒宗磨展」(松涛美術館)、「鍋島焼展」(戸栗美術館)、「始皇帝と大兵馬俑展」(東京国立博物館)、「金と銀の系譜展」(静嘉堂文庫)、「ラファエル前派展」(Bunkamuraミュージアム)

などに、ぶらぶらと出かけました。
観仏と無縁の月があるというのも、なかなかリフレッシュ感があるものです。



[2月]



【平安前期の個性満点・薬師像を目指して、神戸・香雪美術館へ出動】



観仏リスト・香雪美術館


一度は、直に観てみたいと念願していた、香雪美術館蔵の薬師如来立像を目指して、神戸まで出動しました。

香雪美術館・薬師如来立像
香雪美術館・薬師如来立像

この薬師像、バリバリの平安前期古仏で、大変個性的な造形、顔貌の一木彫像です。
この仏像、長らく私の、「未見仏像リスト」の最重要ランクに入っているのですが、何故だか、縁がなくて、未だ直に観たことがなかったのです。

神戸市の御影にある香雪美術館は、普段の展示が、書画やお茶道具が中心で、仏像は中国のもの中心に数体しかありません。
お目当ての薬師像は、たまに展示されるだけなのです。
ご存じのとおり、朝日新聞の創業者の一人、村山龍平のコレクションを収蔵する、昭和48年(1973)に開館した美術館です。
今月は、「所蔵品展・2016」という展覧会が開催され、お目当ての薬師像が出展されることがわかったので、思い切って神戸まで出かけることにしたのでした。

香雪美術館
香雪美術館

期待に違わぬ薬師像でした。

「平安初期で、アクやクセが結構あって、存在感満点で・・・・」

そんなイメージで観に来たのですが、十二分に期待を満足させてくれる、平安前期一木彫でした。

香雪美術館・薬師如来立像~頭部
個性的な顔貌の香雪美術館・薬師如来立像~頭部

耳が異常に大きくて湾曲しているのが、印象的です。
異国風の顔貌で、唇を突き出し鎬立たせています。
内刳りのない、カヤ材の一木彫で、蓮肉、心棒まで一材から彫り出していたようです。
この技法は、唐招提寺の獅子吼・衆宝王菩薩や、神護寺薬師像と同じ構造です。

バリバリの魅力あふれる平安前期一木彫像に間違いないのですが、眼前に直に拝すると、少々、地方的というか田舎臭さのようなものを感ぜずにはいられません。

写真では、そんなふうには思わなかったのですが、
「これは、都から離れた処で造られた、少し地方色匂う処での制作像に違いない。」
という風に、思いました。

香雪美術館・薬師如来立像.香雪美術館・薬師如来立像
香雪美術館・薬師如来立像

この薬師像の伝来は、全く不詳のようで、いつどのように村山家に入ったのかも詳らかでなく、昭和8年(1933)に、村山家所蔵で旧国宝に指定されているということしかわからないそうです。

田辺三郎助氏も、このように述べています。

「九世紀木彫像の、彫刻的に魅力あるさまざまな特色をそなえた一作であるが、残念ながらその伝来をまつたく欠いている。
・・・・・・
作柄からいつても、中央からやや離れた地域のものを想定すべきであろう。」
(「香雪美術館蔵木造薬師如来立像」田辺三郎助・国華1324号2006.02)

やっとのことで、念願の、香雪美術館・薬師如来像を観ることが出来ました。
ちょっと地方臭はありますが、迫力満点の9世紀一木彫でした。
洗練されていないところが、逆に、魅力で惹きつけられる仏像で、ちょっと骨太の像でした。

わざわざ、神戸まで観に来た甲斐がありました。



【冬の京都非公開文化財特別公開~相国寺・養源院の毘沙門天像を拝観】



観仏リスト・養源院


香雪美術館へ来たついでに、京都の相国寺の塔頭、養源院へ行ってみました。
恒例の、「冬の京都非公開文化財特別公開」で、相国寺の塔頭の一つ、養源院にある毘沙門天像が特別公開されていましたので、寄ってみました。

相国寺・養源院
毘沙門天像公開中の相国寺・養源院

ほぼ等身の像の寄木造、玉眼像で、鎌倉時代の慶派仏師の作といわれているとのことです。

養源院・毘沙門天像
養源院・毘沙門天像

パンフレットによると、

「長年その存在は知られていなかったが、江戸時代、相国寺近くに住む奈良屋与兵衛の夢枕にこの毘沙門天像が現れて『我が像を修復して人々に参拝せしめよ』と告げたことから像が発見されたという記録が残されている。」

のだそうです。
たしかに、近寄ってみると、それなりの修理修復が施されているように思えました。

この毘沙門天像のことは、私は、全く知りませんでした。
最近の「京都非公開文化財特別公開」では、無指定の知られていない古仏が公開されることが、時々あるようになったようです。



【ちょこっと、京の町歩き~京唐紙の店と開店間もない古美術店のご紹介】



今回は、香雪美術館・薬師を目指しての関西行で、京都泊・1泊2日で出かけました。

「一緒に出掛けると、仏像拝観ばかりで、嫌だ!」
という妻に、
「今回は、仏像は、ほとんどないから」

との言い訳で、一緒に出掛けましたので、観仏はこれだけにグッと押さえました。

後は、寺町や新門前通りあたりなど、京都の町歩きを、家内と愉しみました。
観仏ではありませんが、訪ねたお店などを、ちょこっとだけご紹介します。


「かみ添」という、型押し手摺紙の店に行ってきました。

雲母や胡粉などを和紙にのせ、文様を写した「京唐紙」というのを、ご存じかと思います。
数寄屋風の和室の、趣あるふすまや壁紙に、よく使われています。
その京唐紙で便箋、封筒やポチ袋を、小さな工房で作っている店があるというので、訪ねてみたのです。

「かみ添」は、北区紫野東藤ノ森町という処にありました。
大徳寺の南、船岡山の東というとイメージできるでしょうか。
わざわざ行くには、ちょっと不便なところですが、捜してやっと見つけました。

「かみ添」店先
「かみ添」店先

本当に目立たない、小さなお店ですが、趣十分なお店です。
若いご主人は、京の唐紙の老舗「唐長」で、5年ほど修行して、6~7年前に独立、この工房兼ショップを開いたそうです。

「かみ添」店内

「かみ添」店内とご主人
「かみ添」店内とご主人

ご覧のような、美しい便箋に添える紙、ポチ袋などが、並んでいました。

「かみ添」の便箋

「かみ添」のポチ袋
「かみ添」の便箋とポチ袋

「品格ある美しさ」「モノトーンの趣ある温かみ」とでもいうのでしょうか?
すぐに欲しくなって、便箋やポチ袋をいくつか買ったのですが、
「さて、いつどのようなときに使うのだろうか?」
と、思案してしまいました。

「このポチ袋なんか、買う人が、結構いるんですか?」

とご主人に聞いてみたら、

「あるだけ全部と云って、ごそっと買うていただける旦那さんが、それなりにいてはります。
祇園とか宮川町あたりで、使いはるそうです。」
とのお話で、
「なるほど、流石、京都」
と、納得しました。

もし、ご興味あるようでしたら、是非一度、覗いて見られるのをお薦めします。


ついでに、ちょっと飲み食いの話も。

夜は、四条河原町の「しる幸」、朝食は、寺町通竹屋町の「進々堂」の定番コース。
妻と一緒なので、最近評判のスイーツ・カフェ「オ・グルニエ・ドール」にも行ってみました。

スイーツ・カフェ「オ・グルニエ・ドール」
スイーツ・カフェ「オ・グルニエ・ドール」

中京区堺町通錦小路上ルにある、なかなか洒落たお店ですが、ケーキはちょっと甘かった。
お昼は、新門前の骨董街をぶらぶら歩いて、「ぎをん・常盤」で、軽くきつねうどん。

新門前を歩いていると、敷居が低そうな古美術店が眼に入りました。

「ギャラリー・四君子」店先
「ギャラリー・四君子」店先

誰でも気軽に入れる、オープンな感じなので、ちょっと覗いてみました。
「ギャラリー・四君子」という、若い男性店主のお店で、最近開店したそうです。

古染付から現代物まで置かれてましたが、なかなか趣味の良い品ぞろえです。

「ギャラリー・四君子」店内
「ギャラリー・四君子」店内の品揃えの様子

ご覧の古染付皿が、大変気に入ったのですが、あまりの値段に手が出るどころではなく退散。

あまりの値段にビックリの「古染付皿」
あまりの値段にビックリの「古染付皿」

あいさつ代わりに、一番安い手軽な蕎麦猪口を一つ買いました。
晩酌の猪口に、折々、使わせてもらっています。

晩酌に愛用中、一番安かった「蕎麦猪口」
一番安かったので買った「蕎麦猪口」、晩酌に愛用中



【埼玉・越谷に出現した9世紀の古仏、浄山寺・地蔵像~スピード出世で重文指定へ】



観仏リスト・浄山寺


埼玉県越谷市野島にある、浄山寺・地蔵菩薩像の御開帳に出かけました。

越谷・浄山寺
越谷・浄山寺

浄山寺の地蔵菩薩像は、2012年の修理で、
「9世紀に遡る埼玉最古の木彫像か?」
と注目を浴び、2015年に埼玉県指定文化財に指定された一木彫像です。

普段は秘仏なのですが、今年は、県指定記念と開基1155年で、長く公開するという情報がありましたので、お寺にお尋ねすると、

「国の重要文化財に指定される見込みなので、長期公開は取り止め、2/24日限りの御開帳となります。」

とのお話。
無指定から県指定となったすぐ翌年に、「重要文化財指定」という超スピード出世に、大ビックリだったのですが、

「そうであれば、益々、このご開帳は見逃せない!」

と、急遽、2月24日の御開帳に、同好の方と、駆け付けたのでした。

ご開帳日は、拝観の地元の方々で賑わっていましたが、幸い、眼近にじっくりと拝することが出来ました。

全体としては、ふっくらと穏やかにまとまった落ち着いた雰囲気ある造形ですが、両側面の衣文の、ダイナミックで抑揚ある鋭い衣文表現が、特徴的な像でした。

浄山寺・地蔵菩薩像

浄山寺・地蔵菩薩像
浄山寺・地蔵菩薩像

観仏探訪の有様などは、この観仏日々帖
「古仏探訪~埼玉・浄山寺の地蔵菩薩像~重要文化財に新指定」
に、詳しくご紹介しましたので、そちらをご覧ください。

埼玉県で、平安前期、9世紀前半にも遡る古像の発見となれば、これこそ大発見です。

「奈良様の伝統を残した9世紀の木彫像、地蔵菩薩像の屈指の古例としても重要」

として、重要文化財指定されることとなったようです。

拝観の後、越谷の駅前で、同好の方々と一杯飲りましたが、

「9世紀に間違いない」
「いやいや10世紀に入っているのではないか?」
「鎌倉ぐらいの模古作の可能性も・・・」

と、飲んだ勢いで、好き放題やかましく議論沸騰、ついつい飲み過ぎてしまいました。




[3月]



【山梨・福光園寺の吉祥天信仰に想いを馳せた「吉祥天信仰シンポジウム」】



山梨県笛吹市の福光園寺で、3月19日に
「歴史シンポジウム・ 吉祥天信仰 ~祈りとかたち~」
が開催されました。

福光園寺・シンポジウム


正直な処、山梨の地方のお寺で、興味深いシンポジウムが開催されるというのは、ビックリです。

福光園寺・山門
福光園寺・山門

福光園寺には、鎌倉時代前期の素晴らしい吉祥天の坐像が遺されています。
像内墨書銘によって、寛喜3年(1231)、仏師蓮慶によって制作されたことが知られています。

観仏リスト・福光園寺


久方ぶりに、吉祥天像の拝観を兼ねて出かけてみるかと、中央高速をとばして、福光園寺をめざしました。

「どっしりと・・・、堂々として・・・、雄々しく力強い・・・」

こんな言葉が相応しい、堂々たる吉祥天の姿に、また会えることが出来ました。

福光園寺・吉祥天像、二天像

福光園寺・吉祥天像
福光園寺・吉祥天像、二天像

陽光が収蔵庫の中まで降り注いで、吉祥天像のお姿が、ひときわ輝くようでした。

シンポジウムは、予想外に?数多くの参加者で賑わっていました。

「歴史シンポジウム・ 吉祥天信仰 ~祈りとかたち~」会場風景
「歴史シンポジウム・ 吉祥天信仰 ~祈りとかたち~」会場風景

「吉祥天の寺・福光園寺の吉祥悔過の本尊の歴史は?」
というロマンに満ちた講演などを、興味深く拝聴しました。

このシンポジウムと福光園寺・吉祥天像探訪の話は、
観仏日々帖「古仏探訪~山梨・福光園寺の吉祥天坐像と、満願寺の十一面観音像」
で、ご紹介させていただきましたので、ご覧ください。

思いのほかに、充実した、愉しい山梨・福光園寺探訪となりました。



【世田谷・九品仏の中品中生阿弥陀像、修理完成開眼法要を見学】



観仏リスト・九品仏


3月30日。
世田谷区の九品仏浄真寺で、京都の美術院で修理修復中であった、中品中生阿弥陀坐像の修理が完成、お寺へ戻られて、開眼法要がありました。
見学可能ということでしたので、同好の方と、ちょっと出かけてみました。

九品仏浄真寺~仏像修理事業を報せる看板
九品仏浄真寺~仏像修理事業を報せる看板

ご存じのとおり、九品仏浄真寺には、9躯の丈六阿弥陀如来坐像が、3つの阿弥陀堂に安置されています。
江戸時代の制作で、東京都指定文化財に指定されています。

この九品阿弥陀像、江戸時代の作だからと云って、馬鹿にはできません。
上品上生から下品下生まで、1躯ずつ異なった印相で造られているという、わが国唯一の九品阿弥陀像であることも重要なのですが、仏像そのものが、極めて優れた造形なのです。

近年、傷みが目立つようになり、粗悪な金色カラースプレーが吹き付けられているなどの状態にあることから、平成26年度から45年度まで、1躯の修理に約2年をかけ、20年をかけて順次修理が進められることとなったのです。

修理は、京都の財団法人・美術院の工房にて進められています。
3月に、お寺に戻られたのは、一番、最初に修理を終えた「中品中生像」でした。
隣のくすんだ色の上品中生像と較べると、立派な金箔に一新され、見違えるような姿になっていました。

修理完成し開眼なった中品中生像
修理完成し開眼なった中品中生像

ご住職が、大きな筆で瞳に墨を点眼するという開眼の儀式法要が、厳かに執り行われました。

これから、9躯の阿弥陀像の修理が完成するのは20年後。

「どう考えても、全躯修理完成の法要を訪ねることは、無いのだろうな。」

そんな思いで、九品仏浄真寺を後にしました。



「今年の観仏を振り返って」1月~3月までのご紹介でした。

早くも、書き疲れてきました。

「ぼやくなら、書くな!」

と、いわれてしまいますよね。


【その2】は、4月からです。


古仏探訪~「洛中の三つの平安古仏」京のかくれ仏探訪⑩・・・・・・【双林寺・薬師如来像、西光寺・阿弥陀如来像、六道珍皇寺・薬師如来像】


「京のかくれ仏探訪」も、いよいよ第10回になりました。

ご紹介する、魅力ある「かくれ仏」のネタも、そろそろ尽きてきましたので、この連載も、今回でおしまいということにさせていただきたいと思います。



【最終回は、洛中の三つのお気に入りの如来像をご紹介】


最終回は、洛中にある3つの如来像をご紹介します。

双林寺・薬師如来像、西光寺・阿弥陀如来像、六道珍皇寺・薬師如来像です。

この3躯の如来坐像は、洛中、京都市街にある仏像の中でも、私の大変お気に入りの平安古仏です。
これらの像は、平安中期までの像で、全て重要文化財に指定されていますので、仏像愛好者なら、ご存じなのではないかと思いますが、

「京都市中の、あまり有名ではないけれども、お気に入りの平安古仏」

ということで、三つまとめてご紹介して、最終回としたいと思います。

割合と知られている仏像かと思いますので、ご紹介はごくごく簡単に、ということにさせていただきたいと思います。




1.東山区・双林寺の薬師如来像


まずは、東山区にある双林寺の薬師如来像のご紹介です。
写真をご覧ください。

双林寺・薬師如来像
双林寺・薬師如来像

堂々たる平安前期の薬師坐像です。
像高85.4㎝、カヤ材の一木彫像で、平安前期、9世紀の制作といわれており、重要文化財に指定されています。



【穏やかなのに、神秘的呪力を漂う微笑み】


太造りで首が短く、顔の幅も肩幅も広くて、骨太な量感、安定感を感じます。
本堂で、この薬師像を拝して、一番印象的だったのは、お顔の表情でした。

双林寺・薬師如来像~顔部
双林寺・薬師如来像~顔部

太い鼻梁で、口元にわずかに微笑みをたたえているのですが、その微笑みが、あやしく無気味な感じがするのです。
森厳というのではなく、一見、穏やかそうな表情なのですが、呪術的な霊力が漂っているようで、強く惹きつけられるものがあります。
拝したとき、「穏やかなのに、漂う神秘的呪力」といった雰囲気をに包まれたのを、忘れることが出来ません。


解説書などによりますと、この双林寺・薬師如来像は、いわゆる「天台薬師」と称される仏像の一例とされています。
「天台薬師」とは、延暦寺根本中堂に祀られたという、伝教大師最澄自刻の根本像をはじめとする3躯の薬師像と一組の七仏薬師像の模刻とみられる仏像のことです。
天台薬師像は、造形的特徴と共に、肉身部が金色、衣部が朱色という「朱衣金体」とされていますが、双林寺・薬師像も、朱衣金体に造られています。

本像の、呪術的な無気味さは、初期の天台密教の山岳信仰的な要素を、色濃く伝えているのかもしれません。

浅湫毅氏は、本像の制作時期について、

「量感豊かな体躯の表現や、膝元の荒々しい衣文線など平安前期彫刻の特徴を示し、様式的に近い作例としては、八幡市・神応寺の行教律師坐像(重文)が挙げられよう。
寺伝では最澄自刻像というが、遅くとも9世紀にまでさかのぼるものであることは間違いない。」
(「最澄と天台の国宝展」図録解説2005)

と、述べています。

神応寺・行教律師像.双林寺・薬師如来像~側面
(左)神応寺・行教律師像、(右)双林寺・薬師如来像~側面


【めずらしい、胸の側からの内刳り~霊木像か】


もう一つ、大変珍しいのは、本像は背中側からではなく、胸の側から内刳りがなされていることです。
木彫像の内刳りは、背中側から行うのが普通ですので、稀な例だと思います。

内刳りの後には、20cm強四方の蓋板が矧ぎ付けられています。

双林寺・薬師如来像~胸から内刳りされ蓋板が填められているのがわかる
双林寺・薬師如来像~胸からの内刳に、蓋板が填められている痕跡が見える

きっと胸のあたりに、ウロとか節があったのだろうと思われます。
わざわざそんな材を用いたというのは、霊木から彫られた像だからなのでしょうか?

この双林寺・薬師如来像については、本HPの「貞観の息吹3~双林寺・薬師如来坐像」に、採り上げられていますので、そちらもご覧ください。



【円山公園の南に、ひっそり佇む双林寺】


さて、ご紹介の双林寺は、東山区下河原鷲尾町という処にあります。
円山公園の南側といった方が、よく判ると思います。

双林寺は、西行法師が、

「願わくば 花の下にて春死なん その如月の望月の頃」

の歌を、境内の桜の下で詠んだと伝えられ、一般には、薬師如来像よりも、そちらの方で知られているお寺です。

祇園から歩いて数分という場所にあるのですが、観光の人が訪ねるということはほとんどなく、丸山公園の裏手にひっそりと静かに佇んでいます。

円山公園の南にひっそり佇む双林寺
円山公園の南にひっそり佇む双林寺

私は、10年以上前に、二度ほどお訪ねしましたが、石材屋さんの奥の方の目立たないところに隠れるようにお寺があって、捜してやっと行きつきました。

本堂にお祀りされた薬師如来像を、御開扉いただき、眼近にじっくり拝することが出来ました。

双林寺・本堂
双林寺・本堂

小さな像ですが、一目拝しただけで、存在感を発散しているのを感じます。
ちょっと無気味な微笑みの神秘的呪力漂う、心惹かれる仏像でした。

京都祇園のごく近くに、こんな素晴らしい、9世紀に遡るという平安前期の仏像が残されているのに、本当にびっくりしました。

双林寺・薬師如来像
双林寺・薬師如来像

本像は、2005~6年に京博と東博で開催された「最澄と天台の国宝展」に出展されましたので、その時にご覧になった方もいらっしゃることと思います。
私の記憶では、近年は、この時しか寺外に出たことがないと思います。

ここまでご紹介しておいて、はしごを外すようですが、この薬師如来像、現在は、公開されていないようです。
かつては、お願いすれば拝観することが出来たのですが、残念なことです。

忘れがたい心に残る仏像で、また一度、じっくり拝することが出来る機会があればと念じています。




2.右京区・西光寺の阿弥陀如来像


次は、右京区太秦多藪町の、西光寺の阿弥陀如来像をご紹介します。

この西光寺に、平安前中期の見事な阿弥陀如来像があるのは、意外に知られていないのではないでしょうか。

西光寺・阿弥陀如来像
西光寺・阿弥陀如来像

像高95.1㎝、一木造りの漆箔像で、重要文化財に指定されています。



【落ち着いた茅葺き門に、静謐さが漂う西光寺】


私が、西光寺を訪ねたのは、10年ほど前、2007年のことでした。

阿弥陀如来像の写真を本で見て、
「これはなかなかに見事な仏像だ、是非一度拝してみたい。」
そう感じて、出かけたのでした。

西光寺は、有名な広隆寺の近く、広隆寺山門から西へ200メートルほど行ったところにあります。
道を往くと、萱葺きの門が見えてきます。

西光寺の見事な萱葺きの表門
西光寺の見事な萱葺きの表門

そこが西光寺で、町中にある小さなお寺です。
萱葺きの表門は、落ち着いて趣があり、塵一つなくきれいに掃き清められ、静謐な雰囲気が漂います。
門前に立つと、シャキッと背筋が伸びるような気持ちになります。

この西光寺は、法然上人の没後に、山門の徒が専修念仏の興隆をねたみ、大谷廟所を破却したとき(嘉禄3年・1227)、門徒たちが上人の遺骸を、8ヶ月間、移し置いた遺跡の地にあたるそうです。。
めざす阿弥陀如来像も、法然上人の念持仏であったと伝えられています。

西光寺に遺されている、圓光大師・法然上人の石碑
西光寺に遺されている、圓光大師・法然上人の石碑

阿弥陀如来像は、事前にご連絡して拝観のお願いを差し上げると、拝することが出来ます。
御本尊阿弥陀像は、鉄筋コンクリート造りの本堂に祀られており、ご住職のご案内で、眼近に拝することが出来ました。

本堂に祀られる西光寺・阿弥陀如来像
本堂に祀られる西光寺・阿弥陀如来像



【完成度の高さに驚く、まさに秀作像】


期待に違わぬ、見事で素晴らしい仏像です。
1メートル弱の小像ですが、雄大で堂々とした造形感をたたえています。
優れた彫技による、伸びやかな表現力が冴えているという感じでしょうか。

西光寺・阿弥陀如来像

西光寺・阿弥陀如来像
西光寺・阿弥陀如来像

写真で見たときも、大変出来の良い像だと感じたのですが、直に拝してみると、まさに秀作に間違いないと実感しました。
9世紀末から10世紀の制作といわれています。
この時期の像で、これだけ完成度が高い造型の仏像は、なかなかないのではという気がします。



【思い浮かぶのは、清凉寺の阿弥陀如来像】


そして、この阿弥陀像を拝してると、清凉寺の国宝・阿弥陀如来像の姿が、思い浮かんできます。

清凉寺・阿弥陀如来像
清凉寺・阿弥陀如来像

清凉寺の阿弥陀像は、源融の山荘であった寺、棲霞寺阿弥陀堂の本尊であった像で、寛平8年(896)に造立された阿弥陀像です。
この清凉寺阿弥陀像三尊像は、9世紀末では、最高級レベルの出来の秀作仏像だと思っているのですが、西光寺像は、その系譜にあることを感じさせるのです。
清涼寺像よりは、少し穏やかさがみられるようですが、出来の良さでは近いものがあるといえそうな造形です。

伊東史朗氏も、清凉寺阿弥陀像との関連に言及し、このように述べています。

「重量感ある体躯で、眦(まなじり)が長く、唇には独特の抑揚があり、衣文は鎬を残しながら硬い。
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全体として、仁和寺阿弥陀如来像(888年頃)や、棲霞寺阿弥陀如来像(896年頃)のもつ、硬化した乾漆的表現に近く、同じ性質のものと見られる。」
(「日本古寺美術全集9巻・神護寺と洛西洛北の古寺」1981年・集英社刊)


清凉寺・阿弥陀如来像~顔部.西光寺・阿弥陀如来像~顔部
(左)清凉寺・阿弥陀如来像、(右)西光寺・阿弥陀如来像~顔部

西光寺の阿弥陀如来像、私は、京都市中の仏像の中でも、なかなかの秀作として指折りの像に入ってもよいのではないだろうかと、秘かに思っています。
私の記憶では、過去、展覧会などに一度も出展されたことがない筈で、それ故、秀作なのに、あまり知られていないのではないでしょうか?

是非一度、西光寺を訪ねられて、この阿弥陀像の素晴らしさを味わってみられることを、お薦めします。




3.東山区・六道珍皇寺の薬師如来像


最後のご紹介は、六道珍皇寺の薬師如来像です。

六道珍皇寺・薬師如来像

六道珍皇寺・薬師如来像
六道珍皇寺・薬師如来像



【凛とした「ますらおぶり」のお顔が魅力の薬師像】


ご覧のとおり、誠に、端正で凛としたお顔の仏像です。
「ますらおぶり」という言葉があたっているのかよく判りませんが、私には、そのような男らしい感覚のする仏様です。
「カッコよくて、鼻筋の通ったいい男」
という感じがするのです。
結構、私のお気に入りの仏像になっています。

像高125.3㎝、平安前期に遡る制作とされ、重要文化財に指定されています。



【盂蘭盆前の「六道まいり」でお馴染みの六道珍皇寺】


この薬師像のある、六道珍皇寺は、「六道さん」の名で、京都人には大変お馴染のお寺さんです。
東山区の東大路松原通を入った、六波羅蜜寺の近くにあります。

六道珍皇寺
六道珍皇寺

京都では、8月の盂蘭盆の前の8月7日から10日に、先祖の御霊をお迎えするために、珍皇寺へ「六道まいり」に参詣する風習があります。
この珍皇寺の辺りは、平安時代には、京の東の墓所であった鳥辺山の麓でした。
俗に六道の辻と呼ばれた葬送の地であったことから、お盆には、冥土から帰ってくる精霊たちは、必ずここを通るものと信じられた事に由来しているそうです。

今でも、六道まいりの日の夜には、参詣の人々で、大変な賑わいとなります。

「六道まいり」の夜の六道珍皇寺
「六道まいり」の夜の六道珍皇寺

「六道まいり」参詣の人々でにぎわう六道珍皇寺境内
「六道まいり」参詣の人々でにぎわう六道珍皇寺境内

お出かけになったことのある皆さんも、いらっしゃるのではないでしょうか。
ご紹介の薬師如来像は、普段は秘仏として公開されておらず、この「六道まいり」の期間に限ってご開帳され、拝観することが出来ます。
近年では、六道まいりの日以外にも、京都非公開文化財特別公開などで、スポット的に公開されることがあるようです。



【思わず惚れ込む、鼻筋の通った端正な目鼻立ち】


私は、六道参りの日に、2度ほど、この薬師如来像を拝することが出来ました。
薬師像は、本堂への参道の右側にある薬師堂(収蔵庫)に祀られています。

薬師如来像が祀られる六道珍皇寺・薬師堂

六道珍皇寺・薬師如来像
薬師如来像が祀られる六道珍皇寺・薬師堂と、薬師如来像

一度は、夜に拝しましたが、堂内の明かりの中に浮かび上がる、薬師如来像の美しいお顔を拝すると、結構惚れ込んでしまいました。

鼻梁が高く鼻筋が通って、奥行きのあるお顔です。

端正な面貌の六道珍皇寺・薬師如来像端正な面貌の六道珍皇寺・薬師如来像
端正な面貌の六道珍皇寺・薬師如来像

頬がちょっとふくよかで、スッキリと清々しい目が、美しさを際立たせています。
「こんな端正な目鼻立ちの男性がいたら、女性にすごくもてるのだろうな!」
こんな、不謹慎な気持ちになってしまいます。

「良いお顔をされている。」
というのは、こんなお顔立ちのことを云うのでしょう。
本当に、出来の良い面貌の像です。

少し穏やかさが匂う面立ちは、平安前期といっても、ちょっと下がる頃の制作かなと、想像させますが、大変出来の良い面貌の像です。



【ちょっと残念~体部は後世の出来の良い補作】


よく見ると、お顔には漆箔のひび割れが結構入っていますが、体部は、光沢のある材で滑らかに仕上げられ、衣文の彫も浅くなっています。

お顔と体部で調子が違う六道珍皇寺・薬師如来像
お顔と体部で、調子が違う六道珍皇寺・薬師如来像

頭部と体部で、ちょっと時代が違うようです。

「仏像集成・第3巻」の解説には、

「本像は本堂の本尊であったが、近年薬師堂の建立に伴い、そちらに移された。
左掌上に薬壺を載せて坐す通形の薬師如来坐像であるが、頭部の平安前期に遡る古様さと、体部の造型感覚は一致せず、中古に体部を補したものと考えられる。」
(吉原忠雄氏解説・1986刊)

と述べられています。

たしかに体部は、後世の補作なのでしょうが、いつ頃、補われたものなのでしょうか?
補作とはいうものの、なかなか上手く造形されているように思えます。
質感は随分違いますが、造形的違和感は、さほどに大きく感じません。
ただ、当初は、もう少しダイナミックな体部、衣文となっていたのかも知れません。


六道珍皇寺の薬師如来像、お顔だけが平安古仏とはいうものの、その端正な面立ちは、十二分にご紹介の値打ちのある平安古仏だと思います。
拝していると、静かで穏やかな気持ちになる、お気に入り仏像です。


「京のかくれ仏探訪」の最終回は、洛中のお気に入りの平安古仏の如来像、三躯を、紹介させていただきました。


全10回、ダラダラと綴ってきましたが、これでおしまいにさせていただきます。
知られざるマイナーな古仏のご紹介でしたが、お付き合いいただき、有難うございました。

それぞれ、京都を訪れたついでに、ふらりと観仏という訳にはいかず、拝観予約等のお願いをしてから訪ねていかねばならない仏像ばかりのご紹介でしたが、それぞれに、個性的で惹き付けられるものを感じる古仏ばかりではないかと思います。

ご関心、ご興味を感じられましたら、一度、訪ねてみられては、如何でしょうか?


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